(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
Pd、Pt、Auから選択される1種又は2種以上の元素を合計で1.5原子%以上10.0原子%以下の範囲で含有し、ZnおよびSnのいずれか一方または両方を合計で0.1原子%以上3.0原子%以下の範囲で含有し、更にMgを0.05原子%以上0.20原子%以下の範囲で含有し、残部がAgと不可避不純物からなることを特徴とするAg合金スパッタリングターゲット。
前記不可避不純物のうち酸素の含有量が100質量ppm未満で、かつ炭素の含有量が50質量ppm未満であることを特徴とする請求項1に記載のAg合金スパッタリングターゲット。
Pd、Pt、Auから選択される1種又は2種以上の元素を合計で1.5原子%以上10.0原子%以下の範囲で含有し、ZnおよびSnのいずれか一方または両方を合計で0.1原子%以上3.0原子%以下の範囲で含有し、更にMgを0.05原子%以上0.20原子%以下の範囲で含有し、残部がAgと不可避不純物からなることを特徴とするAg合金膜。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、最近では、光学表示装置やタッチパネルにおいてはマルチタッチ技術の採用による配線数の増加にともなって配線のさらなる微細化(幅狭化)が求められている。また、配線となる導電膜の成膜時間を短縮して生産効率を向上させる観点から、配線の薄膜化も求められている。
この配線の微細化および薄膜化にともなって、さらに電気抵抗が低い導電膜が求められており、特許文献1〜5に開示されたAg合金膜を適用することは困難であった。
【0006】
また、Ag合金膜を反射膜や透明膜として使用する場合においても、従来よりも、製造プロセス及び使用中の環境条件が厳しくなってきており、さらなる耐湿性、耐熱性、耐硫化性、耐塩水性等の各種耐久性の向上が求められている。
【0007】
この発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであって、電気抵抗が低く、光学特性に優れ、耐湿性、耐熱性、耐硫化性、耐塩水性などの各種の耐久性に優れるAg合金膜、およびこのAg合金膜をスパッタ法によって成膜でき、成膜時の異常放電の発生を抑制することができるAg合金スパッタリングターゲットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明のAg合金スパッタリングターゲットは、Pd、Pt、Auから選択される1種又は2種以上の元素を合計で1.5原子%以上10.0原子%以下の範囲で含有し、ZnおよびSnのいずれか一方または両方を合計で0.1原子%以上3.0原子%以下の範囲で含有し、更にMgを0.05原子%以上0.20原子%以下の範囲で含有し、残部がAgと不可避不純物からなることを特徴としている。
【0009】
このような構成とされた本発明のAg合金スパッタリングターゲットにおいては、Pd、Pt、Auから選択される1種又は2種以上の元素を上記の範囲で含有しているので、成膜したAg合金膜は、Agが有する低い電気抵抗と優れた光学特性とを維持しつつ、各種の耐久性が向上する。また、ZnおよびSnのいずれか一方または両方を上記の範囲で含有するので、成膜したAg合金膜は、Agが有する低い電気抵抗と優れた光学特性とを維持しつつ、各種の耐久性がさらに向上する。
【0010】
さらに、Mgを上記の範囲で含有するので、ターゲットの結晶粒が微細化し、成膜時での異常放電発生が抑えられ、また成膜したAg合金膜は、Agが有する低い電気抵抗と優れた光学特性とが維持される。さらにまた、Mgは成膜したAg合金膜中の結晶中に分散し、Ag合金膜中のAgの凝集を抑制するので、Ag合金膜の耐熱性が向上する。
【0011】
ここで、本発明のAg合金スパッタリングターゲットにおいては、前記不可避不純物のうち酸素の含有量が100質量ppm未満で、かつ炭素の含有量が50質量ppm未満であることが好ましい。
酸素は、Ag合金スパッタリングターゲット製造用のAg合金インゴットを鋳造により作製する際に、Mgと空気中の酸素とが反応することによって混入するおそれがある元素である。酸素の含有量を100質量ppm未満に制限することによって、この酸素に起因するMg酸化物に電荷が溜まって異常放電が発生することを抑制でき、スパッタ成膜を安定して行うことが可能となる。また、炭素は、Ag合金スパッタリングターゲット製造用のAg合金インゴットを鋳造により作製する際に、Mgと空気中の二酸化炭素とが反応することによって混入するおそれがある元素である。炭素の含有量を50質量ppm未満に制限することによって、この二酸化炭素に起因するMg酸化物に電荷が溜まって異常放電が発生することを抑制でき、スパッタ成膜を安定して行うことが可能となる。
【0012】
また、本発明のAg合金スパッタリングターゲットにおいては、平均結晶粒径が100μm以下であることが好ましい。
スパッタレートは、結晶方位によって異なることから、スパッタが進行するとスパッタ面に、上述のスパッタレートの違いに起因して凹凸が生じる。スパッタ面のおける結晶粒の粒径が大きいと、この凹凸が大きくなり、凸部に電荷が集中して異常放電が発生しやすくなる。そこで、スパッタ面における平均結晶粒径が100μm以下に制限することで、異常放電の発生をさらに抑制することが可能となる。
【0013】
本発明のAg合金膜は、Pd、Pt、Auから選択される1種又は2種以上の元素を合計で1.5原子%以上10.0原子%以下の範囲で含有し、ZnおよびSnのいずれか一方または両方を合計で0.1原子%以上3.0原子%以下の範囲で含有し、更にMgを0.05原子%以上0.20原子%以下の範囲で含有し、残部がAgと不可避不純物からなることを特徴としている。
【0014】
このような構成とされた本発明のAg膜においては、Pd、Pt、Auから選択される1種又は2種以上の元素と、ZnおよびSnのいずれか一方または両方とMgを上記の範囲で含有するので、Agが有する低い電気抵抗と優れた光学特性とを維持しつつ、各種の耐久性が向上する。
【0015】
ここで、本発明のAg合金膜においては、光学表示装置用、タッチパネル用、太陽電池用、遮熱材用のいずれかであることが好ましい。
この場合、本発明のAg合金膜は、Agが有する低い電気抵抗と優れた光学特性とを維持しつつ、各種の耐久性が向上しているので、上記の用途において長期間にわたって安定して使用することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、電気抵抗が低く、光学特性に優れ、耐湿性、耐熱性、耐硫化性、耐塩水性などの各種の耐久性に優れるAg合金膜、およびこのAg合金膜をスパッタ法によって成膜でき、成膜時の異常放電の発生を抑制することができるAg合金スパッタリングターゲットを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明の一実施形態であるAg合金スパッタリングターゲット、および、Ag合金膜について説明する。
【0018】
<Ag合金スパッタリングターゲット>
本実施形態であるAg合金スパッタリングターゲットは、Pd、Pt、Auから選択される1種又は2種以上の元素を合計で1.5原子%以上10.0原子%以下の範囲で含有し、ZnおよびSnのいずれか一方または両方を合計で0.1原子%以上3.0原子%以下の範囲で含有し、更にMgを0.05原子%以上0.20原子%以下の範囲で含有し、残部がAgと不可避不純物とされている。また、本実施形態であるAg合金スパッタリングターゲットは、前記不可避不純物のうち酸素の含有量が100質量ppm未満で、かつ炭素の含有量が50質量ppm未満とされている。さらに、本実施形態であるAg合金スパッタリングターゲットは、平均結晶粒径が100μm以下とされている。
以下に、本実施形態であるAg合金スパッタリングターゲットの組成および平均結晶粒径を上述のように規定した理由について説明する。
【0019】
(Pd、Pt、Auの合計含有量:1.5原子%以上10.0原子%以下)
Pd、Pt、Auは、Agよりも貴な金属であり(すなわち、標準電極電位がAgより高く、化学物質に対する反応性が低い)、成膜したAg合金膜中に固溶することで、Ag合金膜の反応性(水蒸気、硫黄、塩素などに対する化学反応性)を抑え、かつAgの凝集を抑制する作用効果を有する元素である。
Pd、Pt、Auの合計含有量が少なくなりすぎると、成膜したAg合金膜の耐熱性、耐湿性、耐硫化性、耐塩水性などの各種の耐久性が十分に向上しないおそれがある。一方、Pd、Pt、Auの合計含有量が多くなりすぎると、成膜したAg合金膜の電気抵抗が上昇し、光学特性(反射率,透過率)が低下してしまうおそれがある。また、材料コストが高価になる。
このような理由から、本実施形態では、Pd、Pt、Auの合計含有量を1.5原子%以上10.0原子%以下の範囲に設定している。
【0020】
(Zn、Snの合計含有量:0.1原子%以上3.0原子%以下)
Zn、Snは、成膜したAg合金膜表面に濃化し酸化物層を形成することで化学物質に対するバリアとなり、Ag合金膜の反応性を抑え、かつ熱処理中にAg合金膜中から吐き出され表面濃化が促進されることでAgの凝集を抑制する作用効果を有する元素である。
Zn、Snの合計含有量が少なくなりすぎると、成膜したAg合金膜の各種の耐久性が十分に向上しないおそれがある。一方、Zn、Snの合計含有量が多くなりすぎると、成膜したAg合金膜の電気抵抗が上昇し、光学特性(反射率,透過率)が低下してしまうおそれがある。
このような理由から、本実施形態では、Pd、Pt、Auの合計含有量を0.1原子%以上3.0原子%以下の範囲に設定している。
【0021】
(Mgの含有量:0.05原子%以上0.20原子%以下)
Mgは、Ag合金スパッタリングターゲットの結晶粒を微細化し、成膜時での異常放電発生を抑える作用効果を有する。また、Mgは、成膜したAg合金膜中の結晶中に分散し、Ag合金膜中のAgの凝集を抑制して、Ag合金膜の耐熱性を向上させる作用効果を有する。
Mgの含有量が少なくなりすぎると、Ag合金スパッタリングターゲットの結晶粒が微細化せず、成膜時での異常放電発生を抑える作用効果が得られないおそれがある。また、成膜したAg合金膜の耐熱性が十分に向上しないおそれがある。
一方、Mgの含有量が多くなりすぎると、Ag合金スパッタリングターゲットの製造用Ag合金を鋳造により作製すると、得られるAg合金インゴットに巣(空洞)が発生しやすくなるため、Ag合金スパッタリングターゲットの製造が困難となるおそれがある。
このような理由から、本実施形態ではMgの含有量を0.05原子%以上0.20原子%以下の範囲に設定している。
【0022】
(酸素の含有量:100質量ppm未満)
不可避不純物のうち酸素は、Ag合金スパッタリングターゲット製造用のAg合金インゴットを鋳造により作製する際に、Mgと空気中の酸素とが反応することによって混入するおそれがある元素である。
Ag合金スパッタリングターゲットにMgの酸化物が存在すると、スパッタ時に異常放電が発生しやすくなるおそれがある。すなわち酸素が少ないことは、スパッタ時に異常放電発生の原因の一つとなるMgの酸化物の存在量が少ないことを意味する。
このような理由から、本実施形態では酸素の含有量を100質量ppm未満に設定している。
【0023】
(炭素の含有量:50質量ppm)
不可避不純物のうち炭素は、Ag合金スパッタリングターゲット製造用のAg合金インゴットを鋳造により作製する際に、下記の式に示すように、Mgと空気中の二酸化炭素とが反応することによって混入するおそれがある元素である。
2Mg+CO
2→2MgO+C
Ag合金スパッタリングターゲットにMgOなどのMgの酸化物が存在すると、スパッタ時に異常放電が発生しやすくなるおそれがある。すなわち炭素が少ないことは、スパッタ時に異常放電発生の原因の一つとなるMgの酸化物の存在量が少ないことを意味する。
このような理由から、本実施形態では炭素の含有量を50質量ppm未満に設定している。
【0024】
(平均結晶粒径:100μm以下)
Ag合金スパッタリングターゲットの平均結晶径が小さいと、スパッタ時に異常放電が発生しにくくなる。
スパッタレートは、結晶方位によって異なることから、スパッタが進行するとスパッタ面に、上述のスパッタレートの違いに起因して結晶粒に応じた凹凸が生じることになる。
ここで、平均結晶粒径が100μmを超えると、スパッタ面に生じる凹凸が大きくなり、凸部に電荷が集中して異常放電が発生しやすくなる。
このような理由から、本実施形態では平均結晶粒径を100μm以下に設定している。
【0025】
<Ag合金スパッタリングターゲットの製造方法>
次に、本実施形態に係るAg合金スパッタリングターゲットの製造方法について説明する。
まず、溶解原料として、純度99.9質量%以上のAgと純度99.9質量%以上のCPd、Pt、Au、Zn、Sn、Mgを準備する。
【0026】
ここで、主成分であるAgの原料として用いるAg原料は、Ag原料に含まれる不可避不純物をICP分析等によって分析して使用する。なお、不可避不純物のうち金属を確実に低減するためには、Ag原料を硝酸又は硫酸等で浸出した電解液を用いて電解精錬することが好ましい。
【0027】
準備したAg原料と、添加元素(Pd、Pt、Au、Zn、Sn、Mg)を、所定の組成となるように秤量する。次に、溶解炉中において、Agを高真空または不活性ガス雰囲気中で溶解し、得られた溶湯に所定量の添加元素を添加する。その後、真空または不活性ガス雰囲気中で溶解して、Pd、Pt、Auから選択される1種又は2種以上の元素を合計で1.5原子%以上10.0原子%以下の範囲で含有し、ZnおよびSnのいずれか一方または両方を合計で0.1原子%以上3.0原子%以下の範囲で含有し、更にMgを0.05原子%以上0.20原子%以下の範囲で含有し、残部がAg及び不可避不純物からなる組成のAg合金インゴットを作製する。
【0028】
得られたAg合金インゴットに対して、冷間圧延及び熱処理を行った後、機械加工を施すことにより、本実施形態に係るAg合金スパッタリングターゲットが製造される。なお、Ag合金スパッタリングターゲットの形状に特に限定はなく、円板型、角板型でもよいし、円筒型でもよい。
【0029】
<Ag合金膜>
本実施形態であるAg合金膜は、Pd、Pt、Auから選択される1種又は2種以上の元素を合計で1.5原子%以上10.0原子%以下の範囲で含有し、ZnおよびSnのいずれか一方または両方を合計で0.1原子%以上3.0原子%以下の範囲で含有し、更にMgを0.05原子%以上0.20原子%以下の範囲で含有し、残部がAgと不可避不純物からなる。本実施形態であるAg合金膜の組成を上述のように規定した理由は、前述のAg合金スパッタリングターゲットの場合と同様である。
【0030】
本実施形態であるAg合金膜は、上述した本実施形態であるAg合金スパッタリングターゲットを用いたスパッタ法によって成膜することができる。Ag合金スパッタリングターゲットと、これを用いてスパッタ法によって成膜したAg合金膜とは、Pd、Pt、Au、Zn、Sn、Mgの含有量がほぼ同じとなる。
【0031】
Ag合金膜の膜厚は、特に制限はないが、導電膜及び配線膜として使用する場合には、5nm以上500nm以下の範囲とすることが好ましい。また、透明膜として使用する場合には、5nm以上20nm以下の範囲とすることが好ましく、一方、反射膜として使用する場合には、80nm以上500nm以下の範囲内とすることが好ましい。
【0032】
なお、本実施形態に係るAg合金膜を成膜する場合、マグネトロンスパッタ方式を適用することが好ましく、電源としては、直流(DC)電源、高周波(RF)電源、中周波(MF)電源、交流(AC)電源のいずれも選択可能である。
成膜する基板としては、ガラス板又は箔、金属板又は箔、樹脂板又は樹脂フィルム等を用いることができる。ガラス基板としては、例えば、無アルカリガラス基板(コーニング社製@品番Eagle XG)を用いることができる。樹脂フィルムとしては、例えば東レのPETフィルム(ルミラーT60、厚み100μmt)を用いることができる。また、成膜時の基板の配置については、静止対向方式やインライン方式等を採用することができる。
【0033】
本実施形態のAg合金膜は、光学表示装置用、タッチパネル用、太陽電池用、遮熱材用として好適に使用することができる。
光学表示装置の例としては、液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイ、LEDを挙げることができる。Ag合金膜は、これら光学表示装置の透明電極もしくは反射電極または配線として利用することができる。
タッチパネル用として、Ag合金膜はタッチパネルのパネル面周縁部に形成される配線や、透明導電膜として静電容量方式タッチセンサーなどとして利用できる。
太陽電池用として、Ag合金膜は太陽電池の透明導電膜あるいは反射膜として利用できる。
遮熱材の例としては、フィルムやガラスなどの基材とその基材の表面に形成された赤外線反射層とを有する遮熱板(遮熱フィルム、遮熱ガラス)を挙げることができる。Ag合金膜は、これら遮熱材の赤外光反射層として利用することができる。
【0034】
以上のような構成とされた本実施形態であるAg合金スパッタリングターゲットによれば、Pd、Pt、Auから選択される1種又は2種以上の元素を合計で1.5原子%以上10.0原子%以下の範囲で含有しているので、成膜したAg合金膜は、Agが有する低い電気抵抗と優れた光学特性とを維持しつつ、各種の耐久性が向上する。また、ZnおよびSnのいずれか一方または両方を0.1原子%以上3.0原子%以下の範囲の範囲で含有するので、成膜したAg合金膜は、Agが有する低い電気抵抗と優れた光学特性とを維持しつつ、各種の耐久性がさらに向上する。
【0035】
さらに、Mgを0.05原子%以上0.20原子%以下の範囲で含有するので、ターゲットの結晶粒が微細し、成膜時での異常放電発生が抑えられ、また成膜したAg合金膜は、Agが有する低い電気抵抗と優れた光学特性とを維持される。さらにまた、Mgは成膜したAg合金膜中の結晶中に分散し、Ag合金膜中のAgの凝集を抑制するので、Ag合金膜の耐熱性が向上する。
【0036】
また、本実施形態であるAg合金スパッタリングターゲットは、不可避不純物のうち酸素の含有量が100質量ppm未満とされているので、Ag合金スパッタリングターゲット製造用のAg合金インゴットを鋳造により作製する際に、Mgと空気中の酸素とが反応することによって混入するMg酸化物に電荷が溜まって異常放電が発生することを抑制できる。また、さらに本実施形態であるAg合金スパッタリングターゲットは、不可避不純物のうち炭素の含有量が50質量ppm未満とされているので、Ag合金スパッタリングターゲット製造用のAg合金インゴットを鋳造により作製する際に、Mgと空気中の二酸化炭素とが反応することによって混入するMg酸化物に電荷が溜まって異常放電が発生することを抑制できる。
【0037】
さらに、本実施形態であるAg合金スパッタリングターゲットは、スパッタ面における平均結晶粒径が100μm以下とされているので、スパッタが進行してスパッタ面に凹凸が生じた場合であっても、凹凸が大きくなりにくいので、異常放電の発生をさらに抑制することができる。
【0038】
本発明のAg合金膜は、Pd、Pt、Auから選択される1種又は2種以上の元素を合計で1.5原子%以上10.0原子%以下の範囲で含有し、ZnおよびSnのいずれか一方または両方を合計で0.1原子%以上3.0原子%以下の範囲で含有し、更にMgを0.05原子%以上0.20原子%以下の範囲で含有し、残部がAgと不可避不純物からなるので、Agが有する低い電気抵抗と優れた光学特性とを維持しつつ、耐湿性、耐熱性、耐硫化性、耐塩水性などの各種の耐久性が向上する。
【0039】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されることはなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
例えば、Ag合金スパッタリングターゲットは、その形状に特に限定はなく、円板状あるいは矩形平板状をなしていてもよいし、円筒形状をなしていてもよい。また、スパッタ面の面積についても上述の範囲に限定されることはない。Ag合金膜の厚み、基板および成膜方法は、本実施形態で例示したものに限定されることはなく、用途に合わせて適宜変更してもよい。
【実施例】
【0040】
以下に、本発明の有効性を確認するために行った確認実験の結果について説明する。
【0041】
[本発明例1〜20及び比較例1〜12]
<Ag合金膜成形用スパッタリングターゲット>
Ag原料として、純度99.9質量%のAgと、純度99.99質量%以上のAgとを用意し、添加原料として、純度99.9質量%以上のPd、Au、Pt、Sn、Zn、Mgの各金属を準備した。
なお、純度99.99質量%以上のAgは、純度99.9質量%のAgを硝酸で浸出した後、電解精製することによって得た。純度99.99質量%以上のAgは、酸素濃度が100質量ppm以下、炭素濃度が50質量ppm以下であった。純度99.9質量%のAgは、酸素濃度が300質量ppm、炭素濃度が100質量ppmであった。
【0042】
Ag原料と、Pd、Au、Pt、Sn、Zn、Mgの添加原料とを所定の組成となるように秤量した。なお、Ag原料として、本発明例1〜18、20および比較例1〜12では純度99.99質量%以上のAgを用い、本発明例19では純度99.9質量%のAgを用いた。
【0043】
秤量したAg原料を溶解炉に投入し、加熱溶解してAg溶湯を得た。次いで、得られたAg溶湯に秤量した添加原料を添加し、加熱溶解してAg合金溶湯を得た。その後、Ag合金溶湯を鋳型へと注湯して、Ag合金インゴットを製造した。なお、Ag原料を溶解炉に投入してからAg合金溶湯を鋳型へと注湯するまでの溶解炉内の雰囲気は、本発明例1〜17、19、20および比較例1〜12ではArガス雰囲気とし、本発明例18では大気雰囲気とした。溶解炉内をArガス雰囲気とする方法としては、溶解炉内を一度真空(5×10
−2Pa以下)にした後、Arガスで置換する方法を用いた。
【0044】
次いで、得られたAg合金インゴットに対して、圧下率70%で冷間圧延を行った後、大気中で1時間の熱処理を実施した。なお、熱処理の温度は、本発明例1〜19および比較例1〜12では600℃とし、本発明例20では800℃とした。
その後、機械加工を実施することにより、直径152.4mm、厚さ6mm寸法を有するAg合金スパッタリングターゲットを製造した。
【0045】
比較例12については鋳造後のAg合金インゴット内に多数の巣(空洞)が発生しており、Ag合金スパッタリングターゲットの製造が不可であった。
【0046】
本発明例1〜20および比較例1〜11で製造したAg合金スパッタリングターゲットの組成、結晶粒径、異常放電回数を下記の方法により測定した。その結果を、Ag合金スパッタリングターゲットの製造条件(Ag原料の純度、溶解炉内の雰囲気、熱処理温度)と共に、表1に示す。
【0047】
(組成)
鋳造後のAg合金インゴットより分析用サンプルを採取し、そのサンプルをICP発光分光分析法により分析した。なお、下記のAg合金膜についても、Ag合金スパッタリングターゲットと同様に組成を測定し、Ag合金スパッタリングターゲットと同様の組成となることを確認した。
【0048】
(結晶粒径)
熱処理後のAg合金インゴットより切断片(サイズ:縦30mm、横30mm、厚さ10mm)を採取し、スパッタ面に表面研磨を行って結晶粒径測定用サンプルを作製した。そのサンプルのスパッタ面を走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察し、電子線後方散乱回折分析装置(EBSD)を用いて結晶粒の粒径を測定し平均値を求めた(測定範囲:約3mm×約1mm)。
【0049】
(異常放電回数)
上述の本発明例1〜20及び比較例1〜11のAg合金スパッタリングターゲットを、無酸素銅製のバッキングプレートにインジウム半田を用いて半田付けしてターゲット複合体を作製した。
通常のマグネトロンスパッタ装置に、上述のターゲット複合体を取り付け、5×10
−5Paまで排気した後、Arガス圧:0.5Pa、投入電力:直流1000W、ターゲット/基板間距離:70mmの条件でスパッタを実施した。スパッタ時の異常放電回数は、MKSインスツルメント社製DC電源(RPDG−50A)のアークカウント機能により、放電開始から6時間の異常放電回数として計測した。
【0050】
<Ag合金膜>
上述の本発明例1〜20及び比較例1〜11のAg合金スパッタリングターゲットをスパッタ装置に装着し、下記の条件でスパッタリング成膜を実施して、Ag合金膜を成膜した。なお、Ag合金膜は、反射導電膜用途を想定した膜厚100nmのAg合金膜と、半透過導電膜用途を想定した膜厚15nmのAg合金膜の2種類を成膜した。
基板:無アルカリガラス基板(コーニング社製イーグルXG)
到達真空度:5×10
−5Pa以下
使用ガス:Ar
ガス圧:0.5Pa
電力:直流200W
ターゲット/基板間距離:70mm
【0051】
(シート抵抗)
成膜直後のAg合金膜のシート抵抗を、ロレスタ(三菱化学製)を用いた四探針法で測定した。その結果を表2に示す。
【0052】
(光学特性:反射率,透過率)
成膜直後のAg合金膜の光学特性を、分光光度計(日立ハイテク社 U−4100)を用いて評価した。膜厚100nmのAg合金膜は反射率を測定した。膜厚15nmのAg合金膜は透過率を測定した。その結果を表2に示す。なお、表2には、波長550nmの光における値を記載した。
【0053】
(耐久試験A:恒温恒湿試験)
Ag合金膜を、恒温恒湿器(エスペック社製)に投入して、85℃−85%RHの条件で500時間保持した。保持後のAg合金膜の光学特性(反射率,透過率)を測定し、下記の式より、光学特性変化量を算出した。その結果を、表2に示す。
光学特性変化量=恒温恒湿試験後の光学特性−成膜直後の光学特性
【0054】
(耐久試験B:熱処理試験)
Ag合金膜を、赤外線イメージ炉に投入し、大気中250℃の温度1時間で熱処理した。熱処理後のAg合金膜の光学特性(反射率,透過率)を測定し、下記の式より、光学特性変化量を算出した。その結果を、表2に示す。
光学特性変化量=熱処理試験後の光学特性−成膜直後の光学特性
【0055】
(耐久試験C:硫化試験)
Ag合金膜を、濃度0.01質量%の硫化ナトリウム水溶液(液温:25℃)中に投入して、1時間保持した。保持前後のAg合金膜のシート抵抗と、光学特性(反射率,透過率)とを測定した。下記の式より、シート抵抗変化率と光学特性変化量を算出した。その結果を、表2に示す。なお、硫化試験は、膜厚100nmのAg合金膜についてのみ実施した。
シート抵抗変化率:(硫化試験後のシート抵抗−成膜直後のシート抵抗)/(成膜直後のシート抵抗)×100
光学特性変化量:硫化試験後の光学特性−成膜直後の光学特性
【0056】
(耐久試験D:塩水試験)
Ag合金膜を、濃度5質量%の塩化ナトリウム水溶液(液温:25℃)中に投入して、12時間保持した。保持後のAg合金膜のシート抵抗と、光学特性(反射率,透過率)とを測定した。下記の式より、シート抵抗変化率と光学特性変化量を算出した。その結果を、表2に示す。なお、塩水試験は、膜厚100nmのAg合金膜についてのみ実施した。
シート抵抗変化率:(塩化試験後のシート抵抗−成膜直後のシート抵抗)/(成膜直後のシート抵抗)×100
光学特性変化量:塩化試験後の光学特性−成膜直後の光学特性
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【0059】
Pd、Au、Ptの合計含有量が本発明の範囲よりも少ない比較例1、3、5においては、Ag合金膜の各種耐久試験での特性劣化が大きくなった。特に耐久試験D:塩水試験ではAg合金膜が腐食し、ガラス基板から剥がれてしまった。
Pd、Au、Ptの合計含有量が本発明の範囲よりも多い比較例2、4、6においては、成膜直後のAg合金膜のシート抵抗が高く、また光学特性(反射率,透過率)が低くなった。
【0060】
Zn、Snの合計含有量が本発明の範囲よりも少ない比較例7、9においては、Ag合金膜の各種耐久試験での特性劣化が大きくなった。
Zn、Sn合計含有量が本発明の範囲よりも多い比較例8、10においては、成膜直後のAg合金膜は、シート抵抗が高く、光学特性(反射率,透過率)が低くなった。
【0061】
Mgの含有量が本発明の範囲よりも少ない比較例11においては、Ag合金スパッタリングターゲットのスパッタ時の異常放電回数が多くなった。また、Ag合金膜は、耐久試験A(恒温恒湿試験)と耐久試験B(熱処理試験)での特性劣化が大きく、熱に対する膜の凝集性が悪くなった。
Mgの含有量が本発明の範囲よりも多い比較例12においては、鋳造によって作製したAg合金インゴットに巣が多数発生した。このため、Ag合金スパッタリングターゲットを製造できなかった。
【0062】
これに対して、Pd、Au、Ptの合計含有量、Zn、Snの合計含有量およびMgの含有量が本発明の範囲にある本発明例1〜20においては、成膜直後のAg合金膜のシート抵抗が低く、光学特性(反射率,透過率)は高くなった。また、Ag合金膜の各種耐久試験での特性劣化は小さくなった。これらの結果から、本発明例1〜20で成膜したAg合金膜は、光学表示装置、タッチパネル、太陽電池等で使用される透明導電膜や反射導電膜、および遮熱材で使用される赤外光反射層として有利に利用できることが確認された。
また、Ag合金スパッタリングターゲットの酸素の含有量が100質量ppm未満で、かつ炭素の含有量が50質量ppm未満であり、さらに平均結晶粒径が100μm以下とされた本発明例1〜17においては、Ag合金スパッタリングターゲットのスパッタ時の異常放電回数が顕著に少なくなった。
【0063】
以上のことから、本発明例によれば、電気抵抗が低く、光学特性に優れ、耐湿性、耐熱性、耐硫化性、耐塩水性などの各種の耐久性に優れるAg合金膜、およびこのAg合金膜をスパッタ法によって成膜でき、成膜時の異常放電の発生を抑制することができるAg合金スパッタリングターゲットを提供できることが確認された。