(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
涙液は上眼瞼外側にある涙腺で作られ、目の表面に潤いを与え、目頭にある涙点から鼻の奥に排出される。涙液の構造は、目の表面から角膜に向かって油層、水層、ムチン層の三層構造であると以前は言われていた。しかし近年、水層とムチン層の間には仕切りがなく、水層の中にムチンが濃度勾配をもって混ざっているという概念に代わってきた。現在では、油層とムチンの混ざった水層の二層構造という概念になっている。この二層構造のどちらかに異常が出るとドライアイになる。
涙液の油層の異常により生じる「蒸発亢進型ドライアイ」のなかには、マイボーム腺機能不全、眼瞼炎がある。涙液の水層の異常により生じる「涙液減少型ドライアイ」には、シェーグレン症候群、スティーブンス・ジョンソン症候群などがある。
【0003】
2016年にドライアイ研究会は、「ドライアイは様々な要因により涙液層の安定性が低下する疾患であり、眼不快感や視機能異常を生じ、眼表面の障害を伴うことがある」と定義した。
ドライアイ治療の最大の目的は、涙液の構造を正常に戻し、角結膜上皮障害や自覚症状を改善させることになる。
実際にドライアイの治療に用いられている点眼には、人工涙液、ヒアルロン酸ナトリウム、コンドロイチン硫酸ナトリウム、フラビンアデニンジヌクレオチドを含有する水性点眼液、血清点眼及び油性点眼などがあり、近年はジクアホソルナトリウムやレバミピドなどのドライアイ治療剤も販売されている。軽症のドライアイである場合、日本国内では人工涙液として、涙液の補助(目のかわき)を効能・効果としたOTCの眼科用薬が入手しやすい。
人工涙液の役割とは、不足している涙液を外部から補充して涙液の増加をはかる方法である。涙液量は正常人では6.5±0.3μL、ドライアイ患者では4.8±0.4μLと報告されており、結膜嚢の容量は20〜30μL、点眼液1滴は約50μLとされているので、正常人、ドライアイ患者のいずれの場合も片眼に対し、人工涙液を1滴点眼すると結膜嚢内は水分で満たされることになる。
人工涙液としては、無機塩類を添加した水性点眼剤が挙げられる。しかしながら、このような水性点眼剤は点眼後鼻涙管を通して速やかに排出される、または眼表面から蒸発するといった現象が生じる。よって、眼表面の水分を維持するため、または自覚症状を軽減するためには、1回2〜3滴、1日5〜6回といった頻回点眼をしなければならない(非特許文献1〜3)。
【0004】
このような人工涙液の眼表面からの排出遅延と、さらに大量の水分を補給することを目的として水溶性高分子を配合した高粘度の点眼剤が市販されている。水溶性高分子として、ヒプロメロース(HPMC)、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)あるいはヒアルロン酸及びその薬学的に許容される塩などを粘稠剤として添加している。しかしながら、このような点眼剤は粘性が高いため投与する際に滴下量の調節が困難であったり、点眼後の霧視を初めとする不快感を伴ったりすることが知られている。
【0005】
水溶性高分子のうち、セルロース誘導体のなかでもメチルセルロースは角膜表層保護薬であり、0.5%含有生理食塩水は角膜表面に保水性を与え、涙液と類似した性質を持つ薄い膜を形成することが知られている(非特許文献4)。
また、0.6%及び1.2%メチルセルロース含有生理食塩水よって、豚の眼球において角膜上皮創傷治癒効果が認められたことが知られている(非特許文献5)。
しかし、これらのメチルセルロース含有生理食塩水では、メチルセルロース特有の熱によってゲル化する性質を溶液上で確認しているものではなく、ゲル化による効果は全く考慮していない。
【0006】
メチルセルロースを含有する水性医薬組成物としては、メチルセルロース及びヒアルロン酸及びその薬学的に許容される塩を含有する熱ゲル化製剤あるいはメチルセルロース、マクロゴール4000及びクエン酸ナトリウムを含有する熱ゲル化人工涙液によって、体温付近でゲル化して涙液量を増大させ、眼表面に水分を補給し、涙液油層を保護する目的としてとして使用することが記載されている(特許文献1、2)。
一方、ニューキノロン系抗菌剤を有効成分として、ゲル化温度が十分に低い、熱ゲル化水性医薬組成物が開示されている。また前記組成物として、オフロキサシンゲル化点眼液0.3%「わかもと」が角膜上皮障害に有効であることが報告されている(特許文献3、非特許文献6)。
前記は抗菌剤を含有するゲル化点眼液において、1種類のメチルセルロースを含有し、ゲル化する点眼液の効果を確認したものにすぎない。これらの特許文献に開示されている前記水性医薬組成物は、室温で保存した場合、組成物が徐々にゲル化し、点眼前に液体で投与しやすいという特徴が失われるため、通常、低温で保存することが想定されている。人工涙液の場合、前述の通り頻回点眼することが一般的であるが、可逆性熱ゲル化水性組成物は低温で保存する必要があるため、持ち歩くことは不適である。
メチルセルロース、ポリエチレングリコール及びクエン酸ナトリウム並びに糖アルコール、乳糖、カルメロースあるいはシクロデキストリンのいずれかを含有する水性医薬組成物として、室温でゲル化したとしても軽く振るなど弱い力を加えたときに急激に粘度が低下して液体に戻る組成物、すなわち、揺変性を持つ水性組成物が開示されている(特許文献4)。
ヒドロキシエチルセルロース並びにメチルセルロースあるいはヒプロメロースを含む水溶液からなる水性組成物では、ヒトの体温付近で瞬時に増粘してゲル化せず、軽く振るなどの弱い力を加えたときに急激に粘度が低下して流動性が高まる組成物が開示されている(特許文献5)。
このように携帯できる熱ゲル化製剤であったり、投与後の異物感を生じないような水性組成物であったりと製品の流通やQOLに着目した改良が進められてきた。しかし、ゾル-ゲル相転移を繰り返すことによって揺変性が再現可能な水性組成物については開示されていない。
【0007】
以上のとおり、特定の比率で異なる規格のメチルセルロースを組み合わせた水性組成物であって、体温付近でゲル化するものの、物理的刺激を加えることでゾルに転移し、再現性を示すものは全く知られていない。
【0008】
また、特定の比率で異なる規格のメチルセルロースを組み合わせた水性組成物であって、体温付近でゲル化することにより角膜保護作用を持つあるいは角膜上皮障害を軽減する作用を持つものは全く知られていない。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(A)少なくとも2種のメチルセルロース
本発明に用いられるメチルセルロース(以下、MCともいう)は、医薬品添加物として市販されているものを、適宜使用することができる。例えば粘度で表せば2w/v%水溶液の20℃における粘度が12000mPa・s(ミリパスカル秒)以下であればよく、120mPa・s以下であるものがより好ましい。メトキシ基の含有率は26〜33%の範囲が好ましい。さらにMCはその水溶液の粘度によって区別され、例えば、市販品の品種には表示粘度4、15、25、100、400、1500、4000(数字は2w/v%水溶液の20℃における粘度(単位はミリパスカル・秒)を示す。以降、単に「粘度」ないし「表示粘度」と述べた場合も同じである。例えば、「表示粘度が4」は、2w/v%水溶液の20℃における粘度が4ミリパスカル・秒であることを意味する)のものがあり、容易に入手可能である。表示粘度4〜400のMCが取り扱いやすいため好ましい。表示粘度が4、15、25、100、400、1500及び4000からなる群から選ばれる2種のMCであるのがより好ましい。表示粘度が4のMC、表示粘度が15のMC、表示粘度が400のMCがさらに好ましく、特に、表示粘度が4のMCと表示粘度が15のMCとの組み合わせ、表示粘度が4のMCと表示粘度が400のMCとの組み合わせ、及び表示粘度が15のMCと表示粘度が400のMCとの組み合わせが好ましい。とりわけ、表示粘度が4のMCと表示粘度が15のMCとの組み合わせが好ましい。MCの概要、規格、用途、使用量及び商品名などについては医薬品添加物辞典(日本医薬品添加物協会編集、薬事日報社発行)に詳細に記載されている。また、MCは日本、米国、欧州の三薬局方での調査合意に基づき規定した医薬品各条として第十七改正日本薬局方に掲載されている。MCの規格の大部分は三薬局方で共通するものである。なお、MCの粘度は、第十七改正日本薬局方に記載の方法に従って測定できる。
【0016】
(B)ポリエチレングリコール
本発明に用いられるポリエチレングリコール(以下、PEGともいう)は、医薬品添加物として市販されており、例えば、PEG−200、−300、−400、−600、−1000、−1500、−1540、−2000、−4000、−6000、−8000、−20000、−50000、−500000、−2000000及び−4000000の商品名で和光純薬工業(株)から、マクロゴール−200、−400、−1500、−4000、−6000または−20000の商品名で三洋化成工業(株)から、さらに、CARBOWAX(登録商標) PEG 200、300、400、540、600、1000、1450、3350、4000、4600、8000の商品名でDOW CHEMICAL COMPANYより販売されている。本発明の基剤に用いられるPEGの重量平均分子量は300〜50000が好ましく、300〜8000が特に好ましい。重量平均分子量が300以上の場合には体温によるゾル-ゲル相転移を起こしやすく、重量平均分子量が50000以下の場合には液体状態での粘度が高くなりすぎないため好ましい。とりわけ、重量平均分子量が4000又は8000のPEGが好ましい。また、2種以上のPEGを混合して重量平均分子量を上記の至適範囲内に調整することも可能である。PEGの概要、規格、用途、使用量及び商品名などについては医薬品添加物事典(日本医薬品添加物協会編集、薬事日報社発行)に詳細に記載されている。また、PEGの概要、規格は米国薬局方(2018 U.S. Pharmacopeia National Formulary, USP41 NF36、以下USP41(NF36)という)に詳細に記載されている。なお、PEG−400、−4000、−6000及び−20000の重量平均分子量は、第十七改正日本薬局方に記載の方法に従って測定できる。重量平均分子量が200から8000のPEGは、USP41(NF36)に従って粘度を測定することができ、粘度範囲が規定されている。
【0017】
・ポリプロピレングリコール
PEGに代えて又はPEGに追加して、ポリプロピレングリコールを用いることができる。ポリプロピレングリコールを含ませることにより、本発明の組成物の粘度を適度な範囲に調整することができる。本発明に用いることができるポリプロピレングリコールは、重量平均分子量が200〜40000であるのが好ましく、200〜1200であるのがより好ましく、200〜700であるのが水への溶解性が高いためさらに好ましく、200〜400が特に好ましい。なお、ポリプロピレングリコール2000の重量平均分子量は、医薬品添加物規格2013(薬事日報社発行)に記載の方法に従って測定できる。ポリプロピレングリコールは、例えば、ユニオール(登録商標)D-200、D-250、D-400、D-700、D-1000、D-1200、D-2000、D-4000の商品名で日油株式会社より販売されている。前記ユニオールDシリーズの重量平均分子量、動粘度は油化製品総合カタログ(日油株式会社油化事業部)に記載されている。
【0018】
(C)ポリビニルピロリドン
本発明に用いられるポリビニルピロリドン(以下、PVPともいう)は、医薬品添加物として市販されているものを、適宜使用することができる。具体的には、PVP K17、PVP K25、PVP K30、PVP K90等が挙げられる。本発明に用いられるPVPの重量平均分子量は2500〜250000が好ましく、20000〜150000が特に好ましい。PVP K17、PVP K25、PVP K30、PVP K90からなる群から選ばれる少なくとも1種が好ましい。とりわけ、PVP K25が好ましい。PVPの概要、規格、用途、使用量及び商品名などについては医薬品添加物事典(日本医薬品添加物協会編集、薬事日報社発行)に詳細に記載されている。PVP K25、PVP K30及びPVP K90はポビドンとして第十七改正日本薬局方に収載されている。ポビドンは日本、米国、欧州の三薬局方での調査合意に基づき規定した医薬品各条として第十七改正日本薬局方に掲載されている。ポビドンの規格の大部分は三薬局方で共通するものである。なお、本書ではPVP K25をPVP k25のように表記することがある。
【0019】
(D)クエン酸又はその薬理学的に許容し得る塩
本発明に用いられるクエン酸としては、クエン酸水和物及びクエン酸の薬学的に許容しうる塩が挙げられる。
前記クエン酸の薬学的に許容し得る塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩などを例示できる。ナトリウム塩としては、クエン酸ナトリウム水和物(別名:クエン酸ナトリウム(日局)、以下、クエン酸ナトリウムとする)、クエン酸二水素ナトリウム、クエン酸二ナトリウム等が挙げられる。カリウム塩としては、クエン酸カリウム(クエン酸カリウム一水和物)があげられる。
本書でいうクエン酸ナトリウムは、第十七改正日本薬局方にクエン酸ナトリウム水和物としての概要、規格及び用途が詳細に記載されている。また、クエン酸ナトリウムとして、クエン酸ナトリウム2水和物の概要及び規格がUSP41(NF36)に詳細に記載されている。
【0020】
本発明の眼科用水性組成物におけるMCの合計の濃度は0.2〜5w/v%であるのが好ましい。MCの合計の濃度が0.2w/v%以上の場合、眼表面の温度で本発明の組成物がゲル化しやすいので好ましい。またMCの合計の濃度が5w/v%以下の場合、粘度が取り扱いやすい範囲に調整できるため好ましい。より好ましくは0.5w/v%以上、さらに好ましくは1w/v%以上である。また、より好ましくは4w/v%以下、さらに好ましくは3w/v%以下である。
【0021】
本発明の眼科用組成物の実施態様として、異なる規格のMCを3種類以上混合することもできる。3種類以上のMCを混合した組成物は、1種類のMCによる組成物よりもヒトの体温付近(34〜38℃)での増粘が比較的速やかであるため好ましい。2種類のMCを混合した組成物は、室温(1〜30℃)において液体(ゾル)で保存可能であるように粘性を調整しやすいのでさらに好ましい。
MCの組み合わせが2種類である場合、前記組成物において、1種類のMCの濃度は0.1〜3w/v%であるのが好ましい。MCの濃度が0.1w/v%以上の場合、ヒトの体温付近(34〜38℃)での増粘がヒトの体温付近(34〜38℃)で増粘するので好ましい。またMCの濃度が3w/v%以下の場合、室温(1〜30℃)において粘性の低い水溶液を調製しやすいため好ましい。より好ましくは0.1w/v%以上、さらに好ましくは0.2w/v%以上である。より好ましくは2.5w/v%以上である。
MCの組み合わせが2種類である場合、異なる規格(好ましくは粘度)のMCを、質量比にして、1:30〜30:1の割合で混合することが好ましく、より好ましくは1:24〜24:1の割合、さらに好ましくは1:4〜4:1である。特に、表示粘度が4のMCと表示粘度が15のMCとの組み合わせ、表示粘度が4のMCと表示粘度が400のMCとの組み合わせ、又は表示粘度が15のMCと表示粘度が400のMCとの組み合わせを、上記の質量比で併用するのが好ましい。とりわけ、表示粘度が4のMCと表示粘度が15のMCとの組み合わせを、上記の質量比で併用するのが好ましく、なかでも、1:4〜4:1の質量比で併用するのが好ましい。
【0022】
本発明の眼科用水性組成物の実施態様として、MC以外の成分としては以下の濃度範囲がより好ましい。
PEGの濃度は0.5〜4.0w/v%の範囲で、濃度が0.5w/v%より低い場合は局所でのゲルが生成しにくいことから実用性に乏しく、また、4w/v%より高いとゲル化温度が低くなり好ましくない。
ポリプロピレングリコールの濃度は0.1〜4w/v%の範囲で、濃度が4w/v%より高いと眼刺激の点で好ましくない。
PVPの濃度は0.5〜4.0w/v%の範囲で、濃度が0.5w/v%より低い場合は局所でのゲルが生成しにくいことから実用性に乏しく、また、4w/v%より高いとゾルの粘度が高くなり好ましくない。
クエン酸の濃度は1.0〜4.0w/v%の範囲で、濃度が1.0w/v%より低い場合は局所でのゲルが生成しにくいことから実用性に乏しく、また、4w/v%より高いと眼刺激の点で好ましくない。
【0023】
本発明の組成物は、
(A)表示粘度が4のMCと、表示粘度が15のMCとを、質量比1:4〜4:1で、合計濃度が0.2〜5w/v%となる量と、
(B)0.5〜4.0w/v%の、重量平均分子量が4000又は8000のPEGと、
(C)0.5〜4.0w/v%のPVP K25と、
(D)1.0〜4.0w/v%のクエン酸又はそのナトリウム塩を含むのが最も好ましい。この組成物のpH調整剤は、水酸化ナトリウム又は硫酸であるのがよい。
【0024】
本発明の眼科用水性組成物は、哺乳類の体温付近の温度でゲル化することが所望されることから、本発明の眼科用水性組成物のゲル化温度(ゾルからゲルに相転移を起こす温度)は、約30℃〜40℃であるのが好ましく、34℃から40℃であるのがより好ましい。本発明の眼科用水性組成物は、室温(1〜30℃)で即時投与可能な液剤として室温で保存できる。前記(B)〜(D)成分の濃度を調整することにより、ゲル化温度を細かく調整することができる。
【0025】
本発明の眼科用組成物は、ドライアイなどの角膜上皮障害治療薬として用いることができる。
本発明の眼科用水性組成物はまた、乾性角結膜炎、涙液減少症における涙液補充のための人工涙液、涙液不足に伴う、コンタクトレンズ装用時の不快感、目のかわき、目の疲れ、目のかすみにおける涙液補充のための人工涙液、目の乾燥による、ヒリヒリする症状、刺激における涙液補充のための人工涙液として用いることができる。
本発明の眼科用水性組成物はまた、角膜の乾燥を抑制し、角膜を保護するための人工涙液又は涙液量を増大させる人工涙液として用いることができる。
本発明の眼科用水性組成物はまた、眼表面で滞留し、角膜上皮障害を軽減する人工涙液として用いることができる。
本発明の眼科用水性組成物はまた、角膜損傷を早期に回復させることで角膜障害を回復することができる人工涙液としての用いることができる。
【0026】
本発明の眼科用水性組成物にはドライアイに対する有効成分としてまたは人工涙液の有効成分として、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、乾燥炭酸ナトリウム、硫酸マグネシウム、リン酸水素ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム等の無機塩類の他に、ブドウ糖などの糖類、L−アスパラギン酸カリウム、L−アスパラギン酸マグネシウム、L−アスパラギン酸マグネシウム・カリウム[等量混合物]、アミノエチルスルホン酸(以下、タウリンともいう)、コンドロイチン硫酸ナトリウム等のアミノ酸類又はその薬学的に許容される塩、ポリビニルアルコール、ヒアルロン酸及びその薬学的に許容される塩、ヒドロキシエチルセルロース、ヒプロメロース(ヒドロキシプロピルメチルセルロース)等の高分子化合物を配合しても良い。これら有効成分の配合量は期待される薬効が得られる濃度であれば特に制限はない。
【0027】
本発明の眼科用水性組成物は通常pH3〜10に調整され、特に眼刺激の点よりpH5〜8で調整されることが好ましい。本発明の人工涙液のpHを調整するために、通常添加される種々のpH調整剤を使用してもよい。例えば、酸類、塩基類、アミノ酸類等が挙げられる。酸類としては、例えば、塩酸、硫酸、リン酸、ホウ酸、酢酸、乳酸、グルコン酸、アスコルビン酸などが挙げられる。塩基類としては、例えば、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化ナトリウム、水酸化マグネシウム、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンなどが挙げられる。アミノ酸類としては、グリシン、ヒスチジン、イプシロンアミノカプロン酸などが挙げられる。
【0028】
本発明の眼科用水性組成物は、必要に応じて、薬学的に許容し得る等張化剤、可溶化剤、保存剤及び防腐剤などを含有してもよい。等張化剤としてはキシリトール、マンニトール、ブドウ糖等の糖類、プロピレングリコール、グリセリン、塩化ナトリウム、塩化カリウムなどが挙げられる。可溶化剤としては、ポリソルベート80、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油及びシクロデキストリンが挙げられる。
【0029】
保存剤としてはベンザルコニウム塩化物(以下、BACともいう)、塩化ベンゼトニウム、塩化セチルピリジニウムなどのイオン系保存剤、グルコン酸クロルヘキシジン、クロルヘキシジン塩酸塩、1,1-ジメチルビグアニド塩酸塩、ポリヘキサメチレンビグアニド、アレキシジン、ヘキセチジン、N−アルキル−2−ピロリジノンなどのビグアニド系保存剤、塩化ポリドロニウムなどのポリクオタニウム系保存剤、パラヒドロキシ安息香酸メチル、パラヒドロキシ安息香酸プロピル、パラヒドロキシ安息香酸ブチル等のパラベン類、クロロブタノール、フェニルエチルアルコール、ブロノポール及びベンジルアルコールなどのアルコール類、デヒドロ酢酸ナトリウム、ソルビン酸及びソルビン酸カリウムなどの有機酸及びその塩類が使用できる。
点眼液で汎用性の高い防腐剤であるベンザルコニウム塩化物は、一般式:[C6H5CH2N(CH3)2R]Clで示される。なお、前記一般式において、Rはアルキル基を示す。本発明の組成物において、ベンザルコニウム塩化物は岡見化学工業株式会社から販売されているものを使用した。
【0030】
また、その他の添加剤としてヒドロキシエチルセルロース、ポリビニルアルコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、ヒアルロン酸及びその薬学的に許容される塩、コンドロイチン硫酸ナトリウムもしくはポリアクリル酸ナトリウム等の増粘剤、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)及びそれらの薬学的に許容される塩、トコフェロール及びその誘導体、亜硫酸ナトリウムなどの安定化剤が挙げられる。
【0031】
本発明の眼科用水性組成物の製法としては特に限定されず、例えば、メチルセルロース、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン及びクエン酸を約60〜70℃の熱水に分散させ、10℃以下に冷却する。必要に応じ、ここに、無機塩類、その他の有効成分、添加剤などを添加溶解し良く混合する。得られた溶液のpHを必要に応じてpH調整剤で調整し、滅菌精製水でメスアップし本発明の眼科用水性組成物を調製する。前記組成物を滅菌後、プラスチック製点眼ボトルに充填し、利用に供することができる。本発明の眼科用水性組成物は、哺乳類、特にヒトの目に適用する点眼剤として用いられる。
【0032】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0033】
<試験例1A>
メチルセルロース(信越化学工業(株)製、メトローズ(登録商標)SM−4及びSM−15)、ポリエチレングリコール(CARBOWAX(登録商標) PEG8000、ダウ・ケミカル社製)、ポリビニルピロリドン(PVP k25)及びクエン酸ナトリウムを所定量混合し、60〜70℃に加熱した滅菌精製水へ添加し、攪拌することで分散させた。均一に分散したことを確認後、攪拌しながら10℃以下に冷却した。全体が澄明になったことを確認し、ベンザルコニウム塩化物を所定量添加し、溶解した。さらに、1Mの水酸化ナトリウム水溶液又は1Mの硫酸水溶液でpHを7.0に調整後、滅菌精製水で所定の容量にメスアップし、本発明の眼科用水性組成物を調製した(実施例1、2)。処方内容を表1に示した。
なお、表中、各成分の配合量はすべてw/v%で表した。
【0035】
比較例として、特許文献1の実施例-3及び4と特許文献4の実施例-7、特許文献3の実施例-5を各特許文献記載の方法で調製した(比較例1〜4)。処方内容を表2に示した。
【0037】
表1、2に示した実施例または比較例の温度と粘度の関係を調べるため、各水性組成物の粘度挙動を観察した。
実施例1、2及び比較例1〜4の組成物の20℃〜40℃における粘度を測定して、温度と粘度の関係を評価した。アントンパール社製レオメーター (Modular Compact Rheometer 102) で粘度を測定した。調製した本発明の組成物、約1mLを直径約50 mmのパラレルプレートと温度コントロール用ペルチェの間にセットした。ペルチェとパラレルプレートのギャップは0.5 mmに設定した。測定開始前に試料を5分間5℃に保冷した。測定開始から、各測定温度まで徐々に昇温した。各測定温度で240秒間保持して粘度を測定した。結果を
図1に示した。
【0038】
本発明の組成物である実施例1、2は32℃まで低粘度を維持し、34℃から40℃の間で急激に粘度が上昇した。比較例1では34℃から40℃の間で粘度が若干上昇するものの、全体的に低粘度で移行した。比較例2、3では32℃から粘度が上昇し比較例4では25℃付近で突如として粘度が上昇した。
比較例2、3はゲル化温度が本発明の組成物よりも室温に近く、比較例4では室温で大きく増粘するため、室温での貯法は難しいことが示された。一方で、本発明の眼科用水性組成物は、室温(1〜30℃)で即時投与可能な液剤として保存できることが示された。
【0039】
<試験例1B>
前述の実施例1,2と同様に次の通り実施例4〜39を調製した。メチルセルロース(SM−4、SM−15及びSM−400)、ポリエチレングリコール(PEG8000、PEG4000、PEG400及びPEG300)、ポリビニルピロリドン(PVP k25、PVP k30及びPVP k90)及びクエン酸ナトリウムを所定量混合し、表6の実施例を調製する場合はホウ酸あるいはヒアルロン酸を所定量さらに混合し、60〜70℃に加熱した滅菌精製水へ添加し、攪拌することで分散させた。均一に分散したことを確認後、攪拌しながら10℃以下に冷却した。全体が澄明になったことを確認し、表3〜7に示す他の成分を所定量添加し、溶解した。さらに、1Mの水酸化ナトリウム水溶液又は1Mの硫酸水溶液でpHを調整後、滅菌精製水で所定の容量にメスアップし、本発明の眼科用水性組成物を調製した。
実施例と同様の手順で比較例Aを調製した。
処方内容を表3〜7に示した。
【0040】
実施例4〜39及び比較例Aの組成物の20℃〜40℃における粘度を測定して、温度と粘度の関係を評価した。アントンパール社製レオメーター (Modular Compact Rheometer 102) で粘度を測定した。調製した本発明の組成物、約1mLを直径約50 mmのパラレルプレートと温度コントロール用ペルチェの間にセットした。ペルチェとパラレルプレートのギャップは0.5 mmに設定した。測定開始前に試料を5分間5℃に保冷した。測定開始から、各測定温度まで徐々に昇温した。各測定温度で240秒間保持して粘度を測定した。結果を表3〜7に示した。
【0046】
表3〜7より、本発明の組成物である実施例4〜39は、32℃まで低粘度を維持し、34℃から40℃の間で急激に粘度が上昇した。
表3から、本発明の組成物はMCの種類に関わらず調製可能であり、熱ゲルの特性を有することが示された。
表3の実施例8と実施例9を比較すると、表示粘度の大きいMCの割合が増えるほど低温での粘度が大きくなることが明らかであった。
表4から、PVPの種類ないし重量平均分子量に関わらず、本発明の組成物が調製可能であり、熱ゲルの特性を有することが示された。
表4の実施例13と実施例14を比較すると、クエン酸ナトリウムの濃度が低い組成物のほうが34〜40℃において粘度の上昇が緩やかであった。
表4の実施例12と実施例13を比較すると、ポリエチレングリコールの濃度が低い組成物のほうが34〜40℃において粘度の上昇が緩やかであった。
表4の実施例13と実施例15を比較すると、PVPの濃度が低い組成物のほうが34〜40℃において粘度の上昇が緩やかであった。
表5から、本発明の組成物において各種防腐剤の添加が可能であり、熱ゲルの特性に影響を与えないことが明らかであった。
表6から、本発明の組成物においてホウ酸のような酸類、ヒアルロン酸のような増粘剤、トロメタモールのような塩基類,タウリン等のアミノ酸の添加が可能であり、熱ゲルの特性に影響を与えないことが明らかであった。
表6から、ポリエチレングリコールの種類ないし重量平均分子量に関わらず、本発明の組成物が調製可能であり、熱ゲルの特性を有することが示された。
表7から、本発明の組成物において各種無機塩類の添加が可能であり、熱ゲルの特性に影 響を与えないことが明らかであった。
【0047】
表4から、クエン酸ナトリウム及びポリエチレングリコールが本発明の組成物での熱による粘度の上昇に影響を与えていることが明らかであった。
表4から、前述のクエン酸ナトリウムまたはポリエチレングリコールほどではないものの、PVPが本発明の組成物での熱による粘度の上昇に影響を与えていることが明らかであった。
表5から、防腐剤の種類に限定せず添加可能であることが示されたので、本発明は水性医薬用組成物として適することが示された。
表6及び表7から、本発明の組成物が人工涙液用組成物として適することが示された。
表3〜7から、本発明の組成物は、室温(1〜30℃)で即時投与可能な液剤として保存できることが示された。
表3〜7から、本発明の組成物は、眼科用水性組成物に適しており、投与後の眼表面の温度に反応し、即時に増粘して滞留性があることが示唆された。
【0048】
<試験例1C>
前述の実施例1,2と同様の手順で実施例40〜52を調製し、20℃〜40℃における粘度を測定した。処方内容及び測定結果を表8に示した。
【0050】
実施例40、42、46は20〜32℃付近の粘度が低いものの、36〜40℃の体温付近で粘度が上昇している。
実施例49、51、52、53は30〜34℃で粘度が低いものの、38、40℃で粘度が急激に上昇している。
本試験の粘度測定にて観察した粘度挙動をもって、本発明のほか実施例と同様の粘度推移を持つことから、実施例40〜52でも本発明の特徴を備えていることが示された。
【0051】
<試験例2>
表1に示した実施例2及び表2に示した比較例2〜4について、ゲル化時の揺変性を検討した。
実施例2及び比較例2〜4の組成物について、アントンパール社製レオメーター (Modular Compact Rheometer 102) を用いてゲル化後の組成物に対してせん断応力とひずみの関係を求めた。せん断応力を増加させた時にひずみと比例の関係でなくなるポイントがあれば揺変性があると評価した。
調製した本発明及び比較例の組成物、約1mLを直径約50 mmのパラレルプレートと温度コントロール用ペルチェの間にセットした。ペルチェとパラレルプレートのギャップは0.5 mmに設定した。測定開始前に測定試料を5分間5℃で保冷した。測定開始から約10分間36℃に保持した。次に240秒間25℃に保持した後に、振動測定にて、周波数1 (Hz) 、せん断応力を0.01〜10Paに変化させた時のひずみを求めた。結果を
図2に示した。
【0052】
本発明の組成物である実施例及び比較例2、3はいずれも応力とひずみが比例の関係でなくなるポイント(降伏応力)が存在するため揺変性があるという結果が示された。比較例4では本試験条件で降伏応力は存在しなかったので、揺変性はないことが示された。
【0053】
<試験例3A>
表1に示した実施例1、2及び表2に示した比較例1〜3について、一定期間で加熱と冷却を繰り返して粘度を測定し、再現性を評価した。
本発明の組成物、実施例2について、20℃と36℃へ温度調節を繰り返した際の粘度の変化を評価した。アントンパール社製レオメーター (Modular Compact Rheometer 102) で粘度を測定した。調製した本発明の組成物、約1mLを直径約50 mmのパラレルプレートと温度コントロール用ペルチェの間にセットした。ペルチェとパラレルプレートのギャップは0.5 mmに設定した。測定試料は測定開始前に10分間5℃で保冷した。測定開始から、36℃に昇温して240秒間保持した後に粘度を測定し、次に20℃に冷却して240秒間保持した後に粘度を測定した。この36℃と20℃の操作を4回半繰り返した。比較例4は36℃での粘度が非常に高く、ほかの試料と同条件で測定ができなかった。よって、実施例1、2および比較例1〜3の結果を
図3に示した。
【0054】
本発明の組成物、実施例1、2は2〜5回目の操作において36℃では粘度が上昇して300 〜 600 mPa・sを示し、20℃では粘度が100 mPa・s以下を示した。加熱と冷却の操作を4回以上繰り返しても熱に対する応答性を維持していた。本発明の組成物における36℃での増粘性は、比較例1〜3より強い状態を維持していることが示された。
【0055】
<試験例3B>
表3に示した実施例9、10について、一定期間で加熱と冷却を繰り返して粘度を測定し、再現性を評価した。
試験操作は試験例3Aと同様である。結果を
図4に示した。
【0056】
試験例3Bの試験結果より、本発明の実施例は加熱と冷却の操作を繰り返しても熱に対する応答性を維持していることが示された。
【0057】
<試験例4>
表1に示した実施例2及び表2に示した比較例1〜4の温度と溶液状態 (ゾル及びゲル) の関係を検討し、各水性組成物のゲル化再現性を求めた。
実施例2及び比較例1〜4の組成物の30℃から36℃へ昇温した際の溶液状態 (ゾル及びゲル) の関係及び、30℃でゲル構造を崩した後のゲル化再現性を評価した。アントンパール社製レオメーター (Modular Compact Rheometer 102) を用いて振動測定によりゲル化の指標となる貯蔵弾性率 (G’) と損失弾性率 (G’’) を測定し、G’’/ G’の式で求められる損失正接(tan (δ) )の値を求めた。一般的に、tan (δ)>1を示すものをゾル、tan (δ)<1を示すものがゲルであるとされている(ゲル コントロール-ゲルの上手な作り方のゲル化の抑制-、2009年6月、発行:株式会社情報機構)。
調製した本発明の実施例及び比較例、約1mLをそれぞれ直径約50 mmのパラレルプレートと温度コントロール用ペルチェの間にセットした。ペルチェとパラレルプレートのギャップは0.5 mmに設定した。測定試料は測定開始前に10分間5℃で保冷した。測定開始から約1分間で30℃に昇温して30秒程度保持した。周波数1 (Hz) 、ひずみ5%の試験条件で振動測定し、次に約30秒間で36℃に測定試料を昇温し,そのまま150秒程度温度を維持した。その後、30℃、せん断応力10 Paの条件でパラレルプレートを回転させることによりゲル構造を崩した。再度36℃へ昇温しながら測定し、これらの操作を10回繰り返した。1回目のゲル化挙動と、ゲル化再現性の評価において5回目及び10回目の結果を
図5〜7に示した。
【0058】
1回目のゲル化の測定において、比較例4が最も早くtan (δ)<1となりゲル化していた。その後、比較例3、実施例2、比較例2の順にゲル化し、比較例1はこの時間内でのゲル化は起きていないことが分かった。ゲル化する順番は試験例1の36℃での粘度に概ね一致した。
ゲル化再現性の評価では、比較例1〜4は操作回数を重ねるごとにゾルへの転移が悪くなっていた。実施例2は、ゾルへの転移が弱くはなっているものの、10回目の操作においても比較例よりも長い時間ゾル状態を維持していた。
本発明の実施例によって、2種類のメチルセルロースを適当な割合で混合することで、ゲル化再現性が良くなることがこの結果より示された。
【0059】
試験例3A、3B及び4の結果から、本発明の特徴は表示粘度の異なるMCを各種混合して調製することによって得られることが示された。
【0060】
<試験例5A 角膜保護作用の評価>
(1)試料溶液
表9の実施例3、比較例5及び比較例6を試験例1と同様に調製した。対照として生理食塩液(光製薬)(以下、生食ともいう)を加えた。
【0062】
(2)試験方法
有色家兎(系統;Kbt:Dutch,搬入時体重1.5〜2.0 kg、バイオテック)を安楽死させて角膜を採取した(n=3)。その後、採取した角膜を35℃で40分間、インキュベーター内で乾燥させた。乾燥開始直後から、室温で保存した実施例3及び生食と5℃で保存した後使用直前に室温に戻した比較例5と比較例6を、採取した角膜上に1分間隔でそれぞれ10μL×6回ずつ(計60μL)滴下した。乾燥後、角膜を生食で洗浄し、1%メチレンブルー(ナカライテスク)を用いて染色し、400μLの抽出液(アセトン(和光純薬工業):飽和硫酸ナトリウム(和光純薬工業)水溶液=7:3、容量比)に一昼夜以上浸漬して角膜に残留したメチレンブルーを抽出し、各抽出液の660nmにおける吸光度を測定した。
結果を
図8に示した。
【0063】
本発明の実施例3の吸光度は、比較例5及び比較例6または生理食塩液よりも低い結果であった。
【0064】
試験例5Aの結果より、生食又は比較例5及び比較例6のような既存の熱ゲル化製剤よりも、本発明の実施例3の方が角膜の乾燥を抑制する特徴があることを示した。
よって、本発明の組成物は角膜保護作用を有することが示唆された。
【0065】
<試験例5B 角膜保護作用の評価2>
(1)試料溶液
表9の比較例5、表4の実施例17及び表6の実施例32を試験例1と同様に調製した。対照として生理食塩液(光製薬)を加えた。
【0066】
(2)試験方法
有色家兎(系統;Kbt:Dutch,搬入時体重1.5〜2.0 kg、バイオテック)を安楽死させて角膜を採取した。その後、採取した角膜に実施例17、実施例32及び比較例5を150μLずつ滴下し、35℃で40分間、インキュベーター内で乾燥させた。乾燥後、角膜を生食で洗浄し、1%メチレンブルー(ナカライテスク)を用いて染色し、400μLの抽出液(アセトン(和光純薬工業):飽和硫酸ナトリウム(和光純薬工業)水溶液=7:3、容量比)に一昼夜以上浸漬して角膜に残留したメチレンブルーを抽出し、各抽出液の660nmにおける吸光度を測定した。結果を
図9に示した。
【0067】
本発明の実施例17及び実施例32は比較例5または生理食塩液よりも低い吸光度を示した。
【0068】
試験例5Bの結果より、生食又は比較例5のような既存の熱ゲル化製剤よりも、本発明の実施例の方が角膜の乾燥を抑制する特徴があることを示した。
よって、本発明の組成物は角膜保護作用を有することが示唆された。
【0069】
<試験例6 本発明及び既存製品における角膜保護作用の比較>
(1)試料溶液
実施例として、表9の実施例3を試験例1と同様に調製した。
比較例として、ノバルティスファーマ株式会社製のSYSTANE(登録商標) ULTRAを比較例アとした。または同社製のSYSTANE(登録商標) GEL DROPSを比較例イとして用いた。対照として生理食塩液(光製薬)を加えた。
【0070】
(2)試験方法
白色家兎(系統;Kbs:JW,体重3.5kg以上、北山ラべス)を安楽死させ角膜(n=3〜7)を採取した後、角膜上に生理食塩液、実施例3、比較例ア及び比較例イをそれぞれ150μLずつ滴下した。滴下後、角膜を35℃で40〜50分間、インキュベーター内で乾燥させた。乾燥後、角膜を生理食塩液で洗浄し、1%メチレンブルー(ナカライテスク)を用いて染色し、400μLの抽出液(アセトン(和光純薬工業):飽和硫酸ナトリウム(和光純薬工業)水溶液=7:3、容量比)に一昼夜以上浸漬して角膜に残留したメチレンブルーを抽出し、各抽出液の660nmにおける吸光度を測定した。
結果を
図10に示した。
【0071】
本発明の実施例3の吸光度は比較例アよりも低く、比較例イと同等以上であった。
【0072】
試験例6の結果より、本発明の眼科用水性組成物は、非粘性水性製剤と比較して同等又はそれ以上の障害防止効果を有することが示唆された。
【0073】
<試験例7 本発明及び市販品における眼表面滞留性の比較>
(1)試料溶液
実施例として、表1の実施例2を試験例1と同様に調製し、点眼ボトルに充填した。
比較例として、試験例6と同様に比較例ア及び比較例イを用いた。
これらの試料溶液に1mg/mLとなるようにフルオレサイト(登録商標)静注(500mg)を加えた。
【0074】
(2)試験方法
白色家兎(系統;Kbs:JW、北山ラべス)の眼瞼を緩やかに眼球から引き離し、角膜上に実施例2、比較例ア及び比較例イをそれぞれ30μL滴下後、上下両眼瞼を軽くつまんで強制的に30秒閉眼させた。点眼30分後に眼表面を生理食塩液100μLでよくすすいだ後、洗浄液を回収し検体とした。同時に、点眼後強制瞬き下における眼表面の洗浄液の回収についても以下の手順で行った。眼瞼を緩やかに眼球から引き離し、角膜上に30μLを滴下後、上下両眼瞼を軽くつまんで強制的に30秒閉眼させ、10秒に1回の頻度で、強制瞬きさせた。点眼30分後に眼表面を生理食塩液100μLでよくすすいだ後、洗浄液を回収し検体とした。
各検体の480nm(励起波長)及び520nm(吸収波長)を測定し、蛍光色素濃度を算出した。
結果を
図11に示した。
【0075】
眼表面洗浄液中の蛍光色素濃度を比較したところ、瞬きによらず本発明の実施例2は比較例アと同等の蛍光色素濃度を示し、比較例イよりも高い蛍光色素濃度を示した。
【0076】
試験例7の結果より、本発明の組成物は眼表面の滞留性において水溶液の製剤よりも優れていることが示唆された。
【0078】
(1)試料溶液
実施例として、表1の実施例2を試験例1と同様に調製し、点眼ボトルに充填した。
対照として、リン酸緩衝生理食塩水(GIBCO(登録商標)PBS buffers、ライフ テクノロジーズ コーポレーション)を用いた。
所定量のベンザルコニウム塩化物[アルキル基の炭素数:14]( ベンジルジメチルテトラデシルアンモニウムクロリド水和物、東京化成工業株式会社)を微量のエタノールに溶解した後、生理食塩水でメスアップして0.1(w/v)%BAC溶液を調製した。
【0079】
(2)試験方法
0.1(w/v)%BAC溶液を白色家兎(系統;Kbs:JW、北山ラべス)の両眼にマイクロチューブで20μLずつ、1日2回(朝、夕)、2週間連日投与した。
前記と投与時間をずらし、朝、夕の間、3時間ごとになるよう、実施例2またはリン酸緩衝生理食塩水を30μLずつ両眼に、1日3回、2週間連日投与した。実施例2は点眼ボトルで投与した。リン酸緩衝生理食塩水はマイクロピペットで投与した。試験開始前と1週間後及び2週間後にシルメル試験紙(あゆみ製薬株式会社)を用いて涙液を採取した。結果を
図12及び表10に示した。
【0081】
実施例及び対照をいずれも投与しない被験物質非投与群では、2週間後に涙液量の低下が認められた。
リン酸緩衝生理食塩水投与群では、2週間後に涙液量のわずかな増加が認められた。
一方、本発明の実施例2投与群では、経時的な涙液量の増加が認められた。
【0082】
試験例8の結果から、実施例2を連日投与することにより、BAC水溶液の点眼に伴う涙液量の低下を抑制し、さらに涙液量を増加させることが明らかとなった。
【0084】
(1)試料溶液
実施例として、表9の実施例3を試験例1と同様に調製した。
対照として、生理食塩水(大塚生食注(500mL)(登録商標)、大塚製薬株式会社)を用いた。
比較例として、ノバルティスファーマ社製のSYSTANE(登録商標) ULTRAを比較例アとした。
所定量のベンザルコニウム塩化物(東京化成株式会社)を微量のエタノールに溶解した後、生理食塩水でメスアップして0.1(w/v)%BAC溶液を調製した。
【0085】
(2)試験方法
本試験方法はYuqiu Zhangらの方法(Drug and chemical toxicology 2016.39(4) 455-460)を参考とした。
1日に3回(朝から夕方までの4時間毎)、0.1(w/v)%BAC溶液を白色家兎(系統;Kbs:JW、北山ラべス)の両眼にマイクロピペットで20μLずつ、連日投与した。投与期間は投与日を含めて42日間とした。投与前及び42日間投与後にポータブルスリットランプ コーワ SL-17(興和株式会社製、以下SL-17という)を用いて角膜表面の障害の程度を観察した。
0.1(w/v)%BAC溶液を42日間投与後に、1日に4回(朝から夕方までの2.5〜3時間毎)、実施例3、比較例ア及び生理食塩水のそれぞれをマイクロピペットで30μLずつ白色家兎の両眼(1群各5羽、n=10眼)に連日投与した。投与期間は投与日を含めて12日間とした。角膜をフルオレセイン染色してから3分経過後に生理食塩水で洗浄した。SL-17を用いて角膜表面の障害の程度を観察した。各群について、角膜損傷スコアを算出した。結果を
図13,14に示した。
図14には、無処置(Control)、生理食塩水、実施例3あるいは比較例アの投与開始から12日目に角膜障害を観察した写真を示した。
【0086】
0.1%BAC溶液を反復投与することにより、重度の角膜障害が確認された。BAC溶液投与終了後、無処置(Control)群及び生理食塩水投与群では、緩やかに角膜障害が回復していることが示された。また、比較例ア投与群は、無処置及び生理食塩水投与群よりも角膜障害の回復の程度が良好であることが示された。さらに、本発明の実施例3投与群では、いずれの群よりも角膜障害の回復が良好であることが示された。
【0087】
試験例9の結果から、実施例3を反復投与することにより、角膜障害が早期に回復することが示唆された。