【実施例】
【0027】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
図1は、本発明に係る車輪用軸受装置の一実施形態を示す縦断面図、
図2は、
図1の車両中央側のシールを示す要部拡大図、
図3は、
図2のシールの変形例を示す要部拡大図、
図4は、
図2のシールの他の変形例を示す要部拡大図、
図5は、
図2のシールの他の変形例を示す要部拡大図である。なお、以下の説明では、車両に組み付けた状態で車両の外側寄りとなる側をアウター側(
図1の左側)、中央寄り側をインナー側(
図1の右側)という。
【0028】
図1に示す車輪用軸受装置は従動輪側の第3世代と呼称され、内方部材1と外方部材2、および両部材1、2間に転動自在に収容された複列の転動体(ボール)3、3とを備えている。内方部材1は、ハブ輪4と、このハブ輪4に圧入された内輪5とからなる。
【0029】
ハブ輪4は、アウター側の端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジ6を一体に有し、外周に一方(アウター側)の内側転走面4aと、この内側転走面4aから軸方向に延びる小径段部4bが形成されている。また、車輪取付フランジ6の周方向等配位置にはハブボルト6aが植設されている。
【0030】
内輪5は、外周に他方(インナー側)の内側転走面5aが形成され、ハブ輪4の小径段部4bに所定のシメシロを介して圧入されると共に、小径段部4bの端部を径方向外方に塑性変形させて形成した加締部4cによって予圧が付与された状態で、ハブ輪4に対して軸方向に固定されている。
【0031】
外方部材2は、外周に懸架装置を構成するナックル(図示せず)に取り付けられるための車体取付フランジ2bを一体に有し、内周に内方部材1の内側転走面4a、5aに対向する複列の外側転走面2a、2aが形成されている。そして、これら両転走面2a、4aおよび2a、5a間には保持器7を介して複列の転動体3、3が転動自在に収容されている。この外方部材2はS53C等の炭素0.40〜0.80wt%を含む中高炭素鋼で形成され、少なくとも複列の外側転走面2a、2aが、高周波焼入れによって58〜64HRCの範囲に表面が硬化処理されている。
【0032】
外方部材2の両端部にはシール8、9が装着され、外方部材2と内方部材1との間に形成される環状空間の両側開口部が密封されている。これらのシール8、9により、軸受内部に封入された潤滑グリースの外部への漏洩と、外部から雨水やダスト等が軸受内部に侵入するのを防止している。
【0033】
ハブ輪4はS53C等の炭素0.40〜0.80wt%を含む中高炭素鋼で形成され、内側転走面4aをはじめ、アウター側のシール8のシールランド部となる車輪取付フランジ6のインナー側の基部6bから小径段部4bに亙って高周波焼入れによって58〜64HRCの範囲に表面が硬化処理されている。なお、加締部4cは鍛造加工後の表面硬さの生のままとされている。これにより、シールランド部となる車輪取付フランジ6のインナー側の基部6bの耐摩耗性が向上すると共に、車輪取付フランジ6に負荷される回転曲げ荷重に対して充分な機械的強度を有し、内輪5の嵌合部となる小径段部4bの耐フレッティング性が向上し、かつ加締部4cの微小なクラック等の発生がなく塑性加工をスムーズに行うことができる。
【0034】
一方、内輪5はSUJ2等の高炭素クロム鋼で形成され、ズブ焼入れによって芯部まで58〜64HRCの範囲に硬化処理されている。また、転動体3はSUJ2等の高炭素クロム鋼で形成され、ズブ焼入れによって芯部まで62〜67HRCの範囲に硬化処理されている。
【0035】
なお、ここでは、転動体3、3にボールを使用した複列アンギュラ玉軸受で構成された車輪用軸受装置を例示したが、これに限らず、転動体3、3に円錐ころを使用した複列円錐ころ軸受で構成されたものであっても良い。また、第3世代の構造を例示したが、これに限らず、内輪回転タイプの車輪用軸受装置であれば良く、図示はしないが、ハブ輪の小径段部に一対の内輪をハブ輪に圧入した、所謂第2世代構造、あるいは、ハブ輪と等速自在継手の外側継手部材の外周にそれぞれ内側転走面が直接形成された第4世代構造であっても良い。
【0036】
ここで、シール8、9のうちアウター側のシール8は、外方部材2のアウター側の端部内周に圧入される芯金10と、この芯金10に加硫接着によって一体に接合され、複数のシールリップを有するシール部材11とからなる一体型シールで構成されている。
【0037】
芯金10はオーステナイト系ステンレス鋼板(JIS規格のSUS304系等)や防錆処理された冷間圧延鋼板(JIS規格のSPCC系等)等の防錆能を有する鋼板からプレス加工にて断面が略L字状に形成されている。
【0038】
インナー側のシール9は、
図2に拡大して示すように、互いに対向配置されたスリンガ12と環状のシール板13とからなる。スリンガ12は、強磁性体の鋼板、例えば、フェライト系のステンレス鋼板(JIS規格のSUS430系等)、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板からプレス加工にて形成され、内輪5に圧入される円筒部12aと、この円筒部12aから径方向外方に延びる立板部12bと、この立板部12bの外縁からインナー側に延びる屈曲部12cを介して外方部材2のインナー側の端部形状に沿ってL字状に折曲形成された傘部12dとを備えている。
【0039】
一方、シール板13は、外方部材2のインナー側の端部に内嵌された芯金14と、この芯金14に加硫接着等によって一体に接合されたシール部材15とを備えている。芯金14は、オーステナイト系ステンレス鋼板、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板からプレス加工にて断面略L字状に形成され、外方部材2の端部内周に圧入された円筒部14aと、この円筒部14aの端部から径方向内方に延びる立板部14bとを備えている。
【0040】
シール部材15はNBR(アクリロニトリル−ブタジエンゴム)等の弾性部材からなり、芯金14の立板部14bの内縁部に回り込んで接合された基部15aから芯金14の円筒部14aの内周面に亙って接合されている。このシール部材15は、基部15aから二股状に分かれ、径方向外方に傾斜して延びる第1のサイドリップ(ダストリップ)15bと径方向内方に傾斜して延びる第2のサイドリップ(グリースリップ)15cを備えている。そして、これらの第1および第2のサイドリップ15b、15cは、スリンガ12の立板部12bに所定の軸方向シメシロをもって摺接されている。また、シール部材15は、先端部の外径が縮径して薄肉に形成された芯金14の円筒部14aの外表面を覆うように回り込んで固着され、外周面が外方部材2の端部内周に弾性密着される、所謂ハーフメタル構造をなしている。これにより、外方部材2とシール9の嵌合部の気密性を高めることができる。
【0041】
なお、シール部材15の材質としては、例示したNBR以外にも、例えば、耐熱性に優れたHNBR(水素化アクリロニトリル・ブタジエンゴム)、EPDM(エチレンプロピレンゴム)等をはじめ、耐熱性、耐薬品性に優れたACM(ポリアクリルゴム)、FKM(フッ素ゴム)、あるいはシリコンゴム等を例示することができる。
【0042】
また、スリンガ12の立板部12bのインナー側の側面に磁気エンコーダ16が加硫接着等で一体に接合されている。この磁気エンコーダ16は、スリンガ12の傘部12dと立板部12bとの段差部を埋めるように、傘部12dのインナー側の側面と略面一になるように接合されると共に、ゴム等のエラストマーにフェライト等の磁性体粉が混入され、周方向に交互に磁極N、Sが着磁され、車輪の回転速度検出用のロータリエンコーダを構成している。なお、ここでいう「略面一」とは、例えば、設計の狙い値であって、各部材の出来具合や接合時の誤差程度のものも含む意味であり、実質的に段差がない状態、すなわち、加工誤差や接着誤差等によって生じる段差は当然許容されるべきものである。
【0043】
本実施形態では、外方部材2のインナー側の端部内周に環状の凹所17が形成されると共に、端部外周に断面がすり鉢状の環状溝18が形成され、スリンガ12の屈曲部12cと傘部12dが、外方部材2の端部外表面を覆うように配置されている。そして、スリンガ12が、外方部材2の凹所17とインナー側の端面2cおよび外方部材2の端部外周面と断面がコの字状の僅かなすきまを介して対向され、ラビリンス部19を構成している。
【0044】
このように、シール部材15は、従来のようなラジアルリップが廃止され、スリンガ12の立板部12bに所定の軸方向シメシロをもって摺接する二股状の第1および第2のサイドリップ15b、15cを備えているので、シール9の回転トルクの増大を抑制しつつ高い密封性を確保すると共に、基部15aから径方向内方に傾斜した第2のサイドリップ15cによって軸受内部に封入された潤滑グリースの漏洩を防止して軸受の耐久性向上を図った車輪用軸受装置を提供することができる。
【0045】
また、外方部材2のインナー側の端部内周に環状の凹所17が形成され、スリンガ12の屈曲部12cと傘部12dとの間にラビリンス部19が構成されているので、直接外部から泥水等が第1のサイドリップ15bに浸入するのを防止して高い密封性を確保することができる。さらに、外方部材2の端部外周に環状溝18が形成されているので、外部から泥水等がラビリンス部19の開口部に浸入しても、この環状溝18で滞留してシール9内に流動するのを抑制し、密封性を一層高めることができる。
【0046】
図3に、前述したシール9の変形例を示す。なお、この実施形態は、前述した実施形態(
図2)と基本的にはスリンガの形状が異なるだけで、その他同一部品同一部位あるいは同一機能を有する部品や部位には同じ符号を付して詳細な説明を省略する。
【0047】
このシール20は、互いに対向配置されたスリンガ21と環状のシール板13とを備えている。スリンガ21は、強磁性体の鋼板、例えば、フェライト系のステンレス鋼板、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板からプレス加工にて形成され、内輪5に圧入される円筒部12aと、この円筒部12aから径方向外方に延びる立板部21aと、この立板部21aの外縁からアウター側に延び、シール板13の内径側に入り込む重合部21bと、この重合部21bの端部から外方部材22のインナー側の端部形状に沿ってL字状に折曲形成された傘部21cとを備えている。そして、スリンガ21の立板部21aのインナー側の側面に磁気エンコーダ16が加硫接着等で一体に接合されている。
【0048】
本実施形態では、外方部材22のインナー側の端部外周に環状溝18が形成されると共に、スリンガ21の重合部21bと傘部21cが、外方部材22の端部外表面を覆うように配置されている。そして、スリンガ21が、シール板13と外方部材22のインナー側の端面22cおよび外方部材22の端部外周面とコの字状の僅かなすきまを介して対向され、ラビリンス部23を構成している。
【0049】
このように、シール部材15は、前述した実施形態と同様、従来のようなラジアルリップが廃止され、スリンガ21の立板部21aに所定の軸方向シメシロをもって摺接する二股状の第1および第2のサイドリップ15b、15cを備えているので、シール20の回転トルクの増大を抑制しつつ高い密封性を確保すると共に、基部15aから径方向内方に傾斜した第2のサイドリップ15cによって軸受内部に封入された潤滑グリースの漏洩を防止して軸受の耐久性向上を図ることができる。
【0050】
また、スリンガ21が、シール板13と外方部材22のインナー側の端面22cおよび外方部材22の端部外周面との間にラビリンス部23が構成されているので、直接外部から泥水等が第1のサイドリップ15bに浸入するのを防止して高い密封性を確保することができると共に、外方部材22の端部外周に環状溝18が形成されているので、外部から泥水等がラビリンス部23の開口部に浸入しても、この環状溝18で滞留してシール20内に流動するのを抑制し、密封性を一層高めることができる。
【0051】
図4に、前述したシール9の他の変形例を示す。なお、この実施形態は、前述した実施形態(
図2)と基本的にはスリンガとシール板の構成が異なるだけで、その他同一部品同一部位あるいは同一機能を有する部品や部位には同じ符号を付して詳細な説明を省略する。
【0052】
このシール24は、互いに対向配置されたスリンガ25と環状のシール板33とを備えている。スリンガ25は、強磁性体の鋼板、例えば、フェライト系のステンレス鋼板、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板からプレス加工にて形成され、内輪5に圧入される円筒部12aと、この円筒部12aから径方向外方に延びる立板部25aと、この立板部25aの外縁からアウター側に湾曲して延び、外方部材27のインナー側の端面27aに対峙する環状の突出部25bと、この突出部25bの端部から径方向外方に延びる円板部25cとを備えている。そして、スリンガ25の立板部25aのインナー側の側面に磁気エンコーダ16が加硫接着等で一体に接合されている。
【0053】
また、外方部材27のインナー側の端部に円環状の傘部材28が装着されている。この傘部材28は、オーステナイト系ステンレス鋼板、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板からプレス加工にて形成され、外方部材27の端部外周に圧入された円筒部27aと、この円筒部28aのインナー側の端部から径方向外方に突出した鍔部28bとを備えている。そして、この鍔部28bとスリンガ25の円板部25cが僅かな軸方向すきまを介して対峙されている。
【0054】
一方、シール板33は、外方部材27のインナー側の端部に内嵌された芯金29と、この芯金29に加硫接着等によって一体に接合されたシール部材15とを備えている。芯金29は、オーステナイト系ステンレス鋼板、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板からプレス加工にて断面略L字状に形成され、外方部材27の端部内周に圧入され、その先端部が外方部材27のインナー側の端面27aから軸方向に突出した円筒部29aと、この円筒部29aのアウター側の端部から径方向内方に延びる立板部29bとを備えている。
【0055】
本実施形態では、外方部材27のインナー側の端部外周に円環状の傘部材28が圧入されると共に、この傘部材28とスリンガ25の突出部25bおよび円板部25cとが、外方部材27の端部外表面を覆うように配置されている。そして、スリンガ25が、シール板33と外方部材27のインナー側の端面27aおよび傘部材28とコの字状の僅かなすきまを介して対向され、ラビリンス部30を構成している。これにより、シール24の回転トルクの増大を抑制しつつ、直接外部から泥水等が第1のサイドリップ15bに浸入するのを防止して高い密封性を確保することができる。
【0056】
図5に、前述したシール9の他の変形例を示す。なお、この実施形態は、前述した実施形態(
図2)と基本的にはスリンガとシール板の構成が一部異なるだけで、その他同一部品同一部位あるいは同一機能を有する部品や部位には同じ符号を付して詳細な説明を省略する。
【0057】
このシール31は、互いに対向配置されたスリンガ32と環状のシール板33とを備えている。スリンガ32は、強磁性体の鋼板、例えば、フェライト系のステンレス鋼板、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板からプレス加工にて形成され、内輪5に圧入される円筒部12aと、この円筒部12aから径方向外方に延びる立板部12bと、この立板部12bの外縁からインナー側に延びる屈曲部12cを介して外方部材2のインナー側の端部形状に沿ってL字状に折曲形成された傘部12dとを備え、円筒部12aのインナー側の端部に径方向外方側に屈曲して係止部32aが形成されている。
【0058】
係止部32aは、スリンガ32とシール板33とを仮組みした後、円筒部12aの端部を塑性変形することによって形成されている。この係止部32aは、後述するシール部材34の基部34aに所定の軸方向すきまを介して径方向に重なり合うように配置されているので、軸受への組立工程や運搬中において、スリンガ32とシール板33とが分離するのを防止することができると共に、両部材32、33をユニット化して軸受に組み立てることができ、組立性の簡便化と組立精度の向上を図ることができる。
【0059】
一方、シール板33は、外方部材2のインナー側の端部に内嵌された芯金14と、この芯金14に加硫接着等によって一体に接合されたシール部材34とを備えている。シール部材34は、NBR等の弾性部材からなり、芯金14の立板部14bの内縁部に回り込んで接合された基部34aから芯金14の円筒部14aの内周面に亙って接合されている。
【0060】
このシール部材34は、基部34aから二股状に分かれ、径方向外方に傾斜して延びる第1のサイドリップ15bと径方向内方に傾斜して延びる第2のサイドリップ15cを備えている。そして、これらの第1および第2のサイドリップ15b、15cは、スリンガ32の立板部12bに所定の軸方向シメシロをもって摺接されると共に、基部34aがスリンガ32の円筒部12aに僅かな径方向すきまを介して対峙され、スリンガ32の円筒部12aおよび係止部32aとの間に断面がL字状のラビリンス部35を構成している。
【0061】
本実施形態では、前述した実施形態と同様、スリンガ32が、外方部材2の凹所17とインナー側の端面2cおよび外方部材2の端部外周面と断面がコの字状の僅かなすきまを介して対向され、ラビリンス部19を構成しているので、直接外部から泥水等が第1のサイドリップ15bに浸入するのを防止して高い密封性を確保することができると共に、シール部材34が、従来のようなラジアルリップが廃止され、スリンガ32の立板部12bに所定の軸方向シメシロをもって摺接する二股状の第1および第2のサイドリップ15b、15cを備えているので、シール31の回転トルクの増大を抑制しつつ高い密封性を確保することができる。さらに、基部34aから径方向内方に傾斜した第2のサイドリップ15cおよびスリンガ32の円筒部12aおよび係止部32aとの間に断面がL字状のラビリンス部35が構成されているので、軸受内部に封入された潤滑グリースの漏洩を一層防止して軸受の耐久性向上を図ることができる。
【0062】
以上、本発明の実施の形態について説明を行ったが、本発明はこうした実施の形態に何等限定されるものではなく、あくまで例示であって、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、さらに種々なる形態で実施し得ることは勿論のことであり、本発明の範囲は、特許請求の範囲の記載によって示され、さらに特許請求の範囲に記載の均等の意味、および範囲内のすべての変更を含む。