(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき図面を参照しながら説明する。本発明の被測定物の保持具(以下、単に「保持具」とも言う。)は、被測定物に変形を与えたときの力学応答特性を計測する装置本体を備える力学特性計測システムを用いた計測を行うときに用いられるものである。被測定物の種類に特に制限はなく、変形を与えることが可能であり、且つ力学応答特性を測定することが可能な性状を有するものである限り、例えば液状、ゲル状、ペースト状、及び固形であってもよい。また被測定物は生体でもよく、あるいは非生体でもよい。生体を被測定物とする場合、該生体としては、ヒト及びヒト以外の生物が挙げられる。ヒトを被測定物とする場合には、当該測定は非医療目的で行われる。プローブが接触する測定部位は皮膚が代表的なものとして挙げられるが、これに限られず、他の部位、例えば粘膜等であってもよい。
【0014】
被測定物に与える変形の種類は、例えば圧縮、引っ張り、ねじり、及び曲げなどが挙げられるが、これに限られない。被測定物に変形を与えたときの力学応答パラメータとしては、例えば弾性率、粘度、タック力、摩擦係数、法線力、及びトルクなどが代表的なものとして挙げられる。具体的には動的粘弾性が挙げられる。
【0015】
図1には、本発明の保持具とともに用いられる力学特性計測装置の一例としての動的粘弾性測定装置10が示されている。動的粘弾性測定装置10は、装置本体11を備えており、該装置本体11にはプローブ12が取り付けられている。プローブ12は、被測定物に与える変形の種類に応じ、種々の形状のものが用いられる。プローブ12は、装置本体11から鉛直下方に向けて垂下するように取り付けられている。尤も、プローブ12の取付態様はこれに限られず、例えば装置本体11から水平方向に張り出すように取り付けられてもよい。プローブ12の取付態様は、被測定物に与える変形の種類、プローブ12の形状、被測定物の種類、被測定物の形状等に応じて適宜決定される。
【0016】
動的粘弾性測定装置10は、テーブル13の載置面13a上に載置されている。動的粘弾性測定装置10に隣接した位置には架台14が設置されている。架台14は、被測定物(図示せず)が載置される。したがって架台14の載置面14aは、少なくともプローブ12の直下に位置している。
【0017】
図2には、
図1に示す動的粘弾性測定装置10とともに用いられる保持具20が示されている。保持具20は、被測定物の外形に合わせて該被測定物の保持が可能な形状に変形可能になされている。これとともに保持具20は、計測時に該形状が保持可能になされている。このような構成を達成するために、保持具20は、変形可能な気密袋21を備えている。気密袋21は気体非透過性のシート材料から構成されている。保持具20の肌触りを良好にすることを目的として、気密袋21は高分子材料又は発泡高分子シート等のフレキシブルな素材であることが好ましい。更に気密袋21は、その外面が布で覆われていてもよい。布で覆うことは、被測定物はヒトの身体の一部である場合に特に有用である。気密袋21の内部には顆粒状物質(図示せず)が封入されている。顆粒状物質は一般にその平均的な大きさが、気密袋21内を減圧したときに、ある程度の柔軟性を保つようにする観点から、1mm以上で、被測定物の外形への追従性を維持する観点から、8mm以下の粒状体からなる。この粒状体は、被測定物の測定時に加わる荷重に対して実質的に変形しない程度の剛性を有する固体物質から構成されている。また、この粒状体は中実体であるか、又は中空体である。中実体と中空体との混合物を用いてもよい。
【0018】
顆粒状物質はその形状に特に制限はなく、例えば球状、多面体状、楕円球状、紡錘状、不定形等であり得る。これらの形状の組み合わせを用いてもよい。気密袋21の内部での顆粒状物質の充填性を高め、被測定物の測定時に保持具20の形状を確実に保持する観点からは、略球状の形状を有する顆粒状物質を用いることが好ましい。
【0019】
顆粒状物質は、気密袋21内において流動可能な状態で封入されている。それによって、保持具20はその外形を自由に変形させることが可能となる。また被測定物の外形に適応して形状に容易に変形し得る点から、保持具20はその外形が、
図2に示すとおり扁平体であることが好ましい。
【0020】
保持具20の気密袋21には連通部22が備えられている。連通部22は気密袋21の内部と外部とを繋ぐ部材である。
図2に示す実施形態では連通部22は筒状の形状をしている。この筒には、例えば、二方弁(図示せず)が設けられている。この二方弁は、連通部22を通じての気密袋21の内部から外部への気体の排気及び外部から内部への気体の流入を調整できる構造を有している。なお、二方弁に替えて逆止弁を用いることもできる。
【0021】
以上のとおりの構成を有する保持具20は、いわゆる減圧式ビーズマットという称呼で広く知られている物品である。この種の保持具20を用いる場合には、保持具20とは別に用意しておいた排気ポンプ40の排気管41を、気密袋21に取り付けられている連通部22と接続する。この時点では、気密袋21内には空気が存在している。また気密袋21内に封入されている顆粒状物質は流動状態を保っており、保持具20も、外力によって変形可能な状態を保っている。この状態から排気ポンプ40を作動させると、気密袋21内に存在している空気が次第に排気されて気密袋21は次第に縮小していくとともに、顆粒状物質が流動性を次第に喪失していき締め固まった状態となる。そして気密袋21内を−20〜−40kPa(ゲージ圧)程度の吸引力で減圧すると、顆粒状物質は流動性をほぼ喪失し、ほぼ変形不能な締め固まった状態となる。このようにして、保持具20はその形状が保持可能になる。
【0022】
図3には、動的粘弾性装置10及び保持具20を用いて、被測定物を測定する状態の一例が示されている。同図においては、ヒト30を被験者とし、ヒト30の前腕部31の内側の皮膚を被測定物とした状態が示されている。
図3に示す実施形態においては、例えば美容の目的、皮膚に塗布する化粧料の開発又は選定の目的、皮膚に塗布する医薬部外品の開発又は選定の目的などの非医療行為を目的として測定を行っている。
【0023】
図3に、被験者であるヒト30が架台14に隣接している椅子15に腰掛け、左腕の前腕部31を、その内側がプローブ12と対向するように、架台14の載置面14aに載置している状態が示されている。前腕部31と載置面14aとの間には保持具20が配置されている。保持具20が縦長の形状をした扁平体であり、その長手方向が前腕部31の延びる方向と一致するように、前腕部31と載置面14aとの間に配置されている。
【0024】
この場合、保持具20の両端域23a及び23bが、架台14の載置面14aにおける前後の端縁から外方に延出し、且つ鉛直下方に向けて垂下するように、該保持具20を配置する位置を調整する。次に、
図3に示す状態にある保持具20と前腕部31とを良く馴染ませて、両者が極力密着し、両者間に隙間が極力生じないように、保持具20を変形させる。この状態下に、保持具20における連通部(図示せず)に、
図2に示す排気ポンプ40を接続し、保持具20の気密袋21内の気体を脱気する。この脱気によって、保持具20の気密袋21が次第に縮小していき、顆粒状物質は流動性をほぼ喪失してほぼ変形不能な締め固まった状態となる。これによって被測定物である前腕部31の固定状態が完成する。その結果、測定の間にわたり前腕部31の動きが阻止される。また、この状態は、ヒト30が自然な姿勢になっているので、肉体的な負担が少ない。また、保持具20による前腕部31の固定状態では過度な締め付けは起こらないので、例えば血流の変化や筋肉の弛緩等、測定に影響を来すような身体的変化が生じにくい。
【0025】
このようにして前腕部31の固定状態が完成したら、
図4に示すとおり、動的粘弾性測定装置10の装置本体11に取り付けられているプローブ12を降下させて、前腕部31の皮膚に当接させる。そしてプローブ12に所定の動作を行わせる。本実施形態における所定の動作の例としては、圧縮、引っ張り、ねじり、などが挙げられるが、これらに制限されない。プローブ12の動作によって、前腕部31の皮膚に変形が加えられ、その変形に起因する力学応答特性がプローブ12によって検知されて計測される。測定の間は、前腕部31は保持具20によって確実に固定されている。したがって精度の高い測定を行うことができる。また、この際、もう一方の手である決まった箇所を掴む等することで、身体の体勢を一定に保ち、より精度の高い測定を行うことができる。
【0026】
図5には、
図4に示す測定を行った後の状態が示されている。
図5には被験者であるヒト30は示されていない。
図5に示すとおり、脱気されて形状が固定化された保持具20は、架台14の載置面14aにおいて、その前後方向の位置が固定されている。この理由は、
図6及び
図7に示すとおり、形状が固定化された状態の保持具20においては、その両端域23a及び23bが鉛直下方に向けて垂下した状態でその形状が固定化されており、これら両端域23a及び23bが前後方向の位置決め手段として機能するからである。詳細には、保持具20の両端域の一方23aが架台14の載置面14aの前端部に係止され、且つ両端域の他方23bが載置面14aの後端部に係止されることで、保持具20はその前後方向の位置が一定の位置に固定される。その結果、例えば測定が一旦終了し、ヒト30が動的粘弾性測定装置10から離れた後、すなわち
図5に示す状態になった後、再び計測を行う場合、既に形状が確定している保持具20の凹部20aに前腕部31を嵌め込めば、先に行った測定状態が容易に再現され、再測定を容易に行うことができる。この場合、横方向に関しては、再測定に際して位置ずれが生じている可能性があるが、そうであったとしても、保持具20を左右に平行移動させることで横方向の位置ずれは容易に修正することができる。したがって横方向に関する位置ずれは、再測定の際の精度に影響は及ぼさない。あるいは、横方向の固定もできるよう、架台14あるいは載置面14aに凸部等を設けてもよい。
【0027】
以上の実施形態において用いられる動的粘弾性測定装置10としては、ヒトの皮膚に、制御された変形(あるいは制御された力)を加え、その応答としての力(あるいは変形)を検出するための機構を備えていることが好ましい。具体的には、以下の(1)−(3)のいずれかの装置を用いることが好ましい。
(1)皮膚測定表面部位の中心点への接面に垂直な方向への押し付け力又は押し付け変位を与えつつ、接面に平行な方向での回転振動変形又は回転変形を与えることにより力学計測を行い得る装置。
(2)皮膚測定表面部位の中心点への接面に垂直な方向への一定力や変形での押し付け、あるいは制御された押し付け力又は移動速度で押し付けや引き上げを行うことで力学計測を行い得る装置。
(3)(1)及び(2)の両方のモードを組み合わせた計測を行い得る装置。
【0028】
特に、精度の高い測定を行うためには、以下の性能を有する装置を用いることが好適である。
・検出可能な最小トルク(振動):1nNm以上1μNm以下
・検出可能な最小トルク(回転):5nNm以上1μNm以下
・計測可能な最大トルク:10mNm以上300mNm以下
・トルク分解能:0.07nNm以上100nNm以下
・設定可能角度:0.07μrad以上
・回転角分解能:7nrad以上70nrad以下
・ステップ速度(応答時間):3ms以上30ms以下
・ステップ歪み(応答時間):8ms以上50ms以下
・ステップ時間(設定値の99%):10ms以上200ms以下
・角速度範囲:10
−4s
−1〜314s
−1程度
・角周波数範囲:10
−3s
−1〜628s
−1程度
・法線力範囲:0.005N以上50N以下
・法線力分解能:0.5mN
【0029】
本発明の保持具20を用いた計測は様々な場面で有用なものである。例えば被験体がヒトである場合、ヒトの皮膚に化粧製剤を塗布又は貼付し、その状態下に計測を行うことで、化粧製剤によって得られる皮膚の感触等の性能を客観的に評価することができる。この評価は、個人個人に適した化粧製剤の選定に有用であり、また新たな化粧製剤の開発にも有用である。この場合、装置10に取り付けられているプローブ12の種類を適切に選定することで、測定の精度、ひいては評価の精度を一層高くすることができる。例えばプローブ12を用いて粘弾性測定を行う場合には、
図8に示すように、被測定物との当接面に複数条の溝25が設けられたプローブ12を用いることで、被測定物との間で滑りが発生することが効果的に防止されて、測定の精度を高めることができる。また、摩擦測定や圧縮測定を行う場合には、被測定物との当接面が平滑であり、且つ耐摩耗性の高い材料からなるプローブ12を用いることで、測定の精度を高めることができる。
【0030】
従来、ヒトの皮膚及び皮膚上に施された化粧製剤の塗膜のレオロジー特性を測定する機器としては、例えばキュートメーターやダーマトルクメーターが用いられてきた。またヒトの皮膚及び皮膚上に施された化粧製剤の塗膜の摩擦特性を測定する機器としては、例えばKES−SE摩擦感テスターやハンディラボマスターが用いられてきた。しかし、これらの機器には、化粧製剤を塗布した条件では測定が困難であり、また押圧を制御できないという欠点があった。これに対して、上述の保持具20を用いれば、ヒトの皮膚及び皮膚上に施された化粧製剤の塗膜のレオロジー特性を容易に計測できる。しかも、保持具20の構造は簡素なものであり、形状の固定作業も容易に行うことができる。その上、複数回の繰り返し使用が可能である。このように、上述の保持具を用いた計測は、これまでにない容易、且つ精度の高いものとなり、各種の計測分野において極めて有用なものとなる。
【0031】
以上、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明したが、本発明は前記実施形態に制限されない。例えば前記実施形態においては、力学特性計測装置の一例として粘弾性測定装置を挙げて本発明の保持具及び力学特性計測システムを説明したが、力学特性計測装置はこれに限られない。
【0032】
また、前記実施形態においては、保持具20として、いわゆる減圧式ビーズマットを例に挙げて本発明を説明したが、減圧式ビーズマット以外の保持具を用いてもよい。
【実施例】
【0033】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されるものではない。
【0034】
〔実施例1〕
本実施例においては、被測定物としてヒトの上腕内側部を用い、肌の力学応答特性を測定した。測定には、
図1に示す動的粘弾性測定装置10及び
図2に示す保持具20を用いた。保持具20としては減圧式ビーズマットを用いた。保持具20を
図3に示すとおりに装置10に設置し、保持具20によってヒトの上腕内側部を保持した。動的粘弾性測定装置10に取り付けるプローブ12としては
図8に示す、溝形成による滑り止め処理を施した直径8mmのアルミニウム合金製の円板セルを用いた。この測定により得られるトルク値は、ヒトの肌の硬さの指標となるものであり、tanδ値は肌の質(弾性的か、あるいは粘性的か)の指標となるものである。測定は2段階で行った。最初にセルが計測対象部位を1Nの押し付け力で押すように制御し(全5秒間)、続いて押し付け力を1Nに制御しつつ、一定の時間間隔で10点の測定を行った。測定周波数は2Hzで、振幅は0.8度とした。
【0035】
化粧品等の塗布をしていないブランク肌について、保持具20による保持の有無で測定を行った。その結果を
図9(a)及び(b)に示す。なお、測定時間の間隔を多少変更しても結果が大きく異ならないことが判明したので、ある時期から、検討初期の頃よりも測定時間の間隔を短くした。同図中、保持具20による保持なしの結果は5秒間隔での測定結果であり、保持具20による保持ありの結果は3秒間隔での測定結果である。トルク及びtanデルタともに2回の測定結果を示しているが、トルク値及びtanδ値ともに、保持具20による保持を行った場合の方が値の変動が少ないことが判る。
【0036】
測定値の変動を定量的に示すため、各測定における測定値の標準偏差を求めたところ、以下の表1に示す結果が得られた。
【0037】
【表1】
【0038】
同表に示す結果から明らかなとおり、トルク値及びtanδ値ともに、保持具20による保持を行うことで、保持を行わない場合に比べて測定の精度が一桁向上することが判る。
【0039】
〔実施例2〕
本発明の方法によって市販化粧水A、B及びCの塗布に起因する肌の硬さの変化を測定した例を示す。化粧水を塗布する前のブランク肌、並びに各化粧水を塗布した直後及び塗布後一定時間経過後の肌の動的粘弾性測定を行った。化粧水の塗布に起因する肌の硬さの時間変化を知るために、ブランク肌の測定時のトルク値を基準とした変化率を、各測定点について求めた。変化率は以下の式で定義される。
変化率=(T
t−T
0)/T
0
式中、T
0はブランク肌のトルク値を表し、T
tは各化粧水を塗布してt分経過後でのトルク値を表す。
変化率の経過時間依存性を
図10に示す。同図に示す結果から明らかなとおり、化粧水の塗布によって、塗布の直後ではどの化粧水でも肌の硬さは低下したが、その後の挙動は化粧水により全く異なることが計測できた。