【実施例】
【0022】
1)ガムの香気の拡散と風船の形成に関する検討
風船ガムが、風船を形成する場合と形成しない場合で、それぞれ拡散する香気成分を分析し、比較することで、風船の形成に起因する香気成分の拡散量の違いを調査した。
【0023】
1−1)方法
1−1−1)試料
風船ガムは、ガムベースを27.4%、マルチトールを42.0%、キシリトールを27.0%含むガム生地に、ミックスフルーツ香料を1.0%添加して調製した。ミックスフルーツ香料の組成を表1に示す。ここでは香気の拡散の検討のためのモデルガムとして、シュガーエステルは含まない風船ガムを用いた。
【0024】
【表1】
【0025】
1−1−2)装置
風船ガムの咀嚼時に拡散する香気を、
図1に概略を示す装置によって採取した。装置はアクリル製の円筒(長さ1.5m,内径9.6cm,厚さ0.2cm)2本を連結し、さらにその両端に長さ10cmのポリプロピレン製の円筒を連結して作製した。香気成分の捕集は、固相マイクロ抽出(Solid Phase Micro Extraction,以下SPME)法によって行った。ファイバーアッセンブリーを挿入した位置を、被験者から近い順に拡散距離0m,同1.5m,同3mとした。ファイバーを露出させた際、その先端が円筒の径の中心に来るように固定した。実験には全部で12本のファイバー(DVB/CAR/PDMS, 膜厚50/30μm,SUPELCO)を使用し、被験者・風船形成の有無・拡散距離の3つの条件の組み合わせが重複しないようにした。
【0026】
1−1−3)風船ガム咀嚼時に拡散する香気の捕集
実験は室温24℃〜27℃、相対湿度47%〜71%の無風の環境下で、20代〜30代の男女各5名、計10名の被験者によって行った。試料の咀嚼を行う前に、香料を添加していないガム生地4gを約5分間咀嚼して、口腔内の状態を一定にした。その後、ガム生地を取り出し、試料4gを毎分80回の頻度で2分間咀嚼した。続いて
図1に示すように円筒内に鼻と口を入れ、咀嚼と風船の形成を繰り返し、拡散する香気成分を5分間捕集した。風船の形成は1分間のうち積算で30秒間行い、5分間で合計2分30秒間風船が口外に露出された状態になるようにした。風船の調製作業時及び露出時以外は、毎分80回の頻度で咀嚼した。咀嚼時及び風船の露出時は口を開けずに鼻だけで呼吸した。以上を「風船形成あり」の咀嚼方法とした。風船を形成せずに毎分80回の頻度で5分間咀嚼する「風船形成なし」の咀嚼も行い、その時拡散する香気成分も捕集した。被験者は2つの咀嚼方法でそれぞれ3回ずつ実験を行った。
【0027】
1−1−4)機器分析
SPMEファイバーに捕集された香気成分は、ガスクロマトグラフ質量分析計を用いて分析した。スプリットレスモードに設定した注入口(250℃)にファイバーアッセンブリーを挿入後、速やかにファイバーを露出すると同時に分析を開始した。1分間ファイバーを露出して香気成分を脱着した後、ファイバーを収納しファイバーアッセンブリーを注入口から引き抜いた。その他の各種条件は以下の通りである。ガスクロマトグラフ:7890A(Agilent)。質量分析計:5975C(Agilent)。カラム:DB−Wax(60m×0.25mm i.d.,膜厚0.25μm,J&W Scientific)。キャリアガス:ヘリウム。キャリアガス流量:1.2ml/min。オーブン昇温プログラム:40℃(5min)−200℃/5min。イオン化電圧:70eV(EI)。イオン源温度:230℃。
【0028】
1−2)結果及び考察
1−2−1)実験の再現性及び被験者間の個人差
「風船形成あり」及び「風船形成なし」の二つの方法でそれぞれ3回ずつ実験を行った結果を表2に示す。同一の被験者における主要成分のピークエリア値は大きなばらつきがあった([相対標準偏差(%)]≧18)。
【0029】
本実施例では、いずれの咀嚼方法・拡散距離においても、同一被験者に対して使用するファイバーは全て異なっていたため、ばらつきの大きさはファイバーの個体差に起因すると考えられる。そこで、表1に示した成分の合計ピークエリア値に対する、個々の成分の割合を算出して比較した。結果を表2に示す。いずれの成分についてもばらつきは小さかった。この結果から、捕集された香気成分の組成に関しては再現性があることがわかった。
【0030】
【表2】
【0031】
続いて被験者間の個人差について検討した。結果を表3に示す。全10名の被験者が実験を行った結果、主要成分のピークエリア値のばらつきはやはり大きかったが、前述と同様に各成分の割合から見ると、いずれの成分についてもばらつきは小さかった。
【0032】
【表3】
【0033】
この結果から、前述したファイバーの個体差や、拡散する香気成分量の個人差によると考えられるピークエリア値のばらつきは認められるが、拡散する香気成分の組成は被験者間で類似していることがわかった。
【0034】
本実施例では、ファイバーが使用される条件をランダム化することによって、ファイバーの個体差による結果の偏りを避けた。それに加え、被験者間で拡散する香気成分の組成が類似していることがわかった。これらを踏まえ、平均値を用いて咀嚼方法や拡散距離の違いに起因する香気成分量の差を評価した。
【0035】
1−2−2)風船の形成による香気成分の拡散量の変化
被験者から拡散した香気成分の合計ピークエリア値を、「風船形成あり」と「風船形成なし」で比較した結果を
図2に示す。結果では、前者の方が有意に大きな値を示しており、拡散距離0m、1.5m、3mにおいて、その差はそれぞれ2.1倍、1.8倍、1.9倍であった。この結果から、風船の形成によって、香気成分はより多く、より遠くまで拡散していることが示唆された。「風船形成なし」の場合では、唾液への溶解・嚥下や、上皮への吸着などが起こる口腔と鼻腔を通過しなければ、香気成分は外部に拡散できない。それに対して、「風船形成あり」の場合では、ガム生地が直接口腔外に露出しているために、拡散する香気成分量が多かったと考えられる。また、風船の形成により、表面積が大きな状態でガムを露出しているため、ガム中の水分が揮発しやすくなる。それにより香気成分が揮散しやすくなったことも、風船の形成によって拡散する香気成分量が増加した要因として考えられる。
【0036】
図3は捕集した香気成分によるピークエリア値の組成を示す。
図3(a),(b)に示すように、二つの咀嚼方法では、拡散した香気成分の組成も異なっていた。これは、風船の形成による香気成分の揮散量の増加率が、成分毎に異なるためと思われる。この風船形成による揮散量の増加効果(以下、風船形成の効果)を、拡散距離0mにおける「風船形成なし」のピークエリア値に対する「風船形成あり」のピークエリア値の比で評価した結果を表4に示す。
【0037】
【表4】
【0038】
ethyl acetateやethyl propanoate、isobutyl acetateなど、低分子かつ低沸点のエステル類では、風船形成の効果は小さかった。これらの成分は、その揮発性の高さから”風船形成なし”でも十分に鼻腔の外に拡散していることが考えられる。一方で親水性の高いmethyl 3−(methylthio)propanoateやpropanoic acidなどの成分や、沸点の高いphenethyl alcoholなどの成分は風船形成の効果が大きかった。以上から、親水性や揮発性が風船形成の効果に関与していることが考えられる。
なお、表4の結果より、拡散性が高いと言える香気成分は、1.5mの位置における拡散性が0.76以上、3mの位置における拡散性が0.61以上の成分である。また、propanoic acidを除き、風船形成の効果が2.1以下、DB−Waxの保持指標が1120以下、常圧下での沸点が142℃以下の成分である。具体的な化合物名では、ethyl acetate,ethyl propanoate,methyl butanoate,methyl 2−methylbutanoate,isobutyl acetate,ethyl butanoate,ethyl 2−methylbutanoate,3−methylbutyl acetate,propanoic acidが該当する。
また、風船形成の効果が高いと言える香気成分は、風船形成の効果が2.1を超える、もしくは+判定となっている成分、またDB−Waxの保持指標が1196以上となっている成分である。また、propanoic acidを除き、1.5mの位置における拡散性が0.76未満もしくは−判定、3mの位置における拡散性が0.61未満もしくは−判定、常圧下での沸点が142℃を超える成分、もしくはN/Aとなっている成分である。沸点がN/Aとなっている成分は、熱に不安定なため、常圧では沸点に達する前に分解してしまう成分である。具体的な化合物名では、limonene,ethyl hexanoate,gamma−terpinene,hexyl acetate,3−methylbutyl 2−methylbutanoate,terpinolene,ethyl(E)−2−hexenoate,hexanol,allyl hexanoate,methyl octanoate,benzaldehyde,methyl 3−(methylthio)propanoate,propanoic acid,linalool,citronellyl acetate,2−methylbutanoic acid,beta−citral,ethyl 3−hydroxyhexanoate,gamma−hexalactone,alpha−terpineol,styrallyl acetate,alpha−citral,citronellol,hexanoic acid,alpha−ionone,benzyl alcohol,phenethyl alcohol,gamma−octalactone,beta−iononeが該当する。
【0039】
非特許文献2は、香気成分の極性と蒸気圧が溶出時間に影響するGCカラム(DB−Wax)における保持指標が、口腔におけるチューインガム香気成分の発現特性と相関することを示している。本実施例における風船形成の効果も、DB−Waxの保持指標との相関が期待される。そこで風船形成の効果とDB−Waxの保持指標について各香気成分をプロットした。結果を
図4に示す。正の相関がある傾向は見られたが、高い決定係数は得られなかった。非特許文献2では、口腔内のチューインガムから鼻腔の外への香気成分の出やすさを検討しているが、本実施例では、口腔内のチューインガムから鼻腔の外に出る香気成分量と、口腔外に露出されたガムから出る香気成分量を比較している。DB−Waxの保持指標との相関が高くなかったのは、この実験条件の違いに起因しており、風船形成の効果には親水性や揮発性以外の要素も関わっているものと考えられる。その要素の一つとしては、香気成分のガム生地からの揮散しやすさが挙げられる。本実施例に使用したミックスフルーツ香料と、それが練り込まれた未咀嚼の試料のヘッドスペース香気を、それぞれSPME法により捕集して分析した結果を
図5に示す。両者の香気成分組成は異なっていた。すなわち、ガム生地から気相への揮散のしやすさは香気成分によって異なり、これは水分量が少ない状態でガム生地が露出される「風船形成あり」の方の香気拡散に対して影響が大きいと考えられる。このように、風船形成の効果には、様々な要因が関わっているようである。
【0040】
図3(b),(c),(d)では、咀嚼している被験者からの距離が長くなると、香気成分量の減少とともに若干の組成の変化もみられた。この点については、咀嚼の方法とは関係なく、空気中への揮散後における香気成分の拡散しやすさの違いによるものと考えられる。それにより、咀嚼している被験者から離れた位置では、拡散性の高い成分の割合が大きく、低い成分の割合が小さくなる。この拡散性を、0mにおけるピークエリア値に対する各拡散距離におけるピークエリア値の比で評価した表4によると、拡散性については、風船形成の効果が小さかった成分で大きく、風船形成の効果が大きかった成分では拡散性が小さいという、相反する傾向が見て取れた。また、拡散距離3mにおける拡散性の値と沸点について各成分を
図6に示すようにプロットしたところ、高い相関関係があった(
R2=0.86)。すなわち、拡散性については香気成分の沸点と関連が強いことが示唆された。
【0041】
1−2−3)ガムの香気拡散と風船の形成に関する検討のまとめ
風船ガムの咀嚼中に風船を形成した場合の香気拡散を調査した。風船を形成すると、拡散する香気成分の総量は風船を形成しない時に比べて約2倍に増加した。また、風船形成の有無で拡散する香気成分の組成も異なることがわかった。
【0042】
2)口腔外への香気拡散効果を有するガムの検討
口腔外への香気拡散効果を有するガムを作製するため、シュガーエステルと、ガムベース中の酢酸ビニル樹脂の割合について検討を行った。
【0043】
2−1)ガムの組成
以下の実施例においては、ガムは以下の表5、6の組成に基づいて作製された。
【表5】
表5中のガムベースの組成はさらに表6に示される。
【表6】
【0044】
2−2)官能試験
本実施例で行われた官能試験の評価方法は次の通りである。
試験は(株)ロッテ 中央研究所の専門パネル3名によって行われた。「感触」「香味」「風船」の3項目については、各パネルが、2.0gのガムを毎分80回の頻度で5分間咀嚼し、評価を行った。「香りの拡散」については、咀嚼者がガムを2.0g食べながら風船を膨らまし、残り2名の評価者が咀嚼者から2m離れた位置で5分間香りの評価を行った。風船の形成は5分間で合計2〜3分間風船が口外に露出された状態になるようにした。風船の調整作業時及び露出時以外は、毎分80回の頻度で咀嚼した。評価4項目について整数値1〜10の10段階で評価し、パネル3名の平均値を算出した。点数の指標は表7の通りである。
【0045】
【表7】
【0046】
2−3)酢酸ビニル樹脂の検討
酢酸ビニル樹脂の分子量分布が様々な樹脂を用いてガムベースを作製した。すなわち、分子量分布の異なる酢酸ビニル樹脂を混合して用い、最終的に分子量45,000以上の酢酸ビニル樹脂の割合がガム中に2.5wt%から8.5wt%となるようにガムを調製し、それらのガムについて、2−
2)の官能試験を行った。なお、本実験のガムでは、いずれもシュガーエステルはS−770(HLB値約7)を用いた。実験結果は表8の通りである。
【0047】
【表8】
【0048】
以上より、ガム総量中、分子量45,000以上の酢酸ビニル樹脂が占める割合が3.0〜8.0wt%の場合において香気の拡散性が高く、特に6.0wt%で最も良い結果が得られることが分かった(表8中(2)〜(7))。
【0049】
2−4)シュガーエステルの検討
1以下から約16までの、様々なHLB(親水親油バランスHydrophile−Lipophile Balance)値を有するシュガーエステル10種類を用いてガムを調製し、それらのガムについて、上記の官能試験を行った。なお、本実験のガムでは、いずれも分子量45,000以上の酢酸ビニル樹脂の割合はガム中6.0wt%であった。実験結果は表9の通りである。
【0050】
【表9】
【0051】
シュガーエステルの種類としてはS−370〜S−1170(HLB値約3〜約11)を用いた場合が香気の拡散性が高く、特にS−770(HLB値約7)で最も良い結果が得られた(表9中(4)〜(8))。
【0052】
この出願は2015年2月27日に出願された日本国特許出願第2015−038969号からの優先権を主張するものであり、その内容を引用してこの出願の一部とするものである。