特許第6743685号(P6743685)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6743685
(24)【登録日】2020年8月3日
(45)【発行日】2020年8月19日
(54)【発明の名称】化学蓄熱材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09K 5/16 20060101AFI20200806BHJP
   F28D 20/00 20060101ALI20200806BHJP
【FI】
   C09K5/16
   F28D20/00 H
【請求項の数】4
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2016-250308(P2016-250308)
(22)【出願日】2016年12月26日
(65)【公開番号】特開2018-104512(P2018-104512A)
(43)【公開日】2018年7月5日
【審査請求日】2019年12月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】水谷 陽介
(72)【発明者】
【氏名】青木 正和
(72)【発明者】
【氏名】山内 崇史
【審査官】 常見 優
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−309561(JP,A)
【文献】 特開2009−186119(JP,A)
【文献】 特開昭60−215724(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 5/00− 5/20
F28D17/00−21/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱媒の吸蔵または放出により発熱または吸熱する化学蓄熱材であって、
該熱媒の吸蔵前に、
Ca(1-x)O(0<x<1、M=MnまたはCd)
で表される複金属酸化物からなる化学蓄熱材。
【請求項2】
前記xは、0.6≦x≦0.9を満たす請求項1に記載の化学蓄熱材。
【請求項3】
請求項1または2に記載の化学蓄熱材を得る製造方法であって、
CaOまたはCa(OH)と、MOまたはM(OH)(M=MnまたはCd)とを混合した混合原料を焼成する焼成工程を備える化学蓄熱材の製造方法。
【請求項4】
前記焼成工程は、焼成温度が1000〜1400℃である請求項3に記載の化学蓄熱材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複金属酸化物(または複金属水酸化物)からなる化学蓄熱材等に関する。
【背景技術】
【0002】
環境意識の高揚に伴い、省エネルギー化やエネルギー効率の向上を図る研究開発が盛んになされている。その一つに、蓄熱密度が大きく、保温しなくても長期間の蓄熱が可能な化学蓄熱材を用いた化学蓄熱システムが着目されている。化学蓄熱システムは、化学蓄熱材に対して熱媒(水等)の吸蔵または放出をさせて、放熱(発熱)と蓄熱(吸熱)を行う。化学蓄熱システムを利用すると、各種の機器やプラント等から生じる比較的低温な廃熱(または排熱)等も有効に活用可能となる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】J. Ryu et al., Jounal of Chemical Engineering of Japan, 40 (2007) 1281
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
もっとも、化学蓄熱システムで廃熱を有効に活用するためには、廃熱の温度と化学蓄熱材の作動温度(再生温度)との整合が重要となる。例えば、水(水蒸気)を熱媒とする化学蓄熱材として周知な酸化カルシウム(生石灰/CaO)の場合、Ca(OH)がCaOとなる再生温度は373℃である。このため、CaOを化学蓄熱材として用いる場合は、その再生温度以上の廃熱を用意しなければ、CaOを化学蓄熱材として作動させることができない。
【0005】
また、再生温度よりも高温な廃熱を用いてCa(OH)をCaOへ再生させても、CaOをCa(OH)へ変化させたときに取り出せる熱の温度は再生温度付近となる。つまり、再生に利用した廃熱よりも取り出せる熱が低温化し、いわゆる熱の品位が低下してしまう。
【0006】
ちなみに、Ca(OH)に次いで再生温度が低い金属水酸化物はMg(OH)であり、その再生温度は177℃である。しかし、Ca(OH)とMg(OH)の再生温度差は約200℃もある。このため、例えば、その中間温度である300℃付近の廃熱がある場合、従来の化学蓄熱材(CaOやMgO)では、その廃熱を十分に有効活用できなかった。
【0007】
なお、非特許文献1には、Mg(OH)中のMgの一部をCoまたはNiで置換して、再生温度を低温化させた複金属水酸化物に関する記載がある。しかし、その複金属水酸化物では、当然、再生温度が177℃未満であり、高温で熱量の大きい300℃付近の廃熱を有効活用できない。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、従来の化学蓄熱材とは異なる温度で作動する新たな化学蓄熱材等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、Ca(OH)の再生温度とMg(OH)の再生温度との中間にある300℃前後で作動(再生)させ得る新たな化学蓄熱材の合成に成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0010】
《化学蓄熱材》
(1)本発明の化学蓄熱材は、熱媒の吸蔵または放出により発熱または吸熱する化学蓄熱材であって、該熱媒の吸蔵前に、Ca(1-x)O(0<x<1、M=MnまたはCd)で表される複金属酸化物からなる。
【0011】
(2)本発明の化学蓄熱材は、金属酸化物(CaOとMO)の単なる混合物ではなく、原子レベルで複合化された複金属酸化物からなる。例えば、熱媒が水である場合、本発明の複金属酸化物は、水(水蒸気)を吸蔵することにより、複金属水酸化物(Ca(1-x)(OH))となる。逆に、複金属水酸化物から水が放出されることにより、複金属酸化物となる。このような作動(再生)は、Ca(OH)の再生温度よりも遙かに低温側で生じ得る。従って、本発明の化学蓄熱材を用いれば、従来のCaO等では利用できなかった廃熱も有効に活用できるようになる。なお、具体的な作動温度は、CaとMの割合を変更することにより調整可能である。ちなみに、Mは金属元素であり、Mnおよび/またはCdである。本明細書では、M=Mnの場合について主に説明するが、後述するようにM=Cdでも、さらにはM=Mn+Cdまで本発明は成立し得る。
【0012】
《化学蓄熱材の製造方法》
上述した本発明の化学蓄熱材は、例えば、次のような本発明の製造方法により得られる。すなわち、上述した化学蓄熱材は、CaOまたはCa(OH)と、MOまたはM(OH)(M=MnまたはCd)とを混合した混合原料を焼成する焼成工程を備える製造方法により得ることが可能である。
【0013】
なお、得られた焼成体をそのまま化学蓄熱材として用いても良いし、それを解砕、粉砕したものを化学蓄熱材として用いてもよい。また、混合原料の複金属酸化物への合成率を高めるために、焼成工程は複数回なされてもよい。
【0014】
《その他》
(1)本明細書でいう「熱媒」は、水に限らず、二酸化炭素等でもよい。また、本発明の化学蓄熱材は、熱媒の吸蔵前(または放出後)に複金属酸化物であればよい。熱媒の吸蔵後の化学蓄熱材は、複金属水酸化物、複金属水酸化物の錯体等となる。便宜上、本明細書では、特に断らない限り、熱媒を水とした場合について説明する。
【0015】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1A】試料1に係るX線回折パターンである。
図1B】試料2に係るX線回折パターンである。
図2A】試料1に係る熱重量分析を示すグラフである。
図2B】試料2に係る熱重量分析を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、化学蓄熱材のみならず、その製造方法等にも適宜該当し得る。方法的な構成要素であっても物に関する構成要素ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0018】
《再生温度》
再生温度は、化学蓄熱材の再生反応が平衡状態となるときの温度として定義される。本発明の化学蓄熱材が水(蒸気)と反応する場合であれば、その平衡状態は次式により表される。
Ca(1-x)(OH) ⇔ Ca(1-x)O+HO (式1)
【0019】
このときの再生温度は、ギブスエネルギー変化(ΔG)を示す次式から求めることができる。
ΔG=ΔG+RTln(P/P) (式2)
ここで、ΔG :標準ギブスエネルギー変化
R :気体定数
T :再生温度
P :水蒸気圧力
:標準状態の圧力
【0020】
ΔG=0を解くことにより、再生反応が平衡状態にあるときの再生温度(T)を求められる。ここで、化学蓄熱材を大気雰囲気で作動させる場合、水蒸気圧は25℃における飽和水蒸気圧(3.2kPa)とするとよい。本明細書では、特に断らない限り、その飽和水蒸気圧下における再生温度を示す。なお、化学蓄熱材を大気雰囲気で作動させると、大気の熱を有効に利用でき、エネルギーを追加的に消費することなく化学蓄熱システムの稼働が可能となる。
【0021】
《複金属酸化物》
本発明に係る複金属酸化物を構成するMは、MnまたはCdである。CdOはCaOおよびMnOと同じ岩塩型の結晶構造をしており、CdはCaとカチオン半径が近い。具体的にいうと、1酸化物中における各イオン半径は、Ca:1.00Å、Cd:0.95Å、Mn:0.83Åである(参考文献: R. D. Shannon, Acta Crystallographica Section A 32 (1976) 751.)。従って、CdはMnと同様に、Caに対して全率固溶し得る。これにより、CaCd(1-x)Oは、CaMn(1-x)Oと同様な挙動を示すといえる。ちなみに、それら各単体の再生温度は、Mn(OH):114℃、Cd(OH):63℃である。
【0022】
なお、本発明者は、再生温度がCa(OH)よりも低い金属水酸化物を構成する他の金属元素(Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Sn、Pb等)についても、Ca(1-x)Oのような複金属酸化物が合成され得る可能性を、擬2元系状態図等に基づいて検討した。しかし、上述したMnとCd以外に、Caと合成され得る金属元素は見当たらなかった。
【0023】
Caと合成されるM(Mn、Cd)の原子割合(x)は、0<x<1の範囲内で、化学蓄熱材(再生温度)の仕様に応じて調整され得る。xが小さくなる程、低温側で再生される複金属水酸化物の割合が増加する傾向を示す。もっとも、0.6≦x≦0.9さらには0.7≦x≦0.9であると、化学蓄熱システムの効率的な稼働が可能となって好ましい。
【0024】
《化学蓄熱材の製造方法》
(1)原料
原料には、本発明の複金属酸化物または複金属錯体(複金属水酸化物を含む)が生成される種々のものを用いることができる。例えば、CaMn(1-x)Oを生成する場合であれば、CaOとMnOを原料とし、CaCd(1-x)Oを生成する場合であれば、CaOとCdOを原料とすればよい。
【0025】
(2)焼成工程
焼成工程は、原料を加熱して、CaとMn、Cdとを原子レベルで複合化させる工程である。CaOと、MnOまたはCdOの少なくとも一方とを混合した原料(混合原料)を焼成する場合であれば、焼成温度は1000〜1400℃、1100〜1300℃さらには1150〜1250℃とすると好ましい。焼成温度が過小では複合化が不十分となり、焼成温度が過大では生産性が低下し得る。
【0026】
焼成工程は、真空雰囲気中に限らず、不活性ガス雰囲気中でなされてもよい。
【0027】
原料を均一的に複合化した複金属酸化物を得るために、焼成工程は複数回なされてもよい。その際、各回の焼成工程は同じ条件下でなされても、異なる条件下でなされてもよい。また、各焼成工程前に、粉砕、混合、ペレット化等がなされることが好ましい。
【0028】
なお、焼成工程等により得られた複金属酸化物等の粉末を、加圧成形した成形体を得る成形工程を任意に行ってもよい。所望形状の化学蓄熱材とすることにより、取扱性、反応器への収容性等の向上が図られる。
【0029】
《化学蓄熱システム》
化学蓄熱材は、熱媒と吸収反応または放出反応して、放熱作用または吸熱作用をする。化学蓄熱システムは、その化学蓄熱材を収容した反応器に対して、熱媒の供給または回収を行うことにより、上記のような反応および作用をさせる。
【0030】
熱媒が水の場合であれば、化学蓄熱システムは、例えば、化学蓄熱材を収容した反応器と、蓄熱(再生)時に反応器から発生した水蒸気を凝縮して水(液体)にすると共に放熱時にその水を蒸発させた水蒸気を反応器へ供給する凝縮器と、それらをつなぐ配管とを備える。
【実施例】
【0031】
複数の試料(複金属酸化物)を製造し、それらの構造と特性を評価した。これらに基づいて、本発明をより具体的に詳述する。
【0032】
《試料の製造》
(1)混合工程
原料として、金属酸化物である酸化カルシウム(CaO)の粉末(和光純薬工業株式会社製)と、酸化マンガン(MnO)の粉末(株式会社高純度化学研究所製)とを用意した。これら粉末を所定の比率(混合比)に秤量したものを、均一的に混合した。なお、本実施例に係る混合比は、CaO:MnO=8:2(試料1)と、CaO:MnO=7:3(試料2)とした。この混合比は、物質量比(モル比)である。
【0033】
(2)第1焼成工程
得られた混合粉末を355MPaで加圧してペレット(15×15mm)にした。このペレットをアルゴン雰囲気中で1200℃×12時間加熱した。
【0034】
(3)第2焼成工程
その焼成後のペレットを大気中で解砕・粉砕して得られた粉末を再度、混合、ペレット化して、第1焼成工程と同様に加熱(1200℃×12時間加熱)した。こうして得られたペレットをさらに大気中で粉砕した粉末を試料とした。
【0035】
(4)各試料の粉末をそれぞれ入れた蓋のない容器と、水を入れた別な蓋の無い容器とをオートクレーブ内に配置して、両者を80℃で加熱した。こうして各試料の粉末に80℃の飽和水蒸気を接触させた。
【0036】
《観察》
水蒸気に接触させた各試料の粉末粒子を、X線回折(XRD/Cu-Kα: λ= 1.5418 A))により構造分析した。こうして得られた各XRDパターンを、図1A図1B(両者を併せて単に「図1」という。)に示した。各図には、Ca(OH)とMn(OH)の各レファレンスピーク位置も併せて示した。
【0037】
《測定》
水蒸気に接触させた各試料の粉末について、熱重量分析(TG)を行った。この測定は、試料室内を予め排気した後、3kPa(25℃)の水蒸気雰囲気としてから、5℃/分で昇温させて行った。こうして得られた各試料の分析結果を図2A図2B(両者を併せて単に「図2」という。)に示した。なお、各図には、別途用意した市販のCa(OH)に係る同様な分析結果も併せて示した。
【0038】
《評価》
(1)構造
図1から明らかなように、試料1と試料2に係るピークはそれぞれ、Ca(OH)のレファレンスピーク位置を基準にして、Ca(OH)とMn(OH)のレファレンスピーク位置間を、ほぼ混合比で内分した位置(試料1:約2:8、試料2:約3:7)付近に観察された。これらから、Ca(OH)やMn(OH)とは異なる新たな結晶構造を有するCaMn(1-x)(OH)(0<x<1)が生成きれたことが確認できた。
【0039】
(2)作動(再生)
図2から明らかなように、先ず、Ca(OH)は400℃付近で急激に脱水(再生)されて、ほぼCaOになることがわかる。
【0040】
一方、各試料に係るCaMn(1-x)(OH)は、室温から400℃付近へ昇温するにつれて、徐々に脱水し、400℃付近で脱水がある程度まで急激に進んだ後、さらに、400℃付近から600℃へ昇温するにつれて、さらに脱水が徐々に進行した。このように各試料の複金属水酸化物は、再生温度域が広範囲となるため、様々な温度の廃熱を有効に利用することが可能となる。
【0041】
例えば、400℃よりもかなり低い300℃の廃熱でも、CaMn(1-x)(OH)なら、少なくともその1/3程度を脱水(再生)させることが可能となる。逆にいうと、脱水が起こる再生温度と水蒸気を吸収するときの発熱温度とは、既述した式(2)のΔG=0のときとして求まるため、脱水時と同じ圧力の水蒸気を吸収させれば、脱水時と同じ温度で発熱させることができる。従って、300℃の廃熱で再生した後、逆に水蒸気を導入すれば、300℃程度の発熱を取り出すことが可能となる。
【0042】
以上から、従来の化学蓄熱材(Ca(OH))とは全く異なる脱水挙動を示す新規な物質からなる化学蓄熱材(CaMn(1-x)(OH))が得られたことが明らかとなった。ちなみに、図2に示した重量減少値は理論値と僅かに異なっているが、これは不純物または昇温前に行った減圧過程の影響に過ぎないと考えられる。
図1A
図1B
図2A
図2B