特許第6720152号(P6720152)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6720152
(24)【登録日】2020年6月19日
(45)【発行日】2020年7月8日
(54)【発明の名称】高速フレーム溶射装置
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/129 20160101AFI20200629BHJP
   B05B 7/20 20060101ALI20200629BHJP
【FI】
   C23C4/129
   B05B7/20
【請求項の数】7
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-517935(P2017-517935)
(86)(22)【出願日】2016年5月9日
(86)【国際出願番号】JP2016063771
(87)【国際公開番号】WO2016181939
(87)【国際公開日】20161117
【審査請求日】2019年4月5日
(31)【優先権主張番号】特願2015-96221(P2015-96221)
(32)【優先日】2015年5月11日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000159618
【氏名又は名称】吉川工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107825
【弁理士】
【氏名又は名称】細見 吉生
(72)【発明者】
【氏名】申 喜夫
(72)【発明者】
【氏名】森本 敬治
(72)【発明者】
【氏名】倉橋 隆郎
(72)【発明者】
【氏名】西浦 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】熊井 隆
(72)【発明者】
【氏名】堀田 利文
(72)【発明者】
【氏名】大坪 文明
【審査官】 中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】 特表2000−507648(JP,A)
【文献】 国際公開第2008/020585(WO,A1)
【文献】 国際公開第2008/026479(WO,A1)
【文献】 米国特許第05372857(US,A)
【文献】 国際公開第2011/086669(WO,A1)
【文献】 特開平02−284663(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/105613(WO,A1)
【文献】 特公昭47−022082(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00−6/00
B05B 1/00−17/08
B05D 1/00− 7/26
B05C 1/00−21/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
音速以上の速度で噴出する火炎により材料粒子を溶融または半溶融の状態にして噴射口から噴射させる高速フレーム溶射装置であって、
噴射口の下流側で火炎を囲むとともに、先端部から火炎を冷却するためのガスを吹き出す筒状体を有し、
上記筒状体内の火炎の周囲に空気を送るための空気取り入れ手段を、当該筒状体の付け根部分に有すること
および、上記の空気取り入れ手段は、上記筒状体の付け根部分において外周より外気を自然流入させるものであること
ことを特徴とする高速フレーム溶射装置。
【請求項2】
上記噴射口またはその周囲の壁面に対し、大きさの変更可能な隙間をはさんだ下流側に上記の付け根部分の端面を位置させて上記筒状体が設けられ、当該隙間を通って外気が自然流入することを特徴とする請求項1に記載の高速フレーム溶射装置。
【請求項3】
上記筒状体の付け根部分の端面に、外周縁から内側に向かう平面があり、その平面が、傾きが連続した滑らかな曲面を介して上記筒状体の内周面に続くことを特徴とする請求項2に記載の高速フレーム溶射装置。
【請求項4】
上記筒状体は、火炎を冷却するための上記ガスの通路を内外各壁の間に有するとともに先端部より当該ガスを吹き出すことのできる二重筒であることを特徴とする請求項1〜3に記載の高速フレーム溶射装置。
【請求項5】
火炎を冷却するための上記ガスが、上記筒状体の先端部から当該筒状体の中心線に接近する向きに吹き出されることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の高速フレーム溶射装置。
【請求項6】
火炎を冷却するための上記ガス中に水ミストが含まれ、当該水ミストが、上記筒状体に取り付けられた加圧型ミストノズルによって供給される直径10〜20μmのものであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の高速フレーム溶射装置。
【請求項7】
火炎を冷却するための上記ガス中に水ミストが含まれ、当該水ミストが、火炎を冷却するための上記ガスの通路に接続されたミストチャンバーによって供給される直径10〜20μmのものであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の高速フレーム溶射装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高速フレーム溶射によって基材上に金属皮膜等を形成する高速フレーム溶射装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高速フレーム溶射(HVOF)とは、音速以上の高速度の火炎により、溶融または半溶融の状態にして材料粒子を噴出させ基材に衝突させ、もって当該材料の皮膜を基材上に形成する方法である。他の溶射法に比べると、緻密で気孔が少なく、密着強さの高い皮膜を形成できるとされている。発電プラント等におけるボイラーチューブの高温耐磨耗性を確保するため、Cr3C2-NiCrのような材料を高速フレーム溶射により当該チューブの表面に吹き付けて皮膜形成する、といった利用例がある。そうしたCr3C2-NiCr皮膜は850℃までの高温で耐酸化性をもつため、高温領域での摩耗防止に効果的である。
【0003】
高速フレーム溶射に使用される装置(高速フレーム溶射装置)としては、下記の非特許文献1に記載のものが知られている。その装置の主要部分である溶射ガンの構成を図7に示す。材料とする粉末(または線材)と燃焼ガス(プロピレンや水素等と酸素)とを、図示左方から溶射ガンの中心部に供給し、図示右方へ噴射する。材料は、火炎の熱によって溶融または半溶融の粒子となり、高速度で基材に衝突させられて密着皮膜となる。
火炎の温度を意図的に下げ、材料粒子を融点未満の温度にして成膜させる方式の高速フレーム溶射装置は、「ウォームスプレー」等として下記の特許文献1等にて提案されている。
また、火炎と材料粒子とを急冷する溶射装置に関しては、高速フレーム溶射用ではなく通常のガスフレーム溶射用の装置が、下記の特許文献2に記載されている。火炎の外側に吹き込む窒素ガスやミストによって材料粒子を毎秒100万℃程度以上の速度で急冷し、非晶質組織もしくはナノ組織の溶射皮膜を形成できる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】佐々木光正:“DJ型高速ガス炎溶射装置”(溶射技術 第16巻第2号。平成8年12月5日発行)
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−69377号公報
【特許文献2】特許第4579317号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1等に記載されている高速フレーム溶射によってCr3C2-NiCrの皮膜をボイラーチューブ等の表面に形成する場合、緻密度の高い高硬度の膜が容易には形成できないという欠点がある。高速フレーム溶射の場合、材料粒子が基材と高速で衝突するものの、基材上で高温になることから、酸化されやすいうえ、形成した皮膜の組織が微細化しないからである。
【0007】
特許文献1に記載されている「ウォームスプレー法」も、緻密で高硬度の皮膜を形成するのに適しているとはいい難い。同文献1に記載の装置は、燃焼室と超音速ノズルとの間に、不活性ガスを供給し混合する混合室を有しており、金属粒子を再結晶温度以上・融点未満に保持し、高速で基材へ衝突させて成膜する。しかしながら、溶射材料の燃焼温度を低めに制御しているだけであって、溶射粒子を強く冷却するものではないため、皮膜組織の微細化や十分な高硬度化は達成できないのである。
【0008】
特許文献2に記載のフレーム溶射装置は、高速フレーム溶射ではなく通常のガスフレーム溶射を行うものであるため、溶射速度が遅く、高速フレーム溶射にて成膜するに適した皮膜(たとえばサーメット類。上記したCr3C2-NiCr皮膜や後述のステライト皮膜など)を適切に形成することはできない。溶射皮膜の緻密性も高くない。また、特許文献2の溶射装置を高速フレーム溶射に使おうとしても、燃焼ガスの噴射速度・噴射量を大幅に増す必要があることから火炎に極端な乱れが発生し、適切な皮膜形成が実現しがたい。
【0009】
本発明は、上記の課題を解決するものであり、高速フレーム溶射により形成される皮膜について、結晶粒子を微細化(または非晶質化)等することによって、皮膜を緻密で高硬度のものにすることが可能な高速フレーム溶射装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明による高速フレーム溶射装置は、音速以上の速度で噴出する火炎により材料粒子を溶融または半溶融の状態にして噴射口から噴射させる高速フレーム溶射装置であって、
i) 噴射口の下流側で火炎を囲むとともに、先端部(先端またはそれに近い部分)から火炎を冷却するためのガスを吹き出す筒状体を有し、
ii) 上記筒状体内の火炎の周囲(火炎の外側であって筒状体の内面に沿う部分)に空気を送る空気取り入れ手段を、当該筒状体の付け根部分(火炎の噴射口に近い位置)に有すること、を特徴とするものである。
この高速フレーム溶射装置によれば、上記i)のとおり筒状体の先端部から冷却用のガスが吹き出して火炎およびそれに含まれる材料粒子を急冷することから、当該材料にて形成される皮膜中の結晶粒子が微細化(または非晶質化)され、その結果、基材の表面上に緻密で高硬度の皮膜が形成される。
火炎等を冷却するために上記筒状体によって噴射口の下流側を囲むと、高速度の燃焼ガス流に起因して筒状体の内側に負圧が発生し、そのために、a)火炎が大きく乱れるうえ、その乱れにともない火炎の噴出速度が低下して高速フレーム溶射が実現しない、b)上記筒状体が、乱れて広がった火炎の熱を受けて溶損する、といった不都合が生じる。しかし、上記ii)のとおり空気取り入れ手段を設け、筒状体の内部に空気を取り入れて火炎の周囲に空気を送ると、筒状体内での負圧の発生が防止され、火炎の乱れが抑制される結果、火炎の高速度噴射が実現するとともに、過熱による筒状体の溶損も防止される。空気取り入れ手段が筒状体の付け根部分にあるため、火炎はその全長において乱れが抑制される。
つまり発明の高速フレーム溶射装置は、上記i)・ii)の特徴をともに有するがために、高速フレーム溶射による、とくに緻密で高硬度の皮膜形成を実現できるといえる。
【0011】
発明の装置における上記の空気取り入れ手段は、上記筒状体の付け根部分において外周より外気を自然流入させるものであるのがよい。
空気取り入れ手段は、圧縮機等を用いて強制的に空気を送るものとすることも可能である。しかし、強制的に空気を送る場合、空気量が多すぎても少なすぎても筒状体内の火炎が乱れやすいことから、空気量等のコントロールが難しい。発明者らの試験によると、外気を自然流入させる方式では、流入のための開口の位置が適切でその大きさが十分なものであれば空気量等を制御する必要はない。そしてその開口は、筒状体の付け根部分に、開口面積を大きくして形成するのがよいことが明らかになった。
筒状体の外周より外気を流入させるというのは、噴射口の背部(筒状体よりも燃焼ガス供給経路の上流側)や噴射口の内部から外気を取り入れるのではなく、筒状体の外周壁位置(つまり外周壁やその延長上)に開口を設け、それを通して筒状体内に外気を流入させることをいう。当該外周壁位置は筒状体の最大直径の部分であるため、大面積の開口を形成しやすい。したがって、上のようにする装置では、好ましい位置に十分な大きさの開口を設けて、上述した安定的な高速フレーム溶射を実現するに適しているといえる。
【0012】
空気取り入れ手段に関しては、上記噴射口またはその周囲の壁面に対し、大きさの変更可能な隙間をはさんだ下流側に上記の付け根部分の端面を位置させて上記筒状体を設け、当該隙間を通って外気が自然流入するようにするとよい。
図1図3の高速フレーム溶射装置1・2・3はその例であり、噴射口10Aの周囲に取り付けた支持板17の壁面前面に対し、前方すなわち火炎の下流側に、隙間19をはさんで筒状体11・12・13を取り付けている。支持板17と各筒状体11・12・13との間はスペーサリング18B付きのボルト18Aにより連結しているので、支持板17と各筒状体の付け根部分の端面との間の隙間19の大きさは、長さの異なるスペーサリング18Bを使用することによって変更可能である。
そのような空気取り入れ手段なら、筒状体の付け根部分において外周より外気を流入させるものであり、好ましい位置に十分な大きさの開口を設けることができ、それゆえに、安定した高速フレーム溶射を実現できる。しかも、上記隙間の大きさを変更することが可能であるため、溶射条件の変更にともなって空気の流入可能量を変更する必要がある場合等にも適切に対応することができる。
【0013】
上記の場合、筒状体の付け根部分の端面に、外周縁から内側に向かう平面(または略平面)があり、その平面が、傾きが連続した滑らかな曲面(縦断面において傾きが連続的に変化する曲面)を介して上記筒状体の内周面(火炎の長手方向に沿った筒状面。下流側が細くなるテーパ付きの筒状面を含む)に続くようなっていると、とくに好ましい。
図1図3に例示する高速フレーム溶射装置においてもその構成がとられており、筒状体の付け根部分の端面に、外周縁から内側に向かう平面Xがあり、それが、傾きの連続した滑らかな曲面Yを介して、筒状体の内周面である火炎の長手方向に沿った筒状面Zに続いている。
空気取り入れ手段は、前記のとおり筒状体の付け根部分において外周より外気を流入させるものが好ましい。その場合、外気は、筒状体の外周位置にある開口から、まずは半径方向に流入し、その後、約90°方向を変えて火炎の外側を筒状体の内面に沿って下流側へ流れる。外気が方向転換する際の流れの乱れ方が激しいと、その影響で火炎にも乱れが生じて好ましい高速フレーム溶射が実現しない恐れがある。その点、筒状体の付け根部分に上記のとおり傾きの連続した滑らかな曲面が存在し、それに沿って外気がスムーズに方向を変えるのであれば、方向転換にともなう流れの乱れが少なく、したがって火炎が乱れることも防止されて好ましい高速フレーム溶射が実現する。
【0014】
上記の筒状体は、火炎を冷却するための上記ガスの通路を内外各壁の間に有するとともに先端部より当該ガスを吹き出すことのできる二重筒であるのが好ましい。
そのような筒状体を使用すると、火炎冷却のためのガスを火炎に向けて適切に吹き出すことができるうえ、火炎に近い位置にあって高温になりやすい内筒を当該ガスによって外周側から冷却することができる。なお、筒状体は火炎の全周を囲むため、火炎の周囲に流す空気がその内面に沿って乱れずに流れやすく、したがって火炎の流れを乱しにくいという効果をももたらす。
【0015】
火炎を冷却するための上記ガスは、上記筒状体の先端部から当該筒状体の中心線に接近する向きに吹き出されるようにするとよい。
そうすることによって火炎が上記ガスに接触しやすく、火炎および材料粒子の冷却が促進される。そしてそれにより、緻密で高硬度の皮膜が形成されやすい。
【0016】
火炎を冷却するための上記ガス中に水ミストが含まれ、当該水ミストが、上記筒状体に取り付けられた加圧型ミストノズルによって供給される直径10〜20μmのものであると好ましい。たとえば図2図3のように、二重筒とした筒状体の内外各壁の間の空間に向けて加圧型ミストノズルを取り付けるとよい。
火炎を冷却するためのガスが水ミストを含むと冷却効果が増すため、少ないガス量で火炎と材料粒子とを効果的に冷却することが可能になる。水ミストは、火炎の冷却用のたとえば窒素ガスの流路に水滴を供給するようにしても得ることができるが、それでは霧状の細かい粒子にはなりにくいため冷却効果の大幅なアップは難しい。上記のように加圧型ミストノズルにより直径10〜20μmのミストとして供給されると、上記ガスによる冷却効果が顕著に増大する。
【0017】
火炎を冷却するための上記ガス中に水ミストが含まれ、当該水ミストが、火炎を冷却するための上記ガスの通路に接続されたミストチャンバーによって供給される直径10〜20μmのものであるのも好ましい。図4は、ここにいうミストチャンバーを例示したもので、冷却用のガスとする窒素ガスの通路に図示のようなチャンバーを設け、その内部に、加圧型ミストノズルによって水ミストを供給する。
水ミストとして直径10〜20μmのものを供給すると、水ミストは、冷却用のガス中に含まれた状態で上記チャンバーから出て、適切な箇所で火炎に向けて吹き出され、火炎および材料粒子を冷却する。
【発明の効果】
【0018】
発明の高速フレーム溶射装置によれば、成膜される材料中の結晶粒子が微細化(または非晶質化)される結果、基材の表面上に緻密で高硬度の皮膜を形成することができる。筒状体の先端部から冷却用のガスが吹き出して火炎および材料粒子を急冷すること、また、筒状体内の火炎の周囲に空気取り入れ手段で空気を送ることにより火炎の乱れを抑制すること、がその理由である。その効果は、上記の空気取り入れ手段を、上記筒状体の付け根部分において外周より外気を自然流入させるものとし、あるいはさらに、火炎の噴射口(またはその周囲の壁面)に対し、大きさの変更可能な隙間をはさんだ下流側に筒状体の付け根部分の端面を位置させることにより構成すると、とくに円滑に実現される。筒状体の付け根部分に傾きの連続した滑らかな曲面を形成し、それに沿って外気が方向を変えるようにすれば、さらに有利である。また、火炎を冷却するための上記ガス中に、加圧型ミストノズルによって供給される直径の小さい水ミストを含ませるようにすると、とくに好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】高速フレーム溶射装置1の構造を示す縦断面図である。
図2】高速フレーム溶射装置2の構造を示す縦断面図である。
図3】高速フレーム溶射装置3の構造を示す縦断面図である。
図4】ミストチャンバー30の構造を示す縦断面図である。
図5】比較例とした溶射装置4の構造を示す縦断面図である。
図6】比較例とした溶射装置5の構造を示す縦断面図である。
図7】比較例とした溶射装置7(溶射ガン10)の構造を示す縦断面図である。
図8】溶射試験で形成したステライトの溶射皮膜を示す顕微鏡組織写真である。
図9】溶射試験で形成したクロムカーバイド・ニッケルクロムの溶射皮膜を示す顕微鏡組織写真である。
図10】NiCrPBの溶射皮膜についてのX線回折(XRD)パターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1図3に、発明による高速フレーム溶射装置1・2・3を示す。また、付属装置としてのミストチャンバー30を図4に示す。
【0021】
高速フレーム溶射装置1・2・3は、高速フレーム溶射用の溶射ガン10の噴射口10Aの前方(下流側)に筒状体11・12・13をそれぞれ取り付けた装置である。溶射ガン10は図7に示すもので、スルザーメテコジャパン(株)製のDJ-2700型である。酸素を含む燃焼ガス(プロピレンや水素等)を後方(図示左方。上流側)から供給し、先端の噴射口10Aから音速程度以上の高速度で火炎Fを噴射する。溶射皮膜とする材料の粉末も搬送ガスとともに後方から供給し(ワイヤー状で供給する場合もある)、噴射口10Aから、火炎Fの熱エネルギーで溶融または半溶融の粒子にして火炎Fとともに噴射する。300mm程度前方にある基材Mの表面にその粒子が衝突することによって、溶射皮膜が形成される。
【0022】
上記の筒状体11・12・13は、溶射ガン10の噴射口10Aの前方に、噴射口10Aとそれより噴射される火炎Fが中心線上にくるように取り付けている。
筒状体11・12・13はいずれも二重筒である。たとえば図1の装置1における筒状体11は、前方が細くなったテーパ付きの円筒である内筒11Aの外側に、厚さ2〜10mm前後の薄い周状空間をはさんで、同様の円筒である外筒11Bを重ねたものである。
【0023】
内筒11Aと外筒11Bとの間の空間には、水ミストを含む窒素ガスを冷却ガスGとして筒状体11の付け根付近から送り込み、その空間を通して先端部から吹き出すようにしている。図1中の符号21は当該空間内への窒素ガスの供給口であり、符号22はミスト用水の供給口である。ミスト用水は、外筒11Bの付け根付近から窒素ガスの流路の狭い部分に滴下され、同部分での高速ガス流の作用により霧散して水ミストになり、前方(筒状体の先端部寄り)へ送られる。
【0024】
筒状体11の先端部では、外筒11Bの先端が内筒11Aの先端よりも前方へ突き出るように各筒11A・11Bの長さを定めている。双方の筒11A・11Bの間から出る冷却ガスGは、図示のように筒状体11の中心線寄りに吹き出し、火炎Fと接触してそれを急冷する作用をなす。
【0025】
図2図3に示す高速フレーム溶射装置2・3においても、溶射ガン10の噴射口10Aの前方に、上記と同様に二重筒の筒状体12・13を取り付けている。図2の装置2では内筒12Aと外筒12Bとが、図3の装置3では内筒13Aと外筒13Bとが、それぞれ二重筒を構成している。そして図2の装置2では、図1の装置1におけるミスト用水の供給口22に代えて加圧型ミストノズル23が、外筒12Bの付け根付近に取り付けてある。また図3の装置3では、同じく加圧型ミストノズル23が、外筒13Bの前方端付近に取り付けてある。加圧型ミストノズル23は、加圧水を供給するだけで直径10〜20μmの微粒状の水ミストを二重筒の空間内に噴霧できるので、当該空間を通る窒素ガス中に広く分散して、冷却ガスGによる冷却効果を高めることができる。
【0026】
図1図3の溶射装置1・2・3では、溶射ガン10と筒状体11・12・13のそれぞれの付け根部分の端面Xとの間に隙間19を設けている。すなわち、まず溶射ガン10の噴射口10Aの周囲に円盤状の支持板17を固定し、その支持板17の外周縁付近(直径約100mmの部分)に取り付ける4本の支持ボルト18Aによって、筒状体11・12・13の各付け根部分を支持させている。ただし、支持ボルト18Aのうち、支持板17と筒状体11・12・13の各付け根部分との間の部分では、図1のようにスペーサリング18Bをボルト18Aの外側に嵌めている。そのため、支持板17の前方の平面と、上記各付け根部分の後方の平面である端面Xとの間に、スペーサリング18Bの全長(合計厚さ)と同じ間隔の隙間19が全周的に形成される。その隙間19の大きさは、スペーサリング18B(またはさらにボルト18A)を交換または追加等することによって変更することができるが、通常の溶射においては10〜40mmでよい。
【0027】
溶射ガン10と各筒状体11・12・13との間に上記のとおり隙間19を設けたことから、溶射装置1・2・3によって高速フレーム溶射を行う際、噴射口10Aから火炎Fが高速で噴射するのにともない、隙間19から各筒の筒状体11・12・13の内側へ外気が流入する。外気が流入し、筒状体11・12・13(内筒11A・12A・13A)の内面に沿って乱れず前方へ流れることにより、火炎Fが、周囲に負圧を発生させて流れを乱される等の事態を招くことなく、音速以上の高速度で真っ直ぐ流れて基材Mへ向かうこととなる。隙間19が上記のとおり数十mmの大きさをもって直径約100mmの部分のほぼ全周に存在するので、十分な量の外気が円滑に流入する。
【0028】
上記の隙間19から流入する外気は、上記各付け根部分の端面Xに沿って筒状体11・12・13の半径方向内側向きに進み、その後、筒状体11・12・13(内筒11A・12A・13A)の円筒状の内周面Zに沿って軸方向に前方へ流れる。図1図3の各高速フレーム溶射装置1・2・3では、上記端面Xに沿う流れが大きく乱れずに内周面Zに沿う流れとなるよう、端面Xと内周面Zとの間に、縦断面において傾きが連続的に変化する滑らかな曲面Yを形成している。この曲面Yがあるために、隙間19から流入する外気は、ほとんど乱れを生じることなくスムーズに方向を変え、筒状体11・12・13の内面に沿って火炎Fの外側を層流状に流れる。そしてその結果、噴射口10Aから噴射される火炎Fに乱れが生じない。
【0029】
図4に示すミストチャンバー30は、図1図3の各装置1・2・3に、火炎Fの冷却用の水ミストを供給するために使用し得る装置である。密閉構造のチャンバー32に、窒素ガスの流入口31と送出口33を設けるとともに、加圧型ミストノズル34をも取り付ける。加圧水を供給して当該ノズル34からチャンバー32内に水ミストを噴霧すると、水ミストを均一に含む窒素ガスが送出口33から出てくる。
こうしたミストチャンバー30は、図1図3の各装置1・2・3において、ミスト用水の供給口22や加圧型ミストノズル23の取付け口を塞ぐとともに、窒素ガスの供給口21に上記送出口33を接続することによって使用できる。そうすると、筒状体11・12・13の先端部から、水ミストを含む窒素ガスすなわち冷却ガスGが吹き出して、火炎Fを冷却することができる。
【0030】
図5図7には、溶射試験において比較例として使用した溶射装置4・5・7を示す。
まず図5の溶射装置4は、図1図3の装置1・2・3で使用したものと同じ溶射ガン10の噴射口10Aの前方に、内筒14Aと外筒14Bとを含む筒状体14を取り付けたものである。火炎F用の冷却ガスGとする水ミスト含有の窒素ガスを、内筒14A・外筒14B間の空間を通して筒状体14の先端部より吹き出すことも、図1図3の装置1・2・3と同様である。ただし、図5の装置4では、噴射口10Aまたはその周囲の壁面と上記筒状体14の付け根部分との間に隙間は設けておらず、他の部分にも、筒状体14の内側に空気を取り入れるための手段はない。
【0031】
図6の溶射装置5は、上記と同じ溶射ガン10の噴射口10Aの前方に、内筒15Aと外筒15Bとを含む長尺の筒状体15を取り付けたものである。やはり図1図3の装置1・2・3と同様に、内筒15A・外筒15B間を通して火炎F用の冷却ガスGを送り、筒状体15の先端部より吹き出す。しかし、この溶射装置5でも、噴射口10Aまたはその周囲の壁面と筒状体15の付け根部分との間に隙間はなく、他の部分にも、筒状体15の内側に空気を取り入れるための手段はない。
【0032】
なお、溶射装置6(図示省略)として、図6の溶射装置5とほぼ同様の構成でありながら、噴射口10Aの周囲に設けた支持板17の壁面と筒状体15の付け根部分との間に、横断面積が合計5cm程度の外気流入口を設けたものを、比較例として作製した。
【0033】
図7に示す溶射装置7は、図1図3および図5図6に示す各溶射装置において溶射ガン10として使用するものである。前方に筒状体を取り付けることなく、溶射ガン10をそのまま使って高速フレーム溶射を行う。
【実施例1】
【0034】
発明者らは、以上に示した各溶射装置を使用して、ステライトおよびクロムカーバイド・ニッケルクロム(Cr3C2-NiCr)の高速フレーム溶射試験を行った。
溶射条件を表1に示す。表1中、「試験材」は上記の溶射装置1〜6を使用して溶射したもので、冷却ガスGとして窒素ガスと水ミストとを一定量使用している。一方「通常材」は上記の溶射装置7を用いて溶射したもので、窒素ガス・水ミストの使用はない。なお、溶射対象とした基材は、いずれの場合も炭素鋼板である。
【0035】
【表1】
【0036】
上記溶射試験の結果を表2に示す。溶射ガン10の噴射口10Aの周囲と筒状体との間に隙間等がなくて筒状体内に外気が流入しない溶射装置4・5を使用した場合には、筒状体の内側で火炎Fが乱れた結果、筒状体の外筒(先端部)が溶損した。噴射口10Aの周囲と筒状体との間に小さな外気流入口を設けた溶射装置6による場合にも同様の結果となった。溶射ガン10の前方に筒状体を設けない溶射装置7(図7)による場合は、冷却不足で皮膜が酸化等していることが分かった。一方、噴射口10Aの前方に筒状体を装着するとともにその付け根部分の外周に隙間19を設けた溶射装置1・2・3を使用した場合には、筒状体の溶損は発生せず、形成された溶射皮膜も良好であった。
なお、表2中、「ダイヤモンドショック」とは、火炎の速度が音速以上になったとき火炎F中に観察される菱形の高輝度部分をいう。したがって、ダイヤモンドショックが観察されたもの(表中の該当欄に「○」と記された例)は、火炎Fが音速以上の速度で噴射されているといえる。
【0037】
【表2】
【0038】
上記の溶射試験で形成されたステライト皮膜に関し、溶射装置7(溶射ガン10)で形成された通常材である溶射皮膜と、溶射装置2で形成された試験材である溶射皮膜とについて、断面の顕微鏡組織写真を図8(a)・(b)のそれぞれに示す。いずれも、気孔率の低い良質のステライト皮膜が形成されていることが分かる。
図8(a)・(b)の各ステライト皮膜について表面硬度を測定すると、図8(a)の皮膜である通常材の硬度がHv434、図8(b)の皮膜である試験材の皮膜の硬度がHv483であった。すなわち、溶射装置2で高速フレーム溶射されて形成された皮膜の方が高硬度であった。このことから、外気を流入させて火炎Fを乱さずに噴射するとともにその火炎Fと材料粒子とを冷却ガスGで急冷する溶射装置によるステライト溶射皮膜が緻密であり、酸化・脱炭等の変質の度合いも少ないものと考えられる。
【0039】
上記の溶射試験で形成されたクロムカーバイド・ニッケルクロム(Cr3C2-NiCr)の溶射皮膜について、断面の顕微鏡組織写真を図9(a)・(b)に示す。図9(a)は、溶射装置7(溶射ガン10)で形成された通常材である溶射皮膜を示し、図9(b)は、溶射装置2で形成された試験材である溶射皮膜を示している。これらも、双方とも、気孔率の低い良質のステライト皮膜が形成されていることが分かる。
図9(a)・(b)のCr3C2-NiCr溶射皮膜について表面硬度を測定すると、図9(a)の皮膜である通常材の硬度がHv840、図9(b)の皮膜である試験材の皮膜の硬度がHv929であった。すなわち、溶射装置2で高速フレーム溶射されて形成された皮膜の方が明らかに高硬度であった。このことから、火炎Fを乱さずに噴射するとともにその火炎Fと材料粒子とを冷却ガスGで急冷する溶射装置によるステライト溶射皮膜が、緻密であって酸化・脱炭等の変質の度合いも少ないものと考えられる。
【実施例2】
【0040】
さらに発明者らは、発明による溶射装置2(図2)および通常の溶射ガン10である溶射装置7とを使用して、非晶質化(アモルファス化)しやすい金属である65Ni15Cr16P4B(数字は各元素のat%)の高速フレーム溶射を行った。
各装置による溶射の条件は表3に示すとおりである。表3中、「試験材」は溶射装置2を使用して溶射したもので、冷却ガスGとして窒素ガスと水ミストとを使用している。一方、「通常材」は上記の溶射装置7を用いて溶射したもので、窒素ガス・水ミストの使用はない。なお、溶射対象とした基材は炭素鋼板である。
【0041】
【表3】
【0042】
合金65Ni15Cr16P4Bの溶射皮膜について調査したX線回折(XRD)パターンを図10に示す。図10中の上段は、溶射装置2による試験材の皮膜に関するもの、下段は、溶射装置7による通常材の皮膜に関するものである。
上段のものは、結晶構造に由来するピークが下段のものに比べて少なく、かつ小さい。そのため、外気を流入させて火炎Fを乱さずに噴射し、その火炎Fと材料粒子とを冷却ガスGで急冷する方式の溶射装置による65Ni15Cr16P4Bの皮膜が、より非晶質化されていることが分かる。なお、上段と下段の各パターンの間でピークが同一ではないので、火炎F中の材料粒子が、一旦は溶融し、そのうえで急冷されて皮膜となったと推測される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10