(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
車両の車速及びその車両の前後方向の加速度を取得し、取得したそれらの車速及び加速度に基づいてその車両が走行している路面勾配を推定する路面勾配推定方法において、
推定した推定値に対して可変自在の時定数を有するローパスフィルタでフィルタ処理を施す際に、
取得した車速を時間微分して、又は取得した加速度から前記車両の姿勢変化に伴う重力加速度成分を除いて算出加速度を算出し、
算出したその算出加速度に応じて、前記時定数を変更する際に、前記算出加速度が予め設定した負の閾値と正の閾値との間の範囲を外れた場合は、前記時定数を予め設定された下限値よりも大きくすることを特徴とする路面勾配推定方法。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、本発明の路面勾配推定装置及び路面勾配推定方法の実施形態について説明する。以下では、推定する路面勾配は、道路の縦断勾配であり、登坂路の路面勾配を正とし、降坂路の路面勾配を負とする。
【0011】
図1〜
図3に例示する第一実施形態の路面勾配推定装置30は、車両10に搭載されて、その車両10が走行している路面勾配を推定する装置である。
【0012】
図1に例示するように、路面勾配推定装置30が搭載される車両10は、シャーシ11の前方側に運転部として運転室(キャブ)12が配置され、シャーシ11の後方側にボディ13が配置されている。
【0013】
シャーシ11には、エンジン14、クラッチ15、変速機16、プロペラシャフト17、ディファレンシャルギア18が設置されている。エンジン14の回転動力は、クラッチ15を介して変速機16に伝達される。変速機16で変速された回転動力は、プロペラシャフト17を通じてディファレンシャルギア18に伝達され、後輪である一対の駆動輪19にそれぞれ駆動力として分配される。
【0014】
制御装置20は、エンジン14、クラッチ15、変速機16、及び各種センサに一点鎖線で示す信号線を介して電気的に接続されている。各種センサとして、運転室12には、
アクセルペダル21の踏み込み量からアクセル開度を検出するアクセル開度センサ22、ブレーキペダル23の踏み込み量からブレーキ開度を検出するブレーキ開度センサ24が設置されている。シャーシ11には、エンジン14の図示しないクランクシャフトの回転数を検出するエンジン回転数センサ25、車速センサ26、及び、加速度センサ27が設置されている。
【0015】
制御装置20は、各種情報処理を行うCPU、その各種情報処理を行うために用いられるプログラムや情報処理結果を読み書き可能な内部記憶装置、及び各種インターフェースなどから構成されるハードウェアである。
【0016】
図2に例示するように、制御装置20は、エンジン14、クラッチ15、及び変速機16を制御する制御部28と、車両10の車重を演算する車重演算部29と、車両10が走行している路面勾配を演算する路面勾配演算部31とを各機能要素として有している。この実施形態で、各機能要素は、プログラムとして内部記憶装置に記憶されているが、各機能要素が個別のハードウェアで構成されてもよい。
【0017】
本発明の路面勾配推定装置30は、路面勾配演算部31、アクセル開度センサ22、ブレーキ開度センサ24、車速センサ26、及び加速度センサ27から構成されており、それらのセンサの検出値が入力され、各検出値に基づいて演算した結果を出力値θxとして出力する。路面勾配演算部31は、それらのセンサを利用して、車速取得手段、加速度取得手段、駆動要因取得手段、制動要因取得手段、推定手段、フィルタ手段、及び変更手段として機能する。
【0018】
アクセル開度センサ22は、車両10の駆動力を規定する駆動要因に関する数値の一つとして、車両10の駆動に要するトルクを調節する操作指令を取得する駆動要因取得手段として機能する装置である。この実施形態で、アクセル開度センサ22は、エンジン14から出力される出力トルクTxを調節する操作指令としてのアクセルペダル21の踏み込み量をアクセル開度Axに数値化して出力するセンサである。
【0019】
ブレーキ開度センサ24は、車両10の制動力を規定する制動要因に関する数値の一つとして、車両10の制動力を調節する操作指令を取得する制動要因取得手段として機能する装置である。この実施形態で、ブレーキ開度センサ24は、図示しないブレーキ装置(メカブレーキ、モータジェネレータなど)から駆動輪19及び従動輪に付与される制動力を調節する操作指令としてのブレーキペダル23の踏み込み量をブレーキ開度Bxに数値化して出力するセンサである。ブレーキ開度センサ24の代わりに、メカブレーキなどのブレーキ圧を取得するブレーキ圧センサを用いてもよい。
【0020】
車速センサ26は、車速取得手段として機能する装置であり、この実施形態では、プロペラシャフト17の回転速度に比例したパルス信号を読み取り、制御装置20の車速演算処理により車速vxとして取得するセンサである。車速センサ26が回転速度に比例したパルス信号に基づいて車速vxを取得することから、取得された車速vxは、負ではなくゼロ以上の値になる。車速センサ26としては、変速機16の図示しないアウトプットシャフト、駆動輪19、従動輪などの回転速度から車速vxを取得するセンサを用いてもよい。なお、駆動輪19、従動輪などの回転速度から車速vxを取得するセンサを用いる場合には、左右一対の車輪のそれぞれの回転速度を取得して、その平均値を車速vxとするとよい。車輪の回転速度から車速vxを取得する車速センサ26は、発進時や加速時のプロペラシャフト17の回転速度変動に影響されないため、プロペラシャフト17の回転速度変動が大きい場合に用いるとよい。
【0021】
加速度センサ27は、加速度取得手段として機能する装置であり、この実施形態では、
車両10の前後方向での速度変化に伴う加速度成分と車両10の姿勢変化に伴う重力加速度成分とによって動作して、それらを合成した路面に平行な加速度成分、すなわち車両10の前後方向の加速度Gxを取得するセンサである。加速度センサ27としては、機械的変位測定方式、光学的方式、半導体方式などが例示できる。
【0022】
図3に例示するように、この実施形態で、路面勾配演算部31は、各機能要素として、推定部32、フィルタ部34、及び変更部35を有している。路面勾配演算部31の各機能要素は、プログラムとして内部記憶装置に記憶されているが、各機能要素が個別のハードウェアで構成されてもよい。
【0023】
推定部32は、車速センサ26により取得した車速vx及び加速度センサ27により取得した加速度Gxが入力され、車両10が走行している路面勾配の推定値θzを出力する機能要素である。推定部32は、微分ブロック32a、加算ブロック32b、除算ブロック32c、及び逆正弦関数ブロック32dを有している。道路勾配が小さいと考えられる場合、sinθ≒θとなることから、逆正弦関数ブロック32dは用いなくてもよい。
【0024】
フィルタ部34は、可変自在の時定数tcを有しており、推定部32から出力された推定値θzが入力され、その推定値θzにフィルタ処理を施した出力値θxを出力する機能要素である。時定数tcは、後述する変更部35から出力される。
【0025】
この実施形態で、フィルタ部34は、一次ローパスフィルタであり、推定値θzに対して時定数tcにより規定される遮断周波数fc(=1/(2π×tc))よりも低い低周波数成分を殆んど減衰させずに透過させる一方で、その遮断周波数fcよりも高い高周波数成分を逓減させるフィルタ処理を施して出力する可変ローパスフィルタである。可変ローパスフィルタは、下記の数式(1)で示される伝達関数で表される。ここで、Kは通過域の利得とし、Sはラプラス変換の変数とする。下記の数式(1)で示した伝達関数を離散化し、離散時間伝達関数を使用する。なお、ローパスフィルタは一次のみだけでなく、高次ローパスフィルタを適用することもある。
【数1】
【0026】
変更部35は、算出加速度として車速vxを時間微分した微分値vx’が入力されて、微分値vx’に応じた時定数tcをフィルタ部34に出力する機能要素である。
【0027】
この実施形態で、変更部35は、選択ブロック35a、スイッチブロック35b、データブロック35c、絶対値ブロック35dを有している。変更部35は、それらの機能により、可変ローパスフィルタの時定数tcを変更する。具体的に、変更部35は、駆動力が正の場合、及び駆動力がゼロ以下で且つ制動力がゼロ以下の場合は、微分値vx’の絶対値が閾値αを超えたときに、時定数tcを下限値t0よりも大きい規定値tsにする一方で、微分値vx’の絶対値が閾値α以下になったときに、時定数tcを下限値t0にする。また、変更部35は、駆動力がゼロ以下で、且つ制動力が正の場合は、微分値vx’の絶対値が閾値βを超えたときに、時定数tcを規定値tsにする一方で、微分値vx’の絶対値が閾値β以下になったときに、時定数tcを下限値t0にする。つまり、変更部35は、駆動力がゼロ以下で、且つ制動力が正の場合は、微分値vx’が負の閾値(−β)を下回った場合に、時定数tcを規定値tsにする一方で、微分値vx’が負の閾値(−β)を上回った場合に、時定数tcを下限値t0にする。
【0028】
閾値α、βは、微分値vx’からピッチング運動による車両10の姿勢変化の発生を特定できる値に設定されている。この実施形態で、閾値αは駆動力が正の場合(加速時)の閾値であり、閾値βは駆動力がゼロ以下で、且つ制動力が正の場合(減速時)の閾値である。閾値α、βはそれぞれ別々の数値に設定されてもよく、同一の数値に設定されてもよい。また、閾値α、βを同一の数値に設定する場合には、選択ブロック35aを省略することもできる。
【0029】
下限値t0は、センサ自体の精度や感度による誤差などの車両10の姿勢変化に伴わないノイズのみを除去可能な時定数である。
【0030】
規定値tsは、下限値t0よりも大きい値に設定された時定数である。この実施形態で、規定値tsは、微分値vx’に応じて設定されており、ピッチング運動による車両10の姿勢変化の影響により推定値θzの変化が大きくなっても、その変化をノイズとして除去可能な時定数である。規定値tsは、駆動力が正の場合と、駆動力がゼロ以下で且つ制動力が正の場合とでそれぞれ別々の値に設定されてもよく、同一の値に設定されてもよい。
【0031】
図4に例示するように、規定値tsは、微分値vx’の絶対値が閾値α(β)を超えた場合は、微分値vx’に対して正の関係にあり、微分値vx’が大きくなる程、大きくなる。この
図4に例示するマップデータは予め実験や試験により求めておき、データブロック35cに記憶させておく。規定値tsは、マップデータでなく、定数値とすることも可能である。規定値tsとしては、例えば、微分値vx’の絶対値を閾値α(β)以下にする時定数を用いてもよい。
【0032】
また、変更部35は、駆動要因に関する数値としてアクセル開度Ax、及び制動要因に関する数値としてブレーキ開度Bxが入力されて、条件に応じた閾値α、βを選択する機能要素でもある。
【0033】
具体的に、変更部35は、選択ブロック35aの機能により、アクセル開度Axが正の場合に駆動力が正と見做して、スイッチブロック35bに閾値αを入力する。一方、アクセル開度Axがゼロ以下で、且つブレーキ開度Bxが正の場合に、制動力が正と見做して、スイッチブロック35bに閾値βを入力する。アクセル開度Axがゼロ以下で、且つブレーキ開度Bxがゼロ以下の場合に、スイッチブロック35bに閾値αを入力する。
【0034】
駆動力が正の場合としては、車両10の前進、後進を問わず、駆動輪19を駆動させる力が生じた場合である。駆動力がゼロ以下で、且つ制動力が正の場合としては、駆動輪19を制動させる力が生じた場合であり、ブレーキ装置が作動している場合である。駆動力がゼロ以下で、且つ制動力がゼロ以下になる場合としては、車両10が惰性走行している場合が例示できる。
【0035】
この実施形態では、車両10の駆動力を規定する駆動要因に関する数値として、アクセル開度Axを用いている。駆動要因に関する数値とは、その数値の変化により車両10の駆動力が実際に変化する前に取得可能な数値である。この駆動要因に関する数値としては、エンジン14の出力トルクTxやプロペラシャフト17を経由して駆動輪19に伝達される駆動トルクTwが例示でき、それらのトルクを調節する操作指令としてのアクセル開度Axが例示できる。
【0036】
また、車両10の制動力を規定する制動要因に関する数値として、ブレーキ開度Bxを用いている。制動要因に関する数値とは、その数値の変化により車両10の制動力が実際に変化する前に取得可能な数値である。この制動要因に関する数値としては、ブレーキ装置のブレーキ圧、そのブレーキ圧を調節する操作指令としてのブレーキ開度Bxが例示できる。
【0037】
次に、本発明の路面勾配推定方法について、
図5、
図6のフロー図を参照しながら、路面勾配演算部31の各機能として説明する。以下の路面勾配推定方法は、車両10の制御装置20が通電すると開始されて、一定周期(サンプリング時間)ごとに繰り返し行われてリアルタイムに路面勾配を推定する。そして、制御装置20が停電すると終了する。
【0038】
このフローがスタートすると、路面勾配推定装置30は、アクセル開度センサ22によりアクセル開度Axを、ブレーキ開度センサ24によりブレーキ開度Bxを、車速センサ26により車速vxを、加速度センサ27により加速度Gxをそれぞれ取得する(S110)。
【0039】
次いで、路面勾配演算部31は、推定部32の機能により、車両10が走行している路面勾配の推定値θzを推定する(S120)。具体的に、推定部32では、微分ブロック32aにより入力された車速vxを時間微分した微分値vx’を出力する。次いで、加算ブロック32bにより加速度Gxから微分値vx’を減算した値を車両10の前後方向の重力加速度成分(Gx−vx’)として出力する。次いで、除算ブロック32cにより重力加速度成分(Gx−vx’)を重力加速度gで除算した値を出力する。次いで、逆正弦関数ブロック32dにより、入力された値に逆正弦関数(sin
−1)を用いて推定値θzを推定する。道路勾配が小さいと考えられる場合、sinθ≒θとなることから、逆正弦関数ブロック32dは用いなくてもよい。
【0040】
次いで、路面勾配推定装置30は、変更部35の機能により、時定数tcを変更する(S130)。詳しくは、
図6に例示するように、時定数tcを変更する。
【0041】
まず、路面勾配推定装置30は、変更部35の機能により、駆動力が正か否かを判定する(S200)。次いで、制動力が正か否かを判定する(S210)。この二つの判定により、駆動力が正の場合は閾値αを選択し、駆動力がゼロ以下で且つ制動力が正の場合は閾値βを選択し、駆動力がゼロ以下で且つ制動力がゼロ以下の場合は閾値αを選択する。具体的に、変更部35では、選択ブロック35aにより、入力されたアクセル開度Ax、及びブレーキ開度Bxに基づいて、アクセル開度Axがゼロ且つブレーキ開度Bxが正の場合に閾値βを選択し、それ以外の場合に閾値αを選択する。
【0042】
閾値αが選択されると、路面勾配推定装置30は、変更部35の機能により、微分値vx’の絶対値が閾値αを超えたか否かを判定する(S220)。微分値vx’の絶対値が閾値αを超えたと判定すると、路面勾配演算部31は、変更部35の機能により、時定数tcを規定値tsに変更する(S230)。一方、微分値vx’の絶対値が閾値α以下と判定した場合は、時定数tcを下限値t0に変更する(S240)。
【0043】
一方、閾値βが選択されると、路面勾配推定装置30は、変更部35の機能により、微分値vx’の絶対値が閾値βを超えたか否かを判定する(S250)。微分値vx’の絶対値が閾値βを超えたと判定すると、路面勾配演算部31は、変更部35の機能により、時定数tcを規定値tsに変更する(S260)。一方、微分値vx’の絶対値が閾値β以下と判定した場合は、時定数tcを下限値t0に変更する(S240)。
【0044】
具体的に、変更部35では、スイッチブロック35bにより、微分値vx’の絶対値と
選択ブロック35aにより選択された閾値α、βとを比較する。微分値vx’絶対値が閾値α、βを超えた場合は、データブロック35cにより入力された微分値vx’の絶対値に応じた規定値tsを時定数tcとして出力する。一方、微分値vx’の絶対値が閾値α、βを超えていない場合は、下限値t0を時定数tcとして出力する。
【0045】
図5に例示するように、次いで、路面勾配演算部31は、フィルタ部34により、推定値θzに対して、入力された時定数tcで決まる遮断周波数fcより低い周波数成分を殆んど減衰させずに透過させる一方で、その遮断周波数fcよりも高い高周波数成分を逓減させるフィルタ処理を施す(S140)。このとき、フィルタ部34では、微分値vx’が閾値α、βを超えた場合に、つまりピッチング運動による車両10の姿勢変化が発生した場合に、時定数tcとして規定値tsが設定されて、遮断周波数fcが低くなる。一方で、微分値vx’が閾値α、β以下の場合に、つまりピッチング運動が生じていない場合に、時定数tcとして下限値t0が設定されて、遮断周波数fcが高くなる。
【0046】
次いで、路面勾配演算部31は、フィルタ部34の機能により、フィルタ処理が施された値を出力値θxとして出力する(S150)。そして、スタートへリターンする。
【0047】
以上のように、フィルタ処理に使用するローパスフィルタの時定数tcを微分値vx’に応じた値に変更するので、微分値vx’の大小に起因したピッチング運動による車両10の姿勢変化を一時的な変化としてフィルタ処理によりノイズとして除去できる。これにより、車両10の発進時、急加速時、急制動時など加速度が大きく変化するときの路面勾配の推定誤差の低減には有利になり、路面勾配を高精度に推定することができる。
【0048】
また、この実施形態では、微分値vx’の絶対値が閾値α、βを超えた場合は、車両10にピッチング運動が生じたと特定して、フィルタ処理の時定数tcを大きくして遮断周波数fcを低くする。つまり、フィルタ処理による透過範囲を狭くする。それ故、ピッチング運動による車両10の姿勢変化を一時的な変化として捉えてフィルタ処理によりノイズとして除去できる。これにより、特に、車両10の重量が比較的軽い場合、例えば、トラックなどの大型車両で積載量が少ない場合で、急加速や急減速が生じやすいときの路面勾配の推定誤差の低減には有利になる。
【0049】
フィルタ処理によるノイズ除去効果と応答性とはトレードオフの関係にある。つまり、常時、ピッチング運動による一時的な姿勢変化をフィルタ処理によりノイズとして除去しようとすると、路面勾配の推定の応答性が悪化するおそれがある。
【0050】
一方、この実施形態では、微分値vx’の絶対値が閾値αを超える場合以外では、時定数tcを小さくして遮断周波数fcを高くするので、フィルタ処理による出力遅延を抑制できる。これにより、ピッチング運動により車両10に姿勢変化が生じた場合は、その変化をノイズとして除去するとともに、姿勢変化が生じない場合は、時定数tcを小さくして、路面勾配の推定の応答性を確保することができる。
【0051】
この実施形態では、微分値vx’絶対値が閾値α、β以下の場合に、時定数tcを車両10の姿勢変化に伴わないノイズのみを除去可能な下限値t0に設定するので、フィルタ処理による出力遅延を最小にできる。これにより、路面勾配の推定の応答性の確保には有利になる。なお、必要な応答性を十分に確保できるように下限値t0の値を決めておくとよい。
【0052】
この実施形態では、出力値θxを出力する直前に、フィルタ処理を施すようにフィルタ部34を配置するので、別のパラメータに基づいた制限や補正を掛けた後の値にフィルタ処理を施すことが可能になる。これにより、車速や加速度にフィルタ処理を施す場合に比
して、フィルタ処理による出力遅延の低減には有利になる。
【0053】
加えて、この実施形態では、駆動力がゼロ以下で且つ制動力が正の場合と、それ以外の場合とで、条件を区別して、閾値α、βを選択するので、車両10の走行状況に応じた時定数tcに設定できる。これにより、走行状況に応じて異なる路面勾配の推定誤差の低減には有利になる。
【0054】
図7に例示する第二実施形態の路面勾配推定装置30は、第一実施形態に対して変更部35の選択ブロック35aが異なっている。この実施形態で、選択ブロック35aは、微分値vx’の正負によって、閾値α、βを選択する。具体的に、選択ブロック35aは、微分値vx’が正の場合は、車両10が加速している状況であるので、閾値αを選択する。一方、微分値vx’が負の場合は、車両10が減速している状況であるので、閾値βを選択する。微分値vx’がゼロの場合は、閾値α、βのどちらを選択してもよいが、この実施形態では、閾値αを選択する。
【0055】
図8に例示するように、この実施形態では、駆動力が正か否かの判定と、制動力が正か否かの判定の二つの判定を用いて、閾値α、βを選択する代わりに、微分値vx’の符号の正負によって、閾値α、βを選択する。
【0056】
このように、微分値vx’の正負に基づいて、閾値α、βを選択しても、車両10の走行状況に応じた時定数tcに設定できるので、走行状況に応じて異なる路面勾配の推定誤差の低減には有利になる。
【0057】
また、上記の第一実施形態及び第二実施形態において、閾値α、βを同一の数値に設定した場合は、閾値のための判定を省略してもよい。微分値vx’の絶対値が閾値αよりも大きい場合は、時定数tcとして規定値tsを設定する一方で、閾値αよりも小さい場合は、時定数tcとして下限値t0を設定する。
【0058】
図9に例示する第三実施形態の路面勾配推定装置30は、第一実施形態に対して変更部35が異なっている。この実施形態で、変更部35は、微分値vx’が予め設定した負の閾値(−β)と正の閾値αとの間の範囲(−β<vx’<α)を外れた場合は、時定数tcを規定値tsに、範囲に収まった場合は、時定数tcを下限値t0にそれぞれ設定する。
【0059】
微分値vx’が負になる場合は、駆動力がゼロ以下で且つ制動力が正の場合である。一方、微分値vx’が正になる場合は、それ以外の場合である。
【0060】
このように、算出加速度としての微分値vx’が負の閾値(−β)と正の閾値αとの間の範囲に収まったか、その範囲から外れたかを比較することで、時定数tcを変更してもよい。
【0061】
つまり、第一実施形態の微分値vx’の絶対値が閾値α、βを超えるか否かと、第二実施形態の微分値vx’が負の閾値(−β)と正の閾値αとの間の範囲外にあるか否かとは同義である。どちらの実施形態においても、微分値vx’の数値が小さい場合は(|vx’|≦α、β;−β<vx’<α)、時定数tcを下限値t0にし、微分値vx’の数値が大きい場合は時定数tcを下限値t0よりも大きい規定値tsにする。
【0062】
図10〜
図13に例示する第四実施形態の路面勾配推定装置30は、第一実施形態に対して変更部35が異なっている。この実施形態で、変更部35は、時定数tcの強弱を微分値vx’と車速vxとに応じて変更する。また、変更部35は、駆動要因に関する数値
としてエンジン14の出力トルクTxを用いている。
【0063】
図10に例示するように、この実施形態で、変更部35は、駆動要因に関する数値としてそれらに基づいたエンジン14の出力トルクTxを用いた選択ブロック35a、スイッチブロック35b、データブロック35e、35f、35gを有している。
【0064】
選択ブロック35aは、データブロック35eから出力された出力トルクTxとブレーキ開度Bxとが入力されて、それらに基づいて閾値α、βのいずれかを選択する。
【0065】
データブロック35eは、エンジン回転速度Nxと燃料噴射量Qxとが入力されて、駆動要因に関する数値としてそれらに基づいたエンジン14の出力トルクTxを出力する。
【0066】
図11に例示するように、出力トルクTxは、エンジン回転速度Nx及び燃料噴射量Qxのそれぞれに対して正の関係にあり、エンジン回転速度Nxが速く且つ燃料噴射量Qxが多いほど、大きくなる。このマップデータは予め実験や試験により求めておき、データブロック35eに記憶させておく。
【0067】
スイッチブロック35bは、駆動力が正の場合は、微分値vx’の絶対値が閾値αを超えたときに、時定数tcを高時定数thにする一方で、微分値vx’の絶対値が閾値α以下になったときに、時定数tcを低時定数tlにする。また、変更部35は、駆動力がゼロ以下で、且つ制動力が正の場合は、微分値vx’の絶対値が閾値βを超えたときに、時定数tcを高時定数thにする一方で、微分値vx’の絶対値が閾値β以下になったときに、時定数tcを低時定数tlにする。
【0068】
データブロック35fは、車速vxが入力されて、その車速vxに応じた高時定数thを出力する機能要素である。データブロック35gは、車速vxが入力されて、その車速vxに応じた低時定数tlを出力する機能要素である。高時定数thは、同一の車速vxにおける低時定数tlよりも大きい値に設定されている。
【0069】
図12に例示するように、高時定数thは、一定値になるまでは、車速vxに対して負の関係にあり、車速vxが速くなる程、小さくなる。
図13に例示するように、低時定数tlは、下限値t0になるまでは、車速vxに対して負の関係にあり、車速vxが速くなる程、小さくなる。これらのマップデータは予め実験や試験により求めておき、データブロック35f、35gのそれぞれに記憶させておく。なお、高時定数th及び低時定数tlは車速センサ26が車速vxを検出できない場合は、車速vxがゼロと見なされて算出される。
【0070】
このように、この実施形態では、車速vxに応じて時定数tcを可変にするので、路面勾配の変化速度に応じて、トレードオフの関係にあるノイズ除去効果と応答性とを最適化できる。これにより、車速vxが速くノイズが少ない場合は、時定数tcを小さくして路面勾配の推定の応答性を高めることができる。一方で、車速vxが遅く応答性が遅くてもよい場合は、時定数tcを大きくしてノイズ除去効果を高めることができる。
【0071】
図14に例示する第五実施形態の路面勾配推定装置30は、既述した実施形態に対して、変更部35が異なっている。
【0072】
この実施形態の規定値tsは、第一実施形態に比して、高時定数thと低時定数tlとの差分の平均値の分だけ小さく設定されている。つまり、この実施形態で、規定値tsは、高時定数thの補正値として機能する。
【0073】
このように、この実施形態では、微分値vx’の絶対値が閾値α、βを超えた場合は、時定数tcを微分値vx’に応じた規定値tsと、その時の車速vxに応じた高時定数thとを加算した値に設定するので、微分値vx’の変化に加えて車速vxに応じたピッチング運動による車両10の姿勢変化をフィルタ処理によりノイズとして除去できる。これにより、路面勾配の推定誤差の低減には有利になる。
【0074】
図15に例示する第六実施形態の路面勾配推定装置30は、既述した実施形態に対して、変更部35が異なっており、算出加速度として加速度センサ27により取得した加速度Gxから車両10の姿勢変化に伴う重力加速度成分を除いた値を用いている。
【0075】
この実施形態で、変更部35は、絶対値ブロック35iとフィルタブロック35jとを有している。
【0076】
フィルタブロック35jは、時定数tcが可変自在のフィルタ部34とは異なり、時定数tdが固定のローパスフィルタを有している。時定数tdは、加速度センサ27により取得した加速度Gxから車両10の姿勢変化に伴う重力加速度成分を除いた値に設定されている。
【0077】
この実施形態では、算出加速度として加速度センサ27により取得した加速度Gxを用いる場合に、加速度Gxにフィルタ処理を施して、加速度Gxから車両10の姿勢変化に伴う重力加速度成分を除くので、微分値vx’に近似した算出加速度を用いることができる。これにより、車速センサ26により車速vxを検出できない極低車速領域における路面勾配の推定誤差の低減には有利になる。極低速領域は、車速センサ26が車速vxを検出できない、あるいは、ゼロを検出する領域である。つまり、極低速領域は、車両10が移動していない状態、あるいは車両10が移動する瞬間の状態、あるいは車両10の移動距離が短く車速センサ26でパルスを検出できない状態を含んでいる。
【0078】
なお、フィルタ部34が、車速センサ26と推定部32との間、加速度センサ27と推定部32との間にそれぞれ介在してもよい。この場合のフィルタ部34は、車速vx及び加速度Gxのそれぞれが入力されて、それらの車速vx及び加速度Gxにフィルタ処理を施して推定部32に出力する。
【0079】
このように、推定値θzの代わりに取得した車速vx及び加速度Gxのそれぞれにフィルタ処理を施してもよい。なお、車速vxをフィルタ処理するフィルタ部34を推定部32の微分ブロック32aと加算ブロック32bとの間に介在させて、車速vxの代わりに、車速vxを時間微分した微分値vx’のノイズを除去してもよい。また、車速vxのノイズを除去するフィルタ部34と、加速度Gxのノイズを除去するフィルタ部とでそれぞれ時定数tcを異ならせてもよい。
【0080】
既述した実施形態のように、算出加速度としては、車速センサ26により取得した車速vxを時間微分した微分値vx’、又は加速度センサ27により取得した加速度Gxにフィルタ処理を施した値のいずれかを用いればよい。例えば、車速vxがゼロになる極低速領域では、加速度Gxにフィルタ処理を施した値を用いて、それ以外では微分値vx’を用いるように選択してもよい。
【0081】
既述した実施形態では、車両10がトラックなどの大型車両を例に説明したが、本発明の路面勾配推定装置30は、バス、普通車両、牽引車(トラクタ)にも適用でき、車両10の種類には限定されない。
【0082】
また、既述した実施形態では、路面勾配推定装置30が、路面勾配演算部31、車速セ
ンサ26、及び加速度センサ27から構成された例を説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば、路面勾配推定装置30が車速取得手段、加速度取得手段、及び推定手段として機能する一つのセンサと、フィルタ手段及び変更手段として機能するハードウェアとから構成されていてもよい。
【0083】
また、既述した実施形態では、フィルタ部34として、一次伝達関数ブロックを用いたが、本発明はこれに限定されない。フィルタ部34としては、例えば、定数倍ブロックと、加算ブロックと、積分ブロックとから構成し、1回積分の結果をフィードバック加算するものを用いてもよいし、ローパスフィルタの次数は高次でもよい。