特許第6743322号(P6743322)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6743322生体試料中の(1→3)−β−D−グルカンの免疫学的分析方法、(1→3)−β−D−グルカン分析用キット、及び(1→3)−β−D−グルカンの免疫学的分析方法に使用するための生体試料用アルカリ前処理液
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6743322
(24)【登録日】2020年7月31日
(45)【発行日】2020年8月19日
(54)【発明の名称】生体試料中の(1→3)−β−D−グルカンの免疫学的分析方法、(1→3)−β−D−グルカン分析用キット、及び(1→3)−β−D−グルカンの免疫学的分析方法に使用するための生体試料用アルカリ前処理液
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20200806BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20200806BHJP
【FI】
   G01N33/53 S
   G01N33/543 501H
【請求項の数】11
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2020-506840(P2020-506840)
(86)(22)【出願日】2019年7月26日
(86)【国際出願番号】JP2019029353
(87)【国際公開番号】WO2020022467
(87)【国際公開日】20200130
【審査請求日】2020年2月6日
(31)【優先権主張番号】特願2018-141178(P2018-141178)
(32)【優先日】2018年7月27日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】390037327
【氏名又は名称】積水メディカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】特許業務法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】砂村 栄一郎
(72)【発明者】
【氏名】與谷 卓也
【審査官】 草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】 特開平06−070796(JP,A)
【文献】 特開平07−128337(JP,A)
【文献】 特開平04−346791(JP,A)
【文献】 特許第5054426(JP,B2)
【文献】 特開平11−196895(JP,A)
【文献】 特表2017−501399(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/107068(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ溶液を用いて生体試料を前処理する工程と
前記生体試料を中和する工程と
抗(1→3)−β−D−グルカンモノクローナル抗体を用いて、前記生体試料中の(1→3)−β−D−グルカンを分析する工程と
を含む、生体試料中の(1→3)−β−D−グルカンの免疫学的分析方法。
【請求項2】
前記生体試料が、血液、血漿、又は血清である、請求項1に記載の免疫学的分析方法。
【請求項3】
前記アルカリ溶液のpHが11以上である、請求項1又は2に記載の免疫学的分析方法。
【請求項4】
ELISAを用いる、請求項1〜3のいずれか一項に記載の免疫学的分析方法。
【請求項5】
以下の(a)及び(b)を含む、生体試料中の(1→3)−β−D−グルカン分析用キット
(a)第1の抗(1→3)−β−D−グルカンモノクローナル抗体を固定化した固相、及び
(b)生体試料用アルカリ前処理液。
【請求項6】
前記生体試料が、血液、血漿、又は血清である、請求項5に記載の(1→3)−β−D−グルカン分析用キット。
【請求項7】
前記(b)生体試料用アルカリ前処理液のpHが、11以上である、請求項5又は6に記載の(1→3)−β−D−グルカン分析用キット。
【請求項8】
(c)前記生体試料用アルカリ前処理液の中和用溶液をさらに含む、請求項5〜7のいずれか一項に記載の(1→3)−β−D−グルカン分析用キット。
【請求項9】
(d)標識物質で標識された第2の抗(1→3)−β−D−グルカンモノクローナル抗体をさらに含む、請求項5〜8のいずれか一項に記載の生体試料中の(1→3)−β−D−グルカン分析用キット。
【請求項10】
抗(1→3)−β−D−グルカンモノクローナル抗体を使用する生体試料中の(1→3)−β−D−グルカンの免疫学的分析方法に使用するための、生体試料用アルカリ前処理液。
【請求項11】
pHが11以上である、請求項10に記載の生体試料用アルカリ前処理液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体試料中の(1→3)−β−D−グルカン(以下、BGと称することがある)の免疫学的分析方法に関する。また、本発明は、生体試料中のBGを分析するためのキット及び生体試料中のBGの免疫学的分析方法に使用するための生体試料用アルカリ前処理液に関する。
【背景技術】
【0002】
β−D−グルカンは、複数のグルコース分子がβ型結合により結合した、グルコースのポリマーである。グルコースの1位の炭素原子は他のグルコースの5個の炭素である、1位、2位、3位、4位、及び6位の各々の炭素と結合可能である。自然界のβ−D−グルカンには、1位と3位(1→3)、1位と4位(1→4)、又は1位と6位(1→6)の結合の組み合わせが多いことが報告されている。
【0003】
β−D−グルカンは真菌の細胞壁構成成分であり、細菌等の他の微生物に見られない特徴的な物質である。この特徴により、β−D−グルカン分析は、深在性真菌症の検査に用いられている。深在性真菌症は、抵抗力が弱り免疫不全状態になった患者が罹患する日和見感染症の一種であり、患者は極めて重篤な状態に陥る。代表的な深在性真菌症の原因菌として、Candida属とAspergillus属が挙げられる。これらの原因菌の細胞壁にはBGが共通して存在することから、体液中のBGの測定が、深在性真菌症感染の補助診断のために使用されている。
【0004】
現在、カブトガニが持つBGへの防御反応を利用したリムルス試薬が、深在性真菌症の検査に使用されている(特許文献1及び2)。このリムルス試薬は、体外診断用医薬品として認可されている。しかしながら、このリムルス試薬を使用する方法は、天然資源であるカブトガニの血液を必要としており、資源の枯渇が懸念されることに加え、一定の品質を保つことにコストがかかる。また、複数工程を必要とする用手法であるためバラつきが出やすいこともこの方法の欠点として挙げられる。
【0005】
近年、リムルス試薬が有する欠点を解消し、BGをより迅速にかつ簡易的に測定するために、BGを認識する抗体を用いてBGを測定することが試みられている(特許文献3及び4、非特許文献1〜3)。しかしながら、これらの方法に用いられている抗体は、BGの測定感度に関してリムルス試薬には遠く及ばないものであった。したがって、臨床用に、すなわち、真菌由来のBGを含む血漿などの実検体において使用できる、BGを測定するための免疫学的分析方法は未だ存在しない状況であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第5089375号公報
【特許文献2】特許第3553656号公報
【特許文献3】特開平4−346791号公報
【特許文献4】特許第5054426号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Use of beta−1,3−glucan−specific antibody to study the cyst wall of Pneumocystis carinii and effects of pneumocandin B0 analog L−733,560.Antimicrobial Agents and Chemotherapy 1994 Oct;38(10):2258−2265。
【非特許文献2】Plasma (1→3)−β−D−glucan assay and immunohistochemical staining of (1→3)−β−D−glucan in the fungal cell walls using a novel horseshoe crab protein (T―GBP) that specifically binds to(1→3)−β−D−glucan Journal of Clinical Laboratory Analysis 1997 Volume 11, Issue 2, 104−109。
【非特許文献3】A novel monoclonal antibody recognizing beta(1−3) glucans in intact cells of Candida and Cryptococcus.APMIS 2008 Oct;116(10):867−876。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように、BGを認識する抗体を用いてBGを測定する従来の技術では、BGの測定感度に関して、リムルス試薬には及ばなかった。したがって、BGの検出感度がリムルス試薬と同等であり、そして操作が簡便である、抗体を利用したBG分析法が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討し、BGを特異的に認識する抗体を作出した。さらに、生体試料に対してアルカリ溶液による前処理を行うことで、感度がリムルス試薬と同等であるBGの免疫学的分析方法を行うことが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、従来の抗体を使用するBGの免疫学的分析方法は感度が低く、臨床的に用いることができる感度ではなかった。本発明においては、アルカリ溶液を用いた生体試料の前処理とBGに特異的に反応する抗(1→3)−β−D−グルカンモノクローナル抗体(以下、抗BGモノクローナル抗体と称することがある)の使用とを組み合わせることにより、生体試料中のBGを高感度で分析することが可能となったのである。すなわち、従来の抗体を使用するBGの免疫学的分析方法は、生体試料1mL中にナノグラム単位で存在するBGを検出可能であるが、本発明の免疫学的分析方法では、生体試料1mL中にピコグラム単位で存在するBGまで検出可能である。
具体的に、本発明は以下のとおりである。
<1>アルカリ溶液を用いて生体試料を前処理する工程と
抗(1→3)−β−D−グルカンモノクローナル抗体を用いて、前記生体試料中の(1→3)−β−D−グルカンを分析する工程と
を含む、生体試料中の(1→3)−β−D−グルカンの免疫学的分析方法、
<2>前記生体試料が、血液、血漿、又は血清である、<1>に記載の免疫学的分析方法、
<3>前記アルカリ溶液のpHが11以上である、<1>又は<2>に記載の免疫学的分析方法、
<4>ELISAを用いる、<1>〜<3>のいずれかに記載の免疫学的分析方法、
<5>以下の(a)及び(b)を含む、生体試料中の(1→3)−β−D−グルカン分析用キット
(a)第1の抗(1→3)−β−D−グルカンモノクローナル抗体を固定化した固相、及び
(b)生体試料用アルカリ前処理液、
<6>前記生体試料が、血液、血漿、又は血清である、<5>に記載の(1→3)−β−D−グルカン分析用キット、
<7>前記(b)生体試料用アルカリ前処理液のpHが、11以上である、<5>又は<6>に記載の(1→3)−β−D−グルカン分析用キット、
<8>(c)前記生体試料用アルカリ前処理液の中和用溶液をさらに含む、<5>〜<7>のいずれかに記載の(1→3)−β−D−グルカン分析用キット、
<9>(d)標識物質で標識された第2の抗(1→3)−β−D−グルカンモノクローナル抗体をさらに含む、<5>〜<8>のいずれかに記載の生体試料中の(1→3)−β−D−グルカン分析用キット、
<10>抗(1→3)−β−D−グルカンモノクローナル抗体を使用する生体試料中の(1→3)−β−D−グルカンの免疫学的分析方法に使用するための、生体試料用アルカリ前処理液、並びに
<11>pHが11以上である、<10>に記載の生体試料用アルカリ前処理液。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、感度がリムルス試薬と同等である、生体試料中のBGの免疫学的分析方法を行うことが可能である。本発明によれば、感度がリムルス試薬と同等である生体試料中のBGの免疫学的分析用キットを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】酸溶液による前処理又は熱による前処理と比較した、アルカリ溶液による前処理による本発明の効果を示すグラフである。
図2】酸溶液による前処理又は熱による前処理と比較した、アルカリ溶液による前処理による本発明の効果を示すグラフである。
図3】pHの違いが本発明の効果に及ぼす影響を示すグラフである。
図4】アルカリ溶液による前処理時間の検討結果を表すグラフである。
図5】アルカリ溶液による前処理時の温度条件の検討結果を示すグラフである。
図6】本発明のBGの免疫学的分析方法の検出下限の検討結果を表すグラフである。
図7】本発明のBGの免疫学的分析方法と市販のリムルス試薬との相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[1]生体試料中の(1→3)−β−D−グルカンの免疫学的分析方法
(生体試料)
本発明における「生体試料」としては、主に生体(生物)由来の固形組織及び体液を挙げることができ、体液を用いることが好ましい。本発明における生体試料は、より好ましくは、血液、血清、血漿、尿、唾液、喀痰、涙液、耳漏、又は前立腺液であり、さらに好ましくは血液、血清又は血漿であり、さらに好ましくは深在性真菌症に罹患している疑いのある対象の血液、血清又は血漿であり、最も好ましくはCandida属及び/又はAspergillus属を原因菌とする深在性真菌症に罹患している疑いのある対象の血液、血清又は血漿である。生体又は対象は、ヒト又は動物(例えば、サル、イヌ、ネコ、マウス、モルモット、ラット、ハムスター、ウマ、ウシ、ブタ、鳥類、及び魚類)を含み、好ましくはヒトである。
【0013】
(前処理)
本発明の免疫学的分析方法は、アルカリ溶液を用いて生体試料を前処理する工程を含む。前処理を行う時間は特に限定されず、例えば、30秒以内、1分以内、3分以内、又は5分以内である。前処理を5分以上行ってもよい。アルカリ溶液による前処理の前又は後に、本発明の効果が得られる限りにおいて、熱処理などを行うこともできる。なお、「アルカリ溶液を用いて生体試料を前処理する」とは、アルカリ溶液と生体試料とを接触させることを意味する。
【0014】
(アルカリ溶液)
本発明における前処理工程において使用されるアルカリ溶液は、本発明の効果が得られる限りにおいて特に限定されるものではないが、例えば、アルカリ金属の水酸化物を用いることができる。水酸化ナトリウム(NaOH)、水酸化カリウム(KOH)、又は水酸化リチウム(LiOH)が特に好ましい。
【0015】
アルカリ溶液のpHは、8以上、好ましくは9以上、より好ましくは10以上、さらに好ましくは11以上、最も好ましくは12以上である。アルカリ溶液のモル濃度は、本発明の効果が得られる限りにおいて限定されることはないが、例えばKOHを用いた場合は1mM以上、好ましくは4.5mM以上、より好ましくは9mM以上、さらに好ましくは18mM以上、さらに好ましくは35mM以上、最も好ましくは50mM以上である。
【0016】
(アルカリ溶液の温度)
本発明における前処理工程において使用されるアルカリ溶液の温度は、本発明の効果が得られる限りにおいて特に限定されるものではない。具体的には、例えば、下限として0℃以上、4℃以上、10℃以上、又は20℃以上であることができ、上限としては、70℃以下、60℃以下、50℃以下、40℃以下、又は37℃以下であることができる。具体的な範囲としては、0〜70℃が好ましく、4〜60℃がより好ましく、4〜50℃がさらに好ましく、4〜40℃が最も好ましい。
【0017】
本発明における前処理工程において使用されるアルカリ溶液のpH及び温度は、pHが9以上且つ温度が4〜70℃であることが好ましく、pHが10以上且つ温度が4〜60℃であることが好ましく、pHが11以上且つ温度が4〜50℃であることがさらに好ましく、pHが12以上且つ温度が4〜40℃であることが最も好ましい。
【0018】
(アルカリ溶液の中和)
アルカリ溶液を用いて生体試料を処理した後、アルカリ溶液を中和することが好ましい。アルカリ溶液の中和に使用する溶液としては、本発明の効果が得られる限りにおいて限定されることはないが、例えば、Tris/HCl等が挙げられる。中和後のpHは、使用する抗体及び生体試料に応じて適宜調整することができるが、pH6〜9、pH6.5〜8.5、又はpH7〜8の間に調整することが例示できる。
【0019】
((1→3)−β−D−グルカン)
本明細書において、「(1→3)−β−D−グルカン」及び「BG」は、グルコースの1位の炭素と他のグルコースの3位の炭素とがβ型の結合様式により結合したグルカンを意味する。BGは、3重らせん構造という独特の構造を有する。本明細書において、「(1→3)−β−D−グルカン」及び「BG」は、この3重らせん構造の外側の側鎖に(1→6)様式でグルコースが結合した、ラミナリン、レンチナン等の(1→3)(1→6)−β−D−グルカンを含むこともできる。また、本明細書において、「(1→3)−β−D−グルカン」及び「BG」は、(1→3)結合様式に加えて(1→4)の結合様式を含む、オオムギ由来βグルカン、リケナン等の(1→3)(1→4)−β−D−グルカンを含むこともできる。
【0020】
本発明における「(1→3)−β−D−グルカン」又は「BG」としては、ラミナリン、レンチナン、パキマン、カードラン、ラミナリテトラオース、パラミロン、カルボキシメチルパキマン、カルボキシメチルカードラン、及び深在性真菌症の原因となる真菌の細胞壁に存在するBG(例えば、Aspergillus属真菌の細胞壁に存在するBG、及びCandida属真菌の細胞壁に存在するBG)を例示できる。
【0021】
本明細書において「深在性真菌症」とは、真菌が肺、肝臓、腎臓、又は脳などの体の深部に入り込んで感染を起こす状態を意味する。深在性真菌症は、臓器移植を受けた患者及び免疫抑制薬を投与されている患者において主に発生する。深在性真菌症の原因菌としては、Aspergillus属真菌及びCandida属真菌が例示でき、本発明の免疫学的分析方法では、これらの真菌の細胞壁に存在するBGを効果的に分析することができる。
【0022】
(抗(1→3)−β−D−グルカンモノクローナル抗体)
本発明において使用される抗(1→3)−β−D−グルカンモノクローナル抗体及び「抗BGモノクローナル抗体」は、BGと特異的に反応する。「BGと特異的に反応する」とは、BGとは反応するが、類似した構造を有する物質とは実質的に反応しないことを意味する。「実質的に反応しない」の意味は後述する。本発明において使用される抗BGモノクローナル抗体の具体例としては、モノクローナル抗体86202R、86207、及び86208が挙げられる。
【0023】
本明細書において、BGと「反応する」、BGを「認識する」、BGと「結合する」は、同義で用いられるが、これらの例示に限定されることはなく、最も広義に解釈する必要がある。抗体がBGなどの抗原(化合物)と「反応する」か否かの確認は、抗原固相化ELISA法、競合ELISA法、サンドイッチELISA法などにより行うことができるほか、表面プラズモン共鳴(surface plasmon resonance)の原理を利用した方法(SPR法)などにより行うことができる。SPR法は、Biacore(登録商標)の名称で市販されている、装置、センサー、試薬類を使用して行うことができる。
【0024】
本発明に使用される抗体と、ある化合物が「反応しない」とは、本発明に使用される抗体がある化合物と実質的に反応しないことをいい、「実質的に反応しない」とは、例えば、上記SPR法に基づき、Biacore(登録商標)T100やT200を使用し、本発明の抗体を固定化して測定を行った場合に、本発明に使用される抗体の反応性の増強が認められないことをいう。詳細には、抗体と化合物との反応性が、コントロール(化合物非添加)の反応性と比べて有意な差がないことをいう。上記SPR法以外の当業者に周知の方法又は手段によっても「実質的に反応しない」ことを確認できるのはいうまでもない。
【0025】
本発明の免疫学的分析方法において使用される抗BGモノクローナル抗体は、本発明の効果が得られる限りにおいて、該モノクローナル抗体の機能を有する断片を含む。例えば、抗BGモノクローナル抗体の酵素的消化により得られる該モノクローナル抗体のFab部分を含む機能性断片、遺伝子組換えによって作製される該モノクローナル抗体のFab部分を含む機能性断片、及びファージディスプレイ法で作製されたscFvを含む機能性断片等が挙げられる。
【0026】
本発明の免疫学的分析方法において使用される抗体は、抗原(免疫原)としてラミナリヘプタオースなどのBGをリン酸緩衝生理食塩水などの溶媒に溶解し、この溶液を動物に投与して免疫することにより製造できる。必要に応じて前記溶液に適宜のアジュバントを添加した後、エマルジョンを用いて免疫を行ってもよい。アジュバントとしては、油中水型乳剤、水中油中水型乳剤、水中油型乳剤、リポソーム、水酸化アルミニウムゲルなどの汎用されるアジュバントのほか、生体成分由来のタンパク質やペプチド性物質などを用いてもよい。例えば、フロイントの不完全アジュバント又はフロイントの完全アジュバントなどを好適に用いることができる。アジュバントの投与経路、投与量、投与時期は特に限定されないが、抗原を免疫する動物において所望の免疫応答を増強できるように適宜選択することが望ましい。
【0027】
免疫に用いる動物の種類も特に限定されないが、哺乳動物が好ましく、例えばマウス、ラット、ウシ、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、アルパカなどを用いることができ、より好ましくはマウス又はラットを用いることができる。動物の免疫は、一般的な手法に従って行えばよく、例えば、抗原の溶液、好ましくはアジュバントとの混合物を動物の皮下、皮内、静脈、又は腹腔内に注射することにより免疫を行うことができる。免疫応答は、一般的に免疫される動物の種類及び系統によって異なるので、免疫スケジュールは使用される動物に応じて適宜設定することが望ましい。抗原投与は最初の免疫後に何回か繰り返し行うことが好ましい。
【0028】
モノクローナル抗体を得るために、引き続き以下の操作が行われるがそれに限定されることはなく、モノクローナル抗体それ自体の製造方法については当業界で周知されており、かつ汎用されているので当業者は前記の抗原を用いることによって本発明の免疫学的分析方法において使用される抗体を容易に製造することが可能である(例えばAntibodies,A Laboratory Manual(Cold Spring Harbor Laboratory Press,(1988) 第6章などを参照のこと)。
【0029】
最終免疫後、免疫した動物から抗体産生細胞である脾臓細胞あるいはリンパ節細胞を摘出し、高い増殖能を有する骨髄腫由来の細胞株と細胞融合することによりハイブリドーマを作製することができる。細胞融合には抗体産生能(質・量)が高い細胞を用いることが好ましく、また骨髄腫由来の細胞株は融合する抗体産生細胞の由来する動物と適合性があることが好ましい。細胞融合は、当該分野で公知の方法に従って行うことができるが、例えば、ポリエチレングリコール法、センダイウイルスを用いた方法、電流を利用する方法などを採用することができる。得られたハイブリドーマは当業界で汎用の条件に従って増殖させることができ、産生される抗体の性質を確認しつつ所望のハイブリドーマを選択することができる。ハイブリドーマのクローニングは、例えば限界希釈法や軟寒天法などの周知の方法により行うことが可能である。
【0030】
ハイブリドーマの選択は、産生される抗体が実際の測定に用いられる条件を考慮し、選択の段階で効率的に行うこともできる。例えば、動物に免疫して得られた抗体を、交差反応性を確認したい化合物の存在下、固相に固定化したBGと反応させ、交差反応性を確認したい化合物の非存在下での反応性と比較することにより所望の抗体を産生するハイブリドーマをより効率よく選抜することができる。また、動物に免疫して得られた抗体を、生物試料由来成分の存在下、固相に固定化したBGと反応させ、生物試料由来成分の非存在下での反応性と比較することにより所望の抗体を産生するハイブリドーマをより効率よく選択することもできる。
【0031】
クローニング工程後、産生される抗体とBGとの結合能をELISA法、RIA法、蛍光抗体法などの方法を用いてアッセイすることにより、選択されたハイブリドーマが所望の性質を有するモノクローナル抗体を産生するか否かを確認することができる。
前記のようにして選別されたハイブリドーマを大量培養することにより、所望の特性を有するモノクローナル抗体を製造することができる。大量培養の方法は特に限定されないが、例えば、ハイブリドーマを適宜の培地中で培養してモノクローナル抗体を培地中に産生させる方法や、哺乳動物の腹腔内にハイブリドーマを注射して増殖させ、腹水中に抗体を産生させる方法などを挙げることができる。モノクローナル抗体の精製は、先述した抗血清からの抗体の精製法、例えばDEAE陰イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、硫安分画法、PEG分画法、エタノール分画法などを適宜組み合わせて行うことができる。
【0032】
本発明の免疫学的分析方法において使用される抗体としては、抗体分子全体のほかに抗原抗体反応活性を有する抗体のフラグメントを使用することも可能であり、前記のように動物への免疫工程を経て得られたもののほか、遺伝子組み換え技術を使用して得られるものやキメラ抗体を用いることも可能である。抗体の断片としては機能性の断片であることが好ましく、例えば、F(ab’)、Fab’、scFvなどが挙げられ、これらのフラグメントは前記のようにして得られる抗体をタンパク質分解酵素(例えば、ペプシンやパパインなど)で処理すること、あるいは該抗体のDNAをクローニングして大腸菌や酵母を用いた培養系で発現させることにより製造できる。
【0033】
また、本発明の免疫学的分析方法において抗体は、不溶性担体上に固定された固定(固相)化抗体として使用したり、後述する当業者に周知慣用の標識物質で標識した標識抗体として使用することができる。例えば、不溶性担体にモノクローナル抗体を物理的に吸着させ、あるいは化学的に結合(適当なスペーサーを介してよい)させることにより固定化抗体を製造することができる。不溶性担体としては、ポリスチレン樹脂などの高分子基材、ガラスなどの無機基材、セルロースやアガロースなどの多糖類基材などからなる不溶性担体を用いることができ、その形状は特に限定されず、板状(例えば、マイクロプレートやメンブレン)、ビーズあるいは粒子状(例えば、ラテックス粒子、磁性粒子)、筒状(例えば、試験管)など任意の形状を選択できる。
【0034】
本発明の免疫学的分析方法において使用される抗体と結合可能な標識抗体(二次抗体)を用いることにより、BGに結合した抗体の量を測定することができ、それにより生体試料中のBGを検出することができる。標識抗体を製造するための標識物質としては、例えば酵素、蛍光物質、化学発光物質、ビオチン、アビジン、又は放射性同位体、金コロイド粒子、着色ラテックスなどが挙げられる。標識物質と抗体との結合法としては、当業者に利用可能なグルタルアルデヒド法、マレイミド法、ピリジルジスルフィド法、又は過ヨウ素酸法などの方法を用いることができるが、固定化抗体や標識抗体の種類、及びそれらの製造方法は前記の例に限定されることはない。例えば、ホースラディッシュ・ペルオキシダーゼ(HRP)やアルカリホスファターゼ(ALP)などの酵素を標識物質として用いる場合にはその酵素の特異的基質(酵素がHRPの場合には、例えばO-フェニレンジアミン(OPD)あるいは3,3’,5,5’-テトラメチルベンジジン(TMB)、ALPの場合にはp-ニトロフェニル・ホスフェートなど)を用いて酵素活性を測定することができ、ビオチンを標識物質として用いる場合には少なくともアビジンあるいは酵素修飾アビジンを反応させるのが一般的である。本発明の免疫学的分析方法においては、標識物質としてビオチン又はHRPを使用することが好ましい。
【0035】
本明細書において、「不溶性担体」を「固相」、抗原や抗体を不溶性担体に物理的あるいは化学的に担持させることあるいは担持させた状態を「固定」、「固定化」、「固相化」と表現することがある。また、「分析」、「検出」、又は「測定」という用語は、BGの存在の証明及び/又は定量などを含めて最も広義に解釈する必要があり、いかなる意味においても限定的に解釈してはならない。
【0036】
(免疫学的分析方法)
本発明の免疫学的分析方法としては、ELISA、酵素免疫測定法、免疫組織染色法、表面プラズモン共鳴法、ラテックス凝集免疫測定法、化学発光免疫測定法、電気化学発光免疫測定法、蛍光抗体法、放射免疫測定法、免疫沈降法、ウエスタンブロット法、イムノクロマトグラフ法、及び高速液体クロマトグラフィー法(HPLC法)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。本発明の免疫学的分析方法としては、ELISAを用いることが好ましい。ELISAの中でも、固相に固定した第1の抗BGモノクローナル抗体と標識した第2の抗BGモノクローナル抗体とを使用するサンドイッチELISAが好ましい。この場合、第1の抗BGモノクローナル抗体として、86207抗体を用い、第2の抗BGモノクローナル抗体として、86202R抗体を用いることができる。なお、第1の抗BGモノクローナル抗体と第2の抗BGモノクローナル抗体は同一の抗体を用いてもよい。さらに固相に固相化する抗体、あるいは標識抗体は、それぞれ複数の抗体を混合してもよい。標識抗体に対する標識物質としては、ビオチン又はHRPを使用することが好ましい。
【0037】
(深在性真菌症の診断、診断補助、及び治療)
本発明の免疫学的分析方法の分析結果に基づき、対象が深在性真菌症に罹患しているか否かを診断することができ、又は診断の補助とすることができる。従来の抗体を利用した免疫学的分析方法では感度が不足しており、罹患早期の深在性真菌症患者では、陰性と判断されてしまう恐れがあった。深在性真菌症は早期発見及び早期治療が重要となる。本発明の高感度な免疫学的分析方法を使用すれば、深在性真菌症の早期発見及び早期治療を実現できるものである。
また、本発明の免疫学的分析方法を行った後、必要に応じて、生体試料中のBGを分析する工程の結果に基づき、他の深在性真菌症分析方法の患者への実施、及び/又は深在性真菌症治療薬の患者への投与を実施してもよい。
【0038】
本発明の免疫学的分析方法は、生体試料中に含まれる6pg/mL以上のBGを検出する工程、及び/又は前記検出工程の結果に基づき生体試料を採取した対象が深在性真菌症に罹患している又は罹患している疑いがあると診断する工程、又は診断を補助する工程を含むことができる。カットオフ値は生体試料の種類または免疫学的分析方法の種類に応じて適宜設定することができる。例えば、本発明の免疫学的分析方法は、生体試料中に含まれる7pg/mL以上、8pg/mL以上、9pg/mL以上、10pg/mL以上、11pg/mL以上、20pg/mL以上、50pg/mL以上、80pg/mL以上、又は100pg/mL以上のBGを検出する工程、及び/又は前記検出工程の結果に基づき生体試料を採取した対象が深在性真菌症に罹患している又は罹患している疑いがあると診断する工程、診断を補助する工程を含むことができる。さらに、前記生体試料を採取した対象が、抗癌剤または免疫抑制剤を投与されている対象であることができる。
【0039】
[2]生体試料中の(1→3)−β−D−グルカン分析用キット
本発明により提供されるキットは、(a)第1の抗BG抗体を固定化したプレートなどの固相、及び(b)生体試料用アルカリ前処理液を含み、好ましくは(d)標識物質で標識された第2の抗BGモノクローナル抗体を含む。第1の抗BGモノクローナル抗体を固定化した固相は、生体試料中のBGを捕捉して、BG−抗体複合体を形成する。標識物質で標識された第2の抗BGモノクローナル抗体は、このBG−抗体複合体に反応してサンドイッチを形成する。標識物質に応じた方法により標識物質の量を測定することにより、試料中のBGを測定することができる。第1の抗BGモノクローナル抗体の固相への固定化の方法、第2の抗BGモノクローナル抗体の標識物質での標識の方法など、キットを構成する上での具体的な方法は本明細書中に記載された方法のほか、当業者に周知の方法を制限なく使用することができる。
【0040】
第1の抗BGモノクローナル抗体及び第2の抗BGモノクローナル抗体としては、BGと特異的に反応する抗BGモノクローナル抗体であれば特に限定されない。例えば、第1の抗BGモノクローナル抗体として、86207抗体を用い、第2の抗BGモノクローナル抗体として、86202R抗体を用いることができる。
【0041】
標識物質としては、例えば、蛍光物質、化学発光物質、ビオチン、アビジンなどの当業者に公知の標識物質を使用することができる。標識物質と抗体との結合法としては、使用する標識物質及び抗体に応じて公知の結合法の中から適宜選択することができ、例えば、グルタルアルデヒド法、マレイミド法、ピリジルジスルフィド法、又は過ヨウ素酸法などの方法を用いることができる。標識物質として、ビオチン又はHRPを使用することが好ましい。
【0042】
本発明のキットには、他に使用説明書などを含むこともできる。キットは、任意の構成要素、例えば緩衝剤、安定化剤、反応容器等を含んでいてもよい。なお、(b)生体試料用アルカリ前処理液には、アルカリ性の検体抽出液及びアルカリ性の検体希釈液も含まれる。
【0043】
本発明のキットは、生体試料中に含まれる6pg/mL以上のBGを検出することができ、この結果をもとに生体試料を採取した対象が深在性真菌症に罹患している又は罹患している疑いがあると診断することができる。カットオフ値は生体試料の種類等に応じて適宜設定することができる。例えば、本発明のキットは、生体試料中に含まれる7pg/mL以上、8pg/mL以上、9pg/mL以上、10pg/mL以上、11pg/mL以上、20pg/mL以上、50pg/mL以上、80pg/mL以上、又は100pg/mL以上のBGを検出することができ、この結果を基に、生体試料を採取した対象が深在性真菌症に罹患している又は罹患している疑いがあると診断することができる。
【0044】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0045】
〔試験例1〕本発明に使用するモノクローナル抗体の製造方法
1.免疫用抗原の調製
グルコース7個が直鎖状に重合した構造を有するBGであるラミナリヘプタオース(生化学バイオビジネス社製)を免疫用抗原として使用した。ラミナリヘプタオース−トランスフェリンコンジュゲートを非特許文献1に記載の調製方法と同じ方法で調製し、免疫用抗原として使用した。
【0046】
2.ハイブリドーマの作製及び抗体の採取
調製したラミナリヘプタオース−トランスフェリンコンジュゲートの溶液(1mg/mL)100μl、0.1MPBS(pH7.2)0.25mL及びフロイントのアジュバント(完全アジュバントまたは完全アジュバント)0.25mLからなる懸濁液の全量をBALB/cマウス(雌)及びF344/Jc1ラット(雌)の背部皮下又は腹腔にそれぞれ計3−6回投与した。投与間隔は2週間で、最初の投与はフロイントの完全アジュバントを、後の4回はフロイントの不完全アジュバントを用いた。5回目の投与の1週間後にマウス及びラットを開腹してそれらの脾臓をとり、ピペッティングにより単細胞を得た。
【0047】
これらの脾細胞を血清無添加のPRMI1640培地で2回洗浄し、脾細胞5×10個に対し、別に培養を行ない洗浄したマウスミエローマ細胞(X−63−Ag8−6.5.3)1×10個の割合で混合して遠心分離を行ない、上清を除去した。沈渣をよく溶かし、融合促進剤であるポリエチレングリコール1540(1mL)を37℃で1分間かけてゆっくりと添加し、さらに1分間撹拌して融合を行なった。これらの融合細胞(ハイブリドーマ)を牛胎児血清添加RPMI1640培地10mLで懸濁して遠心分離した後、その残渣を96穴培養用プレート一枚にまき、37℃、5%COインキュベーターで1週間培養した。HAT培地で1週間、37℃で培養した後、ハイブリドーマだけを選択的に採取した。それらの培養上清液を採取し、抗原としてBGの一種であるラミナリンを用いたELISAを行い、反応性が高いハイブリドーマ3種(ラット由来:86202R、マウス由来:86207及び86208)を選択し、クローニングを行った。各ハイブリドーマ細胞を腹腔注射したマウスから腹水を採取し、−80℃で凍結保存した。プロテインA又はプロテインGカラムを用いて、凍結保存した腹水から各抗体を精製した。
【0048】
〔実施例1:前処理の相違(アルカリ、酸、又は熱)が検体中のBG測定感度に及ぼす影響の確認〕
実施例1では、ヒト血漿検体を用いてサンドイッチELISAを行い、アルカリによる前処理、酸による前処理、又は熱による前処理がBG測定感度に与える影響を検討した。
固相用抗体として86207抗体を使用し、液相抗体として、ビオチン標識86202R抗体を使用した。
【0049】
1−1.アルカリによる前処理
ヒト血漿検体44μLにアルカリ前処理液77.4μL(150mM KOH:水酸化カリウム)を添加し、37℃で15分間インキュベートした。その後、アルカリ前処理液に1M Tris/HCl(pH7.5)を98.6μL添加し、アルカリ前処理液を中和した(合計220μL, 検体5倍希釈, 中和後のpHは7.9未満)。これをアルカリ前処理検体とした。
また、アルカリ前処理液77.4μLにあらかじめ1M Tris/HCl(pH7.5)を98.6μL添加して中和した。その後にヒト血漿検体44μLを加え、同じ溶液組成でアルカリ前処理をしていない検体を得た。
【0050】
1−2.酸による前処理(過塩素酸)
ヒト血漿検体80μLに2.5%過塩素酸80μLを添加し、37℃で15分間インキュベートした(白色の沈殿物が生じた)。その後、インキュベートした検体を遠心し(14000rpm, 15分, 4℃)、上清88μLを回収し、1M Tris/Cl(pH7.5)を138μL添加して過塩素酸を中和した(合計220μL, 検体5倍希釈,中和後のpHは7.4未満)。検体を室温に戻したのち、酸前処理検体として使用した。
2.5%過塩素酸44μLに1M Tris/Cl(pH7.5)を138μL加えてあらかじめ中和した。その後にヒト血漿検体44μLを添加し、同じ溶液組成で過塩素酸前処理をしていない検体を得た。
【0051】
1−3.熱による前処理
ヒト血漿検体44μLにPBS176μLを添加し(合計220μL, 検体5倍希釈)、75℃で15分間インキュベートした。インキュベートした検体を室温に戻したのち、熱前処理検体として使用した。
希釈したヒト血漿検体を室温(20〜25℃)で15分間インキュベートし、同じ溶液組成で熱処理をしていない検体を得た。
【0052】
1−4.検体量
いずれの検体に関しても2測定分(220μL分, 1測定は100μL使用)の検体量を作製し、サンドイッチELISAに用いた。
【0053】
1−5.抗体のビオチン標識
86202R抗体を2mg/mL(13.7μM, PBSで希釈)に調整し、20倍量(274μM)のEZ−Link Sulfo−NHS−LC−Biotin(Thermo Fisher Scientific社製)と反応させた。反応は氷上で2時間行った。
PBSで透析することにより、未反応のEZ−Link Sulfo−NHS−LC−Biotinを除いた。透析は4℃, 100倍量で2回行った(Slide−A−Lyzer Dialysis cas・BR>唐・狽狽・10k(Thermo Fisher Scientific社製)を使用)。
透析後、分光光度計を用いて吸光度より抗体濃度を決定し、ビオチン標識86202R抗体を得た。
【0054】
1−6.サンドイッチELISA
96穴プレート(nuncイムノプレート, 品番442404, Thermo Fisher Scientific社製)の各ウェルに固相用の86207抗体(5μg/mL, 100μL, PBSで希釈)を分注し、4℃で一晩静置した。
各ウェルの液を除いた後、8連ピペットマンを用いて、各プレートウェルにPBST 200μLを2回分注した(合計400μL)。添加したPBSTを除き、これらの操作を洗浄操作1回分とした。上記操作を3回行った(PBST 400μLで3回洗浄, 以下の操作においても洗浄は同様の手順で行った)。
洗浄後、各ウェルにブロッキング液200μLを分注し、室温で1時間以上静置した。ブロッキング液を捨てた後、各前処理を行った検体100μLを各ウェルに添加し、2時間反応させた。
反応後、各ウェルの液を除き、PBST 400μLで3回洗浄した。
1−5で作製したビオチン標識86202R抗体(1μg/mL, 100μL, ブロッキング液で希釈)を各ウェルに分注し、2時間反応させた。
反応後、各ウェルの液を除き、PBST400μLで3回洗浄した。
ブロッキング液で0.5μg/mLに希釈したStreptavidin Protein HRP conjugate 100μL (品番21126, Thermo Fisher Scientific社製)を各ウェルに分注し、1時間静置した。
発色液100μLを各ウェルに分注し、室温で10分間反応させた。
反応停止液100μLを各ウェルに添加した。
マイクロプレートリーダー(iMark, Bio−Rad社製を使用)で490nmの吸光度を測定した。
【0055】
1−7.結果
BGを35.0pg/mL含む検体(β-グルカン テストワコー:和光純薬工業株式会社製のリムルス試薬により測定)の測定結果を図1に示す。BGを178.4pg/mL含む検体(β-グルカン テストワコーにより測定)の測定結果を図2に示す。
BGを35.0pg/mL又は178.4pg/mL含むいずれの検体においても、アルカリの前処理を行った検体では、他の2種類の前処理(酸及び熱)を行った検体と比較して測定感度が著しく向上した。
【0056】
〔実施例2:前処理液のpHの相違が検体中のBG測定感度に及ぼす影響の確認〕
実施例2では、種々のpHを有するアルカリ溶液を用いてヒト血清検体の前処理を行った。真菌由来のBGを含まない陰性血清にCMパキマン(カルボキシメチルパキマン:BGの一種、Megazyme社製)を添加した検体を用いて、ヒト血清検体中のBG測定の感度に対して、pHの値が与える影響を検討した。リムルス試薬(β-グルカン テストワコー:和光純薬工業株式会社製)を用いた場合に、CMパキマンを添加した検体は、真菌由来のBGを含む実検体に近い反応性を示す。CMパキマンを6ng/mL添加した検体の吸光度は、真菌由来のBGを174pg/mL含む実検体の吸光度に相当する。アルカリ溶液による前処理操作、使用した固相用及び液相抗体、抗体へのビオチン標識並びにサンドイッチELISAの手順は実施例1と同じである。使用した前処理用KOH溶液濃度、前処理時のpH、中和後のpH、及び測定した吸光度の値(ブランク値を引いた後の吸光度)は、以下の表1のとおりである。また、処理時のpHと吸光度の関係を図3に示す。
【0057】
【表1】
pHが10を超えると感度が向上し、12.2以上では、感度上昇は頭打ちとなった。
【0058】
〔実施例3:アルカリ前処理時間が検体中のBG測定感度に及ぼす影響の確認〕
実施例3では、アルカリ溶液による検体の前処理時間がBG測定の感度に与える影響を検討した。前処理時間を種々の時間に変更したこと及びCMパキマンを添加したヒト血清検体を用いたこと以外の前処理手順は、実施例1のアルカリによる前処理と同じである。抗体へのビオチン標識並びにサンドイッチELISAの手順は、実施例1と同じである。表2及び図4に結果を示す。測定した吸光度の値は、ブランク値を引いた後の吸光度を表す。
【0059】
【表2】
処理時間を5分、10分、15分、30分、及び60分と変化させた場合でも、検体中のBGの測定感度は影響をほとんど受けないことが分かった。
【0060】
〔実施例4:アルカリ前処理温度が検体中のBG測定感度に及ぼす影響の確認〕
実施例4では、アルカリ前処理時の温度がBG測定の感度に与える影響を検討した。前処理時の温度を種々の温度に変更したこと及びCMパキマンを添加したヒト血清検体を用いたこと以外の前処理手順は、実施例1のアルカリ前処理と同じである。抗体へのビオチン標識並びにサンドイッチELISAの手順は、実施例1と同じである。表3及び図5に結果を示す。
【0061】
【表3】
温度が4〜37℃の場合が最も感度がよいことが分かった。
【0062】
〔実施例5:実検体中のBGの検出下限の検討〕
実施例5では、実検体を用いて、サンドイッチELISAの検出下限を検討した。固相用抗体として86207抗体を使用し、液相抗体として、ビオチン標識86202R抗体を使用した。
【0063】
5−1.アルカリによる前処理
実検体(真菌由来のBGを421.2pg/mL含むヒト血漿、β-グルカン テストワコーにより測定)を、BG陰性検体12種を混合した希釈用プール血漿を用いて段階的に希釈し、希釈系列を調製した。当該検体1020μLにアルカリ処理液168μL(800mM KOH:水酸化カリウム)を添加し、37℃で15分間インキュベートした。その後、800mM HCl、100mM MOPS(pH7.5)を168μLずつ添加し、アルカリ処理液を中和した(合計1356μL, 検体3/4倍希釈,12測定分)。これらをアルカリ前処理検体とした。
【0064】
5−2.抗体のビオチン標識
実施例1と同様の手順で抗体のビオチン標識を行った。
【0065】
5−3.サンドイッチELISA
実施例1と同様の手順でサンドイッチELISAを行った。ただし、ビオチン標識抗体の濃度は4μg/mLとした。各試料はn=12測定を行った。
【0066】
5−4.結果
結果を下記の表4及び図6に示す。表4の吸光度はn=12測定の平均値を表し、SDは標準偏差を示す。
【0067】
【表4】
実濃度0.0pg/mLの試料の吸光度の平均値に該試料の2.6SDを加算した値(0.214)は、5.5pg/mLの試料の吸光度平均に該試料の2.6SDを減算した値(0.254)よりも小さく、実検体中に含まれる真菌由来のBGが5.5pg/mL(リムルス試薬による測定値)である場合であっても、本発明の免疫学的分析方法の一実施形態であるELISAにおいてBGを検出できることが分かった。和光純薬工業株式会社製のリムルス試薬のカットオフ値は11pg/mLであり、本発明の免疫学的分析方法の一実施形態であるELISAがリムルス試薬と同等の感度を有することが、この結果により示された。
【0068】
〔実施例6:市販のリムルス試薬との相関の検討〕
実施例6では、サンドイッチELISAによる測定値とリムルス試薬による測定値との相関を、ヒト血漿試料(n=39)を用いて検討した。固相用抗体として86207抗体を使用し、液相抗体として、HRP標識86202R抗体を使用した。
【0069】
6−1.アルカリによる前処理
ヒト血漿を用いたこと以外は、実施例1と同様の手順で行った。
【0070】
6−2.抗体のHRP標識
HRP標識キット(同人化学社製, Peroxidase Labeling Kit−SH, LK09)を使用して86202R抗体のHRP標識を行った。
標識後のタンパク質定量は、BCA法により行った(キット名:Micro BCA protein assay kit, Thermo Scientific社製, 品番:23235)。
【0071】
6−3.サンドイッチELISA
96穴プレート(nuncイムノプレート, 品番442404, Thermo Fisher Scientific社製)の各ウェルに固相用の86207抗体(5μg/mL, 100μL, PBSで希釈)を分注し、4℃で一晩静置した。
各ウェルの液を除いた後、8連ピペットマンを用いて、各プレートウェルにPBST 200μLを2回分注した(合計400μL)。添加したPBSTを除き、これらの操作を洗浄操作1回分とした。上記操作を3回行った(PBST400μLで3回洗浄, 以下の操作においても洗浄は同様の手順で行った)。
洗浄後、各ウェルにブロッキング液200μLを分注し、室温で1時間以上静置した。
ブロッキング液を捨てた後、各前処理を行った検体100μLを各ウェルに添加し、90分反応させた。
反応後、各ウェルの液を除き、PBST400μLで3回洗浄した。
6−2で作製したHRP標識86202R抗体(0.5μg/mL, 100μL, ブロッキング液で希釈)を各ウェルに分注し、30分間反応させた。
反応後、各ウェルの液を除き、PBST400μLで3回洗浄した。
発色液100μLを各ウェルに分注し、室温で10分間反応させた。
反応停止液100μLを各ウェルに添加した。
マイクロプレートリーダー(Multiskan FC, thermo scientific社製を使用)で492nmの吸光度を測定した。
【0072】
6−4.リムルス試薬
リムルス試薬(商品名:β−グルカンテストワコー、和光純薬工業株式会社製)の添付文書に記載のプロトコルに従ってBGの測定を行った。
【0073】
6−5.結果
リムルス試薬の測定値とELISAによる吸光度との相関を図7に示す。
本発明の免疫学的分析方法の一実施形態のサンドイッチELISAによる吸光度測定値は、リムルス試薬による測定値と相関を示した。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明によれば、感度がリムルス試薬と同等である、生体試料中のBGの免疫学的分析方法を行うことが可能である。本発明によれば、感度がリムルス試薬と同等であり、そして操作が簡便である生体試料中のBGの分析用キットを提供することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7