【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1等に記載されている高速フレーム溶射によってCr3C2-NiCrの皮膜をボイラーチューブ等の表面に形成する場合、緻密度の高い高硬度の膜が容易には形成できないという欠点がある。高速フレーム溶射の場合、材料粒子が基材と高速で衝突するものの、基材上で高温になることから、酸化されやすいうえ、形成した皮膜の組織が微細化しないからである。
【0007】
特許文献1に記載されている「ウォームスプレー法」も、緻密で高硬度の皮膜を形成するのに適しているとはいい難い。同文献1に記載の装置は、燃焼室と超音速ノズルとの間に、不活性ガスを供給し混合する混合室を有しており、金属粒子を再結晶温度以上・融点未満に保持し、高速で基材へ衝突させて成膜する。しかしながら、溶射材料の燃焼温度を低めに制御しているだけであって、溶射粒子を強く冷却するものではないため、皮膜組織の微細化や十分な高硬度化は達成できないのである。
【0008】
特許文献2に記載のフレーム溶射装置は、高速フレーム溶射ではなく通常のガスフレーム溶射を行うものであるため、溶射速度が遅く、高速フレーム溶射にて成膜するに適した皮膜(たとえばサーメット類。上記したCr3C2-NiCr皮膜や後述のステライト皮膜など)を適切に形成することはできない。溶射皮膜の緻密性も高くない。また、特許文献2の溶射装置を高速フレーム溶射に使おうとしても、燃焼ガスの噴射速度・噴射量を大幅に増す必要があることから火炎に極端な乱れが発生し、適切な皮膜形成が実現しがたい。
【0009】
本発明は、上記の課題を解決するものであり、高速フレーム溶射により形成される皮膜について、結晶粒子を微細化(または非晶質化)等することによって、皮膜を緻密で高硬度のものにすることが可能な高速フレーム溶射装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明による高速フレーム溶射装置は、音速以上の速度で噴出する火炎により材料粒子を溶融または半溶融の状態にして噴射口から噴射させる高速フレーム溶射装置であって、
i) 噴射口の下流側で火炎を囲むとともに、先端部(先端またはそれに近い部分)から火炎を冷却するためのガスを吹き出す筒状体を有し、
ii) 上記筒状体内の火炎の周囲(火炎の外側であって筒状体の内面に沿う部分)に空気を送る空気取り入れ手段を、当該筒状体の付け根部分(火炎の噴射口に近い位置)に有すること、を特徴とするものである。
この高速フレーム溶射装置によれば、上記i)のとおり筒状体の先端部から冷却用のガスが吹き出して火炎およびそれに含まれる材料粒子を急冷することから、当該材料にて形成される皮膜中の結晶粒子が微細化(または非晶質化)され、その結果、基材の表面上に緻密で高硬度の皮膜が形成される。
火炎等を冷却するために上記筒状体によって噴射口の下流側を囲むと、高速度の燃焼ガス流に起因して筒状体の内側に負圧が発生し、そのために、a)火炎が大きく乱れるうえ、その乱れにともない火炎の噴出速度が低下して高速フレーム溶射が実現しない、b)上記筒状体が、乱れて広がった火炎の熱を受けて溶損する、といった不都合が生じる。しかし、上記ii)のとおり空気取り入れ手段を設け、筒状体の内部に空気を取り入れて火炎の周囲に空気を送ると、筒状体内での負圧の発生が防止され、火炎の乱れが抑制される結果、火炎の高速度噴射が実現するとともに、過熱による筒状体の溶損も防止される。空気取り入れ手段が筒状体の付け根部分にあるため、火炎はその全長において乱れが抑制される。
つまり発明の高速フレーム溶射装置は、上記i)・ii)の特徴をともに有するがために、高速フレーム溶射による、とくに緻密で高硬度の皮膜形成を実現できるといえる。
【0011】
発明の装置における上記の空気取り入れ手段は、上記筒状体の付け根部分において外周より外気を自然流入させるものであるのがよい。
空気取り入れ手段は、圧縮機等を用いて強制的に空気を送るものとすることも可能である。しかし、強制的に空気を送る場合、空気量が多すぎても少なすぎても筒状体内の火炎が乱れやすいことから、空気量等のコントロールが難しい。発明者らの試験によると、外気を自然流入させる方式では、流入のための開口の位置が適切でその大きさが十分なものであれば空気量等を制御する必要はない。そしてその開口は、筒状体の付け根部分に、開口面積を大きくして形成するのがよいことが明らかになった。
筒状体の外周より外気を流入させるというのは、噴射口の背部(筒状体よりも燃焼ガス供給経路の上流側)や噴射口の内部から外気を取り入れるのではなく、筒状体の外周壁位置(つまり外周壁やその延長上)に開口を設け、それを通して筒状体内に外気を流入させることをいう。当該外周壁位置は筒状体の最大直径の部分であるため、大面積の開口を形成しやすい。したがって、上のようにする装置では、好ましい位置に十分な大きさの開口を設けて、上述した安定的な高速フレーム溶射を実現するに適しているといえる。
【0012】
空気取り入れ手段に関しては、上記噴射口またはその周囲の壁面に対し、大きさの変更可能な隙間をはさんだ下流側に上記の付け根部分の端面を位置させて上記筒状体を設け、当該隙間を通って外気が自然流入するようにするとよい。
図1〜
図3の高速フレーム溶射装置1・2・3はその例であり、噴射口10Aの周囲に取り付けた支持板17の壁面前面に対し、前方すなわち火炎の下流側に、隙間19をはさんで筒状体11・12・13を取り付けている。支持板17と各筒状体11・12・13との間はスペーサリング18B付きのボルト18Aにより連結しているので、支持板17と各筒状体の付け根部分の端面との間の隙間19の大きさは、長さの異なるスペーサリング18Bを使用することによって変更可能である。
そのような空気取り入れ手段なら、筒状体の付け根部分において外周より外気を流入させるものであり、好ましい位置に十分な大きさの開口を設けることができ、それゆえに、安定した高速フレーム溶射を実現できる。しかも、上記隙間の大きさを変更することが可能であるため、溶射条件の変更にともなって空気の流入可能量を変更する必要がある場合等にも適切に対応することができる。
【0013】
上記の場合、筒状体の付け根部分の端面に、外周縁から内側に向かう平面(または略平面)があり、その平面が、傾きが連続した滑らかな曲面(縦断面において傾きが連続的に変化する曲面)を介して上記筒状体の内周面(火炎の長手方向に沿った筒状面。下流側が細くなるテーパ付きの筒状面を含む)に続くようなっていると、とくに好ましい。
図1〜
図3に例示する高速フレーム溶射装置においてもその構成がとられており、筒状体の付け根部分の端面に、外周縁から内側に向かう平面Xがあり、それが、傾きの連続した滑らかな曲面Yを介して、筒状体の内周面である火炎の長手方向に沿った筒状面Zに続いている。
空気取り入れ手段は、前記のとおり筒状体の付け根部分において外周より外気を流入させるものが好ましい。その場合、外気は、筒状体の外周位置にある開口から、まずは半径方向に流入し、その後、約90°方向を変えて火炎の外側を筒状体の内面に沿って下流側へ流れる。外気が方向転換する際の流れの乱れ方が激しいと、その影響で火炎にも乱れが生じて好ましい高速フレーム溶射が実現しない恐れがある。その点、筒状体の付け根部分に上記のとおり傾きの連続した滑らかな曲面が存在し、それに沿って外気がスムーズに方向を変えるのであれば、方向転換にともなう流れの乱れが少なく、したがって火炎が乱れることも防止されて好ましい高速フレーム溶射が実現する。
【0014】
上記の筒状体は、火炎を冷却するための上記ガスの通路を内外各壁の間に有するとともに先端部より当該ガスを吹き出すことのできる二重筒であるのが好ましい。
そのような筒状体を使用すると、火炎冷却のためのガスを火炎に向けて適切に吹き出すことができるうえ、火炎に近い位置にあって高温になりやすい内筒を当該ガスによって外周側から冷却することができる。なお、筒状体は火炎の全周を囲むため、火炎の周囲に流す空気がその内面に沿って乱れずに流れやすく、したがって火炎の流れを乱しにくいという効果をももたらす。
【0015】
火炎を冷却するための上記ガスは、上記筒状体の先端部から当該筒状体の中心線に接近する向きに吹き出されるようにするとよい。
そうすることによって火炎が上記ガスに接触しやすく、火炎および材料粒子の冷却が促進される。そしてそれにより、緻密で高硬度の皮膜が形成されやすい。
【0016】
火炎を冷却するための上記ガス中に水ミストが含まれ、当該水ミストが、上記筒状体に取り付けられた加圧型ミストノズルによって供給される直径10〜20μmのものであると好ましい。たとえば
図2・
図3のように、二重筒とした筒状体の内外各壁の間の空間に向けて加圧型ミストノズルを取り付けるとよい。
火炎を冷却するためのガスが水ミストを含むと冷却効果が増すため、少ないガス量で火炎と材料粒子とを効果的に冷却することが可能になる。水ミストは、火炎の冷却用のたとえば窒素ガスの流路に水滴を供給するようにしても得ることができるが、それでは霧状の細かい粒子にはなりにくいため冷却効果の大幅なアップは難しい。上記のように加圧型ミストノズルにより直径10〜20μmのミストとして供給されると、上記ガスによる冷却効果が顕著に増大する。
【0017】
火炎を冷却するための上記ガス中に水ミストが含まれ、当該水ミストが、火炎を冷却するための上記ガスの通路に接続されたミストチャンバーによって供給される直径10〜20μmのものであるのも好ましい。
図4は、ここにいうミストチャンバーを例示したもので、冷却用のガスとする窒素ガスの通路に図示のようなチャンバーを設け、その内部に、加圧型ミストノズルによって水ミストを供給する。
水ミストとして直径10〜20μmのものを供給すると、水ミストは、冷却用のガス中に含まれた状態で上記チャンバーから出て、適切な箇所で火炎に向けて吹き出され、火炎および材料粒子を冷却する。