【実施例】
【0041】
次に、本発明に係るサーミスタ及びその製造方法並びにサーミスタセンサについて、上記実施形態に基づいて作製した実施例により評価した結果を、
図2から
図21を参照して具体的に説明する。
【0042】
<膜評価用素子の作製>
本発明の実施例及び比較例として、
図2に示すサーミスタセンサを膜評価用素子として次のように作製した。
まず、反応性スパッタ法にて、組成比Al/(Ti+Al)=0.90又は組成比Al/(Ti+Al)=0.85としたTi−Al合金ターゲットを用いて、サファイア基板の基材2上に形成された結晶性Al−Nの第1金属窒化膜3上に、Ti−Al−N膜(第2金属窒化膜4)を形成した。その時のTi−Al−N膜のスパッタ条件は、上述したものと同じである。
なお、組成比Al/(Ti+Al)=0.85としたTi−Al合金ターゲットを用いた実施例では、熱酸化膜付きSi基板上に、まず結晶性Al−Nの第1金属窒化膜3を反応性スパッタ法により成膜し、その後も組成比Al/(Ti+Al)=0.85としたTi−Al合金ターゲットを用いて、結晶性Al−Nスパッタ膜上に、Ti−Al−N膜を形成する実施例を作製した。なお、結晶性Al−NおよびTi−Al−N膜のスパッタ条件は、上述したものと同じである。
【0043】
また、サファイア基板の基材2上に形成された結晶性Al−Nの第1金属窒化膜3上に、Ti−Al−N膜(第2金属窒化膜4)を形成したもので、この際、逆スパッタにより第1金属窒化膜3の表面酸化膜を除去していない比較例1(膜の組成比Al/(Ti+Al)=0.91)及び比較例3(膜の組成比Al/(Ti+Al)=0.85)と、上記Ar逆スパッタにより第1金属窒化膜3の表面酸化膜を除去し、界面にAr元素が注入された実施例1(膜の組成比Al/(Ti+Al)=0.91)及び実施例2(膜の組成比Al/(Ti+Al)=0.85)とを作製した。
【0044】
また、熱酸化膜(SiO
2)付きSi基板上に形成された結晶性Al−Nの第1金属窒化膜3上に、Ti−Al−N膜(第2金属窒化膜4)を形成したもので、Ar逆スパッタにより第1金属窒化膜3の表面酸化膜を除去した実施例3(膜の組成比Al/(Ti+Al)=0.85)と、Ar逆スパッタを有することなく結晶性Al−Nの第1金属窒化膜3上にTi−Al−N膜(第2金属窒化膜4)を連続成膜し、界面にAr元素が注入されていない比較例2(膜の組成比Al/(Ti+Al)=0.85)とを作製した。
なお、連続成膜とは、結晶性Al−Nスパッタ膜の表面酸化を防ぐため、大気開放することなく、結晶性Al−N成膜後同一の成膜装置内にて直ちにサーミスタ用金属窒化膜を成膜することを意味する。
【0045】
次に、上記第2金属窒化膜4の上に、上述した条件でパターン電極5を形成した。そして、これをチップ状にダイシングして、本発明の実施例の膜評価用素子とした。実施例における結晶性Al−Nの第1金属窒化膜3の膜厚は、サファイア基板の基材2上に形成された結晶性Al−Nが1μmであり、熱酸化膜(SiO
2)付きSi基板上に形成された結晶性Al−Nが100nmである。Ti−Al−Nの第2金属窒化膜4の膜厚は、200nmである。
また、比較として熱酸化膜(SiO
2)付きSi基板を基材として用いて、その上に同様にTi−Al−N膜を成膜した比較例4(膜の組成比Al/(Ti+Al)=0.91)及び比較例5(膜の組成比Al/(Ti+Al)=0.85)も作製して評価を行った。この比較例4,5のTi−Al−N膜の膜厚は、200nmである。
【0046】
なお、スパッタ膜の結晶性Al−Nの第1金属窒化膜3上に第2金属窒化膜4をスパッタ成膜した実施例において、ポリイミド樹脂等の絶縁性フィルムの基材2上に成膜した場合、柔軟性を有し、曲げ前後に抵抗値変化が無いことを確認している。
【0047】
<組成分析>
反応性スパッタ法にて得られた各Ti−Al−N膜について、X線光電子分光法(XPS)にて元素分析を行った。このXPSでは、Arスパッタにより、最表面から深さ20nmのスパッタ面において、定量分析を実施した。
なお、上記X線光電子分光法(XPS)は、X線源をMgKα(350W)とし、パスエネルギー:58.5eV、測定間隔:0.125eV、試料面に対する光電子取り出し角:45deg、分析エリアを約800μmφの条件下で定量分析を実施した。
この結果、組成比Al/(Ti+Al)=0.90としたTi−Al合金ターゲットを用いて作製された、上記比較例1、比較例4及び実施例1のTi−Al−N膜は、いずれも組成比Al/(Ti+Al)=0.91±0.01であった。また、組成比Al/(Ti+Al)=0.85としたTi−Al合金ターゲットを用いて作製された、上記比較例2,3,5、実施例2,3のTi−Al−N膜は、いずれも組成比Al/(Ti+Al)=0.85±0.01であった。
【0048】
<比抵抗測定>
反応性スパッタ法にて得られた各Ti−Al−N膜について、4端子法(van der pauw法)にて25℃での比抵抗を測定した。その結果を表2及び表3に示す。表2は、組成比Al/(Ti+Al)=0.91の結果であり、表3は組成比Al/(Ti+Al)=0.85の結果を示している。
なお、本発明の各実施例及び比較例の一覧を、表4に示す。
【0049】
【表2】
【0050】
【表3】
【0051】
【表4】
【0052】
<B定数測定>
各膜評価用素子の25℃及び50℃の抵抗値を恒温槽内で測定し、25℃と50℃との抵抗値よりB定数を算出した。その結果も表2に示す。また、25℃と50℃との抵抗値より負の温度特性をもつサーミスタであることを確認している。
【0053】
なお、本発明におけるB定数算出方法は、上述したように25℃と50℃とのそれぞれの抵抗値から以下の式によって求めている。
B定数(K)=ln(R25/R50)/(1/T25−1/T50)
R25(Ω):25℃における抵抗値
R50(Ω):50℃における抵抗値
T25(K):298.15K 25℃を絶対温度表示
T50(K):323.15K 50℃を絶対温度表示
【0054】
これらの結果からわかるように、熱酸化膜Si基板上にTi−Al−N膜を成膜した比較例に対して、結晶性Al−N付きサファイア基板又は熱酸化膜Si基板上にTi−Al−Nの第2金属窒化膜4を成膜した本発明の実施例及び比較例は、いずれも高い抵抗率及びB定数が得られている。特に、Ar逆スパッタにより、第1金属窒化膜3の表面酸化膜を除去し、さらにAr元素が注入された本発明の実施例は、第1金属窒化膜3の表面酸化膜の除去をおこなっていない比較例よりもさらに高B定数が得られている。
【0055】
<X線回折による結晶配向度の評価>
次に、本発明の実施例はウルツ鉱型相の単相の膜であり、結晶配向性が強いことから、第1金属窒化膜3上に垂直な方向(膜厚方向)の結晶軸においてa軸配向性とc軸配向性のどちらが強いか、視斜角入射X線回折(Grazing Incidence X-ray Diffraction)を用いて調査した。この際、結晶軸の配向性を調べるために、(100)(a軸配向を示すhkl指数)と(002)(c軸配向を示すhkl指数)とのピーク強度比を測定した。
なお、視斜角入射X線回折の条件は、管球をCuとし、入射角を1度とした。なお、結晶性Al−N膜付きサファイア基板を用いた実施例1及び2については、結晶性Al−Nの第1金属窒化膜3の110方向より、X線を入射した。
この結果、本発明の実施例は、(100)ピークは検出されておらず、c軸配向度がきわめて高いことがわかった。
なお、入射角を0度とし、2θ=20〜100度の範囲で、対称測定(一般的な θ-2θ 測定)も実施した。この入射角を0度とした対称測定を行うことで、第1金属窒化膜3、第2金属窒化膜4が共にウルツ鉱型相の単相であることがわかり、さらに(100)ピークは検出されておらず、第1金属窒化膜3、第2金属窒化膜4共にc軸配向度がきわめて高いことがわかった。
【0056】
<結晶組織の評価>
次に、上記比較例4、比較例1、実施例1及び実施例2について、パターン電極5を形成していない状態における断面の結晶形態を示すものとして、各Ti−Al−N膜の断面SEM写真を、
図3、
図4、
図5及び
図6に示す。
これらの実施例のサンプルは、熱酸化膜付きSi基板及び結晶性Al−N付きサファイア基板をへき開破断したものを用いている。また、45°の角度で傾斜観察した写真である。
【0057】
これらの写真からわかるように、各比較例及び実施例は共に緻密な柱状結晶で形成されている。すなわち、基板面に垂直な方向に柱状の結晶が成長している様子が観測されている。なお、柱状結晶の破断は、熱酸化膜付きSi基板およびサファイア基板をへき開破断した際に生じたものである。
柱状結晶のアスペクト比を(長さ)÷(粒径)として定義すると、比較例及び実施例は10以上の大きいアスペクト比をもっている。柱状結晶の粒径は10nm±5nmφ程度であり、粒径が小さく、緻密な膜が得られている。
【0058】
<電子線回折による結晶配向性の評価>
次に、TEM(透過型電子顕微鏡)を用いて、比較例1,2,4及び実施例1,2,3の第2金属窒化膜4の結晶性Ti−Al−N膜および第1金属窒化膜の結晶性Al−N膜の結晶配向性について詳細な解析を行った。比較例4の断面TEM像を
図7の(a)に示すと共に、比較例1の断面TEM像を
図7の(b)に示し、実施例1の断面TEM像を
図7の(c)に示す。また、実施例2の断面TEM像を
図8の(a)に示す。さらに、実施例3の断面TEM像を
図8の(b)に示し、比較例2の断面TEM像を
図8の(c)に示す。
なお、結晶性Al−N膜付きサファイア基板を用いた比較例1及び実施例1,2の断面は、結晶性Al−N単結晶化膜である第1金属窒化膜3の[110]方向から観察した像である。実施例3及び比較例2,4の断面は、任意の断面の方向から観察した像である。
また、比較例4におけるTi−Al−N膜断面の電子線回折像を
図9に示すと共に、比較例1におけるTi−Al−N膜断面の電子線回折像を
図10に示し、実施例1におけるTi−Al−N膜断面の電子線回折像を
図11に示す。さらに、実施例2におけるTi−Al−N膜断面の電子線回折像を
図12示すと共に、実施例3におけるTi−Al−N膜断面の電子線回折像を
図13に示し、比較例2におけるTi−Al−N膜断面の電子線回折像を
図14に示す。
なお、
図10〜14の(a)は、Ti−Al−N膜の電子線回折像であるのに対し、
図10〜14の(b)は結晶性Al−N膜を含めた広範囲による電子線回折像である。また、
図10〜14の(a)及び(b)の電子線回折像の上下方向は、基板面に垂直な方向、すなわちTi−Al−N膜の柱状結晶の成長方向と一致する。
【0059】
上記断面TEM像から、上記比較例及び実施例では、いずれも緻密な柱状結晶化膜の結晶性Al−N膜およびTi−Al−N膜が形成されていることがわかる。
また、上記電子線回折像から、上記比較例及び実施例では、いずれも基板に垂直方向(図の上下方向)に、002と00−2との回折点が検出されていることから、基板に垂直な方向に、c軸配向性が高い結晶化膜が形成されていることがわかる。
【0060】
しかしながら、比較例4の回折点は、円弧状となっている。すなわち、全ての結晶の配向が揃っているわけではなく、熱酸化膜付きSi基板に対して垂直方向から僅かにずれたc軸配向化膜が存在していることを示している。これは、Ti−Al−N膜がSiO
2からなる非晶質(アモルファス)の酸化膜上に形成されていることに起因する。
一方、上記実施例1〜3及び比較例1、2では、比較例4と比べると、回折点の円弧の長さが短くなっており、c軸配向性がより高くなっていることがわかる。結晶性Al−N膜も含めた広範囲における電子線回折像(
図10〜14の(b))を見ると、第2金属窒化膜4のTi−Al−Nと第1金属窒化膜3の結晶性Al−Nとの電子線回折像が重なっている。エピタキシャル成長膜が形成されていると考えられ、窒素欠陥量の少ない良質な柱状結晶化膜が得られている。
特に、結晶性Al−N膜付きサファイア基板を用いて、結晶性Al−N表面をAr逆スパッタした後にTi−Al−N結晶化膜が成膜された実施例1,2では、多重散乱が多数検出されていることから、結晶方位が極めて揃った単結晶ライクなTi−Al−N結晶化膜が得られている。これは、Ti−Al−N膜が第1金属窒化膜である結晶性Al−N膜上に形成されており、その結晶性Al−N膜がウルツ鉱型結晶構造をもち、かつ、c軸配向性が極めて高いことに起因する。
特に、実施例1,2では、結晶性Al−N膜上のごくわずかな表面酸化膜も除去されており、Ar逆スパッタ工程がないときと比べて、サーミスタ用Ti−Al−N膜は、初期結晶成長時から、よりTi−Al−N膜結晶を窒化させることが可能であり、さらにc軸結晶配向性に優れたTi−Al−N膜をエピタキシャル成長させることができる。
結晶性Al−N膜と結晶性Ti−Al−N膜との界面にごくわずかな格子不整合があっても、Ar逆スパッタ工程を導入し、界面近傍にAr元素が導入されることで、Al−N膜表面の格子がわずかに歪み、界面の歪エネルギーが緩和されて、結晶格子が緩和されることで、結晶性Ti−Al−N膜は、界面での格子の連続性を保ったまま結晶成長すること(コヒーレント成長)が可能となる。
【0061】
以上の結果から、実施例では、c軸配向で成長するTi−Al−N柱状結晶が多数存在することがわかり、比較例4に比べて結晶配向性に極めて優れたTi−Al−N膜が得られている。
特に、Ar逆スパッタによる第1金属窒化膜3の表面酸化膜を除去した実施例1,2では、結晶性Al−Nの第1金属窒化膜3に対して、窒素欠陥量が極めて少なく理想的な単結晶化膜であるTi−Al−Nの第2金属窒化膜4がエピタキシャル成長している。
以上の理由より、実施例のいずれも高い抵抗率及びB定数が得られている。組成比Al/(Ti+Al)=0.91の結果(表2)より、Ar逆スパッタにより第1金属窒化膜3の表面酸化膜を除去しAr元素が注入された本発明の実施例1は、除去をおこなっていない比較例1よりもさらに高B定数が得られている。さらに、組成比Al/(Ti+Al)=0.85の結果(表3)より、Ar逆スパッタにより第1金属窒化膜3の表面酸化膜を除去しAr元素が注入された本発明の実施例4,5は、第1金属窒化膜3の表面酸化膜の除去をおこなっていない比較例3よりもさらに高B定数が得られている。
なお、実施例3,比較例2の結晶性Al−N膜、Ti−Al−N膜ともに同一スパッタ装置で得られたスパッタで得られた膜である。結晶性Al−N膜は熱酸化膜付きSi基板だけでなく、ポリイミド樹脂等の絶縁性樹脂フィルム上への成膜が可能である。結晶性Al−N膜を形成することなく直接Ti−Al−N膜をポリイミドフィルム上へ形成したときと比べて、結晶性Al−Nスパッタ膜形成後に成膜されたTi−Al−N膜は、実施例と同様、c軸結晶配向性に優れたウルツ鉱型結晶化膜であることを確認している。ポリイミド樹脂と結晶性Al−Nの第1金属窒化膜3とTi−Al−Nの第2金属窒化膜4とで構成されるサーミスタセンサは、柔軟性を有し、曲げ前後に抵抗値変化が無いことを確認している。
【0062】
<格子定数>
次に、組成比Al/(Al+Ti)を変えた際のウルツ鉱型結晶構造(六方晶、空間群P6
3mc)をもつTi−Al−Nの格子定数についてa軸長とc軸長とにおいて調べた結果を、
図15及び
図16に示す。なお、格子定数は、XRD結果より算出した。
これらの結果からわかるように、AlよりTiのイオン半径が大きく(表1参照)、AlサイトにTi元素が部分置換され、固溶されることに伴い(すなわち組成比Al/(Al+Ti)が減少することに伴い)、c軸長(柱状結晶の成長方向)はあまり変化していないのに対し、a軸長(柱状結晶の成長方向に垂直な方向、すなわち、基板に垂直方向)が増大し、結晶性Al−N膜との格子不整合が大きくなっている。しかしながら、本発明の組成範囲において、結晶性Al−N上にTi−Al−Nがエピタキシャル成長していることから、Tiよりイオン半径が小さい他のM元素(V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni及びCu)で置換されたM
xAl
yN
z膜において、Ti−Al−N膜よりa軸長が小さくなり、結晶性Al−N膜との格子不整合度が小さくなることが考えられるので、M
xAl
yN
z膜(V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni及びCu)においても、同様に結晶性Al−N膜上にエピタキシャル成長が可能である。
【0063】
次に、本発明の実施例1について、STEM(走査透過型電子顕微鏡)を用いて、第1金属窒化膜3と第2金属窒化膜4との界面近傍、すなわちAl−N/Ti−Al−N界面近傍を観察した。Al−N/Ti−Al−N界面近傍のSTEM−HAADF像及びAl,Ti,Ar元素のEDS−map像を、
図17に示す。なお、この画像は、結晶性Al−N単結晶化膜である第1金属窒化膜3の[110]方向から観察した像である。これら画像において、左側が結晶性Al−Nであり、右側がTi−Al−Nである。なお、結晶性Al−N表面の自然酸化膜は検出されなかった。Ar逆スパッタにより結晶性Al−N表面の酸化膜が除去された後、Ti−Al−N膜が形成されていることを示している。
【0064】
これらの観察結果から、Al−N/Ti−Al−N界面には、Ar元素が介在していることがわかる。EDSライン分析の結果、Ar元素はAl−N側に分布を持つことを確認した。このAr元素はAr逆スパッタ時に注入されたものと考えられる。つまり、Al−N表面がArガスによる逆スパッタ表面処理により、Al−N表面の自然酸化膜が除去され、さらにAl−N表面に注入されたAr元素が存在したままTi−Al−Nが結晶成長されていることがわかる。なお、Ar/N混合ガス雰囲気による逆スパッタにおいても、同様にAr元素が介在する上記効果が得られることを確認している。
【0065】
さらに、Al−N/Ti−Al−N界面近傍において原子分解能レベルで格子整合しているかを評価した。
図18の(a)に実施例1のAl−N/Ti−Al−N界面近傍のSTEM−HAADF像を示す。この画像は、結晶性Al−N単結晶化膜である第1金属窒化膜3の[110]方向から観察した断面像である。輝度が高い方が、Al元素、Ti元素であり、輝度が低い方が、N(窒素)元素である。なお、Al元素、Ti元素は、結晶学的に同一のサイトを占有しており、
図18中の輝度が高い原子位置に、Al元素、Ti元素が組成比Al/(Ti+Al)に応じた確率で存在している。なお、Ar元素は、界面近傍に不均一に存在するため、原子分解能レベルにおけるSTEM−HAADF像では観察されないが、前述の通り、界面近傍にAr元素が存在していることを確認している。
図18の縦軸が膜厚方向で、界面近傍のTi−Al−Nは、反応性スパッタリングの初期結晶成長組織を示し、画像の下側から上側に向かって、結晶成長している。
【0066】
なお、
図18の(b)は、わかり易くするため、画像中で界面近傍のAl元素及びTi元素を大きな丸で示し、N元素を小さな黒丸で部分的に示したものである。
また、上記界面観察から示唆されたモデル像を、
図19に示す。
これらから得られたAl−NとTi−Al−NとのC面の格子不整合度は、1%程度であり、XRD結果より算出された格子定数の結果と概ね一致する(Al−Nの格子定数:a=3.11Å,c=4.98Å,Ti−Al−N(組成比Al/(Ti+Al)=0.91)の格子定数:a=3.14Å,c=4.98Å)。
【0067】
上記界面において、Al−N表面起因の自然酸化膜(非晶質)は観測されず、Ar逆スパッタにより、自然酸化膜が除去されたことを示している。また、原子像が取得できることから、界面近傍のAl−N結晶及びTi−Al−N結晶が、共に高い結晶性を持つことがわかる。さらに、Al−N結晶、Ti−Al−N結晶は共に高い結晶配向度(c軸配向)をもつことを示している。Al−NとTi−Al−Nとは格子整合度が高く、さらに、界面にAr元素が介在し、界面の歪エネルギーが緩和されて、結晶格子が緩和されることで、Al−N/Ti−Al−N界面において極めて高い格子整合性が実現されており、その結果、Ti−Al−Nは、反応性スパッタリングの初期結晶成長過程より、高い結晶性と高いc軸配向度とを持つウルツ鉱型結晶構造を形成していることがわかる。
これは、すなわち、結晶性Al−N膜と結晶性Ti−Al−N膜との界面にごくわずかな格子不整合があっても、Ar逆スパッタ工程を導入し、界面近傍にAr元素が導入されることで、Al−N膜表面の格子がわずかに歪み、界面の歪エネルギーが緩和されて、結晶格子が緩和されることで、結晶性Ti−Al−N膜は、界面での格子の連続性を保ったまま結晶成長すること(コヒーレント成長)が可能であることを示している。
【0068】
さらに、Al−N/Ti−Al−N界面近傍において、Al−N結晶とTi−Al−N結晶との膜厚方向(結晶が成長する方向)の原子配列が同じであることがわかる。これは、Al−N結晶と、Ti−Al−N結晶とは、結晶内にて同じ極性(異種原子間において共有結合では、共有電子対は電気陰性度の大きい原子に偏るが、この電荷の偏りを極性という)を持つことを意味する。
【0069】
ウルツ鉱型Al−Nの結晶構造は、四本のAl−N結合からなる四面体が頂点連結構造をとり、c軸方向に非対称な構造をとるので、基板上にc軸配向度が高い結晶化膜が形成されていたとしても膜厚方向(結晶が成長する方向)において、極性構造が異なる2種類のケースが考えられる。膜厚方向にc軸配向しながら結晶成長している場合、Al元素に対して1つの窒素元素が結晶成長方向に向いている場合(もしくは、3つの窒素元素が結晶成長方向と反対の基板方向に向いている場合)をAl極性といい、N(窒素)元素に対して1つのAl元素が結晶成長方向に向いている場合(もしくは、3つのAl元素が結晶成長方向と反対の基板方向に向いている場合)をN(窒素)極性という(なお、Al極性を、+c軸方向、(001)方向とよび、N極性を、−c軸方向、(00−1)方向と呼ぶこともある)。なお、ウルツ鉱型Al−Nの[110]方向からみると、Al極性は、
図20の(a)のように見え、N極性は
図20の(b)のように見える。なお、
図20(a)、(b)の四角で囲まれた領域は、単位格子(ユニットセル)である。
【0070】
Al極性とN極性とのうち、化学的に安定なのはAl極性であり、本発明の実施例においても、柱状結晶化膜中の原子分解能観察により、Al極性を確認しているが、基板界面近傍においては、基板の表面状態如何(酸化等)においては、初期結晶成長時にN極性を持つウルツ鉱型窒化物結晶が生じる場合がある。
図21(a)(b)はそれぞれ、Al−N結晶とTi−Al−N結晶とが共にAl極性であり、それぞれの結晶格子が整合した場合において、ウルツ鉱型結晶構造を[110]方向から見た、Al−N/Ti−Al−N界面近傍のAl−N結晶とTi−Al−N結晶との膜厚方向の原子配列を示す模式図であり、Al−N/Ti−Al−N界面における理想的な結晶格子のモデル像である。
図18に示すように、本実施例では、Al−N結晶とTi−Al−N結晶との膜厚方向の原子配列を詳しく見ると、界面近傍において、共にAl極性を持っていることがわかる。すなわち、Al極性面をもったAl−N表面から連続して、Al極性面をもったTi−Al−N結晶が結晶成長しており、その結果、Ti−Al−Nは、反応性スパッタリングの初期結晶成長過程より、高い結晶性と高いc軸配向度とを持つウルツ鉱型結晶構造を形成していると考えられる。
その理由として、もともと結晶性Al−N膜と結晶性Ti−Al−N膜との格子整合度が高いので、Al−N/Ti−Al−N界面は、わずかな格子不整合度(1%程度)にとどまっていることが考えらえる。さらに、Ar逆スパッタにより自然酸化膜が除去されたことと、もともと格子整合度の高いAl−N/Ti−Al−N界面近傍にAr元素が介在し、歪エネルギーが緩和され、結晶格子が緩和されることで、さらに極めて高い格子整合性が実現されたことが考えられる。
【0071】
なお、本発明の技術範囲は上記実施形態及び実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。