特許第6739768号(P6739768)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6739768人工関節置換術における骨頭受け側コンポーネント設置不良防止システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6739768
(24)【登録日】2020年7月28日
(45)【発行日】2020年8月12日
(54)【発明の名称】人工関節置換術における骨頭受け側コンポーネント設置不良防止システム
(51)【国際特許分類】
   A61F 2/46 20060101AFI20200730BHJP
   A61F 2/32 20060101ALI20200730BHJP
   A61F 2/40 20060101ALI20200730BHJP
【FI】
   A61F2/46
   A61F2/32
   A61F2/40
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-49979(P2016-49979)
(22)【出願日】2016年3月14日
(65)【公開番号】特開2017-164053(P2017-164053A)
(43)【公開日】2017年9月21日
【審査請求日】2019年3月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100111741
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 夏夫
(72)【発明者】
【氏名】酒井 利奈
(72)【発明者】
【氏名】馬渕 清資
(72)【発明者】
【氏名】高平 尚伸
(72)【発明者】
【氏名】内山 勝文
(72)【発明者】
【氏名】福島 健介
(72)【発明者】
【氏名】氏平 政伸
【審査官】 安田 昌司
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−161481(JP,A)
【文献】 特表2015−508009(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2015/0282856(US,A1)
【文献】 中国特許出願公開第105246433(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 2/30− 2/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工股関節又は人工肩関節置換術において、寛骨又は肩甲骨若しくは上腕に骨頭受けコンポーネントを設置する際に、コンポーネントが固定性をもって的確に設置されたことを表示することにより、コンポーネント設置時のコンポーネント周辺の寛骨又は肩甲骨若しくは上腕の損傷を防止するシステムであって、
(i) コンポーネント設置のためのハンマリング時に発生する音を集音するマイク、
(ii) マイクにより集音された音の周波数スペクトラムを求める手段、
(iii) (ii)で求めた周波数スペクトラムからピーク周波数を求める処理手段、
(iv) (iii)で求めたピーク周波数を記憶する記憶手段、及び
(v) (iii)の処理手段の制御信号に基づき警報を発するアラーム表示手段、を備え、
前記処理手段は、求めたピーク周波数を前記記憶手段に記憶された過去のピーク周波数と比較し、ピーク周波数が2.0〜7.0kHzで収束した場合に前記アラーム表示手段に警告を表示させる、システム。
【請求項2】
人工股関節において、寛骨に骨頭を受ける側のコンポーネントを設置する際に、コンポーネントが固定性をもって的確に設置されたことを表示することにより、コンポーネント設置時のコンポーネント周辺の寛骨の損傷を防止するシステムである、請求項1記載のシステム。
【請求項3】
さらに、ピーク周波数の変化のトレンドを表示する手段を備えた、請求項1又は2に記載のシステム。
【請求項4】
連続したハンマリングにより得られたピーク周波数が3回連続で±0.1kHzの範囲に入った場合に、ピーク周波数が一定に達したと判断する、請求項1〜3のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項5】
人工股関節又は人工肩関節置換術において、寛骨又は肩甲骨若しくは上腕に骨頭受けコンポーネントを設置する際に、コンポーネントが固定性をもって的確に設置されたことを表示することにより、コンポーネント設置時のコンポーネント周辺の寛骨又は肩甲骨若しくは上腕の損傷を防止するシステムであって、
(i) コンポーネント設置のためのハンマリング時に発生する音を集音するマイク、
(ii) マイクにより集音された音の周波数スペクトラムを求める手段、
(iii) (ii)で求めた周波数スペクトラムからピーク周波数を求める処理手段、
(iv) (iii)で求めたピーク周波数を記憶する記憶手段、及び
(v) (iii)の処理手段の制御信号に基づき警報を発するアラーム表示手段を備えているシステムにおいて実行されるプログラムであって、
マイクに人工股関節又は人工肩関節置換術中のハンマリング時の発生音を集音させるステップと、
前記集音される発生音の周波数スペクトラムを求めるステップと、
前記処理手段に、求められた周波数スペクトラムからピーク周波数を求めさせるステップと、
前記記憶手段に、求められたピーク周波数を上書き記憶させるステップと、
前記処理手段に、求めたピーク周波数を前記記憶手段に記憶されたピーク周波数と比較し、ピーク周波数が2.0〜7.0kHzの範囲で同じであれば、前記記憶手段に上書きするとともに、カウンタ値を歩進させるステップと、
さらに前記処理手段に、前記カウンタ値が所定回数に達した時、アラーム表示手段に警告を表示させるステップを実行させる、コンポーネント設置時のコンポーネント周辺の損傷を防止するためのプログラム。
【請求項6】
連続したハンマリングにより得られたピーク周波数が3回連続で±0.1kHzの範囲に入った場合に、ピーク周波数が一定に達したと判断する請求項5に記載のプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は人工関節(股関節又は肩関節)置換術に利用し得る、骨頭受け側コンポーネント設置不良防止システムに関する。
【背景技術】
【0002】
人工関節(股関節又は肩関節)置換術において、寛骨又は肩甲骨に、ステムと骨頭を受けるためのコンポーネントを設置する必要がある。コンポーネントの設置はハンマリングにより行われる。コンポーネントのハンマリングによる設置は適切な設置が達成できたかの判断が明確でないこともあり、固定不良が頻発するという問題があった。固定不良を避けるため過度のハンマリングを行うことによる寛骨等のコンポーネント周辺組織に骨折等の損傷を与えるという問題があった。
【0003】
一方、骨へステムをハンマリングにより設置する際には、ハンマリング時に発生する音の変化により、適切に固定化が達成されたと判断しハンマリングを終了させることにより骨折を防止するシステムが報告されていた(特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2014-161481号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、骨へステムをハンマリングにより設置する際には、ハンマリング時に発生する音の変化により、適切に固定化が達成されたと判断しハンマリングを終了させることにより骨折を防止するシステムがあった。しかしながら、ステムを設置する骨の構造とステムと骨頭の受け側を設置する骨の構造は大きく異なり、また、股関節における大腿骨頭の受け側である人工の臼蓋カップの設置は固定化不良が頻発するような難しい技術であり、ステムのハンマリングによる設置において開発された骨折防止技術がステムと骨頭の受け側コンポーネントの設置に適用できるとは考えられなかった。
【0006】
本発明は、ステムと骨頭の受け側コンポーネント設置の際のハンマリングにおいてもハンマリング時に発生する音の変化により、固定化が適切にされたかを判断することができ、その結果、コンポーネント周辺組織の損傷を防止し得るシステムの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、人工股関節置換術について、臼蓋カップコンポーネントをハンマリングにより設置する際に、ハンマリングにより発生する音の周波数を分析し、周波数が連続して一定値を示したときに、臼蓋カップコンポーネントを十分な固定性をもって的確に設置したと判断するシステムを構築した。該システムは人工股関節のみならず、人工肩関節置換術において、グレノイドコンポーネントをハンマリングにより設置する際にも利用することができる。
【0008】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 人工股関節又は人工肩関節置換術において、寛骨又は肩甲骨若しくは上腕に骨頭の受け側コンポーネントを設置する際に、コンポーネントが固定性をもって的確に設置されたことを表示することにより、コンポーネント設置時のコンポーネント周辺の損傷を防止するシステムであって、
(i) コンポーネント設置のためのハンマリング時に発生する音を集音するマイク、
(ii) マイクにより集音された音の周波数スペクトラムを求める手段、
(iii) (ii)で求めた周波数スペクトラムからピーク周波数を求める処理手段、
(iv) (iii)で求めたピーク周波数を記憶する記憶手段、及び
(v) (iii)の処理手段の制御信号に基づき警報を発するアラーム表示手段、を備え、
前記処理手段は、求めたピーク周波数を前記記憶手段に記憶された過去のピーク周波数と比較し、ピーク周波数が一定に達した場合に前記アラーム表示手段に警告を表示させる、
システム。
[2] さらに、ピーク周波数の変化のトレンドを表示する手段を備えた、[1]のシステム。
[3] ピーク周波数が0.1〜9.0KHzで収束した場合に警告を表示させる、[1]又は[2]のシステム。
[4] 連続したハンマリングにより得られたピーク周波数が3回連続で±0.1kHzの範囲に入った場合に、ピーク周波数が一定に達したと判断する、[1]〜[3]のいずれかのシステム。
[5] 人工股関節又は人工肩関節置換術において、寛骨又は肩甲骨若しくは上腕に骨頭の受け側コンポーネントを設置する際に、コンポーネントが固定性をもって的確に設置されたことを表示することにより、コンポーネント設置時のコンポーネント周辺の損傷を防止するシステムであって、
(i) コンポーネント設置のためのハンマリング時に発生する音を集音するマイク、
(ii) マイクにより集音された音の周波数スペクトラムを求める手段、
(iii) (ii)で求めた周波数スペクトラムからピーク周波数を求める処理手段、
(iv) (iii)で求めたピーク周波数を記憶する記憶手段、及び
(v) (iii)の処理手段の制御信号に基づき警報を発するアラーム表示手段を備えているシステムにおいて実行されるプログラムであって、
マイクに人工股関節又は人工肩関節置換術中のハンマリング時の発生音を集音させるステップと、
前記集音される発生音の周波数スペクトラムを求めるステップと、
処理手段に、求められた周波数スペクトラムからピーク周波数を求めさせるステップと、
記憶手段に、求められたピーク周波数を上書き記憶させるステップと、
前記処理手段に、求めたピーク周波数を前記記憶手段に記憶されたピーク周波数と比較し、ピーク周波数が同じであれば、前記記憶手段に上書きするとともに,カウンタ値を歩進させるステップと、
さらに前記処理手段に、前記カウンタ値が所定回数に達した時、アラーム表示手段に警告を表示させるステップを実行させる、コンポーネント設置時のコンポーネント周辺の損傷を防止するためのプログラム。
[6] ピーク周波数が0.1〜9.0KHzで収束した場合に警告を表示させる、[5]のプログラム。
[7] 連続したハンマリングにより得られたピーク周波数が3回連続で±0.1kHzの範囲に入った場合に、ピーク周波数が一定に達したと判断する[5]又は[6]のプログラム。
[8] 人工股関節又は人工肩関節置換術において、寛骨又は肩甲骨若しくは上腕に骨頭の受け側コンポーネントを設置する際に、コンポーネントが固定性をもって的確に設置されたことを表示することにより、コンポーネント設置時のコンポーネント周辺の損傷を防止するための方法であって、
(i) コンポーネント設置のためのハンマリング時に発生する音を集音するマイク、
(ii) マイクにより集音された音の周波数スペクトラムを求める手段、
(iii) (ii)で求めた周波数スペクトラムからピーク周波数を求める処理手段、
(iv) (iii)で求めたピーク周波数を記憶する記憶手段、及び
(v) (iii)の処理手段の制御信号に基づき警報を発するアラーム表示手段を備えているシステムを用いて、
集音した人工股関節又は人工肩関節置換術中のハンマリング時の発生音の周波数スペクトラムを求めるステップと、
前記処理手段に、求められた周波数スペクトラムからピーク周波数を求めさせるステップと、
前記記憶手段に、求められたピーク周波数を上書き記憶させるステップと、
前記処理手段に、求めたピーク周波数を前記記憶手段に記憶されたピーク周波数と比較し、ピーク周波数が同じであれば、前記記憶手段に上書きするとともに、カウンタ値を歩進させるステップと、
さらに前記処理手段に、前記カウンタ値が所定回数に達した時、アラーム表示手段に警告を表示させるステップを含む方法。
[9] ピーク周波数が0.1〜9.0KHzで収束した場合に警告を表示させる、[8]の方法。
[10] 連続したハンマリングにより得られたピーク周波数が3回連続で±0.1kHzの範囲に入った場合に、ピーク周波数が一定に達したと判断する[8]又は[9]の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のシステムを用いることにより、人工関節置換術における骨頭の受け側コンポーネントの設置時に適切なハンマリング回数を判断することができ、受け側コンポーネントを十分な固定性をもって的確に設置するとともに、過剰なハンマリングによるコンポーネント周辺の組織の損傷を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】人工股関節の全体像を示す図である。
図2】本発明のシステムの概念図である。
図3】本発明のシステムを用いたコンポーネント周辺の損傷を防止する方法の手順を示す図である。
図4】本発明のシステムに適用される処理装置の一構成例機能ブロック図である。
図5】本発明のシステムを用いた方法の処理フロー図である。
図6】ハンマリング回数とピーク周波数の関係を示す図である。図6Aはハンマリング回数1〜17回の結果を示し、図6Bはハンマリング回数18〜35回の結果を示す。
図7】模擬骨として寛骨モデルを用いてハンマリングを行ったときの、ハンマリング回数、一定を示した周波数、一定が続いた回数及び骨折と推定した周波数の値を示す図である。
図8】模擬骨としてバイオメカニカル試験材料を用いてハンマリングを行ったときの、ハンマリング回数、一定を示した周波数、一定が続いた回数及び骨折と推定した周波数の値を示す図である。
図9】一定を示す周波数と判断された周波数の例を示す図である。
図10】骨折時の周波数を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明は、人工関節置換術において、寛骨又は肩関節に人工のステムと該ステムに接続した人工の骨頭の受け側コンポーネントを設置する際に、ステムと骨頭の受け側コンポーネントが固定性をもって的確に設置されたことを表示することにより、ステムと骨頭の受け側コンポーネント設置時のコンポーネント周辺の組織の損傷を防止するシステムである。
【0013】
本発明のシステムが対象とする人工関節は、股関節及び肩関節である。股関節の場合、ステムと大腿骨頭の受け側コンポーネントを臼蓋カップコンポーネントと呼び、該臼蓋カップコンポーネントは寛骨の寛骨臼に打ち込んで設置される。臼蓋とは、寛骨の寛骨臼の大腿骨頭の受け側となる部分を指す。また、肩関節の場合、ステムと上腕骨頭の受け側コンポーネントをグレノイドコンポーネントと呼び、該グレノイドコンポーネントは肩甲骨のグレノイド又は上腕に打ち込んで設置される。グレノイド(関節窩)とは、上腕骨頭の受け皿となる肩甲骨側のくぼみを指す。
【0014】
図1に股関節置換術における、人工股関節全体像及び寛骨1の寛骨臼2と臼蓋カップコンポーネント3の位置関係を示す。図1に示すように、臼蓋カップコンポーネント3が寛骨の寛骨臼に設置され、ライナー4を取り付ける。股関節においては、臼蓋カップコンポーネント3が骨頭の受け側コンポーネントに該当する。ライナーにはステム6に付けた人工骨頭が結合される。ステム6は大腿骨に打ち込んで固定される。
【0015】
図1に示すように、寛骨の寛骨臼に打ち込んで設置された臼蓋カップコンポーネントが受け側となり、そこにステムが付いた人工骨頭が接続される。実際に臼蓋カップコンポーネント等のコンポーネントに接続されるのは、ステムが付いた骨頭である。本発明においては、臼蓋カップコンポーネント等のコンポーネントを「骨頭の受け側コンポーネント」と呼ぶことも、「ステムと骨頭の受け側コンポーネント」と呼ぶこともある。なお、骨頭は、股関節置換術の場合大腿骨頭をいい、ステムは大腿骨に打ち込むステムをいう。また、肩関節置換術の場合、骨頭は上腕骨頭の場合と肩甲骨に人工的に設置した骨頭をいい、ステムは上腕骨に打ち込むステムをいう。
【0016】
寛骨又は肩関節に骨頭の受け側コンポーネントを設置する際、施術者がハンマリングによりコンポーネントを寛骨、又は肩甲骨若しくは上腕に打ち込んで設置する。ここで、ハンマリングとはハンマーを用いて骨頭の受け側コンポーネントを叩いて寛骨又は肩甲骨若しくは上腕に打ち込み設置することをいう。
【0017】
コンポーネント周辺の組織の損傷とは、コンポーネント周辺の骨の骨折やコンポーネント周辺の骨にひびが入ることをいう。
【0018】
実際に股関節置換術において、寛骨に臼蓋カップコンポーネントを設置する場合の手順(臼蓋カップとライナーの設置方法)は、1.臼蓋カップコンポーネントを設置しようとする患者に適合した手術機械(臼蓋カップコンポーネント)を選択し、2.臼蓋カップコンポーネントを設置する寛骨臼をリーミングし、3.リーミングした寛骨臼に臼蓋カップコンポーネントを嵌めてみる。4.次いで、臼蓋カップコンポーネントをハンマリングにより固定する。5.この際臼蓋カップコンポーネントを寛骨の間で動きがある場合にはスクリューで臼蓋カップコンポーネントを固定する。6.その後、臼蓋カップコンポーネントにライナーを設置し、人工の大腿骨頭を有するステムを介して大腿骨と接続する。なお、寛骨の内部には傷をつけると生命に関わる臓器が存在するためスクリューを用いることは可能な限り避ける必要がある。このため、コンポーネントの固定不良を回避するために、コンポーネントと臼蓋が長期間動くことのないよう、強くハンマリングを行うことが好ましい。しかしながら、強くハンマリングを行うことにより、臼蓋カップ周辺の組織に損傷を与える危険が生じる。このため、カップ周囲の組織に損傷を与える危険性を回避するには感覚に拠らず、客観的根拠に基づいた最適なハンマリングを行う必要がある。本発明のシステムは、ハンマリング時の音を解析することで、最適な打ち込み回数を知らせ、カップ周囲の組織に損傷が生じる危険を回避する。
【0019】
本発明の人工股関節又は人工肩関節置換術において、寛骨、又は肩甲骨若しくは上腕に骨頭の受け側コンポーネント(股関節の場合臼蓋カップコンポーネント、肩関節の場合グレノイドコンポーネント)を設置する際に、コンポーネントが固定性をもって的確に設置されたことを表示することにより、コンポーネント設置時のコンポーネント周辺の損傷を防止するシステムは、
(i) 骨頭の受け側コンポーネント設置のためのハンマリング時に発生する音を集音するマイク、
(ii) マイクにより集音された音の周波数スペクトラムを求める手段、
(iii) (ii)で求めた周波数スペクトラムからピーク周波数を求める処理手段、
(iv) (iii)で求めたピーク周波数を記憶する記憶手段、及び
(v) (iii)の処理手段の制御信号に基づき警報を発するアラーム表示手段を備える。
【0020】
本発明のシステムを、骨頭の受け側コンポーネント設置時の最適ハンマリング支援システムとも呼び、例えば、臼蓋カップコンポーネント設置時の最適ハンマリング支援システムやグレノイドコンポーネント設置時の最適ハンマリング支援システムと呼ぶ。
【0021】
前記処理手段は、求めたピーク周波数を前記記憶手段に記憶されたピーク周波数と比較し、ピーク周波数が同じであれば、前記記憶手段に上書きするとともに、カウンタ値を歩進し、前記カウンタ値が所定回数に達した時、前記アラーム表示手段に警告を表示させる。該処理手段を演算処理装置とも呼ぶ。
【0022】
マイクは、指向性マイクが好ましい。
ピーク周波数は,前記周波数スペクトラムをフーリエ変換して得られるパワースペクトラムの最大強度の周波数である。ピーク周波数を求める処理手段を、ピーク周波数を求める処理装置とも呼ぶ。
【0023】
ピーク周波数を記憶する記憶手段を、記憶処理装置とも呼ぶ。
警報を発するアラーム表示手段を、アラーム表示装置とも呼ぶ。
【0024】
図2に本発明のシステムの概念図を示す。図2に示すように処理装置7にデジタルスコープストレジ(DSS)8とセンスアンプ(AMP)9が連結され、さらにセンスアンプにマイク10が連結される。処理装置7は本発明のシステムのプログラムを実行する処理装置であり、前記デジタルストレージスコープ8及びセンスアンプ9の機能のいずれか一方又は両方の機能を処理装置7に含めて構成してもよい。処理装置としては、例えばパーソナルコンピュータや小型のタブレット型コンピュータが挙げられる。
【0025】
図3に本発明のシステムを用いたコンポーネント周辺の損傷を防止する方法の手順を示す。マイクでハンマリング音を収集し音声波形グラフを得ると共に、収集した音のフーリエ解析を行い周波数スペクトルを得る。次いで、ピーク周波数を取得する。ハンマリング毎にこの操作を繰り返し行い、連続的に判定を行う。ピーク周波数が一定値になり変化しなくなった場合に警告を表示する。
【0026】
図4に、本発明のシステムに適用される処理装置の一構成例機能ブロック図を示す。この構成例では、センスアンプ及びデジタルストレージスコープが、処理装置7内に備えられている。バス(BUS)を通して、それぞれの機能ブロックが接続されている。CPUは、処理手段であって、書込み、消去可能な記憶手段に格納されるプログラムを実行して本発明の方法を実行する。記憶手段として、ハードディスクドライブ(HDD)やソリッドステートドライブ(SSD)、あるいは書込み及び消去可能なEEPROM等が使用される。
RAMは、CPUによる処理過程のデータを一時的に保持するメモリであり、CPUにより演算処理されてディスプレイに表示する画像が描画されるビデオメモリ(VRAM)を有し、VRAMに描画された画像データは、所定周期で読み出されてディスプレイに表示される。さらに、アラーム表示部を有し、ハンマリング時の発生音がマイクで集音され、CPUで処理された結果、CPUからの制御信号が出力される。この制御信号に基づきハンマリングによるコンポーネント周辺の損傷を防ぐために、アラーム表示部は、施術者に警告を示す警報信号を生成し表示する。さらに、モデム機能部を有していてもよく、アラーム表示部で生成された、施術者に警告を表示する信号を有線又は無線により送信し、離れた場所の別個の表示装置に表示させるようにしてもよい。
【0027】
図5は、図4の構成のシステムにより実行される、1実施例の処理フローを示す。
CPUにより記憶手段に格納されるプログラムを読み取り実行し、処理がスタートすると、ハンマリングの音が、マイクにより集音される(ステップS1)。マイクにより集音される音声信号は、センサアンプにより増幅され、処理装置に入力される(ステップS1)。
【0028】
処理装置に入力された音声信号は、RAMに一旦格納され、直流レベルノイズを削除してデジタルストレージスコープに送られる。デジタルストレージスコープは、RAMに格納された音声信号の周波数スペクトラムの分布(パワースペクトラム)を求める(ステップS2)。
【0029】
CPUは、デジタルストレージスコープにより求められたパワースペクトラムをフーリエ変換し、包絡に沿った曲線のピークであるピーク周波数を検出し(ステップS3)、そのピーク周波数をRAMに上書き記憶する(ステップS4)。
【0030】
図6に、実施例で得られたピーク周波数とスペクトル強度の1例を示す。スペクトル強度が最大となる周波数をピーク周波数として検出する。
【0031】
CPUは、検出したピーク周波数をRAMに上書き記憶する際に、既に記憶されているピーク周波数があれば、先に記憶されている周波数と同じか否かを判断する(ステップS5)。
【0032】
先に記憶されているピーク周波数と同じでなければ(ステップS5,NO)、検出したピーク周波数をRAMに上書き記憶してステップS1の処理に戻り、マイクでハンマリング時の音を更に集音して、ステップS1−S5の処理を繰り返す。
【0033】
先に記憶されているピーク周波数と同じであれば(ステップS5,YES)、ピーク周波数をRAMに上書き記憶し、CPUに有するカウンタの値を+1する(ステップS6)。
【0034】
次いで、CPUは、カウンタの値が所定回数であるか否かを判断する(ステップS7)。カウンタの値が所定回数より小さければ、ステップS1の処理に戻り、マイクでハンマリング時の音を集音して、ステップS1−S7の処理を繰り返す。
【0035】
カウンタの値が所定回数に達していれば(ステップS7,YES)、臨界点(更にハンマリングを続けるとコンポーネント周辺を損傷する)に達したと判断して、CPUは、アラーム表示部に制御信号を送り、施術者に対して警告を表示させる(ステップS8)。この警告の表示は、警報音を発生するか、ランプにより警報を表示するか、あるいは、その両方により行う。
【0036】
アラーム表示手段には、複数回の連続したハンマリング時に発生する音より求めたピーク周波数が一定に達したときに警報が表示される。ここで、連続したハンマリングにおけるピーク周波数が±0.1kHzになったとき周波数が一定であると判断することができ、連続したハンマリングの回数(カウンタの値)は、3回が好ましい。
【0037】
アラーム表示手段には、複数回の連続したハンマリング時に発生する音より求めたピーク周波数のトレンドグラフが表示されてもよい。
【0038】
臼蓋カップコンポーネント又はグレノイドコンポーネントをハンマリングにより設置する際に、本発明のシステムがハンマリングの音を分析し、臼蓋カップ又はグレノイド周辺に損傷を与える可能性があるときにアラーム表示手段により警告を発する。
【0039】
警報の表示を受けた施術者は、ハンマリングによる打ち込みが十分であり、骨頭の受け側コンポーネントと寛骨、又は肩甲骨若しくは上腕の結合が十分であると判断して、ハンマリングを停止する。これにより、施術者は、感覚によらずコンポーネント周辺の損傷を防ぎ,骨頭の受け側コンポーネントの打ち込みを完了することが可能である。施術経験の少ない施術者であっても、容易に完了することが可能である。
【0040】
本発明のシステムにおいて実行されるプログラムは、指向性マイクに人工股関節又は人工肩関節置換術中のハンマリング時の発生音を集音させるステップと、前記集音される発生音の周波数スペクトラムを求めるステップと、処理手段に、求められた周波数スペクトラムからピーク周波数を求めさせるステップと、記憶手段に、求められたピーク周波数を上書き記憶させるステップと、前記処理手段に、求めたピーク周波数を前記記憶手段に記憶されたピーク周波数と比較し、ピーク周波数が同じであれば、前記記憶手段に上書きするとともに、カウンタ値を歩進させるステップと、さらに前記処理手段に、前記カウンタ値が所定回数に達した時、アラーム表示手段に警告を表示させるステップを実行させる。
【0041】
実際に人工関節置換術を行った患者を用いて得られた一定に達したときのピーク周波数は0.1〜9.0kHz、好ましくは2.0〜7.0kHzである。
【実施例】
【0042】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0043】
実施例1 模擬骨(寛骨モデル及びバイオメカニカル試験材料)を用いた検討
股関節の寛骨に設置する骨頭の受け側コンポーネント(臼蓋カップコンポーネント)を寛骨の寛骨臼に設置する際のコンポーネント周辺の損傷を防止するシステム(ハンマリング支援システム)を構築し、模擬骨を用いて臼蓋カップコンポーネントを打ち込むハンマリング回数とピーク周波数の関係を求めた。
【0044】
対象として、寛骨モデル(Hemi Pelvis #1291, SAWBONES)及びバイオメカニカル試験材料(Biomechanical Test Materials #1522-03, SAWBONES)を使用した。
【0045】
図2及び図3に示すシステムを用いて、ハンマリング音を取り込み、フーリエ解析を行いパワースペクトルに変換し、振幅が最大となるピーク周波数を求め、連続判定をする処理をした。この処理はダブレット型PCもしくはスマートフォンで行うためのアプリケーションを開発することで、図5に示す処理フロー図でプログラムを実行することを可能とする。
【0046】
ハンマリング音から約1mの距離にMic FP-5500(SONY)を設置し、対象模擬寛骨にカップ(Biomet, Smith & Nephew)の打ち込みを行うごとにハンマリング音をサンプリング周波数44.1 kHz、量子化ビット数16 bitで収集した。ハンマリング音のデータはダブレット型PCもしくはスマートフォンを用いて解析・保存・評価することを可能とする。
【0047】
図6に対象として、寛骨モデルを用いた場合のハンマリング回数とピーク周波数の関係を示す。図6Aに示すようにハンマリング回数5〜8回でピーク周波数は一定になり、ハンマリングに注意を促す警告が出されたが目視による観察では臼蓋カップコンポーネント周辺の骨部に骨折等の損傷は認められなかった。さらに、ハンマリングを継続した。ハンマリング回数18〜24回及び26〜31回でピーク周波数が一定に達した。その後、ピーク周波数が急激に顕著に減少した。この時点で、臼蓋カップコンポーネント周辺の骨部に骨折が生じたと推定した。ハンマリング終了後寛骨臼底部に骨折が確認された。
【0048】
図7に寛骨モデルを用いた検討(試行回数10回)の結果を示し、図8にバイオメカニカル試験材料を用いた検討(試行回数16回)の結果を示す。
【0049】
バイオメカニカル試験材料において試行回数16回のうち全例で、模擬寛骨において試行回数10回のうち8回で、一定を示す周波数がハンマリング音に存在した。周波数はバイオメカニカル試験材料,模擬寛骨それぞれ4.45±1.01kHz,5.34±0.07kHzで一定を示した。
【0050】
なお、ここで、連続したハンマリングにおけるピーク周波数が±0.1kHzになったとき周波数が一定とした。例を図9に示す。
【0051】
継続してハンマリングを続け骨折に至るとバイオメカ試験材料、寛骨モデルいずれも周波数が0.7kHzに低下した(図10)。軽度のヒビを認めた際の周波数は3kHzであった。ピーク周波数が一定を保ったハンマリング回数は5.5±2.4回であった.
【0052】
実施例2 患者を用いた検討
人工股関節全置換術を施行した1例1関節を対象とした。手術は複数の術者によって行われ、手術室内の集音環境において、従来どおり術者の感覚に従い、寛骨に臼蓋カップコンポーネントが設置された。手術野から約1 mの距離に指向性マイクロフォンを設置し、臼蓋カップコンポーネントをハンマリングにより固定した。ハンマリング開始時から集音を開始し、術者がステム打ち込みを終了するまで記録した。ハンマリング時に発生する音から求めたピーク周波数が一定値に達したときの周波数は2.0〜7.0kHzであった。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明のシステムにより、人工関節(股関節又は肩関節)置換術における骨頭受け側コンポーネント設置の際の不良を防止することができる。
【符号の説明】
【0054】
1 寛骨
2 寛骨臼
3 臼蓋カップコンポーネント
4 ライナー
5 人工骨頭
6 ステム
7 処理装置
8 デジタルストレージスコープ
9 センスアンプ
10 マイク
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10