特許第6736303号(P6736303)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6736303
(24)【登録日】2020年7月17日
(45)【発行日】2020年8月5日
(54)【発明の名称】金属イオンの電気化学的吸蔵除去方法
(51)【国際特許分類】
   C02F 1/48 20060101AFI20200728BHJP
   G21F 9/06 20060101ALI20200728BHJP
【FI】
   C02F1/48 B
   G21F9/06 561
【請求項の数】7
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-27321(P2016-27321)
(22)【出願日】2016年2月16日
(65)【公開番号】特開2017-144382(P2017-144382A)
(43)【公開日】2017年8月24日
【審査請求日】2019年2月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(73)【特許権者】
【識別番号】515044414
【氏名又は名称】株式会社ア・アトムテクノル近大
(73)【特許権者】
【識別番号】399054321
【氏名又は名称】東洋アルミニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】井原 辰彦
(72)【発明者】
【氏名】山西 弘城
(72)【発明者】
【氏名】田中 尚道
(72)【発明者】
【氏名】野間 宏
(72)【発明者】
【氏名】星谷 隆嗣
【審査官】 小久保 勝伊
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−178199(JP,A)
【文献】 特開2013−157392(JP,A)
【文献】 特開2011−167643(JP,A)
【文献】 特開2013−250198(JP,A)
【文献】 特開2014−057000(JP,A)
【文献】 スマートプロセス学会誌,Vol.4,No.6(2015),p.298-302
【文献】 佐藤敏彦他2名,アルミニウム陽極酸化皮膜への金属電析−電気めっきとアルミニウム表面処理の境界領域からの問題提起−,金属表面技術,日本,一般社団法人表面技術協会,1978年,Vol.29,No.4,p.196-199
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C02F 1/46−1/48
B22F 5/00
C25B 11/03
G21F 9/00−9/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属イオン含有水溶液中の金属イオンの電気化学的吸蔵除去方法であって、
・金属イオン含有水溶液中でアルミニウム粉体焼結多孔質体を陰極とする電解を行い、
・金属イオン含有水溶液中の金属イオンをアルミニウム粉体焼結多孔質体に吸蔵させ、
・電解終了後、金属イオンを吸蔵したアルミニウム粉体焼結多孔質体から水分を除去し、
・水分を除去した、金属イオンを吸蔵したアルミニウム粉体焼結多孔質体を貯蔵することを含み、
前記アルミニウム粉体焼結多孔質体は、
(1)平均粒子径が1〜20μmのアルミニウム粉体の焼結体であり、かつ比表面積が0.5〜2m2/gの範囲である、ベーマイト未処理品であるか、または
(2)平均粒子径が1〜20μmのアルミニウム粉体の焼結体であり、表面にアルミニウム系酸化物被膜を有し、かつ比表面積が5〜20m2/gの範囲である、ベーマイト処理品である、前記方法。
【請求項2】
前記金属イオン含有水溶液が、放射性金属イオン含有水溶液である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
放射性金属イオンが、放射性アルカリ金属イオン、放射性アルカリ土類金属イオン、典型元素のうち金属性を示す放射性金属イオン及び放射性遷移金属イオンから成る群から選ばれる少なくとも1種の金属イオンである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記金属イオン含有水溶液は、対陰イオンとして、水素化物イオン、フッ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、水酸化物イオン、シアン化物イオン、硝酸イオン、亜硝酸イオン、次亜塩素酸イオン、亜塩素酸イオン、塩素酸イオン、過塩素酸イオン、過マンガン酸イオン、酢酸イオン、炭酸水素イオン、リン酸二水素イオン、硫酸水素イオン、硫化水素イオン、チオシアン酸イオン、シュウ酸水素イオン、酸化物イオン、硫化物イオン、過酸化物イオン、硫酸イオン、亜硫酸イオン、チオ硫酸イオン、炭酸イオン、シュウ酸イオン、リン酸一水素イオン、リン酸イオン、陰イオン性錯イオンから成る群から選ばれる少なくとも1種の陰イオンを含有する、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
電解は、前記陰極と対極との間に50〜200Vの直流の電圧を印加する請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
金属イオンを吸蔵したアルミニウム粉体焼結多孔質体からの水分の除去は、電解終了後、30分以内に水分含量が5%以下になるように行う、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
水分を除去した金属イオンを吸蔵したアルミニウム粉体焼結多孔質体の貯蔵は、冷却可能な環境で行う請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属イオン含有水溶液中の金属イオンの電気化学的吸蔵除去方法に関する。特に本発明は、アルミニウム粉体焼結多孔質体を電極として用いる、放射性金属イオンを含有する水溶液中の放射性金属イオンの電気化学的吸蔵除染方法に関する。
【背景技術】
【0002】
東日本大震災時の津波で全交流電源が停止した福島第一原発の1〜3号機では、冷却不能となった核燃料が溶融した(メルトダウン)。溶融した燃料集合体の高熱で、圧力容器の底に穴が開くこと、または制御棒挿入部の穴およびシールが溶解損傷して隙間ができたことで、溶融燃料の一部が原子炉格納容器(格納容器)に漏れ出した(メルトスルー)。格納容器の底にメルトスルーした燃料は今も注水で冷却中であるが、燃料に触れた冷却水は高濃度の放射性物質を含んだ「汚染水」となり、発電用タービンを格納した建屋の地下に溜められている。これがいわゆる「汚染水」である。
【0003】
「汚染水」については、東京電力はこれをくみ上げ、多核種除去装置・ALPS(アルプス・Advanced Liquid Processing System)によって処理している。ALPSは、トリチウム以外の62核種の放射性物質を汚染水から除去する能力を有し、透過性が高く人体に最も影響をおよぼしやすいガンマ線を含むセシウムを除去し、さらにβ線を発する核物質を含む廃液を分離する。残った水は再度冷却に使用している。
【0004】
図18にALPSの構成図を示す。表1にALPSの除去効果が見込まれる対象核種の一覧表を示す(いずれも経済産業省ホームページ(非特許文献1)より)。
【表1】
【0005】
表1に示した放射性核種について、汚染水中の濃度が示されていない。しかし、東電の公表資料によれば、特にSr-90は人体への毒性が強いことが知られており、その濃度は1600万Bq/Lに達している。
【0006】
ALPSにおけるSr-90の除去プロセスは、図15の前処理設備における前処理工程での「炭酸塩沈殿処理設備」で、アルカリ土類金属であるMgやCaとともにSrの大部分が除去され、吸着塔の負荷は小さくなっている。しかし、吸着塔が過度にSrを吸着した場合、放射熱と放射線化学反応(β線が水を照射して水素を発生)による水素爆発の恐れがあることが指摘されている。また、ALPSで除去した放射性Srなどは高性能容器(HIC)で厳重に保管するとしているが、ここでも発熱リスクや水素爆発のリスクが懸念される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】経済産業省ホームページ
【非特許文献2】スマートプロセス学会誌 第4巻 第6号 298−302頁(2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
これらの現状を踏まえると、「汚染水」については除染後のリスクを軽減するために除染工程を根本的に見直す必要がある。まず、水素爆発の危険性については、除去後、炭酸塩の沈殿としての回収物やイオン交換体等への吸着により回収物は残留する水分が多いことが問題となる。除去後、速やかに水分が除去可能な吸着材料を選定することが重要である。また、発熱については、耐熱性はもちろんのこと発熱による熱を効率よく冷却し、発熱を防ぐことができる吸着材料を選定すること、さらには貯蔵段階において、吸着材料の配置構成を、発熱防止が可能なデザインにすべきである。あるいはそのようにデザインできる吸着材料を考案すべきである。
【0009】
本発明者らは、いわゆる「汚染水」に含まれる放射性核種の金属イオンを効率よく分離除去できる方法を開発すべく、種々検討し、電気吸蔵による方法を開発した(非特許文献2)。この方法では、平均粒子径が0.2mmのアルミニウム合金粉体から成形された多孔質アルミニウム体(ベーマイト処理品)を吸蔵用の電極として用いた。この方法によれば、放射性核種の金属イオンを水からの除去後に、水素爆発に繋がる危険性及び発熱による材料の劣化等を回避できる。
【0010】
しかし、この方法では、仮想「汚染水」に含まれる金属イオンを検出限界以下に低減させるには、条件にもよるが1〜2時間程度が必要であった。また、電解条件によっては、処理水中にアルミニウムが溶出するという課題があることも明らかになった。
【0011】
そこで本発明が解決すべき課題は、多孔質アルミニウム体を用いた電気吸蔵による、いわゆる「汚染水」に含まれる放射性核種の金属イオンの分離除去方法であって、非特許文献2に記載の方法よりより短時間に分離除去できる方法を提供することにある。短時間に分離除去するには多孔質アルミニウム体の面積を大きくすることが効果的であり、事実、非特許文献2では電極の枚数を1枚から2枚に増やすことで吸蔵速度を高められることを確認した。しかし、限られた反応槽内への大きな面積の多孔質アルミニウム体電極の設置は大きさには限界があり、本発明では、多孔質アルミニウム体の面積を大きくすることとは別の方法で、非特許文献2に記載の方法よりより短時間に分離除去できる方法を提供することを目的とする。
【0012】
さらに本発明は、処理水中へのアルミニウム溶出を効率よく抑制できる方法も提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は以下のとおりである。
[1]
金属イオン含有水溶液中の金属イオンの電気化学的吸蔵除去方法であって、
・金属イオン含有水溶液中でアルミニウム粉体焼結多孔質体を陰極とする電解を行い、
・金属イオン含有水溶液中の金属イオンをアルミニウム粉体焼結多孔質体に吸蔵させ、
・電解終了後、金属イオンを吸蔵したアルミニウム粉体焼結多孔質体から水分を除去し、
・水分を除去した、金属イオンを吸蔵したアルミニウム粉体焼結多孔質体を貯蔵することを含み、
前記アルミニウム粉体焼結多孔質体は、
(1)平均粒子径が1〜20μmのアルミニウム粉体の焼結体であり、かつ比表面積が0.5〜2m2/gの範囲である、ベーマイト未処理品であるか、または
(2)平均粒子径が1〜20μmのアルミニウム粉体の焼結体であり、表面にアルミニウム系酸化物被膜を有し、かつ比表面積が5〜20m2/gの範囲である、ベーマイト処理品である、前記方法。
[2]
前記金属イオン含有水溶液が、放射性金属イオン含有水溶液である、[1]に記載の方法。
[3]
放射性金属イオンが、放射性アルカリ金属イオン、放射性アルカリ土類金属イオン、典型元素のうち金属性を示す放射性金属イオン及び放射性遷移金属イオンから成る群から選ばれる少なくとも1種の金属イオンである、[2]に記載の方法。
[4]
前記金属イオン含有水溶液は、対陰イオンとして、水素化物イオン、フッ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、水酸化物イオン、シアン化物イオン、硝酸イオン、亜硝酸イオン、次亜塩素酸イオン、亜塩素酸イオン、塩素酸イオン、過塩素酸イオン、過マンガン酸イオン、酢酸イオン、炭酸水素イオン、リン酸二水素イオン、硫酸水素イオン、硫化水素イオン、チオシアン酸イオン、シュウ酸水素イオン、酸化物イオン、硫化物イオン、過酸化物イオン、硫酸イオン、亜硫酸イオン、チオ硫酸イオン、炭酸イオン、シュウ酸イオン、リン酸一水素イオン、リン酸イオン、陰イオン性錯イオンから成る群から選ばれる少なくとも1種の陰イオンを含有する、[1]〜[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5]
電解は、前記陰極と対極との間に50〜200Vの直流または交流の電圧を印加する[1]〜[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]
金属イオンを吸蔵したアルミニウム粉体焼結多孔質体からの水分の除去は、電解終了後、30分以内に水分含量が5%以下になるように行う、[1]〜[5]のいずれかに記載の方法。
[7]
水分を除去した金属イオンを吸蔵したアルミニウム粉体焼結多孔質体の貯蔵は、冷却可能な環境で行う[1]〜[6]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、いわゆる「汚染水」に含まれる放射性核種の金属イオンを、水素爆発に繋がる危険性及び発熱による材料の劣化等を回避しつつ、効率よくかつ短時間に分離除去できる方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】光学顕微鏡による新電極および旧電極表面の観察結果を示す。
図2】走査型電子顕微鏡による新電極断面の観察結果を示す。
図3】実施例で用いたセシウム吸蔵実験装置の概略説明図を示す。
図4】カリボール法によるセシウムの検量線を示す。
図5】カリボール法によるKCl およびCsClの0.01 ppm溶液に対する吸光度(460 nm)を示す。
図6】多孔質アルミニウムのCs吸着能力試験結果を示す(4ppm CsCl: 50 mL, 電極面積: 12 cm2/枚,電圧:DC 100 V)。
図7】旧電極の電気吸蔵時間とln(CA0/CA)との関係を示す。
図8】新電極(3μ粒子)の電気吸蔵時間とln(CA0/CA)との関係を示す。
図9】粒子径の異なる金属アルミニウム粉で成形した電極によるブランク実験結果を示す。
図10】新電極(9μ粒子)の電気吸蔵時間とln(CA0/CA)との関係を示す。
図11】粒子径の異なる金属アルミニウム粉(粒子径3μmと9μm)で作製した多孔質電極へのベーマイト処理(100℃-10')の効果 ― 多孔質電極の電気吸蔵時間とCs濃度との関係を示す。
図12】ベーマイト処理電極による電気吸蔵実験結果を示す。
図13】アルミニウムイオン溶出量とベーマイト処理との関係を示す。
図14】共存イオンの影響(ナトリウムイオン:4 ppm)試験結果を示す。
図15】アルミニウムイオンの溶出量と粒子径およびベーマイト処理の影響(ベーマイト処理100℃,1分))試験結果を示す。
図16】新電極の電気吸蔵中の電流値の変化(3μ,ベーマイト無処理)を示す。
図17】旧電極の電気吸蔵中の電流値の変化(ベーマイト無処理)を示す。
図18】ALPSの構成図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<電気化学的吸蔵除去方法>
本発明は、金属イオン含有水溶液中の金属イオン、特に放射性金属イオンを電気化学的吸蔵により除去する方法である。この方法は以下の工程を含む。
(1)金属イオン含有水溶液中でアルミニウム粉体焼結多孔質体を陰極とする電解を行い、金属イオン含有水溶液中の金属イオンをアルミニウム粉体焼結多孔質体に吸蔵させる工程、
(2)電解終了後、金属イオンを吸蔵したアルミニウム粉体焼結多孔質体から水分を除去する工程、
(3)水分を除去した、金属イオンを吸蔵したアルミニウム粉体焼結多孔質体を貯蔵する工程。
【0017】
本発明の除去方法は、金属イオンをアルミニウム粉体焼結多孔質体に電気化学的吸蔵することにより金属イオンを水溶液から分離し、金属イオンを吸蔵した多孔質材を貯蔵する方法である。この方法では、金属イオン含有水溶液中でアルミニウム粉体焼結多孔質体を陰極とする電解を行うので、アルミニウム粉体焼結多孔質体においては還元雰囲気が生じる。この還元雰囲気に吸引されて、あるいは電解の電場により、金属イオンはアルミニウム粉体焼結多孔質体陰極に移動し、アルミニウム粉体焼結多孔質体に吸蔵される。
【0018】
アルミニウム粉体焼結多孔質体は、(1)ベーマイト未処理品または(2)ベーマイト処理品であることができる。ベーマイト未処理品は、平均粒子径が1〜20μmのアルミニウム粉体の焼結体であり、かつ比表面積が計算値で0.1〜1 m2/gの範囲である。ベーマイト未処理品は、平均粒子径が1〜20μmのアルミニウム粉体(アルミニウム以外の成分は、不純物を除いては含有しない。アルミニウムの純度は、好ましくは99.9%以上、より好ましくは99.99%以上である。)を不活性雰囲気下、アルミニウムの融点(660.32 ℃)付近の温度で焼結して製造されるもので、約45〜60%の空隙率を有し、かつ高い電気伝導性を保持している。さらに、焼結後、表面は自然酸化により、空隙内部も含めて全体が薄い酸化皮膜で覆われる。この酸化皮膜が、高い化学的安定性と耐環境性を発揮するともに、陽イオンの吸着(吸蔵)サイトとして機能する。特に、アルミニウム純度が高く、かつ平均粒子径が1〜20μmのアルミニウム粉体の焼結体であることで、非特許文献2に記載の多孔質アルミニウム体を用いる方法に比べて、より短時間に水溶液中の金属イオンを分離除去できると推察している。
【0019】
このようにして得られるベーマイト未処理品は、比表面積の範囲が計算値で0.1〜1 m2/gであり、実測値(方法は後述)もほぼ同等の0.1〜1 m2/gの範囲である。比表面積は、焼結に用いるアルミニウム粉体の粒子径と焼結条件により変化するが、比表面積は、計算値及び実測値ともに0.1〜1 m2/gの範囲、好ましくは0.15〜0.5m2/gの範囲である。焼結後、ベーマイト処理をすることなく、そのまま電極として用いる。このアルミニウム粉体焼結多孔質体を、電極(陰極)として利用することで、セシウムを始めとする多元素の陽イオンを同時に大量に引きつけ、電極内部に吸蔵・固定することができる。その場合の単位体積あたりの吸蔵量はゼオライトの数十倍をゆうに超え、高い減容化効率を発揮できる。
【0020】
ベーマイト処理品は、上記ベーマイト未処理をベーマイト処理することで得られる物である。ベーマイト処理は、例えば、アルミナゲルを温水処理することで微細凸凹形状や花弁状のベーマイト薄膜をガラス基板やポリマー基板上に作成する技術として知られている。本発明では、具体的には、ベーマイト処理は、ベーマイト未処理を90℃以上、好ましくは95℃以上の温度の水中で1〜60分浸漬することで行われる。
【0021】
ベーマイト処理することで、表面にアルミニウム系酸化物被膜を形成する。アルミニウム系酸化物被膜は、γ-アルミナおよびアルミナ水和物から成る群から選ばれる少なくとも1種のアルミニウム系酸化物の被膜である。また、ベーマイト処理することで、比表面積(実測値)が増大する。ベーマイト処理品の比表面積は実測値で5〜20m2/gの範囲、好ましく8〜16m2/gの範囲、より好ましくは9〜16m2/gの範囲、さらに好ましくは10〜16m2/gの範囲であり、10m2/gを超える比表面積であることが最も好ましい。ベーマイト処理品は、平均粒子径が1〜20μmのアルミニウム粉体の焼結体であり、表面にアルミニウム系酸化物被膜を有し、かつ比表面積が実測値で5〜20m2/gの範囲である。比表面積の実測は、窒素分子を用いた流動式比表面積自動測定装置 フローソーブIII2305(島津製)によって行うことができる。
【0022】
アルミニウム粉体焼結多孔質体に吸蔵される金属イオンは、金属イオンの種類によって(イオン化傾向に応じて)、金属イオンのままでアルミニウム粉体焼結多孔質体に吸蔵されるもの、及びアルミニウム系酸化皮膜中のアルミニウムイオンと交換されて吸蔵されるもの、及び金属に還元されてアルミニウム粉体焼結多孔質体に吸蔵されるもの、及びその中間的な状態のものがありえる。本発明においては、吸蔵される金属イオンの状態の如何に関わらず、金属イオンはアルミニウム粉体焼結多孔質体に吸蔵されれば、金属イオンを水溶液から分離できる。
【0023】
本発明においては、上記アルミニウム粉体焼結多孔質体として、市販の例えば、板状のアルミニウム粉体焼結多孔質体を用いることができる。この多孔質体は、例えば、東洋アルミニウム株式会社から販売されており、オーダーメードにより、形状及び寸法等を適宜選択できる。但し、アルミニウム粉体焼結多孔質体の厚みは、例えば、1〜50 mmの範囲で適宜調整でき、50 mmを超える厚みのものを排除する意図でもない。
【0024】
本発明の方法での処理対象は、金属イオン含有水溶液であり、特に、放射性金属イオン含有水溶液である。放射性金属イオンは、放射性アルカリ金属イオン、放射性アルカリ土類金属イオン、典型元素のうち金属性を示す放射性金属イオン及び放射性遷移金属イオンから成る群から選ばれる少なくとも1種の金属イオンである。放射性金属イオンには、特に制限はないが、イオン化傾向が高く、陰極で金属に還元されにくい放射性アルカリ金属イオン、放射性アルカリ土類金属イオンも、アルミニウム粉体焼結多孔質体のアルミニウム系酸化物被膜の働きにより、電解によってアルミニウム粉体焼結多孔質体に吸蔵され、水溶液から分離できる。
【0025】
本発明の方法での処理対象である金属イオン含有水溶液は、対陰イオンとして、例えば、水素化物イオン、フッ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、水酸化物イオン、シアン化物イオン、硝酸イオン、亜硝酸イオン、次亜塩素酸イオン、亜塩素酸イオン、塩素酸イオン、過塩素酸イオン、過マンガン酸イオン、酢酸イオン、炭酸水素イオン、リン酸二水素イオン、硫酸水素イオン、硫化水素イオン、チオシアン酸イオン、シュウ酸水素イオン、酸化物イオン、硫化物イオン、過酸化物イオン、硫酸イオン、亜硫酸イオン、チオ硫酸イオン、炭酸イオン、シュウ酸イオン、リン酸一水素イオン、リン酸イオン、陰イオン性錯イオンから成る群から選ばれる少なくとも1種の陰イオンを含有するものであることができる。対陰イオンについては特に制限はない。
【0026】
電解は、アルミニウム粉体焼結多孔質体からなる陰極と対極との間に、例えば、50〜200Vの直流の電圧を印加することで実施することができる。但し、この範囲及び直流に限られる意図ではない。金属イオン含有水溶液の組成や電解槽や電極の構造や寸法などを考慮して適宜決定することができる。
【0027】
処理対象水溶液がいわゆる「汚染水」の場合、電解終了後、放射性金属イオンを吸蔵したアルミニウム粉体焼結多孔質体は、その放射能濃度が高く、水素発生が懸念される場合、汚染水から引き上げることで水分を速やかに除去(例えば、蒸散)し、水素発生を抑制することが好ましい。例えば、放射性金属イオンを吸蔵したアルミニウム粉体焼結多孔質体からの水分の除去は、電解終了後、30分以内に水分含量が5%以下になるように行うことが、水素発生抑制の観点で好ましい。また、同じく、放射能濃度が高く、発熱が懸念される場合の発熱に関しては、アルミニウムは熱の良導体であり、アルミニウム粉体焼結多孔質体が多孔質板の場合、多孔質体からの水分蒸発過程が吸熱反応であることから熱を奪う自己冷却作用が働くこと、また、板形状は冷却フィンとして機能するとともに、多数の孔による放熱効果も期待できることから、放熱が容易で蓄熱しづらいという利点がある。
【0028】
水分を除去した金属イオンを吸蔵したアルミニウム粉体焼結多孔質体の貯蔵は、冷却可能な環境で行うことが、アルミニウム粉体焼結多孔質体の温度上昇を抑制し、アルミニウム粉体焼結多孔質体の劣化を抑制するという観点から好ましい。アルミニウム粉体焼結多孔質体が、薄厚の板状である場合、水分を除去した金属イオンを吸蔵したアルミニウム粉体焼結多孔質体の貯蔵は、複数の板状アルミニウム粉体焼結多孔質体の間に隙間を開けて配置し、自然冷却が可能な状態とし保管する、ことが好ましい。多孔質アルミパネルは薄厚の板状であり、水分を除去し、金属イオンを吸蔵した多孔質アルミパネルは、縦方向に僅かな隙間を開けて配置して自然冷却が可能な状態で、換気および冷却可能な環境で保管するのが望ましい。
【0029】
アルミニウム粉体焼結多孔質体として多孔質板を用いることで、放射性金属イオンに対して高い吸蔵能力を持ち、吸蔵後の保管においては(1)水素発生の抑制、(2)発熱の抑制、(3)効率的な減容の3つのメリットを発揮できる。
【0030】
<アルミニウム粉体焼結多孔質体>
本発明は、金属イオン含有水溶液、特に放射性金属イオン含有水溶液中の金属イオンの電気化学的吸蔵除去方法に用いるためのアルミニウム粉体焼結多孔質体を包含する。このアルミニウム粉体焼結多孔質体は、基材がアルミニウムであり、表面にアルミニウム系酸化物被膜(自然酸化膜)を有するベーマイト未処理品及びさらに表面をベーマイト処理したベーマイト処理品であることができる。ベーマイト未処理品は、平均粒子径が1〜20μmのアルミニウム粉体の焼結体であり、かつ比表面積が0.5〜2m2/gの範囲である。ベーマイト処理品は、平均粒子径が1〜20μmのアルミニウム粉体の焼結体であり、表面にアルミニウム系酸化物被膜を有し、かつ比表面積が5〜20m2/gの範囲である。ベーマイト処理により形成されるアルミニウム系酸化物被膜は、γ-アルミナおよびアルミナ水和物から成る群から選ばれる少なくとも1種のアルミニウム系酸化物の被膜であることが好ましい。
【0031】
<電気化学的吸蔵除去装置>
本発明は、前記本発明のアルミニウム粉体焼結多孔質体からなる単独又は複数個の電極と、前記複数個の電極が面する流路とを有する、金属イオン含有水溶液中の金属イオンを電気化学的吸蔵するための電気化学的吸蔵除去装置を包含する。前記流路は、金属イオン含有水溶液を流通させるためのものであり、複数の電極は、流通する金属イオン含有水溶液流から金属イオンを電気化学的吸蔵するためのものである。
【0032】
本発明の除去装置は、カスケード型の装置であることができ、一例として、多段接続式の装置を挙げることができる。この装置は、上下から交互にアルミニウム粉体焼結多孔質体からなる複数個の電極と対極を設け、その間が流路となる構造を有する。複数個のアルミニウム粉体焼結多孔質体電極の面と並行な方向に前記金属イオン含有水溶液流を形成する構造である。この除去装置の流路に、放射性金属イオン含有水溶液を流通させ、かつアルミニウム粉体焼結多孔質体電極と対極との間に電圧を印加することで、流通中の水溶液から放射性金属イオンがアルミニウム粉体焼結多孔質体電極に吸蔵され、出口付近では、条件次第では、水溶液中の放射性金属イオン含有量をほぼゼロにすることもできる。
【0033】
カスケード型の本発明の除去装置の別の一例として、多段濾過接続式の装置を挙げることができる。この装置では、流路を塞ぐようにアルミニウム粉体焼結多孔質体からなる複数個の電極を設け、対極は流路の側壁付近に設ける。流路は、上から下に水溶液が流通する形式でも、水平方向に水溶液が流通する形式でもよい。この除去装置では、流路の少なくとも一部は、複数個の電極中を金属イオン含有水溶液流が透過する構造を有する。この除去装置の流路に、放射性金属イオン含有水溶液を流通させ、かつアルミニウム粉体焼結多孔質体電極と対極との間に電圧を印加することで、流通中の水溶液は、アルミニウム粉体焼結多孔質体電極の細孔を流通し、その間に放射性金属イオンがアルミニウム粉体焼結多孔質体電極に吸蔵され、出口付近では、条件次第では、水溶液中の放射性金属イオン含有量をほぼゼロにすることもできる。この多段濾過接続式の除去装置では、水溶液がアルミニウム粉体焼結多孔質体電極の細孔を流通するので、放射性金属イオンがアルミニウム粉体焼結多孔質体電極に吸蔵されやすい。但し、水溶液をアルミニウム粉体焼結多孔質体電極の細孔を流通させるために、水溶液の加圧装置又は吸引装置を併設することが好ましい。
【0034】
本発明の除去装置では、アルミニウム粉体焼結多孔質体電極は、脱着可能なように除去装置に装着され、放射性金属イオンが吸蔵したアルミニウム粉体焼結多孔質体電極は、速やかに取り外し、水分を除去した後に保管される。
【0035】
本発明のアルミニウム粉体焼結多孔質体及び除去装置は、金属イオンが、放射性金属イオンである、放射性金属イオン含有水溶液(汚染水)からの放射性金属イオンの除去を効率的に行うことができ、かつ放射性金属イオンを吸蔵したアルミニウム粉体焼結多孔質体を安全に保管、貯蔵することができる。
【実施例】
【0036】
以下、本発明を実施例に基づいて更に詳細に説明する。但し、実施例は本発明の例示であって、本発明は実施例に限定される意図ではない。
【0037】
1.実験方法
1-1 試料及び材料
アルミニウム粉体焼結多孔質体
粒子径の小さい金属アルミニウム粉を使用した多孔質アルミニウム材料としては、例えば、東洋アルミニウム社製の電解コンデンサや金属フィルタへの用途を目的として開発されたアルミニウム粉末焼結多孔質体がある。この多孔質体は平均粒子径が3μmから15μmの微粒子を用いて成形することでセシウム吸着面積の大幅な増加とともに吸蔵速度の高速化が期待される。図1に、平均粒子径3μmのアルミニウム粒子で形成した多孔質体(左)(以下、新電極とする)と非特許文献2に記載の多孔質体(NDCカルム材C材(Al-Mn-Si系組成)(右)(以下、旧電極とする)の表面の光学顕微鏡写真を示す。図1の写真を見れば明らかなように、旧電極は光学顕微鏡による観察が十分に可能なほどのサイズの金属アルミニウム粒子を用いているのに対して、新電極は光学顕微鏡では観察が困難なほどのサイズの粒子で成形されていることがわかる。続いて、図2に新電極の断面の走査型電子顕微鏡(SEM)観察結果を示した。SEM観察結果より、新電極の内部は微細構造が発達しており、多数の空隙によって大きな内部表面積が存在することがわかる。
【0038】
セシウム標準溶液は塩化セシウム(分子生物学用、和光純薬製)を、特に断らない限り4 ppmの濃度に調製したものを用いた。なお、この濃度は放射性Cs-137として換算すると12.86 GBq/Lに相当する。
【0039】
1-2 実験装置
セシウム吸蔵実験装置の全体の概略を図3に示す。
この装置は直流電源(PWR-400M,KIKUSUI)、容量80 mLの樹脂製反応槽および反応槽に浸漬する電極からなる簡単な装置である。電極の陽極には白金板(50 mm x 118 mm)を使用し、陰極には前記多孔質アルミニウム板電極を使用した。
【0040】
1-3 実験方法
セシウム吸蔵実験は次の操作によって行った。樹脂製反応槽にセシウム標準液(4 ppm)を50 mL採り、白金電極(陽極)と多孔質アルミニウム電極(陰極)を浸す。電極間の距離を3 cmとして所定の電圧の直流電圧を所定の時間印加した。実験終了後、電極を取り出し、樹脂反応槽のセシウム溶液の濃度を測定し、セシウム吸蔵量を求めた。
【0041】
1-4 セシウム濃度の測定
セシウムの濃度測定はカリボール法によって行った。カリボール法は、従来、水質検査としてカリウムの濃度測定に利用されている方法である。本実験で扱うセシウムはカリウムと同じアルカリ金属であるので、予備実験としてカリボール法での分析を行ったところ、0 ppmから4 ppmの間で良好な検量線が得られたので、採用した。カリボール(テトラフィニルホウ酸ナトリウム(Sodium tetraphenylborate))の構造を以下に示す。
【0042】
【化1】
【0043】
カリボール法によるセシウムの分析方法は以下のとおりである。
測定対象のセシウム溶液を25mL採り、カリボール試薬を1パック添加し、よく撹拌し、3分後に460 nmにおける吸光度を測定した。図4に検量線を示す。
【0044】
セシウム濃度の測定はカリボール比濁法による水質測定試薬セット(共立理化学研究所製水質測定用紙約セットNo. 36)によって行った。カリボール法は、本来カリウムイオンの検出に利用されるが、セシウムイオンに対しても吸光光度計による吸光度(460 nm)から求めた検量線は良好な直線を示す。図5に0.01 ppmに調製した塩化カリウムと塩化セシウム水溶液の吸光度(460 nm)を示した。セシウムイオンはカリウムイオンと比較してカリボール法での感度は遜色なく、0.01 ppm程度の濃度に対して十分に検出が可能で、検出限界はさらに低いと云える。
【0045】
実施例1
図6は縦4 cm、横1.5 cmのサイズの旧電極ならびに新電極を陰極に用いて仮想汚染水としてCs濃度4ppm(12.86 GBq/L相当)の塩化セシウム水溶液(Csは安定同位体)を50 mLを用いて電気吸蔵実験を行った結果である。縦軸に濃度、横軸に吸蔵時間を示し、図には旧電極の場合は電極を1枚(■)および2枚(●)とした時の結果を、また、新電極の場合は1枚(▲)とした結果を示した。電圧は特に断らない限りDC 100V一定とした。
【0046】
いずれの結果も吸蔵時間の経過とともにセシウム濃度の低下が観測されるが、カリボール法による検出限界を時間軸との接点にするならば、検出限界に達するまでの時間(以下、tLL)は、旧電極1枚では90分、2枚では60分程度であるのに対して、新電極では3分程度であることが確認された。電極1枚について単純に時間による比較をすると、新電極は旧電極の30倍の吸蔵速度を発揮すると言える。なお、以下の実施例はすべて新電極によって行い、用いる電極の枚数は1枚とした。
【0047】
以上の結果より、セシウム濃度が電圧の印加とともに急激に減少していることから、セシウムイオンが多孔質アルミ電極内部に取り込まれていることが伺える。本発明ではこの現象を便宜上「電気化学的吸蔵」と呼ぶことにする。
【0048】
図7図6中の旧電極1枚による結果を1次反応速度式に当てはめ、吸蔵時間tとln(CA0/CA)との関係をプロットしたものである。なお、CA0は初期濃度、CAは各吸蔵時間における濃度を示す。図7の結果より、吸蔵時間tとln(CA0/CA)との関係は直線になり、吸蔵速度は1次反応に近似できることがわかる。この関係を用いて初期濃度4 ppmからその1/100の濃度の0.04 ppmに到達するまでの吸蔵時間を求めると、およそ120分、また、1/1000の濃度の0.004 ppmに到達するまでの吸蔵時間はおよそ180分を要することが予測できる。
【0049】
図8は、図7同様に図6中の新電極1枚による結果を1次反応速度式に当てはめ、吸蔵時間tとln(CA0/CA)との関係をプロットしたものである。なお、CA0は初期濃度、CAは各吸蔵時間における濃度を示す。図8の結果より、吸蔵時間tとln(CA0/CA)との関係は直線になり、吸蔵速度は1次反応に近似できることがわかる。この関係を用いて初期濃度4 ppmからその1/1000の濃度の0.004 ppmに到達するまでの吸蔵時間を求めると、およそ5分で到達することが予測でき、旧電極と比較すると、非常に優れた除去率を発揮できる性能を有していることがわかる。図7および図8の直線の傾きから、それぞれの電極の吸蔵速度を比較すると、旧電極での0.04に対して新電極は1.5であることから、およそ37.5倍に増大したことになる。
【0050】
実施例2
図9は、粒子径が3μmおよび9μmの金属アルミニウム粉で成形した新電極を用いて電気吸蔵実験を行った結果を示したものである。なお、これらは成形後の後処理を一切行っていない電極で、この電極による電気吸蔵実験をブランク(BL)実験とする。ブランク実験結果より、いずれもセシウム濃度がカリボール法の検出限界以下に達するまでの電気吸蔵時間tLL は3分程度であり、吸蔵速度が非常に速い急速吸蔵能力を有していることがわかる。粒子サイズで比較すると、吸蔵開始1分後では粒子径が小さい3μmの電極が僅かに優れているが、3分後を見るとほとんど差はないと云える。これは、3μmの電極では吸蔵時間3分後の濃度がカリボール法による検出限界を既に超えてしまったため、3μと9μとの濃度差を明確に反映できていないためと思われる。ここで、図8と同様に9μの電極についても電気吸蔵時間とln(CA0/CA)との関係をプロットし、図10に示し、図8および図10の直線の傾きからからそれぞれの電極の吸蔵速度を比較した。その結果、9μの電極に対し、3μ電極は約1.5倍に吸蔵速度が速くなっていることが確認された。このように吸蔵速度が粒子径サイズに反比例して増大するのは電極の表面積増大に基づくと思われる。
【0051】
実施例3 ベーマイト処理1
本実験では塩化セシウム濃度が4 ppmの水溶液に直流電圧100 Vを印加してセシウムイオンの電気吸蔵を行っている。電圧が1.5 V程度の低い電圧の場合は、陰極では最も還元されやすいH+が、また陽極では最も酸化されやすい水がそれぞれ反応し、つぎの反応が起こっている。
【0052】
(陰極)4H+ + 4e- → 2H2
(陽極)2H2O →4H+ + O2 + 4e-
【0053】
ところが、100V程度になると、圧倒的に多い水分子と各電極との反応が優位になり、つぎの反応が進行する[「電子移動の化学−電気化学入門」,渡邉 正,中林誠一郎,朝倉書店,Page 7,1996]。
【0054】
(陰極)4H2O + 4e- → 2H2↑+ 4OH-
(陽極)2H2O →4H+ + O2 + 4e-
【0055】
陰極では局部的にOH-の濃度が高くなり、その影響で両性金属であるアルミニウムは水溶性のアルミン酸となり、僅かに溶解することになる。その溶解を防ぐ手立てとして、あらかじめ高温水でベーマイト処理を施し、表面にアルミニウム水和酸化皮膜を形成する方法が効果的である。ベーマイトはAlOOHの組成で表わされるアルミナ1水和物で、化学的安定性が高く、水に不溶、酸およびアルカリに常温下でほとんど反応しない特徴を持つ。
【0056】
図11は、図9の電極を100℃で10分間ベーマイト処理を行い、Cs吸蔵実験を行った結果である。なお、ベーマイト処理はアルミニウムの溶出を抑え、かつ、セシウムイオンの吸着、固定化の目的で行った。ベーマイト処理によって金属アルミニウム粒子表面にアルミナ水和層が形成されるために全体的に吸蔵速度は少し遅くなるが、粒子径9μのアルミニウム粉の方が吸蔵速度の低下が少なくなっている。
【0057】
表2にこれらの電極の比表面積を測定した結果を示した。一般に表面積の測定方法については、粉体材料の場合液体窒素の温度で窒素の吸着量を求め、BETの式に基づいて求める方法が知られている。ここでも流動式比表面積自動測定装置 フローソーブIII2305(島津製)によって比表面積を求め、表2に示した。
【0058】
【表2】
【0059】
表2の実測値の結果を見ると、旧電極(100μ,無処理)では0.19 m2/g,新電極(3μ,無処理)および新電極(9μ,無処理)ではそれぞれ0.90,0.59 m2/gが得られている。実測値の面積比で新旧電極を比較すると、新電極(3μ,無処理)/旧電極(100μ,無処理)= 4.73,新電極(9μ,無処理)/旧電極(100μ,無処理)= 3.11 となり、新電極の旧電極に対する面積の倍率は、吸蔵速度の倍率(新電極3μでは37.5倍)ほどに大きくなっていない。これは、ベーマイト未処理といえど、一般に金属表面は大気中で容易に酸化されるので、酸化物層で覆われた状態で存在しているためである。特にミクロンサイズの金属微粒子になると、一般に良く知られていることであるが、その表面活性が増加し、より一層酸化を受けやすい表面となるからである。更に生成したアルミニウムの酸化物層は表面積の増加に繋がる微細構造を有していることが原因と思われる。そこで、粒子が直径3μと9μの真球と仮定し、互いの粒子が融合しない状態での比表面積を計算によって求め、表2に示した。そうすると、100μ:9μ:3μ = 1:11.1:33.3 となり、電気吸蔵速度倍率は計算による面積比にほぼ一致することが確認できた。
【0060】
なお、新電極(3μ,無処理)および新電極(9μ,無処理)のそれぞれ0.74 m2/gと0.25 m2/gの計算値に対して実測値は0.90 m2/gと0.59 m2/gと1.2倍から2.4倍の値になっている。これは、上述したように、ベーマイト処理を行わなくとも金属アルミニウム表面は酸化物で覆われ、その酸化物層が微細構造を持つためと思われる。尚、比表面積はベーマイト処理を行うことで更に増大し、新電極の場合は13.4倍から50倍に増大する。これらのベーマイト層は電気吸蔵速度を僅かに低下させるが、セシウムイオンの捕獲層として有効に機能する。詳細は後述する。
【0061】
表2より、電極を形成するアルミニウム粉の粒子径が100μ程度の旧電極の比表面積の実測値は0.19 m2/gであるが、3μ新電極では4.7倍大きくなり、0.9 m2/gとなっている。ところが、ベーマイト処理(100℃,10分)を施すことによって、比表面積は11倍に増加し、9.92 m2/gを示した。また粒子径9ミクロンの新電極ではベーマイト無処理の実測値は0.59 m2/gと3μの電極よりも小さいが、ベーマイト処理すると21倍に増加し、12.36 m2/gを示すことから、より比表面積の大きい電極を得るためにはアルミニウムの粒子径を3μよりも9μの方を選択すべきだと云える。これは、アルミニウム粒子が小さすぎると、ベーマイト層が発達する隙間が不足するためと解釈される。また、ベーマイト処理は、焼結によって結合が進行しているアルミニウム粒子間の隙間に高温度の水が進入し作用することによって、電極内部の内壁表面にアルミナ水和層の膜を形成する作用を発揮するとともに、形成されたベーマート層はセシウムイオンの吸着・固定サイトとして機能できる。したがって、ベーマイト処理は多孔質アルミニウム材のセシウム吸着サイトを増加させ、これらの一連の仕組みがセシウムイオンの高速電気吸蔵と吸蔵量増大に貢献することになる。
【0062】
実施例4 ベーマイト処理2
図12は粒子径3μmのアルミニウム金属粉で成形後、ベーマイト処理条件を変化させた電極を用いて電気吸蔵実験を行った結果を示したものである。(図中、「’」は「分」を意味する。)ベーマイト処理によって電極は内部も含め表面が酸化され、薄いベーマイト層に覆われるため、アルミニウムの溶出の抑制が期待される。アルミニウムの溶出量についての検討は実施例5に示す。結果より、ベーマイト処理をすることでtLL は増加する傾向が見られる。しかし、100℃で10分間ベーマイト処理を行った100℃-10のtLL は3分であった。したがって、ベーマイト処理を行う場合、tLL を極力短く抑えるためには100℃での10分間ベーマイト処理が適当であると云える。
【0063】
実施例5 Al溶出
図13は実施例4で使用した各電極を用いて電気吸蔵を5分間行った時の仮想汚染水中へのアルミニウムの溶出量を水質測定試薬セット(共立理化学研究所製水質測定用紙約セットNo. 24)により求めた結果である。図13の結果より、アルミニウムイオンの溶出量はベーマイト処理の温度が高いほど、また処理時間が長いほど抑えられているのがわかる。また、図9と対比させると、アルミニウムイオンの溶出量が少ない100℃-10'のセシウム吸蔵速度がこの中でもっとも速く、ベーマイト層がセシウムを吸着・固定していることが伺える。
【0064】
実施例6 共存イオン
図14は粒子径3μmのアルミニウム金属粉で成形後、ベーマイト処理(100℃-10')した電極による電気吸蔵における共存イオン(ナトリウムイオン)の影響を調べた結果を示したものである。セシウムイオンと同濃度のナトリウムイオンが共存した場合、吸蔵速度が僅かに低下する傾向が見られるものの、tLLはどちらも3分程度であり、全体的にはその差は非常に小さいことが示された。ナトリウムイオンの場合、この程度の共存イオン濃度であれば実用上問題はないと云える。
【0065】
実施例7 アルミウムイオン溶出量に及ぼす粒子径の影響
図15は9μならびに3μの粒子径のアルミニウム粉を用いて作製した多孔質電極について、ベーマイト処理によるアルミニウムイオンの溶出量を比較した結果である。なお、ベーマイト処理は100℃、1分とした。アルミニウムイオンの溶出量は3μよりも9μを用いた方が少なく、さらにベーマイト処理を施すことで抑制されていることがわかる。
【0066】
図16および図17は、それぞれ4ppmの濃度のセシウム水溶液を用いて粒子径3μの新電極(ベーマイト未処理)と旧電極(ベーマイト未処理)による電気吸蔵中の電流値の変化を示したものである。図16の新電極では、電源を入れると0.01 Aの電流が流れ、1分後には0.012 Aまで上昇するが、以後、実験を終了する5分後まで緩やかに下がり、5分後には0.01 Aに戻っている。一方、図17の旧電極では電源を入れた直後は新電極と同じ0.01 Aを示し、5分後に0.013 Aまで上昇し、以後、実験を終了する90分後まで緩やかに減少し、90分後には0.004 Aを示している。いずれも印加電圧は100 Vである。すなわち、セシウム吸蔵速度が旧電極よりも30倍速い新電極においても、電流値は旧電極とほぼ同じである。これは、セシウムイオンは陰極に電荷を渡すキャリアとしての役割を果たしているのではなく、単に電場に引きつけられて陰極内部に場所を移したに過ぎないことがわかる。実際に電荷を運んでいるキャリアはセシウムイオン以外のイオン種であると云える。このことから、この微粒子状金属アルミニウムによって形成された多孔質焼結体を陰極に用いる電気化学的吸蔵方法は、吸蔵速度の急速化に伴う電気エネルギーの増加分は一切必要なく、吸蔵時間を大幅に減じられることで逆に大きな消費削減を図れる仕組みであるといえる。
【0067】
本電極は水中に存在するラジオセシウムのみならず陽イオンであればいずれのイオンも、水を循環移動させることなく急速に電気吸蔵・除去できる性能が期待できることから、省エネに優れた吸着設備を設計・開発することが可能となる。汚染水に対しては旧電極のCs吸蔵能力は、例えば23.9 GBq/Lから10,000 Bq/Lまで濃度を下げるためにゼオライトでは1190 kgほどが必要となるのに対し、5 cm×1.5 cm×3 mmのサイズの多孔質アルミニウム板では5枚程度で実現できると見積もられるが、さらに大きな表面積を持つ新電極では更に少ない枚数の電極で実現可能となる。
【0068】
本発明の金属イオンの電気化学的吸蔵方法では、非特許文献2に記載の方法と比べると、陰極とする焼結多孔質体自体のサイズは変化させることなく、その多孔質内部の表面積を大きくすること(さらには、焼結多孔質体の組成を変更すること)で、陰極の表面積を実質増大させるのと同等の吸蔵速度を発揮する効果を得ることができる。
【0069】
さらに、本発明の金属イオンの電気化学的吸蔵方法では、非特許文献2に記載の方法と比べると、焼結多孔質体電極の内部表面積の増加の度合に比例して金属イオンの吸蔵速度は増大するが、吸蔵時の電流値はほとんど変化することがなく、省エネルギー型の除去技術と言える。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は、放射性金属イオン含有水溶液の除染方法に関する分野に有用である。特に、イオン化傾向が高いアルカリ金属およびアルカリ土類金属イオンのような金属イオンを含有する水溶液が処理対象であっても、放射性金属イオンを安全にかつ効率的に除去して、金属イオンを含有する水溶液を除染する方法に関する分野に有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
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図8
図9
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図11
図12
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図16
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