(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6743977
(24)【登録日】2020年8月3日
(45)【発行日】2020年8月19日
(54)【発明の名称】イオン移動度分析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20060101AFI20200806BHJP
H01J 49/26 20060101ALN20200806BHJP
H01J 49/42 20060101ALN20200806BHJP
【FI】
G01N27/62 101
!H01J49/26
!H01J49/42
【請求項の数】10
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2019-528222(P2019-528222)
(86)(22)【出願日】2017年7月4日
(86)【国際出願番号】JP2017024420
(87)【国際公開番号】WO2019008655
(87)【国際公開日】20190110
【審査請求日】2019年7月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】有田 義宣
【審査官】
伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】
特表2006−502532(JP,A)
【文献】
特表2006−507508(JP,A)
【文献】
特開2005−174619(JP,A)
【文献】
特開2017−90393(JP,A)
【文献】
国際公開第2014/006698(WO,A1)
【文献】
国際公開第2017/042918(WO,A1)
【文献】
特表2009−541732(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2015/0276676(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2011/0001044(US,A1)
【文献】
米国特許第5552600(US,A)
【文献】
特開2015−75348(JP,A)
【文献】
米国特許第7081618(US,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
H01J 49/00−49/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)イオンを移動度に応じて分離するための空間に、印加される電圧に応じた電場を形成するドリフト電場形成部と、
b)印加される電圧に応じて、試料成分由来のイオンを前記空間まで輸送する電場を形成するイオン輸送部と、
c)所定の直流電圧を発生する電源部と、
d)前記電源部による出力電圧を抵抗分割し前記イオン輸送部及び前記ドリフト電場形成部に分配してそれぞれ印加する電圧分配部と、
e)前記電圧分配部により前記ドリフト電場形成部に印加される電圧を検出する電圧検出部と、
f)前記電圧検出部により検出された電圧が所定値に維持されるように前記電源部による出力電圧を制御する制御部と、
を備えることを特徴とするイオン移動度分析装置。
【請求項2】
a)イオンを移動度に応じて分離するための空間に、印加される電圧に応じた電場を形成するドリフト電場形成部と、
b)印加される電圧に応じて、試料成分由来のイオンを前記空間まで輸送する電場を形成するイオン輸送部と、
c)所定の直流電圧を発生する電源部と、
d)前記電源部による出力電圧を抵抗分割し前記イオン輸送部及び前記ドリフト電場形成部に分配してそれぞれ印加するものであって、該抵抗分割のための一部の抵抗の抵抗値が調整可能である電圧分配部と、
e)前記電圧分配部により前記ドリフト電場形成部に印加される電圧を検出する電圧検出部と、
f)前記電圧検出部により検出された電圧が所定値に維持されるように前記電圧分配部において調整可能である抵抗の抵抗値を調整する制御部と、
を備えることを特徴とするイオン移動度分析装置。
【請求項3】
請求項1に記載のイオン移動度分析装置であって、
前記ドリフト電場形成部及び前記イオン輸送部の少なくとも一方は、複数のリング状電極をその軸方向に所定間隔離して配列したものであり、
前記電圧分配部は、前記複数のリング状電極にそれぞれ異なる電圧を印加することを特徴とするイオン移動度分析装置。
【請求項4】
請求項2に記載のイオン移動度分析装置であって、
前記ドリフト電場形成部及び前記イオン輸送部の少なくとも一方は、複数のリング状電極をその軸方向に所定間隔離して配列したものであり、
前記電圧分配部は、前記複数のリング状電極にそれぞれ異なる電圧を印加することを特徴とするイオン移動度分析装置。
【請求項5】
請求項1に記載のイオン移動度分析装置であって、
前記ドリフト電場形成部及び前記イオン輸送部の少なくとも一方は、内部にイオンが通過する空間が形成される管状の抵抗体であり、
前記電圧分配部は、前記管状の抵抗体の両端に電圧を印加することを特徴とするイオン移動度分析装置。
【請求項6】
請求項2に記載のイオン移動度分析装置であって、
前記ドリフト電場形成部及び前記イオン輸送部の少なくとも一方は、内部にイオンが通過する空間が形成される管状の抵抗体であり、
前記電圧分配部は、前記管状の抵抗体の両端に電圧を印加することを特徴とするイオン移動度分析装置。
【請求項7】
請求項1に記載のイオン移動度分析装置であって、
前記ドリフト電場形成部により電場が形成される空間を通過したイオンを検出する検出器をさらに備えることを特徴とするイオン移動度分析装置。
【請求項8】
請求項2に記載のイオン移動度分析装置であって、
前記ドリフト電場形成部により電場が形成される空間を通過したイオンを検出する検出器をさらに備えることを特徴とするイオン移動度分析装置。
【請求項9】
請求項1に記載のイオン移動度分析装置であって、
前記ドリフト電場形成部により電場が形成される空間を通過したイオンを質量電荷比に応じて分離して検出する質量分析部をさらに備えることを特徴とするイオン移動度分析装置。
【請求項10】
請求項2に記載のイオン移動度分析装置であって、
前記ドリフト電場形成部により電場が形成される空間を通過したイオンを質量電荷比に応じて分離して検出する質量分析部をさらに備えることを特徴とするイオン移動度分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンをその移動度に応じて分離して検出する又は分離して後段の質量分析部等の分析部へと送るイオン移動度分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
試料中の化合物に由来するイオンを電場の作用により媒質気体(又は液体)中で移動させるとき、該イオンは電場の強さやそのイオンの大きさなどで決まる移動度に比例した速度で移動する。イオン移動度分析法(Ion Mobility Spectrometry=IMS)は、試料分子の分析のためにこの移動度を利用した測定法である。
【0003】
図4は一般的なイオン移動度分析装置の概略構成図である(特許文献1など参照)。
このイオン移動度分析装置は、液体試料中の成分分子をイオン化するエレクトロスプレーイオン化(ESI)法などによるイオン源1と、イオン輸送領域Aを形成する複数のリング状電極21と、ドリフト領域Bを形成する複数のリング状電極41と、イオン輸送領域A中の最後段のリング状電極21とドリフト領域B中の初段のリング状電極41との間に配置されたシャッタゲート3と、イオンを検出する検出器6と、ドリフト領域B中の最後段のリング状電極41と検出器6との間に配置された出口電極5と、を備える。なお、ここではリング状電極21、41を、中心軸であるイオン光軸Cを含む平面で切断したときの端面で示している。
【0004】
リング状電極21、41及び出口電極5はそれぞれ、複数の抵抗を含むラダー抵抗回路10Bに接続されており、図示しない直流電源から印加される電圧Vをラダー抵抗回路10Bの各抵抗で抵抗分割することにより生成された直流電圧がそれぞれ印加されるようになっている。これにより、イオン輸送領域A及びドリフト領域Bにはそれぞれ、イオン移動方向(
図4では右方向)に下り電位勾配を示す、つまりイオンを加速するような直流電場が形成される。イオン輸送領域Aに形成される電場における電位勾配とドリフト領域Bに形成される電場における電位勾配とは、ラダー抵抗回路10Bを構成する抵抗の値により適宜に調整することができる。また、ドリフト領域B中には、上記電場による加速方向とは逆方向に、中性の拡散ガスの流れが形成されている。なお、図示しないが、シャッタゲート3には別の電源からパルス状の電圧が印加される。
【0005】
上記イオン移動度分析装置の概略動作は次のとおりである。
イオン源1において試料から生成された各種イオンはイオン輸送領域A中を進行し、シャッタゲート3に形成されている電位壁によってその手前で一旦堰き止められる。そして、シャッタゲート3が短時間だけ開放されると、イオンはパケット状につまりはほぼ同時に、ドリフト領域B中に導入される。ドリフト領域B中に導入されたイオンは対向して進行して来る拡散ガスと衝突しつつ、加速電場の作用によって進行する。その進行の途中で、イオンはその大きさ、立体構造、価数などに依存するイオン移動度によってイオン光軸C方向に空間的に分離され、異なるイオン移動度を持つイオンは時間差を有して出口電極5を通過し検出器6に到達する。ドリフト領域B中の電場が一様である場合には、イオンがドリフト領域Bを通過するのに要するドリフト時間から、イオン−拡散ガス間の衝突断面積を見積もることが可能である。
【0006】
なお、上記のようにイオン移動度に応じてイオンを分離したあと直接イオンを検出するのではなく、それらイオンを四重極マスフィルタ等の質量分離器に導入し、イオンをさらに質量電荷比m/zに応じて分離したあとに検出する構成が採られることもある。こうした装置は、イオン移動度−質量分析装置(IMS−MS)として知られている。
【0007】
図4に示した例では、イオン輸送領域Aやドリフト領域Bにおいてそれぞれイオンを移動させる電場を形成するために、複数のリング状電極21、41を積み重ねた構造体(一般にリング状電極とリング状の絶縁スペーサとを交互に積み重ねた構造体)が利用されている。本明細書では、こうした構造体を利用した電場形成の手法を「スタック方式」ということとする。
【0008】
一方、特許文献2等には、複数のリング状電極に代わりに、円筒状ガラス管の内周面に抵抗被膜層を形成した抵抗チューブ(非特許文献1等参照)を用いたイオン移動度分析装置が開示されている。
図5はこのようなイオン移動度分析装置の概略構成図である。
このイオン移動度分析装置では、イオン輸送領域A用の抵抗チューブ2とドリフト領域B用の抵抗チューブ4のそれぞれの両端間に所定の直流電圧を印加することで、それら抵抗チューブ2、4内にイオンを加速する均一な電場を形成することができる。この場合には、抵抗チューブ2、4自体がそれぞれ抵抗体であるから、
図5に示すように、ラダー抵抗回路10Cは抵抗チューブ2、4にそれぞれ対応する仮想的な抵抗があるものとみなした構成とすることができる。本明細書では、こうした構造を利用した電場形成の手法を「抵抗チューブ方式」ということとする。
【0009】
こうした抵抗チューブ方式のイオン移動度分析装置においてもスタック方式と同様に、直流電源から印加された電圧をラダー抵抗回路10Cで抵抗分割してイオン輸送領域A用の抵抗チューブ2とドリフト領域B用の抵抗チューブ4とに印加することで、使用する電源の数を抑えることができる。
しかしながら、スタック方式、抵抗チューブ方式のいずれにおいても次のような問題がある。
【0010】
市販されている抵抗チューブの両端間の抵抗値はそれを使用する環境の温度や連続使用時間などによる変化が比較的大きい。
図6は市販の抵抗チューブの両端間の抵抗値を実測した結果を示す図である。150℃の昇温状態はイオン移動度分析装置での実際の使用状態を想定したものであるが、抵抗値は初期状態(室温)の1/2近くまで低下している。また、約1000時間連続的に使用すると、その昇温の初期時点から抵抗値は2倍以上に増加している。なお、後者は、大気中の成分等が抵抗チューブの抵抗被膜層に付着する等の要因によるものと推測できる。
【0011】
図5に示したイオン移動度分析装置において、抵抗チューブ4の抵抗値が上述したように温度により又は経時的に変化すると抵抗チューブ4の両端間に印加される電圧が変化してしまい、ドリフト領域B中の電場強度が変化する。それによって、ドリフト領域B中を通過するイオンの速度も変化してしまうため、測定の再現性や分解能といった装置性能の低下をもたらすことになる。
【0012】
一方、
図4に示したようなスタック方式のイオン移動度分析装置では、ラダー抵抗回路10Bに含まれる抵抗のうち、ドリフト領域Bを形成する複数のリング状電極41に電圧を分配するための抵抗とイオン輸送領域Aを形成する複数のリング状電極21に電圧を分配するための抵抗とは分離されており、前者はドリフト領域Bの至近に配置されるのが一般的である。測定時にドリフト領域Bを形成するリング状電極41は150〜200℃程度の高温に維持されるため、それらリング状電極41に電圧を分配するための抵抗もかなりの高温になるが、それに比べると、イオン輸送領域Aを形成するリング状電極21に電圧を分配するための抵抗の周囲温度はかなり低い。そのため、温度による抵抗値の変化がイオン輸送領域A側とドリフト領域B側とで相違し、それによってドリフト領域Bを形成するリング状電極41のうちの初段と最終段との間に印加される電圧が変化してしまい、ドリフト領域B中の電場強度の変化をもたらす。その結果、抵抗チューブ方式と同様に、測定の再現性や分解能といった装置性能が低下するおそれがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2015−75348号公報
【特許文献2】米国特許第7081618号明細書
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】「Resistive Glass Products ATTRACT EVERY MOLECULE」、米国Photonis社、[online]、[平成29年7月3日検索]、インターネット<URL: https://www.photonis.com/uploads//literature/rgp/Resistive-Glass-Product-brochure.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、環境温度が変化したり長時間に亘り装置を使用したりした場合でもドリフト領域中の電場強度を安定的に保つことができ、それによって高い装置性能を維持することができるイオン移動度分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために成された本発明の第1の態様によるイオン移動度分析装置は、
a)イオンを移動度に応じて分離するための空間に、印加される電圧に応じた電場を形成するドリフト電場形成部と、
b)印加される電圧に応じて、試料成分由来のイオンを前記空間まで輸送する電場を形成するイオン輸送部と、
c)所定の直流電圧を発生する電源部と、
d)前記電源部による出力電圧を抵抗分割し前記イオン輸送部及び前記ドリフト電場形成部に分配してそれぞれ印加する電圧分配部と、
e)前記電圧分配部により前記ドリフト電場形成部に印加される電圧を検出する電圧検出部と、
f)前記電圧検出部により検出された電圧が所定値に維持されるように前記電源部による出力電圧を制御する制御部と、
を備えることを特徴としている。
【0017】
また上記課題を解決するために成された本発明の第2の態様によるイオン移動度分析装置は、
a)イオンを移動度に応じて分離するための空間に、印加される電圧に応じた電場を形成するドリフト電場形成部と、
b)印加される電圧に応じて、試料成分由来のイオンを前記空間まで輸送する電場を形成するイオン輸送部と、
c)所定の直流電圧を発生する電源部と、
d)前記電源部による出力電圧を抵抗分割し前記イオン輸送部及び前記ドリフト電場形成部に分配してそれぞれ印加するものであって、該抵抗分割のための一部の抵抗の抵抗値が調整可能である電圧分配部と、
e)前記電圧分配部により前記ドリフト電場形成部に印加される電圧を検出する電圧検出部と、
f)前記電圧検出部により検出された電圧が所定値に維持されるように前記電圧分配部において調整可能である抵抗の抵抗値を調整する制御部と、
を備えることを特徴としている。
【0018】
本発明の第1及び第2の態様によるイオン移動度分析装置において、
前記ドリフト電場形成部及び前記イオン輸送部の少なくとも一方は、複数のリング状電極をその軸方向に所定間隔離して配列したものであり、
前記電圧分配部は、前記複数のリング状電極にそれぞれ異なる電圧を印加する構成とすることができる。
【0019】
また本発明の第1及び第2の態様によるイオン移動度分析装置において、
前記ドリフト電場形成部及び前記イオン輸送部の少なくとも一方は、内部にイオンが通過する空間が形成される管状の抵抗体であり、
前記電圧分配部は、前記管状の抵抗体の両端に電圧を印加する構成とすることができる。
【0020】
即ち、ドリフト電場形成部及びイオン輸送部は、共にスタック方式、又は共に抵抗チューブ方式を採ることもできるし、一方がスタック方式で他方が抵抗チューブ方式である構成でもよい。
【0021】
例えばドリフト電場形成部及びイオン輸送部の両方が管状抵抗体、つまり抵抗チューブである場合、ドリフト電場形成部である管状抵抗体の周囲温度が変化したり長期間の使用により経時変化が生じたりすると、その管状抵抗体の抵抗値が変化する。イオン輸送部の管状抵抗体の抵抗値も同じ比率で変化すれば問題ないが、通常、その抵抗値の変化の比率は同じにはならないため、電圧分配部における抵抗分割の比が変化し、ドリフト電場形成部である管状抵抗体に印加される電圧が変化する。
【0022】
本発明の第1の態様によるイオン移動度分析装置において、電圧検出部はこの電圧を例えば所定の時間間隔で以て検出して制御部に入力する。制御部は検出された電圧が所定値に維持されるように電源部による出力電圧の電圧値をフィードバック制御する。即ち、検出された電圧が高い方向に変化していれば、その変化率に応じて電源部による出力電圧を下げるように制御するし、逆に、検出された電圧が低い方向に変化していれば、その変化率に応じて電源部による出力電圧を上げるように制御する。こうしたフィードバック制御により、ドリフト電場形成部である管状抵抗体に印加される電圧はほぼ一定に維持されるため、ドリフト電場形成部により形成される電場の強度や電位勾配は周囲温度や経時変化の影響を受けずに安定に保たれる。
【0023】
一方、本発明の第2の態様のイオン移動度分析装置では、電圧分配部にあって抵抗分割による電圧分配を行うための一部の抵抗の抵抗値が調整可能となっている。そして、制御部は電圧検出部により検出された電圧が所定値に維持されるように、電源部ではなく上記の調整可能な抵抗の抵抗値を調整する。これにより、第1の態様のイオン移動度分析装置と同様に、ドリフト電場形成部により形成される電場の強度や電位勾配を周囲温度や経時変化の影響を受けずに安定に保つことができる。
【0024】
なお、抵抗値の調整方法としては、例えばアナログ可変抵抗器において抵抗値を変化させるための操作子(ロッドなど)を機械的に駆動する方法、多数の抵抗器をスイッチにより切り替える方法など、適宜の方法を採ることができる。
【0025】
本発明に係るイオン移動度分析装置は、移動度に応じて分離されたイオンをそのまま検出する装置でもよいし、或いは、移動度に応じて分離されたイオンを四重極マスフィルタ等の質量分析器で質量電荷比に応じてさらに分離して検出する装置でもよい。
【0026】
即ち、本発明に係るイオン移動度分析装置の一実施態様として、前記ドリフト電場形成部により電場が形成される空間を通過したイオンを検出する検出器をさらに備える構成とすることができる。
また、本発明に係るイオン移動度分析装置の他の実施態様として、前記ドリフト電場形成部により電場が形成される空間を通過したイオンを質量電荷比に応じて分離して検出する質量分析部をさらに備える構成とすることもできる。
【発明の効果】
【0027】
本発明に係るイオン移動度分析装置によれば、環境温度が変化したり装置を長時間に亘り使用したりした場合でも、イオンの移動速度に影響を与えるドリフト領域における電場強度や電位勾配を安定的に保つことができる。それによって、測定の再現性や分解能などの装置性能を高い状態に維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本発明の第1実施例であるイオン移動度分析装置の概略構成図。
【
図2】本発明の第2実施例であるイオン移動度分析装置の概略構成図。
【
図3】本発明の第3実施例であるイオン移動度分析装置の概略構成図。
【
図4】一般的なスタック方式のイオン移動度分析装置の概略構成図。
【
図5】一般的な抵抗チューブ方式のイオン移動度分析装置の概略構成図。
【
図6】市販の抵抗チューブの両端間の抵抗値を実測した結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0029】
[第1実施例]
本発明の第1実施例によるイオン移動度分析装置について、
図1を参照して説明する。
図1は本実施例のイオン移動度分析装置の概略構成図である。
図1において、既に説明した
図4、
図5に示した装置と同じ構成要素には同じ符号を付してある。
【0030】
この第1実施例のイオン移動度分析装置では、複数のリング状電極21によりイオン輸送領域Aを形成する一方、抵抗チューブ4によりドリフト領域Bを形成している。つまり、イオン輸送領域Aはスタック方式の構成であり、ドリフト領域Bは抵抗チューブ方式の構成である。上述したように抵抗チューブ4はそれ自体が抵抗体であるから、各リング状電極21及び抵抗チューブ4に電圧を印加するためのラダー抵抗回路10A中には、その抵抗チューブ4による仮想的な抵抗(
図1中では点線で示す抵抗)が存在しているものとみなすことができる。なお、これは次の第2実施例でも同様である。
【0031】
ラダー抵抗回路10Aの一端は接地され、他端にはドリフト電源部12から電圧値Vの直流電圧が印加される。即ち、ドリフト電源部12の出力電圧がラダー抵抗回路10Aで抵抗分割されて、複数のリング状電極21及び抵抗チューブ4にそれぞれ印加される。一方、シャッタゲート3にはシャッタ電源部13からパルス状電圧が印加される。また、イオン源1には、ドリフト電源部12の出力電圧Vとイオン源電源部17の出力電圧Viとが加算部18で加算された電圧が印加される。ドリフト電源部12及びシャッタ電源部13はそれぞれ制御部16により制御される。また、イオン源電源部17はフローティング電源である。電圧検出部14は抵抗チューブ4の高電位側の端部に印加される電圧(以下「中間電圧」という)を検出し、その検出結果をフィードバック(FB)制御部15に入力する。フィードバック制御部15は入力された電圧検出結果に応じた演算を実行し、ドリフト電源部12による出力電圧を調整するように制御する。
【0032】
一般に、ドリフト電源部12の出力電圧Vは数kV〜数十kVの高電圧となり、イオン源1にはこれよりもさらに高い(ESI法によるイオン源の場合には4〜5kV程度)電圧を印加する必要がある。こうした高い電圧をイオン源電源部単独で発生する構成とすると、電源のサイズはかなり大きく重くなり、コストも高くなる。これに対し、このイオン移動度分析装置では上記のようにドリフト電源部12の出力電圧とイオン源電源部17の出力電圧とを加算してイオン源1に印加しているので、イオン源電源部17を純粋にイオン源1でのイオン化のために必要な電圧を出力するものとすればよく、電源のコスト低減、サイズや重量の低減を図ることができる。
【0033】
本実施例のイオン移動度分析装置において、試料成分由来のイオンを移動度に応じて分離して検出する測定動作自体は、既に説明した従来装置と同じであるので説明を略す。
以下、本実施例のイオン移動度分析装置において特徴的であるドリフト電圧のフィードバック制御について説明する。
【0034】
上述したような測定実行時に電圧検出部14は例えば所定の時間間隔で以て電圧を繰り返し検出する。
いま、測定開始時点で検出した中間電圧の電圧値がVmであるとする。また、ラダー抵抗回路10Aにおいて、抵抗チューブ4と出口電極5との間に設けられている抵抗及び出口電極5と接地端との間に設けられている抵抗の抵抗値は抵抗チューブ4の抵抗値Rに比べて十分に小さいので無視し(つまり0であるとみなし)、初段のリング状電極21と抵抗チューブ4との間に設けられている複数の抵抗の直列抵抗値がrであるとする。すると、中間電圧の電圧値Vmは次の(1)式で表される。
Vm=V・{R/(r+R)} …(1)
【0035】
抵抗チューブ4の抵抗値Rが周囲温度の変化等の要因によってR’に変化すると、それに伴い中間電圧の電圧値VmはVm’に変化する。フィードバック制御部15は電圧検出部14による検出電圧結果に基づいてこの電圧変化を認識する。そして、その電圧変化量に応じて出力電圧を変化させるようにドリフト電源部12を制御する。具体的には、出力電圧の電圧値Vが次の(2)式で求まる電圧値V’に変化するようにドリフト電源部12を制御する。
V’=V・(Vm/Vm’) …(2)
このフィードバック制御に応じてドリフト電源部12はその出力電圧を変更する。それにより、中間電圧はVm’→Vmに戻り、抵抗チューブ4の両端間の電圧は一定に維持される。その結果、抵抗チューブ4内に形成される電場の強度や電位勾配は温度変化や経時変化の影響を受けることなく一定の状態に保たれる。
【0036】
[第2実施例]
図2は第2実施例のイオン移動度分析装置の概略構成図である。
図1において、既に説明した
図1、
図4、
図5に示した装置と同じ構成要素には同じ符号を付してある。
第1実施例のイオン移動度分析装置と相違する点について説明する。この第2実施例のイオン移動度分析装置では、ラダー抵抗回路10Aにおいて初段のリング状電極21と抵抗チューブ4との間に設けられている複数の抵抗の直列回路(つまり上記直列抵抗値がrである抵抗)の両端間に、電気的に抵抗値を調整可能である可変抵抗11を接続している。そして、フィードバック制御部15はドリフト電源部12を制御するのではなく、可変抵抗11の抵抗値を制御するように構成されている。
【0037】
抵抗チューブ4の抵抗値Rが周囲温度の変化等の要因によってR’に変化すると、中間電圧の電圧値VmはVm’に変化する。この電圧値Vm’は次の(3)式で表すことができる。
Vm’=V・R’/(r+R’) …(3)
これを整理すると、次の(4)式となる。
R’=r/{(V/Vm’)−1} …(4)
ここで、抵抗値rをr’に変更することで元の電圧値Vmを得るには、抵抗分割の比率が次の(5)式を満たす必要がある。
R/(r+R)=R’/(r+R’) …(5)
これを整理すると(6)式になるから、
r’=r×(R’/R) …(6)
そこで、抵抗値r’は次のようにすればよい。
r’=r
2/[R・{(V/Vm)−1}] …(7)
【0038】
フィードバック制御部15はこのように演算によって求めた抵抗値に基づいて可変抵抗11の抵抗値を調整する。それにより、第1実施例と同様に、中間電圧の電圧値を略一定に維持し、抵抗チューブ4内に形成される電場の強度や電位勾配を安定的に保つことができる。
なお、ここでは、ラダー抵抗回路10Aにおいて初段のリング状電極21と抵抗チューブ4との間に設けられている複数の抵抗の直列回路の両端間に可変抵抗11を接続したが、抵抗チューブ4と並列に可変抵抗を接続し、その可変抵抗の抵抗値を調整しても同様に中間電圧の電圧値を一定に維持することができることは明らかである。
【0039】
[第3実施例]
図3は第3実施例のイオン移動度分析装置の概略構成図である。このイオン移動度分析装置では、絶縁性のチューブ40の内側に配置した複数のリング状電極41によりドリフト領域Bを形成している。つまり、ドリフト領域Bはスタック方式の構成である。この構成においても第1実施例と全く同じ動作により、初段のリング状電極41に印加される電圧、つまりは中間電圧の電圧値を一定に維持することができる。
また、この第3実施例に示したようにドリフト領域Bをスタック方式の構成とし、第2実施例のようにドリフト電源部12の出力電圧ではなく可変抵抗11の抵抗値を調整する構成としてもよいことも明らかである。
さらにまた、第1乃至第3の実施例のイオン移動度分析装置において、イオン輸送領域Aを抵抗チューブで形成してもよいことも明らかである。
【0040】
上記各実施例のイオン移動度分析装置では、ドリフト領域Bでイオン移動度に応じて分離したイオンを検出器6で検出していたが、イオン移動度に応じて分離したイオンを四重極マスフィルタ等の質量分離器に導入して質量電荷比に応じてさらに分離したあとに検出する構成としてもよい。
【0041】
また、上記実施例は本発明の一例に過ぎず、上記実施例や上記各種変形例に限らず、本発明の趣旨の範囲で適宜、変更や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【符号の説明】
【0042】
1…イオン源
2…抵抗チューブ
21…リング状電極
3…シャッタゲート
4…抵抗チューブ
40…絶縁性チューブ
41…リング状電極
5…出口電極
6…検出器
10A、10B、10C…ラダー抵抗回路
11…可変抵抗
12…ドリフト電源部
13…シャッタ電源部
14…電圧検出部
15…フィードバック(FB)制御部
16…制御部
17…イオン源電源部
18…加算部
A…イオン輸送領域
B…ドリフト領域
C…イオン光軸