(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
モータを可変速制御するインバータに与えるトルク指令値からベクトル制御のd軸電流指令値,補正後q軸電流指令値の演算に用いる電流指令テーブルおよびトルクリプル補償テーブルを自動生成するインバータの制御方法であって、
回転速度とトルクの二次元で電流指令テーブルとトルクリプル補償テーブルを生成するため、データを取得する動作点における速度指令値,前記トルク指令値を設定し、
負荷装置の回転速度が前記一つの動作点で設定された速度指令値となるように前記負荷装置に対して速度制御を実行し、
トルク検出値と、前記一つの動作点で設定された前記トルク指令値が一致するようにトルクフィードバック制御を行ってq軸電流指令値を生成するq軸電流指令値生成処理を実行し、
前記速度制御および前記トルクフィードバック制御がなされている状態で、トルクリプル抑制制御部においてトルクリプル補償信号を生成し、前記q軸電流指令値に加算して補正後q軸電流指令値を算出し、
前記トルクフィードバック制御で前記q軸電流指令値が自動的に制御された状態、かつ、トルクリプル抑制制御が実施されて前記補正後q軸電流指令値が算出された状態で、電圧指令デューティ比に基づいて、最適なd軸電流指令値を探索して生成するd軸電流調整処理を実行し、
前記d軸電流指令値,前記q軸電流指令値,前記トルクリプル補償信号の生成処理を全動作点において実行し、
前記全動作点について生成された前記d軸電流指令値と前記q軸電流指令値を回転速度とトルクに各々対応つけてテーブル化し電流指令テーブルを生成し、前記トルクリプル補償信号を回転速度とトルクに各々対応つけてテーブル化しトルクリプル補償テーブルを生成する自動調整処理を実行し、
回転速度検出値と、前記トルク指令値とに基づいて、前記電流指令テーブルにより、前記d軸電流指令値と前記q軸電流指令値を出力し、
前記回転速度検出値と、前記トルク指令値とに基づいて、前記トルクリプル補償テーブルにより、前記トルクリプル補償信号のdn軸成分,qn軸成分を出力し、
前記トルクリプル補償テーブルのdn軸成分とqn軸成分を合成して前記トルクリプル補償信号を出力し、
前記d軸電流指令値と前記q軸電流指令値と前記トルクリプル補償信号とに基づいてインバータを制御することを特徴とするインバータの制御方法。
前記d軸,q軸電流指令値の電流振幅が電流振幅制限値を超えたか否かを判定し、電流振幅が電流振幅制限値を超えたとき前記d軸電流指令値、前記q軸電流指令値に制限をかける電流振幅制限処理を行う電流振幅制限処理と、インバータの三相電流検出値を座標変換したd軸電流検出値、q軸電流検出値が前記d軸電流指令値、前記補正後q軸電流指令値に一致するように追従制御してd軸電圧指令値、q軸電圧指令値を得、前記d軸電圧指令値、前記q軸電圧指令値の振幅が電圧振幅制限値を超えたか否かを判定し、電圧振幅が電圧振幅制限値を超えたとき前記d軸電圧指令値、前記q軸電圧指令値に制限をかける電圧振幅制限処理と、を実行し、
前記d軸電流調整処理は、前記一つの動作点での前記トルクフィードバック制御がなされている状態で、前記電流振幅又は電圧振幅の少なくともいずれか一方が前記電流振幅制限値または前記電圧振幅制限値を超えた場合に、トルク検出値と前記トルク指令値の偏差を示すトルク誤差に基づいて、第1の探索モードを実行して、トルク誤差が最小となる前記d軸電流指令値を探索して生成し、前記電流振幅と電圧振幅の両方が前記制限値以下の場合に、第2の探索モードを実行して、入力電力または電流振幅値または電圧指令デューティ比が最小となる前記d軸電流指令値を探索して生成し、
前記第1又は第2の探索モード実行時のデータが最小点に収束したから否かを判定する収束判定処理を行うことを特徴とする請求項1に記載のインバータの制御方法。
電流指令テーブルとトルクリプル補償テーブルの生成時に、前記d軸電流指令値の大きさを制限することを特徴とする請求項1〜3のうち何れかに記載のインバータの制御方法。
前記収束判定処理によって収束が判定された後に、前記トルク誤差が残留しているか否かを判定し、残留している場合に、前記一つの動作点に設定された前記トルク指令値から前記残留したトルク誤差の最小点探索結果を減算して新たなトルク指令値を求め、前記新たなトルク指令値を当該動作点での前記トルク指令値に設定変更し、前記新たなトルク指令値と、そのときの回転数設定値および前記d軸電流指令値,前記q軸電流指令値を記録することを特徴とする請求項3記載のインバータの制御方法。
前記第2の探索モードは、前記d軸電流指令値を変化させ、変化前後のインバータの入力電力を観測し、前記入力電力が最小となるd軸電流指令値を探索することを特徴とする請求項2〜5のうち何れかに記載のインバータの制御方法。
前記自動調整処理は、最大効率となるd軸電流,q軸電流を予め解析によって求めておき、前記求められたd軸電流,q軸電流を前記d軸電流指令値,前記q軸電流指令値の初期値とすることを特徴とする請求項6に記載のインバータの制御方法。
前記第2の探索モードは、前記d軸電流指令値を変化させ、変化前後の電流振幅値を観測し、前記電流振幅値が最小となる前記d軸電流指令値を探索することを特徴とする請求項2〜5のうち何れかに記載のインバータの制御方法。
前記インバータの制御は、インバータの三相電流検出値を座標変換したd軸電流検出値、q軸電流検出値が、前記d軸電流指令値,前記補正後q軸電流指令値に一致するように追従制御して得たd軸電圧指令値,q軸電圧指令値と、インバータの直流入力の直流電圧値とから電圧指令デューティ比を演算し、
前記第2の探索モードは、前記d軸電流指令値を変化させ、変化前後の前記電圧指令デューティ比を観測し、前記電圧指令デューティ比が最小となるd軸電流指令値を探索することを特徴とする請求項2〜5のうち何れかに記載のインバータの制御方法。
前記収束判定処理によって、収束が判定された後に、前記トルク誤差が残留しているか否か判定し、前記トルク誤差が残留している場合、制限処理後のq軸電流指令値にトルクリプル補償信号が重畳されているか否かを判定し、トルクリプル補償信号が重畳されている場合はトルクリプル補償信号を低減することを特徴とする請求項3,5記載のインバータの制御方法。
モータを可変速制御するインバータに与えるトルク指令値からベクトル制御のd軸電流指令値,補正後q軸電流指令値の演算に用いる電流指令テーブルおよびトルクリプル補償テーブルを自動生成するインバータの制御装置であって、
回転速度検出値と、前記トルク指令値とに基づいて、前記d軸電流指令値と前記q軸電流指令値を出力する電流指令テーブルと、
前記回転速度検出値と、前記トルク指令値とに基づいて、トルクリプル補償信号のdn軸成分,qn軸成分を出力するトルクリプル補償テーブルと、
前記トルクリプル補償テーブルのdn軸成分とqn軸成分を合成して前記トルクリプル補償信号を出力するトルクリプル補償信号合成部と、
前記d軸電流指令値と前記q軸電流指令値と前記トルクリプル補償信号とに基づいてインバータを制御するインバータ制御部と、
を備え、
前記電流指令テーブルと、前記トルクリプル補償テーブルは、請求項1記載の自動調整処理により生成することを特徴とするインバータの制御装置。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本願発明は、埋込磁石同期モータのd軸電流指令値および補正後q軸電流指令値の演算に用いるテーブル(電流指令値の振幅・位相情報)ならびにトルクリプル補償テーブルを、実測値に基づいて高精度、かつ、自動的に生成する手段を提供するものである。種々の情報を実測するテーブル生成装置の基本構成図を
図1に示す。
【0033】
対象となる埋込磁石同期モータ(以下、モータと称する)1は任意の負荷装置2と軸接続する。結合軸にはトルクメータ3を設置し、トルク検出値τを自動調整装置5に出力する。負荷装置2には一般的なサーボモータ制御装置等を適用し、指定した回転速度指令値ωm*となるように速度制御を行う。また、負荷装置2から速度検出値ωmが自動調整装置5に出力される。
【0034】
モータ1を駆動するインバータ4は、モータ1の回転位相θに同期した回転座標変換を用いて、一般的な電流ベクトル制御を行う。ここでは、回転座標系において永久磁石のN極方向にd軸を定義し、d軸の90度進んだ位相にq軸を設定する。
【0035】
電流センサ19で検出されたモータ1の三相電流検出値iu,iv,iwは、(1)式の回転座標変換を行ってd軸電流検出値idおよびq軸電流検出値iqに変換する。自動調整装置5から送られてきたd軸電流指令値id*,補正後q軸電流指令値iq*にd軸電流検出値idおよびq軸電流検出値iqがそれぞれ追従するようにPID制御等の自動制御を行う。
【0037】
自動制御の出力はd軸電圧指令値vd*,q軸電圧指令値vq*となり、PWM制御等でインバータ4の半導体スイッチング素子を制御する。また、インバータ4の制御部は、電圧指令デューティ比Dvを演算して自動調整装置5に出力する。
【0038】
自動調整装置5は、基本的に2つの機能を持つ。第1の機能は「電流指令テーブル自動生成機能」であり、第2の機能は「トルクリプル補償テーブル自動生成機能」である。
【0039】
第1の機能である「電流指令テーブル自動生成機能」は、運転状態に応じて最適なd軸電流指令値id*および後述するq軸電流指令値iq1*を(
図3の電流振幅制限処理部15の出力)自動調整およびテーブル生成する。第2の機能である「トルクリプル補償テーブル自動生成機能」は、トルクリプルを抑制するためのトルクリプル補償信号を自動調整およびテーブル生成する。
【0040】
第1の機能である「電流指令テーブル自動生成機能」では、トルク指令値τ*と速度検出値ωmに基づいてd軸電流指令値id*,q軸電流指令値iq1*の値を決定する。
【0041】
この決定方法については後述するが、トルク検出値τ,速度検出値ωm,電流振幅Im,電圧指令デューティ比Dv,入力電力Piを用いてd軸電流指令値id*,後述するq軸電流指令値iq1*の電流指令テーブル(モータ電流の振幅と位相)を自動調整する。ここで、電流振幅Imは(2)式,電圧指令デューティ比Dvは(3)式で表現される。
【0042】
なお、電流振幅Imの計算にはd軸,q軸電流検出値id,iqを用いても良いが、電流ベクトル制御が追従していることを前提に本明細書では電流指令値を用いて(2)式を計算する。消費電力(入力電力Pi)は直流電源21部分において電力計20等を用いて検出する。
図1ではインバータ4とモータ1の総合消費電力を計測しているが、インバータ4の出力部で計測すればモータ1単体の消費電力にすることも可能である。
【0044】
第2の機能である「トルクリプル補償テーブル自動生成機能」では、モータ1のトルクリプルを補償するために任意のトルクおよび回転数での定常運転状態において、トルク指令値τ*と速度検出値ωm(速度制御が追従していることを前提に速度指令値ωm*としても良い)を入力とした二次元のトルクリプル補償テーブルを自動生成する。
【0045】
トルクリプル補償テーブルからはトルクリプル補償信号の振幅・位相が生成され、後述するq軸電流指令値iq1*に重畳される。上述のトルクリプル補償テーブルを自動生成するためには、定常運転状態においてトルクリプル抑制制御を実施する必要がある。
【0046】
この制御手法は任意であるが、本明細書では一例として特許文献1,特許文献2で提案されている一般化周期外乱オブザーバ方式によるトルクリプル抑制制御を適用する。一般化周期外乱オブザーバの内容については後段で簡単に説明する。
【0047】
本明細書では、
図1の基本装置構成ならびに
図1の自動調整装置5の内部で行われる自動調整手法ならびにテーブル自動生成手法について説明する。前述の通り、本明細書で説明するインバータの制御装置は特許文献1〜3では解決できなかったトルクリプル補償テーブルと電流指令テーブルの相互干渉を考慮し、同時に自動調整および自動生成するものである。
【0048】
これにより、トルクリプル補償精度と電流指令テーブルの精度を両立することが可能となり、トルク精度向上とトルクリプル低減に繋がる。また、高精度なテーブルを自動生成する手段を提供することで、テーブル生成にかかる工数削減にも大きな効果がある。
【0049】
[実施形態1]
図2に
図1におけるインバータ4の制御部(以下、インバータ制御部と称する)の基本制御構成図を示す。 インバータ制御部は、一般的なベクトル制御を実施する。
図2の各部について以下説明する。
【0050】
座標変換部6は、ベクトル制御を行うため(1)式に示すように3相電流iu,iv,iwをモータ回転に同期した回転座標系(dq軸座標)のd軸電流検出値id,q軸電流検出値iqに変換する部分である。
【0051】
d軸電流制御器8,q軸電流制御器9は一般的なPID制御等であり、d軸電流指令値id*,補正後q軸電流指令値iq*とd軸,q軸電流検出値id,iqが一致するように追従制御する。d軸,q軸電流制御器8,9の出力はそれぞれ制限処理前のd軸電圧指令値vd0*,制限処理前のq軸電圧指令値vq0*となる。
【0052】
電圧振幅制限処理部10は、インバータの電圧飽和を考慮して(4)式の制限処理前の電圧指令振幅値Vmを、設定した電圧振幅制限値Vmsatで制限する。
【0054】
Vm>Vmsatとなる場合は、d軸電圧指令値vd*=vd0*×(vmsat/vm),q軸電圧指令値vq*=vq0*×(vmsat/vm)で制限すれば良い。vm≦vmsatの場合は、そのまま、d軸電圧指令値vd*=vd0*,q軸電圧指令値vq*=vq0*で出力される。また、電圧指令の飽和状態を考慮するために(3)式の電圧指令デューティ比Dvを計算し、後述する自動調整装置5にフィードバックする。
【0055】
座標逆変換部7は、同様に(5)式に示すようにdq軸座標のd軸電圧指令値Vd*,q軸電圧指令値Vq*から三相電圧指令値vu*,vv*,vw*に逆変換を行う。
【0057】
PWM制御部11は、三相に変換された三相電圧指令値vu*,vv*,vw*に対して、三角波キャリア比較方式等の一般的なPWM制御を行い、インバータ4の半導体スイッチング素子のゲート信号(スイッチング信号)を生成する。
【0058】
図3に、
図1における自動調整装置5の基本制御構成図を示す。
【0059】
第1の機能である「電流指令テーブル自動生成機能」について説明する。非特許文献1に示されているように、d軸電流指令値id*および補正後q軸電流指令値iq*の位相の決め方には種々の方法があるが、代表的なものとして下記の3つを考える。
・最大トルク/電流制御…最小の電流振幅で最大トルクが得られるようにd軸電流指令値id*,補正後q軸電流指令値iq*を決定する方法であり、電流が最小となるため銅損を最小化できる。
・最大トルク/磁束制御(誘起電圧制御)…最小の磁束(誘起電圧)で最大トルクが得られるようにd軸電流指令値id*,補正後q軸電流指令値iq*を決定する方法であり、磁束(誘起電圧)が最小となるため鉄損を最小化できる。
・最大効率制御…最小の消費電力で最大トルクが得られるようにd軸電流指令値id*,補正後q軸電流指令値iq*を決定する方法であり、鉄損・銅損等の総合損失を最小化できる。
【0060】
実際には、モータ1を駆動するインバータ4等の電圧飽和,過電流,発熱,磁石の減磁など様々な制約条件を考慮する必要があり、運転領域に適した制御方式に適宜切り替える。
【0061】
例えば、効率を重視した場合、インバータの電流・電圧制限値を満たす範囲内では最大効率制御を実施し、電圧または電流が制限値に達した時は、制限値を満たした上で最大出力制御に切り替えることが考えられる。
【0062】
ここで、最大出力制御とは、電流または電圧が制限された状態で最大出力が得られるように電流指令値を決定する制御方法であり、制限値を保った上で損失を最小にすることが望まれる。
【0063】
第2の機能である「トルクリプル補償テーブル自動生成機能」について説明する。トルクリプル抑制手法は任意であるが、例えば特許文献1〜3で記載されている周期外乱オブザーバ補償法を用い、トルクリプル抑制制御部12でトルクリプル補償信号iqc*を生成する。詳細は後述する。
【0064】
運転領域に応じて最も高効率な電流位相となるようにd軸電流・q軸電流を自動調整し、かつ、回転数とトルクに対する2次元テーブルを自動生成すれば、トルク誤差低減(高精度化)と高効率化が実現される。また、電流指令テーブル生成を自動化することで、テーブル生成に係る工数も削減できる。
【0065】
しかしながら、トルクリプル抑制を行った場合はトルク直流成分に影響を与えるため、その影響を考慮して電流指令テーブルも変更する必要がある。
【0066】
また、特許文献1〜3では、トルクリプル抑制制御の手法として一般化周期外乱オブザーバ方式が提案されているが、トルクリプル抑制に伴うトルク直流成分の誤差については記載がなく、定常トルク誤差を補償する方式については提案されていない。
【0067】
本実施形態1は、トルク精度向上と低トルクリプルを実現する制御手法により、上記問題を解決するものである。また、電流指令テーブルとトルクリプル補償テーブルを同時に自動生成する手法ならびに装置構成を説明する。
【0068】
図1に示すとおり、自動調整装置5は、速度検出値ωm,トルク検出値τ,入力電力Pi,および,
図2で示したインバータ4から得られる電圧指令デューティ比Dvを入力する。トルク指令値τ*は、後述するテーブル自動生成時のシーケンスに応じて内部で生成される。速度指令値ωm*は、
図1の負荷装置2に出力される。内部で生成したd軸電流指令値id*および補正後q軸電流指令値iq*はインバータ4に出力される。
【0069】
図3に示すように、指令値設定処理部13は、負荷装置2から得られた速度検出値ωmと、トルクメータ3から得られたトルク検出値τを監視し、任意に設定した定常動作点(速度指令値ωm*,トルク指令値τ*)と一致していることを確認する機能と,動作点を変更するシーケンスを実施する。
【0070】
トルク制御器14は、トルク指令値τ*とトルク検出値τが一致するように制御する調整器であり、一般的なPID制御等 で追従制御を実現すれば良い。トルク制御器14の出力は、制限処理前のq軸電流指令値iq0*とし、後段の電流振幅制限処理部15に出力する。
【0071】
d軸電流調整器16は、 電流振幅Im,電圧指令デューティ比Dv,トルク誤差Δτ,入力電力Piを入力として、後述する最適なd軸電流指令値を決定し、制限処理前のd軸電流指令値id0*として出力する。
【0072】
電流振幅制限処理部15は、制限処理前のd軸電流指令値id0*と制限処理前のq軸電流指令値iq0*に対して、任意に設定した電流振幅制限値Imsatで各電流指令値の大きさを制限する。制限処理前の電流振幅は(6)式で計算し、Im>Imsatとなる場合はd軸電流指令値id*=id0*×(Imsat/Im),q軸電流指令値iq1*=iq0*×(Imsat/Im)で制限すれば良い。 Im≦Imsatの場合は、そのままd軸電流指令値id*=id0*,制限処理後のq軸電流指令値iq1*=iq0*が出力される。
【0074】
トルクリプル抑制制御部12は、トルク検出値τからリプルを打ち消すようにトルクリプル補償信号iqc*を生成する。トルクリプル補償信号はiqc*として制限処理後のq軸電流指令値iq1*に加算する。本実施形態1は、トルクリプル抑制制御手法を限定しないが、ここでは一例として、一般化周期外乱オブザーバ方式を用いたトルクリプル抑制制御を簡単に説明する。
【0075】
図4は、
図3におけるトルクリプル抑制制御部12の基本構成図である。はじめに、トルクリプル成分抽出部33において、トルク検出値τからトルクリプル成分Tnを抽出する。トルクリプルはモータの回転数に依存した周波数成分として知られており、例えば、電気的回転周波数の6次成分など複数の次数で発生する。
【0076】
そこで、速度検出値ωmにモータ極対数を乗じた電気的周波数ωeに応じて、そのn倍周波数成分に同期した回転座標系、すなわち、トルクリプル同期座標系(ここでは、dnqn座標系と称する)を構築する。n次のトルクリプル周波数n・ωeで回転する位相をn・θと定義すると、トルクリプル周波数成分は(7)式で抽出できる。ただし、基準位相θの余弦成分をdn軸,正弦成分をqn軸として定義する。
【0078】
Tdn:トルクリプルdn軸成分,Tqn:トルクリプルqn軸成分,t:時間,s:ラプラス演算子,Lはラプラス変換,GF(s)は周波数成分をdnqn回転座標上の直流値として抽出するための任意の低域通過フィルタである。
【0079】
dn軸を複素ベクトルの実軸,qn軸を虚軸と表現すれば、dnqn座標系で抽出されたトルクリプル成分Tnは、1次元複素ベクトルとして(8)式のように表現できる。
【0081】
次に抽出したn次トルクリプル成分Tnを抑制する補償信号を生成するために
図5に示す周期外乱オブザーバ17を用いる。
図4の周期外乱オブザーバ17の内部構成図は、
図5の17に相当する。
【0082】
図5に示すように、加算器28において、トルクリプル補償成分Icn*に周期外乱電流dInを加算すると、実システム入力電流Inが算出される。乗算器29において、実システム入力電流Inに実システムの伝達特性Pnを乗算するとトルク検出値τを算出される。トルク検出値τは(7)式によりトルクリプル成分Tnが演算される。
【0083】
前述したとおり、トルクリプル周波数成分に同期したdnqn座標系において周期外乱オブザーバを構成する。すなわち、特定の周波数成分のみに着目し、制御システムを構築する。
【0084】
トルクリプル補償成分Icn*からトルク検出値τまでの実システム伝達特性をPnとすると、dnqn座標系においては実システム伝達特性Pnも1次元複素ベクトルで(9)式のように表現できる。なお、実システム伝達特性Pnには、モータ特性・インバータ特性,機械特性,センサ特性,無駄時間などの要素が含まれているが、特定周波数成分のみで表現することで、単純な1次元複素ベクトルで一般化されている。
【0086】
次に、周期外乱オブザーバ17について説明する。基本的には通常の外乱オブザーバ方式を踏襲しているが、本方式は複素ベクトル表現を用いたトルクリプル同期座標で構成するため、トルクリプル成分Tnから周期外乱電流dInを推定するための逆モデルには、(9)式の1次元複素ベクトルの逆数,すなわち(10)式を用いればよい。
【0088】
乗算器30により(10)式を用いて、(11)式のように周期外乱電流dInを含む実システム入力電流Inの推定値In^を演算する。
【0090】
(11)式は周期外乱成分を含む電流推定値のため、減算器31により、実システム入力電流Inの推定値In^からトルクリプル補償成分Icn*に低域通過フィルタGF(s)を介した値を差し引き、(12)式のように周期外乱電流推定値dIn^のみを抽出する。
【0092】
なお、GF(s)は(7)式で使用した低域通過フィルタである。
【0093】
加算器32において、(12)式の周期外乱電流推定値dIn^に周期外乱電流指令値dIn*(通常0)を加算し、トルクリプル補償成分Icn*を算出することで、周期外乱を抑制できる。
【0094】
周期外乱オブザーバ17で生成したトルクリプル補償成分Icn*は抑制対象次数ごとに出力されるため、
図4における補償信号生成部18では、(13)式のように時間波形に展開した補償信号iqcn*を生成し、全次数の補償信号を総和したものをトルクリプル補償信号iqc*として出力する。
【0096】
上述のように生成したトルクリプル補償信号iqc*は、
図3の制限処理後のq軸電流指令値iq1*に重畳する。
【0097】
仮に、q軸電流指令値ではなくトルク指令値τ*にトルクリプル補償信号を重畳した場合、トルク制御器14を介してトルクリプル補償信号Iqc*をシステムに入力することになる。直流成分のトルクを制御するトルク制御器14は低応答な制御設計がなされているため、補償信号のリプル成分が減衰して、十分にトルクリプルを補償できない。したがって、
図3に示したように、トルク制御器14の出力側で制限処理後のq軸電流指令値iq1*にトルクリプル補償信号iqc*を加算する構成を採用している。
【0098】
以上、
図3の自動調整装置5の各部の基本機能について説明した。
【0099】
次に、自動調整装置5全体の作用・動作について、
図6のフローチャートを用いて説明する。
【0100】
S1:
図3の指令値設定処理部13では、回転速度とトルクの二次元でd軸電流指令値id*と補正後q軸電流指令値iq*の演算に用いる電流指令テーブルおよびトルクリプル補償テーブルを生成するため、回転数(速度指令値ωm*)およびトルク(トルク指令値τ*)のテーブルデータ範囲と点数を設定する。
【0101】
データを取得する動作点は、定トルク範囲,定出力範囲などのモータ仕様を考慮して任意に設定する。また、モータの各種パラメータの温度依存性を考慮し、十分な暖機運転を行ってからテーブル自動生成処理を開始する。
【0102】
そのほか、電流振幅制限値Imsatおよび電圧振幅制限値Vmsatなど、後述の処理で利用する各種パラメータや初期値等を予め設定する。
【0103】
S2: S1にて予め設定された全動作点において、d軸電流指令値id*,q軸電流指令値iq*とトルクリプル補償信号iqc*を順次決定する処理を繰り返す。ある1つの動作点において、d軸電流指令値id*,制限処理後のq軸電流指令値iq1*(iq1*は制限処理後のiq0*であり、トルクリプル補償信号iqc*を重畳する前の基本波成分q軸電流指令に相当する値),トルクリプル補償信号iqc*のdn軸成分Icdn*とqn軸成分Icqn*のデータを取得し、次の動作点に順次移行する処理を行う。全動作点のデータが取得されるまで自動的に繰り返されるシーケンスである。
【0104】
S3:S1,S2で設定された速度指令値ωm*を
図1における負荷装置2に送信し、回転速度を所望の値に制御する。負荷装置2では速度制御が行われており、速度検出値ωmを自動調整装置5に返す。
図3の指令値設定処理部13において、速度検出値ωmが所望の速度指令値に一致していることを確認し、S4へ移行する。
【0105】
S4:S2で設定されたトルク指令値τ*とトルク検出値τが一致するように、
図3のトルク制御器14でトルクフィードバック制御を行う。トルク指令値τ*とトルク検出値τの偏差は一般的なPID制御などを用いて追従制御し、PID制御出力を制限処理前q軸電流指令値iq0*とする。
【0106】
このとき、d軸電流指令値id*の初期値は0とする(id=0制御,d軸電流調整については後段で処理)。トルク検出値τが設定値に一致したことを確認し、S5に移行する。また、トルク誤差をΔτ(=τ*−τ)とし、d軸電流調整器16に入力する。
【0107】
S5:
図3のトルクリプル抑制制御部12で説明したとおり、S3,S4で設定された回転速度,トルクの定常状態においてトルクリプル抑制制御を実施する。その動作点においてトルクリプル補償信号iqc*を生成し、制限処理後のq軸電流指令値iq1*に重畳する。
【0108】
本処理を行うと、モータにリプルを打ち消すための周波数成分が重畳されるため、モータの非線形性によってトルク直流成分に影響を与えることになるが、S4でトルクフィードバック制御を行っているため、その影響も考慮して自動的にトルク誤差Δτを補正することができる。すなわち、トルクリプル抑制精度とトルク精度を両立することができる。
【0109】
図6のd軸電流調整,
図3のd軸電流調整器16では、S4においてトルク制御器14によりトルクフィードバック制御でq軸電流指令値が自動的に制御された状態、かつ、S5のトルクリプル抑制制御が実施された状態で、最適な制限処理前のd軸電流指令値id0*を探索する処理を行う。
【0110】
図3に示すとおり、d軸電流調整器16は入力電力Pi,トルク誤差Δτ,電流振幅Im,電圧指令デューティ比Dvの情報を用いて、電流・電圧振幅値の制限を考慮しながらd軸電流指令値を探索する。本実施形態1では最大効率制御を目指すため、同一のトルクで入力電力Piが最小(つまり、効率が最大)となるd軸電流を求める。
【0111】
S6:まず、電流振幅Imおよび電圧指令デューティ比Dvを用いて、電流振幅Im,電圧振幅が、S1で設定した電流振幅制限値Imsatおよび電圧振幅制限値Vmsatを超えているか否かを判定する。なお、電圧振幅制限値Vmsatは直流電圧Vdcで除して電圧指令デューティ比制限値Dvsatに単位変換し、インバータ制御部からフィードバックされてきた電圧指令デューティ比Dvと比較すればよい。
【0112】
電流もしくは電圧の振幅が制限された状態である場合は、S7へ移行する。制限されていない場合は、S8へ移行する。
【0113】
S7の「トルク誤差最小点探索」のモード(第1の探索モード)は、d軸電流指令値id*=0を初期値とした状態で電流振幅もしくは電圧振幅が制限されるため、そのままではS4のトルクフィードバック制御が追従できないことを意味する。
【0114】
したがって、d軸電流指令値id*を負方向に流すことで、最大トルク/電流制御や弱め磁束制御となる方向にd軸電流指令値id*の動作点を移動し、電流・電圧の制限を緩和しながらトルク誤差Δτをなくす必要がある。
【0115】
そこで、制限処理前のd軸電流指令値id0*を変化させたときのトルク誤差Δτを監視し、トルク検出値τがトルク指令値τ*と一致するまでd軸電流を変化させる。トルク誤差Δτが0となる、あるいはトルク誤差Δτが最小となるd軸電流指令値id*を探索し、d軸電流指令値id*を収束させる。探索手法は特に限定しないが、一般的な山登り法、最急勾配法などを用いれば良い。
【0116】
例えば、d軸電流指令値id*=0の初期値から任意のステップ幅で制限処理前d軸電流指令値id0*を負方向に変化させる。変化前後のトルク誤差Δτを観測し、変化前よりトルク誤差Δτが小さくなればさらに負方向に制限処理前のd軸電流指令値id0*を変化させる。本処理を繰り返すことで、電流振幅が最小となるd軸電流指令値id*を探索できる。
【0117】
このとき、制限処理前のd軸電流指令値id0*を変化させるとトルク検出値τも変化することになるが、S4の処理(
図3のトルクフィードバック制御)が効いているため、制限処理前のd軸電流指令値id0*の変化に応じてトルク検出値τはトルク指令値τ*に常に一致するように、制限処理前のq軸電流指令値iq0*が自動的に調整される。
【0118】
また、制限処理前のd軸電流指令値id0*の変更に伴い、制限処理前のd軸電流指令値id0*と制限処理前のq軸電流指令値iq0*のバランスも変化するため、マグネットトルクとリラクタンストルクのリプルが複合的に発生する埋込磁石同期モータ1ではトルクリプル特性も変動する。
【0119】
トルクリプル特性の変動についても、S5のトルクリプル抑制制御(一般化周期外乱オブザーバ)がフィードバック制御でトルクリプル補償信号Iqc*を生成するため、d軸電流調整時も自動的にトルク精度とトルクリプル抑制精度を維持することができる。
【0120】
S8の「入力電力最小点探索」モード(第2の探索モード)は、トルク誤差Δτが0で電流・電圧振幅が制限されていない状態において、入力電力が最小(すなわち、最大効率制御)となるd軸電流指令値id*を探索する処理を行う。探索手法は上述の通り、d軸電流指令値を変更したときの入力電力の変化を見て、山登り法などの一般的な手法で入力電力最小点を探索する。
【0121】
S9の「収束判定」では、S7の「トルク誤差最小点探索」もしくはS8の「入力電力最小点探索」の処理を実施した後、最小点に収束したことを判定する。通常は、電流・電圧制限範囲内で入力電力が最小となるd軸電流指令値id*および補正後q軸電流指令値iq*に収束するが、電流・電圧振幅制限のためにd軸電流を調整してもトルク誤差Δτが残留する場合は、トルク誤差Δτが最小となる点に収束したことを判定する。
【0122】
また、トルク誤差Δτが0であっても、電流もしくは電圧振幅、または、その両方の制限値に達する場合がある。その場合、電流・電圧振幅の制限にかかるモード(S7:トルク誤差最小点探索)と、制限値にかからないモード(S8:入力電力最小点探索)の2つのモードを繰り返し状態遷移することになる。
【0123】
この場合は、探索処理中の上述の2つのモードの状態遷移回数と継続時間を判定し、トルク誤差Δτが0であり、かつ、入力電力最小(最大効率)となる動作点として収束させる。以上より、トルク誤差Δτが最小もしくはトルク誤差Δτが0で入力電力最小となるようにd軸電流指令値id*,補正後q軸電流指令値iq*を自動的に求めることができる。
【0124】
S10の「トルク誤差評価」では、d軸電流指令値id*および補正後q軸電流指令値iq*が収束した後もトルク誤差Δτが残留しているかを判定する。上述のようにモータやインバータの制約上、設定した回転速度とトルクを出力できない限界点に達した場合、d軸電流を調整してもトルク誤差Δτが0とならない場合がある。これは、動作点設定自体に限界があることを意味しているため、その回転数においては、トルク指令値τ*自体を変更する必要がある。
【0125】
S11:トルク誤差Δτが残留している場合は、トルク指令値τ*の設定値を変更し、次の動作点に移行する。
【0126】
以上が、
図6の「d軸電流調整」の処理内容となる。これにより、任意の動作点における電流・電圧振幅制限とトルクリプル抑制制御の直流トルクヘの影響を考慮して、最大効率を実現するd軸電流指令値id*および補正後q軸電流指令値iq*を求めることができる。
【0127】
S12の「id*,iq1*,Icdn*,Icqn*データ記録」 では、前段までの処理で求められた制限処理前のd軸電流指令値id0*,制限処理前のq軸電流指令値iq0*に電流振幅制限処理を介して出力されたd軸電流指令値id*,制限処理後のq軸電流指令値iq1*をそれぞれメモリに記録する(iq1*は、トルクリプル補償信号重畳前のq軸電流指令値)。併せて、トルクリプル補償信号iqc*のdn軸成分Icdn*およびqn軸成分Iqcn*をメモリに記録する。また、そのときの設定条件である速度検出値ωmとトルク指令値τ*も記録する。
【0128】
トルクリプル補償信号iqc*は、複数の次数の合成値かつ交流波形となるため、一定値として記録することができない。そこで、時間波形に展開する前のdnqn軸成分の係数(直流値)であるIcdn*,Icqn*を一定値として各次数で記録し、必要なメモリ容量を節約する。
【0129】
S13の 「テーブル自動生成処理ループ終了」では、S1で設定した全動作点でd軸電流指令値id*,制限処理後のq軸電流指令値iq1*,トルクリプル補償信号iqc*のdn軸成分Icdn*,qn軸成分Iqcn*のデータ取得が完了するまで、テーブル自動生成処理ループを繰り返す。全動作点のデータを取得した後,S14に移行する。
【0130】
S14 の「全動作点のid*,iq1*,Icdn*,Icqn*データ読み出し」では、全動作点のd軸電流指令値id*,制限処理後のq軸電流指令値iq1*,トルクリプル補償信号iqc*のdn軸成分Icdn*,qn軸成分Icqn*のデータを読み出し、S15に移行する。
【0131】
S15 の「電流指令テーブルおよびトルクリプル補償テーブル生成」では、S14で読み出した全動作点のd軸電流指令値id*,制限処理後のq軸電流指令値iq1*のデータから、回転速度とトルクを入力とした二次元テーブルとして電流指令テーブルを生成する。同じく、全動作点のトルクリプル補償信号iqc*のdn軸成分Icdn*,qn軸成分Icqn*から、回転速度とトルクを入力とした二次元テーブルとしてトルクリプル補償テーブルを生成する。
【0132】
テーブル化に際しては、正規化や種々のデータ補完(例:キュービックスプライン補完など)を行う。テーブルは2入力(回転数とトルク)1出力(id*,iq1*,Icdn*,Iqcn*のいずれか)という形式のデータとなり、d軸電流指令値id*用,q軸電流指令値iq*用,トルクリプル補償信号iqc*のdn軸成分Icdn*用,qn軸成分Icqn*用の4種類が生成される。
【0133】
ただし、トルクリプル補償信号iqc*のdn軸成分Icdn*,qn軸成分Icqn*については、抑制対象次数ごとに生成するため、例えばトルクリプル6次成分と12次成分を同時抑制した場合は、Icd6*,Icq6*,Icd12*,Icq12*が生成され、1次数増える毎に2種類のテーブルが追加される。
【0134】
以上のすべてのテーブルが生成された後にテーブル自動生成処理を終了する。
【0135】
次に、自動生成されたテーブルをインバータ4で利用するための実装形態について説明する。自動生成した電流指令テーブルおよびトルクリプル補償テーブルは、インバータ4内部のマイコン等にプログラムとして実装し、モータ1の動作状態(トルク指令値τ*と速度検出値ωmの状態)に応じて、適合するd軸電流指令値id*,制限処理後のq軸電流指令値iq1*,トルクリプル補償信号iqc*のdn軸成分Icdn*,qn軸成分Icqn*のテーブルデータを線形補完などで読み出し、d軸電流指令値id*,制限処理後のq軸電流指令値iq1*,トルクリプル補償信号iqc*として利用する。
【0136】
したがって、各テーブルを自動生成した後は、
図1で示したようなトルクフィードバック等の装置構成を必要とせず、インバータ4単体でモータ1を駆動すれば良い。
【0137】
図1の装置は、実測に基づいて高精度な電流指令テーブルならびにトルクリプル補償テーブルを自動調整ならびに自動生成する時のみに使用される構成である。
【0138】
図7は、電流指令テーブルおよびトルクリプル補償テーブルを、−般的なベクトル制御インバータに実装する場合の利用形態の例である。
【0139】
図7の利用形態について説明する。
図1,
図3の自動調整装置5の構成および
図6のフローチャートで自動生成された電流指令テーブル25およびトルクリプル補償テーブル24は、トルク指令値τ*と速度検出値ωmを引数とした2次元テーブルの形式で実装される。電流指令テーブル25からはd軸電流指令値id*と制限処理後のq軸電流指令値iq1*が出力される。
【0140】
また、トルクリプル補償テーブル24からは、トルクリプル補償信号iqc*の各次数のdnqn座標における係数Icdn*,Icqn*が出力される。前述の通り、補償対象次数の数に応じてテーブルと係数の数も追加される。
【0141】
トルクリプル補償信号合成部26では、(13)式で示したように回転位相θを用いて時間波形に変換し、トルクリプル抑制対象の全次数の補償信号を合成し、トルクリプル補償信号iqc*とする。d軸電流指令値id*,制限処理後のq軸電流指令値iq1*,トルクリプル補償信号iqc*は、インバータ制御部に出力される。
【0142】
トルクリプル補償信号iqc*は制限処理後のq軸電流指令値iq1*に加算してq転電流指令値iq*(トルクリプル補償信号重畳)とする。後段のベクトル制御部27では、回転座標上の電流ベクトル追従制御が行われる。その結果、出力されるd軸電圧指令値vd*およびq軸電圧指令値vq*は、座標逆変換部7において三相電圧指令値vu*,vv*,vw*に逆変換され、PWM制御部11による三角波キャリア比較等のPWM制御でゲート信号を生成しインバータ4を制御する。
【0143】
本実施形態1における自動調整装置および制御手法の特長は、トルクフィードバック制御とトルクリプル抑制制御を同時に実施してq軸電流の自動制御を維持しつつ、高効率化される最適なd軸電流を探索する点である。さらに、モータ1やインバータ4の電流振幅・電圧振幅の仕様上の制限と、トルクリプル抑制によって新たに発生する直流トルク誤差を考慮して、自動的に最高効率となるd軸電流およびq軸電流の指令値を決定できる点である。
【0144】
本実施形態1によれば、モータ1のd軸電流指令値id*および補正後q軸電流指令値iq*(各軸の電流振幅・位相)を決定するにあたり、トルク誤差低減(高精度化)と高効率化の実現に寄与する。さらに、トルクリプル補償によって発生するトルク誤差Δτをも考慮してトルク精度を向上することにも寄与し、トルクリプル低減も同時に実現することができる。
【0145】
また、テーブル生成処理を自動化することで、テーブル生成に係る工数を削減できるので、省力化にも大きな効果がある。
【0146】
また、本実施形態1によれば、 電流指令テーブルとトルクリプル補償テーブルをインバータ制御に適用することによって、定常トルク制御の精度とトルクリプル補償制御の精度の両方を向上させることができる。
【0147】
[実施形態2]
一般に、永久磁石を用いた同期モータは、負のd軸電流を流すことでd軸電機子反作用による減磁効果を用いることができる。これにより、d軸方向の磁束を減少させる弱め磁束制御が可能となり、モータ1の場合はモータ特性の改善にも繋がる。しかしながら、過度な減磁起磁力は永久磁石に対して不可逆減磁を引き起こす可能性があるため、負のd軸電流の大きさを制限する必要がある。
【0148】
そこで本実施形態2では、電流振幅・電圧振幅制限に加えて,d軸電流指令値id*の大きさ|id*|も制限する。例えば、
図3の電流振幅制限処理部15に実施形態1の電流振幅制限処理に加え、d軸電流指令値id*の大きさ|id0*|がd軸電流制限値|id_sat|を超えた場合に制限するリミッタを設ける。本処理を加えることで、永久磁石の不可逆減磁の恐れがあるd軸電流条件を禁止することができる。
【0149】
[実施形態3]
図6の電流指令テーブル自動生成フローチャートにおいて、実施形態1では「d軸電流調整」のS10「トルク誤差評価」の処理で、d軸電流の探索が収束した後もトルク誤差Δτが残留する場合は、S11においてトルク指令値τ*を変更する処理を実施している。
【0150】
トルク誤差Δτが残留する場合は、そのときの回転速度におけるトルク出力の運転限界であり、予め設定したトルク指令値τ*に追従させることはできない。したがって、そのときのトルク指令設定値のデータはメモリに記録せず、次の動作点に移行させていた。
【0151】
本実施形態3では、上述のようにトルク誤差Δτが残留する場合において、設定されたトルク指令値τ*からトルク誤差Δτの最小点探索結果減算して、減算後のトルクを新たなトルク指令値τ*とし、S12の「id*,iq1*,Icdn*,Icqn*データ記録」で記録する。
【0152】
例えば、トルク誤差Δτが残留する場合におけるトルク誤差最小点探索結果をΔτminとした場合、新たなトルク指令値はτ*−Δτminとなる。この新たなトルク指令値τ*−Δτminと、そのときの回転速度指令値ωm*およびd軸電流指令値id*,q軸電流指令値iq1*を、S12の「id*,iq1*,Icdn*,Icqn*データ記録」で記録する。
【0153】
本実施形態3によれば、任意回転速度における運転限界のトルク値を動作点として自動的に追加設定し、最大トルクのデータを記録することができる。
【0154】
[実施形態4]
これまでの実施形態1〜3では、
図6の「d軸電流自動調整」において、d軸電流の初期値をid*=0として調整を開始していた。d軸電流は0を初期値として負方向に調整され、例えば定常動作点において入力電力が最小(最大効率)となるd軸電流を探索した。
【0155】
探索アルゴリズムには、例えば山登り法や最急降下法などの一般的な手法を用いればよいが、探索回数を低減して収束速度を速めるためには、d軸電流の初期値が最適点に近いことが望まれる。
【0156】
また、q軸電流は
図3のトルク制御器14のフィードバック制御で決定づけられるが、トルク制御器14出力の初期値、すなわち、制御処理前のq軸電流指令値iq0*の初期値についても、解析結果から各動作点の初期値を設定することが可能であり、その場合はトルクフィードバック制御の収束が速くなる。
【0157】
そこで、本実施形態4では、シミュレーション等の解析結果から、予め最大効率となるd軸電流、および、q軸電流を計算しておき、それを各動作点で初期値として設定し、テーブル生成時に適用する。解析結果を得る手法は任意であるが、例えば、有限要素法等を用いた電磁界解析結果からd軸電流,q軸電流の初期値を求めておく。
【0158】
より簡易的に実施するならば、モータ1の一般的なトルク式(14)式および解析式が得やすい最大トルク/電流制御の解析式(15)式を用いて、各動作点におけるd軸電流,q軸電流を数値的に求め、それを初期値に設定して最適点探索アルゴリズムやトルクフィードバック制御を実施すれば良い。
【0160】
解析結果には各種要因による誤差が含まれるため、初期値における誤差を補正するように探索アルゴリズムが機能する。
【0161】
本実施形態4によれば、解析結果を用いてd軸電流指令値および補正後q軸電流指令値の初期値を設定するため、最適点探索アルゴリズムの収束速度を速めて、電流指令テーブル自動調整システムの調整時間を短縮することができる。
【0162】
[実施形態5]
これまでの実施形態1〜4では、インバーターモータの総合効率を優先し、最大効率制御に基づいて電流指令テーブルを自動生成したが、意図的に銅損を減らしたい、あるいは、電流振幅制限を緩和したい場合は、最大トルク/電流制御を用いることもできる。
【0163】
装置構成は
図1,制御構成は
図3を用いれば良い。最大トルク/電流制御では、同一トルクで電流振幅が最小となるようにd軸電流を調整するため、
図8に示すフローチャートで電流振幅最小点を探索する。
図8は、実施形態1の
図6のフローチャートと基本的に同じ処理を行えばよい。
図6からの変更は、S8の「入力電力最小点探索」をS16の「電流振幅最小点探索」としている点のみである。すなわち、S16の「電流振幅最小点探索」モードが第2の探索モードとなる。
【0164】
したがって、電流・電圧振幅制限にかからない場合は、電流振幅最小点を任意の探索アルゴリズムで決定し、制限にかかる場合は
図6と同様にトルク誤差最小点を探索するモードに切り替えれば良い。
【0165】
本実施形態5によれば、モータやインバータの電流振幅・電圧振幅の仕様上の制限を考慮して、制限された状態においても最大トルク/電流制御(電流振幅最小)を満たすd軸電流指令値id*および補正後q軸電流指令値iq*の指令値を自動的に決定できることができる。
【0166】
[実施形態6]
本実施形態6では、モータ1の鉄損を最小化して電圧制限の緩和を優先したい場合に最大トルク/磁束制御(最大トルク/誘起電圧制御)を実現する電流指令テーブル自動調整手法を提供する。
【0167】
装置構成は
図1,制御構成は
図3を用いれば良い。最大トルク/磁束制御では、同一トルクで電圧振幅が最小(つまり、電圧指令デューティ比Dvが最小)となるようにd軸電流を調整するため、
図9に示すフローチャートで電圧指令デューティ比の最小点を探索する。
【0168】
図9は、
図6のフローチャートと基本的に同じ処理を行えばよい。
図6からの変更は、S8の「入力電力最小点探索」をS17の「電圧指令デューティ比最小点探索」としている点のみである。すなわち、S17の「電圧指令デューティ比最小点探索」モードが第2の探索モードとなる。
【0169】
したがって、電流・電圧振幅制限にかからない場合は、電圧指令デューティ比最小点を任意の探索アルゴリズムで決定し、制限にかかる場合は
図6と同様にトルク誤差最小点を探索するモードに切り替えれば良い。
【0170】
本実施形態6によれば、モータやインバータの電流振幅・電圧振幅の仕様上の制限を考慮して、制限された状態においても最大トルク/磁束制御(電圧振幅最小)を満たすd軸電流指令値id*および補正後q軸電流指令値iq*を自動的に決定できることができる。
【0171】
[実施形態7]
本願発明では、制限処理後のq軸電流指令値iq1*にトルクリプル補償信号iqc*を重畳してトルクリプルを打ち消す制御を実施している。その結果、インバータ4のPWM制御部に与える電圧指令値も、トルクリプルと同じ周波数成分が重畳される。したがって、自動調整装置5へフィードバックする電圧指令デューティ比Dvは、トルクリプルと同じ周波数成分で変動している。
【0172】
この変動は、前述までの実施形態1〜6において、電圧指令制限状態の監視の障害となる。また実施形態6で述べた最大トルク/磁束制御においては、電圧指令デューティ比最小点探索の誤動作等の障害にもなる。
【0173】
そこで、本実施形態7では、自動調整装置5において、インバータ4の制御部からフィードバックされた電圧指令デューティ比Dvに対して直流成分のみを抽出する処理を施す。直流成分の抽出方法は任意であるが、例えば、
図3のd軸電流調整器16に入力される電圧指令デューティ比Dvに対して、トルクリプル周波数成分を十分に除去できるカットオフ周波数に設定された低域通過フィルタを挿入すれば良い。
【0174】
なお、このような直流成分抽出フィルタは、自動調整装置5にフィードバックされる電圧指令デューティ比Dvのみに挿入するものであるため、実際の電圧はトルクリプルを補償するリプル成分が重畳されている。したがって、トルクリプル抑制制御を実施しながら、自動調整アルゴリズムの誤動作のみを防止することができる。
【0175】
本実施形態7によれば、トルクリプル補償信号iqc*によって発生する電圧指令デューティ比Dvの変動について、自動調整装置5へのフィードバック信号(電圧指令デューティ比)Dvに直流成分抽出フィルタを備えることで、自動調整アルゴリズムの誤動作を防止することができる。
【0176】
[実施形態8]
トルクリプル抑制制御を行うと、電圧指令値にはトルクリプルを打ち消すためのリプル成分が重畳される。実際のインバータは出力できる電圧に制限があるため、トルクリプル補償によるリプル成分が電圧制限値に達した場合はトルクリプル抑制制御の効果は得られない。一方で、定常トルクとしては出力電圧制限下であっても可能な限りトルク指令値τ*に追従することが望まれる。
【0177】
そこで、本実施形態8では、電圧制限値に近い領域(電圧飽和領域近傍)では、トルクリプル抑制制御によるトルクリプル補償信号iqc*を低減し、定常トルク(トルクの直流成分)が可能な限り追従するように優先する処理を追加する。
【0178】
図10は、本実施形態8のフローチャートを示している。本実施形態8では、電圧飽和領域近傍で最大トルク/電流制御を実現する事例で説明する。d軸電流調整部以外は、
図8(実施形態5)のフローチャートと同一の処理を行う。
【0179】
S5のトルクリプル抑制制御を実施した状態で、S16の電流振幅最小点探索(最大トルク/電流制御)となるd軸電流を探索し、S9において収束判定を行う。
【0180】
電圧飽和領域近傍では、S5のトルクリプル抑制制御で重畳された電圧リプルにより電圧制限値に達する状態が多発するため、トルク誤差最小点を探索して電圧制限下でも可能な限りトルク指令値τ*に追従するような処理が与えられる。その後、S9の収束判定で収束と判断された場合、S10のトルク誤差評価部に移行する。上記までは実施例5と同様である。
【0181】
本実施形態8では、S10の「トルク誤差評価」において誤差ありと判断された場合、トルク指令値τ*に追従できない運転限界であることを意味するため、S18の「トルクリプル補償判定」で制限処理後のq軸電流指令値iq1*にトルクリプル補償信号iqc*が重畳されているかを判断する。トルクリプル補償ありの場合は、S19によりトルクリプル補償信号iqc*を低減し、S6の電流・電圧制限判定に戻る。
【0182】
トルクリプル補償信号iqc*の低減方法は任意であるが、例えば、元のトルクリプル補償信号iqc*に対して、0〜1のゲインを段階的に低減しながら乗じれば良い。トルクリプル補償信号iqc*のゲインが0となる(補償なし)、あるいは、トルクリプル補償信号iqc*の低減中にトルク誤差Δτなし、となるまで繰り返される。
【0183】
S19のトルクリプル補償低減処理の段階でトルク誤差Δτがなくなった場合は、S12の「id*,iq1*,Icdn*,Icqn*データ記録」に移行し、そのときの各値を記録すれば良い。
【0184】
トルクリプル補償低減処理によって最終的にゲインが0となった場合は、トルクリプル補償なしの状態となる。この状態でトルク誤差Δτが残留している場合は、その速度検出値ωmでトルク指令値τ*どおりにトルクを出力できない運転限界であることを意味するため、実施形態3で示したとおりトルク設定値を変更する処理を行ってS12の「id*,iq1*,Icdn*,Icqn*データ記録」に移行する。
【0185】
本実施形態8によれば、上述の処理を加えることで、電圧飽和領域近傍ではトルクリプル補償信号iqc*を低減し、定常トルク追従性を優先させることができる。