【文献】
高橋 元次,「皮膚の機能・特性と物理計測」,表面科学,公益社団法人表面科学会,2014年 1月10日,Vol.35, No.1,pp.4-10
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
シリコーン粘着層を有するテープで皮膚表面の角層を剥離し、該テープの粘着面をATR−IR測定して得られる赤外吸収スペクトルAと、シリコーン粘着層を有する未使用のテープの粘着面をATR−IR測定して得られる赤外吸収スペクトルBを取得し、両者の差スペクトルから角層のスペクトルを取得する測定法であって、差スペクトルの作成を、シリコーン粘着層に由来する主要な吸収帯である、1260cm-1付近の吸収帯または1000〜1100cm-1付近の吸収帯の、いずれか、または両方に由来するピーク強度が一致するように、赤外吸収スペクトルAまたは赤外吸収スペクトルBを定数倍してから差し引いて行うことを特徴とする、角層の赤外吸収スペクトルの測定法。
請求項1に記載した方法によって得られた角層の赤外吸収スペクトルの、各ピークの信号強度およびピーク形状から、角層を構成する成分、角層の性状、角層表面の付着物の量および角層の化学状態の変化のいずれか1以上を評価する角層評価方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1には、角層をテープで剥離したのちに、当該のテープを溶解し、HPTLC解析を行うことで、角層中のスフィンゴリピド量を評価する方法が記載されている。しかし特許文献1の方法は、分離や発色の過程を含むため操作が煩雑である。
特許文献2では、テープ剥離による角層採取に加え、瞬間接着剤(シアノアクリレート)による角層採取や、メス等による角層の切除採取が記載されており、このようにして採取した角層より抽出した蛋白質を電気泳動により解析する方法が記載されている。しかし特許文献2の角層採取法は、被験者に多大な負担を強いる。
特許文献3には、皮膚にプローブを押しあて、全反射赤外吸収法(ATR−IR法)によって角層の赤外吸収スペクトルを測定し、角層中の天然保湿因子(NMF)量を評価する方法が記載されている。この方法は簡便ではあるが、高価な分析装置のある場所に被験者を連れてくる必要がるため、測定場面に制限がある。
特許文献4には、皮膚にプローブを押しあて、全反射赤外吸収法(ATR−IR法)によって角層の赤外吸収スペクトルを測定し、得られたスペクトルのアミドI吸収帯のピー
ク形状の違いに基づいて、蛋白質の二次構造の違いを評価する方法が記載されている。しかしアミドIの吸収帯には水のOH変角振動の吸収帯が重畳するため、アミドIのピーク
形状の比較は、水分量が同程度の皮膚どうしで行う必要がある。そのため、測定する際の環境の湿度や馴化時間等を制御する必要がある。
【0006】
被験者への負担が軽微である角層のテープ剥離を行った場合、テープの粘着面に角層細胞がまばらに付着しており、その被覆率は一般に粘着面全体の3〜30%程度である。また角層細胞は1〜3枚が積層した状態で付着しており、その厚さは0.5〜2μm程度である。このように微量な角層の赤外吸収スペクトルを測定するには、テープ粘着層の表面部分を選択的に検出する測定法を用いることが好ましい。
【0007】
テープ粘着層表面付近の赤外吸収スペクトルを、選択的に測定する方法としては、ATR−IR法が有用である。しかし上述のように、粘着面に角層細胞はまばらに付着しているため、角層剥離テープATR−IR測定を行うと、テープ粘着層のスペクトルの上に、角層のスペクトルが弱く重畳したスペクトルが得られる。
【0008】
一般にこのような場合の解決策としては、角層剥離後のテープ粘着面の赤外吸収スペクトルから、角層剥離前のテープ粘着面の赤外吸収スペクトルを差し引くことにより、角層単独の吸収スペクトルを取得することが考えられる。一般にATR−IR法の分析深さdp(もぐりこみ深さ)は、(式1)で与えられる。
【0009】
【数1】
【0010】
ATR測定における一般的な内部反射エレメント素材の1つであるダイヤモンドの屈折率n
1を2.4、乾燥角層の屈折率n
2を1.5、入射角θを45°とした場合、1000cm
-1での分析深さは2.0μm、1500cm
-1での分析深さは1.3μmとなる。この分析深さは粘着面に付着した角層の厚さと同程度である。
そのため、例えば角層が厚さ1.3μm積層した領域では、1500cm
-1(分析深さ1.3μm)での吸光度はほぼ角層の吸収にのみ依存するのに対し、1000cm
-1で(分析深さ2.0μm)での吸光度は角層による吸収と、粘着層による吸収の寄与が約2:1であることがわかる。このように今回の剥離角層のように、ATR−IR法の分析深さ程度の厚さで試料が粘着に付着している場合、単純な差スペクトルによって、一般には角層の正しい吸収スペクトルを得ることができない。
【0011】
従って本発明の課題は、簡便かつ軽微な被験者負荷で、場所や環境を選ばず、水分量の影響なしに、角層の赤外吸収スペクトルを取得し、該スペクトルより、角層を構成する成分、角層の性状、角層付着物の量および角層の化学状態の変化を評価する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、粘着テープによる皮膚角層細胞の剥離様式、およびATR−IR測定の測定原理を鋭意検討した結果、シリコーン系粘着層を有するテープで角層を採取し、テープ粘着面をATR−IR測定し、テープ粘着層のATR−IRスペクトルを差し引くことで、角層の吸収スペクトルを正確に測定することができることを見出した。
また該赤外吸収スペクトルを用いることで、角層の角化状態、角層蛋白質の組成変化、角層細胞間脂質の量、角層細胞間脂質のパッキング性、角層の天然保湿因子(NMF)の量、角層組成、角層付着物を、簡便かつ軽微な被験者負荷で、且つ水分量の影響なしに評価できることを見出した。
【0013】
本発明は、シリコーン粘着層を有するテープで皮膚表面の角層を剥離し、該テープの粘着面をATR−IR測定して得られる赤外吸収スペクトルAと、シリコーン粘着層を有する未使用のテープの粘着面をATR−IR測定して得られる赤外吸収スペクトルBを取得し、両者の差スペクトルから角層のスペクトルを取得する測定法であって、差スペクトルの作成を、シリコーン粘着層に由来する主要な吸収帯である、1260cm
-1付近の吸収帯または1000〜1100cm
-1付近の吸収帯の、いずれか、または両方に由来するピーク強度が一致するように、赤外吸収スペクトルAまたは赤外吸収スペクトルBを定数倍してから差し引いて行うことを特徴とする、角層の赤外吸収スペクトルの測定法に関する。
また、本発明は、前記方法によって得られた角層の赤外吸収スペクトルの、各ピークの信号強度およびピーク形状から、角層を構成する成分、角層の性状、角層表面の付着物の量および角層の化学状態の変化のいずれか1以上を評価する角層評価方法に関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、軽微な被験者負荷で、簡便に、且つ正確に角層の赤外吸収スペクトルを取得することができる。
本発明によって測定された角層の赤外吸収スペクトルにおける、1630〜1670cm
-1付近に出現するアミドIの吸収帯のピーク形状を解析することによって、角層蛋白質
の組成変化や角化状態を、簡便かつ軽微な被験者負荷で、場所を選ばず、水分量の影響なしに評価できる。
また本発明によって測定された角層の赤外吸収スペクトルにおける、1462〜1473cm
-1付近に出現するメチレン基の変角振動に基づく吸収帯のピーク強度およびピーク形状を解析することによって、細胞間脂質の量およびパッキング状態を、簡便かつ軽微な被験者負荷で、場所を選ばずに評価できる。
また本発明によって測定された角層の赤外吸収スペクトルにおける、2840〜2930cm
-1付近に出現するアルキル鎖の伸縮振動に基づく吸収帯のピーク強度およびピーク形状を解析することによって、細胞間脂質の量およびパッキング状態を、簡便かつ軽微な被験者負荷で、場所を選ばずに評価できる。
また本発明によって測定された角層の赤外吸収スペクトルにおける、1560〜1610cm
-1付近に出現する解離したカルボキシ基に基づく吸収帯のピーク強度を解析することによって、天然保湿因子(NMF)の量を、簡便かつ軽微な被験者負荷で、場所を選ばずに評価できる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明においては、シリコーン粘着層を有するテープで皮膚表面の角層を剥離し、該テープの粘着面をATR−IR測定して得られる赤外吸収スペクトルAと、シリコーン粘着層を有する未使用のテープの粘着面をATR−IR測定して得られる赤外吸収スペクトルBを取得し、両者の差スペクトルから角層のスペクトルを取得する。差スペクトルの作成において、シリコーン粘着層に由来する主要な吸収帯である、1260cm
-1付近の吸収帯または1000〜1100cm
-1付近の吸収帯の、いずれか、または両方に由来するピーク強度が一致するように、赤外吸収スペクトルAまたは赤外吸収スペクトルBを定数倍してから差し引くことにより、角層の赤外吸収スペクトルを取得する。
取得した角層の赤外吸収スペクトルを用いて、アミドIに由来する吸収帯のピーク形状
解析に基づく角層蛋白質の組成変化や角層の性状の評価、メチル基およびメチレン基の変角振動に基づく吸収帯のピーク強度およびピーク形状の解析に基づく角層細胞間脂質の量およびパッキング性、角層の性状の評価、アルキル鎖の伸縮振動に基づく吸収帯のピーク強度およびピーク形状の解析に基づく角層細胞間脂質の量およびパッキング性、角層の性状の評価、解離したカルボキシ基に基づく吸収帯のピーク強度の解析に基づく角層中の天然保湿因子(NMF)の量、角層の性状の評価では、以下の9工程を行う。
【0017】
(1)ATR−IR分光装置の内部反射エレメント部に、空気が接触している状態で、空気のパワースペクトルを測定する。
(2)ATR−IR分光装置の内部反射エレメント部に、シリコーン粘着層を有する未使用のテープの粘着面を接触させ、テープのパワースペクトルを測定する。
(3)テープのパワースペクトルを空気のパワースペクトルで割り、透過率を吸光度に変換することによって、テープの吸収スペクトル(吸光度表示)を取得する。
(4)シリコーン粘着層を有するテープの粘着面を皮膚に接触後、テープを剥離し、テープ粘着面に角層細胞を付着させる。
(5)角層細胞が付着した上記テープの粘着面を、ATR−IR分光装置の内部反射エレメント部に貼り付け、[角層+テープ]のパワースペクトルを測定する。
(6)[角層+テープ]のパワースペクトルを空気のパワースペクトルで割り、透過率を吸光度に変換することによって、[角層+テープ]の吸収スペクトル(吸光度表示)を取得する。
(7)[角層+テープ]の吸収スペクトル(吸光度表示)中に出現する、シリコーン粘着層に由来する主要な吸収帯である、1260cm
-1付近の吸収帯または1000〜1100cm
-1付近の吸収帯の、いずれか、または両方に由来するピークに対して、それらに対応するテープの吸収スペクトル(吸光度表示)のピーク強度が一致するように、テープの吸収スペクトル(吸光度表示)を定数倍する係数cを決める。
(8)[角層+テープ]の吸収スペクトル(吸光度表示)から、テープの吸収スペクトル(吸光度表示)をc倍したスペクトルを差し引いて、角層の吸収スペクトルを算出する。
(9)角層の吸収スペクトルの、アミドIのピーク形状を解析して角層蛋白質の組成変化
や角化状態を評価する、またはメチル基およびメチレン基の変角振動に基づく吸収帯のピーク強度およびピーク形状を解析して細胞間脂質の量およびパッキング状態を評価する、またはアルキル鎖の伸縮振動に基づく吸収帯のピーク強度およびピーク形状を解析して細胞間脂質の量およびパッキング状態を評価する、または解離したカルボキシ基に基づく吸収帯のピーク強度を解析して天然保湿因子(NMF)の量を評価する。
【0018】
ATR−IR分光装置としては、通常のFT−IRと、それに接続できるATRユニットを用いればよい。またATRユニットは光ファイバー型プローブでも良い。またATRユニットとFTIRが一体化したシステムを用いても良い。また内部反射エレメントにも特に制限はないが、例えばゲルマニウム、ダイヤモンド、ZnSe、Si,PIR(塩化銀製)を用いることができる。反射回数や入射角についても、全反射条件が維持できる限り、特に制限は無い。波数分解能は0.5〜32cm
-1の範囲で測定することが必要だが、感度とS/Nが両立できる2〜8cm
-1の範囲にて測定することが好ましい。
【0019】
角層剥離テープは、粘着層にシリコーン系粘着剤が使われていれば良い。ベースフィルムの素材には特に制限はない。シリコーン粘着層を有するテープは、一般には耐熱性や耐薬品性が求められる用途に市販されているため、ベースフィルムにテフロン(登録商標)やアルミが使用されているテープが入手し易い。これらのベースフィルムは強度もあるため、皮膚への貼り付け・取り外しが容易であり、本発明に適している。しかしテフロン(登録商標)やアルミ以外のベースフィルムでも問題は無い。
具体的には、シリコーン系粘着剤を有する粘着テープは実施例に記載のアズワン株式会社ほか、3M社、日東電工株式会社、株式会社オカド、株式会社寺岡製作所等々より購入することができる。また、東レ・ダウコーニング株式会社、信越化学工業株式会社、株式会社レヂテックス等々より市販のシリコーン系粘着剤を各種フィルムや不織布等に塗工することにより、シリコーン系粘着テープを調製することができる。
【0020】
アミドIのピークには、1668cm
-1付近にターン構造、1649cm
-1付近にαへ
リックス構造とランダムコイル構造、1629cm
-1付近にβシート構造の信号が重畳していることが知られている。アミドIのピーク形状を解析することで、これらの構造の割
合を推定し、角層蛋白質の組成や構造の変化を評価することができる。
【0021】
メチレンの変角振動のピークには、1463cm
-1付近と1473cm
-1付近に細胞間脂質のオルソロンビック構造の信号、1468cm
-1付近には細胞間脂質のヘキサゴナル構造の信号が重畳していることが知られている。メチレンの変角振動のピーク形状を解析し、これらの構造の割合を推定することで、細胞間脂質のパッキング構造の変化を評価することができる。オルソロンビック構造が多いほど、角層のバリア能が高いと考えられているため、本解析法は角層バリアの指標として活用することができる。
【0022】
メチレンの伸縮振動のピークには、2850cm
-1付近と2920cm
-1付近に出現する。これらのピーク位置はアルキル鎖のパッキングが緩むことによって高波数シフトすることが知られている。従って、これらのピーク位置を読み取ることで、細胞間脂質のパッキング構造の変化を評価することができる。
【0023】
角層の吸収スペクトル中の各ピークの解析法に特に制限は無い。例えば特許文献3に記載されているように、既知のピーク位置にガウス関数等の特定の関数をあてはめ、これらの関数の重ね合わせで角層の吸収スペクトルを表現すると、各ピークの面積(信号強度)や幅(形状)を算出することができる。
またアミドIのピークの形状から蛋白質の組成変化を解析するには、一次微分スペクト
ルおよび二次微分スペクトルを算出し、一次微分スペクトルまたは二次微分スペクトル内における、特定の波数での強度比を指標として用いることもできる。
またメチル基の変角振動のピークの形状から細胞間脂質のパッキング状態を解析するには、二次微分スペクトルを算出し、二次微分スペクトルでの強度比を指標として用いることもできる。
またメチレン基の伸縮振動のピークの形状から細胞間脂質のパッキング状態を解析するには、角層の吸収スペクトル中の当該のピークのピークトップ位置を読み取っても良い。このとき一次微分スペクトルを算出し、微分係数がゼロになる波数位置を読み取っても良い。この指標も角層バリアの指標として活用することができる。
【0024】
天然保湿因子(NMF)の量は、1400〜1800cm
-1の領域のスペクトル形状を、ガウス関数等の複数の関数の重ね合わせで近似したのちに、1602cm
-1や1574cm
-1付近に出現する解離型カルボキシ基に対応する関数の信号強度(ピーク面積、ピーク高さ)を見積もることで評価することができる。
角層付着物の量については、その物質に特徴的なピークの信号強度(ピーク面積、ピーク高さ)から評価することができる。具体的には例えば石鹸カスに相当する脂肪酸スカム(脂肪酸金属塩)の量を見積もるのであれば、1575cm
-1付近のピークの信号強度(ピーク面積、ピーク高さ)を見積もればよい。
以上の各種構造の変化または各種指標と、各種肌性状(正常肌、荒れ肌、乾燥肌、各種皮膚炎等)との相関より、該各種構造の変化及び指標に基づく肌性状の評価が可能となる。
【実施例】
【0025】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。
試験例1
市販テープ2種(1:バンドエイド/ジョンソンアンドジョンソン社製、2:スコッチメンディングテープ/3M社製)およびシリコーン粘着層を有する粘着テープ(Asflon、AS One社製)の粘着面をATR-IR測定に供した。分光器にはFrontier FT-IR/NIR/MIR装置(PerkinElmer社製)に、Universal ATRユニット(PerkinElmer社製、45°1回反射ダイヤモンドATR)を取り付けて使用した。波数分解能は4cm
-1、積算回数は4回である。同様に、洗顔料で洗浄・馴化後のヒト前腕内側部もATR-IR測定に供した。これらのATR−IRスペクトルを
図1に示す。
図1より市販テープ2種は、角層の主要な吸収帯(2900cm
-1付近、1400〜1750cm
-1付近)の近傍に出現、または重畳する強い吸収帯を有することがわかる。それに対してシリコーン系粘着層を有す粘着テープでは、1300cm
-1よりも高波数領域には妨害となる強い吸収帯が存在しないことがわかる。
【0026】
試験例2
健常者12名を被験者に用いた。被験者は市販洗顔料で洗顔後、室温23℃、相対湿度40%の試験室に入り、30分馴化した。馴化後、左右の頬部において角層水分量(Corneometer CM825、Courage + Khazaka electronic GmbH)を測定した。その後左右頬部にシリコーン粘着層を有す粘着テープ(Asflon、AS One社製、13mm×3cm)を貼り付け、角層を剥離した。剥離したテープは、粘着面を清浄なOHPシートに貼り付け保管した。
その後剥離テープをOHPシートから剥がし、粘着面をATR-IR測定に供した。分光器にはFrontier FT-IR/NIR/MIR装置(PerkinElmer社製)に、Universal ATRユニット(PerkinElmer社製、45°1回反射ダイヤモンドATR)を取り付けて使用した。波数分解能は4cm
-1、積算回数は16回である。同様に、未使用の粘着テープ(Asflon、AS One)の粘着面もATR-IR測定に供した。得られたスペクトル(未使用テープ、角層+テープ)の例を、
図2(未使用テープ)および
図3(角層+テープ)に示す。
【0027】
未使用のテープのスペクトル(吸光度表示)において、1230cm
-1と1290cm
-1を結ぶベースラインを引き、該ベースラインを基準に、1260cm
-1付近のシリコーンのメチレンの変角振動のピークの面積Stを算出した。同様に[角層+テープ]のスペクトル(吸光度表示)でも1230cm
-1と1290cm
-1を結ぶベースラインを引き、該ベースラインを基準に、1260cm
-1付近のシリコーンのメチレンの変角振動のピークの面積Skを算出した。補正係数cを、SkをStで除すことにより算出した。この補正係数cを未使用のテープのスペクトルに乗じたものを、[角層+テープ]のスペクトルから差し引くことで、角層のスペクトルを算出した。このようにして得られたスペクトルの例を
図4に示す。
図4の3300cm
-1付近のピーク形状が三角形であることから、該角層のスペクトルには、水の信号がほとんど重畳していないことがわかる。
【0028】
角層のスペクトルに対して、以下の式で表現される23個のガウス関数をあてはめ、最小二乗法により角層のスペクトルを再現した。
【0029】
【数2】
【0030】
このとき、各ガウス関数のピーク位置とピーク幅は定数とし、ピーク高さのみを変化させてフィッティングを行った。フィッティングに用いたピーク位置、ピーク幅および対応する振動モードを表1に示す。最小二乗近似にはTaylor微分補正法を用い、フィッティングのプログラムはVisual C# 2013によって記述した。フィッティングの結果を
図5に示す。
【0031】
【表1】
【0032】
アミドIを構成する3つのガウス関数(ピーク位置:1668、1649,1629cm
-1)の合計面積を100とした際の、1629cm
-1のピーク(βシートに相当)の面積を算出し、角層水分量(Corneometer値)との対応を調べた結果を
図6に示す。
1629cm
-1のピーク(βシートに相当)面積はCorneometer値と負の相関を示している。一般に肌性状が悪化するとCorneometer値は低下することから、1629cm
-1のピーク面積の増加(βシート構造の増加)は、肌性状の悪化の指標として使えることがわかる。
【0033】
試験例3
健常男性1名の、頬部および前腕内側部を市販洗顔料で洗浄し、23℃40%R.H.の試験室に入り、30分馴化した。馴化後、頬部および前腕内側部にシリコーン粘着層を有する粘着テープ(Asflon、AS One社、13mm×3cm)を貼り付け、角層を剥離した。剥離したテープは、粘着面を清浄なOHPシートに貼り付け保管した。
その後剥離テープをOHPシートから剥がし、粘着面をATR-IR測定に供した。分光器にはFrontier FT-IR/NIR/MIR装置(PerkinElmer社製)に、Universal ATRユニット(PerkinElmer社製、45°1回反射ダイヤモンドATR)を取り付けて使用した。波数分解能は4cm
-1、積算回数は16回である。同様に、未使用の粘着テープ(Asflon、AS One社製)の粘着面もATR-IR測定に供した。
【0034】
未使用のテープのスペクトル(吸光度表示)において、1230cm
-1と1290cm
-1を結ぶベースラインを引き、該ベースラインを基準に、1260cm
-1付近のシリコーンのメチレンの変角振動のピークの面積Stを算出した。同様に[角層+テープ]のスペクトル(吸光度表示)でも1230cm
-1と1290cm
-1を結ぶベースラインを引き、該ベースラインを基準に、1260cm
-1付近のシリコーンのメチレンの変角振動のピークの面積Skを算出した。補正係数cを、SkをStで除すことにより算出した。この補正係数cを未使用のテープのスペクトルに乗じたものを、[角層+テープ]のスペクトルから差し引くことで、角層のスペクトルを算出した。
角層のスペクトルに対して、試験例2と同様に(式2)で表現される23個のガウス関数をあてはめ、最小二乗法により角層のスペクトルを再現した。
【0035】
この時、ピーク位置1467cm
-1のガウス関数(メチレンの変角振動に相当)以外の22個のガウス関数は、ピーク位置とピーク幅は定数とし、ピーク高さのみを変化させてフィッティングを行った。ピーク位置1467cm
-1のガウス関数(メチレンの変角振動に相当)については、ピーク位置のみを定数とし、ピーク幅およびピーク高さを変化させてフィッティングを行った。この時のピーク位置とピーク幅および対応する振動モードを表2に示す。また最小二乗近似にはTaylor微分補正法を用い、フィッティングのプログラムはVisual C# 2013によって記述した。
【0036】
【表2】
【0037】
解析の結果、ピーク位置1467cm
-1のガウス関数のピーク幅は、頬部が8.1cm
-1であるのに対し、前腕内側部は8.9cm
-1となった。これよりアルキル鎖のパッキング状態に関して、頬部の方がオルソロンビック構造が少ないことがわかる。一般に細胞間脂質のオルソロンビック構造が多いほど、角層のバリア能は高いと考えられている。今回頬部のオルソロンビック構造が前腕より少なかったことは、一般的な知見(頬部の方が前腕部よりもバリア能が低い)と一致しており、本指標が角層バリアの評価法として有用であることがわかる。