【文献】
吉松宏苑、坂井信行、池西岳樹、新倉祐司、近藤夏芽、硲哲崇,ミント系香料のアロマとフレーバーの違い−心理評価とNIRSによる脳機能の計測の関連性−,日本味と匂学会誌,2011年,Vol.18, No.3,p.423-426
【文献】
芳賀三紀子、小口江美子、浅野和仁,異なる香りによる脳内酸化ヘモグロビン濃度及び気分への影響,昭和大学保健医療学雑誌,2013年,第11号,p.68-79
【文献】
Izumi Koizuka et al.,Functiomal Imaging of the Human Olfactory Cortex by Magnetic Resonance Imaging,Journal for oto-rhino-laryngology and its related specialities,1994年,Vol.56, No.5,p.273-275
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、テルピネオール、β−カリオフィレン、またはβ−フェニルエチルアルコールを含有する脳血流改善剤に関する。
大脳皮質は人間の生活において重要な記憶、判断、感覚、運動、言語などを司る機能を持つ部位であり、日常生活と大きなかかわりを持っていることから、この部位の活性が心身の健康においては、重要であると考えられる。
大脳皮質は、大きく前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉に分けられる。
【0011】
前頭葉は、運動野・運動前野・前頭前野・前頭眼野・運動性言語野などが機能局在として知られている。
前頭葉の前頭前野は、認知・実行機能と情動・動機づけ機能を併せ持っている。前頭前野は全体として「定型的反応様式では対応できないような状況において、認知的、動機づけ状況を把握し、それに対して適切な判断を行い、行動を適応的に組織化する」役割を果たしている。前頭葉の前頭前野は、ワーキングメモリー、反応抑制、行動の切り替え、プランニング、推論などの認知・実行機能、意思決定過程に重要な役割を果たす情動・動機づけ機能、社会的行動を支えるとともに、葛藤の解決や報酬に基づく選択等の機能を担っている。
前頭前野は知性と衝動のバランスを取ることや、将来の計画に関わることが示されている(Harlow JM, Boston Medical and surgical Journal 1848 39:389-393)。
前頭前野に損傷を受けると、順序だった行動の組立をする、つまり段取りをうまくとる事ができなくなってしまうのである(Penfield W and Evans J, The frontal lobe in man: A clinical study of maximum removals., Brain 1935 58:115-133)。
【0012】
前頭前野損傷患者には、計画の立案や遂行において障害が見られ、「順序だった計画を立てたり」、「計画を完成させたり」、「重要な項目と些細な項目を区別したり」、あるいは「目標と無関係なことがらを持ち込まないようにしたり」することに障害をきたす(Boller F, Grafman J(Eds.) Handbook of Neuropsychology, 2
ndEdition: The Frontal Lobes Elsevier 2002)。
前頭葉の前頭前野の前頭極(ブロードマンの脳地
図10野)は、未来について考えることに関わり(Jiro O, et. al., NeuroImage 2003 19:1369-1380)、過去に自分が行った決断を評価することに関わっている(Satoshi T, et. al., Nature Neuroscience 2010 13:120-126)。
【0013】
前頭葉の前頭前野の眼窩前頭皮質(ブロードマンの脳地
図11野)は、感情価の表現、意思決定や期待に関連しており、主観的な快楽性の経験を仲介する役割を持っている(Kringelbach ML, Nature Reviews Neuroscience, 2005 6:691-702)。また、報酬と罰に対する感受性に関連した行動計画を制御している(Kringelbach ML and Rolls ET, Progress in Neurobiology, 2004 72:341-372)。
前頭葉の下前頭回にはブローカ野(ブロードマンの脳地
図44野、45野)が存在し、運動言語中枢とも呼ばれ、言語処理、及び音声言語、手話の産出と理解に関わっている(Horwits B, Amunts K, Bhattacharyya R, Patkin D, Jeffries K, Zilles K, Braun AR, Neuropsychologia 2003 41:1868-76)。
前頭葉の下前頭回には三角部(ブロードマンの脳地
図45野)が存在し、音とスペルとの関係が不規則な例外的語を読むときに強く活動する(Andrea M, Jennifer TC, Steven L, Karl JF, Matthew ALR, Karalyn P, James LM, and Cathy JP, Journal of Cognitive Neuroscience 2005 17:11:1753-1765)。また、単語の意味を解読する役割を持っている(Cortical dynamics of word recognition. Human Brain Mapping Aug 2007)。
【0014】
頭頂葉は、感覚野・味覚野・感覚性連合野・頭頂連合野などが機能局在として知られている。
頭頂葉の下頭頂小葉の頭頂連合野(ブロードマンの脳地
図39野、40野)は運動前野と結びついた運動の発現や調節などの機能(Leonardo F, Giuseppe L, Curr. Opin. Neurobiol., 2005 15:626-31)、前頭前野機能と結びついた注意の制御(JB Hopfinger, MH Buonocore, GR Mangun, Nat. Neurosci., 2000 3:284-91)を担っている。
【0015】
側頭葉は聴覚野・聴覚性連合野・聴覚性言語野・嗅覚野などが機能局在として知られている。
側頭葉の横側頭回の聴覚野(ブロードマンの脳地
図41野)、聴覚性連合野(ブロードマンの脳地
図42野)は、一次聴覚野と呼ばれ、音高を判別する機能(Bendor D, Wang X, Nature 2005 436:1161-5)を担っている。この領域は音高や音量などの、音楽の基本的な部分を同定することができる。
【0016】
脳の司令塔と言われる前頭前野を中心に、前頭葉、頭頂葉、側頭葉(以下、「本領域」ともいう。)を活性化させる香気成分について鋭意研究を重ねた結果、単一の香気成分であるテルピネオール、β−カリオフィレン、β−フェニルエチルアルコールが、本領域の大部分を活性化させること発見した。活性は、オキシヘモグロビン濃度変化を指標として捉えた。
【0017】
テルピネオールは、1,8−テルピンから1分子の水が脱水して生ずる不飽和アルコールの総称である。4種の異性体が得られるはずであるが、実際には、α−テルピネオール、β−テルピネオール、γ−テルピネオールの3種のみが得られる。市販のテルピネオールは1,8−テルピンを希酸で脱水してつくられる。沸点214〜224℃の粘ちょうな液体である。主成分はα−テルピネオールである。
【0018】
α−テルピネオールの構造式を下記化1に示す。α−テルピネオールは1−p−メンテン−8−オールとも呼ばれ、テレビン油、ショウズク油、オレンジ油、ネロリ油、リナロエ油などに存在する。融点38〜40℃の結晶であり、沸点は219〜221℃である。
【化1】
【0019】
β−テルピネオールの構造式を下記化2に示す。β−テルピネオールは8(9)−p−メンテン−1−オールとも呼ばれる。融点32〜33℃の結晶であり、沸点は209〜210℃/752mmHgである。
【化2】
【0020】
γ−テルピネオールの構造式を下記化3に示す。γ−テルピネオールは4(8)−p−メンテン−1−オールとも呼ばれる。融点68〜70℃の結晶である。
【化3】
【0021】
β−カリオフィレンの構造式を下記化4に示す。β−カリオフィレンは[1R−(1R*,4E,9S*)]−4,11,11−Trimethyl−8−methylenebicyclo[7.2.0]undec−4−eneとも呼ばれるセスキテルペン炭化水素の一つであり、ラベンダー油中にも存在する。無色の液体であり、沸点は123〜125℃/10mmHgである。
【化4】
【0022】
β−フェニルエチルアルコールの構造式を下記化5に示す。β−フェニルエチルアルコールは、フェネチルアルコールとも呼ばれ、バラ油の主成分をなし、ネロリ油、ゼラニウム油中にも存在する。バラの香りを有する無色の液体であり、沸点は219〜221℃/750mmHgである。
【化5】
【0023】
本発明の脳血流改善剤は、テルピネオール、β−カリオフィレン、またはβ−フェニルエチルアルコールを含有するものであればよい。テルピネオール、β−カリオフィレン、またはβ−フェニルエチルアルコールは、単独でそのまま用いることもでき、それらを混合して用いることもできる。また、テルピネオール、β−カリオフィレン、またはβ−フェニルエチルアルコールを含有する精油を用いることもできる。また、テルピネオール、β−カリオフィレン、またはβ−フェニルエチルアルコールを、アルコールや油で希釈したり、軟膏などの製剤に配合したりして脳血流改善剤とすることもできる。テルピネオール、β−カリオフィレン、またはβ−フェニルエチルアルコールを有機溶媒等に溶解させた溶液をシリカゲルに含浸させて脳血流改善剤とすることもでき、ろうそくに練りこんでアロマキャンドルとして脳血流改善剤とすることもできる。また、飲料にテルピネオール、β−カリオフィレン、またはβ−フェニルエチルアルコールを配合して脳血流改善剤とすることもできる。
【0024】
本発明の脳血流改善剤の使用法として、例えば、脳血流改善剤を紙袋や布袋につつみ、そこから揮散するテルピネオール、β−カリオフィレン、またはβ−フェニルエチルアルコールを吸入することが挙げられる。脳血流改善剤の液体をシリカゲルに含浸させたものを同様に紙袋や布袋に包み、テルピネオール、β−カリオフィレン、またはβ−フェニルエチルアルコールを揮散させてもよい。また、脳血流改善剤を軟膏として外用することにより、塗布部から揮散するテルピネオール、β−カリオフィレン、またはβ−フェニルエチルアルコールを吸入してもよい。脳血流改善剤を飲料として経口することにより、飲料から揮散するテルピネオール、β−カリオフィレン、またはβ−フェニルエチルアルコールを吸入してもよい。溶液状の脳血流改善剤をスプレーし、揮散するテルピネオール、β−カリオフィレン、またはβ−フェニルエチルアルコールを吸入してもよく、脳血流改善剤がアロマキャンドル形態の場合には、そのアロマキャンドルを燃焼させることによってテルピネオール、β−カリオフィレン、またはβ−フェニルエチルアルコールを吸入してもよい。
【0025】
本発明の脳血流改善剤に含まれるテルピネオール、β−カリオフィレン、またはβ−フェニルエチルアルコールを吸入することにより、脳、特に大脳皮質の前頭葉、頭頂葉、側頭葉の血流が増加する。血流が増加することにより、前頭葉、頭頂葉、側頭葉が司る脳機能の活性化が期待でき、本領域に機能局在する各機能の改善が期待できる。
【実施例】
【0026】
脳血流改善効果の測定
[装置]
近赤外光トポグラフィ装置(NIRS:Near−infrared Spectroscopy)(株式会社日立メディコ製 装置名:OT−R40)
[計測ch]
52ch(3×11ホルダ使用)(株式会社日立メディコ製)
[試験協力者]
20〜45歳の男女 10名
[検体]
テルピネオール、β−カリオフィレン、β−フェニルエチルアルコール、α−ピネン、ジプロピレングリコール(無臭、コントロール)
【0027】
α−ピネンは、下記化6に示す構造式を有するモノテルペンである。α−ピネンの化合物名は、(1R,5R)−2,6,6−トリメチルビシクロ[3.1.1]ヘプタ−2−エン、組成式は、C
10H
16である。
【化6】
【0028】
[試験方法]
検体を、コントロールでもある無臭のジプロピレングリコールに溶解し、香りの強度が同程度となるよう、テルピネオールは10%、β−カリオフィレンは3%、β−フェニルエチルアルコールは12.5%、α−ピネンは10%溶液とした。各溶液を、ろ紙(1.5cm×1.5cm)に0.3g含浸させ、このろ紙を30mlのガラス瓶に入れ、試験協力者の鼻先に近づけて、検体の揮発成分を鼻から吸入させた。
また、コントロールとして、無臭であり希釈用液でもあるジプロピレングリコールを、同様にして試験協力者の鼻から吸入させた。
【0029】
検体の吸入開始から270秒後までの大脳皮質のオキシヘモグロビン濃度変化をNIRSで測定した。オキシヘモグロビン濃度が増えるほど、血流が増加したことを意味する。
NIRSの測定部位は、大脳皮質を下記6つのエリアに分割しておこなった。
右側頭部上:ch1,2,3,11,12,13,22,23,24の9ch。
右側頭部下:ch32,33,34,43,44,45の6ch。
前頭部上 :ch4,5,6,7,14,15,16,17,18,25,26,27,28の13ch。
前頭部下 :ch35,36,37,38,39,46,47,48,49の9ch。
左側頭部上:ch8,9,10,19,20,21,29,30,31の9ch。
左側頭部下:ch40,41,42,50,51,52の6ch。
【0030】
なお、上記6つのエリアには、ブロードマンの脳地図として知られている下記領野が含まれる。各領野は左右にまたがって存在するものもあれば、左右に分離して存在するものもある。
右側頭部上:1,2,3,4,6,8,9,22,40,42,43,44,45,46。
右側頭部下:6,21,22,38,42,45,46,47
前頭部上 :8,9,10,46
前頭部下 :10,11,46
左側頭部上:1,2,3,4,6,8,9,22,40,42,43,44,45,46
左側頭部下:4,6,21,22,38,42,43,44,45,46,47
【0031】
[結果]
大脳皮質の「全体」および、「右側頭部上」、「右側頭部下」、「前頭部下」、「左側頭部上」、「左側頭部下」のテルピネオール(Ter)、β−カリオフィレン(βCa)、β−フェニルエチルアルコール(PEA)、α−ピネン(αPi)、コントロール(Ctrl)のオキシヘモグロビン濃度変化の比較を
図1〜6に示す。図の縦軸は、NIRS測定値の単位であり、酸化ヘモグロビン濃度と光路長の長さの積で表される酸化ヘモグロビン濃度長となる。
【0032】
テルピネオール、β−カリオフィレン、β−フェニルエチルアルコールにより、大脳皮質の「全体」で、脳血流量が増加することが確認できた。それに対し、α−ピネンは、大脳皮質の「全体」で、脳血流量をほとんど増加させず、コントロールであるジプロピレングリコールより劣っていた。
【0033】
「右側頭部上」、「右側頭部下」、「左側頭部上」、「左側頭部下」において、テルピネオール、β−カリオフィレン、β−フェニルエチルアルコールにより、脳血流量が増加した。一方、α−ピネンは殆ど脳血流量を増加させず、「右側頭部上」、「左側頭部上」、「左側頭部下」ではコントロールよりも劣っていた。
【0034】
「前頭部下」においては、β−フェニルエチルアルコールのみが脳血流量を増加させた。β−フェニルエチルアルコールはブロードマン脳地図の第10野の脳血流量を増加させており、未来の考察力、過去の行動の解析力を活性化することが期待される。