(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項7に記載のスピングラス利用型磁気メモリが備える磁気抵抗効果素子の抵抗値を多値的又はアナロク的に使用させ得る書き込み電流を流すように制御する制御回路を有する電流源を備えたスピングラス利用型磁気メモリ。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を適用した磁気抵抗効果素子、それを用いた熱履歴センサおよびスピングラス利用型磁気メモリについて、図面を用いてその構成を説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などは実際と同じであるとは限らない。また、以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、本発明の効果を奏する範囲で適宜変更して実施することが可能である。本発明の素子において、本発明の効果を奏する範囲で他の層を備えてもよい。
【0021】
(磁気抵抗効果素子)
図1は、本発明の一実施形態に係る磁気抵抗効果素子の一例の断面模式図である。
図1に示す磁気抵抗効果素子100は、フェリ磁性材料を母体材料とするスピングラス層1と、非磁性層2と、磁化方向が固定された第1強磁性層3とをこの順に備え、前記スピングラス層1の磁化の向きM1と前記第1強磁性層の磁化の向きM2とが反平行である。
図1において、各層の積層方向すなわち、各層の主面に直交する方向(面直方向)をZ方向として定義している。各層はZ方向に直交するXY面に平行に形成されている。
なお、「フェリ磁性材料を母体材料とするスピングラス層」は、母体材料とするフェリ磁性材料内において、非磁性材料又は磁性材料を母体材料のフェリ磁性を維持できる程度の濃度で含み、その非磁性材料又は磁性材料の局在スピンの周囲にスピングラス領域を有する層である。
また、「磁化方向が固定された」とは、書き込み電流を用いた書き込み前後において磁化方向が変化しない(磁化が固定されている)との意味である。
スピングラス層1及び第1強磁性層3は、磁化方向が層に平行な面内方向である面内磁化膜でも、磁化方向が層に対して垂直方向である垂直磁化膜でもいずれでもよい。
【0022】
スピングラス層1の母体材料であるフェリ磁性材料とは、反強磁性体のように隣り合う磁気モーメントの向きが逆方向に整列しているが、それらの数(密度)や大きさが異なるために2つの副格子磁化が打ち消しあわず、全体として磁化を示す磁性材料である。なお、副格子とは、磁気モーメントのうち同じ向きのものを取り出した仮想的な格子をいう。
【0023】
図2は、フェリ磁性およびスピングラス層について説明するための模式図である。
図2において、符号Aで示す磁気秩序領域はフェリ磁性領域(スピングラス領域以外の領域)を模式的に示すものである。
図2で示す場合には、m1で示す磁気モーメントとm2で示す磁気モーメントとは数(密度)は同じであるが、その大きさが異なるために、全体としては右向きの磁化M1(
図1参照)を示すことを模式的に示している。
一方、
図2で示す場合において、符号Bで示す点線で囲まれた領域は、フェリ磁性材料中に非磁性材料の原子(局在スピン)Pがあるためにその周囲の磁気秩序が乱れた領域である。本発明のスピングラス層は、磁気秩序が局所的に乱れた状態で局所的に安定化した領域(スピングラス領域)を有する層をいう。ここで、スピングラスは磁性材料において、局所的な相関が乱れたり、フラストレートを起こした場合に生じる現象である。このようにスピングラスを生じた領域(
図2において、符号Bの点線で囲まれた部分)のスピンの向きは乱れているため、スピングラス領域を通過したスピン偏極電流はほとんど磁気抵抗効果による散乱は受けない。逆に、スピングラス領域以外を通過したスピンは一般的な磁気抵抗効果による散乱をうけるため、スピングラス層におけるスピングラス領域Bの割合によって、磁気抵抗効果の抵抗値が変わることとなる。スピングラス転移温度以下ではスピングラスが安定して存在することができるため、スピングラス層は不揮発な情報を保持する層として機能する。第1強磁性層と、非磁性層に接するスピングラス層あるいは第2強磁性層(後述する)の磁化の向きが逆向きであることで、磁気抵抗効果によって抵抗を読み込む際に、スピングラス領域の割合によって、磁気散乱が抑制され、不揮発でアナログ的な抵抗値を得ることができる。
第1強磁性層とスピングラス層との間に強いスピン偏極電流を流すことで、STT効果によってスピングラスを誘起することができ、素子の抵抗を変化させることができる。
【0024】
スピングラス層を構成するフェリ磁性材料は、AB
2O
4−xで表されるスピネル材料、または、BA
2O
4−xで表される逆スピネル材料であってもよい。ここで、AはMn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Mgの1つ以上の元素、Bは、Fe,Cr,Ti,Mg,Mn,Niの一つ以上の元素である。
スピネル構造、あるいは、逆スピネル構造の材料はフェリ磁性を示し、高い温度でスピングラスを示すことができる。特許文献5にかかる材料の例が記載されている。
【0025】
フェリ磁性材料を母体とする材料内において、スピングラス領域の起因となる非磁性材料又は磁性材料のうち、Co,Znなどの非磁性材料は数%程度混ぜるだけでスピングラスになり、例えば、10%程度も混ぜると(添加すると)、母体材料のフェリ磁性を失ってしまう。これに対して、磁性材料を混ぜるときはそれよりも量を多く混ぜることができる。しかしながら、これらの現象は母体材料における磁気相関や置換される材料によって定量的に異なるため、上記の限りではない。
【0026】
スピングラス層がスピネル酸化物の場合、スピネル酸化物の作成時にMgOトンネル層のMgがスピネル酸化物に拡散するため、スピネル酸化物層を作成した後にMgOを形成することが望ましい。また、スピネル酸化物とMgOトンネル層が接した構造でアニールを行うと同様な効果がある。したがって、アニール温度を400℃以下するか、スピネル酸化物とMgOトンネル層の間に第二強磁性層を挿入してにしてMgの拡散を抑制するなどの対応をすることが望ましい。
【0027】
スピネル酸化物は金属ターゲットをアルゴンおよび酸素のプラズマで成膜する反応性スパッタを用い、また、成膜時の基板温度は少なくとも350度以上が好ましく、さらに、400℃以上であることが好ましい。スピネル酸化物は少なくとも350℃以上の反応性スパッタで得ることが可能であり、400℃以上だと安定的にスピネル酸化物を得ることができる。さらに、スピネル酸化物をターゲットとし、アルゴンおよび酸素のプラズマで成膜する方法も可能である。この方法ではスピネル酸化物の酸化度合の調整が困難であるが、350℃でも安定的にスピネル酸化物を得ることができる。
【0028】
スピングラス層が磁性スピネル材料の場合には、膜厚は3.5nm以上であることが好ましい。膜厚は3.5nm以上でないと磁気特性が安定しないからである。
【0029】
スピングラス層のスピネル材料、または、逆スピネル材料は酸素欠損していてもよい。
スピングラス層のスピネル材料、または、逆スピネル材料は酸素欠損している構成によって、スピングラス層の抵抗が減少し、磁気抵抗比を大きくすることができる。
例えば、マグネタイト(FeFe
2O
4)は酸素欠損させることによって、金属の100倍程度の抵抗率まで抵抗が減少する。
【0030】
第1強磁性層3の材料には、公知のものを用いることができる。例えば、Cr、Mn、Co、Fe及びNiからなる群から選択される金属及びこれらの金属を1種以上含み強磁性を示す合金を用いることができる。またこれらの金属と、B、C、及びNの少なくとも1種以上の元素とを含む合金を用いることもできる。具体的には、Co−FeやCo−Fe−Bが挙げられる。
【0031】
また、より高い出力を得るためにはCo
2FeSiなどのホイスラー合金を用いることが好ましい。ホイスラー合金は、X
2YZの化学組成をもつ金属間化合物を含み、Xは、周期表上でCo、Fe、Ni、あるいはCu族の遷移金属元素または貴金属元素であり、Yは、Mn、V、CrあるいはTi族の遷移金属でありXの元素種をとることもでき、Zは、III族からV族の典型元素である。例えば、Co
2FeSi、Co
2MnSiやCo
2Mn
1−aFe
aAl
bSi
1−bなどが挙げられる。
【0032】
また、第1強磁性層3の保磁力をより大きくするために、第1強磁性層3と接する材料としてIrMn,PtMnなどの反強磁性材料を用いてもよい。さらに、第1強磁性層3の漏れ磁場をスピングラス層1に影響させないようにするため、シンセティック強磁性結合の構造としてもよい。
【0033】
さらに第1強磁性層3の磁化の向きを積層面に対して垂直にする場合には、CoとPtの積層膜を用いることが好ましい。具体的には、第1強磁性層3は[Co(0.24nm)/Pt(0.16nm)]
6/Ru(0.9nm)/[Pt(0.16nm)/Co(0.16nm)]
4/Ta(0.2nm)/FeB(1.0nm)とすることができる。
【0034】
非磁性層2には、公知の材料を用いることができる。
例えば、非磁性層2が絶縁体からなる場合(トンネルバリア層である場合)、その材料としては、Al
2O
3、SiO
2、Mg、及び、MgAl
2O
4等を用いることができる。またこれらの他にも、Al,Si,Mgの一部が、Zn、Be等に置換された材料等も用いることができる。これらの中でも、MgOやMgAl
2O
4はコヒーレントトンネルが実現できる材料であるため、スピンを効率よく注入できる。
また、非磁性層2が金属からなる場合、その材料としては、Cu、Au、Ag等を用いることができる。
【0035】
また、スピングラス層1上に非磁性層2を形成することで、スピングラス層1の他の元素が拡散せずに積層膜を形成することが可能である。
【0036】
図3に示すように、スピングラス層1と非磁性層2との間に第2強磁性層4を備えてもよい。
磁化固定層である第1強磁性層3に対する磁化自由層としてスピングラス層1の他に第2強磁性層4を備えることで反転可能な磁化をM1及びM3として、大きな磁気抵抗効果を得ることが可能となる。これはコヒーレントトンネル効果を引き起こす為にはトンネルバリア層と強磁性層の組み合わせが必要であり、スピングラス層1と第2強磁性層4の間のスピン伝導ではコヒーレントトンネルではなく、通常のTMR効果が生じる可能性があるからである。スピングラス層1と第2強磁性層4は磁気的に結合しているため、第1強磁性層3と第2強磁性層4との間のスピントランスファートルク(STT)効果によって、スピングラス層のスピングラス領域の大きさを調節することが可能となる。
【0037】
第2強磁性層4の材料として、強磁性材料、特に軟磁性材料を適用できる。例えば、Cr、Mn、Co、Fe及びNiからなる群から選択される金属、これらの金属を1種以上含む合金、これらの金属とB、C、及びNの少なくとも1種以上の元素とが含まれる合金等を用いることができる。具体的には、Co−Fe、Co−Fe−B、Ni−Feが挙げられる。あるいは、希土類元素を含んだ合金などが好ましい。例えば、Tb−Fe−Coなどの合金は自発的に垂直磁気特性を発現することが可能である。
【0038】
第2強磁性層4の磁化の向きを積層面に対して垂直にする場合には、第2強磁性層の厚みを2.5nm以下とすることが好ましい。第2強磁性層4と非磁性層2の界面で、第2強磁性層4に垂直磁気異方性を付加することができる。また、垂直磁気異方性は第2強磁性層4の膜厚を厚くすることによって効果が減衰するため、第2強磁性層4の膜厚は薄い方が好ましい。また、スピングラス層1と第2強磁性層4の膜厚が薄いことでスピントランスファーの影響が大きくなり、低いスピン偏極電流でも磁化反転が可能となる。
【0039】
図4に示すように、
図3に示した磁気抵抗効果素子においてさらに、スピングラス層1の、非磁性層2を備える側の反対側の面にスピン軌道トルク層5を備えてもよい。また、図示しないが、
図1に示した磁気抵抗効果素子においてさらに、スピングラス層1の、非磁性層2を備える側の反対側の面にスピン軌道トルク層を備えてもよい。
スピン軌道トルク層に電流を流し、純スピン流をスピングラス層1に注入することによって、スピングラス層内にスピングラス領域を誘起することができる。
【0040】
スピン軌道トルク配線は、磁気抵抗効果素子部(スピングラス層1、非磁性層2、第1強磁性層3及び第2強磁性層4の部分を指す(第2強磁性層4を含まない場合には、スピングラス層1、非磁性層2及び第1強磁性層3の部分))の積層方向に対して交差する方向に延在する。スピン軌道トルク配線は、積層方向に対して直交する方向に延在することが好ましい。スピン軌道トルク配線は、該スピン軌道トルク配線に磁気抵抗効果素子部の積層方向に対して直交する方向に電流を流す電源に電気的に接続され、その電源と共に、磁気抵抗効果素子部に純スピン流を注入するスピン注入手段として機能する。
スピン軌道トルク配線は、スピングラス層1に直接接続されていてもよいし、他の層を介して接続されていてもよい。
【0041】
スピン軌道トルク配線は、電流が流れるとスピンホール効果によって純スピン流が生成される材料からなる。かかる材料としては、スピン軌道トルク配線中に純スピン流が生成される構成のものであれば足りる。従って、単体の元素からなる材料に限らないし、純スピン流が生成される材料で構成される部分と純スピン流が生成されない材料で構成される部分とからなるもの等であってもよい。
スピンホール効果とは、材料に電流を流した場合にスピン軌道相互作用に基づき、電流の向きに直交する方向に純スピン流が誘起される現象である。
【0042】
図5は、スピンホール効果について説明するための模式図である。
図5に基づいてスピンホール効果により純スピン流が生み出されるメカニズムを説明する。
【0043】
図5に示すように、スピン軌道トルク配線5の延在方向に電流Iを流すと、上向きスピンS
+と下向きスピンS
−はそれぞれ電流と直交する方向に曲げられる。通常のホール効果とスピンホール効果とは運動(移動)する電荷(電子)が運動(移動)方向を曲げられる点で共通するが、通常のホール効果は磁場中で運動する荷電粒子がローレンツ力を受けて運動方向を曲げられるのに対して、スピンホール効果では磁場が存在しないのに電子が移動するだけ(電流が流れるだけ)で移動方向が曲げられる点で大きく異なる。
非磁性体(強磁性体ではない材料)では上向きスピンS
+の電子数と下向きスピンS
−の電子数とが等しいので、図中で上方向に向かう上向きスピンS
+の電子数と下方向に向かう下向きスピンS
−の電子数が等しい。そのため、電荷の正味の流れとしての電流はゼロである。この電流を伴わないスピン流は特に純スピン流と呼ばれる。
これに対して、強磁性体中に電流を流した場合にも上向きスピン電子と下向きスピン電子が互いに反対方向に曲げられる点は同じであるが、強磁性体中では上向きスピン電子と下向きスピン電子のいずれかが多い状態であるため、結果として電荷の正味の流れが生じてしまう(電圧が発生してしまう)点で異なる。従って、スピン軌道トルク配線の材料としては、強磁性体だけからなる材料は含まれない。
【0044】
ここで、上向きスピンS
+の電子の流れをJ
↑、下向きスピンS
−の電子の流れをJ
↓、スピン流をJ
Sと表すと、J
S=J
↑−J
↓で定義される。
図5においては、純スピン流としてJ
Sが図中の上方向に流れる。ここで、J
Sは分極率が100%の電子の流れである。
図5において、スピン軌道トルク配線5の上面に強磁性体を接触させると、純スピン流は強磁性体中に拡散して流れ込むことになる。
この実施形態では、このようにスピン軌道トルク配線に電流を流して純スピン流を生成し、その純スピン流がスピン軌道トルク配線に接するスピングラス層に拡散する構成とすることで、その純スピン流によるスピン軌道トルク(SOT)効果でスピングラス層内にスピングラス領域を誘起するものである。
【0045】
(熱履歴センサ)
本発明の一実施形態に係る熱履歴センサは、本発明の磁気抵抗効果素子を用いたものである。
フェリ磁性材料を用いたスピングラス層にスピングラス領域を誘起した後で冷却をすると、温度を上昇させた時に、スピングラス領域を誘起した温度でスピングラス領域が減少するか、あるいは、消失する。この現象はスピングラス領域が誘起された温度で、温度による揺らぎとスピングラス状態が平衡状態となり、安定化するために生じる。したがって、スピングラス領域が誘起された温度になると、平衡状態が非平衡状態に変化してスピングラス領域が減少することとなる。本発明の熱履歴センサは、この熱履歴に起因したスピングラス領域の現象に伴う磁気抵抗効果素子の抵抗値の変化を検知するものである。
【0046】
(スピングラス利用型磁気メモリ)
本発明の一実施形態に係るスピングラス利用型磁気メモリは、本発明の一つ又は複数の磁気抵抗効果素子と、各磁気抵抗効果素子に対して磁気抵抗効果素子を構成する層の積層方向に電流を流すための電流源とを備え、前記スピングラス層と前記第1強磁性層との間に、少なくとも前記スピングラス層(第2強磁性層を備える場合には、スピングラス層及び第2強磁性層)のスピン注入磁化反転の臨界電流よりも大きな電流を印可することによって前記磁気抵抗効果素子の抵抗を変化させる。
磁気抵抗効果素子に流れる電流の向きを変えることによって、スピングラス層の割合を増減することが可能である。スピングラス層1から第1強磁性層3に電流を印可すると、スピン偏極した電子は第1強磁性層3からスピングラス層1に流れる。したがって、スピン偏極した電子はスピングラス層1の磁化の向きを第1強磁性層の磁化の向きと同じ方向に変化させるように働く。この時、スピングラスを誘起しやすい場所は、スピングラス層1全体が磁化反転するために必要なスピン流入磁化反転の臨界電流値よりも小さい電流値で磁化方向が変化し、スピングラスを誘起することが可能である。逆に、第1強磁性層3からスピングラス層1に電流を流すと、スピン偏極した電子はスピングラス層1から第1強磁性層3に流れる。したがって、スピン偏極した電子はスピングラス層1の磁化の向きを第1強磁性層の磁化の向きと逆の方向に変化させるように働く。この効果によってスピングラスが誘起された部分はスピングラスが誘起されていない部分と同じ方向に磁化することとなり、スピングラス領域が消失させることが可能である。
【0047】
本発明の一実施形態に係るスピングラス利用型磁気メモリは、磁化自由層としてスピングラス層を備える磁気抵抗効果素子を備えるので、磁気抵抗効果素子の抵抗値としてアナログ的な抵抗値を出力できる。この原理について以下に説明する。
【0048】
図6は、スピングラス層におけるスピングラス領域の割合と磁気抵抗効果素子の抵抗値との関係を概念的に示すグラフである。
スピングラス層にスピングラス領域が発生していない時すなわち、スピングラス層におけるスピングラス領域の割合がゼロのときには、スピングラス層の磁化の向きと第1強磁性層の磁化の向きとが反平行であり、磁気抵抗効果素子部の抵抗値は最大となる。
一方、スピングラス層にスピン偏極電流(書き込み電流)を流して、スピングラス層内にスピングラス領域を発生させると、スピングラス層におけるスピングラス領域の割合が増加する。グラフの横軸(スピングラス領域の割合)は、スピン偏極電流(書き込み電流)をパルスで流す場合には、パルスの回数に相当する。スピングラス領域は磁気秩序が乱れているためにスピングラス層の磁化には寄与しない。従って、スピングラス領域の割合が増加すれば、磁化に寄与する領域が減少し、スピングラス層の磁化は小さくなり、磁気抵抗が低下していく。この磁気抵抗の低下はアナログ的であり、スピングラス領域はスピングラス転移温度以下である限りは安定的に存在する。従って、本発明の磁気抵抗効果素子を備えたスピングラス利用型磁気メモリでは、スピン偏極電流(書き込み電流)の大きさによって、データをアナログ的に書き込むことが可能となる。
【0049】
本発明の磁気抵抗効果素子においては、母体のフェリ磁性の磁気秩序が層全体で維持された状態であることが前提になるので、スピングラス領域の起点となる非母体材料の濃度は母体のフェリ磁性の磁気秩序が維持可能な量になる。そのため、スピングラス領域の割合が増加による、磁気抵抗効果素子の磁気抵抗の低下の大きさも、その非母体材料の濃度で決まることになる。
【0050】
スピングラス領域の発生についてミクロにみると、スピン偏極した電子がスピングラス層に注入されることで、スピングラス層を構成するフェリ磁性材料及び非母体材料の局在スピンはスピン偏極した電子からスピン角運動量を受け取り、スピングラス現象の起点となる非母体材料の局在スピンの周囲ではフェリ磁性材料の局在スピンがフェリ磁性としての磁気秩序を失った状態で固定されて、スピングラス領域が生成されることになる(
図2参照)。
スピングラス層の磁化の反転については、臨界電流密度を超える電流密度でかつ十分な時間のスピン偏極電流が流された場合には、この磁化反転トルクによってスピングラス層の磁化は反転する。一方、磁化反転に至らない程度のスピン偏極電流の場合には、スピングラス層の磁化の向きは元のままとなるが、その大きさは、スピングラス領域が発生した分だけ低下する。スピン角運動量の移行(スピントランスファー)は確率的なものなので、スピン偏極電流の電流密度が高いほど、あるいは流される時間の長さ(電流パルスの場合には、パルスの長さ)が長いほど、スピングラス領域の割合は大きくなる。
【0051】
図1で示した磁気抵抗効果素子を備えたスピングラス利用型磁気メモリについて、書き込み及び読み出しについて以下に説明する。
【0052】
まず、従来のMRAMについて説明する。
MRAMは、GMR(Giant Magneto Resistance)効果やTMR(Tunnel Magneto Resistance)効果などの磁気抵抗効果を利用する磁気抵抗効果素子をメモリセルとして備える。磁気抵抗効果素子は例えば、非磁性層を介して2層の強磁性層が積層された積層構造を有するものである。2層の強磁性層は、磁化の向きが固定された磁化固定層(ピン層)と、磁化の向きが反転可能な磁化自由層(フリー層)である。磁気抵抗効果素子の電気抵抗の値は、磁化固定層と磁化自由層の磁化の向きが反平行であるときの方がそれらが平行であるときよりも大きい。MRAMのメモリセルである磁気抵抗効果素子では、この抵抗値の大きさの差を利用して磁化が平行の状態をデータ“0”に、反平行の状態をデータ“1”に対応づけることにより、データを不揮発的に記憶される。データの読み出しは、磁気抵抗効果素子を貫通するように(積層構造を貫くように)読み出し電流を流し、磁気抵抗効果素子の抵抗値を測定することにより行なわれる。一方、データの書き込みは、スピン偏極電流を流して磁化自由層の磁化の向きを反転させることによって行われる。
【0053】
現在主流のデータの書き込み方式として、スピントランスファートルク(Spin Transfer Torque)を利用した「STT方式」が知られている。STT方式では、磁化自由層にスピン偏極電流が注入され、その電流を担う伝導電子のスピンと磁化自由層の磁気モーメントとの間の相互作用によって、磁化自由層にトルクが発生し、トルクが十分大きい場合に磁化が反転する。この磁化反転は電流密度が大きいほど起こりやすくなるため、メモリセルサイズが縮小されるにつれ、書き込み電流を低減させることが可能となる。STT方式として、磁気抵抗効果素子を貫通するように書き込み電流を流す方式(例えば、特許文献1)や、磁気抵抗効果素子を貫通させず、磁化自由層の面内方向に書き込み電流を流す方式(例えば、特許文献4)が知られている。
データの読み出しは、磁気抵抗効果素子を貫通するように(積層構造を貫くように)読み出し電流を流し、磁気抵抗効果素子の抵抗値を測定することにより行なわれる。すなわち、非磁性層を介した磁化固定層と磁化自由層との間で電流を流し、磁化固定層の磁化と磁化自由層の磁化との相対角に応じた抵抗の変化を検出することで行う。
【0054】
これに対して、本発明のスピングラス利用型磁気メモリは、デジタル的にデータを記憶できる点は、上述の従来のMRAMと同様であるが、それに加えて、アナログ的にもデータを記憶できる点が従来のMRAMと異なる。
すなわち、磁気抵抗効果素子を貫通するように、磁化自由層であるスピングラス層(第2強磁性層を備える場合には、スピングラス層及び第2強磁性層)のスピン注入磁化反転の臨界電流よりも大きな書き込み電流を印可して磁化自由層の磁化を反転させることにより、第1強磁性層の磁化と、スピングラス層(あるいは、スピングラス層及び第2強磁性層)の磁化との間の平行又は反平行の状態を作る、換言すると、データ“0”又はデータ“1”を記憶させることができる点は、従来のMRAMと同様である。
これに加えて、反平行の状態において、磁化自由層を反転しない程度に書き込み電流を流すことでスピングラス層内にスピングラス領域を発生させることで、反平行時の磁気抵抗値よりは低い磁気抵抗値を記憶させることができる。この磁気抵抗値が離散的になるように書き込み電流を制御すると、多値的な記憶が可能となるし、磁気抵抗値が実質的に連続的になるように書き込み電流を制御すると、アナログ的な記憶が可能となる。これは、本発明のスピングラス利用型磁気メモリが、スピングラス利用型磁気メモリが備える磁気抵抗効果素子の抵抗値を多値的又はアナロク的に使用させ得る書き込み電流を流すように制御する制御回路を有する電流源を備えることによって可能となる。
【0055】
発生したスピングラス領域を消失させるためには、スピングラス領域を発生させた方向と逆向きに磁気抵抗効果素子を貫通する電流を流せばよい。
すなわち、第1強磁性層3からスピングラス層1に電流を流すと、スピン偏極した電子はスピングラス層1から第1強磁性層3に流れる。したがって、スピン偏極した電子はスピングラス層1の磁化の向きを第1強磁性層の磁化の向きと逆の方向に変化させるように働く。この効果によってスピングラスが誘起された部分はスピングラスが誘起されていない部分と同じ方向に磁化することとなり、スピングラス領域が消失させることが可能である。
【0056】
他の方法としては、磁気抵抗効果素子がスピングラス転移温度を超える温度となるようにすればよい。例えば、磁気抵抗効果素子を貫通する電流によるジュール熱によって、磁気抵抗効果素子を、スピングラス転移温度を超える温度にすることで発生したスピングラス領域を消失させることができる。
【0057】
データの読み出しは上述の従来のMRAMと同様に、磁気抵抗効果素子を貫通するように(積層構造を貫くように)読み出し電流を流し、磁気抵抗効果素子の抵抗値を測定することにより行うことができる。
【0058】
(磁気ニューロン素子)
本発明の磁気ニューロン素子は、本発明のスピングラス利用型磁気メモリを備え、そのスピングラス利用型磁気メモリが備える磁気抵抗効果素子の抵抗値を多値的又はアナロク的に使用させ得る書き込み電流を流すように制御する制御回路を有する電流源を備え、その制御回路が、磁気抵抗効果素子の抵抗値の違いで読み出し可能な少なくとも3つの抵抗範囲となるパルス数の書き込み電流を流すように制御できるものである。
【0059】
本発明のスピングラス利用型磁気メモリはシナプスの動作を模擬する素子である磁気ニューロン素子として利用することができる。シナプスでは外部からの刺激に対して線形な出力を持つことが好ましい。また、逆向きの負荷が与えられた際にはヒステリシスがなく、可逆することが好ましい。
図6に示したように、本発明の磁気抵抗効果素子では、スピングラス領域の割合が連続的に変化する。
図6の横軸は書き込み電流のパルス数と見なすことができ、比較的線形な抵抗変化を示すことができる。また、抵抗変化は電流の大きさと印可される電流パルスの時間に依存して変化させることができるため、電流の大きさと向き、さらに、印可される電流パルスの時間を外部からの負荷として見なすことができる。
【0060】
(主記憶段階)
読出しの抵抗が変化し始めると、電流をさらに流すことで外部からの負荷とし、負荷にある程度比例した読出し時の抵抗変化となる。これが主記憶段階である。すなわち、読出しの抵抗が変化する場合を記憶の主記憶段階と呼ぶことができる。読出しの抵抗が変化し始める直前の段階を記憶、あるいは、無記憶と定義し、読出しの抵抗の変化が止まる段階を無記憶、あるいは、記憶と定義することができる。当然、書き込み電流を逆向きにすると、逆の作用となる。
【0061】
(記憶の忘却段階)
スピングラス領域を消失させることによって、記憶を忘却することができる。本発明のスピングラス利用型磁気メモリでは出力が一定の低抵抗と高抵抗の値を示すため、記憶と無記憶は定義によって決定されなければならない。また、スピングラス領域の生成や消失させる場合にはランダムとなるため、複数のスピングラス利用型磁気メモリ間での情報の相関が失われる。これらを記憶の忘却段階と呼ぶことができる。
【0062】
(磁気ニューロン素子を用いた人工的な脳)
本発明の磁気ニューロン素子はシナプスの動きを模擬し、主記憶段階を経ることができるメモリである。本発明のスピングラス利用型磁気メモリを複数回路上に設置し、脳の模擬をすることが可能である。一般的なメモリのように縦横に均等にアレイさせた配置では集積度が高い脳を形成することが可能である。
また、
図7に示したように特定の回路を持った複数の磁気ニューロン素子を一つの塊として、アレイさせた配置では、外部負荷からの認識度が異なる脳を形成することが可能である。例えば、色について感度の良い脳や言語の理解度が高い脳などの個性を生むことができる。つまり、外部のセンサから入手された情報を、視覚、味覚、触覚、嗅覚及び聴覚認識に最適化された五感領域で認識の処理を行い、さらに、論理的思考領域で判断することによって、次の行動を決定するというプロセスを形成させることが可能である。さらに、スピングラス層の材料を変化させると、負荷に対するスピングラス領域の発生速度やスピングラス領域の形成方法が変化するため、その変化を個性とした人工的な脳を形成することが可能となる。