(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、具体的な実施形態について、微細加工方法および金型の製造方法および微細加工装置を例に挙げて図を参照しつつ説明する。
【0013】
(第1の実施形態)
1.微細加工装置
1−1.微細加工装置の基本構成
図1は、本実施形態の微細加工装置100の概略構成を示す図である。
図1に示すように、微細加工装置100は、刃具110と、振動部120と、テーブル130と、を有する。微細加工装置100は、振動部120により刃具110を第1の方向K1に振動させながら、平均切削方向J1に向かって被加工物WP1を加工する。
【0014】
ここで、平均切削方向J1とは、被加工物WP1に対して、振動する刃具110の平均位置が移動する方向のことである。振動する刃具110の平均位置は、刃具110の振動の振幅の中心である。また、後述するように、第1の方向(振動方向)K1を被加工物WP1上に射影すると、射影した第1の方向K1と平均切削方向J1とは平行である。
【0015】
刃具110は、被加工物WP1の表面に微細な凹凸を形成するためのものである。刃具110は、例えば、ダイヤモンドカッターである。刃具110の幅は、例えば、20μm以上2000μm以下である。ここで、刃具110の幅とは、刃具110における実際の切削に関与する部分の切れ刃幅である。例えば、幅50μmの刃具110を用いた場合には、一回の振動により被加工物WP1に幅50μm以下の一つの溝が形成されることとなる。刃具110の幅はあくまで例示であり、この範囲以外の数値であってもよい。
【0016】
振動部120は、刃具110を第1の方向K1に振動させる超音波振動装置である。
図1に示すように、振動部120は、刃具110を第1の方向K1に往復振動させる。つまり、振動部120は、縦方向に振動する。振動部120は、例えば、ボルト締めランジュバン型振動子(Bolt−clamped Langevin−type Transducer:BLT)である。振動部120は、BLTに接合された振幅拡大用ホーンであってもよい。振動部120は、その他の振動装置であってもよい。
【0017】
そして、テーブル130は、刃具110による加工時に被加工物WP1を搬送するためのものである。テーブル130は、被加工物WP1を平均切削方向J1の逆方向に向かって移動させる。これにより、被加工物WP1は、刃具110により平均切削方向J1の向きに順次加工される。
【0018】
1−2.各部材の相互関係
ここで、説明の便宜上、平均切削方向J1をx軸方向の正方向と定義する。実際には、振動部120の平均位置は、装置に対して固定されており、被加工物WP1がx軸方向の負方向に搬送されるようになっていればよい。本実施形態では、刃具110の切れ刃幅の方向をxy平面に射影すると、xy平面に射影した刃具110の切れ刃幅の方向はy軸方向と平行である。本実施形態では、第1の方向K1は、xz平面内にある。つまり、第1の方向K1をxy平面に射影すると、xy平面に射影した第1の方向K1はx軸方向(平均切削方向J1)と平行である。
【0019】
図1に示すように、刃具110の平均切削方向J1と第1の方向(振動方向)K1とは、角度θで交差している。つまり、第1の方向K1がx軸方向となす角の角度はθである。第1の方向K1がz軸方向となす角の角度は90°−θである。このとき、平均切削方向J1および第1の方向K1のいずれも、xz平面内にある。
【0020】
微細加工装置100において、刃具110の平均切削方向J1と第1の方向K1との間のなす角θの角度は、20°以上120°以下である。好ましくは、角θの角度は、35°以上85°以下である。さらに好ましくは、角θの角度は、45°以上70°以下である。
【0021】
2.加工方法
次に、微細加工装置100を用いた加工方法について説明する。
【0022】
図2は、刃具110と振動方向との間の関係を示す図である。微細加工装置100の平均切削速度は、次式
v・cosα < 2πaf・cos(θ+α) ………(1)
v:平均切削速度
a:超音波振動の片振幅
f:超音波振動の周波数
θ:刃具の平均切削方向と第1の方向との間のなす角の角度
α:刃具の平均切削方向と第1の方向とを含む面内で視たすくい角
(刃先が鋭くなる側を正、鈍くなる側を負とする)
を満たす。なお、
図2中のすくい角αは負である。
【0023】
また、平均切削速度は、次式
λ=v/f ………(2)
λ:凹凸のピッチ間隔
を満たす。ここで、平均切削速度とは、刃具110の振動の振幅の中心が、移動する速度のことである。
【0024】
振動部120の片振幅は、式(1)を十分に満足するように大きいことが望ましい。振動部120の振動数は、装置に問題がない範囲で高いことが好ましい。式(2)に示すように、振動部120の振動数が大きいほど、速い平均切削速度を設定することができるからである。振動部120の振動数は、例えば、100Hz以上100MHz以下であるとよい。より好ましくは、可聴域を超える17kHz以上であるとよい。
【0025】
ここで、2πaf・cos(θ+α)は、振動部120が刃具110をすくい面に垂直な方向に振動させる速度である。v・cosαは、平均切削速度vのすくい面に垂直な方向の速度成分である。この加工条件で、振動する刃具110により被加工物WP1の表面に微細な凹凸を加工する。
【0026】
なお、角度θは90°より大きくてもよい。角度θが逃げ角ζより大きい場合には、前回の振動ですくい面を転写した斜面を歪めるおそれがある。しかし、その塑性変形は微小である。したがって、角度θは90°より大きく120°までとってよい。
【0027】
また、好ましくは、次式
3v・cosα < 2πaf・cos(θ+α) ………(3)
を満たすとよい。より好ましくは、次式
10v・cosα < 2πaf・cos(θ+α) ………(4)
を満たすとよい。式(1)の右辺が左辺に比べて十分大きいほど、刃具110のすくい面が被加工物WP1の表面に好適に転写されると考えられるからである。
【0028】
図3は、式(1)を十分に満たす場合の被加工物WP1の表面を示す図である。この場合には、微細加工装置100が刃具110を十分に速い速度で引く瞬間がある。そのため、刃具110が被加工物WP1から一旦は離れる。そのため、式(1)を十分に満たす場合には間欠的な切削が実施される。この場合には、すくい面が転写された面の少なくとも一部が、被加工物WP1に残留する。さらに、式(1)の右辺が左辺に比べて十分に大きい場合には、このすくい角の角度を持つ面が凹凸の頂部WP1aにまで至る。そのため、
図3に示すように、被加工物WP1の凹凸の頂部WP1aを鋭く加工することができる。
【0029】
図4は、式(1)を満たさない場合の被加工物WP1の表面を示す図である。この場合には、微細加工装置100が刃具110を引く速度が十分な大きさではない。そのため、刃具110は、被加工物WP1から離れることなく連続的に切削する。そして、
図4に示すように、被加工物WP1の凹凸にはすくい面は転写されず、工具刃先の運動軌跡のみが転写される。その結果、被加工物WP1の頂部WP1bはなだらかになってしまう。そして、この場合には、刃具110の先端が、生成されたばかりで活性な被加工物WP1の新生面と接触し続ける。例えば、刃具110がダイヤモンドカッターで被加工物WP1が鉄系材料である場合には、炭素原子が活性な新生面に固溶し拡散する。したがって、刃具110が早期に摩耗するおそれがある。
【0030】
3.加工後の被加工物
図5は、微細加工装置100により加工された後の被加工物WP1の表面を模式的に示す図である。加工後の被加工物WP1の表面は、頂部D1と、溝D2と、斜面D3と、斜面D4と、を有する。頂部D1は、ストライプ状に形成されている。頂部D1は、一筋の尾根形状である。頂部D1は、斜面D3と斜面D4との間に挟まれている。溝D2は、一筋の溝形状である。溝D2は、斜面D3と斜面D4との間に挟まれている。
【0031】
頂部D1および溝D2は、周期的に形成されている。溝D2の深さは、0.1μm以上0.5μm以下の程度である。溝D2のピッチ間隔λは、0.1μm以上0.5μm以下の程度である。ピッチ間隔λの数値は、式(2)に示すように、超音波振動の周波数fおよび平均切削速度vを調整することにより設定することができる。さらに溝D2の深さは、すくい角αと角度θと超音波振動の片振幅aとを調整することにより設定することができる。
【0032】
4.本実施形態の効果
図5に示すように、本実施形態の微細加工装置100は、被加工物WP1の表面に周期的かつ微細な溝D2を形成する。これにより、被加工物WP1の表面は親水性もしくは撥水性を示す。親水性を呈するか撥水性を呈するかについては、被加工物WP1の材料や、表面の形状およびその寸法による。親水性の材料に溝D2を形成した場合には、その材料の表面はより強い親水性を呈する傾向がある。撥水性の材料に溝D2を形成した場合には、その材料の表面はより強い撥水性を呈する傾向がある。また、被加工物WP1がレンズ等である場合には、そのレンズは反射防止機能を有する。また、ベアリング等の摺動部材の表面を加工することもできる。
【0033】
本実施形態の微細加工装置100は、1パスの加工によって、刃具110の幅と同程度までの長さの頂部D1および溝D2を形成することができる。刃具110の1周期の間に、頂部D1および溝D2が一つずつ形成されることとなる。そのため、微細加工装置100の加工能率は十分に速い。特に、横幅の広い刃具110を用いれば、加工能率はその分だけ速い。このように、微細加工装置100は、被加工物WP1の表面に高能率かつ高精度で微細加工を行うことができる。また、被加工物WP1の幅が刃具110の幅より大きい場合には、複数の加工パスを繰り返せばよい。
【0034】
5.変形例
5−1.2方向からの加工
図5は、刃具110により一方向から被加工物WP1の表面を加工した図である。しかし、被加工物WP1の表面を2方向以上から切込み深さを変えずに加工してもよい。例えば、2方向から被加工物WP1の表面を加工すると、四角形を底面とする四角錐体の凸部を被加工物WP1の表面に形成することができる。例えば、3方向から被加工物WP1の表面を加工すると、三角錐体の凸部を被加工物WP1の表面に形成することができる。
【0035】
5−2.刃具の凹凸形状
図6に示すような刃具210を用いてもよい。刃具210の先端には、凹凸部211が形成されている。凹凸部211は、刃具210の横幅W1の方向に形成されている。そのため、刃具210により1方向から被加工物WP1の表面を加工すると、凹凸部211の凸部の数に応じた凹部が被加工物WP1の表面に形成される。もちろん、振動部120の振動による微細加工も被加工物WP1の表面に同時に形成される。
【0036】
図7に示すように、平坦面311のある刃具310を用いてもよい。刃具310の先端部には微小な平坦面311が形成されている。この刃具310を用いることにより、被加工物WP1の表面には底面WP1cと凸部とを有する微細構造が転写されることとなる。刃具310の平坦面311は、加工時に被加工物WP1を切り屑として除去せずに、接触箇所を被加工物WP1に向けて押し込む。そのため、被加工物WP1に対する加工力が若干増加する。しかし、刃具310の平坦面311の幅は非常に狭いため、被加工物WP1における刃具310と接触する箇所(底面WP1cに相当する)は問題なく塑性変形する。
【0037】
5−3.曲面の加工
本実施形態では、被加工物WP1の表面は平面である。しかし、被加工物WP1が曲面を有していたとしても、その曲面に微細凹凸加工をすることができる。例えば、テーブル130を曲面を描くように動かせばよい。
【0038】
5−4.仕上げ加工
本実施形態の微細加工装置100は、被加工物WP1の表面に微細な凹凸を形成するのと同時に、被加工物WP1の表層を削る仕上げ加工を行うことができる。被加工物WP1の表面が切削加工や研削加工を実施した後のやや粗い面であったとしても、本実施形態の加工方法を用いることにより、被加工物WP1の表面を鏡面または虹面に仕上げることができる。
【0039】
5−5.第1の方向
本実施形態では、第1の方向K1をxy平面に射影すると、xy平面に射影した第1の方向K1はx軸方向(平均切削方向J1)と平行である。しかし、xy平面に射影した第1の方向K1が、x軸方向に対して所定の角度δで傾斜していてもよい。ただし、実施形態のように角度δが0°であるほうが深い凹凸形状を形成することができる。なお、角度δが0°でない場合には、第1の方向K1をxz平面に射影して角度θを定義すればよい。
【0040】
5−6.切れ刃幅の方向
本実施形態では、刃具110の切れ刃幅の方向をxy平面に射影すると、xy平面に射影した刃具110の切れ刃幅の方向はy軸方向と平行であると仮定して説明した。しかし、刃具110の切れ刃幅の方向を上記以外に設定してもよい。つまり、刃具110の切れ刃幅の方向をxy平面に射影すると、xy平面に射影した刃具110の切れ刃幅の方向はy軸に対して所定の角度γをなしていてもよい。その場合には、被加工物WP1に形成される溝のピッチ間隔は、λcosγになる。
【0041】
5−7.刃具の取付
図1では、刃具110は、振動部120に対して所定の角度で取り付けられている。しかし、形成する凹凸の形状に応じて、振動部120に対する刃具110の角度を自由に変更できるとよい。微細加工装置100は、振動部120に対して刃具110を取り付ける角度を自由に変更できるようにするための接続部を有するとよい。刃具110の取り付ける角度が変わると、すくい角が変わる。
【0042】
5−8.その他の変形例
上記の変形例を自由に組み合わせてもよい。
【0043】
6.本実施形態のまとめ
本実施形態の微細加工装置100は、刃具110と、振動部120と、を有する。振動部120が周期的に振動するため、刃具110は、被加工物WP1の表面に微細加工を行うことができる。また、式(2)に示すように、振動周波数の高い振動部120を用いることにより、凹凸のピッチ間隔λに対して十分に速い平均切削速度vを設定することができる。
【0044】
(第2の実施形態)
第2の実施形態について説明する。第2の実施形態の被加工物は、金型である。
【0045】
1.金型の製造方法
1−1.金型部品の成形工程
まず、金型部品を成形する。そのために例えば、マシニングセンターまたは超精密加工機等の加工装置を用いればよい。
【0046】
1−2.微細加工工程
次に、微細加工装置100を用いて金型部品の内側に微細加工を施す。加工の詳細については、第1の実施形態で説明したとおりである。つまり、第1の実施形態で説明した加工条件で、振動する刃具110により金型の表面に微細な凹凸を加工する。
【0047】
1−3.その他の工程
また、微細加工後の凹凸形状を電鋳などの工程で転写したものを金型として用いてもよい。金型部品に熱処理を施す熱処理工程等を適宜行ってもよい。また、金型部品を研磨する研磨工程を実施してもよい。また、その他の工程を実施してもよい。
【0048】
2.変形例
2−1.刃具の凹凸形状
図7に示すように、先端に平坦面311のある刃具310を用いてもよい。その場合には、金型の微細溝に平坦な底面WP1cが形成される。この金型の底面WP1cは、金型により成形される製品に凸部を転写するためのものである。金型に底面WP1cがあるため、製品の凸部の頂部はある程度平坦である。そのため、製品の表面が傷つきにくい。また、平坦面311の代わりに丸みを持つ刃具を用いてもよい。その場合には、成形品の凸部の頂部が丸みを持つ。したがって、製品の表面が傷つきにくい。
【0049】
2−2.その他の変形例
変形例を含む第2の実施形態と、変形例を含む第1の実施形態とについて、自由に組み合わせてもよい。
【実施例】
【0050】
1.装置のセットアップ
第1の方向K1と平均切削方向J1との間のなす角の角度θを45°とした。刃具110は、ダイヤモンドカッターであった。振動部120の振動周波数は35kHz、全振幅は約5μmであった。送り速度(切削速度)は1m/minであった。
【0051】
2.その他の加工条件
被加工物WP1は、銅合金であった。ピッチ間隔は、約0.5μmであった。
【0052】
3.結果
図8は、被加工物WP1の表面の顕微鏡写真である。
図8に示すように、被加工物WP1の表面には、周期的な凹凸が形成されている。
【0053】
図9は、被加工物WP1の表面を示す写真である。
図9に示すように、適当な角度から被加工物WP1を視ると、表面が虹色の光沢を示している。または、被加工物WP1の表面が鏡面の場合もある。