特許第6728901号(P6728901)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6728901
(24)【登録日】2020年7月6日
(45)【発行日】2020年7月22日
(54)【発明の名称】転がり軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 35/067 20060101AFI20200713BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20200713BHJP
   F16C 33/58 20060101ALI20200713BHJP
   F16C 35/063 20060101ALI20200713BHJP
【FI】
   F16C35/067
   F16C19/06
   F16C33/58
   F16C35/063
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-75143(P2016-75143)
(22)【出願日】2016年4月4日
(65)【公開番号】特開2017-187090(P2017-187090A)
(43)【公開日】2017年10月12日
【審査請求日】2019年3月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110000280
【氏名又は名称】特許業務法人サンクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】神保 友彦
【審査官】 藤村 聖子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−196798(JP,A)
【文献】 特開2002−098157(JP,A)
【文献】 特開2006−322579(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00−19/56
F16C 33/30−33/66
F16C 35/063
F16C 35/067
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と、外輪と、前記内輪と前記外輪との間に介在している複数の転動体と、前記複数の転動体を保持する保持器と、を備え、前記内輪と前記外輪との内の一方が回転輪であって他方が固定輪であり、軸方向一方側から軸方向他方側に向かう軸方向荷重が前記固定輪に作用することで軸方向の予圧が付与されて用いられる転がり軸受であって、
前記固定輪が取り付けられる相手部材との嵌め合い面に、クリープ抑制用の環状溝が、軸受中心に対して溝中心が軸方向一方側に位置ずれして、かつ、当該軸受中心を挟んで軸方向一方側から軸方向他方側にまたがって、形成されている、転がり軸受。
【請求項2】
前記固定輪は、前記環状溝の軸方向両側に、軸方向に沿って直線状であり軸方向寸法が相違している一対の円筒形状の外周面を有している、請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記外輪の軸方向一方側は密封装置が取り付けられる取り付け部であり、当該外輪の軸方向他方側は密封装置が取り付けられない非取付部である、請求項1又は2に記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記保持器は、前記転動体の軸方向一方側に設けられている円環部と、前記円環部から軸方向他方側に延在する複数の柱部と、を有し、
前記密封装置は、前記複数の転動体の軸方向一方側の前記取り付け部に取り付けられている、請求項3に記載の転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
各種産業機器には多くの転がり軸受が用いられている。転がり軸受は、内輪、外輪、これら内輪と外輪との間に介在している複数の転動体、及びこれら転動体を保持する保持器を備えている。例えば、図7に示すように、ハウジング97内の回転軸95を支持する転がり軸受90では、内輪91が回転軸95に外嵌して取り付けられており、外輪92がハウジング97の内周面98に取り付けられている。
【0003】
特に、転がり軸受90が深溝玉軸受であり、また、一方向の軸方向荷重が作用する軸受である場合、内輪91と回転軸95とは「締まり嵌め」の状態で組み立てられるのに対して、外輪92とハウジング97とは「すきま嵌め」の状態で組み立てられることが多い。このため、回転軸95が回転している使用状態で、外輪92とハウジング97との間においてクリープ(ハウジング97に対する外輪92の周方向の滑り)が発生しやすい。クリープが発生すると、例えば外輪92がハウジング97を傷つけるおそれがある。
【0004】
そこで、外輪92の外周面92bにクリープ発生を抑制するための環状溝93を形成した転がり軸受が提案されている(特許文献1参照)。この転がり軸受90によれば、径方向(ラジアル方向)の大きな荷重が作用している場合に発生しやすいクリープを抑制することが可能となる。なお、このような荷重が作用している場合に発生しやすいクリープは、軸受回転方向と同方向へゆっくりと外輪92が滑るクリープである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−322579号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記のようなクリープが発生するメカニズムは次のとおりであると推測される。すなわち、転がり軸受90に径方向の大きな荷重が作用している場合、玉94が高負荷を受けて外輪軌道溝96を通過し、その際、玉94の直下である外輪外周側が部分的に弾性変形する。玉94は外輪軌道溝96に沿って移動することから、外輪92は脈動変形(脈動変位)する。これにより(環状溝93が形成されていない場合において)外輪92のハウジング97との接触領域における弾性変形に起因して相対滑りが生じ、この相対滑りにより、軸受回転方向と同方向へゆっくりと外輪が滑るクリープが発生すると考えられる。
【0007】
そこで、外輪92に環状溝93を形成することで前記のような相対滑りの発生を抑え、クリープを抑制しているが、この環状溝93は、クリープの発生原因となる径方向の大きな荷重が転がり軸受90に作用する点に着目したものである。つまり、転がり軸受に径方向の荷重の他、軸方向の成分を有する荷重も作用する場合においても、クリープを効果的に抑制することが必要とされることから、本発明は、これを可能とする転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、内輪と、外輪と、前記内輪と前記外輪との間に介在している複数の転動体と、前記複数の転動体を保持する保持器と、を備え、前記内輪と前記外輪との内の一方が回転輪であって他方が固定輪であり、軸方向一方側から軸方向他方側に向かう軸方向荷重が前記固定輪に作用することで軸方向の予圧が付与されて用いられる転がり軸受であって、前記固定輪が取り付けられる相手部材との嵌め合い面に、クリープ抑制用の環状溝が、軸受中心に対して溝中心が軸方向一方側に位置ずれして、かつ、当該軸受中心を挟んで軸方向一方側から軸方向他方側にまたがって、形成されている。
【0009】
この構成によれば、径方向の荷重の他に、軸方向の成分を有する荷重が転がり軸受に作用した場合において、固定輪のうち相手部材側で最も弾性変形する領域(最もひずみが大きくなる領域)に環状溝の中心を位置させることが可能となり、クリープを効果的に抑制することができる。
【0010】
また、径方向の荷重の他に、軸方向の成分を有する荷重が転がり軸受に作用する場合において、従来のように環状溝の溝中心が軸受中心と軸方向について一致していると、環状溝の軸方向一方側の縁部と相手部材との間で生じる面圧(ピーク面圧)が、環状溝の軸方向他方側の縁部と相手部材との間で生じる面圧(ピーク面圧)と比べて、極端に大きくなるおそれがあり、相手部材の局所的な摩耗の原因となる可能性がある。
しかし、前記のとおり、軸受中心に対して溝中心が軸方向に位置ずれして環状溝を形成することで、軸方向一方側の前記面圧(ピーク面圧)が、軸方向他方側の前記面圧(ピーク面圧)と比べて極端に大きくなるのを防ぐことが可能となる。
【0011】
また、軸方向一方側から軸方向他方側に向かう軸方向荷重が前記固定輪に作用することで軸方向の予圧が付与されて用いられる転がり軸受であって、前記環状溝は、軸受中心に対して溝中心が軸方向一方側に位置ずれして形成されている。このように、軸方向の予圧が付与されて用いられる転がり軸受において、クリープを効果的に抑制することが可能となる。
【0012】
また、前記固定輪は、前記環状溝の軸方向両側に、軸方向に沿って直線状であり軸方向寸法が相違している一対の円筒形状の外周面を有しているのが好ましい。
この構成によれば、円筒形状である一対の外周面が、相手部材に接触可能な面として機能する。このため、回転輪に環状溝が形成されているが、相手部材に対する回転輪の嵌め合い面(接触面)が広く確保され、例えば、転がり軸受に作用する径方向の荷重が小さくなった場合において、フレッチングによる摩耗を抑制することが可能となる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、転がり軸受に対して、径方向の荷重の他に、軸方向の成分を有する荷重が作用した場合において、固定輪のうち相手部材側で最も弾性変形する領域(最もひずみが大きくなる領域)に環状溝の中心を位置させることが可能となり、クリープを効果的に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の転がり軸受の一例を示す断面図である。
図2】外輪に荷重が作用した場合の外輪のひずみ分布を示す説明図である。
図3図1に示す転がり軸受においてハウジング内周面に作用する面圧分布を示している説明図である。
図4】転がり軸受の他の形態を示す断面図である。
図5】従来の転がり軸受の一部を示す断面図である。
図6】従来の転がり軸受においてハウジング内周面に作用する面圧分布を示している説明図である。
図7】従来の転がり軸受を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本発明の転がり軸受の一例を示す断面図である。図1において、転がり軸受7は、ハウジング2及び回転軸4を有している回転装置に設けられており、ハウジング2に対して回転軸4を回転自在として支持している。回転軸4は、転がり軸受7が外嵌して取り付けられている小径軸部4aと、この小径軸部4aよりも外径が大きい大径軸部4bとを有している。大径軸部4bに転がり軸受7の内輪11が軸方向から接触した状態にある。ハウジング2の内周面3(以下、ハウジング内周面3ともいう。)の軸方向一方側には、環状部5が設けられている。環状部5に転がり軸受7の外輪12が軸方向から接触した状態にある。
【0016】
転がり軸受7は、回転軸4に外嵌して取り付けられている内輪11と、ハウジング内周面3に取り付けられている外輪12と、これら内輪11と外輪12との間に介在している複数の転動体と、これら転動体を保持する環状の保持器14とを備えている。本実施形態の転動体は玉13であり、図1に示す転がり軸受7は深溝玉軸受である。
【0017】
ハウジング2の環状部5が外輪12を軸方向一方側から軸方向他方側へ押し、回転軸4の大径軸部4bが内輪11を軸方向他方側から軸方向一方側に押すようにして、これら環状部5、転がり軸受7及び回転軸4は設けられており、転がり軸受7には軸方向の荷重(予圧)が付与された状態にある。
【0018】
本実施形態では、内輪11と回転軸4とは「締まり嵌め」の状態で組み立てられており、内輪11は回転軸4に密着して嵌合しており回転軸4と一体回転可能である。これに対して、外輪12は、固定状態にあるハウジング2に取り付けられているが、この外輪12はハウジング内周面3に「すきま嵌め」の状態で組み立てられている。
このため、回転軸4が内輪11と共に回転している使用状態で、外輪12とハウジング2との間においてクリープ(ハウジング2に対する外輪12の周方向の滑り)が発生することがある。なお、クリープについては、後にも説明する。
【0019】
内輪11の外周面には、玉13が転動する内輪軌道溝(軌道面)11aが設けられており、外輪12の内周面には、玉13が転動する外輪軌道溝(軌道面)12aが設けられている。複数の玉13は、内輪11と外輪12との間の環状空間15に設けられており、転がり軸受7が回転すると(内輪11が回転すると)、これら玉13は保持器14によって保持された状態で内輪軌道溝11aと外輪軌道溝12aとを転動する。
【0020】
保持器14は、複数の玉13を周方向に沿って所定間隔(等間隔)をあけて保持することができ、このために、保持器14には玉13を収容するためのポケット18が周方向に沿って複数形成されている。本実施形態の保持器14は、玉13の軸方向一方側に設けられている円環部14aと、この円環部14aから軸方向他方側に延在している複数の柱部14bとを有している。そして、円環部14aの軸方向他方側であって、周方向で隣り合う一対の柱部14b,14b間がポケット18となる。なお、保持器14は、他の形態であってもよく、例えば、軸方向他方側にも円環部を有する構成とすることができる。
【0021】
本実施形態の転がり軸受7では、固定輪である外輪12がハウジング2(相手部材)に取り付けられており、この外輪12の外周面が、ハウジング2(内周面3)に対する嵌め合い面22となっている。そして、この嵌め合い面22に環状溝32が形成されている。環状溝32は、周方向に連続する環状の凹溝からなり、その断面形状は、周方向に沿って変化しておらず同じである。環状溝32は、嵌め合い面22の軸方向の中央部から軸方向一方側に偏って設けられている。環状溝32の位置については後にも説明する。
【0022】
嵌め合い面22に環状溝32が設けられていることから、外輪12は、この環状溝32の軸方向両側に円筒部36,37を有している。これら円筒部36,37の外周面36a,37aは、転がり軸受7の軸受中心線C0を中心とする円筒面からなり、ハウジング2(内周面3)に沿って接触可能な面となる。図1に示すように、軸受中心線C0を含む断面において、円筒部36,37の外周面36a,37aの断面形状は、軸受中心線C0に平行な直線形状を有している。嵌め合い面22において環状溝32が軸方向一方側に位置ずれして形成されていることから、軸方向一方側の円筒部36(円筒形状の外周面36a)は、軸方向他方側の円筒部37(円筒形状の外周面37a)よりも軸方向寸法が短くなっている(Y1<Y2)。
【0023】
前記のとおり、転がり軸受7には、軸方向の予圧が付与されている。つまり、転がり軸受7には径方向の荷重が作用する他に、軸方向の荷重も作用する。このため、玉13は、外輪軌道溝12aのうち最も深い点Q1よりも軸方向一方側の点P1で外輪12に接触し、また、内輪軌道溝11aのうち最も深い点Q2よりも軸方向他方側の点P2で内輪11と接触する。図1に示す断面において、外輪12及び内輪11に対する玉13の接触点となる点P1と点P2とを結ぶ直線L1は、径方向に延びる中心線L0に対して傾斜している。つまり、転がり軸受7には径方向の荷重と軸方向の荷重との合成荷重が作用することとなり、この合成荷重によって玉13が外輪12及び内輪11に接触する方向が、径方向に延びる中心線L0に対して傾斜している直線L1の方向となる。
【0024】
前記径方向の中心線L0は、玉13の中心を通過する直線であり、本実施形態では、この中心線L0から外輪12の軸方向一方側の側面12bまでの距離と、この中心線L0から外輪12の軸方向他方側の側面12cまでの距離とは等しい。つまり、中心線L0は、外輪12の中心線(L0)であり、また、本実施形態では、中心線L0は転がり軸受7の中心線となる。
【0025】
図2は、外輪12に荷重が作用した場合の外輪12のひずみ分布を示す説明図である。図2の破線は、径方向荷重のみが作用している場合のひずみ分布を示し、図2の実線が、合成荷重(径方向荷重及び軸方向荷重)が作用している場合のひずみ分布を示している。図2に示すように、径方向荷重の他に軸方向荷重も作用する場合、玉13は外輪軌道溝12aに対して外輪12の中心線L0よりも軸方向一方側の点P1で接触し、外輪12において最もひずみが大きくなる軸方向位置は、中心線L0上の位置よりも軸方向一方側にシフトする。そこで、外輪12においてひずみが最も大きくなる位置に対応するように、環状溝32は軸方向一方側にシフトして形成されている。なお、図2では、環状溝32を仮想線(二点鎖線)で示している。
【0026】
環状溝32の形状及びその軸方向の位置について更に説明する。図1に示す断面おいて、径方向に延びる直線(L2)は、環状溝32の中心線L2である。環状溝32は、凹形の断面を有しており、中心線L2を軸として軸方向一方側と他方側とで対称形状(線対称の形状)を有している。外輪12の中心線L0を基準として、外輪軌道溝12aに対する玉13の接触点(P1)が存在している側に、環状溝32の中心線L2が位置するように環状溝32は形成されている。特に、図1の場合、外輪軌道溝12aに対する玉13の接触点(P1)が、環状溝32の中心線L2上に位置するように環状溝32は形成されている。
【0027】
環状溝32を示す図1等では、その形状の説明を容易とするために深く記載しているが、実際の環状溝32の深さは外輪12の厚さに比べて極めて小さく、環状溝32の深さは、例えば1mm未満とすることができる。
【0028】
ここで、ハウジング2と外輪12との間で生じるクリープについて説明する。転がり軸受7において発生する可能性のあるクリープには、次の三つが考えられる。なお、下記の軸受回転方向とは、本実施形態の場合、回転輪である内輪11の回転方向である。
・第1のクリープ:軸受回転方向と同方向へゆっくりと外輪12が滑るクリープ
・第2のクリープ:軸受回転方向と同方向へ速く外輪12が滑るクリープ
・第3のクリープ:軸受回転方向と逆方向に外輪12が滑るクリープ
【0029】
第1のクリープは、転がり軸受7に径方向(ラジアル方向)の大きな荷重が作用している場合に発生しやすく、下記のメカニズムによって発生すると考えられる。すなわち、転がり軸受7に径方向の大きな荷重が作用している場合、玉13が高負荷を受けて外輪軌道溝12aを通過し、その際、玉13の直下である外輪外周側が部分的に弾性変形する。なお、転がり軸受7において、径方向の大きな荷重の他に軸方向の荷重も作用しており、前記直線L1の方向の合成荷重が作用することで、点P1の直下(径方向外側)の部分において、最もひずみが大きくなるように外輪12は弾性変形する。
そして、玉13は外輪軌道溝12aに沿って移動することから、外輪12は脈動変形(脈動変位)する。これにより、外輪12のハウジング2との接触領域における弾性変形に起因して相対滑りが生じ、この相対滑りにより第1のクリープが発生すると考えられる。
【0030】
第2のクリープは、第1のクリープと外輪12の移動方向(滑り方向)は同じであるが、転がり軸受7が無負荷である状態で発生しやすい。つまり、無負荷である場合、内輪11の回転によって外輪12を連れ回りさせ、これにより第2のクリープが発生すると考えられる。
【0031】
第3のクリープは、外輪12の移動方向(滑り方向)が第1及び第2のクリープと反対であり、これは、例えば径方向の荷重が偏荷重となることで外輪12がハウジング内周面3に沿って振れ回りすることで発生すると考えられる。
【0032】
そして、本実施形態の転がり軸受7では、前記第1のクリープを抑制するために、外輪12の嵌め合い面22であって外輪軌道溝12aの径方向外側に前記環状溝32が形成されている。
このようにハウジング2に対する外輪12の嵌め合い面22に環状溝32が形成されていることで、前記の第1のクリープの発生メカニズムで説明したような弾性変形に起因する相対滑りの発生を抑えることができ、第1のクリープを抑制することが可能となる。
つまり、転がり軸受7に径方向の大きな荷重を含む合成荷重が作用している場合、外輪12のうちの外輪軌道溝12aの点P1の径方向外側の領域は径方向外側に弾性変形(拡径)するが(図2参照)、その領域に環状溝32が形成されていることにより、弾性変形(拡径)を主に環状溝32の範囲で生じさせることができる。このため、弾性変形部分とハウジング内周面3とが直接的に接触する範囲を減らすことができ、弾性変形がハウジング2に(ほとんど)伝わらず、外輪12とハウジング2との間における第1のクリープの発生が抑制される。以上より、環状溝32は、第1のクリープ抑制用の溝(逃げ溝)となる。
【0033】
そして本実施形態では、環状溝32は、嵌め合い面22の軸方向の中央部(外輪12の中心線L0)から軸方向一方側に偏って設けられている。つまり、玉13が外輪12を転動することでこの外輪12の外周側のうちの最もひずみが大きくなる領域が溝中央となるように、環状溝32は軸方向一方側に偏って形成されている(図2参照)。
【0034】
以上のように、本実施形態の転がり軸受7では、固定輪である外輪12が取り付けられるハウジング2(相手部材)との嵌め合い面22に、クリープ抑制用の環状溝32が、転がり軸受7の中心線L0(軸受中心)に対して、環状溝32の中心線L2(溝中心)が軸方向に位置ずれして、形成されている。特に、図1に示す転がり軸受7は、軸方向一方側から軸方向他方側に向かう軸方向荷重が外輪12に作用することで軸方向の予圧が付与されて用いられている。そこで、環状溝32は、その溝中心(中心線L2)が、軸受中心(中心線L0)に対して軸方向一方側に位置ずれして形成されている。このため、転がり軸受7に、径方向の大きな荷重の他、軸方向の成分を有する荷重が作用した場合において、外輪12のうちハウジング2側(外周側)で最も弾性変形する領域(最もひずみが大きくなる領域)に環状溝32の中心を位置させることが可能となり、クリープを効果的に抑制することができる。
【0035】
ここで、従来(図5参照)、環状溝132の溝中心(中心線L2)が軸受中心(中心線L0)と軸方向について一致している。この場合、径方向の大きな荷重の他に、軸方向の成分を有する荷重が作用すると、環状溝132の軸方向一方側の縁部132aとハウジング102との間で生じる面圧(ピーク面圧)が、環状溝132の軸方向他方側の縁部132bとハウジング102との間で生じる面圧(ピーク面圧)と比べて、極端に大きくなるおそれがあり、ハウジング102の局所的な摩耗の原因となる可能性がある。
すなわち、図5に示すように、外輪112には(図1に示す形態と同様に)径方向の荷重と軸方向の荷重とによる合成荷重が作用しており、外輪軌道溝112aと玉113との接触点が点P1であり、この点P1は外輪112の中心線L0に対して軸方向一方側にずれている。これに対して、従来では、環状溝132の中心線L2を外輪112の中心線L0と一致させている。この場合、外輪112の嵌め合い面122とハウジング内周面103との間において、偏ったピーク面圧が発生する。これについて図6により更に説明する。図6は、ハウジング内周面103に作用する面圧分布を示している説明図である。外輪軌道溝112aに対する玉113の接触点(点P1:つまり、合成荷重が作用する点)は、環状溝132の軸方向一方側の縁部132aの方が、軸方向他方側の縁部132bよりも近い。このため、環状溝132の軸方向一方側の縁部132aがハウジング内周面103に接触する部分で生じるピーク面圧S2は、軸方向他方側の縁部132bが接触する部分で生じるピーク面圧S1よりも、高くなる。
【0036】
これに対して、本実施形態のように(図3参照)、環状溝32を軸方向一方側に偏って形成することで、外輪軌道溝12aに対する玉13の接触点(P1)から、環状溝32の軸方向一方側の縁部32a及び軸方向他方側の縁部32bそれぞれまでの距離は(ほぼ)同じとなる。したがって、環状溝32の軸方向一方側の縁部32aがハウジング内周面3に接触する部分のピーク面圧S3と、軸方向他方側の縁部32bが接触する部分のピーク面圧S4とは同等となる。つまり、(図6に示すように)軸方向一方側で高くなりそうであるピーク面圧が、本実施形態によれば、軸方向他方側に分散され、面圧の最大値が、図6に示す従来例と比較して、低くなる。このため、外輪12(環状溝32の縁部32a,32b)がハウジング内周面3に接触することで生じる傷等の損傷を抑制することが可能となる。
【0037】
また、図1に示す実施形態において、固定輪である外輪12は、前記のとおり、環状溝32の軸方向両側に、一対の円筒形状の外周面36a,37aを有しており、これら外周面36a,37aは、軸方向に沿って直線状(平坦)であり軸方向寸法が相違している。具体的に説明すると、軸方向一方側の外周面36aは円筒面からなり、その軸方向寸法はY1であり、軸方向他方側の外周面37aは円筒面からなり、その軸方向寸法はY2であり、軸方向寸法Y1は軸方向寸法Y2よりも小さくなっている(Y1<Y2)。この構成によれば、円筒形状である一対の外周面36a,37aが、ハウジング2に接触可能な面として機能する。このため、外輪12に環状溝32が形成されているが、ハウジング2に対する外輪12の嵌め合い面22が広く確保され、例えば、転がり軸受7に作用する径方向の荷重が小さくなった場合において、フレッチングによる摩耗を抑制することが可能となる。
【0038】
前記実施形態(図1参照)では、内輪11が、この内輪11が取り付けられている相手部材(回転軸4)と一体回転する回転輪であり、外輪12が、この外輪12が取り付けられている相手部材(ハウジング2)に(クリープするが)固定されている固定輪である。
しかし、本発明では、内輪11と外輪12との内の一方が回転輪であって他方が固定輪であればよく、前記形態と反対に、図5に示すように、軸54に取り付けられている内輪11が固定輪であって、外輪12がハウジング55と共に一体回転する回転輪であってもよい。この場合、内輪11と軸54との間がすきま嵌めの状態とされ、軸54に対して内輪11がクリープすることから、相手部材である軸54に対する内輪11の嵌め合い面(内周面)21に(図1の形態と同様に)環状溝50が形成される。そして、この環状溝50は、軸受中心(中心線L0)に対して溝中心(中心線L2)が軸方向に位置ずれして形成されている。
【0039】
また、前記各実施形態では、常時、転がり軸受7に対して軸方向の荷重を与えている場合、つまり、軸方向の予圧が付与された転がり軸受7について説明したが、嵌め合い面22(21)に環状溝32(50)を設ける構成は、それ以外の転がり軸受に対しても適用可能である。例えば、回転軸4が一方向に回転する場合、転がり軸受7には、軸方向一方から他方に向かって軸方向荷重が、その回転している間について作用している場合があり、このような転がり軸受7に対して、嵌め合い面22に環状溝32を設ける構成を採用しても有効である。
【0040】
以上のとおり開示した実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではない。つまり、本発明の転がり軸受は、図示する形態に限らず本発明の範囲内において他の形態のものであってもよい。
例えば、環状溝32の形状(断面形状)は、図示した形状以外であってもよく、矩形以外に、凹円弧形状等とすることができる。
また、転がり軸受は深溝玉軸受以外にアンギュラ玉軸受であってもよく、また、転動体は玉以外であってもよく、円筒ころや円すいころであってもよい。
また、本発明の転がり軸受は、様々な回転機器に適用可能であり、特にクリープが課題となる回転機器に好適である。
【符号の説明】
【0041】
2:ハウジング 4:回転軸 7:転がり軸受
11:内輪 12:外輪 13:玉(転動体)
14:保持器 21:嵌め合い面 22:嵌め合い面
32:環状溝 36a,37a:外周面 50:環状溝
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7