(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来、車両の左右の車輪に差動を許容して駆動力を配分するディファレンシャル装置(差動装置)には、相対回転可能な回転部材間の差動を規制する噛み合いクラッチを備えたものがある(例えば、特許文献1,2参照)。
【0003】
特許文献1に記載のディファレンシャル装置は、四輪駆動車の前輪側に配置され、相対回転可能なアウタデフケース及びインナデフケースを備えている。アウタデフケースの外周にはリングギヤが固定され、インナデフケースにはピニオンシャフトが固定されている。インナデフケースの内部には、ピニオンシャフトに軸支された一対のピニオンギヤ、及び一対のピニオンギヤにギヤ軸を直交させて噛合する一対のサイドギヤが収容されている。
【0004】
インナデフケースとアウタデフケースとは、噛み合いクラッチ(ドッグクラッチ)の作動時に相対回転が規制され、噛み合いクラッチの非作動時には相対回転が許容される。噛み合いクラッチは、電磁コイルの磁力を受けて軸方向に移動するプランジャと、プランジャによって押圧されるクラッチ部材とを有している。クラッチ部材は、複数の扇形脚部と、インナデフケースに噛み合う複数の噛み合い歯とを一体に有し、リターンスプリングによってインナデフケースから離間する方向に付勢されている。クラッチ部材の複数の扇形脚部は、それぞれアウタデフケースの扇形孔に挿通されている。扇形脚部の周方向端面と、この周方向端面に対向する扇形孔の端縁とは、互いに平行に軸線方向に対して傾斜している。この構成により、アウタデフケースの扇形孔及びクラッチ部材の扇形脚部がカム機構を構成し、クラッチ部材は、このカム機構の推力によってインナデフケースとの噛み合い方向への押圧力を受ける。
【0005】
特許文献2に記載のディファレンシャル装置は、車軸を挿通させる挿通孔が形成された円板状のリングギヤと、リングギヤの側面に固定されたデフケースと、デフケースに収容された一対のピニオンギヤ及び一対のサイドギヤとを有している。また、特許文献2に記載のディファレンシャル装置は、リングギヤ及びデフケースと一方のサイドギヤとの相対回転を規制するための構成として、モータを有するアクチュエータと、アクチュエータによって軸方向に移動するフォーク状の操作金具と、操作金具と共に軸方向に移動する環状のデフロックスライダと、デフロックスライダとの間に配置された押付バネを介して操作金具からの操作力を受けるクラッチ部材と、リングギヤの本体部とクラッチ部材との間に設けられた複数のボール部材とを有している。ボール部材は、リングギヤの本体部に形成された椀状凹部に一部が収容されると共に、クラッチ部材に形成された椀状凹部に一部が収容され、リングギヤ及びクラッチ部材と共にボールカム機構を構成する。
【0006】
クラッチ部材は、デフケースのバネ受け部との間に配置された復帰バネによって一方のサイドギヤから離間する方向に付勢されている。また、クラッチ部材は、一方のサイドギヤに噛み合う複数の噛み合い歯と、リングギヤに形成された複数の操作孔にそれぞれ挿通された複数のロックピンとを一体に有している。ロックピンの先端部は、デフロックスライダのピン孔に摺動可能に嵌合されている。電動モータの正転によるアクチュエータの作動によって操作金具が軸方向に移動すると、クラッチ部材が押付バネによってサイドギヤ側に押し付けられ、クラッチ部材とリングギヤとの相対回転によってボールカム機構が作動する。そして、ボールカム機構の推力によってクラッチ部材がサイドギヤ側により強く押し付けられ、クラッチ部材の複数の噛み合い歯がサイドギヤに噛み合う。
【0007】
このように、特許文献2に記載のディファレンシャル装置は、電動モータの正転によってクラッチ部材が一方のサイドギヤにデフロックスライダ及び押付バネを介して押し付けられ、ボールカム機構が作動してクラッチ部材と一方のサイドギヤとが噛み合う。また、電動モータを逆転させることで、クラッチ部材が一方のサイドギヤから離間し、クラッチ部材と一方のサイドギヤとの噛み合いが解除される。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[実施の形態]
本発明の実施の形態について、
図1乃至
図5を参照して説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、本発明を実施する上での好適な具体例として示すものであり、技術的に好ましい種々の技術的事項を具体的に例示している部分もあるが、本発明の技術的範囲は、この具体的態様に限定されるものではない。
【0018】
図1は、本発明の実施の形態に係る差動装置の構成例を示す断面図である。
図2は、差動装置の分解斜視図である。
図3(a)及び(b)は、差動装置の押圧機構を構成するクラッチ部材の斜視図である。
図4(a)及び(b)は、差動装置の一部を拡大して示す断面図である。
【0019】
この差動装置1は、エンジンや電動モータからなる車両の駆動源の駆動力を一対の出力軸に差動を許容して配分するために用いられる。より具体的には、本実施の形態に係る差動装置1は、例えば駆動源の駆動力を左右の車輪に配分するディファレンシャル装置として用いられ、入力された駆動力を一対の出力軸としての左右のドライブシャフトに配分する。なお、以下の説明では、便宜上、
図1の右側及び左側を単に「右側」及び「左側」という場合があるが、この「右側」及び「左側」は、必ずしも車両に搭載された状態における車幅方向の左右をいうものではない。
【0020】
差動装置1は、デフケース2と、デフケース2に収容された第1サイドギヤ31及び第2サイドギヤ32と、第1ピニオンギヤ41及び第2ピニオンギヤ42を互いに噛み合せてなる複数(本実施の形態では5組)のピニオンギヤ組40と、デフケース2と第1サイドギヤ31との間でトルクを伝達することが可能なクラッチ部材5と、クラッチ部材5に押力圧を付与する押圧機構10とを備える。デフケース2、第1サイドギヤ31、クラッチ部材5、及び押圧機構10は、噛み合いクラッチ11を構成する。
【0021】
第1サイドギヤ31は右側に、第2サイドギヤ32は左側に、それぞれ配置されている。第1サイドギヤ31及び第2サイドギヤ32は筒状であり、第1サイドギヤ31の内周面には一方の出力軸が相対回転不能に連結されるスプライン嵌合部310が形成され、第2サイドギヤ32の内周面には他方の出力軸が相対回転不能に連結されるスプライン嵌合部320が形成されている。
【0022】
デフケース2、第1サイドギヤ31、及び第2サイドギヤ32は、共通の回転軸線Oを中心として、互いに相対回転可能に配置されている。以下、回転軸線Oに平行な方向を軸方向という。
【0023】
デフケース2は、駆動源の駆動力が入力される入力回転部材として機能し、第1サイドギヤ31及び第2サイドギヤ32は、それぞれ第1出力ギヤ及び第2出力ギヤとして機能する。デフケース2には、各ピニオンギヤ組40の第1ピニオンギヤ41及び第2ピニオンギヤ42を回転可能に保持する複数の保持孔20が形成されている。第1ピニオンギヤ41及び第2ピニオンギヤ42は、回転軸線Oを中心として公転すると共に、それぞれの中心軸を回転軸として保持孔20内で自転可能である。
【0024】
第1サイドギヤ31及び第2サイドギヤ32は、共通の外径を有し、外周面には複数の斜歯からなる歯車部311,321がそれぞれ形成されている。第1サイドギヤ31と第2サイドギヤ32との間には、センタワッシャ81が配置されている。また、第1サイドギヤ31の右側にはサイドワッシャ82が配置され、第2サイドギヤ32の左側にはサイドワッシャ83が配置されている。
【0025】
第1ピニオンギヤ41は、長歯車部411と、短歯車部412と、長歯車部411と短歯車部412とを軸方向に連結する連結部413とを一体に有している。同様に、第2ピニオンギヤ42は、長歯車部421と、短歯車部422と、長歯車部421と短歯車部422とを軸方向に連結する連結部423とを一体に有している。
【0026】
第1ピニオンギヤ41は、長歯車部411が第1サイドギヤ31の歯車部311及び第2ピニオンギヤ42の短歯車部422と噛み合い、短歯車部412が第2ピニオンギヤ42の長歯車部421と噛み合っている。第2ピニオンギヤ42は、長歯車部421が第2サイドギヤ32の歯車部321及び第1ピニオンギヤ41の短歯車部412と噛み合い、短歯車部422が第1ピニオンギヤ41の長歯車部411と噛み合っている。なお、
図2では、これら各歯車部の斜歯の図示を省略している。
【0027】
第1サイドギヤ31及び第2サイドギヤ32が同じ速度で回転する場合、第1ピニオンギヤ41及び第2ピニオンギヤ42は、保持孔20内で自転することなくデフケース2と共に公転する。また、例えば車両の旋回時等において第1サイドギヤ31及び第2サイドギヤ32の回転速度が異なると、第1ピニオンギヤ41及び第2ピニオンギヤ42が保持孔20内で自転しながら公転する。これにより、デフケース2に入力された駆動力が第1サイドギヤ31及び第2サイドギヤ32に差動を許容して配分される。なお、デフケース2が本発明の「第1回転部材」に、第1サイドギヤ31が本発明の「第2回転部材」に、第2サイドギヤ32が本発明の「第3回転部材」に、それぞれ相当する。
【0028】
クラッチ部材5は、デフケース2と第1サイドギヤ31とを相対回転不能に連結する連結位置、及びデフケース2と第1サイドギヤ31との相対回転を許容する非連結位置との間を軸方向に移動する。
図4(a)は、クラッチ部材5が非連結位置にある状態を、
図4(b)は、クラッチ部材5が連結位置にある状態を、それぞれ示している。
【0029】
クラッチ部材5が連結位置にあるとき、デフケース2と第1サイドギヤ31との差動が規制されることにより、第1ピニオンギヤ41及び第2ピニオンギヤ42が自転不能となり、デフケース2と第2サイドギヤ32との差動も規制される。クラッチ部材5は、第1サイドギヤ31との間に配置された復帰バネ84によって、非連結位置に向かって付勢されている。
【0030】
押圧機構10は、電磁力を発生させる電磁石6と、電磁石6の磁力によって軸方向に移動し、クラッチ部材5を押圧して軸方向に移動させるプランジャ7とを有する。電磁力石6は、円筒状の電磁コイル60と、電磁コイル60への通電によって発生する磁束の磁路となるヨーク61とを有する。電磁コイル60は、通電によりクラッチ部材5を軸方向に移動させる磁力を発生する。
【0031】
ヨーク61は、電磁コイル60の内周面に対向する内環部611と、電磁コイル60の外周面に対向する外環部612と、電磁コイル60の軸方向の両端面にそれぞれ対向する第1及び第2軸端部613,614とを有している。第1軸端部613は電磁コイル60の左側の端部に対向し、第2軸端部614は電磁コイル60の右側の端部に対向する。本実施の形態では、ヨーク61が、内環部611及び第1軸端部613を有する内側部材62と、外環部612及び第2軸端部614を有する外側部材63とからなり、内側部材62と外側部材63とが溶接により一体化されている。
【0032】
ヨーク61の内環部611には、電磁コイル60の磁束の磁路が不連続となる不連続部611aが周方向に沿って形成されている。本実施の形態では、ヨーク61の内環部611の軸方向長さが外環部612の軸方向長さよりも短く、内環部611の軸方向の端部と第2軸端部614との間に形成された空隙が不連続部611aとなっている。
【0033】
また、内環部611には、不連続部611aよりも第1軸端部613側の内周面に、径方向の切れ込み611bが形成されている。この切れ込み611には、非磁性体からなる扇状の複数(本実施の形態では3つ)の固定板85の外周端部が嵌合している。
図2では、このうち2つの固定板85を示している。それぞれの固定板85は、ピン86によってデフケース2に固定されている。ヨーク61は、固定板85が切れ込み611bに嵌合することで、デフケース2に対する軸方向の位置が固定されている。
【0034】
プランジャ7は、軟磁性体からなる環状の磁性体コア70と、磁性体コア70と一体に軸方向に移動してクラッチ部材5を押圧する非磁性体からなる押圧部材71とを有する。磁性体コア70は、ヨーク61の不連続部611aを挟む両端部のうち少なくとも一方の端部と軸方向に対向する。本実施の形態では、磁性体コア70の外周側の一部が、ヨーク61の内環部611における第2軸端部614側の端部と軸方向に対向する。
【0035】
より具体的には、磁性体コア70の左側の端部における外周側の一部に軸方向に対して傾斜した傾斜面70aが形成され、ヨーク61の内環部611における不連続部611a側の軸方向の端部には、磁性体コア70の傾斜面70aと平行に軸方向に対して傾斜した傾斜面611cが形成されている。磁性体コア70の傾斜面70aは、ヨーク61の内環部611における傾斜面611cと軸方向に対向している。また、磁性体コア70の外周面70bは、ヨーク61の第2軸端部614の内周側の端部に対向している。
【0036】
押圧部材71は、磁性体コア70の軸方向端面に対向する環状板部711と、磁性体コア70の内周面に対向する円筒状板部712と、円筒状板部712から軸方向に延出され、クラッチ部材5の軸方向端面(後述する係合部53の先端面53b)に当接してクラッチ部材5を押圧する複数(本実施の形態では3つ)の延出部713とを有している。
【0037】
デフケース2は、複数のネジ200によって互いに固定された第1ケース部材21及び第2ケース部材22と、第1ケース部材21に固定され、プランジャ7を軸方向に案内する複数(本実施の形態では3本)の柱状のガイド部材23とを有している。プランジャ7は、ガイド部材23に案内されてデフケース2に対して軸方向に移動可能である。
【0038】
ガイド部材23は、例えばオーステナイト系ステンレスやアルミニウムからなる非磁性体であり、
図4(a)及び(b)に示すように、円柱状の軸部231と、軸部231の一端部に設けられた抜け止め部232とを一体に有している。プランジャ7には、ガイド部材23の軸部231を挿通させる挿通孔7aが複数箇所(本実施の形態では3箇所)に形成されている。挿通孔7aは、軸方向に延びて磁性体コア70及び押圧部材71を軸方向に貫通している。
【0039】
ガイド部材23の軸部231は、プランジャ7の挿通孔7aの内径よりも僅かに小さな外径を有し、その中心軸に沿う長手方向が回転軸線Oと平行である。抜け止め部232は、プランジャ7の挿通孔7aの内径よりも大きな外径を有する円板状であり、プランジャ7のクラッチ部材5とは反対側の端部に当接してプランジャ7を抜け止めする。
【0040】
第1ケース部材21は、複数のピニオンギヤ組40を回転可能に保持する円筒状の円筒部211と、円筒部211の一端部から内方に延在する底部212と、第2ケース部材22に突き当てられるフランジ部213とを一体に有している。円筒部211と底部212との間の角部には、電磁石6が装着される環状凹部210が形成されている。
【0041】
第1サイドギヤ31及び第2サイドギヤ32は、円筒部211の内側に配置されている。また、第1ケース部材21は、ヨーク61よりも透磁率が低い金属からなり、フランジ部213には図略のリングギヤが固定される。デフケース2は、リングギヤから伝達される駆動力により回転軸線Oを中心として回転する。リングギヤは、第1ケース部材21の底部212側からデフケース2に装着される。この際、電磁石6は環状凹部210に収容され、電磁石6の外径が第1ケース部材21の円筒部211の外径と同等であるので、電磁石6を固定したままリングギヤを装着することができる。
【0042】
第1ケース部材21の底部212には、
図2に示すように、ガイド部材23の軸部231の一端部が圧入される複数の圧入孔212aと、押圧部材71の延出部713を挿通させる複数の挿通孔212bとが形成されている。挿通孔212bは、底部212を軸方向に貫通している。本実施の形態では、3つの圧入孔212a及び3つの挿通孔212bが、底部212の周方向に沿って等間隔に形成されている。
図2では、このうち2つの圧入孔212aと1つの挿通孔212bとを示している。
【0043】
電磁コイル60に通電されると、
図4(b)に破線で示す磁路Gに磁束が発生し、磁性体コア70の傾斜面70aがヨーク61の内環部611における傾斜面611cに近づくように、プランジャ7が内環部611に引き寄せられる。これにより、磁性体コア70が磁力を受けて押圧部材71の延出部713の先端部がクラッチ部材5の軸方向端面に当接し、クラッチ部材5を押圧する。
【0044】
クラッチ部材5は、その最外径(最も外側の部分の直径)が、ヨーク61の内径(内環部611の最小径)よりも小さく、ヨーク61の内側に配置されている。また、クラッチ部材5は、
図3に示すように、一方の軸方向端面51aに複数の椀状凹部510が形成された円環板状の円板部51と、第1サイドギヤ31と軸方向に対向する円板部51の他方の軸方向端面51bに形成された噛み合い部52と、円板部51の一方の軸方向端面51aから軸方向に突出して形成された台形柱状の係合部53とを一体に有している。
【0045】
円板部51は、電磁石6が装着される環状凹部210の径方向内側に配置されている。円板部51の一方の軸方向端面51aは、第1ケース部材21の底部212と軸方向に対向する。係合部53は、第1ケース部材21の底部212に形成された挿通孔212bに一部が挿入されている。噛み合い部52には、軸方向に突出する複数の噛み合い歯521が形成されている。複数の噛み合い歯521は、円板部51の他方の軸方向端面51bの外周側の一部に形成され、噛み合い部52よりも内側の軸方向端面51bは、復帰バネ84が当接して非連結位置への付勢力を受ける平坦な受け面として形成されている。
【0046】
第1サイドギヤ31には、歯車部311よりも外周側に突出して設けられた環状壁部312に、クラッチ部材5の複数の噛み合い歯521に噛み合う複数の噛み合い歯313が形成されている。
【0047】
クラッチ部材5は、プランジャ7に押圧されて軸方向に移動することで、噛み合い部52の複数の噛み合い歯521が第1サイドギヤ31の複数の噛み合い歯313に噛み合う。つまり、クラッチ部材5と第1サイドギヤ31とは、クラッチ部材5が第1サイドギヤ31側に移動したとき、複数の噛み合い歯521,313同士の噛み合いによって相対回転不能に連結される。
【0048】
第1ケース部材21は、クラッチ部材5の係合部53が周方向に係合する被係合部が、挿通孔212bによって形成されている。クラッチ部材5の係合部53は、挿通孔212bの内面212c(
図2参照)に当接して第1ケース部材21からのトルクを受ける当接面53aを有している。当接面53aは、係合部53における周方向の端面である。係合部53の当接面53a、及びこの当接面53aが当接する挿通孔212bの内面212cは、回転軸線Oと平行な平坦面である。クラッチ部材5が第1ケース部材21からのトルクを受けるとき、係合部53の当接面53aは、挿通孔212bの内面212cに面接触する。
【0049】
また、係合部53の先端面53bは、押圧部材71の延出部713の先端部が当接する被押圧面として形成されている。電磁コイル60に通電されたとき、プランジャ7は、押圧部材71の延出部713が係合部53の先端面53bに当接して、クラッチ部材5を第1サイドギヤ31の環状壁部312側に押圧する。
【0050】
椀状凹部510の内面510aは、第1ケース部材21との相対回転によって軸方向のカム推力を発生させるカム面として形成されている。換言すれば、クラッチ部材5は、円板部51における第1ケース部材21の底部212との対向面(一方の軸方向端面51a)の一部がカム面として形成されている。
【0051】
図1に示すように、第1ケース部材21の底部212には、椀状凹部510の内面510aに当接する突起212dが軸方向に突出して設けられている。本実施の形態では、この突起212dが、底部212に固定された球体24によって形成されている。球体24は、その一部が底部212に設けられた軸方向の窪み212eに収容されて、第1ケース部材21に保持されている。ただし、突起212dを、底部212の一部として一体に形成してもよい。この場合でも、突起212dの先端部は球面状であることが望ましい。
【0052】
底部212の挿通孔212bは、周方向の幅がクラッチ部材5の係合部53の周方向の幅よりも広く、デフケース2とクラッチ部材5とは、挿通孔212bの周方向幅と係合部53の周方向幅との差に応じた所定の角度範囲で相対回転可能である。クラッチ部材5には、この所定の角度範囲よりも大きい角度範囲に亘って、椀状凹部510の内面510aが形成されている。これにより、クラッチ部材5がデフケース2に対して相対回転しても、突起212d(球体24)の先端部が常に椀状凹部510に収容されて内面510aと軸方向に向かい合う。
【0053】
第1ケース部材21の底部212の突起212dとクラッチ部材5の円板部51の椀状凹部510とは、クラッチ部材5を底部212から離間させる軸方向の推力を発生させるカム機構12を構成する。次に、
図5を参照して、このカム機構12の動作について説明する。
【0054】
図5(a)〜(c)は、カム機構12の動作を、クラッチ部材5、第1ケース部材21の底部212、及び第1サイドギヤ31の環状壁部312の周方向断面で模式的に示す説明図である。
図5(a)及び(b)では、デフケース2(第1ケース部材21)に対する第1サイドギヤ31の回転方向を矢印Aで示している。
【0055】
図5(a)に示すように、椀状凹部510の内面510aは、クラッチ部材5の周方向に対して一方に傾斜した第1傾斜面510bと、クラッチ部材5の周方向に対して他方に傾斜した第2傾斜面510cとからなる。クラッチ部材5の周方向に対する第1傾斜面510bの傾斜角と第2傾斜面510cの傾斜角とは同じである。
【0056】
クラッチ部材5の噛み合い歯521、及び第1サイドギヤ31の噛み合い歯313は、共に断面台形状である。周方向に隣り合う噛み合い歯313の間には、クラッチ部材5の噛み合い歯521が嵌合する複数の凹部313aが形成されている。クラッチ部材5の噛み合い歯521の歯面521a、及び第1サイドギヤ31の噛み合い歯313の歯面313bは、クラッチ部材5及び第1サイドギヤ31の周方向に対して斜めに傾斜している。
【0057】
クラッチ部材5の椀状凹部510における第1傾斜面510b及び第2傾斜面510cの傾斜角(カム角)をα、クラッチ部材5の周方向に対する噛み合い歯521の歯面521aの傾斜角をβ、第1サイドギヤ31の周方向に対する噛み合い歯313の歯面313bの傾斜角をγとすると、β=γであり、αはβ及びγよりも小さい。これにより、カム機構12が作動してクラッチ部材5の噛み合い歯521が第1サイドギヤ31の噛み合い歯313に噛み合ったとき、カム機構12のカム推力が噛み合い歯521,313の噛み合い反力よりも大きくなり、この噛み合い反力によってクラッチ部材5が第1ケース部材21の底部212側に押し戻されることがない。
【0058】
電磁コイル60に通電されていないとき、クラッチ部材5は、復帰バネ84の付勢力によって第1ケース部材21の底部212側に押し付けられている。この状態を
図5(a)に示す。
図5(a)に示すように、底部212の突起212dは、椀状凹部510の最奥部に当接し、クラッチ部材5の噛み合い歯521と第1サイドギヤ31の噛み合い歯313とは噛み合わない。この状態では、デフケース2と第1サイドギヤ31とが相対回転可能であり、デフケース2に入力されたトルクが第1サイドギヤ31及び第2サイドギヤ32に差動を許容して配分される。
【0059】
電磁コイル60に通電されると、プランジャ7の押圧部材71がクラッチ部材5を押圧し、その後カム機構12が作動して、クラッチ部材5が第1サイドギヤ31に噛み合う。
図5(b)は、この噛み合いの開始時の状態を示し、
図5(c)は、噛み合いが完了した状態を示している。
【0060】
図5(b)に示すように、電磁コイル60に通電されてクラッチ部材5がプランジャ7の押圧部材71に押圧されると、まずクラッチ部材5の噛み合い歯521及び第1サイドギヤ31の噛み合い歯313の先端部同士が噛み合う。この噛み合いにより、クラッチ部材5が第1サイドギヤ31に連れ回りしてデフケース2と相対回転し、底部212の突起212dが椀状凹部510の第1傾斜面510b又は第2傾斜面510cを摺動する。
図5(b)では、底部212の突起212dが椀状凹部510の第1傾斜面510bを摺動する場合を示している。この摺動により、底部212の突起212dが当接する部分が徐々に椀状凹部510の浅い部分に移動し、クラッチ部材5がカム推力によって第1サイドギヤ31側に移動する。これにより、クラッチ部材5の噛み合い歯521と第1サイドギヤ31の噛み合い歯313との噛み合い深さ(噛み合い歯521,313が軸方向にオーバーラップする距離)d
1が徐々に深くなる。
【0061】
デフケース2に対するクラッチ部材5の相対回転は、クラッチ部材5の係合部53の当接面53aが、第1ケース部材21における挿通孔212bの内面212cに接触することで規制される。つまり、
図5(c)に示すようにクラッチ部材5の係合部53の当接面53aが挿通孔212bの内面212cに当接すると、デフケース2に対するクラッチ部材5の相対回転が停止し、クラッチ部材5のデフケース2に対する軸方向移動も停止する。
【0062】
このとき、第1サイドギヤ31の噛み合い歯313の間の凹部313aの底面313cと、クラッチ部材5の噛み合い歯521の先端面521bとの間には、
図5(c)に示すように、軸方向寸法がd
2の隙間S
1が形成される。つまり、デフケース2に対してクラッチ部材5が相対回転しても、クラッチ部材5の噛み合い歯521が第1サイドギヤ31の環状壁部312に突き当たらず、カム機構12のカム推力によってクラッチ部材5が直接的に第1サイドギヤ31を軸方向に押圧することがない。また、第1サイドギヤ31の噛み合い歯313の先端面313dとクラッチ部材5の円板部51との間にも、同様に隙間S
2が形成される。
【0063】
クラッチ部材5の噛み合い歯521と第1サイドギヤ31の噛み合い歯313との噛み合いが完了した状態では、クラッチ部材5の係合部53が第1ケース部材21の挿通孔212bに係合してデフケース2とクラッチ部材5との相対回転が規制され、かつクラッチ部材5の噛み合い歯521と第1サイドギヤ31の噛み合い歯313との噛み合いによりクラッチ部材5と第1サイドギヤ31との相対回転が規制される。これにより、デフケース2と第1サイドギヤ31との相対回転が規制され、デフケース2からクラッチ部材5を介して第1サイドギヤ31にトルクが伝達される。
【0064】
このように、クラッチ部材5が第1サイドギヤ31に噛み合う方向に移動したとき、第1サイドギヤ31との噛み合い深さがカム推力によって深くなった後にクラッチ部材5の係合部53が第1ケース部材21の挿通孔212bに係合して、クラッチ部材5がデフケース2からのトルクを受ける。
【0065】
また、デフケース2と第1サイドギヤ31との差動が規制されることによって第1ピニオンギヤ41及び第2ピニオンギヤ42が自転不能となり、デフケース2と第2サイドギヤ32との差動も規制され、デフケース2から第1ピニオンギヤ41及び第2ピニオンギヤ42を介して第2サイドギヤ32にトルクが伝達される。
【0066】
図5(c)に示すように、カム機構12のカム推力をFc、電磁コイル60への通電によるプランジャ7の押圧力をFp、クラッチ部材5の噛み合い歯521と第1サイドギヤ31の噛み合い歯313との噛み合い反力をFd、復帰バネ84の付勢力をFrとすると、Fp>Frであれば、
図5(a)に示す状態から
図5(b)に示す状態に移行することができ、その後はカム機構12のカム推力Fcによってクラッチ部材5の噛み合い歯521と第1サイドギヤ31の噛み合い歯313との噛み合わせが完了する。
【0067】
クラッチ部材5の噛み合い歯521と第1サイドギヤ31の噛み合い歯313とが噛み合うことにより噛み合い反力Fdが発生するが、前述のようにα<β,γの関係にあるため、噛み合い反力Fdはカム推力Fcよりも小さい。クラッチ部材5の噛み合い歯521と第1サイドギヤ31の噛み合い歯313との噛み合いを維持するための条件は、Fd+Fr<Fc+Fpである。
【0068】
また、電磁コイル60への通電が遮断されると、クラッチ部材5は、噛み合い反力Fd及び復帰バネ84の付勢力Frにより
図5(a)に示す非連結位置に復帰する。このための条件は、Fd+Fr>Fcである。すなわち、クラッチ部材5の椀状凹部510における第1傾斜面510b及び第2傾斜面510cの傾斜角α、クラッチ部材5の噛み合い歯521の歯面521aの傾斜角β、第1サイドギヤ31の噛み合い歯313の歯面313bの傾斜角γ、電磁石6の磁力、及び復帰バネ84のバネ定数は、Fd+Fr<Fc+Fpの不等式、及びFd+Fr>Fcの不等式を満たすように設定される。
【0069】
(実施の形態の作用及び効果)
以上説明した本実施の形態によって得られる主な作用及び効果は次のとおりである。
【0070】
(1)クラッチ部材5が第1サイドギヤ31に噛み合う方向に移動したとき、クラッチ部材5の噛み合い歯521と第1サイドギヤ31の噛み合い歯313との噛み合い深さがカム機構12のカム推力によって深くなり、その後、クラッチ部材5の係合部53が第1ケース部材21の挿通孔212bに係合してクラッチ部材5がデフケース2からのトルクを受ける。このため、電磁石6は、復帰バネ84の付勢力に抗してクラッチ部材5を軸方向に移動させるだけの電磁力をプランジャ7に付与すればよく、差動装置1の大型化及び消費電力の増大を抑制することができる。
【0071】
(2)クラッチ部材5の噛み合い歯521と第1サイドギヤ31の噛み合い歯313との噛み合いが完了したとき、第1サイドギヤ31の噛み合い歯313の間の凹部313aの底面313cとクラッチ部材5の噛み合い歯521の先端面313bとの間に隙間sが形成される。これにより、カム機構12のカム推力によってクラッチ部材5が第1サイドギヤ31を軸方向に押圧することがなく、第1サイドギヤ31を支持するために必要なデフケース2の剛性を抑制することができ、デフケース2の小型化及び軽量化を図ることが可能となる。
【0072】
(3)クラッチ部材5は、係合部53が第1ケース部材21の挿通孔212bに係合してデフケース2からのトルクを受けるので、デフケース2からクラッチ部材5へのトルク伝達構造を簡素化しながら、デフケース2とクラッチ部材5との相対回転を所定の角度範囲に制限することができる。また、クラッチ部材5の係合部53における当接面53b及び第1ケース部材21の挿通孔212bの内面212cは、回転軸線Oと平行な面であり、係合部53の当接面53bと挿通孔212bの内面212cとが面接触するので、トルク伝達時の応力集中が緩和される。
【0073】
(4)第1ケース部材21の底部212の突起212dが、底部212の窪み212eに収容された球体24によって形成されているので、第1ケース部材21の加工が容易となる。
【0074】
(付記)
以上、本発明を上記実施の形態に基づいて説明したが、本発明はこの実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変形して実施することが可能である。例えば、上記実施の形態では、一対のサイドギヤ(第1サイドギヤ31及び第2サイドギヤ32)と一対のピニオンギヤ(第1ピニオンギヤ41及び第2ピニオンギヤ42)のそれぞれの回転軸が平行な平行軸タイプの差動装置に本発明を適用した場合について説明したが、これに限らず、一対のサイドギヤと一対のピニオンギヤとがギヤ軸を直交させて噛み合う構成の差動装置に本発明を適用することも可能である。