特許第6730094号(P6730094)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6730094
(24)【登録日】2020年7月6日
(45)【発行日】2020年7月29日
(54)【発明の名称】揮発性物質の分布取得方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/72 20060101AFI20200716BHJP
   G01N 30/00 20060101ALI20200716BHJP
   G01N 30/08 20060101ALI20200716BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20200716BHJP
   G01N 27/62 20060101ALI20200716BHJP
【FI】
   G01N30/72 A
   G01N30/00 E
   G01N30/08 G
   G01N30/88 C
   G01N27/62 V
   G01N27/62 C
【請求項の数】7
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2016-107856(P2016-107856)
(22)【出願日】2016年5月30日
(65)【公開番号】特開2017-215172(P2017-215172A)
(43)【公開日】2017年12月7日
【審査請求日】2019年3月4日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100137589
【弁理士】
【氏名又は名称】右田 俊介
(72)【発明者】
【氏名】亀山 裕
(72)【発明者】
【氏名】矢吹 雅之
【審査官】 黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−214747(JP,A)
【文献】 特開2015−121462(JP,A)
【文献】 特開2013−178155(JP,A)
【文献】 特開2004−340685(JP,A)
【文献】 特開平10−325832(JP,A)
【文献】 特開2006−343258(JP,A)
【文献】 特開2012−058065(JP,A)
【文献】 特表2002−540407(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00−30/96
G01N 1/22
G01N 33/00
A61B 5/06−5/22
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物の表面上に複数の吸着片を配置してその表面上に存在する揮発性物質を各吸着片にそれぞれ吸着させる採取工程と、
前記採取工程後の前記各吸着片に吸着されている揮発性物質を同定する同定工程と、
前記採取工程後の前記各吸着片に吸着されている揮発性物質の量を測定する測定工程と、
前記各吸着片について、前記同定工程で同定された揮発性物質に関する前記測定工程で測定された量に基づく量的情報と、その吸着片が配置された位置の情報とをそれぞれ対応付けて取得する取得工程と、
を含み、
前記取得工程では、前記対象物の表面を表す元画像における、前記各吸着片の配置位置に対応する局所領域に、前記各吸着片について前記測定工程で測定された前記揮発性物質の量に基づく量的情報を表す局所画像が合成された、揮発性物質の分布画像を生成する、
揮発性物質の分布取得方法。
【請求項2】
前記取得工程では、前記量的情報として、前記測定工程で測定された量に対応するにおい強度を取得する、
請求項1に記載の揮発性物質の分布取得方法。
【請求項3】
前記同定工程では、前記採取工程後の前記各吸着片に吸着されている複数種の揮発性物質を同定し、
前記測定工程では、前記採取工程後の前記各吸着片に吸着されている複数種の揮発性物質の量を測定し、
前記取得工程では、前記元画像における前記局所領域に、前記各吸着片について前記測定工程で測定された前記複数種の揮発性物質の量に基づく量的情報の複合情報を表す複合局所画像が合成された、前記複数種の揮発性物質の分布画像を生成する、
請求項1又は2に記載の揮発性物質の分布取得手法。
【請求項4】
前記採取工程後の前記各吸着片に吸着されている揮発性物質を加熱脱着し、その吸着片よりも小さい測定用吸着体に転移させる濃縮工程、
を更に含み、
前記同定工程又は前記測定工程では、前記濃縮工程後の前記測定用吸着体をガスクロマトグラフ質量分析計に導入することで、同定又は定量を行う、
請求項1から3のいずれか一項に記載の揮発性物質の分布取得方法。
【請求項5】
対象物の表面上に吸着シートを配置してその表面上に存在する揮発性物質を該吸着シートに吸着させる採取工程と、
前記採取工程の実行後、前記揮発性物質が吸着されている前記吸着シートを複数の吸着片に分割する分割工程と、
前記分割工程後の各吸着片に吸着されている揮発性物質を同定する同定工程と、
前記各吸着片について、前記同定工程で同定された揮発性物質の情報と、その吸着片が配置された位置の情報とをそれぞれ対応付けて取得する取得工程と、
を含む揮発性物質の分布取得方法。
【請求項6】
前記複数の吸着片は、ポリジメチルシロキサンを含む、
請求項1から5のいずれか一項に記載の揮発性物質の分布取得方法。
【請求項7】
前記採取工程で前記対象物の表面上に配置されている前記複数の吸着片における、前記対象物の表面側の主面とは逆側の主面には、揮発性物質の吸着を防ぐ保護フィルムが設けられている、
請求項1から4のいずれか一項に記載の揮発性物質の分布取得方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、揮発性物質の分析技術に関する。
【背景技術】
【0002】
実生活における残香の発生状態や、人体における臭気の発生部位と発生している臭気成分等、揮発性物質の分布状態やその発生量に関して、詳細な情報が必要とされる場面がある。例えば、衣類の残香を高めるための製剤開発や、人体等の臭気成分をより効果的に消臭するための製剤設計などがそのような場面の一例に該当する。実際の生活場面において、人がにおいとして検知し得る揮発性物質について、どの場所からどのくらいの量、揮発しているのかといった情報を正確に取得することができれば、より効果的に所望の香りを人に知覚させることができたり、より効果的に消臭効果を発揮させることができたりする。
【0003】
香料成分など特定の揮発性物質が特定の物体表面から揮発する状態を観測する試みは幾つかなされている。例えば、特許文献1では、草花や果実等の任意の部位の局部的な揮散性物質の採取方法が開示されている。この方法は、香気成分を採取する対象物上で採取領域を画定した後、該採取領域にパージガスを吹き付けて、吸着管に香気成分を捕集する。
特許文献2では、皮膚から放出した皮膚放出成分を、テドラーバッグのような捕集容器で捕集した後、容器内部を溶媒で洗浄し、その洗浄液を固相抽出してガスクロマトグラフ質量分析する方法が開示されている。詳細には、手首から先といった人体のパーツ全体を、テドラーバッグ等の捕集容器で覆い、その後、捕集容器内の捕集成分を溶媒で洗浄し、その洗浄液を固相抽出する。
特許文献3では、異臭成分を吸着する臭気吸着材として、エラストマーフィルムの両面にポリエチレンを積層して形成され異臭成分を吸着する臭気吸着材と、その臭気吸着材を収納する包装部とを含む臭気検知キットが開示されている。このキットは、物品の生産または流通のための設備内の空間といった比較的広い空間における臭気を検知する。
特許文献4では、紙おむつなどのサニタリー製品において、尿の付着した対象から時間の経過に伴い発生する尿臭発生部の位置を簡便に特定する方法として、β-グルクロニダーゼ活性検出試薬を用いる方法が開示されている。
特許文献5では、生体組織等の試料上の2次元領域内の複数の微小領域で質量分析を実行し、収集される質量分析イメージジングデータを解析する質量分析データ処理方法及び装置が開示されている。詳細には、顕微領域を更に微小領域(ピクセル)に分割して、その微小領域に対応したマススペクトルデータが得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−21582号公報
【特許文献2】特開2006−343258号公報
【特許文献3】特開2014−59217号公報
【特許文献4】特開2012−187101号公報
【特許文献5】特開2011−191222号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述の各試みは、対象物体の表面上の揮発性物質の分布を取得するには適していない。例えば、特許文献1の手法では、パージガスによる気体の流れを物体表面に生じさせるため、対象物体の表面上の揮発性物質の分布が通常時から変わってしまう。
特許文献2の手法では、捕集容器で覆った部分全体の皮膚放出成分を分析することはできるが、当該部分における成分の分布を得ることはできない。
特許文献3に記載の臭気検知キットは、比較的広い空間に拡散した臭気を検知することを目的としており、特定の表面に存在する揮発性物質の分布を得ることには適していない。
特許文献4の手法は、あくまで尿臭といった特定の物質の発生領域を検出することを目的とするものであり、複数の揮発性物質が共存しているような、我々の生活環境に存在する物の表面から発する揮発性物質の分布を得ることには適していない。
特許文献5の手法は、生体組織等の試料上の顕微領域を更に分割された微小領域に対して直接、質量分析を行うものであり、足の裏の局所領域やベッド上の部分領域など或る程度広い局所領域から生じる揮発性物質の分布を得ることには適していない。また、この方法では、微小領域に存在する化学物質を強制的に気体状にイオン化する必要があるところ、これでは、物体表面からの揮発性物質の通常の揮発状態を得ることはできない。
【0006】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、対象物の表面上の揮発性物質の分布を適切に取得可能な技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の各態様では、上述した課題を解決するために、それぞれ以下の構成を採用する。
【0008】
第一の態様は揮発性物質の分布取得方法に関する。第一の態様に係る揮発性物質の分布取得方法は、対象物の表面上に複数の吸着片を配置してその表面上に存在する揮発性物質を各吸着片にそれぞれ吸着させる採取工程と、前記採取工程後の前記各吸着片に吸着されている揮発性物質を同定する同定工程と、前記各吸着片について、前記同定工程で同定された揮発性物質の情報と、その吸着片が配置された位置の情報とをそれぞれ対応付けて取得する取得工程と、を含む。
【発明の効果】
【0009】
上記各態様によれば、対象物の表面上の揮発性物質の分布を適切に取得可能な技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本実施形態にかかる揮発性物質の分布取得方法の概要フローチャートである。
図2】本実施形態にかかる揮発性物質の分布取得方法を示すフローチャートである。
図3】揮発性物質の分布画像の生成過程の例を概念的に示す図である。
図4】実施例1における揮発性物質の採取工程を示す図である。
図5】実施例1において生成された、足裏におけるAcetic acid(酢酸)の揮発量の分布画像を示す図である。
図6】実施例1において生成された、足裏におけるiso−Valeric acid(イソ吉草酸)の揮発量の分布画像を示す図である。
図7】実施例1において生成された、足裏におけるAcetic acid(酢酸)及びiso−Valeric acid(イソ吉草酸)のにおい強度の分布画像を示す図である。
図8】実施例1において生成された、足裏におけるAcetic acid(酢酸)及びiso−Valeric acid(イソ吉草酸)の複合分布画像を示す図である。
図9】運動前のTシャツで計測されたゲラニオールの量の分布を示す図である。
図10】実施例2において生成された、Tシャツにおけるゲラニオールの分布画像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下に挙げる実施形態は例示であり、本発明は以下の実施形態の構成に限定されない。
【0012】
まず、本発明の実施形態にかかる揮発性物質の分布取得方法(以下、本方法と表記する場合もある)の概要について図1を用いて説明する。図1は、本実施形態にかかる揮発性物質の分布取得方法の概要フローチャートである。
本方法は、図1に示されるように、工程(S11)、工程(S12)及び工程(S13)を含む。工程(S11)は、揮発性物質の採取工程と呼ぶことができ、工程(S12)は、揮発性物質の同定工程と呼ぶことができ、工程(S13)は、所定情報の取得工程と呼ぶことができる。以下、各工程について詳細に説明する。
【0013】
工程(S11)は、対象物の表面上に複数の吸着片を配置してその表面上に存在する揮発性物質を各吸着片にそれぞれ吸着させる工程である。
ここで、「対象物」は、揮発性物質がその表面上に存在する有体物である。当該「対象物」は、固体でも液体でもよい。また、揮発性物質は、当該対象物の内部から発生してもよいし、当該対象物の表面に付着していてもよい。例えば、「対象物」としては、人体、動物の身体、ソファー、枕、じゅうたん、いすなどが採用される。
【0014】
「吸着片」は、揮発性物質を吸着する物であり、その形状やサイズは任意である。但し、「吸着片」は、対象物の表面上に配置され、その表面上に存在する揮発性物質を吸着する必要があるため、薄い板形状であることが好ましく、シート形状、又はシート形状より薄いフィルム形状であることが更に好ましい。このような形状によれば、配置する上での取り扱いが容易となると共に、広い吸着面を持たせることができる。また、より薄いフィルム形状とすることにより、表面の凹凸が多い物体表面に配置する場合であっても、表面の隆起に合わせて、吸着片を効率的に物体表面に追従させることができる。
また、後述するとおり、個々の「吸着片」が揮発性物質の分布を示す最小領域となるため、そのサイズが小さい程、高粒度(高分解能)の分布を得ることができる。しかしながら、逆にサイズが小さ過ぎると、取り扱いが困難となるため、「吸着片」のサイズは、要求される分布の粒度(分解能)や対象物の表面積などに応じて決められればよい。具体的には、対象物の表面に対向する吸着面の面積が1cm以上、400cm以下であることが好ましい。例えば、ソファーを対象物とする場合、「吸着片」は、400cmの吸着面を持つシート体であってもよく、枕を対象物とする場合、「吸着片」のサイズはそれよりも小さく設定される。
また、「吸着片」の材質は、揮発性物質を吸着する特性を有していればよい。具体的には、「吸着片」の材質は、特に香料成分のような、官能基や分子量が異なる多種類の揮発性有機化合物を、効率よく吸着して一定時間保持する性質を有し、かつ、吸着した揮発性物質を化学反応によって変化させないような材質であることが好ましい。
「吸着片」の具体例については後述する。
【0015】
工程(S11)における対象物の表面上への吸着片の配置方法は任意である。吸着片は、対象物の表面に接触させてもよいし、接触させずに当該表面の近傍に配置されてもよい。揮発性物質が揮発している場所(揮発部位)に関する情報を高精度に収集するためには、吸着片は、物体表面により接近していることが好ましい。吸着片が表面に接近するほど、揮発性物質の吸着片間の移動が起こり難くなるため、揮発部位をより正確に特定することができる。
また、吸着片は、対象物の表面上に固定されることが好ましいが、或る程度の自由度を持たせて配置されてもよい。吸着片を固定する場合には、例えば、吸着片の吸着面と逆側の主面(以降、吸着片の背面と表記する場合もある)側から粘着テープ等で対象物の表面上に吸着片を貼付してもよい。また、吸着片を対象物の表面に押し付けることで、吸着片を当該表面に固定することもできる。テフロン(登録商標)樹脂等、分析の妨害となる揮発性物質を発生しない材質の窓枠を、対象物表面と吸着片の吸着面との間に介在させることで、対象物表面と吸着片との間に一定の距離を保持した状態で、吸着片を配置することもできる。
【0016】
工程(S11)で対象物の表面上に吸着片を配置する際には、その吸着片における、当該対象物の表面側の主面(吸着面)とは逆側の主面(背面)に、揮発性物質の吸着を防ぐ保護フィルムが設けられていてもよい。その保護フィルムは、例えば、アルミ箔のような金属箔、又はポリイミドフィルムで実現される。この保護フィルムにより、対象物の表面以外からの揮発性物質の吸着を防ぎつつ、薄い吸着片に硬度を与え成形することができる。更に言えば、吸着片の背面に保護フィルムを設けることで、吸着片をその背面側から対象物表面に固定させる手段を設けることができる。
【0017】
また、工程(S11)における、対象物の表面上に複数の吸着片を配置してから、各吸着片に当該表面上に存在する揮発性物質をそれぞれ吸着させるまでの時間についても任意である。その時間は、数秒程度であってもよいし、数分程度、数時間程度であってもよく、揮発性物質の揮発特性や量などに応じて設定されればよい。同様に、当該複数の吸着片の配置タイミングは、同時であってもよいし、或る程度の時間差があってもよい。例えば、対象物が人の場合に、部位毎に1以上の吸着片を順次配置してもよい。また、吸着片は、後述の実施形態のように、揮発性物質を吸着させる際には複数の吸着片を集合体とした分離可能な吸着シートであってもよい。
【0018】
工程(S12)は、採取工程(S11)後の各吸着片に吸着されている揮発性物質を同定する工程である。工程(S12)によれば、各吸着片に吸着されている揮発性物質が特定される。
本方法において、工程(S12)の実現手法は制限されない。例えば、採取工程(S11)後の吸着片を溶媒中に入れ、抽出液をガスクロマトグラフ質量分析することで、揮発性物質を同定してもよい。また、後述するように、各吸着片に吸着されている揮発性物質を加熱脱着することで、測定用吸着体に揮発性物質を転移させ、その測定用吸着体をガスクロマトグラフ質量分析計に導入することで、揮発性物質を同定することもできる。
【0019】
工程(S13)は、各吸着片について、工程(S12)で同定された揮発性物質の情報と、その吸着片が配置された位置の情報とをそれぞれ対応付けて取得する工程である。
本工程で取得される「揮発性物質の情報」は、工程(S12)で同定された揮発性物質に関する情報であればよく、その具体的内容は任意である。例えば、当該「揮発性物質の情報」は、同定された揮発性物質の、物質名、量、その量に基づいて得られる量的情報(汚れ度合、におい強度など)などである。
本工程で取得される「位置の情報」が示す位置の精度も任意である。例えば、当該「位置の情報」は、脇、首筋、背中といった大まかな位置を示す情報であってもよいし、より精密な位置を示す情報であってもよい。また、複数の吸着片がマトリックス状に配置される場合には、当該「位置の情報」は、隣接する他の吸着片との相対的な位置関係により示されてもよい。
【0020】
工程(S13)において「対応付けて取得する」とは、揮発性物質の情報と位置の情報とを対応付け可能な状態で取得することを意味する。
また、その「取得する」とは、当該両情報を何らかの形で出力することのみに制限されず、当該両情報を対応付け可能な状態で存在させるといった広い意味で用いられる。例えば、工程(S13)の実行主体がコンピュータの場合、当該「取得する」は、そのコンピュータが当該両情報を関連付け可能な状態で生成又は特定することの意味も含む。当該両情報が何らかの形で関連付けられて表示されている場合、当該両情報は、対応付けられて取得されていると言える。
工程(S13)の具体的内容については後述する。
【0021】
このように、本実施形態によれば、各吸着片について、揮発性物質の情報とその吸着片が配置された位置の情報とを対応付けてそれぞれ取得することができる。各吸着片が配置されていた位置の情報は、その吸着片に関して同定された揮発性物質の揮発部位を示す。従って、本実施形態によれば、揮発性物質の情報とその揮発部位の情報との対応関係、即ち、対象物の表面上に存在する揮発性物質の分布を適切に取得することができる。
【0022】
以下、本実施形態にかかる揮発性物質の分布取得方法を更に具体的に説明する。
図2は、本実施形態にかかる揮発性物質の分布取得方法を示すフローチャートである。
図2に示されるように、本方法は、工程(S21)、工程(S22)、工程(S23)、工程(S24)、工程(S25)及び工程(S26)を含む。以下、各工程について、上述した概要と重複する内容を省略しながら、詳細に説明する。
【0023】
工程(S21)は、対象物の表面上に吸着シートを配置してその対象物の表面上に存在する揮発性物質を吸着シートに吸着させる工程である。
ここでの「吸着シート」は、上述した複数の吸着片の集合体である。よって、「吸着シート」の形状、サイズ及び材質については、上述した吸着片の集合体としての形状、サイズ及び材質を有していればよい。「吸着シート」において、当該複数の吸着片は平面上に並ぶ。但し、「吸着シート」には、複数の吸着片以外のものが含まれていてもよい。例えば、「吸着シート」は、複数の吸着片が分離された状態、一体化された状態、又は分割可能に接合された状態で保護フィルム上に並ぶものとして形成されていてもよい。この場合、各吸着片の背面側にその保護フィルムが設けられる。
このように「吸着シート」は、複数の吸着片の集合体であるため、工程(S21)は、図1に示される工程(S11)に相当し、結局のところ、複数の吸着片を対象物の表面上に配置し、各吸着片に揮発性物質を吸着させている。
【0024】
図2に示される本方法では、工程(S23)、工程(S24)及び工程(S25)において各吸着片は高温に加熱されるため、吸着シートに含まれる各吸着片の材質は、高温条件下にあっても、熱分解したり、扱いに支障をきたすような著しい変形を生じることなく、吸着した揮発性物質と化学反応したり、分析の妨害となるような揮発性物質(アウトガス)を発生しない材質であることが好ましい。このような性質を有する吸着体として、アルキルポリシロキサン、アリールアルキルポリシロキサン、ポリエーテル変性アルキルポリシロキサン等のアルキル基及び/又はアリール基を導入したポリシロキサンのいずれか1種以上を重合構造に含むシリコーンエラストマーのフィルムまたはシートが挙げられる。このうち、メチルポリシロキサン、フェニルメチルポリシロキサン、ポリエーテル変性メチルポリシロキサンから選ばれるいずれか1種以上を重合構造として含むシリコーンエラストマーが好ましく、耐熱性、耐薬品性や裁断加工のし易さの観点から、特に、ポリジメチルシロキサン(以下、PDMSと略称する)を主要な重合構造として高分子鎖に含むシリコーンエラストマーからなるシート(以下、PDMSシートと表記する場合もある)が好ましい。これにより、吸着シートがPDMSシートである場合、吸着シートを形成する各吸着片は、ポリジメチルシロキサンを含む。また、上述したように分析の妨害となる物質は、溶剤に浸漬したり、加熱することにより予め除去してもよい。
PDMSは、我々の生活環境に存在する物質と化学反応を起こしにくい材質である。よって、PDMSは、人の皮膚表面に密着させても、皮膚を構成する物質との間に水素結合や化学結合を形成することはない。また、発汗によって皮膚表面とPDMSとの間に、汗による水の層が介在しても、PDMSは撥水性を有するため、皮膚との間に、水を溶媒とする連続相は形成されない。故に、水やその他の有機溶剤を媒体として、揮発性物質がPDMSに移行することは少ない。また、PDMSは、特定の官能基と反応して揮発性物質を検出する発色試薬とも異なり、揮発性物質の官能基による吸着挙動の違いも生じにくい材質である。
吸着シートに保護フィルムが設けられる場合、その保護フィルムは、それ自体が揮発性物質を吸着しにくく、揮発性物質を遮断しつつ、高温に加熱された場合でも、熱分解したり、扱いに支障をきたすような著しい変形を生じたりすることなく、更に、分析の妨害となるような揮発性物質(アウトガス)を発生しない材質で形成されることが望ましい。保護フィルムは、例えば、アルミ箔のような金属箔、又はポリイミドフィルムで実現される。
さらに、保護フィルムは、吸着シートと共に分析前に加熱処理し、上記不純物を除去してもよい。
【0025】
工程(S22)は、揮発性物質が吸着された工程(S21)実行後の吸着シートを複数の吸着片に分割する。
工程(S22)での分割手法は制限されない。例えば、当該吸着シートが、対象物の表面形状、揮発性物質の揮発状態などに応じて裁断されることで、複数の吸着片に分割される。また、吸着シートに印刷されている切り取り線に沿って吸着シートが裁断されてもよい。また、吸着シートにはミシン目状の切り込み線又はハーフカット線が設けられており、その切り込み線又はハーフカット線に沿って、当該複数の吸着片に分割されてもよい。
また、吸着シートを対象物の表面上から移動させた後に、その吸着シートが複数の吸着片に分割されてもよいし、吸着シートが当該表面上に配置されている状態で、当該吸着シートから個々の吸着片を分割しながら取り外してもよい。
当該分割は、吸着している揮発性物質の脱着や、別の揮発性物質による吸着面の汚染を防ぐ観点から、背面側の保護フィルムを貼付したままで、型抜き機を用いた裁断により実現されてもよい。このとき、吸着シートは、揮発性物質を生じないテフロンやポリイミドの平板上で裁断されることが望ましい。また、作業者が、直接、保護フィルムの上から、カッターナイフのような工作用具で任意の大きさの吸着片に裁断してもよい。
分割された各吸着片の形状及びサイズは同一であっても相違していてもよい。但し、図2に示される本方法では、工程(S23)において加熱脱着装置を用いる場合、分割された各吸着片のサイズは、その加熱脱着装置に挿入できるように設定される必要がある。なお、分割された各「吸着片」については、上述したとおりである。
【0026】
また、分割後に、各吸着片が吸着シートのどこに存在していたのか、工程(S26)で把握可能とするために、各吸着片の、吸着シート内の位置情報を記録しておくことが望ましい。このとき、各吸着片には、各々を特定し得る識別情報(記号や番号など)がそれぞれ付されていてもよいし、作業者によりその識別情報が各吸着片に書き込まれてもよい。この場合、切断された各吸着片について、吸着片の識別情報とその吸着片の吸着シート内の位置情報とを対応付けてそれぞれ記録されればよい。また、分割後に各吸着片になり得る各局所領域にその吸着片の識別情報が付された状態において、分割前に吸着シート全体の画像を撮像しておいてもよい。
【0027】
工程(S23)は、工程(S22)実行後の各吸着片に吸着されている揮発性物質を加熱脱着し、測定用吸着体に転移させる工程である。
各吸着片は、上述したような大きさを有するため、上述の特許文献5に開示される手法と異なり、直接、質量分析することは困難な場合がある。仮に、直接、質量分析をすることができたとしても、香り成分のように、分析対象とする揮発性物質が微量である場合には、その揮発性物質の同定及び定量を適切に行うことができない可能性がある。そこで、図2に示される本方法では、各吸着片に吸着されている揮発性物質を測定用吸着体にそれぞれ転移させることにより、揮発性物質を濃縮する。よって、工程(S23)は、濃縮工程と呼ぶこともできる。
ここで「測定用吸着体」とは、揮発性物質を吸着し、測定に供することができる物質、例えば、多孔質担体等である。
【0028】
工程(S23)は、ゲステル社から販売されているサーモイクストラクター(Thermo Extractor)のような、いわゆる加熱抽出装置により実行される。例えば、加熱抽出装置では、ガラスサンプル管が測定用吸着体を充填したガラストラップ管に接続されている。吸着片がガラスサンプル管に配置されると、そのガラスサンプル管がパージガス(窒素)を流しながら高温加熱される。これにより、吸着片から加熱脱着された揮発性物質がパージガスと共に、低温のガラストラップ管に流入し、その管内の測定用吸着体に転移する。
【0029】
工程(S24)は、工程(S23)の実行により各測定用吸着体に転移された揮発性物質を同定する工程である。
工程(S25)は、工程(S23)の実行により各測定用吸着体に転移された揮発性物質の量を測定する工程である。
工程(S24)は、測定用吸着体を用いて行われるが、その内容は、図1に示される工程(S12)と同じである。即ち、工程(S24)は、各吸着片に吸着されていた揮発性物質を同定している。
同様に、工程(S25)は、各吸着片に吸着されていた揮発性物質の量を測定している。
ここで、図2の例では、工程(S24)が工程(S25)よりも先に実行されているが、工程(S24)と工程(S25)とは、並行して(略同時に)実行されてもよいし、工程(S25)が工程(S24)よりも先に実行されてもよい。
【0030】
例えば、工程(S24)及び工程(S25)は、ガスクロマトグラフ質量分析計により実行される。この場合、工程(S23)の実行後の各測定用吸着体がガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)に導入されることで、揮発性物質の同定及び定量(量の測定)が実行される。ガスクロマトグラフ質量分析計としては、アジレントテクノロジー社の7890A+5975C等、市販の装置を利用することができる。
ガスクロマトグラフ質量分析計では、捕集された揮発性物質がガスクロマトグラフにより分離され、個々のピーク値に対して、所定の質量電荷比m/z範囲におけるイオン強度信号を示すマススペクトルデータを得ることができる。このマススペクトルデータから、検出された揮発性物質の化学構造を特定(同定)することができ、スペクトル強度から、検出量を取得することができる。
工程(S24)及び工程(S25)では、例えば、全ての吸着片に関して検出された揮発性物質の中から、分析対象とする特定の揮発性物質を選定する。その選定された揮発性物質のマススペクトルの中で、その物質に特徴的であり、比較的大きなピーク強度を示すフラグメントイオン(質量電荷比m/z)を特定し、個々の吸着片から得られた揮発性物質のマススペクトルにおける、その特定したフラグメントイオンのピークアバンダンスをその選定された揮発性物質の量として取得することができる。その特定したフラグメントイオンのピークアバンダンスは、当該ガスクロマトグラフ質量分析計を用いて別途作成した、当該揮発性物質の検量線と比較することによって、その揮発性物質の揮発量に変換することができる。
【0031】
このようにガスクロマトグラフ質量分析計を用いて、工程(S24)及び工程(S25)を実行することにより、上記特許文献4の手法のように検出試薬を用いる手法とは異なり、複数種の揮発性物質の同定及び定量を行うことができる。即ち、工程(S24)では、工程(S21)の実行により各吸着片に吸着されている複数種の揮発性物質を同定し、工程(S25)では、工程(S21)の実行により各吸着片に吸着されている複数種の揮発性物質の量を測定する。
【0032】
工程(S26)は、工程(S24)で同定された揮発性物質に関する工程(S25)で測定された量に基づく量的情報を、その揮発性物質を吸着した吸着片の位置の情報に対応付けて取得する工程である。
ここで「揮発性物質の量的情報」とは、揮発性物質の量(濃度を含む)自体を示す情報及び揮発性物質の量に対応して変わり得る情報である。後者の量的情報には、におい強度、汚れ度合などが例示される。
「におい強度」は、においの強さを示す情報であり、例えば、臭気指数、におい値、においの感覚評価度合(スコア)などがある。
臭気指数は、特定の臭気物質の気相濃度をその検知閾値で除して得られる指数であって、悪臭防止法で採用されている6段階臭気強度尺度のような感覚強度尺度とも関連づけることができる指数である。
におい値(Odor value)は、ヘッドスペースにおける香料化合物の濃度をそれの検知閾値濃度で除して与えられる指数であり、香料関連の当業者によく知られた指数である。
においの感覚評価度合は、マグニチュード推定尺度、評定尺度などの心理量による尺度指数である。マグニチュード推定尺度としては、古典的なスティーブンスのべき乗則による感覚強度尺度や、ラベルド マグニチュード スケール(Labeled Magnitude Scale)等が挙げられる。評定尺度は、におい等の主観的な感覚強度を、予め設定した、5段階〜20段階程度の評価尺度で評価する方法であり、代表的なものとしては、上述の悪臭防止法において採用されている6段階臭気強度尺度などが挙げられる。
【0033】
工程(S26)により次のような画像を生成することもできる。即ち、工程(S26)において、対象物の表面を表す元画像における、各吸着片の配置位置に対応する局所領域に、各吸着片から得られた揮発性物質の量的情報を表す局所画像が合成された、揮発性物質の分布画像を生成することもできる。当該局所領域は、揮発性物質の量的情報に応じた着色、濃淡付け、パターンニングがされることにより、揮発性物質の量的情報を表すことができる。
この分布画像では、揮発性物質の量的情報とその揮発性物質を吸着した吸着片の位置情報とが対応付けられているため、これにより、対象物の表面における揮発性物質の分布を把握し易いように可視化することができる。
【0034】
上述のような分布画像は、例えば、次のように生成することができる。
工程(S25)で測定された全ての吸着片における或る特定の揮発性物質の量の中の最大値を特定し、当該量の範囲(0からその最大値までの範囲)で表示色のカラースケールを定める。カラースケールは、HSVモデル等の既存のスケールを利用することができる。そのカラースケールに従って、それぞれの吸着片における、上記特定揮発性物質の量に対応する色を、それぞれの吸着片に対応する局所領域に配色する。
また、写真撮影等により、対象物の表面の画像(元画像)を準備しておく。この画像は、写真を基に作成したイラストでもよい。
そして、上述の局所領域の配色を用いて、各局所領域についてカラー二次元画像をそれぞれ作成し、この各カラー二次元画像を、工程(S22)で記録された、各吸着片の吸着シート内の位置情報に基づいて、対象物の表面の画像(元画像)に合成することにより、揮発性物質の分布画像を生成することができる。
分布画像の生成には、既存のコンピュータ用画像作成支援ソフトを用いてもよい。画像作成支援ソフトとしては、例えば、MATLAB(マスワークス社)、Origin(ライトストーン社)、IGOR Pro(ヒューリンクス社)等が挙げられる。
【0035】
工程(S24)及び工程(S25)において複数種の揮発性物質の同定及び定量を行う場合、工程(S26)において、揮発性物質の種毎に上述の分布画像を生成することができる。
また、一つの分布画像において、複数種の揮発性物質の分布を表すこともできる。即ち、工程(S26)において、元画像における局所領域に、各吸着片に関する複数種の揮発性物質の量的情報の複合情報を表す複合局所画像が合成された、複数種の揮発性物質の分布画像を生成することができる。
例えば、二種の揮発性物質の量的情報の差分に基づいて局所領域の配色を決める。この場合、全ての吸着片に関して、揮発性物質の種間の揮発性物質の量の差分の範囲を特定し、その差分の範囲(最小値(負の差分)から最大値(正の差分)までの範囲)で表示色のカラースケールを定める。そのカラースケールに従って、それぞれの吸着片における、揮発性物質の種間の揮発性物質の量の差分に対応する色を、それぞれの吸着片に対応する局所領域に配色する。また、複数種の揮発性物質の量的情報の合算値に基づいて局所領域の配色を決めてもよい。
なお、揮発性物質の分布画像は、揮発性物質の量(濃度を含む)自体ではなく、揮発性物質の量に対応して変わり得る値を用いて生成されてもよいことは言うまでもない。
【0036】
図3は、揮発性物質の分布画像の生成過程の例を概念的に示す図である。
吸着シートは、対象物の表面上に配置され、その表面上の揮発性物質を吸着させると、その後、複数の吸着片に分割される。
分割された吸着片毎に、その吸着片に吸着した揮発性物質は、測定用吸着体への転移により濃縮され、ガスクロマトグラフ質量分析計により同定及び定量される。この同定及び定量の結果に基づいて、吸着片毎に、揮発性物質の量的情報を表す局所画像が生成される。各局所画像は、当該量的情報に応じて着色、濃淡付け、パターニング等が施された画像である。
このように生成された複数の局所画像が、対応する吸着片が配置された位置の情報に基づいて、並べられ、局所画像の統合画像が生成され、その統合画像がスムージング処理される。このスムージング処理には、例えば、数学的な補間処理(線形補間など)が用いられる。
そして、最終的に、スムージング処理が施された統合画像が、対象物の表面を表す元画像に合成されることにより、揮発性物質の分布画像が生成される。
【0037】
このように、揮発性物質の分布の可視化を行うことによって、物体表面に存在している揮発性物質が、日常の生活環境において、どのように物体表面に分布し、どの程度揮発しているか、温度や物体表面の状態の違いによって、揮発挙動がどのように変化するのかといった情報を把握し易く提示することができる。即ち、揮発性物質の発生部位に関する位置情報とその揮発量に関する情報を統合して、可視化情報として表現することができる。
また、本実施形態によれば、各吸着片についてそれぞれガスクロマトグラフ質量分析計により同定及び定量されるため、複数種の揮発性物質の分布を得ることができ、かつ、香気成分(におい成分)のような微量な揮発性物質の分布を得ることができる。
【0038】
加熱操作は、吸着シート全体を収納できる大きさのステンレス製容器に当該吸着シートを収納し、その容器ごとオーブン内部に入れて加熱する。その容器には、不活性ガスの流入口と流出口を設け、分析の妨害となる不純物質が存在しない窒素、ヘリウム等の不活性ガスを流しつつ、オーブンで加熱して、吸着していた不純物を除去する。オーブンによる加熱時の当該容器内の温度は、保護フィルムを含む吸着シートから不純物を効率よく除去し、かつ吸着シート及び保護フィルムが加熱による変形や化学変化を起さないという観点から、100℃から300℃が好ましく、好ましくは120℃から300℃であり、より好ましくは150℃から280℃であり、さらに好ましくは180℃から250℃である。加熱時間は、5時間以上が好ましく、より好ましくは8時間、さらには10時間、特には12時間以上が好ましい。
【0039】
加熱後、冷却した吸着シートを、不純物が吸着しないように、テフロン製容器等に入れて、外気から密封遮断して、使用直前まで保存する。
加熱処理後、保存しておいた吸着シートを、保存容器から、保護フィルムを貼付した状態で取り出して、対象物の表面上に配置する。
【0040】
図2に例示されるフローによれば、吸着シートに揮発性物質を吸着させた後に、吸着シートを複数の吸着片に分割しているが、工程(S21)と工程(S22)とを入れ替えてもよい。この場合、分割された各吸着片をそれぞれ対象物の表面に配置することになる。また、図1に示されるように、複数の吸着片があらかじめ用意されていてもよい。
【0041】
以下に二つの実施例を挙げ、上述の各実施形態を更に詳細に説明する。
実施例1は、足裏から発生する悪臭成分の分布を取得する実験の結果を示し、実施例2は、衣類からの発香挙動を取得する実験の結果を示す。なお、上述の各実施形態の内容は、以下の内容に限定されない。
【実施例1】
【0042】
実施例1では、次のように、吸着シートが作成された。
元のシートをカッターで裁断することにより、所定の大きさ(27cm×9cm)のPDMSシートを準備する。実施例1では、SSP社(Specialty Silicone Products, Inc.)製の厚さ0.127mmのPDMSシートが用いられた。
そのPDMSシートをアルミニウム箔(厚さ40ミクロン)の上に置き、アルミニウム箔をPDMSシートの形に合わせて裁断して、吸着シートの原型とする。実施例1では、そのアルミニウム箔が保護フィルムに相当する。
そして、その原型を不活性化処理したステンレスタンク(500ml)の中に入れた後、そのステンレスタンクをオーブンの中に入れ、そのステンレスタンクに銅パイプを2本繋げる。一本の銅パイプは、純窒素をステンレスタンク内に送り込むパイプであり、他方の銅パイプは、当該原型から脱着した不純物を含む純窒素をオーブンの外部に排出するパイプである。そして、200ml/分(min)の流速で純窒素を流し、280℃で12時間加熱することにより、吸着シートを作成した。
室温に戻した後、ステンレスタンク内からその吸着シートを取り出し、素早くテフロン製の容器(1000ml)に格納する。
【0043】
1名の20代の健常男性を被験者として、通常のデスクワークの終了後(午後5時の時点で)、その被験者の足裏を対象物として次のように分析を行った。以下、分析の各工程について図2に例示されるフローの各工程を対応付けて説明する。
床の上にアルミニウム箔(12ミクロン)を敷き、その上に、テフロン製の容器に格納されている吸着シートを取り出し、吸着面が上を向くように設置した。そして、上記被験者の左足の裏をその吸着シートの吸着面上に載せ、そのままの状態で30分間採取した(S21)(図4参照)。図4は、実施例1における揮発性物質の採取工程を示す図である。
【0044】
採取後、カッターにより吸着シートを50枚の吸着片に裁断した(S22)。各吸着片の大きさは、2.7cm×1.8cmの大きさに統一された。50枚の吸着片は、テフロンチューブ(外径16mm、長さ110mm)に1枚ずつ保存された。
【0045】
次に、吸着片を1枚ずつガラス管(内径13.5mm、外径16mm、長さ177mm)に入れ、テフロン製のコネクターを介し、捕集剤であるTenaxTA(60/80 mesh 100mg)を充填したガラス管(内径5mm、外径6mm、長さ60mm)を繋いだ。これを加熱抽出装置に導入し、50ml/minの流速で純窒素を流し、250℃で10分間加熱した(S23)。実施例1では、その捕集剤が測定用吸着体に相当する。
【0046】
上述の捕集剤がガスクロマトグラフ質量分析計に導入され、次のような条件の下、揮発性物質が同定及び定量された(S24)(S25)。
GC×GC−TOFMS:7890B(アジレント社)+Pegasus 4D(LECO社)
キャリアガス(He)流速:1ml/min
測定モード:SCANモード
1stカラム:DB−WAX(アジレント、P/N122−7062、S/N SE521923H、60m×0.25mm、膜厚0.25μm)
2ndカラム:DB−5(P/N121−5522、S/N USE571924H、1.29m×0.18mm、膜厚0.18μm)
1stオーブン昇温条件:40℃(4min)→6℃/min→70℃(0min)→5℃/min→240℃(30min)
2ndオーブン昇温条件:1stオーブン+15℃
モジュレーター昇温条件:1stオーブン+30℃
モジュレーション間隔:7秒(Hot:1.27秒、Cool:2.23秒)
加熱脱着システム:TDU(ゲステル社)+MPS2(ゲステル社)
加熱脱着条件:splitless;TDU(Twister Desorption Unit):20℃(0.7min)→280℃(5min);CIS(Cold Injection System):−80℃→250℃(5min)
【0047】
上記分析計で得られたクロマトグラムデータから16種類の悪臭成分についてそれぞれの特徴m/zにてイオン抽出を行い、マススペクトルパターン及び相対保持時間をもとに成分のピークを同定する。16成分の名称と特徴m/zは次のとおりである。
Acetic acid(m/z:60)、Acetoin(m/z:88)、Diacetyl(m/z:86)、Dimethyl disulfide(m/z:94)、Methyl mercaptane(m/z:48)、Dimethyl trisulfide(m/z:126)、Propionic acid(m/z:74)、Pyridine(m/z:52)、Skatol(m/z:130)、iso−Butyric acid(m/z:73)、iso−Valeric acid(m/z:60)、n−Butyric acid(m/z:73)、n−Heptanoic acid(m/z:60)、n−Hexanoic acid(m/z:60)、p−Cresol(m/z:108)、trans−2−Nonenal(m/z:70)
各吸着片について、上記各成分の検出量をピークアバンダンスとしてそれぞれ抽出する。
このとき、各吸着片についてその位置情報と各成分の検出量との対応表を既存の表計算ソフトで作成しておく。
【0048】
上述のように作成されたファイルを画像作成支援ソフト(IGOR Pro Ver6.3.6.0、ヒューリンクス社)にインポートすると共に、全ての吸着片に関して得られた検出量の最大値に基づいて強度表示のカラースケールを決め、各吸着片の検出量に応じて各吸着片の配色を決めた。そして、当該ソフトにより、足裏表面に対応した二次元画像(局所画像の統合画像)を生成し、更に、感覚的に理解しやすくするため、その二次元画像にスムージング処理(spline法)を行った。
続いて、成分毎に、スムージング処理を行った画像を画像加工ソフト上で透明化処理し、実際の足裏表面画像と合成する。この合成画像を画像加工ソフト(photoshop、アドビ社、Ver9.0)にインポートして、背景部分を黒に変え、画像加工することにより各成分に関する分布を画像化した(S26)。
【0049】
図5は、実施例1において生成された、足裏におけるAcetic acid(酢酸)の揮発量の分布画像を示す図であり、図6は、実施例1において生成された、足裏におけるiso−Valeric acid(イソ吉草酸)の揮発量の分布画像を示す図である。なお、図5及び図6の左側には、分布画像の元画像となる足裏の画像が示されている。
図5に示される分布画像によれば、足裏において親指と人差指の間の付け根周辺、即ち、汗が多く、湿っており腐敗し易い部位に、酢酸が多く生じていることを容易に把握することができる。
図6に示される分布画像によれば、足裏において外側の親指の付け根周辺と踵、即ち、乾燥した角質が多い部位に、イソ吉草酸が多く生じていることを容易に把握することができる。
また、その他の成分についても同様に分布画像を生成することができ、結果として、Propionic acid、iso−Butyric acid、n−Butyric acidが図5で示される酢酸と同様の分布を示し、Acetoin、Diacetyl、Pyridine、Skatol、n−Hexanoic acid、n−Heptanoic acid、p−Cresol、trans−2−Nonenalが図6に示されるイソ吉草酸と同様の分布を示し、両グループが異なる部位に局在していることを可視化できることが分かった。
【0050】
図7は、実施例1において生成された、足裏におけるAcetic acid(酢酸)及びiso−Valeric acid(イソ吉草酸)のにおい強度の分布画像を示す図である。酢酸のにおい強度は、酢酸の揮発量が酢酸の閾値(350.3ng/L)で除算されて得られ、イソ吉草酸のにおい強度は、イソ吉草酸の揮発量がイソ吉草酸の閾値(10.1ng/L)で除算されて得られた。
図8は、実施例1において生成された、足裏におけるAcetic acid(酢酸)及びiso−Valeric acid(イソ吉草酸)の複合分布画像を示す図である。図8の例では、イソ吉草酸のにおい強度と酢酸のにおい強度との差分により、二つの複合成分の分布が表れている。図8の例によれば、親指及びその付け根周辺並びに踵は、イソ吉草酸のにおい強度が支配的となっており、土踏まずの周辺は、酢酸のにおい強度が支配的となっていることがわかる。
【実施例2】
【0051】
実施例2では、次のように、吸着シートが作成された。
元のシートをカッターで裁断することにより、所定の大きさ(8cm×4cm)のPDMSシートを準備する。実施例2では、SSP社製の厚さ0.127mmのPDMSシートが用いられた。
そのPDMSシートをアルミニウム箔(厚さ40ミクロン)の上に置き、アルミニウム箔をPDMSシートの形に合わせて裁断して、吸着シートの原型とする。実施例2では、そのアルミニウム箔が保護フィルムに相当する。
そして、その原型を不活性化処理したステンレスタンク(500ml)の中に入れた後、そのステンレスタンクをオーブンの中に入れ、そのステンレスタンクに銅パイプを2本繋げる。一本の銅パイプは、純窒素をステンレスタンク内に送り込むパイプであり、他方の銅パイプは、当該原型から脱着した不純物を含む純窒素をオーブンの外部に排出するパイプである。そして、500ml/分(min)の流速で純窒素を流し、280℃で12時間加熱することにより、吸着シートを作成した。
室温に戻した後、ステンレスタンク内からその吸着シートを取り出し、素早くテフロン製の容器(1000ml)に格納する。
実施例2では、上述のようにして吸着シートを複数作成し、裁断せずに、当該複数の吸着シートをそのまま用いたため、以下の説明では、個々の吸着シートを吸着片と表記することとする。
【0052】
実施例2では、対象物として綿100%のTシャツが利用され、その対象物が次のように準備された。
まず、購入したTシャツを3回水洗いする。そして、市販の柔軟剤に香料前駆体(ゲラニオール4置換体のケイ酸エステル)を0.5%賦香させた剤を作成し、その剤を用いてTシャツを処理し、一晩部屋干しした。
実施例2は被験者の汗の匂い成分を直接的に計測せずに、被験者の汗(水分)の量に比例的に生じるゲラニオールを計測することで、間接的に被験者の発汗の分布を計測した。
【0053】
図9は、運動前のTシャツで計測されたゲラニオールの量の分布を示す図である。計測にあたり、まず、コントロール用として、上述のように処理したTシャツを床の上に広げ、図9に示されるように、脇(C1)、胸(C2)、みぞおち(C3)に吸着片をそれぞれ配置し、10分間採取した。採取後は、3枚の吸着片をテフロンチューブ(外径16mm、長さ110mm)に1枚ずつ保存した。
図9によれば、3か所全てにおいてゲラニオールの揮発量が少ないことが示されている。
【0054】
実施例2では、1名の20代の健常男性を被験者として、被験者に上述のように処理されたTシャツを着せ、所定場所(体育館、温度23℃、湿度49%)を10分間(約2キロ)ランニングさせた。運動終了後、Tシャツを着たまま被験者を床上に仰向けに寝かせ、Tシャツの全面(上面)に24か所、吸着片を設置し、10分間採取した。採取後は、24枚の吸着片をテフロンチューブ(外径16mm、長さ110mm)に1枚ずつ保存した。
実施例2は、このように、複数の吸着シート(吸着片)をそのまま対象物(Tシャツ)の表面に配置して、ゲラニオールを採取した(工程(S21)及び工程(S22)に相当)。
【0055】
次に、採取後の吸着片を1枚ずつガラス管(内径13.5mm、外径16mm、長さ177mm)に入れ、テフロン製のコネクターを介し、捕集剤であるTenaxTA(60/80 mesh 200mg)を充填したガラス管(内径4mm、外径6mm、長さ177mm)を繋いだ。これを加熱抽出装置に導入し、50ml/minの流速で純窒素を流し、250℃で10分間加熱した(S23)。実施例2では、その捕集剤が測定用吸着体に相当する。
【0056】
上述の捕集剤がガスクロマトグラフ質量分析計に導入され、次のような条件の下、揮発性物質が同定及び定量された(S24)(S25)。
GC/MS:7890A+5975C(アジレントテクノロジー社)
キャリアガス(He)流速:1ml/min
測定モード:SCANモード
カラム:DB−WAX(アジレント、P/N122−7062、S/N USA175211H、60m×0.25mm、膜厚0.25μm)
GCオーブン昇温条件:40℃(3min)→6℃/min→70℃(0min)→3℃/min→240℃(0min)
加熱脱着システム:TDS3(ゲステル社)+TDSA2(ゲステル社)
加熱脱着条件:splitless;TDU(Thermal Desorption System):5℃→250℃(5min);CIS(Cold Injection System):−150℃→250℃(5min)
【0057】
上記分析計で得られたクロマトグラムデータからゲラニオールの特徴m/zである69にてイオン抽出を行い、マススペクトルパターン及び相対保持時間をもとにゲラニオールのピークを同定する。そして、各吸着片についてゲラニオールの検出量をピークアバンダンスとしてそれぞれ抽出する。
このとき、各吸着片についてその位置情報とゲラニオールの検出量との対応表を既存の表計算ソフトで作成しておく。
作成されたファイルを画像作成支援ソフト(IGOR Pro Ver6.3.6.0、ヒューリンクス社)にインポートすると共に、全ての吸着片に関して得られた検出量の最大値に基づいて強度表示のカラースケールを決め、各吸着片の検出量に応じて各吸着片の配色を決めた。そして、当該ソフトにより、Tシャツ表面に対応した二次元画像(局所画像の統合画像)を生成し、更に、感覚的に理解しやすくするため、その二次元画像にスムージング処理(spline法)を行った。
続いて、スムージング処理を行った画像を画像加工ソフト上で透明化処理し、実際のTシャツ表面画像と合成する。この合成画像を画像加工ソフト(photoshop、アドビ社、Ver9.0)にインポートして、背景部分を黒に変え、画像加工することによりゲラニオールに関する分布を画像化した(S26)。
【0058】
図10は、実施例2において生成された、Tシャツにおけるゲラニオールの分布画像を示す図である。図10によれば、図9と比較して、全体的にゲラニオールの検出量が多いことが分かる。このことから運動での発汗によってゲラニオールの発香量の増加を確認した。また発香量分布として中心付近が強く発香し、脇腹付近の発香は少ないことを把握できる。以上より、香料前駆体が付着した衣類からのゲラニオールの発香を確認し、発香量の部位依存性を可視化できることが立証された。
【0059】
なお、上述の説明で用いた複数のフローチャートでは、複数の工程(処理)が順番に記載されているが、本実施形態で実行される工程の実行順序は、その記載の順番に制限されない。本実施形態では、図示される工程の順番を内容的に支障のない範囲で変更することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10