(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
車体の支持部とダンパーのシリンダとの間に緩衝部材を介在させて前記支持部に取り付けられ減衰力制御値に基づいて減衰力が設定され得る前記ダンパーに対して適用されるものであり、前記減衰力制御値を制御するサスペンションの減衰力制御装置であって、
車体に対する車輪の相対変位と前記車体に対する前記車輪の相対速度とを推定相対変位及び推定相対速度として推定する変位関連量推定装置と、
前記車体から提供される状態変数と前記変位関連量推定装置により推定された前記推定相対速度とに基づいて、前記車体の振動を抑制するように前記減衰力制御値を決定する減衰力制御値演算装置とを備え、
前記変位関連量推定装置は、前記状態変数と、前記減衰力制御値演算装置が決定した前記減衰力制御値と、前記変位関連量推定装置自身が推定した前記推定相対速度及び前記推定相対変位とに基づいて、前記推定相対速度と前記推定相対変位とを推定する
サスペンションの減衰力制御装置。
前記関数は、前記推定相対変位が規定範囲内にあるとき、前記減衰力制御値と前記推定相対速度と前記推定相対変位とに構成される変数群のうち全ての変数に基づいて前記非線形成分を導出し、前記推定相対変位が規定範囲外にあるとき、前記変数群のうち前記推定相対変位以外の変数を用いて補正をするものであり、
前記規定範囲は、前記緩衝部材と前記ダンパーとが接触する、前記車体と前記車輪との間の距離範囲に対応する
請求項3に記載のサスペンションの減衰力制御装置。
請求項1〜請求項4のいずれか一項に記載の減衰力制御装置と、前記減衰力制御装置により制御されるダンパーと、前記ダンパーが取り付けられる前記車体と前記ダンパーとの衝突を緩和する緩衝部材とを備えるサスペンション。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記従来技術の相対速度の推定では、推定された相対速度が実際の相対速度から大きく乖離し、この結果、オリフィス開口度(減衰力制御値)が、適切な値すなわち車体の振動を抑制するのに適した値として算出されないことがある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)上記課題を解決するサスペンションの減衰力制御装置は、車体の支持部とダンパーのシリンダとの間に緩衝部材を介在させて前記支持部に取り付けられ減衰力制御値に基づいて減衰力が設定され得る前記ダンパーに対して適用されるものであり、前記減衰力制御値を制御するサスペンションの減衰力制御装置であって、車体に対する車輪の相対変位と前記車体に対する前記車輪の相対速度とを推定相対変位及び推定相対速度として推定する変位関連量推定装置と、前記車体から提供される状態変数と前記変位関連量推定装置により推定された前記推定相対速度とに基づいて、前記車体の振動を抑制するように前記減衰力制御値を決定する減衰力制御値演算装置とを備え、前記変位関連量推定装置は、前記状態変数と、前記減衰力制御値演算装置が決定した前記減衰力制御値と、前記変位関連量推定装置自身が推定した前記推定相対速度及び前記推定相対変位とに基づいて、前記推定相対速度と前記推定相対変位とを推定する。
【0008】
この構成によれば、変位関連量推定装置により出力される推定相対速度及び推定相対変位は、変位関連量推定装置に帰還される。このため、推定相対速度及び推定相対変位には、その演算時の推定相対変位が反映されるようになるため、推定相対変位を反映させない参考の減衰力制御装置に比べて、推定相対速度及び推定相対変位の精度が向上し、この結果、減衰力制御値の精度が向上する。
【0009】
(2)上記減衰力制御装置において、前記変位関連量推定装置は、前記減衰力制御値演算装置が決定した前記減衰力制御値と、前記変位関連量推定装置により推定された前記推定相対変位とに基づいて、前記推定相対変位に対する非線形成分を導出する非線形成分演算部と、前記非線形成分と前記状態変数とに基づいて前記推定相対速度と前記推定相対変位とを推定する変位関連量演算部とを備える。
【0010】
この構成によれば、変位関連量推定装置は、上記の非線形成分を導出する。非線形成分は、減衰力制御値と推定相対変位とに基づいて導出される。このため、非線形成分に推定相対変位が反映されるようになるため、推定相対変位を用いないで非線形成分を導出する場合に比べて、推定相対速度及び推定相対変位の精度が向上する。
【0011】
(3)上記減衰力制御装置において前記非線形成分演算部は、前記緩衝部材と前記ダンパーのシリンダとが接触し得る前記推定相対変位の範囲において前記非線形成分を導出する関数を有する。この構成によれば、少なくとも、緩衝部材とダンパーのシリンダとが接触し得る推定相対変位の範囲において非線形成分が導出される。
【0012】
(4)上記減衰力制御装置において、前記関数は、前記推定相対変位が規定範囲内にあるとき、前記減衰力制御値と前記推定相対速度と前記推定相対変位とに構成される変数群のうち全ての変数に基づいて前記非線形成分を導出し、前記推定相対変位が規定範囲外にあるとき、前記変数群のうち前記推定相対変位以外の変数を用いて補正をするものであり、前記規定範囲は、前記緩衝部材と前記ダンパーとが接触する、前記車体と前記車輪との間の距離範囲に対応する。
【0013】
この構成によれば、推定相対変位が規定範囲内にあるときだけ、推定相対変位を含む変数(すなわち、推定相対変位、推定相対速度、及び減衰力制御値)に基づいて非線形成分を導出する。一方、推定相対変位が規定範囲外にあるときは、推定相対変位以外の変数(すなわち、推定相対速度、及び減衰力制御値)に基づいて非線形成分を導出する。このため、常に全ての変数を用いて非線形成分を導出する場合に比べて、減衰力制御装置の負担が軽減する。
【0014】
(5)サスペンションは、上記いずれかの減衰力制御装置と、前記減衰力制御装置により制御されるダンパーと、前記ダンパーが取り付けられる前記車体と前記ダンパーとの衝突を緩和する緩衝部材とを備える。
【0015】
この構成によれば、推定相対変位が反映された減衰力制御値によりダンパーが制御される。このため、サスペンションの減衰特性が向上する。
【発明の効果】
【0016】
上記サスペンションの減衰力制御装置は、車体の振動抑制に好適な減衰力制御値を導出する。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1〜
図5を参照して、サスペンションの減衰力制御装置について説明する。
サスペンションの減衰力制御装置(以下、単に「減衰力制御装置1」という。)は、サスペンションの構成要素であるセミアクティブダンパーの減衰力を制御する。セミアクティブダンパーは、外部から入力される減衰力制御値Pに基づいて減衰力を可変設定する。減衰力とはピストンの移動を妨げる抵抗力を示す。以降の説明では、セミアクティブダンパーを単に「ダンパー20」という。
【0019】
減衰力制御装置1は、車体100の運動状態に基づいて減衰力制御値Pを計算し、減衰力制御値Pをダンパー20に出力する。ダンパー20は、減衰力制御値Pに基づいて減衰力を設定する。例えば、ダンパー20は、減衰力制御値Pに基づいてダンパー20のピストンに設けられるオリフィスの開口度を変更したり、弁体と弁座との間の開口度を変更したりする。これにより、ダンパー20は、ダンパー20内でピストンにより仕切られた2つの油室の間の流通する潤滑油の流通量を制御して、ダンパー20の減衰力を調整する。
【0020】
図1に示されるように、減衰力制御装置1は、車体100(
図2参照)の上下方向(ダンパー20軸に沿う方向。以下同じ。)の加速度(以下、「車体加速度Za」という。)と、車体100の上下方向の速度(以下、「車体速度Zb」という。)とに基づいて、ダンパー20に出力する減衰力制御値Pを算出する。
【0021】
車体速度Zbは、車体速度演算装置4により導出される。
車体速度演算装置4は、車体加速度Zaを積分することにより車体速度Zbを導き出す。車体加速度Zaとしては、車体100に搭載されて、車体100の上下方向の加速度(車体加速度Za)を検出する加速度センサー10から出力される信号が用いられる。
【0022】
減衰力制御装置1は、減衰力制御値演算装置2と、変位関連量推定装置3とを備える。
減衰力制御値演算装置2は、状態変数と、推定相対速度yob1とに基づいて減衰力制御値Pを算出する。状態変数とは、車体加速度Za、車体速度Zbなどの変数である。減衰力制御値演算装置2では状態変数として例えば車体速度Zbが用いられる。減衰力制御値演算装置2は、スカイフック制御理論またはH∞制御理論に基づいて構築される。なお、推定相対速度yob1とは、車体100に対する車輪200の速度(以下、「相対速度y」という。)の推定値を示す。
【0023】
推定相対速度yob1は、変位関連量推定装置3により導出される。
推定相対速度yob1は、状態変数と、減衰力制御値演算装置2から出力される減衰力制御値Pとに基づいて導出される。変位関連量推定装置3では、例えば、状態変数として車体加速度Zaが用いられる。変位関連量推定装置3は、カルマンフィルタ理論に基づいて構成される。なお、変位関連量推定装置3は、後述するように、推定相対速度yob1に加えて、推定相対変位yob2を導出する。推定相対変位yob2は、車体100に対する車輪200の変位(以下、「相対変位r」)の推定値を示す。
【0024】
図1〜
図5を参照して、変位関連量推定装置3の構成例を説明する。
図2は、カルマンフィルタ理論を用いる上で前提とされるダンパー20のモデルである。ダンパー20は、車体100と車輪200とを接続する。すなわち、車体100は、車輪200及びダンパー20により支持される。
【0025】
図2に示されるように、ダンパー20は、ばね21と、振動減衰装置22(ショックアブソーバ)とにより構成される。
車体100の質量を「M」、車体加速度Zaを「Za」、ばね係数をK、ばね伸縮距離をxs,振動減衰装置22の減衰力をfd(y,P)、ダンパー20における振動減衰装置22の減衰力制御値Pを「P」、相対速度yを「y」とすると、車体100の運動方程式は、次のようになる。
【0026】
M・Za=K・xs+fd(y,P)・・・(1)
「K・xs」は、ばね21の弾性力を示す。振動減衰装置22の減衰力「fd(y,P)」は、一般に、相対速度yに対して非線形である(
図3参照)。相対速度yに対する減衰力の変化を示す減衰力特性は、減衰力制御値Pに応じて変化する。このようなことから、本実施形態においては、振動減衰装置22の減衰力fd(y,P)は、線形成分と、非線形成分とに分けられる。
【0027】
図3は、減衰力制御値Pが所定値であるときの、減衰力fd(y,P)を示すグラフである。
上述したように、減衰力fd(y,P)は、相対速度yに対して非線形である。
図3に示される破線は、減衰力制御値Pが所定値にあるときの減衰力fd(y,P)の一次近似式または一次近似式に準じた式である。一次近似式または一次近似式に準じた式は上述の線形成分に相当する。
【0028】
線形成分の係数をCoとし、非線形成分を相対速度yと減衰力制御値Pとの関数fn(y,P)とすると、減衰力fd(y,P)は次のように示される。
fd(y,P)=Co・y+fn(y,P)・・・(2)
上記(1)式、(2)式、相対速度yを意味する状態変数x1、ばね伸縮距離を意味する状態変数x2を用いることにより、状態方程式を次のように導出することができる。
【0029】
X´=AX+Gw+Bfn(y,P)・・・(3)
ここで、X=(x1,x2)の列ベクトル、A,G,Bは所定の値をもつ行列を示す。X´はXの微分である。
【0030】
一方、相対速度yと車体加速度Zaとの関係から次の出力方程式が得られる。
Y=(C,U)X+v+(D,F)fn(y,P)・・・(4)
ここで、Yは(y1,y2)の列ベクトル、y1=相対速度yであり、y2=車体加速度Zaを示す。C,U,D,Fはそれぞれ所定の値をもつ行ベクトルである。(C,U)は、C,Uを要素とする列ベクトルであり、(D,F)は、D,Fを要素とする列ベクトルである。vは、観測ノイズを示す。
【0031】
カルマンフィルタ理論を用いれば、上記(3)式及び(4)式に基づいてy(相対速度)及びr(相対変位)を推定するためのオブザーバを得ることができる。すなわち、これらの式のオブザーバに基づいて変位関連量推定装置3を構成することができる。
【0032】
ところで、ダンパー20のモデル(
図2参照)は、車体100に取り付けられているダンパー20を簡略化したものである。一方、サスペンション300は、ダンパー20を保護する緩衝部材23を有する。緩衝部材23は、ダンパー20の動作を制限する。このため、ダンパー20の動作は、ダンパー20の構成だけでなく、緩衝部材23に基づいて変化し得る。上記モデルでは、緩衝部材23の構成が省略されている。このため、上記モデルにより導出された減衰力制御値Pに基づいてダンパー20の振動減衰装置22を制御すると、実際の減衰効果が理論上の減衰効果から乖離することがある。以下、サスペンション300の一例を説明し、緩衝部材23の作用を反映した変位関連量推定装置3の構成について説明する。
【0033】
図4を参照して、サスペンション300の一例を説明する。
サスペンション300は、ダンパー20と、緩衝部材23とを備える。緩衝部材23は、ダンパー20が取り付けられる車体100における支持部100a(例えば、ストラットマウント、ストラットマウント周辺に取り付けられる部品等)とダンパー20のシリンダ22aとの衝突を緩和する。
【0034】
具体的には、緩衝部材23は、車体100における支持部100aとダンパー20のシリンダ22aとの間に配置され、ダンパー20のシリンダ22aが支持部100aに接触することを防止する。緩衝部材23は、伸縮可能な弾性体により構成される。振動減衰装置22が動作し、シリンダ22aと支持部100aとの間の距離が規定範囲内になると、シリンダ22aの端面が緩衝部材23に接触する。シリンダ22aが更に支持部100aに接近すると、緩衝部材23がシリンダ22aの押圧力により圧縮され、シリンダ22aは、緩衝部材23から進行方向とは反対の方向の力を受ける。これにより、緩衝部材23は次のように作用する。すなわち、車輪200を突き上げる力がダンパー20に加わるとき、その力によりシリンダ22aが急激に移動するが、緩衝部材23は、シリンダ22aが支持部100aに直接接触することを阻止し、かつシリンダ22aの移動速度を緩和させる。
【0035】
緩衝部材23は、弾性体であるから、上記(1)式の車体100の運動方程式においては、バネの項(K・xs)に影響を与える。この項「K・xs」は、ばね伸縮距離xsに対して線形である。しかし、緩衝部材23が存在するため、実際には、この項「K・xs」は、非線形になり、例えば、変数「xs」の非線形関数f(xs)になる。このようにして設定される式「M・Za=f(xs)+fd(y,P)・・・(1)´」と上記(2)式を用いると、新たな状態方程式を得ることができる。そして、カルマンフィルタ理論に基づいて、新たな状態方程式と上記出力方程式(4)とからy(相対速度)及びr(相対変位)を推定するためのオブザーバを得ることができる。このような、y(相対速度)及びr(相対変位)には、緩衝部材23の存在が反映される。
【0036】
図5は、変位関連量推定装置3のブロック図である。変位関連量推定装置3は、非線形成分演算部5と、変位関連量演算部6とを備える。
非線形成分演算部5は、推定相対変位yob2と減衰力制御値Pとに基づいて、非線形成分fnobを導出する。
【0037】
非線形成分演算部5は、非線形成分fnobを形成するための関数(以下、「非線形成分関数」という。)を有する。
【0038】
非線形成分関数は、次の所定の関数を含む。関数は、推定相対変位yob2と減衰力制御値Pとに基づいて、非線形成分fnobを導出する。非線形成分fnobは、相対変位rに対する減衰力の直線性からの乖離成分を示すものであって、その乖離成分の推定値として定義される。例えば、相対変位rに対してプロットされた減衰力の曲線から、この曲線に近似される直線成分を引いた成分が、非線形成分とされる。関数は、推定相対変位yob2と減衰力制御値Pとのペアで構成される変数と、非線形成分との関係を示すマップ等として構成される。
【0039】
非線形成分fnobは、ばね21および緩衝部材23の作用のうち非線形成分が状態変数に影響を与えるときの、その影響の程度を示す。なお、緩衝部材23の作用が特に非線形成分fnobに寄与する。関数は予め行われた試験に基づいて設定される。
【0040】
非線形成分関数は、上記関数に加えて、別の関数(以下、追加関数)を含んでもよい。追加関数は、推定相対速度yob1と減衰力制御値Pとに基づいて、非線形成分fnobを導出する。非線形成分fnobは、相対速度に対する減衰力の直線性からの乖離成分である非線形成分であって、その非線形成分の推定値として定義される。例えば、相対速度に対してプロットされた減衰力の曲線から、この曲線に近似される直線成分を引いた成分が、非線形成分とされる。そして、追加関数は、推定相対速度yob1と減衰力制御値Pとのペアで構成される変数と、非線形成分との関係を示すマップ等として構成される。
【0041】
この非線形成分fnobは、ダンパー20の作用のうち非線形成分fnobが状態変数に影響を与えるときの、その影響の程度を示す。なお、非線形成分関数が、関数と追加関数とを含む場合、第1の関数で導出された非線形成分fnobと追加関数で導出された非線形成分fnobとの和が足されて、この和が非線形成分fnobとして出力される。
【0042】
変位関連量演算部6は、非線形成分fnobと車体100の状態変数とに基づいて、推定相対速度yob1及び推定相対変位yob2を導出する。変位関連量演算部6は、オブサーバに基づいて構成される。実施形態では、状態変数として、車体100から提供される車体加速度Zaが用いられる。
【0043】
次に、減衰力制御装置1の作用を説明する。
まず、比較となる参考例の減衰力制御装置1について説明する。参考例の減衰力制御装置1は、ダンパー20のモデル(
図2参照)から構築されたオブザーバを用いて、車体100から提供される車体加速度Zaを用いて推定相対速度yob1及び減衰力制御値Pを導出する。車体加速度Zaは、緩衝部材23の存在の有無に関わらず、車体100から提供される時点での、車体100の状態を示す。このため、車体加速度Zaには、緩衝部材23とダンパー20のシリンダ22aとの接触の影響が含まれている。しかし、参考例における推定相対速度yob1の演算では、推定相対速度yob1の精確な推定が難しい。以下、この点について説明する。
【0044】
緩衝部材23にシリンダ22aが接触する時点(以下、接触時点)では、シリンダ22aの移動が妨げられるため加速度が大きく変化する。一方、この接触時点における演算に使用される車体加速度Zaは、その接触直前に得られる値であるため、その時点で推定される推定相対速度yob1は実際の値と大きく乖離する。この結果、推定相対速度yob1から導出される減衰力制御値Pは、車体100の振動を抑制するのに適した値からずれるようになる。
【0045】
また、緩衝部材23とシリンダ22aとが接触する状態から、緩衝部材23からシリンダ22aが離間する時点(以下、離間時点)でも同様のことが生じる。すなわち、緩衝部材23からシリンダ22aが離間する時点(離間時点)では、緩衝部材23の膨張に基づくシリンダ22aへの押圧力がなくなることから加速度が大きく変化する。一方、この離間時点における演算に使用される車体加速度Zaは、その離間直前に得られる値であるため、その時点で推定される推定相対速度yob1は実際の値と大きく乖離する。この結果、推定相対速度yob1から導出される減衰力制御値Pは、車体100の振動を抑制するのに適した値からずれるようになる。
【0046】
また、このような車体加速度Zaの「乖離」は、接触時点及び離間時点以外の時点であっても同様に生じる。すなわち、緩衝部材23とシリンダ22aとが接触することにより互いに力を作用し合っている期間に限っては、同様の理由により推定相対速度yob1の乖離が生じていると考えられる。
【0047】
そこで、本実施形態では、推定相対速度yob1を導出する演算において、推定相対変位yob2に関する情報を反映させる。非線形成分演算部5は、推定相対速度yob1の演算において変位関連量演算部6が用いる非線形成分fnobについて、所定の情報に基づいて非線形成分fnobを推定する。具体的には、変位関連量演算部6の非線形成分関数は、推定相対変位yob2に対する非線形成分fnobを導出する。非線形成分fnobは、上記関数により導出される。非線形成分fnobは、緩衝部材23とシリンダ22aとが接触し得る推定相対変位yob2の範囲において導出されてもよい。そして、この非線形成分fnobが推定相対速度yob1の導出に用いられる。これにより、推定相対速度yob1と、実際の相対速度との間の「乖離」が抑制されるようになる。従って、推定相対変位yob2に起因する非線形成分を含む非線形成分fnobによれば、推定相対速度yob1が精確に推定される。
【0048】
次に、本実施形態に係る減衰力制御装置1の効果を説明する。
(1)減衰力制御装置1は、減衰力制御値演算装置2と、変位関連量推定装置3とを備える。減衰力制御値演算装置2は、車体100の状態変数と推定相対速度yob1とに基づいて減衰力制御値Pを決定する(
図1参照)。変位関連量推定装置3は、車体100の状態変数と、減衰力制御値Pと、変位関連量推定装置3自身が推定した推定相対速度yob1及び推定相対変位yob2とに基づいて、推定相対速度yob1と推定相対変位yob2とを推定する(
図5参照)。
【0049】
この構成によれば、変位関連量推定装置3により出力される推定相対速度yob1及び推定相対変位yob2は、変位関連量推定装置3に帰還される。このため、推定相対速度yob1及び推定相対変位yob2には、その演算時の推定相対変位yob2が反映されるようになるため、推定相対変位yob2を反映させない参考の減衰力制御装置に比べて、推定相対速度yob1及び推定相対変位yob2の精度が向上し、この結果、減衰力制御値Pの精度が向上する。
【0050】
(2)上記変位関連量推定装置3は、非線形成分演算部5と、変位関連量演算部6とを備える。非線形成分演算部5は、減衰力制御値Pと推定相対変位yob2とに基づいて、非線形成分fnobを導出する。変位関連量演算部6は、非線形成分fnobと状態変数とに基づいて推定相対速度yob1と推定相対変位yob2とを推定する。
【0051】
この構成では、変位関連量推定装置3は、非線形成分fnobを導出する。非線形成分fnobは、減衰力制御値Pと、推定相対変位yob2とに基づいて導出される。このため、非線形成分fnobに推定相対変位yob2が反映されるようになるため、推定相対変位yob2を用いないで非線形成分fnobを導出する場合に比べて、推定相対速度yob1及び推定相対変位yob2の精度が向上する。
【0052】
(3)上記減衰力制御装置1において、非線形成分演算部5は、前記緩衝部材と前記ダンパーのシリンダとが接触し得る前記推定相対変位の範囲において前記非線形成分fnobを導出する関数を有する。この構成によれば、少なくとも、緩衝部材23とダンパー20のシリンダ22aとが接触し得る推定相対変位の範囲において非線形成分fnobが導出される。
【0053】
(4)なお、所定の関数(上述の非線形成分関数)において、推定相対速度yob1、推定相対変位yob2、及び減衰力制御値Pの使用範囲が限定されるように、構成され得る。例えば、所定の関数(上述の非線形成分関数)は、推定相対変位yob2が規定範囲内にあるときだけ、推定相対変位yob2を含む変数(すなわち、推定相対変位yob2、推定相対速度yob1、及び減衰力制御値P)を用いて非線形成分fnobを導出する。一方、推定相対変位yob2が規定範囲外にあるときは、推定相対変位yob2以外の変数(すなわち、推定相対速度yob1及び減衰力制御値P)を用いて非線形成分fnobを導出する。ここで、規定範囲内は、緩衝部材23にダンパー20が接触する状態を構成する、車体100と車輪200との間の距離範囲内を示す。このような構成によれば、常に全ての変数を用いて非線形成分fnobを導出する場合に比べて、減衰力制御装置1の負担が軽減する。
【0054】
(5)サスペンション300(
図4参照)は、減衰力制御装置1と、減衰力制御装置1により制御されるダンパー20と、ダンパー20が取り付けられる車体100とダンパー20のシリンダ22aとの衝突を緩和する緩衝部材23とを備える。この構成によれば、推定相対変位yob2が反映された減衰力制御値Pによりダンパー20が制御される。このため、サスペンション300の減衰特性が向上する。
【0055】
<その他の実施形態>
・上記実施形態の減衰力制御装置1では、車体100の状態変数として、車体加速度Zaと車体速度Zbとを用いているが次のように構成され得る。すなわち、減衰力制御装置1は、上述の車体速度演算装置4を含むように構成される。この場合、減衰力制御装置1は、車体100の状態変数として入力される変数は、車体加速度Zaだけとなる。
【0056】
・上記実施形態において説明した、「追加関数」の一例を説明する。
追加関数は、「遅れ補正項」としての関数(以下、「遅れ補正関数」)を含む。この追加関数は、次の事象を改善するための関数である。
ダンパー20のモデルから実際のサスペンションの仕様が大きく乖離するとき、推定相対速度yob1の推定精度が低下するおそれがある。例えば、実際のサスペンションの仕様が、フルハードまたはフルソフトの場合、推定相対速度yob1と実際の相対速度とが大きく乖離し得る。この乖離は、時系列でみると、減衰力制御値Pの遅れとして現れる。「遅れ補正関数」はこのような乖離を抑制するための演算項(遅れ補正項)である。
【0057】
遅れ補正関数は、例えば、演算時の減衰力制御値Pを変数とする関数である。遅れ補正関数は、ダンパー20の仕様(フルソフト、フルハード、またはこれらの中間状態等)に応じて、演算式、マップ等として予め設定される。したがって、遅れ補正関数に、演算で導出される減衰力制御値Pを入力することにより、遅れ補正関数から非線形成分が導出される。
【0058】
また、遅れ補正関数は、ダンパー20の仕様に応じた複数の関数群として構成され得る。複数の関数群とは、ダンパー20の異なる仕様(フルソフト、フルハード、またはこれらの中間状態等)毎に設定された関数の群である。実際の相対速度のデータに基づいて車体の振動周期を求め、求められた振動周期に基づいてダンパー20の仕様が推定可能である。このようにして、推定されたダンパー20の仕様から、関数の群の中からその仕様に対応した関数が選択される。そして、選択された関数を用いて非線形成分が導出される。
【0059】
非線形成分演算部5では、遅れ補正関数(すなわち、遅れ補正項)から導出された「非線形成分」と、実施形態に示される「非線形成分」とは、係数で重み付けされて、足されて、その結果が出力される。
この例の場合、非線形成分演算部5は、減衰力制御値演算装置2が決定した減衰力制御値Pと、変位関連量推定装置3により推定された推定相対変位yob2及び推定相対速度yob1とに基づいて、推定相対変位yob2及び推定相対速度yob1に関連する「非線形成分」を導出する。