特許第6718610号(P6718610)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6718610細胞培養用基材、その製造方法、および細胞培養用基材における物性の制御方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6718610
(24)【登録日】2020年6月17日
(45)【発行日】2020年7月8日
(54)【発明の名称】細胞培養用基材、その製造方法、および細胞培養用基材における物性の制御方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20200629BHJP
   C08F 20/18 20060101ALI20200629BHJP
   C08F 20/30 20060101ALI20200629BHJP
【FI】
   C12M3/00 A
   C08F20/18
   C08F20/30
【請求項の数】8
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2016-93920(P2016-93920)
(22)【出願日】2016年5月9日
(65)【公開番号】特開2017-201891(P2017-201891A)
(43)【公開日】2017年11月16日
【審査請求日】2019年4月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(74)【代理人】
【識別番号】100136319
【弁理士】
【氏名又は名称】北原 宏修
(74)【代理人】
【識別番号】100147706
【弁理士】
【氏名又は名称】多田 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100148275
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100142745
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 世子
(72)【発明者】
【氏名】宮田 隆志
(72)【発明者】
【氏名】河村 暁文
(72)【発明者】
【氏名】松田 安叶
【審査官】 松浦 安紀子
(56)【参考文献】
【文献】 中国特許第101200526(CN,B)
【文献】 特開2014−103857(JP,A)
【文献】 特開2014−023508(JP,A)
【文献】 特表2010−530931(JP,A)
【文献】 European Polymer Journal,2015年,69,605-615
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 3/00
C08F 20/18
C08F 20/30
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光照射によって多量化する官能基を有する第1のモノマー由来成分と、
温度の変化によって物性が変化する第2のモノマー由来成分と
を含む共重合体を有し、
前記第2のモノマー由来成分は、以下の式(2)
【化1】
に示す構造(上記式(2)において、xは1以上100以下)を有しており、
光照射および温度変化の少なくとも何れかによって弾性率が変化する細胞培養用基材。
【請求項2】
前記第2のモノマー由来成分は、生体適合性を有する、請求項1に記載の細胞培養用基材。
【請求項3】
前記第1のモノマー由来成分は、以下の式(1)
【化2】
に示す構造を有している、請求項1または2に記載の細胞培養用基材。
【請求項4】
30℃以上40℃以下の範囲内に下限臨界共溶温度(LCST)を有する、請求項1から3の何れか1項に記載の細胞培養用基材。
【請求項5】
前記共重合体はグラフト共重合体である、請求項1から4の何れか1項に記載の細胞培養用基材。
【請求項6】
光照射によって多量化する官能基を有する第1のモノマーと、温度応答性を有する第2のモノマーとを共重合させて共重合体を得る工程と、
前記共重合体を原料として細胞培養用基材を形成する工程と
を備え、
前記第2のモノマーは、メトキシポリ(エチレングリコール)メタクリレートである、細胞培養用基材の製造方法。
【請求項7】
前記第1のモノマーは、7−メタクリロイルオキシクマリンである、請求項6に記載の細胞培養用基材の製造方法。
【請求項8】
請求項1からの何れか1項に記載の細胞培養用基材に対して光を照射すること、および、請求項1からの何れか1項に記載の細胞培養用基材の温度を変化させること
の少なくとも何れかによって前記細胞培養用基材の弾性率を変化させる、細胞培養用基材における物性の制御方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞を培養するための細胞培養用基材およびその製造方法に関する。また、本発明は、本発明にかかる細胞培養用基材において、弾性率などの物性を制御する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療、組織工学の発展に伴って、細胞培養技術の開発は極めて重要な課題となってきている。細胞は周辺環境の化学的性質だけでなく、周辺媒質の弾性率や圧力などの物理的性質に影響され、分化や細胞周期などの挙動を変化させることが確認されている。細胞を培養するための細胞培養用基材としては、一般的にポリスチレンディッシュが用いられる。
【0003】
一方、近年、生体内に近い環境において細胞培養が可能な細胞培養用基材として、ハイドロゲルが注目されている。ハイドロゲルは高い含水性を有しており、生体内の弾性率と類似している。このようなハイドロゲルは架橋密度を変えることにより弾性率が変化するため、物理的性質を制御できる細胞培養用基材としての応用が可能である。
【0004】
近年の研究により、細胞培養用基材の弾性率が細胞挙動に影響を及ぼすこと、およびその弾性率が変化するタイミングや速さによっても細胞挙動に差異が生じることが明らかになりつつある。
【0005】
例えば、非特許文献1には、架橋剤濃度を変化させることにより弾性率を変化させたポリアクリルアミドゲル表面上で細胞を培養した際に、ヒト間葉系幹細胞が異なる細胞に分化することが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Engler, A. J.ら、「Matrix Elasticity Directs Stem Cell Lineage Specification」、Cell.、2006年、第126巻、677−689頁
【非特許文献2】Ajiro, H., Akashi, M.、「Rapid Photogegelation of amphiphilic Poly(N-vinylacetamide) Bearing Coumarin Moiety in Water and Organic Solvents」、Chem. Lett.、2014年、第43巻、1613−1615頁
【非特許文献3】Nagata, M., Yamamoto, Y.、「Photoreversible poly(ethylene glycol)s with pendent coumarin group and their hydrogels」、Y. React. Funct. Poly,.、2008年、第68巻、915−921頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上のように、細胞培養用基材の物理的性質が及ぼす細胞への影響は、細胞工学や組織工学による医療技術の発展に重要な課題であり、物理的性質を任意に変化できる細胞培養用基材の開発が求められている。このような細胞培養用基材は、より生体内に近い環境における病気や組織再生のメカニズムの解明や、再生医療への応用を目的とした組織再生スキャフォールドを構築するための基盤材料となることが期待される。
【0008】
従来のハイドロゲルの弾性率の制御には、上述のように、架橋剤濃度を変化させたり、モノマー濃度を変化させたりするという手法が採られている。しかし、これらの方法では、ハイドロゲル調製後の可逆的な弾性率の変化や局所的な弾性率の変化を実現することが困難である。また、これらの方法ではハイドロゲルの物理的性質だけではなく、化学的性質も変化するため、弾性率のみによる細胞挙動の制御が困難であった。
【0009】
ところで、近年、クマリンの可逆的な光二量化反応を利用して、可逆的に物性を変化させるハイドロゲル材料が報告されている(例えば、非特許文献2および非特許文献3)。クマリンは可逆的な光二量化反応を示すことが知られており、可視光の照射により二量体を形成し、二量化したクマリンへの紫外光の照射により単量体に開裂する。このようなクマリンをポリマー鎖に導入することにより、光照射によって架橋点となるクマリンの二量体が形成され、ゾル−ゲル相転移を起こすことができる。
【0010】
しかしながら、非特許文献2および非特許文献3は、細胞培養用基材への応用を目的とするものではない。また、これらの文献に記載の技術によって調製されたハイドロゲルは、光照射という一つの刺激によってしか、その物性を変化させることはできない。そのため、より多様な細胞挙動を観察するための細胞培養用基材の開発が望まれている。
【0011】
そこで、本発明では、より多くの刺激によって物性を変化させることのできる細胞培養用基材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の第1局面にかかる細胞培養用基材は、光照射によって多量化する官能基を有する第1のモノマー由来成分と、温度の変化によって物性が変化する第2のモノマー由来成分とを含む共重合体を有する。そして、この細胞培養用基材は、光照射および温度変化の少なくとも何れかによって弾性率が変化する。
【0013】
上記の本発明の細胞培養用基材において、前記第2のモノマー由来成分は、生体適合性を有することが好ましい。
【0014】
上記の本発明の細胞培養用基材において、前記第1のモノマー由来成分は、以下の式(1)
【化1】
に示す構造を有していることが好ましい。
【0015】
上記の本発明の細胞培養用基材において、前記第2のモノマー由来成分は、以下の式(2)
【化2】
に示す構造(上記式(2)において、xは1以上100以下)を有していることが好ましい。
【0016】
本発明の第2局面にかかる細胞培養用基材の製造方法は、光照射によって多量化する官能基を有する第1のモノマーと、温度応答性を有する第2のモノマーとを共重合させて共重合体を得る工程と、前記共重合体を原料として細胞培養用基材を形成する工程とを備える。
【0017】
上記の本発明の細胞培養用基材の製造方法において、前記第1のモノマーは、7−メタクリロイルオキシクマリンであることが好ましい。
【0018】
上記の本発明の細胞培養用基材の製造方法において、前記第2のモノマーは、メトキシポリ(エチレングリコール)メタクリレートであることが好ましい。
【0019】
また、本発明の第3局面にかかる細胞培養用基材における物性の制御方法は、本発明にかかる細胞培養用基材に対して光を照射すること、および、本発明にかかる細胞培養用基材の温度を変化させることの少なくとも何れかによって前記細胞培養用基材の弾性率を変化させるというものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、光照射および温度変化という少なくとも2つの刺激によって物性を変化させることのできる細胞培養用基材を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の一実施形態にかかる細胞培養用基材を構成する高分子材料を示す模式図である。
図2】(a)は、本実施例の細胞培養用基材中の共重合体に対して、波長300−400nmの光を照射した際の紫外可視スペクトルを示す。(b)は、本実施例の細胞培養用基材中の共重合体に対して、波長254nmの光を照射した際の紫外可視スペクトルを示す。
図3】本実施例の細胞培養用基材を構成する高分子材料について、光照射時間と貯蔵弾性率(G’)および損失弾性率(G”)との関係を示すグラフである。
図4】本実施例の細胞培養用基材を構成する高分子材料について、光照射前後における構造および物性を比較して示す図である。
図5】(a)は、波長300−400nmの光を30分間照射することによって調製された細胞培養用基材においてマウス線維芽細胞(L929)を培養した結果を示す顕微鏡画像である。(b)は、波長300−400nmの光を60分間照射することによって調製された細胞培養用基材においてマウス線維芽細胞(L929)を培養した結果を示す顕微鏡画像である。
図6】本実施例の細胞培養用基材を構成する高分子材料における温度と透過率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施形態について説明する。本実施形態では、本発明の一実施形態にかかる細胞培養用基材、その製造方法、および本発明の細胞培養用基材の利用方法について説明する。
【0023】
(細胞培養用基材)
図1には、本発明の一実施形態にかかる細胞培養用基材1の構造を模式的に示す。本実施形態にかかる細胞培養用基材1は、特定の高分子材料から構成されている。この特定の高分子材料は、第1のモノマー由来成分11と、第2のモノマー由来成分12とを含む共重合体である。第1のモノマー由来成分11は、光照射によって多量化する官能基を有する。また、第2のモノマー由来成分12は、温度の変化によって物性(例えば、弾性率、水に対する溶解度(透過率)など)が変化するという性質(温度応答性)を有する。
【0024】
第1のモノマー由来成分11は、後述する細胞培養用基材の製造方法において、細胞培養用基材の材料として用いられる第1のモノマーに由来する成分である。また、第2のモノマー由来成分12は、後述する細胞培養用基材の製造方法において、細胞培養用基材の材料として用いられる第2のモノマーに由来する成分である。
【0025】
細胞培養用基材1において、共重合体は、ランダム共重合体、交互共重合体、周期的共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体などの種々の共重合体構造を取り得る。後述の実施例において合成したP(MAC−co−PEGMA)は、グラフト共重合体である。これは、共重合体P(MAC−co−PEGMA)の材料となる第2のモノマー(PEGMA)が、マクロモノマーであるためである。第2のモノマーとして、例えば、PEGMAなどのマクロモノマーを用いることで、種々のモノマーと容易に共重合することができる。
【0026】
共重合体は、合成高分子であってもよいし、天然高分子であってもよいし、半合成高分子(改質天然高分子)であってもよい。なお、共重合体は、同一の主鎖に異なる側鎖が結合した複数種類のモノマーが重合した構造であってもよいし、異なる構造の主鎖を有する複数種類のモノマーが重合した構造であってもよい。
【0027】
また、共重合体は、2種類のモノマーを用いて合成されたコポリマー、3種類のモノマーを用いて合成されたターポリマーなどであってもよい。好ましくは、共重合体は、光応答性を有する第1のモノマー由来成分11と、温度応答性を有する第2のモノマー由来成分12とから構成されるコポリマーである。
【0028】
ここで、「光応答性」とは、光を照射することによってその物性が変化する性質のことをいう。また、「温度応答性」とは、温度の変化によってその物性が変化する性質のことをいう。ここで、物性とは、例えば、弾性率、透過率、水に対する溶解度、硬度、粘度などである。
【0029】
共重合体の主鎖としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブテン、ポリ塩化ビニル、ポリエステル(PET)、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリビニルスルホン酸、ポリビニルベンゼンスルホン酸、ポリマレイン酸、ポリスチレン、ポリビニルピリジン、ポリビニルカルバゾール、ポリジメチルアミノスチレン、ポリ酢酸ビニル、ポリアリルアミン、アクリル酸系ポリマー、ポリジメチルシロキサン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等を挙げることができる。
【0030】
アクリル酸系ポリマーとしては、例えば、(メタ)アクリル酸、アルキル(メタ)アクリレート、(メタ)アクリルアミド・アクリルアミドアルキルスルホン酸・(メタ)アクリロニトリル・ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド等のアミノ置換(メタ)アクリルアミド、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート・ジエチルアミノエチル(メタ)アクリレート・ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸アミノ置換アルキルエステル、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート等のヒドロキシエチルメタクリレート、N−イソプロピル(メタ)アクリルアミド、N,N’−ジメチル(メタ)アクリルアミド等のアルキル置換(メタ)アクリルアミド等のポリマーが挙げられる。さらに、本発明の趣旨を損ねない範囲で、他のモノマー、オリゴマーを共重合させてもよい。なお、本明細書において、「(メタ)アクリル」との表記は、「アクリル」または「メタクリル」を意味するものとして使用されている。
【0031】
本実施形態の細胞培養用基材1を構成する共重合体において、第1のモノマー由来成分11は、光照射によって多量化する官能基を有する。このような官能基としては、例えば、光二量化官能基が挙げられる。光二量化官能基としては、例えば、クマリン基、シンナモイル基、チミン基、キノン基、マレイミド基、カルコン基、ウラシル基、アントラセン基等が挙げられる。このような光二量化官能基は、π電子共役構造を含んでおり、[A+A](Aは2、4などの整数)光環化付加反応によって二量化される。なお、ここにいう「光環化付加反応」とは、π電子系の骨格を形成する反応をいう。
【0032】
本実施形態の細胞培養用基材1を構成する共重合体では、第1のモノマー由来成分11に含まれる光照射によって多量化する官能基は、可逆性を有することが好ましい。これにより、細胞培養用基材1に対して光の照射を行うことで、基材の物性(例えば、弾性率)を変化させることができる。具体的には、細胞培養用基材1に対して所定の波長の光を照射することで、基材をゲル化することができるとともに、細胞培養用基材1に対して上記とは異なる所定の波長の光を照射することで、基材をゾル化することができる。このように、光の照射によって、基材の形態を種々に変化させることができる。なお、照射時間の長短によって、弾性率の大きさを適宜調整することも可能となる。
【0033】
上記光二量化官能基のうち、可逆性を有する官能基としては、クマリン基、チミン基、アントラセン基が挙げられる。具体的には、クマリン基は、310nm以上の長波長紫外線が照射されると二量化し、250〜260nm程度の短波長紫外線が照射されると単量化する。チミン基は、280nm前後の長波長紫外線が照射されると二量化し、240nm前後の短波長紫外線が照射されると単量化する。アントラセン基は、長波長紫外線が照射されると二量化し、加熱されたり300nm以下の短波長紫外線が照射されたりすると単量化する。
【0034】
また、本実施形態の細胞培養用基材1において、第2のモノマー由来成分12は、生体適合性を有することが好ましい。ここで、「生体適合性」とは、生体内に混入した場合に異物反応を起こすことが少なく、生体内で適切な応答を示す性質を意味する。第2のモノマー由来成分12が生体適合性を有することにより、細胞培養により適した環境を有する細胞培養用基材を提供することができる。なお、第1のモノマー由来成分11も同様の生体適合性を有することが好ましい。
【0035】
本実施形態にかかる細胞培養用基材1の共重合構造を構成する第1のモノマー由来成分11として、具体的には、以下の式(1)に示す構造を挙げることができる。
【化3】
【0036】
上記の式(1)に示す構造を有する第1のモノマー由来成分11は、例えば、7−メタクリロイルオキシクマリン(MAC)をモノマー材料として重合反応を行うことによって得られる。
【0037】
また、本実施形態にかかる細胞培養用基材1の共重合構造を構成する第2のモノマー由来成分12として、具体的には、以下の式(2)に示す構造を挙げることができる。
【化4】

上記の式(2)において、数値「x」は、1以上100以下の値を取り得る。xの値は、第1のモノマー由来成分との混合比、および、所望とするLCSTの値などに応じて適宜変更することができる。xの値は、1以上20以下とすることが好ましい。xの値を20以下とすることで、第1のモノマー由来成分の混合比を適量に調整することができる。また、LCSTを体温付近に調整しやすくなる。
【0038】
なお、上記の式(2)における数値「x」は、共重合体中の個々の第2のモノマー由来成分ごとに異なる値を取り得る。第2のモノマー由来成分12として、より具体的には、x=4.8のものが挙げられる。この数値は、共重合体中の個々の第2のモノマー由来成分におけるxの値を平均したものである。
【0039】
上記の式(2)に示す構造を有する第2のモノマー由来成分12は、例えば、メトキシポリ(エチレングリコール)メタクリレート(PEGMA)をモノマー材料として重合反応を行うことによって得られる。
【0040】
なお、第2のモノマー由来成分12は、体温付近にLCST(下限臨界共溶温度)を有することが好ましい。これにより、細胞の培養温度に適した温度範囲内において温度を変化させることによって、細胞培養用基材1の物性を変化させることができる。このような第2のモノマー由来成分12のモノマー材料としては、例えば、PEGMA、メトキシポリ(エチレングリコール)アクリレート、ポリ(エチレングリコール)(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、メトキシエチル(メタ)アクリレート、2−メタクリロイルオキシホスホリルコリン、メトキシオリゴ(エチレングリコール)アクリレート、メトキシオリゴ(プロピレングリコール)(メタ)アクリレート、アルキルアクリルアミドとその誘導体、ビニルエーテルとその誘導体、アルキルセルロース誘導体などが挙げられる。
【0041】
上述の式(1)および式(2)に示す構造を第1のモノマー由来成分11および第2のモノマー由来成分12として有する共重合体は、P(MAC−co−PEGMA)である。P(MAC−co−PEGMA)は、以下の式(3)に示す構造を有する。
【化5】

なお、上記の式(3)において、mは2以上5000以下の整数であり、nは2以上5000以下の整数であり、xは1以上100以下の数値であることが好ましい。
【0042】
また、P(MAC−co−PEGMA)におけるMACの含有率は、0.01mol%以上50mol%以下の範囲内であることが好ましい。言い換えると、P(MAC−co−PEGMA)におけるMACとPEGMAとのモル比は、1:10,000から1:1の範囲内とすることが好ましい。このようなモル比とすることで、水に溶解し、かつ光照射によりハイドロゲルへと物性が変化するという性質を有することができる。
【0043】
なお、細胞培養用基材1を構成する共重合体の分子量は、特に限定されず、数平均分子量で1,000以上であることが好ましく、数平均分子量で10,000以上2,000,000以下の範囲内にあることがより好ましい。共重合体の数平均分子量がこの範囲内であれば、光照射によるハイドロゲルへの物性変化がより良好に行われる。
【0044】
なお、P(MAC−co−PEGMA)として、より具体的には、以下の式に示すものが挙げられる。これは、上記式(3)において、xの数値を4.8としたものである。また、以下の式において、mおよびnの値は、上述の式(3)と同様の数値範囲を取り得る。
【化6】
【0045】
細胞培養用基材1は、上記の構成を有することで、光照射および温度変化の少なくとも何れかによってその弾性率を変化させることができる。ここでの弾性率の変化には、細胞培養用基材1全体の弾性率の変化だけではなく、細胞培養用基材1の少なくとも表面における弾性率の変化も含む。より好ましくは、細胞培養用基材1は、光照射によって弾性率などの物性が変化し、かつ、温度変化によって、弾性率、水に対する溶解度などの物性が変化する。これにより、光及び温度という2つの刺激によって、細胞培養用基材1の物性を制御することができる。
【0046】
また、本実施形態の細胞培養用基材1は、光照射によってゲル化したときに、ハイドロゲルとなることが好ましい。ハイドロゲルとは、高い親水性を有し、含水量の高いゲルのことをいう。細胞培養用基材1がハイドロゲルの形態を有することで、生体内に近い環境で細胞を培養することができる。このようなハイドロゲルの形態を有する細胞培養用基材1としては、例えば、上記の式(3)に示すP(MAC−co−PEGMA)が挙げられる。
【0047】
(細胞培養用基材の製造方法)
続いて、細胞培養用基材1の製造方法について説明する。本実施形態にかかる製造方法は、光照射によって多量化する官能基を有する第1のモノマーと、温度の変化によって物性(例えば、弾性率、水に対する溶解度など)が変化する第2のモノマーとを共重合させる工程を有する。以下では、先ず、細胞培養用基材1の材料となる第1のモノマーおよび第2のモノマーについて説明する。
【0048】
(1)第1のモノマー
第1のモノマーは、光照射によって多量化する官能基を有する。第1のモノマーとしては、エチレンモノマー、ビニルモノマー、プロピレンモノマー、ブテンモノマー、塩化ビニルモノマー、テレフタル酸モノマー、1,3−プロパンジオール、ε−カプロラクタムモノマー、ウンデカンラクタムモノマー、ラウリルラクタムモノマー、ビスフェノールモノマー、アクリル酸モノマー、メタクリル酸モノマー、ジメチルシロキサンモノマー、エチレングリコールモノマー、スチレンモノマー、ブタジエンモノマー、イソプレンモノマー、イソブチレンモノマー等が挙げられる。
【0049】
光照射によって多量化する官能基としては、例えば、光二量化官能基が挙げられる。光二量化官能基としては、例えば、クマリン基、シンナモイル基、チミン基、キノン基、マレイミド基、カルコン基、ウラシル基、アントラセン基等が挙げられる。
【0050】
上記光二量化官能基のうちクマリン基、チミン基、アントラセン基には、二量化−単量化の可逆性がある。本実施形態にかかる細胞培養用基材の製造方法では、可逆性を有する光二量化官能基を有するモノマーを第1のモノマーとして用いることが好ましい。これにより、得られる細胞培養用基材に対して光の照射を行うことで、基材の物性(例えば、弾性率)を変化させることができる。
【0051】
第1のモノマーとしては、例えば、7−メタクリロイルオキシクマリンを用いることができる。第1のモノマーを材料として製造された細胞培養用基材は、例えば、250−400nmの紫外領域の光を照射することで、弾性率を上昇させ、ゲル化することができる。
【0052】
7−メタクリロイルオキシクマリンは、メタクリル酸のOH基が、7−ヒドロキシクマリンによって置換されたものである。この7−メタクリロイルオキシクマリンは、例えば、後述の官能基導入方法によって製造することができる。
【0053】
(2)第2のモノマー
第2のモノマーは、温度の変化によって水との親和状態(すなわち、親水性/疎水性に関する化学的性質)が変化するという性質(温度応答性ともいう)を有する。
【0054】
第2のモノマーとしては、エチレンモノマー、ビニルモノマー、プロピレンモノマー、ブテンモノマー、塩化ビニルモノマー、テレフタル酸モノマー、1,3−プロパンジオール、ε−カプロラクタムモノマー、ウンデカンラクタムモノマー、ラウリルラクタムモノマー、ビスフェノールモノマー、アクリル酸モノマー、メタクリル酸モノマー、ジメチルシロキサンモノマー、エチレングリコールモノマー、スチレンモノマー、ブタジエンモノマー、イソプレンモノマー、イソブチレンモノマー等が挙げられる。第2のモノマーは、第1のモノマーと同じモノマーであってもよいし、第1のモノマーとは別のモノマーであってもよい。
【0055】
温度応答性を有するモノマーとしては、例えば、メトキシポリ(エチレングリコール)メタクリレート(PEGMA)、メトキシポリ(エチレングリコール)アクリレート、ポリ(エチレングリコール)(メタ)アクリレート、N-イソプロピルアクリルアミド、メトキシオリゴ(プロピレングリコール)(メタ)アクリレート、アルキルアクリルアミドとその誘導体、ビニルエーテルとその誘導体、アルキルセルロース誘導体などが挙げられる。
【0056】
また、第2のモノマーは、生体適合性をさらに有することが好ましい。第2のモノマーが生体適合性を有することにより、細胞培養により適した環境を有する細胞培養用基材を製造することができる。生体適合性を有するモノマーとしては、例えば、メトキシポリ(エチレングリコール)メタクリレート(PEGMA)、メトキシポリ(エチレングリコール)アクリレート、ポリ(エチレングリコール)(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、メトキシエチル(メタ)アクリレート、2−メタクリロイルオキシホスホリルコリン、メトキシオリゴ(プロピレングリコール)(メタ)アクリレート、アルキルアクリルアミドとその誘導体、ビニルエーテルとその誘導体、アルキルセルロース誘導体などが挙げられる。
【0057】
PEGMAは、メタクリル酸のOH基が、メトキシポリエチレングリコールによって置換されたものである。このPEGMAは、例えば、後述の官能基導入方法によって製造することができる。
【0058】
(3)重合法
続いて、第1のモノマーと第2のモノマーを共重合させる方法について説明する。重合方法としては、例えば、ラジカル重合、イオン重合、重縮合、開環重合等が挙げられる。また、その重合に用いられる溶媒は、第1のモノマーおよび第2のモノマーが溶解するものであればよい。このような溶媒としては、例えば、水、メタノール、エタノール、酢酸エチル、塩化メチル、クロロホルム、エーテル、テトラヒドロフラン、ベンゼン、トルエン、n−ヘキサン、N,N’−ジメチルホルムアミド等の公知の溶媒が挙げられる。
【0059】
なお、この重合法では、必要に応じて重合開始剤を使用してもよい。重合開始剤は、上記溶媒に溶解可能なものがよい。このような重合開始剤としては、例えば、過硫酸アンモニウム・過硫酸ナトリウム等の過硫酸塩、過酸化水素・t−ブチルハイドロパーオキシド・クメンハイドロパーオキシド等のパーオキシド類、アゾビスイソブチロニトリル、過酸化ベンゾイル等が挙げられる。このような重合開始剤を用いることなく、第1のモノマーおよび第2のモノマーに光、放射線等を照射することにより重合を開始させてもよいし、第1のモノマーおよび第2のモノマーを加熱することによって重合させてもよい。
【0060】
重合温度は、モノマーの耐熱温度、重合開始剤の種類に依存するため、一義的に決定することは困難であるが、例えば、50℃以上100℃以下の範囲内において設定することができる。また、重合時間も、特に限定されないが、通常、4時間以上48時間以下の範囲内である。
【0061】
第1のモノマーおよび第2のモノマーの共重合が完了すれば、細胞培養用基材用の共重合体が生成される。共重合体は、公知の方法により精製することができる。例えば、重合完了後の共重合体が溶液中に存在している場合、再沈殿法により共重合体を精製することができる。再沈殿法では、共重合体を含む溶液を共重合体の貧溶媒または非溶媒に添加させる。このとき、共重合体が析出して沈殿すると共に溶媒中に未反応のモノマー等の不純物が溶解する。その後、この沈殿物を濾過して溶媒を除去することにより共重合体が精製される。なお、必要に応じて、共重合体を良溶媒に再溶解させて、上記と同様の操作を複数回繰り返してもよい。
【0062】
そして、上述の方法によって得られた共重合体を原料として細胞培養用基材を形成する。細胞培養用基材の形成工程では、例えば、従来公知の細胞培養用基材の成形方法を用いて、共重合体をシート状、フィルム状、その他の形状に成形する。これにより、種々の用途に適した細胞培養用基材を製造することができる。なお、共重合体を成形して細胞培養用基材を形成する工程は、上述の精製工程の前であってもよいし、後であってもよい。
【0063】
(4)官能基導入法
続いて、第1のモノマーおよび第2のモノマーを製造する際に行われる官能基導入方法について説明する。官能基導入法では、ポリマーの主鎖を構成するモノマーの主構造に対して、種々の性質を有する官能基が導入される。この官能基導入法では、モノマーの主構造の官能基(例えば、OH基など)に、光照射などによって多量化する官能基、温度応答性を有する官能基、温度応答性および生体適合性を有する官能基などの種々の活性機能を有する官能基を含む化合物を反応させる。これにより、モノマーの主構造の官能基が、活性機能を有する官能基に置換される。ここでの反応条件は、特に限定されず、その種類および構造に応じて、一般の有機化学的手法に基づいて決定することができる。
【0064】
<細胞培養用基材における弾性率の制御方法>
続いて、本実施形態にかかる細胞培養用基材1において、その物性を制御する方法について説明する。この物性の制御方法としては、細胞培養用基材に対して光を照射して、前記細胞培養用基材の弾性率を変化させるという方法が挙げられる。
【0065】
本実施形態にかかる細胞培養用基材における物性の制御方法では、第1のモノマー由来成分11に含まれる光照射によって多量化する官能基は、可逆性を有する光二量化官能基であることが好ましい。これにより、細胞培養中に、第1の波長帯の光を照射することで、細胞培養用基材の形態をゾル体からゲル体へ変化させることができる。また、細胞培養中に、第2の波長帯の光を照射することで、細胞培養用基材の形態をゲル体からゾル体へ変化させることができる。
【0066】
なお、例えば、P(MAC−co−PEGMA)ハイドロゲルなどを細胞培養用基材として用いた方法では、光照射時間の長短によって基材の弾性率を調整することもできる。これにより、より精密な弾性率の制御を行うことができる。
【0067】
この方法を用いることで、細胞培養用基材を用いて細胞の培養を行っている最中に、基材の弾性率を変更することができる。そのため、細胞培養中に培地の弾性率の変化によって起こり得る細胞挙動を観察することができる。
【0068】
さらに、細胞培養用基材1の物性を制御する他の方法として、細胞培養用基材の置かれている環境の温度を変化させることによって、細胞培養用基材の弾性率や水に対する溶解度を変更させるという方法が挙げられる。
【0069】
例えば、上述のP(MAC−co−PEGMA)を有する細胞培養用基材1は、約30℃から約40℃の間にLCST(下限臨界共溶温度)を有する。そこで、30℃以上40℃以下の範囲内の温度帯域において温度を変化させることで、細胞培養用基材の性質(具体的には、水溶性であるか不溶性であるか、延いてはその弾性率)を変えることができる。
【0070】
<本発明の効果および利用可能性>
以上のように、本実施形態にかかる細胞培養用基材は、可逆的な光二量化反応を示す官能基(例えば、クマリン)を有する第1のモノマー由来成分(例えば、MAC)と、生体適合性および温度応答性を示す第2のモノマー由来成分(例えば、PEGMA)とを共重合させて得られる。この細胞培養用基材は、光照射により弾性率を変化させることができる。
【0071】
本発明の一実施形態の細胞培養用基材は、共重合構造としてP(MAC−co−PEGMA)を有する。P(MAC−co−PEGMA)は、光照射によりクマリンの二量化に基づく架橋が形成され、3次元ネットワークが形成される。これにより、ゲル化させることが可能となる。また、P(MAC−co−PEGMA)は、光照射時間によりその架橋密度が変化するため、光照射時間を適宜調整することで、ハイドロゲルの弾性率を制御することができる。
【0072】
ハイドロゲルは高い含水性を有しており、生体内の弾性率と類似していることから、生体組織欠損部での再生医療用足場材料などへの応用が検討されている。また、細胞は足場の弾性率に影響され、分化や細胞周期などの挙動を変化させることが明らかとなってきた。さらに、弾性率を変化させるタイミングや速度が細胞制御において重要な因子であることが示唆されている。
【0073】
このような状況下において、本発明の一実施形態にかかるP(MAC−co−PEGMA)ハイドロゲルは、光照射時間により弾性率を変化させることができ、さらに温度変化によっても、その物性(弾性率など)を制御できる。これにより、時間軸を考慮した弾性率制御が可能になる。そのため、本発明の細胞培養用基材は、より生体内に近い環境下で病気や組織再生のメカニズムの解明や、組織再生スキャフォールドを構築するための基盤材料としての応用が期待できる。
【0074】
さらに、本発明の一実施形態にかかるP(MAC−co−PEGMA)ハイドロゲルは、体温付近で体積相転移点(LCST)を示し、物性(例えば、水に対する溶解度)が変化する。そのため、これを利用すれば、体温以下ではタンパク質や細胞がハイドロゲル上に付着するのに対し、体温以上ではハイドロゲルの物性が変化して水溶性となるため、たんぱく質や細胞からハイドロゲルを除去することが可能になると考えられる。そのため、本発明を、人工臓器や医療機器などの生体材料の培養用基材として利用すれば、細胞培養終了後により容易にハイドロゲルを除去することが可能となる。
【0075】
また、現在、細胞培養用基材として用いられているハイドロゲルは、細胞培養中に弾性率を制御できないものがほとんどである。そのため、光照射時間により弾性率を変化させることができる本発明の細胞培養用基材を用いて細胞の培養を行えば、培養中に弾性率を変化させることによって細胞挙動を制御できる。したがって、本発明は、より精密な細胞挙動を観察するための細胞培養用基材として利用可能性を有している。
【0076】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0077】
〔実施例〕
以下、実施例を示して本発明の実施の形態をより詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0078】
(実施例1:細胞培養用基材用共重合体の合成)
本実施例では、7−メタクリロイルオキシクマリン(MAC)と、メトキシポリ(エチレングリコール)メタクリレート(PEGMA)とを用いて、光照射によりゾル−ゲル相転移する光応答性グラフト共重合体(P(MAC−co−PEGMA))を合成した。
【0079】
先ず、二量化反応を示すMACを下記の反応式(A)に基づいて合成した。
【0080】
【化7】
【0081】
具体的には、無水硫酸マグネシウムにより脱水したジクロロメタン(100ml)に7−ヒドロキシクマリン(6.50g、40.08mmol)およびトリエチルアミン(8.18g、80.84mmol)を溶解させた。次に、脱水したジクロロメタン(100ml)に塩化メタクリロイル(5.09g、48.69mmol)を溶解させた。その後、このジクロロメタン溶液を、上述の7−ヒドロキシクマリン溶液に氷浴下で30分間かけて滴下し、室温で一晩撹拌した。
【0082】
溶媒を減圧留去し、得られた固体をクロロホルム(160ml)に溶解させ、超純水(160ml)により3回洗浄した。洗浄後、クロロホルム層を回収し、減圧留去により薄橙色の固体を得た。得られた固体をメタノール/テトラヒドロフラン混合溶液(2:1(v/v))(90ml)で温めながら完全に溶解させ、一晩静置して再結晶させた。その後、吸引ろ過し、MACを得た。得られたMACの収量は5.99gであり、収率は65%であった。
【0083】
続いて、得られたMACを用いて、光応答性ゾル−ゲル相転移ポリマーであるP(MAC−co−PEGMA)を、下記の反応式(B)に基づいて合成した。
【0084】
【化8】
【0085】
MAC(2.00g、8.69mmol)およびPEGMA(10.79g、35.95mmol)を、N,N−ジメチルホルムアミド(43.4ml)に溶解させた。その後、開始剤として2,2’−アゾビスイソブチロニトリル(142.8mg、0.87mmol)を加えた。次に、モノマー溶液を凍結融解により脱気した後、70℃で8時間、窒素雰囲気下で撹拌した。未反応モノマーと開始剤を除去するため、得られた溶液をセルロース透析膜(分画分子量:3,500)に移し、メタノール(600ml)で3日間透析を行った。
【0086】
透析後、メタノールを減圧留去してP(MAC−co−PEGMA)を得た。なお、上記反応式(B)に示すP(MAC−co−PEGMA)の化学式中、mは2以上5000以下の整数であり、nは2以上5000以下の整数である。得られたP(MAC−co−PEGMA)の収量は、8.95gであり、収率は70%であった。1H NMR測定の結果、得られたP(MAC−co−PEGMA)におけるMACの含有率は20mol%であることがわかった。
【0087】
(実施例2:細胞培養用基材の光照射によるゲルの物性変化の観察)
実施例1で合成した共重合体P(MAC−co−PEGMA)を有する細胞培養用基材について、光照射によるゲル化挙動を観察した。さらに、光照射時間とゲル弾性率との関係についても調べた。
【0088】
先ず、P(MAC−co−PEGMA)の可逆的な光二量化反応について、紫外可視吸収スペクトル測定により確認した。その結果を、図2(a)および(b)に示す。
【0089】
図2(a)には、P(MAC−co−PEGMA)をリン酸緩衝生理食塩水(PBS(−))に溶解させ(0.27mg/ml)、光照射機(MAX−303、朝日分光株式会社製)を用いて、波長300−400nmの光を照射した際の紫外可視スペクトルを示す。なお、光照射時間は、0分、1分、2分、5分、15分、および40分とした。図2(a)に示すように、波長300−400nmの光を照射すると、照射時間の増加に伴って、(図中、矢印で示ように)クマリンに由来する280nmおよび310nm付近の吸光度が減少することが確認された。
【0090】
また、図2(b)には、光二量化させた共重合体P(MAC−co−PEGMA)に、光照射機を用いて、波長254nmの光を照射した際の紫外可視スペクトルを示す。なお、光照射時間は、0分、1分、4分、10分、および25分とした。図2(b)に示すように、波長254nmの光を照射すると、照射時間の増加に伴って、(図中、矢印で示ように)クマリンに由来するピークの吸光度が増加することが確認された。
【0091】
以上の結果は、波長300−400nmの光照射により、共重合体中のクマリンが二量体を形成し、波長254nmの光照射により、二量体を形成していたクマリンが解離したためであると考えられる。これらの結果から、共重合体P(MAC−co−PEGMA)は可逆的な光二量化反応を示すことが確認された。
【0092】
続いて、共重合体P(MAC−co−PEGMA)について、光照射時間によるゲルの弾性率の変化を調べた。本実施例では、光照射時間とP(MAC−co−PEGMA)ハイドロゲルの弾性率との関係を、レオメーター(Modular Compact Rheometer(MCR102)、株式会社アントンパール・ジャパン製)により評価した。図3には、P(MAC−co−PEGMA)をPBS(−)に溶解(33wt%)させた後、300−400nmのバンドパスフィルターを介して所定時間光照射した際の動的粘弾性測定の結果を示した。
【0093】
動的粘弾性測定は、以下の条件で行った。
治具 :直径8mmパラレルプレート
測定温度:25℃
歪み :0.1%
周波数 :15.9〜0.0159Hz
【0094】
図3には、光照射時間と、周波数1Hzにおける貯蔵弾性率(G’)および損失弾性率(G“)との関係を示した。図3に示す結果より、いずれの光照射時間においてもG’>G”となり、光照射によってゲル化することが確認された。また、光照射時間の増加に伴い、G’およびG”も増加した。これは、光照射時間の増加に伴ってクマリン二量体の数が増加し、それに伴ってハイドロゲル内部の架橋密度が増加するためと考えられる。また、図4には、P(MAC−co−PEGMA)溶液に波長250−400nmのバンドパスフィルターを介して1時間光照射し、ゲル化させた際の写真を示した。図4に示すように、光照射後はP(MAC−co−PEGMA)溶液の流動性が低下し、ゲル化していることがわかる。
【0095】
以上のように、共重合体P(MAC−co−PEGMA)に波長300−400nmの光を照射することにより、クマリンが二量体を形成し、共重合体はゲル化し、ハイドロゲルを形成することが確認された。
【0096】
(実施例3:細胞培養用基材を用いた細胞培養実験)
実施例3では、実施例1で合成した共重合体P(MAC−co−PEGMA)で形成された細胞培養用基材を用いて細胞培養を行った。本実施例では、弾性率の異なる細胞培養用基材(P(MAC−co−PEGMA)ハイドロゲル)の表面上に、マウス線維芽細胞(L929)を播種し、各細胞培養用基材上における細胞挙動を調べた。
【0097】
先ず、P(MAC−co−PEGMA)をPBS(−)に溶解させ(33wt%)、24穴プレートの各ウェルに250mgずつ測り取った。その後、300−400nmのバンドパスフィルターを介して、各ウェルに30分または60分光照射することにより、弾性率の異なるハイドロゲルを調製した。ゲル調製後、クリーンベンチ内でウェルにPBS(−)(1ml)を加え、吸引した。この操作を3回繰り返すことによりハイドロゲルを洗浄し、イーグル最小必須培地(EMEM培地)(1ml)に一晩浸漬させた。
【0098】
次に、ハイドロゲルを新しいEMEM培地(1ml)で2回洗浄した。その後、L929細胞を1.0×10(cells/well)になるように播種した。また、全量が1mlになるようにEMEM培地を添加し、COインキュベーター(5%、37℃)にて培養した。
【0099】
図5には、各ハイドロゲル上にL929を播種し、3日後のハイドロゲル表面の位相差顕微鏡画像を示す。図5の(a)は、光照射時間30分のハイドロゲルを細胞培養培地として使用した場合の結果であり、図5(b)は、光照射時間60分のハイドロゲルを細胞培養培地として使用した場合の結果である。これらの図に示すように、弾性率の低いハイドロゲル(図5の(a))と比較して、弾性率の高いハイドロゲル(図5の(b))上でより多くの細胞が接着していることがわかる。この結果から、細胞が足場となる培養用基材の弾性率の影響を強く受けることが示唆される。
【0100】
(実施例4:細胞培養用基材用共重合体の透過率の温度依存性評価)
実施例4では、細胞培養用基材用共重合体(P(MAC−co−PEGMA))をリン酸緩衝生理食塩水(PBS(−))に溶解(濃度5.0mg/ml)し、各温度における透過率を測定した。透過率の評価には、濁度測定を用いた。
【0101】
図6には、P(MAC−co−PEGMA)をPBS(−)に溶解させた際の透過率の温度依存性を示す。図6に示すように、P(MAC−co−PEGMA)溶液の透過率は33℃付近で急激に低下し、36℃で0%になることが確認された。この結果より、疎水性モノマーであるMACとPEGMAとの共重合体は、体温付近に下限臨界溶解温度(LCST)を示すことが明らかになった。
【0102】
(実施例のまとめ)
以上の結果より、光二量化反応を示すP(MAC−co−PEGMA)を用いることにより、光照射時間により弾性率を制御できるハイドロゲル(細胞培養用基材)を得ることができることがわかった。また、P(MAC−co−PEGMA)は体温付近でLCSTを示すことも明らかになった。
【0103】
以上のように、本実施例において調整した細胞培養用基材(すなわち、P(MAC−co−PEGMA)ハイドロゲル)の弾性率は、温度によっても変化することが可能である。したがって、本発明にかかる細胞培養用基材は、光と温度の二重刺激に応答し、その物性を変化させることができる。そのため、本発明にかかる細胞培養用基材を用いれば、より多様な細胞挙動を観察することができる。
【0104】
さらに、P(MAC−co−PEGMA)ハイドロゲルは、体温付近に体積相転移点(LCST)を有することが確認された。そのため、P(MAC−co−PEGMA)ハイドロゲルは、細胞培養に適した温度帯域での温度変化によってもその物性を制御できると考えられる。
【符号の説明】
【0105】
1 :細胞培養用基材
11 :MAC由来成分(第1のモノマー由来成分)
12 :PEGMA由来成分(第2のモノマー由来成分)
図1
図2
図3
図4
図5
図6