(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6721527
(24)【登録日】2020年6月22日
(45)【発行日】2020年7月15日
(54)【発明の名称】果実等およびそれらの培養細胞を改質させる方法
(51)【国際特許分類】
A01G 7/04 20060101AFI20200706BHJP
A01G 17/02 20060101ALI20200706BHJP
C12N 5/04 20060101ALI20200706BHJP
A01H 4/00 20060101ALI20200706BHJP
【FI】
A01G7/04 A
A01G17/02
C12N5/04
A01H4/00
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2017-45506(P2017-45506)
(22)【出願日】2017年3月9日
(65)【公開番号】特開2018-148801(P2018-148801A)
(43)【公開日】2018年9月27日
【審査請求日】2019年8月5日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1)刊行物名 園芸学会平成28年度秋季大会研究発表およびシンポジウム講演要旨 発行日 2016年9月10日 発行所 一般社団法人園芸学会 該当頁 第130頁
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】595093474
【氏名又は名称】日本振興株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000822
【氏名又は名称】特許業務法人グローバル知財
(72)【発明者】
【氏名】益村 義幸
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 俊二
(72)【発明者】
【氏名】三神 允周
【審査官】
坂田 誠
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭63−74422(JP,A)
【文献】
特開昭49−11635(JP,A)
【文献】
特開2004−248520(JP,A)
【文献】
特開2016−202040(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 7/04
A01H 4/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブドウ培養細胞の集合体に電極とその対極を挿入し、両電極を前記集合体に接触させた状態で、電極間に電圧を印加することにより、スチルベン合成酵素(STS)、レスベラトロール合成酵素、又は、病害抵抗性タンパク質を産出する遺伝子の発現量を増大させる方法。
【請求項2】
印加する電圧は、20V以下の直流電圧、交流電圧又はパルス電圧であり、かつ、電極を挿入した箇所の前記集合体が50℃未満となるように調整されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ブドウ樹の異なる箇所に電極とその対極を挿入し、両電極を内部組織に接触させた状態で、少なくとも日中、電極間に電圧を印加することにより、ブドウ果実のアントシアニン含量とレスベラトロール含量を増加させる方法。
【請求項4】
上記の電極とその対極を挿入する箇所は、
異なる幹部、幹部と枝部、幹部と果実部、異なる枝部、枝部と果実部、若しくは異なる果実部である、ことを特徴とする請求項3に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、果実、野菜、および果実等の培養細胞を改質させる方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、炭酸ガス濃度の増加に伴う地球温暖化の問題から、植物や森林の保護とそれらの活性化による必要性がクローズアップされている。
かかる状況下、植物生体の機能的活性化と成長を図る農業技術として、植物生体の内側の内部高電位と表皮サイドの外部低電位とを結ぶ通電体を、外部の表皮サイドより植物生体に差し込み、植物生体の表皮サイドの電位を増大させることにより、植物生体の機能的活性化と成長の促進を図る技術が知られている(特許文献1,2を参照)。
【0003】
従来公知の植物体に電気を流す方法について説明する。植物体に電気を流す方法として、例えば、特許文献3には、植物体と培地間に電位差を設け、植物体内に微電流を通電することにより、培地内から植物体内に微電流を通電させて、植物の活性化や生長を図り、病虫害の防除を図れるとするものである。しかしながら、特許文献3の技術では、クリップで植物体の茎や枝を挟むものである。すなわち、クリップと接する植物体の表皮から培地(アース)に電流を流すものである。また、特許文献3には、病虫害の防除の効果や機能性の酵素の増減についての記載はなく、そのメカニズムも不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−278963号公報
【特許文献2】国際公開パンフレットWO2011/052203
【特許文献3】特開平7−75446号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来から植物体に電気を流して成長を促すことが様々な文献で言われているが、これらの技術は植物体と培地との間に電圧を印加して電流を流すものである。
また、上述した植物生体の機能的活性化と成長の促進を図る技術では、植物生体の中心柱の近傍の電位と外部の皮層近傍の電位は中心柱近傍電位が約150〜200mV電位が高いことに着目し、また、植物全体がそれぞれ有する極性的電位である自己の生体電位(培地と生体茎)が、植物生体の成長力を示す指標として用いられることに着目して、通電体を挿し込んで電位バランスの調整を図るものである。
【0006】
本発明者らは、ブドウ等の果樹に電気刺激を与えることにより、ブドウ等の果実に含まれる酵素を増加させることができることを知見した。かかる状況に鑑みて、本発明は、ブドウ等の果樹ならびに野菜に電気刺激を与えることにより、果実等を改質させる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決すべく、本発明の方法は、果樹又は一年生草木植物の異なる箇所に電極とその対極を挿入し、両電極を樹木など植物の内部組織に接触させた状態で、電極間に電圧を印加することによって果実等を改質させるものである。
本明細書において、果樹とは、果実をつける永年性の木本性植物に加え、バナナ、パイナップル、パパイヤ、パッションフルーツなどの果樹の台木用植物を含む意味で用いている。また、果樹には、2年以上栽培する草本植物を含む。また、一年生草木植物は、一年以内に発芽,生長,開花,結実を完了して枯れる草本植物であり、メロン、イチゴ、スイカなどの果物、キャベツ、レタス、大根、ニンジン、ゴボウ、ナス、トマト、キュウリ、タマネギ、カボチャ、ホウレンソウ、ジャガイモ、サツマイモなどの野菜を含む。
【0008】
本発明の方法において、電極とその対極を挿入する箇所としては下記の通りである。
1)果樹の場合
異なる幹部、幹部と枝部、幹部と果実部、異なる枝部、枝部と果実部、若しくは異なる果実部
2)一年生草木植物の場合
異なる茎部、茎部と葉部、茎部と果実部、異なる葉部、葉部と果実部、若しくは異なる果実部
【0009】
本発明の方法において、印加する電圧は、1〜100V以下の直流電圧、交流電圧又はパルス電圧であり、かつ、電極を挿入した箇所の内部組織の温度が50℃未満となるように調整されることが好ましい。印加する電圧は、1〜20V以下とすることがより好ましく、さらに好ましくは、1〜10V以下とする。内部組織に流れる電流の大きさは、電極の配置、電極間の距離によって、また、対象となる植物の内部組織の抵抗により異なるが、電流量を小さくする方が内部組織に過度の負担がかかることを回避できる。対象となる植物の大きさなどによって、低電圧を印加し微弱電流を内部組織に流すか、パルス電流とし、組織に供給するエネルギーが過度に大きくならないようにする。対象となる植物の内部組織の温度が50℃以上になると、酵素などが不安定になるため、電極を挿入した箇所の内部組織の温度が50℃未満となるように調整する。
【0010】
本発明の方法によって、果実、塊根、球根、塊茎、若しくは葉における糖度を増加させ、酸度を減少させることができる。特に、果樹がブドウ樹である場合には、ブドウ果実のアントシアニン含量とレスベラトロール含量を増加させることが可能である。
本発明の方法では、例えば、電極間に太陽光パネルを接続し、昼間のみに果樹又は一年生草木植物に電圧を印加させることでもよい。
【0011】
また、本発明の方法では、果実、塊根、球根、塊茎、若しくは葉の異なる箇所に電極とその対極を挿入し、両電極を内部組織に接触させた状態で、電極間に電圧を印加することにより果実等を改質させることも可能である。
【0012】
本発明の果実等の培養細胞を改質させる方法では、果実、塊根、球根、塊茎、若しくは葉の培養細胞の集合体に電極とその対極を挿入し、両電極を果実培養細胞に接触させた状態で、電極間に電圧を印加することにより果実等の培養細胞を改質させるものである。
ここで、印加する電圧は、20V以下の直流電圧、交流電圧又はパルス電圧であり、かつ、電極を挿入した箇所の集合体が50℃未満となるように調整されることが好ましい。
培養細胞に対する電圧印加により、培養細胞において、酵素等を産出する遺伝子の発現量を増大させることができる。特に、培養細胞がブドウ培養細胞であり、ブドウ培養細胞に対する電圧印加により、スチルベン合成酵素(STS)、レスベラトロール合成酵素、又は病害抵抗性タンパク質を産出する遺伝子の発現量を増大させることが可能である。
なお、培養に用いる培地などは特に限定されない。
【0013】
上述の本発明の方法を施した果樹又は一年生草木植物から収穫された農産物、それらの農産物を用いた果汁、果実酒、漬物を含む2次的加工食品は、様々な利用が期待できる。2次的加工食品とは、果汁飲料、ゼリー、ジャム、ワインなどである。
また、上述の本発明の方法を施した培養細胞、その培養細胞から培養された苗木、その苗木を生育して収穫された果実、塊根、球根、塊茎、若しくは葉の何れかの農産物も様々な利用が期待できる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の方法によれば、ブドウ等の果実や野菜の品質を向上できるといった効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施例1のブドウ培養細胞を改質させる方法のフロー図
【
図3】実施例2のブドウ樹を改質させる方法のフロー図
【
図5】比較対照実験に用いたソーラーパネルの特性グラフ
【
図7】ブドウ果実のアントシアニン含量の増大を示すグラフ
【
図8】ブドウ果実のレスベラトロール含量の増大を示すグラフ
【
図10】ブドウ樹の葉のクロロフィル含量の増大を示すグラフ
【
図12】病害抵抗性タンパク質を産出する遺伝子の発現量を示すグラフ
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態の一例を、図面を参照しながら詳細に説明していく。なお、本発明の範囲は、以下の実施例や図示例に限定されるものではなく、幾多の変更及び変形が可能である。
【実施例1】
【0017】
(ブドウ培養細胞に対する電流刺激について)
ブドウ培養細胞に電気刺激を与えることによって、ブドウ培養細胞を改質できることについて説明する。
図1は、本実施例のブドウ培養細胞を改質させる方法のフローを示している。
図1に示すように、ブドウ培養細胞の集合体に電極とその対極を挿入し(S11)、ブドウ培養細胞の両電極を集合体に接触させる(S12)。電極はソーラーパネルと繋がっており、照明光により電極間に電圧を印加する(S13)。ブドウ培養細胞の集合体の温度が50℃未満となるように照明光を調整する(S14)。そして、ブドウ培養細胞における酵素の増加が生じるか否かの確認を行う。
【0018】
具体的には、
図2の模式図に示すように、容器に入れたブドウ培養細胞にステンレス製の電極を挿して、両電極を内部組織に接触させた状態で、蛍光灯に照らしたソーラーパネルに繋げ、電極間に4.5Vの電圧を4時間印加し、ブドウ培養細胞に対して電流処理を行った。その後、発現する遺伝子について確認(マイクロアレイ解析を用いて確認)を行った。比較対照として、電極を挿していない無処理のブドウ培養細胞を用いた。
ブドウ培養細胞は、赤系ブドウ品種で樹勢が強い甲州ブドウ由来の品種(甲州)から培養細胞を作製し、下記表1に示すGB培地(ショ糖濃度20 g/L)上で、28℃、暗条件で培養した。
【0019】
【表1】
【0020】
上述の電流処理を施したブドウ培養細胞を2塊用意し、またコントロールとして電流処理を施していない培養細胞2塊を用意した。これらの細胞を27℃の恒温器で4時間静置した。その後、液体窒素を用いて瞬間冷凍し、−80℃で保存した。
【0021】
上記のブドウ培養細胞に対して、マイクロアレイ解析を実施した。DNAチップはGeneChip Vitis vinifera Genome Array(Affymetrix製)を使用した。使用したDNAチップでは、醸造用ブドウ(Vitis vinifera)からの14000転写産物と他のブドウからの1700転写産物の発現量を計測することが可能である。マイクロアレイ解析により得られた各細胞の発現量データについて解析を行った。
【0022】
マイクロアレイ解析データより、DNAチップ上の各遺伝子が電流処理によりどのように発現変動しているかを計算し、以下の基準により、標的とするべき遺伝子を選抜した。
(1)DNAチップ上の全遺伝子のうち、2倍以上あるいは2分の1以下発現変動した遺伝子
(2)上記(1)の遺伝子の内、機能が明確で、ブドウ果実の品質に関与すると推定される遺伝子
(3)上記(1)の遺伝子の内、機能が未知な遺伝子
【0023】
マイクロアレイ解析データは非常に多くの情報を含んでいるが、上記(2)の遺伝子が選抜された。以下に詳細に説明する。
レスベラトロールはスチルベン誘導体でポリフェノールの一種であり、レスベラトロール合成の鍵酵素はstilbene synthaseである。マイクロアレイ解析データからstilbene synthaseをコードする遺伝子の発現量を確認したところ、下記表2に示すように、スチルベン合成酵素をコードする3つの遺伝子(stilbene synthase 2, stilbene synthase 4,stilbene synthase 1-like)と、レスベラトロール合成酵素をコードする遺伝子(resveratrol synthase)の4つの遺伝子が電流処理により高発現することが確認できた。
【0024】
また、アントシアニンはアントシアニジンがアグリコンとして糖や糖鎖と結びついた配糖体 成分でポリフェノールの一種である。下記表2に示すマイクロアレイ解析データから、アントシアニン合成酵素をコードする遺伝子(UDP-glucose flavonoid 3-O-glucosyltransferase 6-like)が電流処理により高発現することが確認できた。
また、病害抵抗性(忌避性)として機能するタンパク質をコードする2つの遺伝子(probable WRKY transcription factor 33-like,class IV chitinase)が電流処理により高発現することが確認できた。
【0025】
【表2】
【0026】
マイクロアレイ解析データから、ブドウ培養細胞への電圧印加による電流刺激(電流処理)が、stilbene synthase遺伝子の発現量を増大し、結果としてレスベラトロールの合成量を増やすことが示唆された。
レスベラトロールは抗酸化作用をもち、近年、サプリメントとしても市場を広げている。レスベラトロールサプリメントにおいて、ブドウからレスベラトロールを抽出する他にイタドリなどもまた原料として使用されている。レスベラトロールを合成する種々の植物に対して、本発明の方法を施すことにより、より低コストで高品質なレスベラトロールサプリメント生産のための高含有レスベラトロール原料植物を開発できる可能性がある。
【0027】
また、マイクロアレイ解析データから、ブドウ培養細胞への電流処理が、アントシアニン合成酵素をコードする遺伝子(UDP-glucose flavonoid 3-O-glucosyltransferase 6-like)の発現量を増大し、結果としてアントシアニンの合成量を増やすことが示唆された。
アントシアニンは、ブルーベリーの紫色の色素であり、眼精疲労回復、視力改善作用に高い即効性を有することが知られている。アントシアニンを合成する種々の植物に対して、本発明の方法を施すことにより、より低コストで高品質なアントシアニンサプリメント生産のための高含有アントシアニン原料植物を開発できる可能性がある。
【0028】
また、マイクロアレイ解析データから、ブドウ培養細胞への電流処理が、病害抵抗性(忌避性)として機能するタンパク質をコードする遺伝子(probable WRKY transcription factor 33-like,class IV chitinase)の発現量を増大し、結果として病害抵抗性を高めることが示唆された。
病害抵抗性(忌避性)を高めることは、植物の病気の発生を抑制して、殺菌剤などの農薬の使用量を減らすことによって、食の安全性を高めることにつながる。また、果実の外観品質を高めることができる。種々の植物に対して、本発明の方法を施すことにより、より低コストで病害抵抗性(忌避性)を高め、果実等の安全性や品質を高めることが期待できる。
【実施例2】
【0029】
(ブドウ樹に対する電流刺激について)
本実施例では、ブドウ樹の幹に電極を埋め込み、ソーラーパネルを繋いで電極に電圧を印加し、電流処理を行った結果について説明する。
図3は、本実施例のブドウ樹を改質させる方法のフローを示している。
図3に示すように、ブドウ樹の幹の異なる箇所に電極とその対極を挿入する(S01)。両電極をブドウ樹の幹の内部組織に接触させる(S02)。ソーラーパネルに太陽光が照射されることによって電極間に電圧が印加される(S03)。内部組織の温度が50℃未満となるように使用するソーラーパネルの仕様を調整する(S04)。そして、ブドウ果実の果汁から、糖度、総酸、総フェノール含量、アミノ酸、レスベラトロール含量を実測した。また、ブドウ樹の葉のクロロフィル含量を実測した。
【0030】
図4の実験の模式図に示すように、1樹木に電極4とソーラーパネル3を2組設置し、電流処理を行う電流区と、比較対照として、電極のみ挿してソーラーパネルを繋げず電流処理を行わない電極区(電極のみ)と、電極を挿していない無処理の対照区(処理なし)の3種のブドウ樹を用いた。ソーラーパネルの性能は、最大電圧が5V、最大電流が80mA、最大電力が0.4Wを用いた。ソーラーパネルを2組用いた場合で、実際に照度による電極間の電圧の変化を確認すると、
図5の特性グラフとなった。
図5のグラフから本実施例で用いたソーラーパネルの場合、電極間に約10Vを印加できることがわかる。
【0031】
ここで、ブドウ樹としては、フランスのボルドーを発祥地とする代表的な赤ワイン用ブドウ品種の“メルロー”で、垣根仕立ての30齢樹を実験に用いた。
なお、以下の実験は、母平均について群間ですべての対比較を同時に検定するための多重比較法の1つであるダネット(Dunnett)検定法を用い、後述する
図6〜10のグラフの値は、平均値±標準誤差(n=10)で示している。
【0032】
(ブドウ果実の糖度について)
図6は、ブドウ果実の糖度(Brix)の増大を示すグラフである。
図6に示す果汁糖度の測定グラフにおいて、*は対照と比較し5%水準で有意差が見られたものである。すなわち、電流処理および電極のみの実験区で果汁糖度が有意に高かったことが確認できた。
ここで、ブドウ果実の糖度として用いたBrixは、屈折率を「ショ糖液100g中に含まれるショ糖のグラム数」に換算したものであり、その換算式は国際砂糖分析統一委員会(ICUMSA)で採択されているものである。ブドウ果汁のように、サンプル中の可溶性固形分のほとんどが糖であるものでは、Brixを糖度と扱うことが一般的である。
【0033】
(ブドウ果実のアントシアニン含量について)
図7は、ブドウ果実のアントシアニン含量の増大を示すグラフである。
図7に示す果皮のアントシアニン含量の測定グラフにおいて、“*”は対照と比較して5%水準で有意差が見られたものである。すなわち、電流処理でアントシアニン含量が有意に高くなっていたことが確認できた。したがって、電流処理は果実のアントシアニン含量を増加すると判断した。
【0034】
(ブドウ果実のレスベラトロール含量について)
図8は、ブドウ果実のレスベラトロール含量の増大を示すグラフである。
図8に示すレスベラトロール含量の測定グラフにおいて、“**”は対照と比較して1%の水準で有意差が見られたものである。すなわち、対照区と比較し、電流処理を施術した場合に1%水準でレスベラトロール含量の増加が認められた。これより、電流処理は果実のレスベラトロール含量を増加する可能性が示唆された。
【0035】
(ブドウ果実の酸度について)
図9は、ブドウ果実の酸度の減少を示すグラフである。
図9に示す果汁酸度の測定グラフにおいて、“*”は対照と比較して5%の水準で有意差が見られたものである。すなわち、対照区と比較し、電流処理および電極のみの実験区で酸度の減少が認められた。
【0036】
(葉のクロロフィル含量について)
図10は、ブドウ樹の果実の収穫時期における葉のクロロフィル含量の増大を示すグラフを示している。
図10に示すブドウ樹の葉のクロロフィル含量の測定グラフにおいて、電流処理および電極のみの実験区でクロロフィル含量の増加が見られる。
【0037】
(忌避効果について)
次に、ブドウ樹の病害抵抗性(忌避性)として、まず、野外栽培ブドウにおける房の発病率に及ぼす電気刺激の影響について説明する。
下記表3は、電流区(電流処理)と電極区(電極のみ)と対照区(処理なし)のそれぞれについて、病気(灰色かび病、晩腐病)に罹っている房の数、健康な房の数を測定し、病気の発生率を算出した結果を示している。ここで、“*”は対照区および電極区と比較してカイ二乗検定による有意差が見られたものである。
表3の結果から、病気(灰色かび病、晩腐病)に罹っている房の数は、電気処理で有意に減っていることが確認できる。ここで、病気の発生率(%)=病気に罹った房の数/(病気に罹った房の数+健康な房の数)×100で算出している。
【0038】
【表3】
【0039】
図11は、ブドウ樹の病害抵抗性(忌避性)を示すグラフである。
図11に示すように、葉の被害率の測定結果では、電流処理の実験区で葉の被害率の減少が対照と比較して0.01%の水準で有意差が見られた。ここで、葉の被害率は、ブドウベと病に罹っている葉の数を用いて算出している。ブドウベと病は、ブドウの重大な病害の1つで、かびによる病害であり、始めは淡黄色の斑点が葉の表面に現れ、その後、葉の裏面に白色の毛足の長いかびが密生して、 酷くなると落葉するといった葉の被害である。
【0040】
図12は、病害抵抗性タンパク質を産出する遺伝子の発現量を示すグラフである。
図12には、4つのグラフを示しており、横軸は電流処理後の日数であり、縦軸は相対強度を示している。4つの遺伝子(chitinase I、chitinase IV、β-1,3-glucanase、thaumatin-like protein)がコードするタンパク質はすべて病害抵抗性に関与するものである。特に、キチナーゼ(chitinase)、β-1,3-グルカナーゼ(β-1,3-glucanase)は病原菌の細胞壁を直接分解し、病原菌を殺菌する作用があり、多種多様な病原菌に効果をもつタンパク質である。
図12に示すように、4つの遺伝子は、何れも、電流処理の実験区が、他の実験区や対照区と比べて、遺伝子の増幅が20〜30日後に有意差が認められることから、電気処理による病害抵抗性(忌避性)の即効性は少ないものの、予防的効果に期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、果実や野菜などの農産物の品質改善に有用である。
【符号の説明】
【0042】
1 実験装置
2 ブドウ培養細胞
3 ソーラーパネル
4 電極