【実施例1】
【0050】
図2に実施例1におけるシステム構成図を示す。
図2において、10は上位制御部、20はパルス生成部、30はインバータ、40は負荷を示している。上位制御10とはパルス生成より上流に存在する制御を示しており、例えばシステムに操作盤操作量に基づく速度指令、及びインバータ30の検出三相電流が入力され、速度制御、電流制御を経て変調率と位相の指令を生成するような制御を指す。
【0051】
上位制御部10から変調率、位相が出力された後は、それらの情報をもとにパルス生成部20が、内部のパルスパターンテーブルを参照してパルス生成を行う。パルスパターンテーブルには、図示省略のパルスパターン導出部により事前に作成したパルスパターンの情報が格納されており、変調率、位相の情報に応じた出力電圧レベルが定められている。
【0052】
パルス生成部20からは前記出力電圧レベルに基いたゲート信号が出力され、それによりインバータ30が駆動される。インバータ30はモータ等の負荷40につながっており、負荷40にはゲート信号に応じた電圧が印加される。
【0053】
図2は固定パルスパターン方式による電力変換の代表的なシステム構成例であり、本発明の適用対象はこれに限らない。例えば、電源に回生を行うコンバータ制御において、事前に導出したパルスパターンテーブルに基づいてスイッチングを行うような構成でもよい。重要なのは、事前に作成したパルスパターンに関するテーブルを用いて、電力変換器を駆動することである。
【0054】
図3に、パルスパターン導出部が行うパルスパターン導出処理のフローチャートを示す。
図3のステップS1では、目標変調率d_ref(変調率指令)を入力する(
図2のシステム駆動時は、上位制御部10からの指令変調率に一番近いテーブルを採用)。
【0055】
ステップS2では、目標変調率d_refを出力するために必要な最小レベル数L_dutyを求める。
【0056】
このステップS2は、目標変調率d_refを出力するために最低限必要なスイッチング回数を定める処理である。最低限必要なスイッチング回数とは、必要な最小レベル数L_dutyによって定まる。目標変調率d_refを出力するのに必要な最小レベルまで達しないパルスパターンを導出しようとしても、出力電圧基本波に関する後述の条件式(2)を満たすことができない。
【0057】
目標変調率d_refについては所望の定義で定めてよいが、本実施例1においては、1レベル分の直流電圧vdc、電力変換器の最大出力レベルL_high、目標出力電圧の基本波振幅V_refに対して式(1)で定義する。
【0058】
【数1】
【0059】
ここでの「レベル」とは中性点電位からのレベルである。また、本実施例1において必要な最小レベル数L_dutyは電圧振幅で算出し、電圧の正負の頂点(ピークトゥピーク)では算出しない。例えば
図4のように、7レベルインバータにおいては、中央のレベルが中性点電位であり、−3、−2、−1、0、1、2、3レベルの出力ができるものと考える。また、このインバータの最大変調率付近の基本波を出力するのに必要な最小レベルL_dutyは3レベルであるととらえるものとする。
【0060】
次に、ステップS2における、目標変調率を出力するための必要最小レベル数L_dutyの求め方について検討する。
【0061】
図4のように最大変調率付近においては、明らかに全レベルを使わなければ目標変調率の電圧基本波を出力できない。しかし、それよりも低い変調率のときには少ないレベル数を使って波形を表現可能であると考えられる。
【0062】
そこで、一般的な目標変調率d_refの表現に必要なレベル数L_dutyを考える。前記式(1)に則る場合、d_ref=1.0の電圧基本波の頂点が電力変換器の最大出力レベルと一致する。逆に考えると、1レベルの出力と基本波頂点が一致するのは、電力変換器の最大出力レベルL_highを用いてd_ref=1/L_highのときだとわかる。このことから1レベルにつき変調率1/L_highだけの表現力があると考えられる。つまりステップS2におけるL_dutyは式(2)を満たすように定めればよい。
【0063】
【数2】
【0064】
これは
図5のように電圧基本波の頂点がL_dutyレベル(=2)とL_duty−1レベル(=1)の間を通るように定めることと同義である。
図5より、d_ref=0.5に対してL_high=3、L_duty=2として式(2)を解くと式(3)の形になり、条件式を満たしている。
【0065】
【数3】
【0066】
次に、最小レベル数L_dutyレベルを用いる電圧波形とスイッチング回数の関係について考える。L_dutyレベルに到達するためには四半周期に最低L_duty回のスイッチングが必要であり、それ以下のスイッチング回数ではL_dutyレベルまで到達できない。そして、四半周期のスイッチング回数がL_duty回のとき、四半周期のレベル変化の方向は必ず正になる。一回でも負方向のレベル変化があればL_duty回のスイッチングでL_dutyレベルまで到達できない。パルスパターンの正弦波状の対称性を前提にすると、このときの電圧波形は、
図4、
図5のように目標の正弦波の傾きとレベル変化の方向が常に一致した波形になる。
【0067】
次にステップS3では、目標変調率において基本波、高調波のうち、管理したい(制御したい)電圧次数の総数(総計)を求める。このステップS3は、所望の品質の電圧を出力するために必要なスイッチング回数を定める処理である。非特許文献1では、電圧基本波と電流高調波を考慮したパルスパターンの導出法が述べられている。この非特許文献1に記載の内容を3レベルからマルチレベルへ拡張し、本発明の変数設定を用いて表現すると式(4)、式(5)の条件式になる。式(4)、式(5)は電圧波形の正弦波状の対称性を前提として、フーリエ級数展開を行った結果であり、式(4)が電圧基本波、式(5)がn次電圧高調波についての条件式である。
【0068】
【数4】
【0069】
【数5】
【0070】
ここで、d_refは目標変調率、Vnは電圧n次高調波振幅、L_highは電力変換器の最大出力レベル数、Nは四半周期のスイッチング回数、θA、θBはパルスパターンの各スイッチング位相を示す。なお、cos関数の前の符号はスイッチングによるレベル変化の方向が正なら+、負なら−になる。
【0071】
目標変調率の高調波を低減したいならば、式(4)の関係を保ちつつVnを所望の次数について低減するように四半周期のスイッチング位相(θA,θB,…,θN)を決めればよい。四半周期のスイッチング位相が確定すれば、残りのスイッチング位相は正弦波状の対称性から一意に定めることが可能である。
【0072】
また、非特許文献1で述べられているように高調波については誘導性負荷を考慮し、式(5)を式(6)の電流高調波の条件式で考えてもよい。
【0073】
【数6】
【0074】
さらに、高調波次数については、電圧波形の対称性と三相の平衡を考慮すると、偶数次高調波と3の倍数の高調波は電流に表れないため、6の倍数±1の次数(n=5,7,11,13,17,19,…)について考慮すればよい。
【0075】
以上のようにパルスパターンの基本波と高調波を管理することが可能だが、これは必ずしも所望の基本波で高調波を自由な値に制御できることを意味しない。例えば、四半周期に3回のスイッチングで、式(4)を保ちつつ、式(5)にて5、7、11、13、17、19次高調波の振幅を0にすることは、一般にはできない。なぜなら、7つの方程式(基本波と6つの高調波)に対して3つの変数で解を求めようとしているのと同義だからである。所望の高調波の振幅を確実に0にするためには、抑制したい高調波の数+1(基本波の分)個の変数が必要である。
【0076】
抑制したい全ての高調波次数と1次(基本波)のことを総じて、
図3では制御したい電圧次数と称している。制御したい電圧次数の総計N_volt個の四半周期のスイッチング回数を設定すれば、基本波振幅をd_refに、抑制したい高調波の振幅を0にしたパルスパターンを導出できる。
【0077】
本発明では、電圧品質の確保のために、四半周期に最低N_volt回のスイッチングを行うものとした。
【0078】
ただし、N_voltは変調率によって可変でもよい。例えば、特許文献1では低変調率においてパルス幅が狭くなることを考慮して、パルス数(スイッチング回数)を減らしている。他にも、モータの用途によっては、高変調率の電圧は高周波数でのみ用いることがあり、フィルタやモータのL成分によっては、ある周波数以上の電圧高調波は考慮しなくてよい場合がある。
【0079】
この場合、低周波数で用いる低変調率については高次の高調波まで考慮する必要がある一方、高周波数で用いる高変調率については高次を特別抑制する必要が無くなり、低次高調波のみ考慮すればよくなる。つまり、高変調率では低変調率のときよりもN_voltを小さく設定することができる。N_voltを減少した場合、スイッチング回数が減少し、スイッチング損失の減少から効率改善が期待できる。
【0080】
次にステップS4〜S6において、スイッチング回数の決定処理を行う。前記ステップS2、S3では変調率の表現、高調波の抑制という2つの観点から最低限必要なスイッチング回数L_dutyと制御したい電圧次数の総計N_voltを求めた。ステップS4〜S6ではこの2つを比べて、より大きい方を目標変調率d_refにおける四半周期のスイッチング回数Nに設定する。
【0081】
すなわち、ステップS4では、前記L_dutyとN_voltを比較判定し、L_dutyの方が大きい場合はステップS5にて四半周期のスイッチング回数NをL_dutyに決定し、N_voltの方が大きい場合はステップS6にて四半周期のスイッチング回数NをN_voltに決定する。
【0082】
ここで、ステップS4の判定結果が、ステップS6にてN_voltを採用する方へ分岐した場合には、ステップS7において電圧の形を決定する処理が必要となる。必要なレベル数L_dutyと四半周期のスイッチング回数Nが定まっていても、電圧の形には複数種類存在する場合がある。
図6はその例である。
図6のように、L_duty=2、N=4の場合、A、Bの2種類が考えられる。
【0083】
ここでは、一旦負の出力になるなど明らかに望ましくないものは除外した。ステップS6にてN=N_voltと決定された場合は、これらの電圧パルスから所望の形を選びパルスパターン導出に用いることになる。所望の形は、例えば三角波比較PWMを行った場合の波形を参考に決めれば、三角波比較PWM方式と固定パルスパターン方式の切替性能の向上が期待できる。また、あえて特定の形を選ぶことはせず、全ての出力電圧の形について後述のステップS8にてパルスパターン導出を行い、より高調波を抑制できた方を採用するようにしてもよい。
【0084】
尚、ステップS5にてNをL_dutyに決定した場合は、前記ステップS2で説明したように四半周期のレベル変化の方向は必ず正になるため出力電圧の形は一意に決まるので、電圧の形を定める処理は必要ない。
【0085】
次に、ステップS8においてパルスパターンの導出処理を行う。このステップS8では、目標変調率d_ref、四半周期のスイッチング回数N、および出力電圧の形をもとに式(4)で電圧基本波と、式(5)あるいは式(6)で高調波についての連立方程式を解き、N回分のスイッチング位相を求める。このとき、前記ステップS3の説明では高調波振幅を0にすることを目標と置いていたが、必ずしもそうである必要はない。高調波振幅を0にする議論はN_volt決定のための目安であり、多数の高調波を平均的に抑制できるよう多数のnについての式(5)や式(6)の総和を低減する導出でも構わない。
【0086】
ステップS8で導出したスイッチング位相と電圧の形から、1周期分のパルスパターンが確定し、ステップS9において出力され、
図2のパルス生成部20が、目標変調率および位相に応じた出力電圧レベルを定めたパルスパターンをテーブル化する。
【0087】
このようにしてテーブル化されたパルスパターンを用いれば、固定パルスパターンの最適なスイッチング回数による制御が可能となる。
【0088】
尚、
図3のパルスパターン導出フローチャートの重要な点は、目標変調率を出力するために必要な最小レベルL_dutyを考慮して四半周期のスイッチング回数Nを定めており、NはL_duty未満にならないという点である。この点が守られていれば、分岐点(ステップS4)におけるL_dutyとの比較対象が、制御したい電圧次数の総計N_voltである必要はなく、パルスパターン導出に別の条件式からなる1つ以上の別の分岐(比較判定処理)が設けられていてもよい。
【0089】
別の分岐の例としては、所定内のスイッチング損失に収まるようなNの上限N_lossについて、N_lossとL_dutyを比較する分岐などがある。
【0090】
以上のように本実施例1によれば、変調率によって最適なスイッチング回数としたパルスパターンを導出することができ、その最適なスイッチング回数での固定パルスパターン方式の制御が可能となる。
【0091】
このため、高変調率では確実な基本波表現を達成した制御を行い、中〜低変調率では高調波抑制を達成した制御を行うことができる。
【0092】
また、先行技術文献(特許文献1、非特許文献1)の方式では解決できなかった、最大変調率を出力するためには出力1周期内で最大電圧レベルを必ず出力しなければならないという、マルチレベルインバータ特有の問題を解決することができる。
【実施例2】
【0093】
本実施例2では、実施例1の
図3のフローチャートの、目標変調率d_refを出力するための最小レベル数L_dutyを決定するステップS2の処理について以下の変更を加える。
【0094】
三角波比較PWMでは、目標電圧について三次高調波を重畳したものが用いられることがある。適度な三次高調波の重畳により直流電圧の利用領域を拡大できることが知られている。式(7)のように基本波の1/6の振幅の三次高調波を重畳した場合の目標変調率d_refの最大値は2/√3であり、これが全出力位相で電圧飽和をしない最大の変調率となる。
【0095】
【数7】
【0096】
言い換えれば、三次高調波の重畳を考慮することで、基本波振幅を目標出力電圧最大値の2/√3倍とすることができる。この概念図を
図7に示す。
図7において、重畳した目標出力電圧の最大値が基本波の最大値より低くなっている。
【0097】
これをふまえると、式(8)に示すように、高変調率を式(2)で定められる値よりも小さいL_dutyで表すことができ、d_refが1.0以上の場合でもL_dutyを決定できる。
【0098】
【数8】
【0099】
また、三次高調波を逆位相に重畳すれば、
図8の概念図に示すように、逆に目標出力電圧最大値を基本波振幅より高くすることができる。例えば10レベル以上のマルチレベルインバータにおいて、正弦波に近い出力電圧波形から高調波の低減が期待されるが、低変調率では低レベルまでの利用となり3レベルインバータや5レベルインバータと変わらない出力レベル数になってしまう。
【0100】
このとき三次高調波の逆位相重畳を考慮すると、低変調率でも高レベルを使える領域が広くなり、高調波低減効果が期待できる。基本波のK倍の振幅の三次高調波を逆位相で重畳すると仮定すると、出力電圧の最大値は基本波に対して1+K倍になるため、式(2)は式(9)の形になる。式(4)にてn=3とした場合の最大値を考えると、Kの範囲は式(10)で定められる。Kが0以上なのは、0未満だと逆位相の重畳とならないためである。
【0101】
【数9】
【0102】
【数10】
【0103】
以上より、式(2)を式(8)や式(9)、あるいは式(8)と式(9)の組み合わせに適宜修正して用いてもよい(基本波に三次高調波を重畳した場合の目標変調率を出力するための必要最小レベル数L_dutyを、式(8)、式(9)を満たすように定めてもよい)。これを行うことで電圧利用率の改善や高調波低減が可能となる。
【0104】
以上のように本実施例2によれば、電圧利用率の改善や高調波低減が可能となる。すなわち、電力変換器の出力電圧の基本波に三次高調波を重畳した場合は、高変調率を、実施例1の場合よりも小さい必要最小レベル数で表すことができる。また、電力変換器の出力電圧の基本波に三次高調波の逆位相を重畳した場合は、低変調率でも高レベルを使える領域が広くなり、実施例1の場合よりも優れた高調波抑制効果が期待できる。
【0105】
尚、本発明は、4レベル以上の電力変換器に適用されてもよい。また本発明は、5レベル以上の直列多重インバータに適用されてもよい。