(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6738679
(24)【登録日】2020年7月22日
(45)【発行日】2020年8月12日
(54)【発明の名称】電気化学装置
(51)【国際特許分類】
G02F 1/15 20190101AFI20200730BHJP
G02F 1/1506 20190101ALI20200730BHJP
【FI】
G02F1/15 508
G02F1/1506
【請求項の数】6
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2016-145747(P2016-145747)
(22)【出願日】2016年7月25日
(65)【公開番号】特開2018-17781(P2018-17781A)
(43)【公開日】2018年2月1日
【審査請求日】2019年6月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002303
【氏名又は名称】スタンレー電気株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091340
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 敬四郎
(72)【発明者】
【氏名】平野 智也
【審査官】
横井 亜矢子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2015−055820(JP,A)
【文献】
国際公開第2016/021190(WO,A1)
【文献】
国際公開第2013/180125(WO,A1)
【文献】
米国特許第04240716(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/15−1/19
Japio−GPG/FX
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対向配置され、対向面に電極を有する第1、第2の基板と、
前記第1、第2の基板間に挟持され、Agを含むエレクトロデポジション材料、メディエータ、支持電解質、溶媒を含み、波長400nm−800nmの可視光領域で吸光度0.1以下の透明な電解質液と、
を有するセル厚み1μm以上1000μm以下の電気化学装置。
【請求項2】
前記メディエータはGeを含む、請求項1に記載の電気化学装置。
【請求項3】
前記メディエータはTaを含む、請求項1に記載の電気化学装置。
【請求項4】
前記メディエータは濃度5M以下である請求項1に記載の電気化学装置。
【請求項5】
前記エレクトロデポジション材料は、AgNO3,AgClO4,AgBrのいずれかを含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の電気化学装置。
【請求項6】
レーザ光源と、前記レーザ光源からレーザ光を受ける電気化学装置を有し、
前記電気化学装置は、対向配置され、対向面に電極を有する第1、第2の基板と、前記第1、第2の基板間に挟持され、Agを含むエレクトロデポジション材料、メディエータ、支持電解質、溶媒を含み、可視光領域で透明な電解質液とを有し、
さらに前記電気化学装置は前記電解質液の前記レーザ光に対する吸光度が0.1以下であることを特徴とする光学システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対向電極間に電解質液を保持し、電気化学的反応によりAgによるミラー層を析出/溶解できるED型電気化学装置に関する。
【背景技術】
【0002】
エレクトロデポジション(ED)材料を用い、ED材料の光物性を変化させることにより、透過する光量を調節できるED型表示装置ないし調光フィルタが提供されている。
【0003】
表示装置のモードとして、明暗の表示だけでなく、表示画面を鏡面等にするニーズも求められている。例えば対向基板の一方にミラー層が形成できるED素子が提案されている。
【0004】
一対のガラス基板の一方の対向面上に平坦面を有する透明電極、他方の対向面上に微細な凹凸を有する修飾電極を備え、Agを含むED材料、Cuを含むメディエータ、支持電解質、溶媒を含む電解質液を電極間に挟持し、所定電圧印加により、電極上にAgを析出できるED素子が提案されている(例えば特許文献1)。
【0005】
透光性の電極は、インジウム錫酸化物(ITO),インジウム亜鉛酸化物(IZO)等で形成できる。修飾電極は粒子を表面に固定して表面粗さを付与することにより形成できる。Agを含むED材料は、AgNO
3,AgClO
4,AgBr等を用いることができる。Cuを含むメディエータは、CuCl
2,CuSO
4,CuBr
2等を用いることができる。メディエータとは、銀よりも電気化学的に低いエネルギで、酸化・還元する材料を言い、2価の銅イオンの塩であることが好ましく、CuCl
2.CuSO
4,CuBr
2等を用いることができる。メディエータの酸化体が銀から電子を授受することにより酸化による消色反応を補助することができるとされる。支持電解質は、ED材料の酸化・還元反応等を促進できるものであればよく、例えばLiCl等のリチウム塩、KCl等のカリウム塩、NaCl等のナトリウム塩を用いることができる。溶媒は、ED材料などを安定的に保持することができればよく、例えば水等の極性溶媒、極性のない有機溶媒、イオン性液体、イオン導電性高分子、高分子電解質等を用いることができる。
【0006】
電圧無印加状態においてはED素子は光透過状態である。所定電圧印加により平坦透明電極上にAgが析出すると、鏡面状態になる。所定電圧印加により修飾電極上にAgが析出すると、黒状態になる。電圧無印加状態で放置するか、逆極性の電圧を印加すると析出したAg層が溶解して、透明状態に戻る。
【0007】
実際には、ED素子は若干黄色味を帯びて見える。これは、CuCl
2等のメディエータの影響だと考えられる。このような若干の着色は、ED素子の厚みを薄くすることにより改善される。即ち、ED素子の厚みを薄くすることにより、無色透明に近づけることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】WO2012/118188号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
通常の駆動を行う場合、従来技術によるED素子の表示特性に問題はない。しかし、ED素子がさらされる光によっては表示特性に影響を与える場合があることが発明者らの研究により判明した。特にレーザ光などの高輝度光を照射する用途において、光照射部の応答特性に変化が生じ易いため、安定した使用ができなくなる。また、ヘッドアップディスプレイ(HUD)のような、直接目視する用途の場合、光照射部がムラとなり、見栄えが悪くなる。
【0010】
銅を含むメディエータを用いた電解液は、着色している。セル厚が厚く、銅メディエータ濃度が高いと、透過率が低い。これは可視光領域内の光に対する吸収構造に起因すると考えられる。高輝度光を照射すると、光吸収も強くなり、物性の変化を生じることが考えられる。
【0011】
応答特性に変化が生じない電気化学装置を提供することが望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
実施例によれば、
対向配置され、対向面に電極を有する第1、第2の基板と、
前記第1、第2の基板間に挟持され、Agを含むエレクトロデポジション材料、メディエータ、支持電解質、溶媒を含み、波長400nm−800nmの可視光領域で吸光度0.1以下の透明な電解質液と、
を有するセル厚み1μm以上1000μm以下の電気化学装置
が提供される。
【発明の効果】
【0013】
第1、第2の基板の電極間に電圧を印加してAgの堆積/溶解を行い、外部光を導入する表示を行っても、電解質液は可視光領域で光吸収を生じず、応答特性に変化を生じない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1A〜1Cは、従来技術による電気化学ミラーデバイスを説明するための断面図及び反射率のグラフである。
【
図2】
図2Aは参照サンプルと実施例による例サンプルの電解質液の構成要素を示す表、
図2B,2Cは参照サンプルと実施例による例サンプルのED素子を概略的に示す側面図、
図2Dはレーザ光をED素子にあてた状態を示す側面図、
図2EはED素子上の光照射パターンを示す平面図である。
【
図3】
図3Aは参照サンプルの高輝度光照射前後の光に対する応答特性を示すグラフ、
図3Bは高輝度光照射後に生じる参照サンプルのムラ発生状態を示す写真である。
【
図4】
図4A,4Bは実施例による例サンプルの高輝度光照射前後の光に対する応答特性を示すグラフである。
【
図5】
図5A,5Bは参照サンプルと実施例による例サンプルの高輝度光照射前と照射後の応答特性を比較して示すグラフ、
図5Cは参照サンプルと実施例による例サンプルの吸光度特性を示すグラフである。
【
図6】
図6A、6Bはヘッドアップディスプレイのコンバイナ、ヘッドアップディスプレイ用のNDフィルタへのEDセルの適用例、を示す斜視図である。
【符号の説明】
【0015】
1,2 基板、 3 シール、 4 電解液、 5 ミラー(鏡)膜、
6 黒膜、 7 電解液(着色有り)、8 電解液(着色なし)
11,12 透明電極(ITO膜)、 13 レーザヘッド、
15 ED素子、 16 照射領域、 20 修飾電極、
21 プロジェクタ、 22 レーザプロジェクタ、
23 ED素子NDフィルタ、 25 可変ミラーコンバイナ、
26 HUDコンバイナ、
【発明を実施するための形態】
【0016】
まず、WO2012/118188号公報に開示されている可変ミラーデバイスを構成する電気化学装置について、
図1A〜1Cを参照して、簡単に説明する。
【0017】
図1Aに示すように、平坦な透明(ITO)電極11を形成したガラス基板1と(平坦な透明電極上に形成した)粒子状の修飾電極20を形成したガラス基板2を電極を対向させて配置し、シール材3で囲んだセルを形成する。セル内に電解液4を真空注入などで注入して、電気化学装置を構成する。電気化学装置は透明状態であり、光を透過する。真空注入の代わりにワンドロップフィリング(ODF)等を用いてもよい。電解液4は、Agを含むエレクトロデポジション(ED)材料、Cuを含むメディエータ、支持電解質、溶媒を含む。
【0018】
透明電極11、修飾電極20間に直流電圧を印加すると、負電圧を印加された電極上にAgが析出する。
図1Aに示すように、平坦な透明電極11に例えば、−2.5Vの負電圧が印加されると鏡(ミラー)状の反射層5が透明電極11上に析出する。この状態をミラーとも呼ぶ。
図1Bに示されるように、修飾電極20に例えば−2.5Vの負電圧が印加されると、修飾電極20上にAgが析出する。修飾電極20は微細な凹凸を有するので、析出したAg膜は乱反射膜となり、黒色を呈する。この状態を黒膜とも呼ぶ。このように、透明電極と修飾電極との間に直流電圧を印加すると、その極性に依存してミラー、または黒膜を選択的に形成できる。印加電圧を解除して放置すると、析出したAg膜は溶解し、電気化学装置は透明状態に戻る。この状態をブリーチとも呼ぶ。印加電圧と逆極性の電圧を印加すれば、透明状態(ブリーチ)に戻る速度が速くなる。
【0019】
図1Cは、上記したミラー、黒膜、ブリーチ状態の光学的な反射率を示すグラフである。ミラーはAgミラーの有する高い反射率を有する。短波長領域で反射率は幾分低減する。Ag膜の析出がないブリーチは、高い透過率とセル構造による反射率とを有する。黒膜は遮光状態を形成するが、乱反射状態であるため反射率としては低い反射率となっている。3つの状態を使い分けることにより、明確な表示をおこなう一方、表示が不要な時には透明状態にできる電気化学装置を構成することができる。
【0020】
銅を含むメディエータを用いると、電解液は着色する。本発明者は、透明状態の透過率を向上し、高輝度光を照射しても応答特性に変化を生じない電気化学装置を実現するため、電解液を透明にできるメディエータを探求し、Geを含むメディエータと、Taを含むメディエータに到達した。
【0021】
Cuを含む(参照技術の)メディエータ、Geを含むメディエータ、Taを含むメディエータを用いてサンプルセルを形成し、それらの特性を調べた。ITOで形成した透明電極を有するガラス基板を対向させたセルを形成した。面抵抗5Ω/□のベタの透明電極を形成した、ソーダガラス基板を用い、スリーボンド製のシール材を用いて、表示面積20mm平方、セル厚70μmのセルを形成し、電解液を真空注入で注入して、電気化学セルを形成した。
【0022】
図2Aは、参照サンプルRF,例サンプルS1,S2の電解液の組成を示す表である。溶媒としてガンマブチルラクトン(GBL)を用い,Ag塩として濃度350mMのAgBr、支持塩として濃度700mMのLiClを用いることは各サンプルに共通である。メディエータとして、濃度を30mMとし、参照サンプルRFにおいては従来技術のCuCl
2、例サンプルS1においてはGeCl
4、例サンプルS2においてはTaCl
5を用いた。
【0023】
なお、溶媒はGBLに限らない。溶媒は、ED材料などを安定的に保持することができればよく、例えば、水等の極性溶媒、極性のない有機溶媒、イオン性液体、イオン導電性高分子、高分子電解質等を用いることができる。Ag塩はAgBrに限らない。AgBrの他、AgNO
3,AgClO
4等を用いてもよい。支持塩はLiClに限らない。LiClの他、LiBr,LiI,LiBF
4,LiClO
4等のLi塩、KCl、KBr、KI等のK塩、NaCl,NaBr,NaI等のNa塩を用いてもよい。
【0024】
図2Bは参照サンプルRFを概略的に示す側面図である。ITO,IZO等で透明電極11を形成したガラス基板1と、同様の透明電極12を形成したガラス基板2とをシール3を介して貼り合せたセル15に電解液7を注入して参照サンプルRFを作製した。電解液7は紺色に着色している。尚、電極上にAg層を析出して観察するために、少なくとも一方の電極は透明である必要がある。対向電極の両方を透明電極とすれば、透明状態で素通しの窓とすることができる。尚、基板としてガラスの他、プラスチック等を用いることもできる。
【0025】
図2Cは例サンプルS1,S2を概略的に示す側面図である。参照サンプルRF同様、透明電極11を形成したガラス基板1と、透明電極12を形成したガラス基板2とをシール3を介して貼り合せたセル15に電解液8を注入して例サンプルS1、S2を作製した。例サンプルS1の電解液8はGeCl
4をメディエータとして含み、例サンプルS2の電解液8はTaCl
5をメディエータとして含む。電解液8は無色の状態である。
【0026】
図2Dは、高輝度光照射実験の様子を概略的に示す斜視図である。レーザ光源13として、波長438nm、光強度50mW,ビーム径8mmのブルーレーザを用い、セル15にブルーレーザ光を照射した。
【0027】
図2Eはセル15にレーザ光を照射している状態を概略的に示す平面図である。面積20mm平方の表示面積内の一部に、直径8mmのレーザ照射領域16が形成される。
【0028】
セルに電圧を印加してAg層を析出/溶解させ、透過率の変化を測定した。測定装置は大塚電子製LCD5200を用い、セルなし状態の光強度を透過率100%とし、セルを透過した光強度のセルなし状態に対する相対的光強度から透過率を求めた。透過率は視感度透過率を算出した。セルあり状態の最大透過率(約78%)から最大透過率の10%(8%)まで変化する時間を着色速度とし、最大透過率の10%(8%)から最大透過率の90%まで変化する時間を消色速度とした。着色速度と消色速度をまとめて応答速度と呼ぶことがある。ブルーレーザ光を20分照射し、照射前後の応答速度の変化を測定した。
【0029】
また、電解液の吸収スペクトルを測定した。測定装置として、オーシャンオプティクス製のファイバマルチチャンネル分光器USB4000を用いた。溶媒のGLBのみを入れた1cmガラスキュベットを透過した光強度を100%とし、GLBの代わりに電解液を入れた場合の光強度の溶媒のみの場合に対する相対的光強度から透過率を求めた。
図5Cに示す吸収スペクトルの縦軸の吸光度は透過率の逆数の常用対数をとったものである。
【0030】
図3Aは、参照サンプルRFの電圧印加による光透過率の変化を示すグラフである。横軸が経過時間を単位msecで示し、縦軸が透過率を単位%で示す。経過時間1000msecから2000msecまで電圧を印加し、Ag層を析出させ、その後溶解を促進する逆電圧を印加した。実線はブルーレーザ光照射前の特性であり、破線はブルーレーザ光を20分照射した後の特性である。
【0031】
当初のセルの透過率は、約78%である。ブルーレーザ光照射前のセルは1000msec経過時の電圧印加開始と共に透過率は急降下し、2000msec経過時までに10%未満の透過率となっている。Ag層析出による鏡面の形成を示していると考えられる。2000msec経過後、逆電圧を印加すると、Ag層が電解液中に溶解することを示すように透過率は上昇し、3000msec経過時には約60%まで回復した。3000msec以降、回復速度は低く変化し、緩やかに透過率は増加した。12000msec(12sec)経過時にはほぼ当初の透過率に近い透過率となっている。その後、上述のように、高強度のブルーレーザ光を20分照射した。
【0032】
図3Bは、ブルーレーザ照射後のセルの写真である。レーザ照射領域に痕跡が形成され、目視で認識できる変化が生じている。セルの光学的特性がこのように変化すれば、当然特性も変化すると考えられる。
【0033】
図3Aの破線は、ブルーレーザ光照射前同様、Ag膜を形成/溶解して測定した、透過率の変化を示す。約1000msec経過時から約2000msec経過時までセルに電圧を印加し、その後逆電圧を印加した。電圧印加による透過率の低下はレーザ光照射前より幾分強いようである。印加電圧開放(逆電圧印加)と共に、透過率は回復していくが、レーザ光照射前より回復速度は明らかに遅く、かつレーザ光照射前に認められた、途中の回復速度の変化は観察されない。レーザ光照射前後で、明らかに異なる特性を示している。実用面からは再現性に問題が生じよう。
【0034】
図4Aは、Geメディエータを用いた例サンプルS1の、ブルーレーザ照射前後の透過率特性の変化を示すグラフである。参照サンプルRFの場合とほぼ同様、レーザ光照射前に、経過時間約1000msecから約2000msecまでセルに電圧を印加してAg層を析出させ、経過時間約2000msec以降逆電圧を印加してAg層を溶解させた。図には経過時間12000msecまでを示している。Ag層溶解後、ブルーレーザ光を20分間照射した。その後、ブルーレーザ光照射前と同様に、経過時間とともに、電圧印加、逆電圧印加を行い、透過率の変化を測定した。レーザ光照射後の透過率変化は、レーザ光照射前の透過率変化と区別できないものであった。透過率からは、ブルーレーザ光照射の影響は認められない。
【0035】
図4Bは、Taメディエータを用いた例サンプルS2の、ブルーレーザ照射前後の透過率特性の変化を示すグラフである。参照サンプルRFの場合とほぼ同様に、経過時間約1000msecから約2000msecまでセルに電圧を印加してAg層を析出させ、経過時間約2000msec以降逆電圧を印加してAg層を溶解させた。図には経過時間12000msecまでを示している。Ag層溶解後、ブルーレーザ光を20分間照射した。その後、ブルーレーザ光照射前と同様、経過時間とともに、電圧印加、印加電圧解放(逆電圧印加)を行い、透過率の変化を測定した。レーザ光照射後の透過率変化は、レーザ光照射前の透過率変化と区別できないものであった。透過率からは、ブルーレーザ光照射の影響は認められない。
【0036】
図3Aは、従来技術のCuメディエータを用いた場合、Ag層形成の応答速度(着色速度)、Ag層溶解の応答速度(消色速度)がレーザ光照射により変化する(遅くなる)現象を示した。例サンプルS1のGeメディエータ、例サンプルS2のTaメディエータを用いた場合、少なくとも大きな応答速度の変化は認められない。
【0037】
図5Aは着色速度の変化を示すグラフである。参照サンプルRFにおいては、着色速度はレーザ照射により−16%変化しているが、Geメディエータを用いた例サンプルS1、Taメディエータを用いた例サンプルS2においては、共にほぼ0%となっている。着色速度の変化が抑制され、極めて再現性がよい応答となっている。
【0038】
図5Bは、消色速度の変化を示すグラフである。参照サンプルRFにおいては、消色速度はレーザ照射により−34%と大きく変化しているが、Geメディエータを用いた例サンプルS1においてはー4%と変化は小さく、Taメディエータを用いた例サンプルS2においては約0%と変化が認められない。消色速度の変化が抑制されている。再現性の観点から、大きな改良と言えよう。
【0039】
図5Cは各サンプルの波長400nm−800nmの可視光領域の吸光度のスペクトルを示すグラフである。参照サンプルRFは波長500nm付近をピークとする幅広い吸収帯を示し、波長約700nm以上の近赤外領域にも吸収構造を示している。これらの吸収構造が光を吸収し、電解液は紺色を呈するのであろう。438nmのレーザ光を照射すると、強い吸収が生じ、感光現象が生じると考えられる。Geメディエータを用いた例サンプルS1,Taメディエータを用いた例サンプルS2は、
図5Cに示す400nm−800nmの波長領域では、吸光度は0.1以下(未満)である。これらのサンプルの電解液は無色である。光吸収が生じないので、レーザ光を照射しても感光変化は生じないと考えられる。セル厚1μm以上1000μm以下、かつメディエータ濃度5M以下の電気化学装置を形成するのに適当であろう。
【0040】
このような特性の安定したセルを用いれば、安定した特性を示すディスプレイ、NDフィルタ等の電気化学装置を提供することができる。
【0041】
図6Aは、このED素子をヘッドアップディスプレイ(HUD)の可変コンバイナに用いた場合を示す斜視図である。例えば車両の窓にミラーデバイスを装着し、通常は透明状態とし、表示が必要な場合はED素子を動作させ、プロジェクタから投影する画像を観察可能にする。必要性が消滅した後は、再び透明状態とすればよい。
【0042】
図6Bは、レーザプロジェクタを用いたHUDコンバイナにおいて、ED素子をNDフィルタとして用いた場合を示す斜視図である。レーザプロジェクタは、光源において明るさの調整が困難である。そこで、レーザプロジェクタの投影する光束をED素子を用いたNDフィルタで適当な明るさまで減衰させる。外界の明るさに合わせた、まぶしさのない表示を与えることができる。
【0043】
図6A,6Bいずれの場合もレーザ光源からの光に対し吸光度が0.1を下回るようなED素子を用いて光学システムを形成している。レーザ光に青色438nmが含まれている場合はGe,Taをメディエータに用いたミラーデバイスを用いる。これによりレーザ光源を用いながらも安定的な動作を実現することが可能となる。
【0044】
以上実施例に沿って、本発明を説明したが、これらは限定的な意味は持たない。例示した材料、数値などは、制限的意味を持たない。種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。