特許第6739106号(P6739106)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6739106
(24)【登録日】2020年7月27日
(45)【発行日】2020年8月12日
(54)【発明の名称】自己免疫疾患の治療用ペプチド断片
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/88 20060101AFI20200730BHJP
   C12N 5/0784 20100101ALI20200730BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20200730BHJP
   C12N 15/60 20060101ALI20200730BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20200730BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20200730BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20200730BHJP
   A61P 37/06 20060101ALI20200730BHJP
   A61K 38/43 20060101ALI20200730BHJP
   A61K 38/10 20060101ALI20200730BHJP
   A61K 35/76 20150101ALI20200730BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20200730BHJP
   A61K 35/15 20150101ALI20200730BHJP
【FI】
   C12N9/88ZNA
   C12N5/0784
   C12N5/10
   C12N15/60
   C12N1/15
   C12N1/19
   C12N1/21
   A61P37/06
   A61K38/43
   A61K38/10
   A61K35/76
   A61K48/00
   A61K35/15 Z
【請求項の数】10
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2017-530804(P2017-530804)
(86)(22)【出願日】2016年7月20日
(86)【国際出願番号】JP2016071224
(87)【国際公開番号】WO2017018288
(87)【国際公開日】20170202
【審査請求日】2019年5月22日
(31)【優先権主張番号】特願2015-150344(P2015-150344)
(32)【優先日】2015年7月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504147254
【氏名又は名称】国立大学法人愛媛大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】日浅 陽一
(72)【発明者】
【氏名】八木 専
(72)【発明者】
【氏名】阿部 雅則
(72)【発明者】
【氏名】池田 宜央
(72)【発明者】
【氏名】山下 政克
【審査官】 平林 由利子
(56)【参考文献】
【文献】 特表2002−513765(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/048766(WO,A1)
【文献】 国際公開第04/001424(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00− 7/08
C12N 15/00−15/90
A61K 35/00−35/768
A61K 38/00−38/58
A61K 48/00
C07K 1/00−19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭酸脱水素酵素I(CAI)のアミノ酸配列の第58位〜第73位のアミノ酸配列から成るペプチド断片。
【請求項3】
請求項1に記載のペプチド断片を含有する自己免疫疾患の治療又は予防用医薬組成物
【請求項4】
経口投与用である、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項5】
請求項1に記載のペプチド断片に特異的な寛容原性抗原提示細胞。
【請求項6】
制御性樹状細胞である、請求項5に記載の寛容原性抗原提示細胞。
【請求項7】
請求項5又は6に記載の寛容原性抗原提示細胞を含む自己免疫疾患の治療又は予防用医薬組成物。
【請求項8】
請求項1に記載のペプチド断片をコードするポリヌクレオチド。
【請求項9】
請求項8に記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
【請求項10】
請求項9に記載のベクターを組み込んだ形質転換体。
【請求項11】
請求項10に記載の形質転換体を含む自己免疫疾患の治療又は予防用医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
自己免疫疾患の治療に関する技術が開示される。
【背景技術】
【0002】
クローン病及び潰瘍性大腸炎を含む炎症性腸疾患(IBD)は、腸管における免疫機構の破綻により特徴づけられる疾患である。詳細な病因等は未だ明らかとされていないが、共生細菌、様々な微生物生産物、及び食品に対する過剰な自然免疫及び獲得免疫反応が原因の一つ考えられている。
【0003】
微小環境における免疫調節は、局所のホメオスタシスを維持するために定常的に微調整される必要がある。このような調整は、部位(例えば消化管環境)に特異的であり、微生物への慢性的な曝露により誘導されると考えられている。樹状細胞は、この調節を制御する上で重要な役割を担っている。樹状細胞は、最も強力でかつ効果的な抗原提示細胞であり、初期免疫反応の誘導に関与している。また、樹状細胞は免疫寛容の形成にも重要な役割を果たしている。免疫寛容のメカニズムは完全には解明されていないが、樹状細胞がCD4CD25T細胞をCD4CD25Foxp3制御性T細胞に分化させることにより、末梢においてT細胞による免疫寛容を誘導することが報告されている(非特許文献1参照)。
【0004】
特許文献1には、炎症性腸疾患を含む自己免疫疾患の治療に炭酸脱水素酵素I(CAI)及びそれでパルスした寛容原性抗原提示細胞を用いることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2011/048766
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Fujita Sら(2007)Blood,110:3793−803
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、自己免疫疾患等を含む疾患の治療に有効な新たな手段を提供すること等を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、CAIの特定のペプチド断片が炎症性腸疾患の経口免疫療法に有効であること、及び当該ペプチド断片でパルスして得られた寛容原性抗原提示細胞が炎症性腸疾患の治療に有効であること等を見出した。斯かる知見に基づき、更なる研究と検討を重ねた結果、下記に代表される発明が提供される。
【0009】
1.ペプチド断片
1−1.
炭酸脱水素酵素I(CAI)のアミノ酸配列の第46位〜第73位のアミノ酸配列、第160位〜第181位のアミノ酸配列、又は第235位〜第261位のアミノ酸配列を含み、35アミノ酸残基以下であるアミノ酸配列から成るペプチド断片。
1−2.
CAIがヒト又はマウス由来である、1−1に記載のペプチド断片。
1−3.
1−1又は1−2に記載のペプチド断片を含有する医薬組成物。
1−4.
自己免疫疾患の治療又は予防用である、1−3に記載の医薬組成物。
1−5.
自己免疫疾患が炎症性腸疾患である、1−4に記載の医薬組成物。
1−6.
経口投与用又は注腸投与用である、1−3〜1−5のいずれかに記載の医薬組成物。 1−7.
経口投与用である、1−6に記載の医薬組成物。
【0010】
2.寛容原性抗原提示細胞
2−1.
1−1又は1−2に記載のペプチド断片に特異的な寛容原性抗原提示細胞。
2−2.
制御性樹状細胞である、2−1に記載の寛容原性抗原提示細胞。
2−3.
2−1又は2−2に記載の寛容原性抗原提示細胞を含む医薬組成物。
2−4.
自己免疫疾患の治療又は予防用である、2−3に記載の医薬組成物。
2−5.
自己免疫疾患が炎症性腸疾患である、2−4に記載の医薬組成物。
2−6.
腹腔内投与用である、2−3〜2−5のいずれかに記載の医薬組成物。
2−7.
1−1又は1−2に記載のペプチド断片で寛容原性抗原提示細胞をパルスすることを含む、2−1に記載の抗原提示細胞を製造する方法。
【0011】
3.ポリヌクレオチド等
3−1.
1−1又は1−2に記載のペプチド断片をコードするポリヌクレオチド。
3−2.
3−1のポリヌクレオチドを含むベクター。
3−3.
3−2のベクターを組み込んだ形質転換体。
3−4.
1−1又は1−2に記載のペプチド断片を発現する、3−3に記載の形質転換体。
3−5.
乳酸菌である、3−3又は3−4に記載の形質転換体。
3−6.
3−3〜3−5に記載の形質転換体を含む医薬組成物。
3−7.
自己免疫疾患の治療又は予防用である、3−6に記載の医薬組成物。
3−8.
自己免疫疾患が炎症性腸疾患である、3−7に記載の医薬組成物。
3−9.
経口投与用である、3−6〜3−8のいずれかに記載の医薬組成物。
3−10.
3−3〜3−5のいずれかに記載の形質転換体を培養することを含む、1−1又は1−2に記載のペプチド断片を製造する方法。
【0012】
4−1.
1−1又は1−2に記載のペプチド断片、1−3に記載に医薬組成物、2−1又は2−2に記載の寛容原性抗原提示細胞、或いは2−3に記載の医薬組成物を自己免疫疾患の治療が必要な患者に投与することを含む、自己免疫疾患の治療方法。
4−2.
投与が経口投与である、4−1に記載の方法。
4−3.
自己免疫疾患の治療又は予防における使用のための1−1又は1−2に記載のペプチド断片。
4−4.
自己免疫疾患の治療又は予防用の医薬組成物の製造における使用のための1−1又は1−2に記載のペプチド断片。
【発明の効果】
【0013】
炎症性腸疾患に代表される自己免疫疾患の有効な治療手段が提供される。好適な一実施形態において、比較的簡便、低コストで製造でき、非侵襲的な自己免疫疾患の治療手段が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】CD4CD25T細胞移入腸炎マウスから取り出した腸間膜リンパ節(MLN)と候補ペプチド、CAIタンパク質またはKLHを共培養し、IL−17産生能を評価した結果を示す。縦軸はIL−17濃度(pg/ml)であり、横軸は候補ペプチドの添加量(μM)である。
図2】成熟樹状細胞(上段)及び制御性樹状細胞(下段)において発現している分子マーカーを測定した結果を示す。成熟樹状細胞と比較して、制御性樹状細胞は、CD40、CD80、CD86の発現濃度が低いことが確認された。
図3】CAIペプチドでパルスしたReg−DCによる大腸炎の治療効果を評価した結果を示す。(A)は、試験のレジメを示す。(B)は、処置を受けたモデルマウスの体重変化を示す。(C)は、処置を受けたモデルマウスから摘出した大腸の写真を示す。(D)は、処置を受けたマウスから摘出した大腸の長さを示す。(E)は、各マウスの大腸組織片を染色した結果を示す。(F)は、組織像を評価した結果を示す。
図4】処置を受けた腸炎モデルのMLN細胞における転写因子及び炎症性サイトカイン発現を測定した結果を示す。(B)はmRNAの発現を測定した結果であり、(C)は、炎症性サイトカイン産生量をELISAで測定した結果である。
図5】処置を受けた腸炎モデルの大腸における転写因子及び炎症性サイトカイン発現を測定した結果を示す。(B)は、mRNAの発現を測定した結果であり、(C)は、炎症性サイトカイン産生量をELISAで測定した結果である。
図6】CAIペプチド及びCAIスクランブルペプチドでパルスしたReg−DCによる大腸炎の治療効果を評価した結果を示す。(A)は、試験のレジメを示す。(B)は、処置を受けたモデルマウスの体重変化を示す。(C)は、処置を受けたモデルマウスを開腹した写真を示す。(D)は、処置を受けたモデルマウスの糞便の写真を示す。(E)は、処置を受けたモデルマウスから摘出した大腸の写真を示す。(F)は、処置を受けたマウスから摘出した大腸の長さを測定した結果を示す。(G)は、各マウスの大腸組織片を染色した結果を示す。(H)は、組織像を評価した結果を示す。
図7】Reg−DCsCAI 58−73でCD103樹状細胞及びFoxp3CD4CD25制御性T細胞を誘発した結果を示す。(A)及び(B)は、CD103CD11c樹状細胞を測定した結果を示す。(C)及び(D)は、Foxp3CD4CD25制御性T細胞を測定した結果を示す。
図8】処置を受けた腸炎モデルマウスのMLNから単離したCD4CD25T細胞及びCD4T細胞の増殖能を測定した結果を示す。
図9】CAI58−73ペプチドの経口投与による大腸炎の治療効果を評価した結果を示す。(A)は、試験のレジメを示す。(B)は、処置を受けたモデルマウスの体重変化を示す。(C)は、処置を受けたモデルマウスから摘出した大腸の写真を示す。(D)は、処置を受けたマウスから摘出した大腸の長さを測定した結果を示す。(E)は、各マウスの大腸組織片を染色した結果を示す。(F)は、組織像を評価した結果を示す。(G)は、処置を受けたモデルマウスの体重変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
「炭酸脱水酵素I(CAI)」は、細胞質に存在し、二酸化炭素の水和反応を可逆的に触媒する酵素である。マウスCAIのアミノ酸配列を配列番号1に示し、ヒトCAIのアミノ酸配列を配列番号2に示す。マウスCAIのアミノ酸配列とヒトCAIのアミノ酸配列との同一性は78.2%である。
【0016】
ペプチド断片は、自己免疫疾患の治療又は予防に有効である限り、CAIの任意のペプチド断片であり得る。一実施形態において、好ましいペプチド断片は、CAIのアミノ酸配列の第46位〜第73位のアミノ酸配列、第160位〜第181位のアミノ酸配列(配列番号5)、又は第235位〜第261位のアミノ酸配列(配列番号6)を含む。好適な一実施形態において、好ましいペプチド断片は、CAIのアミノ酸配列の第46位〜第73位のアミノ酸配列を含み、より好ましくはCAIのアミノ酸配列の第58位〜73位のアミノ酸配列(配列番号4)、又は第46位〜第72位のアミノ酸配列(配列番号3)を含む。
【0017】
ペプチド断片の長さは、自己免疫疾患の治療又は予防に有効である限り特に制限されず、任意に設定することができる。一実施形態において、ペプチド断片の長さは、40アミノ酸残基以下、35アミノ酸残基以下、30アミノ酸残基以下、25アミノ酸残基以下、又は20アミノ酸残基以下である。
【0018】
一実施形態において、ペプチド断片は、CAIのアミノ酸配列の第46〜第72位、第58〜73位、第160位〜第181位のアミノ酸配列、又は第235位〜第261位のアミノ酸配列のみから成り、好ましくはCAIのアミノ酸配列の第58〜73位のアミノ酸配列のみから成る。
【0019】
ペプチド断片は、自己免疫疾患の治療又は予防に有効である限り、他の物質(例えば、免疫寛容能を高める物質、又は免疫寛容能を有する物質等)との融合タンパク質であってもよい。
【0020】
ペプチド断片の由来は、自己免疫疾患の治療又は予防に有効である限り任意であり、治療又は予防対象に応じて適宜選択することができる。一実施形態において、ペプチド断片の由来は、マウス又はヒトであり、好ましくはヒトである。
【0021】
特定のアミノ酸配列から成るペプチド断片には、当該アミノ酸配列と一定以上の同一性を有するアミノ酸配列が包含される。ここで、一定以上の同一性とは、例えば、70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、98%以上、又は99%以上である。
【0022】
アミノ酸配列の同一性は、市販の又はインターネットを通じて利用可能な解析ツール(例えば、FASTA、BLAST、PSI-BLAST、SSEARCH等のソフトウェア)を用いて計算することができる。例えば、BLAST検索に一般的に用いられる主な初期条件は、以下の通りである。即ち、Advanced BLAST 2.1において、プログラムにblastpを用い、Expect値を10、Filterは全てOFFにして、MatrixにBLOSUM62を用い、Gap existence cost、Per residue gap cost、及びLambda ratioをそれぞれ 11、1、0.85(デフォルト値)にして、他の各種パラメータもデフォルト値に設定して検索を行うことにより、アミノ酸配列の同一性の値(%)を算出することができる。
【0023】
自己免疫疾患とは、自己抗原に対して免疫応答が起こることにより発症する疾患である。一実施形態において、自己免疫疾患は炎症性腸疾患であり、症性腸疾患には、潰瘍性大腸炎及びクローン病等が含まれる。
【0024】
CAIのペプチド断片は、CAIのアミノ酸配列及びそれをコードする塩基配列の情報を基に周知の遺伝子工学的手法又は化学合成によって製造することができる。例えば、CAIの塩基配列情報に基づいて、適宜プライマーを設計し、発現ベクターを作製して、大腸菌、酵母、昆虫細胞、又は動物細胞等の宿主細胞に導入し、発現させることによりCAIのペプチド断片を得ることができる。CAIは、セルフリータンパク質合成システムを利用して調製することもできる(Madin Kら(2000)Proc.Natl.Acad.Sci.USA,97:559−64)。ペプチド断片の化学合成方法としては、例えば、Fmoc法またはBoc法等を挙げることができる。
【0025】
ペプチド断片の投与経路は、自己免疫疾患の治療又は予防に有効である限り任意であり適宜選択することができる。例えば、ペプチド断片の投与経路は、経口投与、鼻腔内投与、注腸投与、気道内投与、皮下投与、又は血管内(静脈内)投与等とすることができる。一実施形態において、好ましい投与経路は経口投与又は注腸投与であり、より好ましくは経口投与である。
【0026】
ペプチド断片の投与形態は、自己免疫疾患の治療又は予防に有効である限り任意であり適宜選択することができる。例えば、ペプチド断片は、医薬組成物の形態で投与することができる。医薬組成物の剤形は任意であり、投与経路等に応じて適宜設定することができる。ペプチド断片を含有する医薬組成物の剤形は、例えば、カプセル剤、錠剤、座剤、注射剤、シロップ剤、顆粒剤、又は粉霧剤等とすることができる。医薬組成物は、その剤形及び投与経路等に応じて、任意の賦形剤、安定化剤、又はpH調整剤等と組み合わせることができる。
【0027】
一実施形態において、ペプチド断片は、それを発現する(又は、発現し得る)微生物の状態で投与することもできる。微生物としては、CAIの断片ペプチドを発現可能であり、ヒトへの投与(例えば、経口投与)に適している限り特に制限されないが、例えば、乳酸菌、又は大腸菌等を挙げることができる。微生物は、生菌であっても死菌であってもよい。一実施形態において、微生物は死菌であることが好ましい。
【0028】
ペプチド断片の投与回数は、自己免疫疾患の治療又は予防に有効である限り、特に制限されず、任意に設計することができる。例えば、ペプチド断片は、一回投与であっても、継続的又は断続的な投与であってもよい。ペプチド断片の投与頻度は、例えば、単回投与、1日1回投与、1週間に1〜4回投与の他、1か月〜3か月毎に1回などの間歇的投与も選択できる。投与期間は、例えば、1日、1週間、1カ月、2〜3ヶ月、半年、1年、2〜5年、又は10年等とすることができる。
【0029】
ペプチド断片の投与量は、所望の治療効果又は予防効果が得られる限り等に制限されず、症状、性別、年齢、体重等に応じて適宜設定することができる。1回あたりの投与量は、例えば、0.01ng/kg〜10mg/kgの範囲で設定することができる。ペプチド断片は、有効成分として、それ単独で投与されてもよいが、自己免疫疾患又は他の疾患の治療又は予防に有効な他の成分との組み合わせで投与されても良い。
【0030】
上記のペプチド断片を用いて、自己免疫疾患の治療又は予防に有効な寛容性抗原提示細胞を得ることができる。具体的には、寛容性抗原提示細胞をCAIのペプチド断片でパルスすることにより、自己免疫疾患の治療又は予防に有効な寛容性抗原提示細胞(即ち、CAIのペプチド断片に特異的な寛容性抗原提示細胞)を得ることができる。
【0031】
寛容原性抗原提示細胞は当該技術分野において知られる任意の手法で取得することができる。例えば、寛容原性抗原提示細胞である制御性樹状細胞は、自己免疫疾患の患者の骨髄細胞を採取し、GM−CSF、IL−10、及びヒト形質転換成長因子−β1(TGF−β1)の存在下で約8日間培養し、超高純度LPSの存在下で約24時間刺激することにより調製することができる。また、患者の末梢血を採取し、当業者周知の方法で単核球画分を分離、採取し、GM−CSF、IL−10、及びヒト形質転換成長因子−β1(TGF−β1)の存在下で約8日間培養し、超高純度LPSの存在下で約24時間刺激することにより寛容原性抗原提示細胞を調製することができる。このようにして調製した制御性樹状細胞は、共刺激分子を発現している樹状細胞を除去することにより純度を高めることができる。
【0032】
ペプチド断片による寛容原性抗原提示細胞のパルスは、ペプチド断片の存在下で寛容原性抗原提示細胞を培養することにより行うことができる。培養条件は特に制限されないが、例えば、5〜20μMのペプチド断片の存在下で約24時間、5%CO、37℃の培養という条件を例示することができる。
【0033】
ペプチド断片でパルスした寛容原性抗原提示細胞の患者への投与は、免疫細胞を利用した細胞治療方法として当業者に周知の方法を用いることができる。例えば、細胞は、血管内(静脈内)に投与される。また、投与は、一時的に行われてもよいし、持続的又は断続的に行われてもよい。投与頻度は、例えば、単回投与、1週間に1〜4回投与、1か月〜3か月毎に1回の投与などを採用することができる。
【0034】
ペプチド断片でパルスした寛容原性抗原提示細胞の投与量は、所望の治療効果又は予防効果が得られる投与量であれば特に限定は無く、症状、性別、年齢等に応じて適宜決定することができる。投与量は、例えば、免疫寛容の程度、患者の血中における抗原特異的な制御性樹状細胞及び/又は制御性T細胞の数、あるいは自己免疫疾患の治療効果若しくは予防効果を指標として設定することができる。例えば、1回の細胞の投与量は、1×10細胞〜1×1010細胞の範囲から選択することができる。パルスした寛容原性抗原提示細胞は、シクロスポリン、タクロリムス等の免疫抑制剤等の他の薬剤と共に投与されてもよい。
【0035】
自己免疫疾患の治療又は予防には、上記ペプチド断片でパルスした寛容原性抗原提示細胞の他、当該ペプチド断片に特異的な制御性T細胞を用いることもできる。このような制御性T細胞は、例えば、次の工程により調製することができる。(1)寛容原性抗原提示細胞及びナイーブT細胞を調製する工程。(2)ペプチド断片で寛容原性抗原提示細胞をパルスする工程。(3)パルスした寛容原性抗原提示細胞とナイーブT細胞を接触させて制御性T細胞を誘導する工程。
【0036】
ナイーブT細胞は、末梢血または、脾臓細胞から、CD4CD25制御性T細胞単離キット及びAutoMACS(ミルテニーバイオテク社)を用いて、製造者のマニュアルに従って単離することができる。ナイーブT細胞の純度は、ペリジニンクロロフィルタンパク質(PerCP)ラベル抗CD4モノクローナル抗体及びフィコエリトリン(PE)ラベル抗CD25モノクローナル抗体を用いたFACS分析により確認することができる。
【0037】
パルスした制御性樹状細胞による制御性T細胞の誘導は、例えば、1mLのRPMI培地中、5×10個のナイーブT細胞を、5×10個の制御性樹状細胞と共に7日間培養することで得ることができる。このようにして得られる制御性T細胞を用いた自己免疫疾患の治療又は予防は、上述の寛容原性抗原提示細胞を用いた自己免疫疾患の治療又は予防と同様に行うことができる。
【0038】
上記断片ペプチドをコードする塩基配列を有するポリヌクレオチドが提供される。ポリヌクレオチドが有する塩基配列は、CAIをコードする天然の塩基配列と一致していても良いし、それを発現させる宿主細胞等との関係で適宜変異(例えば、コドン使用頻度の最適化)が施されていてもよい。このようなポリペプチドを用いることにより、効率的に上記断片ペプチドを製造することができる。
【0039】
ポリヌクレオチドの状態は特に限定されず、例えば、単離されたものであっても、ベクター内に組み込まれたものであってもよい。ベクターの構造、由来、及び用途等は特に限定されない。例えば、ベクターは、プラスミドベクター、又はウイルスベクター(例えば、アデノウイルス、又はレトロウイルス)であり得る。また、ベクターは、例えば、クローニング用ベクター又は発現用ベクターであり得る。発現用ベクターとしては、大腸菌、又は放線菌等の原核細胞用のベクター、或いは、酵母細胞、昆虫細胞、又は哺乳類細胞等の真核細胞用のベクターを挙げることができる。ポリヌクレオチドは、任意の修飾が施されていてもよく、例えば、5'末端側に適宜シグナルペプチドをコードする塩基配列が付加されていてもよい。
【0040】
上記ポリヌクレオチドを含む宿主細胞、及び、上記ポリヌクレオチドで形質転換された形質転換体が提供される。このような宿主細胞及び形質転換体は、当該技術分野に公知の任意の手法を用いて得ることができる。宿主細胞の種類は、任意であり特に制限されない。例えば、宿主細胞は酵母細胞、昆虫細胞、及び哺乳類細胞などの真核細胞、並びに大腸菌、乳酸菌、及び放線菌等の原核細胞であり得る。宿主細胞及び形質転換体は、上記ペプチド断片を発現していてもよく、発現していなくてもよい。
【0041】
一実施形態において、宿主細胞又は形質転換体は、上記ペプチド断片を発現していることが好ましい。このような宿主細胞又は形質転換体は、上記ペプチド断片と同様に自己免疫疾患の治療又は予防に使用することができる。また、宿主細胞又は形質転換体は、それを培養することによって、上記ペプチド断片を製造するために使用することもできる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例により本発明についてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに制限されるものではない。
【0043】
統計解析
全ての個々の実験のデータは平均値±標準偏差(SD)で示す。必要に応じて、スチューデントt検定、多重比較のためにターキークレイマーによって分析した。P<0.05を統計的に有意差ありとした。すべての統計分析は、JMPソフトウェア(SASインターナショナル)で計算した。
【0044】
実施例1:CAIペプチドの同定
CAIペプチドはMHC classII拘束性のある抗原を選択する。それら候補ペプチドに対する抗原の免疫反応を評価するために、CD4CD25T細胞移入腸炎マウスから取り出した腸間膜リンパ節(MLN)と候補ペプチド、CAIタンパク質またはKLHを共培養し、IL−17産生能を評価した。
【0045】
(1)マウス
以下すべての実験おいて特定病原体未感染条件下で交配されたCB−17 SCIDとBALB/c(H−2d、IA−IE)8−12週の雌マウスを使用した(日本クレア株式会社)。全てのマウスは22℃、湿度55%と12時間昼/夜リズムの条件下にて愛媛大学で通常の実験動物飼料を与えて維持管理を行った。動物はランダムに実験群に割り当てた。実験プロトコルは愛媛大学動物委員会の承認を得て、グッドラボラトリープラクティスガイドラインに従って実行された。
【0046】
(2)マウスCAIペプチドエピトープの同定と調整
CAIタンパク質の全261アミノ酸配列のうち10−30merのペプチドの中から親水性の高い配列、2次構造の中のターン構造の多い配列、糖付加のない配列、及びリン酸付加のない配列を指標に選択し、これらに加えて、Antigenicity Indexを用いてT細胞エピトープとなりうる配列を探索した(Rothbard,JBら(1988) EMBO J. 7: 93−100)(Sette,Aら(1989)Proc Natl Acad Sci USA. 86: 3296−300)。その結果、CAIペプチドKPLSISYNPATAKEIVNVGHSFHVIFD(アミノ酸46−72;配列番号3)、KEIVNVGHSFHVIFDD(アミノ酸58−73;配列番号4)、KVLDALNSVKTKGKRAPFTNFD(アミノ酸160−181;配列番号5)、EGEPAVPVLSNHRPPQPLKGRTVRASF(アミノ酸235−261;配列番号6)が選択された。以上のペプチド全てはSigma Genosys社によって合成された。
【0047】
(3)マウスCAIの調整
CAIは以前に報告された方法(Yamanishi,Hら (2012) J. Immunol. 188, 2164−2172)に従って調整した。マウスCAI cDNA(以下mCAIという)を以下のプライマーを用いてPCRによって増幅させた。フォアード;ATGGCAAGTGCAGACTGGGGA(配列番号7)
リバース;CCTTGCGGATCCTCAAAATGAGGCTCTGAC TG(配列番号8)
【0048】
増幅させたDNAは、PshAI及びBamHIサイトでプラスミドpET45b(MerckKGaA社)に挿入し、N末端に6個のHisからなるタグを有するmCAIを発現するpET−mCA1−His6コンストラクトを構築した。構築したコンストラクトは、サイクルシークエンス法により確認した。His−CA1を大腸菌BL21(DE3)で発現させ、金属(Ni2+)アフィニティクロマトグラフィにより精製後、PBS中で透析することによりイミダゾールを除去した。EndTrapredカラム(HyglosGmbH社)を用いてエンドトキシンを除去した。SDS−PAGEの後、ゲルをDeep Purple Total Protein Stain(GE Healthcare社)で染色した。ゲルイメージをImage Quant TL(GE Healthcare社)で分析し、タンパク質の純度を計算した。
【0049】
(4)腸炎モデルの作成
以前の報告と同様にマウスに腸炎を誘発させた(Kjellev,Sら(2006)Int.Immunopharmacol.6:1341−54)。CD4CD25 Regulatory T Cell Isolation KitとAutoMACS(Miltenyi Biotec社)を用いてBALB/cマウスの脾細胞からCD4CD25T細胞を分離した。CD4CD25T細胞(3×10/マウス)をC.B−17 SCIDマウスへ腹腔内投与した。
【0050】
(5)IL−17産生能によるエピトープスクリーニング
腸炎誘発したマウスから4週後に腸間膜リンパ節(MLN)を摘出した。MLN細胞(5×10)は、96穴プレート内でCAI、KLH(Thermo Scientific社)またはCAIペプチドと72時間、5%CO、37℃で共培養した。培養上清中のIL−17濃度をELISAキット(R&D Systems社)を用いて分析した。
【0051】
(6)結果
CAIを添加すると0.5μMまで用量依存的にIL−17産生が上昇したが、KLHではIL−17産生の変化は観察されなかった。4つの候補ペプチドの中で3つのペプチド(アミノ酸46−72、アミノ酸58−73、アミノ酸160−181)は10μMまで用量依存的にIL−17産生を誘導した。(図1)。
【0052】
実施例2:樹状細胞の表現型
(1)樹状細胞の調製
成熟樹状細胞はBALB/cマウスの骨髄細胞(2×10)をマウス顆粒白血球マクロファージコロニー刺激因子(GM−CSF、20ng/mL)と8日間培養し、次に24時間超高純度のリポ多糖類(LPS、1μg/mL、InvivoGen社)で刺激して作製した。制御性樹状細胞(Reg−DC)はBALB/cマウスから摘出した骨髄細胞(2×10)をマウスGM−CSF(20ng/mL)、マウスインターロイキン−10(IL−10、20ng/mL)、ヒト成長要因−β1(TGF−β1、20ng/mL)と8日間培養し、次に24時間超高純度のLPSで刺激して作製した。以上のサイトカインは全て和光純薬工業から入手した。続いてReg−DCはフルオレッセインイソチオシアネート(FITC)でラベルされた抗CD40(3/23)、CD80(16−10AI)、CD86(GL1)モノクローナル抗体(mAb)(BD Biosciences社)で4℃、30分間染色した。抗FITC MicroBeads(Miltenyi Biotec社)を用いて、CD40CD80CD86細胞(全細胞のおよそ20%)をAutoMACSで排除した。
【0053】
(2)樹状細胞マーカーの検出
樹状細胞は、ラット抗マウスCD16/CD32mAb(2.4G2)でFcレセプターをブロッキングした後、抗CD11cmAb(HL3)、抗CD80mAb、抗CD86mAb、抗CD40mAb、抗I−A/I−EmAb(2G9)、及び抗H−2KdmAb(AMS−32.1)を用いて染色した。アイソタイプ適合のmAbをコントロールとして使用した。以上の抗体は全てBD Pharmingen社から入手した。蛍光染色はフローサイトメトリー(FACS Calibur;BD Biosciences社)で分析した。データは、CellQuestソフトウェア(BD Biosciences社)を使用して処理した。FlowJo software version 7.5 (Tree Star社)を利用し、フローサイト法で求めた蛍光強度を分析した。
【0054】
(3)結果
結果を図2に示す。成熟樹状細胞と比較して、Reg−DCは、CD40、CD80、CD86の発現濃度が低かった。
実施例3:CAI 58−73パルスReg−DCによる大腸炎の治療
(1)CAI、CAIペプチドパルスReg−DCの調製
実施例2と同様の方法により調製したReg−DCを洗浄、再懸濁させ、CAI(6μg/mL)、又はCAIペプチド(10μM)と24時間、5%CO、37℃で共培養し、CAIでパルスしたReg−DCs(Reg−DCsCAI)、CAIペプチドでパルスしたReg−DCs(Reg−DCsCAI 46−72,Reg−DCsCAI 58−73,Reg−DCsCAI 160−181,Reg−DCsCAI 235-261)を作成した。
【0055】
(2)樹状細胞による腸炎モデルの治療
実施例1と同様に腸炎を誘発し、同時にそれぞれReg−DCsCAI,Reg−DCsCAI 46−72,Reg−DCsCAI 58−73,Reg−DCsCAI 160−181,Reg−DCsCAI 235-261(1×10/mouse)(各n=8)を腹腔内投与した。移植日を0日目とした。樹状細胞の代わりに0.2mLのPBSを投与したマウスをPBS群とした。
【0056】
(3)腸炎の評価
レジメを図3Aに示す。1週間毎に体重変化の評価、28日目に安楽死させ大腸長を測定し、組織学的評価をした。大腸は、細胞移植の4週間後に安楽死させたマウスから採取した。横行結腸を摘出し、10%中性緩衝ホルマリンで固定し、パラフィンに包埋した。組織薄片をH&E又は過ヨウ素酸シッフ(PAS)で染色した。組織切片中の炎症の程度は、報告されている方法に従って評価した(KjellevSら(2006)Int.Immunopharmacol.6:1341−54)。組織像は、以下の1)〜4)の基準に従ってスコア付けした。
1)炎症の重症度:0無し;1軽度のリンパ球浸潤;2中等度のリンパ球浸潤、又は局所の陰窩変性;3重度の炎症、又は複数個所の陰窩変性、及び/又はびらん
2)炎症の程度:0無し;1粘膜;2粘膜下層;3貫壁性
3)粘液量:0通常;1微量の粘液減少;2中等度の粘液減少、又は局所的な粘液欠如;3重度の粘液減少;4完全な粘液欠如
4)上皮細胞増殖の程度:0無し;1細胞数又は陰窩長の穏やかな増加;2中等度又は局所の顕著な増加;3顕著な増加
組織学的スコアは、4つの個別のパラメータの総和として計算した。
【0057】
(4)結果
Reg−DCsCAI 58−73投与マウスは、PBS投与マウスより移入後の4週目の体重が増加した(P<0.01)(図3B)。Reg−DCsCAI 58−73投与マウスはPBS投与マウス(P<0.01)、Reg−DCsCAI 46−72投与マウス,Reg−DCsCAI 160−181投与マウス,Reg−DCsCAI 235-261投与マウス(P<0.05)より、腸管長が長かった(図3C、3D)。また、Reg−DCsCAI 58−73投与マウスはPBS投与マウス、Reg−DCsCAI 46−72投与マウス,Reg−DCsCAI 160−181投与マウス,Reg−DCsCAI 235-261投与マウスと比較して糞便は固く、腸管腫大はみられなかった(図3C)。Reg−DCsCAI 58−73投与マウスは、腸炎の組織学的病勢(炎症性細胞浸潤、上皮増殖、粘液減少、杯状細胞の減少)を有意に改善していた(図3E、3F)。
【0058】
実施例4:腸炎モデルのMLN細胞における転写因子および炎症性サイトカイン発現
(1)転写因子のmRNA発現測定
実施例3と同様にして作製したReg−DCsCAI 58−73またはPBSを投与した腸炎モデルマウスから得た1×10個のMLNをTissue Lyser(キアゲン社)を用いてホモジナイズした。全RNAは、RNAeasy plus miniキット(キアゲン社)により抽出した。相補的DNA(cDNA)は、high capacity cDNA reverse transcription kit(アプライドバイオシステムズ社)を使用して、10μgのRNAから生成した。MLNのFoxp3、及びレチノイン酸関連オーファン受容体ガンマt(RORγT)のmRNAの発現は、グリセルアルデヒド−3−ホスフェートデヒドロゲナーゼ(GAPDH)発現をコントロールとして、リアルタイムRT−PCRにより測定した。相対的発現量は以前報告された方法に従って計算した(TokumotoYら(2007)J.Med.Virol.79:1120−7)。
【0059】
(2)炎症性サイトカインのmRNA発現測定
全RNAは、上記(1)と同様に生成させ、MLNのIL−17A、IL−6、IL−10、及びTGF−βのmRNAの発現をリアルタイムRT−PCRにより測定した。アルデヒドデヒドロゲナーゼ1a2(ALDH1a2)の量的RT−PCR反応は、TaqMans遺伝子発現分析(Applied Biosystems社)を使って計測した。ALDH1a2プライマーは、Applied Biosystems社から購入した(Assay ID:Mm00501312−m1)。
【0060】
(3)ELISAによる炎症性サイトカイン産生量の測定
実施例3と同様にして作製したReg−DCsCAI 58−73またはPBSを投与した腸炎モデルマウスから得た1×10個のMLN細胞を、25ng/mLのホルボール12−ミリスチン酸13−アセテート(PMA)(シグマケミカル社)及び1μg/mLのイオノマイシン(シグマケミカル社)の存在下、RPMI1640培地(10%FBS、 HEPES、2ME、ペニシリン、ストレプトマイシン; Life Technologies社)で72時間、5%CO、37℃で培養した。培養上清中のIL−6、インターフェロン−γ(IFN−γ)、腫瘍壊死因子−α(TNF−α)、及び単球走化性タンパク質−1(MCP−1)濃度をサイトメトリックビーズアレイキット(BD Biosciences社)を用いて、製造者のマニュアルに従って測定した。また、上清中のIL−17濃度をELISAキットにて測定した。
【0061】
(4)結果
結果を図4に示す。Reg−DCsCAI 58−73投与マウスのMLNではFoxp3、TGF−β、IL−10(P<0.01)とALDH1a2(P<0.05)の発現が、PBS投与マウスより有意に高かった(図4A)。Reg−DCsCAI 58−73投与マウスは、PBS投与マウスよりMLNのIL−17AとRORγtの発現が有意に低かった(P<0.01)(図4A)。また、Reg−DCsCAI 58−73投与マウスのMLNは、PBS投与マウスのMLNよりIL−6、IL−17、TNF−α、IFN−γとMCP−1の産生が低かった(P<0.01)(図4B)。この結果は、Reg−DCsCAI 58−73を投与することにより炎症が起きにくい環境が生じることを示唆する。
【0062】
実施例5:腸炎モデルの大腸における転写因子および炎症性サイトカイン発現
(1)転写因子のmRNA発現測定
実施例3と同様にして作製したReg−DCsCAI 58−73またはPBSを投与した腸炎モデルマウスから採取した大腸をTissue Lyserを用いてホモジナイズした。全RNAは実施例4と同様にして生成し、Foxp3、RORγTのmRNAの発現をリアルタイムRT−PCRにより測定した。
【0063】
(2)炎症性サイトカインのmRNA発現測定
全RNAは、上記(1)と同様に生成させ、大腸のIL−17A、IL−6、IL−10、TGF−β及びALDH1a2のmRNAの発現をリアルタイムRT−PCRにより測定した。
【0064】
(3)Ex Vivo培養大腸の炎症性サイトカイン産生量の測定
実施例3と同様にして作製したReg−DCsCAI 58−73またはPBSを投与した腸炎モデルマウスから横行結腸1cm切片を採取し、便を除去した後、滅菌されたPBSで3回洗浄した。実施例4と同様に培養し、サイトカインを測定した。
【0065】
(4)結果
Reg−DCsCAI 58−73投与マウスの大腸では、PBS投与マウスと比較してRORγtの発現は減少し(P<0.01)、Foxp3、TGF−β、IL−10(P<0.01)とALDH1a2(P<0.05)の発現が増加した(図5A)。大腸のIL−17Aの発現は、3つのグループの間に差はなかった(図5A)。PBS投与マウスと比較してReg−DCsCAI 58−73投与マウスで、大腸のIL−17とTNF−αの産生は低かった(P<0.05)(図5B)。この結果は、Reg−DCsCAI 58−73を投与することにより、炎症が起きにくい環境が生じることを示唆する。
【0066】
実施例6:CAI 58−73スクランブルペプチドパルスReg−DCによる大腸炎の治療
(1)CAI 58−73スクランブルペプチドの調製
CAI58−73由来で相同性を持たず、モチーフ、抗原予測部位を持たないスクランブルペプチド(EHDKGDHVSVFNIIFV(アミノ酸58−73;配列番号4))を作成した(表2)。
【0067】
(2)Reg−DCの調製とパルス
Reg−DCは、実施例1に記載の方法に準じて調製した。実施例3と同様に、Reg−DCsをCAI58−73ぺプチド(10μM)、またはスクランブルペプチド(10μM)と24時間、5%CO、37℃で共培養し、Reg−DCsCAI58−73、スクランブルペプチドでパルスしたReg−DCs(Reg−DCsscramble)を作成した。細胞は2回洗浄した後にPBSで再懸濁し、腸炎誘発0日目にそれぞれ1×10細胞を腹腔内投与した。
【0068】
(3)腸炎モデルの作成及び樹状細胞による治療
腸炎モデルは、実施例1に記載の方法に従って作成した。CD4CD25T細胞と共に、BALB/cマウスから得たReg−DCsCAI 58−73、Reg−DCsCAI Scrambleを、それぞれ1×10細胞/マウス(各n=8)となるように腹腔内投与した。樹状細胞の代わりにPBSを投与したマウスをPBS群(n=8)とした。
【0069】
(4)腸炎の評価
レジメを図6Aに示す。マウスの体重測定、マウスから採取した大腸の長さの測定、大腸炎の組織学的評価を、実施例3と同様に行った。
【0070】
(5)結果
Reg−DCsCAI 58−73投与マウスでは、PBS投与マウス(P<0.05)やReg−DCsCAI scramble投与マウス(P<0.01)より体重増加がみられた(図6B)。Reg−DCsCAI 58−73投与マウスと比較してPBS投与マウスとReg−DCsCAI scramble投与マウスでは大腸が腫大し(図6C)、糞便は水様性下痢になっていた(図6D)。PBS投与マウスとReg−DCsCAI scramble投与マウスよりReg−DCsCAI 58−73投与マウスで大腸の長さは長かった(P<0.01)(図6E、6F)。Reg−DCsCAI 58−73投与マウスはPBS投与マウス、Reg−DCsCAI scramble投与マウスと比して腸炎の組織学的病勢を有意に改善した(図6G、6H)。
実施例7:In vivoにおけるReg−DCsCAI 58−73によるCD103樹状細胞及びFoxp3CD4CD25制御性T細胞の誘導
CD103CD11c樹状細胞はFoxp3CD4CD25制御性T細胞を誘発し、免疫寛容を誘導すると報告されている。
【0071】
(1)マウスMLN及び大腸の調製
実施例3と同様にして作製したReg−DCsCAI 58−73、Reg−DCsCAI scrambleまたはPBSを投与した腸炎モデルマウスから得た1×10個のMLN細胞を採取し、25ng/mLのPMA及び1μg/mLのイオノマイシンの存在下にRPMI1640培地で72時間、5%CO、37℃で培養した。大腸はポリエチレンチューブ(BD Biosciences社)を使って粘膜面が表になるよう裏返し、PBSで洗浄し、粘液を1mM ジチオスレイトール(シグマケミカル社)で除去した。腸上皮を30mM EDTAで除去し、5%CO、37℃条件下で90分間、5%のFCS/DMEM(Life Technologies社)内で72u/mLのタイプIVコラゲナーゼ(シグマケミカル社)と150μg デオキシリボヌクレアーゼI(ロシュ社)で消化した。消化した組織は、セルストレーナー(100μmと40μmナイロン;BD Biosciences社)に通し、DMEMで洗浄した。
【0072】
(2)CD103CD11c樹状細胞とFoxp3CD4CD25制御性T細胞測定
腸炎誘発4週間後のMLN細胞または大腸の固有層細胞を、FcRをブロックした後に、抗CD11c(HL3)抗体と抗CD103(M290)抗体(BD Biosciences社)で染色した。Foxp3CD4CD25制御性T細胞の割合を測定するために、MLN細胞と大腸の固有層細胞を96穴プレート内で200μl RPMI1640で培養し、培養細胞は抗マウス/ラット Foxp3 Stainingセット(eBioscience社)を使って染色し、フローサイトメトリーで分析した。データは実施例2と同様に分析した。
【0073】
(3)結果
結果を図7に示す。Reg−DCsCAI 58−73投与マウスのMLNと大腸のCD103CD11c樹状細胞とFoxp3CD4CD25T細胞の数はPBS投与マウスとReg−DCsCAI scramble投与マウスと比して有意に多かった(P<0.01)(図7A、7B、7C、7D)。
【0074】
実施例8:Reg−DCsCAI 58−73 のCAI 58−73特異的制御性T細胞誘導能
(1)抗原提示細胞の調整
腸炎モデルマウスに投与したReg−DCsCAI 58−73によるペプチド特異的制御性T細胞の誘導について解析した。24時間CAI 58−73でパルスし30Gyで照射を受けたBALB/cマウスの脾細胞を抗原提示細胞(APC)として用いた。
【0075】
(2)マウスMLNの調製
Reg−DCsCAI 58−73投与マウス、Reg−DCsCAI scramble投与マウス、またはPBS投与マウスの腸炎誘発28日目のMLN中のCD4T細胞またはCD4CD25T細胞を単離した。
【0076】
(3)抗原特異的免疫応答の解析
1×10細胞のCD4CD25T細胞またはCD4T細胞と1×10個のAPCとで37℃/5%COの条件下にてCD3抗体とCD28抗体下または非存在下で、96時間共培養した。最後の18時間前に[3H]−チミジン(1.0mCi/mL; Amersham Biosciences社)を加えて、セルハーベスター(Labo Mash; Futaba Medical社)を使ってハーベストした。シンチレーションカウンター(Beckman LS 6500;ベックマン社)を使って増殖能を計測した。結果はカウント・パー・ミニッツ(cpm)として表し、cpmのレベルはCD3抗体とCD28抗体で刺激しないCD4T細胞のチミジンの取り込みを基準としてスティミュレーションインデックス(SI)で示した。
【0077】
(4)結果
Reg−DCsCAI 58−73投与マウスのMLNのCD4T細胞からCD4CD25T細胞を除去すると、CAI 58−73に対しより強いT細胞増殖能を示した(図8)。また、Reg−DCsCAI scramble投与マウス、PBS投与マウスではCD4CD25T細胞除去によるCAI 58−73に対するT細胞増殖能の増加はみられなかった(図8)。
【0078】
実施例9:CAI 58−73ペプチド経口投与による大腸炎の治療
(1)腸炎モデルに対する抗原の経口投与による治療法
過去の報告(Faria,AMら(2003).J Autoimmun:20:135−45)に従い、C.B−17SCIDマウスに飲料水としてCAI 58−73溶液を5日間(−7日目から−2日目まで)連日投与した。個別にケージに入れたマウスは、4.5±0.5mL/日のCAI 58−73またはCAI スクランブルペプチドを混ぜたPBSを摂取した。1群のマウスの平均消費量は5.0±0.5mL/日であり、1日当りのCAI 58−73ペプチドまたはCAI スクランブルペプチド投与量の合計は、平均消費量(5mL/日)を基礎として計算した。ペプチド換算の投与量は、CAI 58−73ペプチド及びCAI スクランブルペプチド共に0.02mg/日であった。ボトル内のPBSはコンタミネーションを避けるため1日に2回交換し、計5日間連続投与した。CAI 58−73ペプチド、CAI スクランブルペプチドまたはPBS経口投与7日後(第0日目)に、CD4CD25T細胞(3×10細胞/マウス)を腹腔内投与した。また、同様な実験を実施例2で同定したペプチドとスクランブルペプチドを用いて比較検討した。
【0079】
(2)評価
レジメを図9Aに示す。マウスの体重測定、マウスから採取した大腸の長さの測定、大腸炎の組織学的評価を、実施例3と同様に行った。
【0080】
(3)結果
CAI 58−73ペプチドの経口投与はCD4CD25T細胞移入腸炎モデルマウスの病態を有意に改善した。CAI 58−73ペプチドを投与したマウスの体重は、PBSを投与したマウスと比較して有意に増加した(P<0.05)(図9B)。また、PBSを投与したマウスと比較して、CAI 58−73ペプチドを投与したマウスの大腸長は有意に長かった(P<0.05)(図9C、9D)。CAI 58−73ペプチドを投与したマウスは、PBSを投与されたマウスと比較して組織学的病勢が有意に低かった(図9E、9F)。また、3つのペプチド(CAI 46−72、CAI 58−73、CAI 160−181)を投与したマウスの体重は、スクランブルペプチドを投与したマウスと比較して有意に増加した(P<0.001)(図9G
【0081】
以上の結果から、CAI 58−73ペプチドでパルスしたReg−DCが腸炎モデルマウス病勢の進行を抑制すること、CAI 58−73ペプチドでパルスしたReg−DCがMLNや大腸において、Foxp3制御性T細胞を誘導し、炎症性サイトカインを減少させることが示された。また、CAI 58−73でパルスしたReg−DCは生体内でCD103CD11c樹状細胞とFoxp3CD4CD25T細胞を誘導することが示された。これらの結果から、CAI 58−73が炎症性腸疾患の主要な標的であることが示された。更に、CAI 58−73ペプチドの経口投与は、炎症性腸疾患モデルマウスにおいて腸炎抑制効果を示した。以上よりCAI 58−73を標的とした免疫療法が炎症性腸疾患に対する新しい治療法となることが強く示唆された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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