【文献】
田中 賢,バイオインターフェイスにおいて組織化された水分子の機能,さきがけライブ2004 ナノテクノロジー分野合同研究報告会 「組織化と機能」領域 講演要旨集,2005年,p.24-33
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」という。)について以下詳細に説明する。なお本発明は以下の実施形態に限定されるものでなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0015】
本実施形態の血液処理用分離膜は、ポリスルホン系高分子とポリビニルピロリドンとを含む分離膜を含み、その分離膜の表面に血液適合性を付与するためのポリメトキシエチルアクリレートを含む被膜を有する。
【0016】
まず、ポリスルホン系高分子とポリビニルピロリドンとを含む分離膜について説明する。
<ポリスルホン系高分子>
本実施形態において、ポリスルホン系高分子とは、スルホン(−SO
2−)基をその構造内に含有する高分子である。ポリスルホン系樹脂の具体例としては、ポリフェニレンスルホン、ポリスルホン、ポリアリルエーテルスルホン、ポリエーテルスルホン及びこれらの共重合体等が挙げられる。
ポリスルホン系高分子としては、1種を単独で用いてもよく、また、2種以上の混合物を用いても良い。
【0017】
中でも分画性を制御する観点で、下記式(1)又は下記式(2)で示されるポリスルホン系高分子が好ましい。
(−Ar−SO
2−Ar−O−Ar−C(CH
3)
2−Ar−O−)n (1)
(−Ar−SO
2−Ar−O−)n (2)
式(1)及び式(2)中、Arはベンゼン環を、nはポリマーの繰り返しを表し、1以上の整数である。
【0018】
式(1)で示されるポリスルホン系高分子としては、例えば、ソルベイ社から「ユーデル(商標)」の名称で、ビーエーエスエフ社から「ウルトラゾーン(商標)」の名称で市販されているものが挙げられる。また、式(2)で示されるポリエーテルスルホンとしては、例えば、住友化学株式会社から「スミカエクセル(商標)」の名称で市販されているものが挙げられ、重合度等によっていくつかの種類が存在するので、これらを適宜利用することができる。
【0019】
<ポリビニルピロリドン>
ポリビニルピロリドンとは、N−ビニルピロリドンをビニル重合させた水溶性の親水性高分子であり、親水化剤や孔形成剤として中空糸膜の素材として広く用いられている。
ポリビニルピロリドンとしては、例えば、ビーエーエスエフ社から「ルビテック(商標)」の名称でそれぞれいくつかの分子量のものが市販されているので、これらを適宜利用することができる。
ポリビニルピロリドンとしては、1種類を単独で用いてもよく、また、2種類以上の混合物を用いてもよい。
【0020】
分離膜は、その構成成分として、ポリスルホン系高分子とポリビニルピロリドン以外の構成成分が含まれていてもよい。その他の構成成分としては、例えば、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシプロピルメタクリレート、ポリヒドロキシブチルメタクリレート等のポリヒドロキシアルキルメタクリレート、ポリエチレングリコールが挙げられる。その他の構成成分の含有量に限定はなく、20質量%以下としてよいし、10質量%以下としてもよいし、5質量%以下としてもよい。また、その他の構成成分を全く含まなくてもよい。
また、本実施形態の分離膜においては、ポリスルホン系高分子に対するポリビニルピロリドンの比率を27質量%以下とすると、ポリビニルピロリドンの溶出量を抑制することができるので好ましい。より好適には、18質量%以上とすることにより、分離膜表面のポリビニルピロリドン濃度を好適な範囲に制御でき、タンパク質吸着を抑制する効果を高められ、血液適合性に優れた血液処理用分離膜とすることができる。
【0021】
分離膜の形状に限定はないが、分離膜は中空糸形状を有していることが好ましい。また、透過性能の観点からは、クリンプが付与されていることがさらに好ましい。
【0022】
次に、ポリメトキシエチルアクリレート(PMEA)を含む被膜について説明する。
PMEAの血液適合性については、田中 賢,人工臓器の表面を生体適合化するマテリアル,BIO INDUSTRY,Vol20,No.12,59−70 2003 に詳細に述べられている。
その中で、PMEAおよびその比較のために側鎖構造の異なる(メタ)アクリレート系ポリマーを作成し、血液を循環させたときの血小板,白血球,補体,凝固系の各種マーカーを評価したところ,「PMEA表面は他の高分子に比べて血液成分の活性化が軽微であった。また,PMEA表面はヒト血小板の粘着数が有意に少なく粘着血小板の形態変化が小さいことから血液適合性に優れる」と記載されている。
このように、PMEAは、単に構造中にエステル基があるから血液適合性が良いというのではなく、その表面に吸着した水分子の状態が血液適合性に大きな影響を与えると考えられている。
【0023】
このようにPMEAは生体適合性ポリマーとしては既知の物質であるが、これを表面に塗布した分離膜の血液適合性をより向上させるためには、表層におけるその存在量を多くすることが特に重要であることが分かった。
【0024】
ポリスルホン系高分子とポリビニルピロリドンを含有する分離膜はポーラス体であるため、その上にコート液を塗布すると、コート液が分離膜中へ孔を通じて浸透してしまう場合がある。特に、コート液の溶媒の種類によっては分離膜の孔径を大きくすることもあり、その場合には、浸透がより一層起こりやすくなる。
また、コート液の溶媒の種類によっては、コート液が分離膜上に塗布された際、その表面から流れ出てしまって、表面にとどまることができないこともある。
このように、分離膜上に塗布されたPMEAが、塗布後も分離膜の表層に存在する量には、コート時に用いられるPMEAを含むコート液の溶媒の種類と組成が影響すると考えられる。
すなわち、PMEAを溶解したコート溶液は、ポーラスな分離膜の表面上に塗布された際に、そのまま表面にとどまってPMEAを表面にとどめるようなものであることが重要である。
【0025】
そして、本発明者らが鋭意研究したところ、コート液の溶媒が水と有機溶媒の混合物である場合、水と有機溶媒の混合比によって、PMEAが表面にとどまる量が大きく変わることが分かった。
具体的には、有機溶媒の混合比率が小さいほど、PMEAは分離膜表面にとどまりやすい傾向にある。その理由は明らかではないが、コート液の溶媒中の有機溶媒の混合比率が大きいと、PMEAはコート液に良く溶解しているため、コート液を分離膜上にコートした時にPEMAも膜内に浸透し表面にとどまりにくいが、有機溶媒の混合比率が小さいと、PMEAのコート液に対する溶解度が小さいため、コート液を分離膜上にコートした時に、有機溶媒が先に膜内に浸透するなどして溶媒中の有機溶媒/水のバランスが崩れると、PMEAがコート液から析出し分離膜表面上に残るためではないかと推定される。
【0026】
また、ATR−IR法においては、試料に入射した波は試料にわずかにもぐり込んで反射するため、このもぐり込み深さ領域の赤外吸収を測定できることが知られているところ、本発明者らは、このATR−IR法の測定領域が、前述の「表層」の深さとほぼ等しいことも見出した。すなわち、ATR−IR法の測定領域とほぼ等しい深さ領域における血液適合性が、その試料(血液処理用分離膜)の血液適合性を支配し、その領域にPMEAを特定量以上存在させることで(換言すると、ATR−IRによる赤外吸収曲線におけるPMEA由来のピーク強度を用いてPMEAの量を規定することで)、一定の血液適合性を有する血液処理用分離膜を提供できることに想到し、本発明のより好ましい態様を完成させた。
なお、ATR−IR法による測定領域は、空気中での赤外光の波長、入射角、プリズムの屈折率、試料の屈折率等に依存し,通常、膜表面から1μm以内の領域である。
【0027】
ポリメトキシエチルメタクリレート(PMEA)が分離膜表面に存在することは、分離膜の熱分解ガスクロマトグラフ質量分析により確認できる。PMEAの存在は分離膜の表面に対する全反射赤外吸収(ATR−IR)測定で、赤外吸収曲線の1735cm
-1付近にピークが見られれば推定されるが、この付近のピークは他の物質に由来する可能性もある。そこで、熱分解ガスクロマトグラフ質量分析を行い、PMEA由来の2−メトキシエタノールを確認することでPMEAと断定する。
【0028】
本実施形態における血液処理用分離膜が実用上十分な血液適合性を示すには、ATR−IRで測定されるポリメトキシエチルメタクリレート(PMEA)由来のエステル基−O−C=Oの赤外吸収ピーク(1735cm
-1付近)のピーク強度P1のポリスルホン系高分子由来のC=C(Ar内のC=C)の赤外吸収ピーク(1595cm
-1付近)のピーク強度P2に対する比(P1/P2)が0.05以上であることが好ましく、0.07以上であることがより好ましく、さらに好ましくは、0.09以上である。
【0029】
本実施形態の血液処理用分離膜の血液適合性が非常に優れている理由は明らかではないが、分離膜に含まれるポリビニルピロリドン(PVP)とポリメトキシエチルメタクリレート(PMEA)との間に何等かの相互作用(例えば、PVPとPMEAの間の分子同士の絡み合い)によるアンカー効果が生じているためと推定される。
【0030】
前述のPMEA由来のピーク(1735cm
-1付近)とポリスルホン系高分子由来のピーク(1595cm
-1付近)のピーク強度比(P1/P2)は、コーティング時に使用するコート液の溶媒の組成(具体的には有機溶媒と水の混合比)を変化させることにより調節することが出来る。具体的には、有機溶媒の量が多いほど、ATR−IRを実施したときのポリメトキシエチルメタクリレート(PMEA)由来のピーク(1735cm
-1付近)のピーク強度P1は弱くなり、有機溶媒量が少ないほどPMEA由来のピーク(1735cm
-1付近)のピーク強度P2は強くなる。
【0031】
ポリメトキシエチルメタクリレート(PMEA)の溶媒に対する溶解性は特異なものがある。例えば、PMEAは100%エタノール溶媒には溶解しないが、水/エタノール混合溶媒にはその混合比によって溶解する領域がある。そして、その溶解する領域内の混合比では、水の量が多いほど、PMEA由来のピーク(1735cm
-1付近)のピーク強度P1は強くなる。
【0032】
ポリスルホン系高分子とポリビニルピロリドンを含む分離膜表面に、PMEAを含む被膜をコートした場合の、PMEA含有被膜の分離膜上での存在状態については、透水性能のひとつの指標であるUFRを測定することで評価することが出来る。
PMEAを含む被膜で分離膜をコートした場合には、そのポーラスな膜表面の穴径の変化が小さいので、透水性能の変化があまりなく製品設計が簡単である。これはPMEAを含む被膜が、分離膜表面に極薄膜状に付着し、穴をあまり塞がない状態で分離膜をコートするためであると考えられる。
【0033】
本実施形態において、ポリメトキシエチルメタクリレート(PMEA)重合体の重量平均分子量は、例えば、実施例に記載するように、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)などにより測定することができる。
本実施形態において、分離膜の表面にPMEAを含む被膜を設ける方法としては、例えば、PMEAを分離膜製膜時の製膜(紡糸)原液に混合溶解して紡糸する方法、PMEAを分離膜製膜時の中空内液に混合溶解して紡糸する方法、及びPMEAを溶解したコート液を分離膜にコーティングする方法等が好適に用いられる。
これらの方法の中でも、PMEAの製膜原液及び中空内液に対する溶解性を考慮すると、分離膜にコート液をコーティングするコーティング方法が最も適していると思われる。
【0034】
PMEAを溶解したコート液を分離膜にコーティングする方法としては、分離膜に対し、好適には、分離膜を製膜し血液処理器に組み込んで成型した後に、分離膜表面に対し、コート液を通液して接触させることにより、被覆させることができる。
【0035】
本実施形態の血液処理用分離膜は、例えば、酸素濃度15%以上の雰囲気でも、放射線滅菌によって滅菌処理を施すことができる。すなわち、血液処理用分離膜に放射線滅菌を施す際に、脱酸素剤を用いたり、窒素などの不活性ガスに置換したりして、酸素濃度を低下させる必要がなく、大気下で放射線滅菌を施すことができる。
【0036】
次に、血液処理器について説明する。
本実施形態の血液処理器は、本実施形態の血液処理用分離膜が組み込まれている血液処理器であって、血液透析、血液ろ過、血液ろ過透析、血液成分分画、酸素付与、及び血漿分離などの体外循環式の血液浄化療法に用いることができる。本実施形態の血液処理器は、その血液処理用分離膜に大気下で放射線滅菌を施した場合であっても、分離膜に含まれるポリビニルピロリドンとPMEAとの間で何等かの相互作用(分子同士の絡み合いによるアンカー効果等)による強固な結びつきを成しているため、PMEA含有被膜が剥がれること等がなく、血液適合性が非常に良好である。
【0037】
血液処理器は、血液透析器、血液ろ過器、血液ろ過透析器等において好ましく用いられ、これらの持続的用途である、持続式血液透析器、持続式血液ろ過器、持続式血液ろ過透析器として用いることがより好適である。各用途に応じて、分離膜の寸法や分画性等の詳細仕様が決定される。
【0038】
次に、本実施形態の血液処理器の製造方法について説明する。
本実施形態の血液処理用分離膜の製造方法は、少なくともポリスルホン系高分子とポリビニルピロリドンを含む分離膜を製膜する工程と、前記分離膜の表面に、ポリメトキシエチルアクリレート(PMEA)、水及び有機溶媒を含有するコート液をコーティングする工程と、を含む。
さらに、分離膜の水分含有率を10質量%以下に乾燥する工程や、血液処理用分離膜を酸素濃度が15%以上の雰囲気下で放射線滅菌する工程を含むこともできる。
【0039】
分離膜は、少なくともポリスルホン系高分子とポリビニルピロリドンを含む製膜原液を用いて、通常の方法により製膜することにより用意することができる。
製膜原液としては、ポリスルホン高分子とポリビニルピロリドンを溶媒に溶解することによって調製することができる。
かかる溶媒としては、例えば、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミド、スルホラン、及びジオキサンなどが挙げられる。
溶媒としては、1種を単独で用いてもよく、2種以上の混合溶媒を用いてもよい。
【0040】
製膜原液中のポリスルホン系高分子の濃度は、製膜可能で、かつ得られた膜が透過膜としての性能を有するような濃度の範囲であれば特に制限されないが、5〜35質量%であることが好ましく、10〜30質量%であることがより好ましい。高い透水性能を達成する場合にはポリスルホン系樹脂濃度は低い方がよく、10〜25質量%であることがさらに好ましい。
【0041】
製膜原液中のポリビニルピロリドン濃度に限定はないが、例えば、ポリスルホン系高分子に対するポリビニルピロリドンの比率(ポリビニルピロリドンの質量/ポリスチレン系高分子の質量)が好ましくは27質量%以下、より好ましくは18〜27質量%、さらに好ましくは20〜27質量%となるように調整することが好ましい。
ポリスルホン系高分子に対するポリビニルピロリドンの比率を27質量%以下とすることにより、ポリビニルピロリドンの溶出量を抑制することができる。また、好適には、18質量%以上とすることにより、分離膜表面のポリビニルピロリドン濃度を好適な範囲に制御でき、タンパク質吸着を抑制する効果を高められ、血液適合性に優れた血液処理用分離膜とすることができる。
【0042】
以上のような製膜原液を用いて、通常用いられている方法により平膜や中空糸膜の分離膜を製膜することができる。
中空糸膜の製造方法の一例を説明する。
チューブインオリフィス型の紡糸口金を用い、該紡糸口金のオリフィスからは製膜紡糸原液を、チューブからは該製膜紡糸原液を凝固させる為の中空内液を、同時に空中に吐出させる。中空内液としては、水や水を主体とした液体が使用でき、一般的には製膜紡糸原液に使った溶剤と水との混合溶液が好適に使用される。例えば、20〜70質量%のジメチルアセトアミド水溶液などが用いられる。
製膜紡糸原液吐出量と中空内液吐出量を調整することにより中空糸膜の内径と膜厚を所望の値に調整することができる。
【0043】
中空糸膜の内径は、特に限定はないが、血液処理用途においては一般に170〜250μmであればよく、180〜220μmであることが好ましい。透過膜としての物質移動抵抗による低分子量物の拡散除去の効率の観点から、中空糸膜の膜厚は50μm以下であることが好ましい。
また強度の観点からは10μm以上であることがより好ましい。
【0044】
紡糸口金から中空内液とともに吐出された製膜紡糸原液は、エアーギャップ部を走行させられ、次いで、紡糸口金下部に設置された水を主体とする凝固浴中へ導入され、一定時間浸漬されて、その凝固が完了する。このとき、製膜紡糸原液吐出線速度と引取速度の比で表されるドラフトが1以下であることが好ましい。
なお、エアーギャップとは、紡糸口金と凝固浴との間の空間を意味し、製膜紡糸原液は紡糸口金から同時に吐出された中空内液中の水などの貧溶媒成分(ポリスルホン系高分子及びポリビニルピロリドンに対する貧溶媒成分)によって、内表面側から凝固が開始する。凝固開始時に平滑な分離膜表面を形成し、分離膜構造を安定にするためには、ドラフトは1以下が好ましく、より好ましくは0.95以下である。
【0045】
ついで熱水等による洗浄によって中空糸膜に残留している溶媒を除去した後、連続的に乾燥機内に導き、熱風などにより乾燥した中空糸膜を得ることができる。洗浄は不要なポリビニルピロリドンを除去するため、60℃以上の熱水にて120秒以上実施することが好ましく、70℃以上の熱水にて150秒以上洗浄することがより好ましい。
【0046】
後工程においてウレタン樹脂で包埋するため、また、本実施の形態においては、ドライ状態で放射線滅菌を行うために、乾燥により分離膜の水分含有率を10質量%以下とするのが好ましい。
【0047】
以上の工程を経て得られた中空糸膜は、所望の膜面積となるように、長さと本数を調整した束としてモジュール製造工程に供することができる。この工程では、中空糸膜は側面の両端部付近に2本のノズルを有する筒状容器に充填され、両端部がウレタン樹脂で包埋される。
次に両端の硬化したウレタン部分を切断して中空糸膜が開口(露出)した端部に加工する。この両端部に、液体導入(導出)用のノズルを有するヘッダーキャップを装填して血液処理器の形状に組み上げる。
以上のようにしてモジュールを組み立てた後、PMEAを含むコート液を中空糸膜内に注入することにより、分離膜表面にポリビニルピロリドンを含む被膜を形成することもできる。
【0048】
次に、分離膜の表面に、PMEAを含む被膜を形成する方法について詳述する。
本実施形態においては、例えば、分離膜の表面に、PMEAを含むコート液を塗布することによって、被膜を形成することができる。
【0049】
コート液は、ポリスルホン系高分子を溶解しない溶媒であって、PMEAを溶解する又は分散させることのできるものであれば特に限定されるものではないが、工程の安全性や、続く乾燥工程での取り扱いの良さから、水やアルコール水溶液が好ましい。沸点、毒性の観点から、水、エタノール水溶液、メタノール水溶液、及び、イソプロピルアルコール水溶液などが好適に用いられる。
なお、コート液の溶媒の種類、溶媒の組成については、前述したように被塗布基材である分離膜との関係も含めて考慮する必要がある。
【0050】
コート液のPMEAの濃度に限定はないが、例えば、コート液の0.001質量%〜1質量%とすることができ、0.005質量%〜0.2質量%であることがより好ましい。
コート液の塗布方法に限定はないが、例えば、ノズルを有するヘッダーキャップより分離膜上に注入し、次いで、圧縮空気を用いて余分な溶液を除去する方法を採用することができる。
塗布後、乾燥を行うことが好ましく、乾燥方法に制限はないが、恒量となるまで減圧乾燥してもよいし、加熱乾燥してもよい。加熱乾燥の温度は、モジュールの部材が劣化しない温度であれば、工程の時間との兼ね合いだけなので、適宜設定すればよい。
【0051】
以上のようにして得られたPMEAを分離膜表面に有する血液処理用分離膜には、放射線滅菌処理を施すことができる。放射線滅菌処理を行う雰囲気に限定はなく、酸素濃度15%以上の雰囲気で、さらには大気下でも、分離膜の変性等を引き起こすことなく放射線滅菌を施すことができる。
【0052】
放射線滅菌法には、電子線、ガンマ線、エックス線等を用いることができ、いずれを用いてもよい。放射線の照射線量は、電子線やガンマ線の場合は、通常15〜50Kgyであり、20〜40Kgyの線量範囲で照射することが好ましい。このような放射線滅菌等の滅菌工程を経て、血液処理器として完成する。
【実施例】
【0053】
以下に実施例及び比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(1)赤外ATR(全反射法)測定
サンプルの手順は以下のようにした。
中空糸形状分離膜の内表面を蒸留水で1.5m
2あたり100ml/minで5分間洗浄することによりプライミングを行った。プライミング後の血液処理器を分解してサンプリングした中空糸を剃刀で開き中空糸分離膜表面を上向きにしてその部分にプリズムを圧しあて赤外ATR測定を行った。(650cm
-1〜4000cm
-1)
PMEA由来の1735cm
-1付近のエステル基−O−C=Oの赤外吸収ピークのピーク強度面積(1715cm
-1と1755cm
-1をベースラインとしたピーク面積)をP1、ポリスルホン由来の1595cm
-1付近のC=Cの赤外吸収ピークのピーク強度面積(1555cm
-1と1620cm
-1をベースラインとしたピーク面積)をP2とし、P1/P2の比から分離膜表面のPMEAの存在量を測定した。
【0054】
(2)熱分解ガスクロマトグラフ質量分析
以下の装置を用いて、以下の条件にて熱分解ガスクロマトグラフ質量分析を行った。
装置名 Agilent 5973N−MSD(アジレント製)
熱分解装置名 ダブルショットパイロライザーPy−2020iD(フロンティア・ラボ製)
カラム名 HP−5MS
カラム概要 長さ30m、内径0.25mm、膜厚0.25μm、フェニルメチルシロキサン膜
熱分解温度/時間 600°C 0秒
熱分解装置インターフェース温度 320°C
GCインジェクション温度 320°C
GCオーブン初期温度/保持時間 40°C/3分
GCオーブン昇温速度 10°C/分
GCオーブン到達温度/保持時間 300°C/0分
MSトランスファーライン温度 300°C
MSイオン化源温度 230°C
MS四重極温度 150°C
MSイオン化電圧/電流 70eV/35μA
MSスキャン範囲 29−550
【0055】
(3)UFR(ml/Hr・mmHg)の測定
血液処理器の血液側入り口(bin)から血液側出口(bout)へ元液(Urea=1000ppm,VB−12(ビタミンB12)=10ppm/純水)を100ml/minで流し、透析液側入り口(din)から透析液側出口(dout)へ、純水を元液と交差する方向に500ml/minで流した。
UFRは以下の式で表される。
UFR(ml/Hr・mmHg)
={binの流量(ml/min)×60(min/Hr)×UFR係数}/TMP
={100×60×UFR係数}/TMP
ここで、UFR係数はUFR測定値を算出する場合の基準圧力である。また、TMP(mmHg)は血液側出口(bout)部をストップさせた時に血液処理用分離膜にかかる圧力であって、以下の式で表される。
TMP={(Pbin+Pbout)−(Pdin+Pdout)}/2
【0056】
(4)接触角の測定
中空糸形状分離膜の内表面を蒸留水で1.5m
2あたり100ml/minで5分間洗浄することによりプライミングを行った。プライミング後の血液処理器を分解してサンプリングした中空糸を剃刀で開き、中空糸分離膜表面を上向きにして接触角を測定した。
次いで、1.5m
2あたり100ml/minで5分間洗浄するプライミングを5回繰り返し、中空糸分離膜表面の接触角の変化の有無を確認した。
【0057】
(5)PMEA(ポリメトキシエチルアクリレート)の作製
2−メトキシエチルアクリレート15gを1,4−ジオキサン60g中でアゾビスイソブチロニトリル(0.1重量%)を開始剤として、窒素バブリングしながら75℃で10時間重合を行った。重合反応終了後、得られた重合溶液をn−ヘキサンに滴下し、生成物を沈殿させ、単離した。得られた生成物をテトラヒドロフランに溶解し、さらに2回n−ヘキサンを用いて精製を行った。精製物を一昼夜減圧乾燥した。無色透明で水飴状のポリマーが得られた。収量(収率)は12.3g(82.0%)であった。
得られたポリマー構造は、1H−NMRによって確認した。
また、GPCの分子量分析の結果から、その数平均分子量(Mn)は20,000であり、分子量分布(Mw/Mn)は2.4であった。
【0058】
(6)PMEAの溶媒との溶解性の確認
コート液を作製するため、PMEAの溶媒との溶解性を確認した。結果を以下の表に示す。エタノール/水系とメタノール/水系とでは、PMEAの溶解性に違いがあることがわかった。
【0059】
【表1】
【0060】
【表2】
【0061】
(7)血液適合性 乳酸脱水酵素(LDH)活性の測定と残血本数
分離膜の血液適合性は、膜表面への血小板の付着性で評価し、膜に付着した血小板に含まれる乳酸脱水素酵素(LDH)の活性を指標として定量化した。
生理食塩水(大塚生食注、大塚製薬株式会社)にて血液処理器を洗浄することにより、プライミングを行った。プライミング後の血液処理器を分解して採取した分離膜を有効長15cm、膜内表面の面積が5×10
-3m
2となるように両端をシリコンで加工し、ミニモジュールを作製した。このミニモジュールに対し、生理食塩水10mlを中空糸内側に流し洗浄した。
その後、ヘパリン加人血15ml(ヘパリン1000IU/L)を1.3ml/minの流速で上記作製したミニモジュールに37℃で4時間循環させた。生理食塩水によりミニモジュールの内側を10ml、外側を10mlでそれぞれ洗浄した。洗浄したミニモジュールから長さ7cmの中空糸膜を全体の半数本採取後、これを細断してLDH測定用のスピッツ管に入れたものを測定用試料とした。またミニモジュール中の中空糸に残血(血液が中空糸の中で凝固したもの)が何本発生しているかを目視で判断した。
次に、燐酸緩衝溶液(PBS)(和光純薬工業株式会社)にTritonX−100(ナカライテスク株式会社)を溶解して得た0.5容量%のTritonX−100/PBS溶液をLDH測定用のスピッツ管に0.5ml添加後、振とう処理を60分行って分離膜に付着した細胞(主に血小板)を破壊し、細胞中のLDHを抽出した。この抽出液を0.05ml分取し、さらに0.6mMのピルビン酸ナトリウム溶液2.7ml、1.277mg/mlのニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)溶液0.3mlを加えて37℃で1時間反応させた後にその340nmの吸光度を測定した。
同様に血液と反応させていない分離膜(ブランク)についても同様に吸光度を測定し、下記式により吸光度の差△Abs(340nm)/Hrを算出した。
△Abs(340nm)/Hr
=[ブランク(血液非接触膜)の1Hr後のAbs(340nm)]−[サンプル(血液接触膜)の1Hr後のAbs(340nm)]
そして、ポリスルホン系高分子とポリビニルピロリドンを含有する分離膜単体(今回は比較例1)についても同様にコントロールサンプルとして△Abs(340nm)/Hrを測定し、その値を100とした場合の比例値を算出した。
本方法では、この比例値を各サンプルのLDH活性とした。LDH活性が高いと、膜表面への血小板の付着量が多く、血液適合性が低いことを意味する。尚、測定は3回行い、その平均値として記載した。
血液適合性が優れる分離膜としては、LDH活性が5以下のものが好ましく、LDH活性が2以下のものは血液適合性が非常に優れると判断できる。
【0062】
(実施例1)
製膜紡糸原液は、ジメチルアセトアミド(キシダ化学社製、試薬特級)79質量部にポリスルホン(ソルベイ社製、P−1700)17質量部及びポリビニルピロリドン(ビーエーエスエフ社製、K−90)4質量部を溶解して作製した。
中空内液は、ジメチルアセトアミド60質量%水溶液を使用した。
チューブインオリフィス型の紡糸口金から、製膜紡糸原液及び中空内液を吐出させた。吐出時の製膜紡糸原液の温度は40℃とした。吐出した製膜紡糸原液をフードで覆った落下部を経て水よりなる60℃の凝固浴に浸漬して凝固させた。紡糸速度は30m/分とした。
凝固後、水洗、乾燥を行って中空形状分離膜を得た。水洗温度は90℃、水洗時間は180秒とした。なお、乾燥後の膜厚が35μm、内径が185μmとなるように製膜紡糸原液及び中空内液の吐出量を調整した。
得られた中空糸分離膜を血液処理器に組み込んで成型し、有効面積1.5m
2のモジュールを組み上げた。次いでPMEA(Mn20,000,Mw/Mn2.4)0.1gをエタノール40g/水60gの水溶液(100g)中に溶解させ、コート液を作製した。組み立てたモジュールを垂直に把持しその上部からコート液を流速100ml/min流し分離膜表面にコート液を接触させた。
コート液接触後、0.1KMpaのエアーでモジュール内のコート液を吹き飛ばし、真空乾燥機内にモジュールを入れて35℃15時間真空乾燥させ、大気雰囲気下、25Kgyでガンマ線滅菌を実施し血液処理器を得た。
得られた血液処理器に対して血液適合性試験を実施した結果、LDH活性は1.3、残血本数は0であった。
【0063】
この試料について赤外ATR測定を行った。その赤外吸収曲線を
図1に示す。
PMEA由来の赤外吸収(1735cm
-1付近)のエステル基(−O−C=O)ピークを確認した。
また、赤外吸収(1735cm
-1付近)ピーク強度面積P1と赤外吸収(1595cm
-1付近)ピーク強度面積P2の比P1/P2は0.115であった。
【0064】
この試料について熱分解ガスクロマトグラフ質量分析を行った。
その結果を
図4に示す。また、対照として、PMEAについて熱分解ガスクロマトグラフ質量分析を行った結果を
図2に示す。
PMEAの熱分解物のクロマトグラムのピークはRT1.7minにあるところ(
図2)、同様の痕跡がこの試料にも見られた(
図4)。そして、マススペクトルの検索結果(
図5)から、このピークは2−メトキシエタノールのものであることが解った。2−メトキシエタノールはPMEAの(側鎖部分の)熱分解物が加水分解したものであると考えられるので、このことから、実施例1の分離膜表面にはPMEAが存在していることが確認できた。なお、後述(比較例1)するが、PMEAをコートしていない分離膜についても同様に熱分解ガスクロマトグラフ質量分析したところ(
図3)、RT1.7minにピークの痕跡は見られなかった。
【0065】
この試料について接触角の測定を実施した。
その結果を以下の表に示す。
接触角は60°程度で、プライミングを繰り返しても接触角に変化は見られなかった。
【0066】
【表3】
【0067】
この試料についてUFR(ml/Hr・mmHg)を測定したところ、UFR=477(ml/Hr・mmHg)であった。
【0068】
(比較例1)
分離膜にコート液を接触させない以外は実施例1と同様にして、有効面積1.5m
2のモジュールを組み上げた。これについて血液適合性試験を実施した結果、LDH活性は100、残血本数は6であった。
この試料について赤外ATR測定を行ったが、その吸収曲線では赤外吸収(1735cm
-1付近)ピークは見られなかった。
この試料について行った熱分解ガスクロマトグラフ質量分析の結果を
図3に示す。PMEA由来の2−メトキシエタノールは確認できなかった。
実施例1と同様に接触角の測定を行った。結果を以下の表に示す。接触角は70°程度で、プライミングを繰り返しても接触角に変化は見られなかった。
【0069】
【表4】
【0070】
(比較例2)
実施例1の製膜紡糸原液にポリビニルピロリドンを加えないこと以外は実施例1と同様にして分離膜を製膜し、これを血液処理器に組み込んで実施例1と同様に成型し、PMEAをコートしたものについて血液適合性試験を実施したところ、LDH活性は27、残血本数は3本であった。
また、この試料について接触角を測定した。結果を以下の表に示す。接触角はプライミングを繰り返すことにより疎水性へ変化した。PMEAの分離膜表面への固定化が不安定であったと考えられる。
【0071】
【表5】
【0072】
(実施例2〜5,比較例3)
実施例1と同様にして中空糸分離膜を製膜し、これを血液処理器に組み込んで成型し、有効面積1.5m
2のモジュールを組み上げた。
次いで、コート液のPMEA濃度と水と有機溶媒(エタノール)の混合比を表1のとおり変化させた以外は実施例1と同様にして、血液処理器を作製し、LDH活性、残血本数、赤外吸収ピーク比を測定した。
結果を以下の表1にしめす。
PMEA濃度を増加させるとLDH活性は若干改善されるが大差は見られなかった。
一方、混合溶媒比(ETOH/H
2O)を変化させると、有機溶媒の量が多くなるにつれ、ピーク比(P1/P2)は小さくなる、すなわち分離膜表面のPMEAの存在量が少なくなる傾向にあり、また、LDH活性は大きくなる、すなわち血液適合性が低下する傾向にある。但し、LDH活性はいずれも通常市販品が有する値の範疇にある。
【0073】
【表6】
【0074】
実施例1と同様に実施例2〜5および比較例3の試料について、熱分解ガスクロマトグラフ質量分析で解析した。全ての試料について、PMEAの熱分解物のピークであるRT1.7minのピークが確認され、マススペクトルの検索結果からこのピークは2−メトキシエタノールであることが解った。このことから実施例2〜5および比較例3においても膜表面にPMEAが存在していることが確認できた。
【0075】
(実施例6〜7)
製膜紡糸原液に関し、ジメチルアセトアミド(キシダ化学社製、試薬特級)79質量部に対するポリスルホン(ソルベイ社製、P−1700)の量とポリビニルピロリドン(ビーエーエスエフ社製、K−90)の量を以下の表に示すように変化させた以外は実施例1と同様にして中空糸分離膜を製膜し、血液処理器に組み込んでPMEAをコートしてLDH活性を測定した。
結果を以下の表に示す。製膜原液組成を変更してもLDH活性は小さく血液適合性は良好であった。
【0076】
【表7】
【0077】
(比較例4)
市販品CX−21U(東レ製)について同様に血液適合性試験を実施しLDH活性と残血本数を測定したところ、そのLDH活性は66.2、残血本数は4であった
残血が発生している言うことは、血液適合性は劣ると考えられる。
なお、ここでは、LDH活性測定に使用するHFとしては残血糸を含まないものを選択している。