【文献】
WANG Chao et al.,The Effect of Intercritical Annealing on the Microstructure and Mechanical Properties in a High Stre,Steel Research International,2014年,Vol.85 No.3,P.388-394,特に4.conclusion 2.
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0021】
まず、本発明に係る高強度鋼板の金属組織について説明する。
【0022】
上記高強度鋼板の金属組織は、ポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、および残留オーステナイトを含む混合組織である。
【0023】
そして、
(A)上記金属組織を走査型電子顕微鏡で観察したときに、金属組織全体に対して、
ポリゴナルフェライト:10〜50面積%、
ベイナイト :10〜50面積%、
焼戻しマルテンサイト:10〜80面積%を満足し、
(B)上記金属組織をX線回折法で測定したときに、金属組織全体に対して、
残留オーステナイト:5.0体積%以上、
炭素濃度が1.0質量%以下の残留オーステナイト:3.5体積%以上、
炭素濃度が0.8質量%以下の残留オーステナイト:2.4体積%以下
を満足することが重要である。
【0024】
まず、本発明を特徴づける上記(B)の要件について説明した後、上記(A)の要件について説明する。
【0025】
[残留γ]
残留γは、TRIP効果により、均一変形能を向上させて良好な伸びを確保するために必要な組織である。また、残留γは、強度を確保するためにも必要な組織である。
【0026】
本発明では、こうした効果を発揮させるために、金属組織全体に対して、残留γの体積率(以下、Vγ
Rと表記することがある。)を5.0%以上、好ましくは8%以上、より好ましくは10%以上とする。しかし残留γの生成量が過剰になると、穴拡げ率λが低下し、室温での加工性を改善できない。従って本発明では、残留γの体積率Vγ
Rは、金属組織全体に対して、好ましくは30%以下、より好ましくは25%以下とする。
【0027】
上記残留γは、ラス間に生成することもあれば、ラス状組織の集合体、例えば、ブロックやパケットなどや旧γ粒界上に、フレッシュマルテンサイトと残留γが複合したMA混合相の一部として塊状に存在することもある。MAとは、Martensite−Austenite Constituentの略である。
【0028】
上記残留γの体積率Vγ
Rは、X線回折法で測定した値である。
【0029】
本発明に係る高強度鋼板は、特に、金属組織をX線回折法で測定したときに、金属組織全体に対して、炭素濃度が1.0質量%以下の残留オーステナイトの体積率[以下、Vγ
R(C≦1.0%)と表記することがある。]が3.5%以上、炭素濃度が0.8質量%以下の残留オーステナイトの体積率[以下、Vγ
R(C≦0.8%)と表記することがある。]が2.4%以下を満足することが重要である。即ち、以下に説明する通り、炭素濃度が0.8質量%超、1.0質量%以下の残留γを適切に生成させることが重要である。
【0030】
まず、炭素濃度が1.0質量%以下の残留γの体積率を一定以上とすることで、温間での荷重を充分に低減できることについて説明する。
【0031】
温間成形時の荷重低減の指標としては、上記特許文献3に示されている通り、ΔTS、即ち、室温での引張強度(以下、室温TSと表記することがある。)から、温間での引張強度(以下、温間TSと表記することがある。)を引いた値(室温TS−温間TS)を用いることができる。ΔTSが大きいほど温間での荷重が充分に低減されているといえる。
【0032】
上記ΔTSの値を大きくするには、
(1)加工温度の高温化による変形抵抗の低下;および
(2)残留γは、室温では不安定なため引張強度TSを向上させるが、温間では安定なため引張強度TSを向上させないこと;を利用する方法が考えられる。
【0033】
そして、上記(1)は、材料によらないことから、ΔTSがより大きい鋼板を得るには、上記(2)に示す残留γを存在させることが有効であること、そしてそのためには、炭素濃度の低い残留γ、具体的には、炭素濃度が1.0質量%以下の残留γの体積率Vγ
R(C≦1.0%)を、金属組織全体に対して、3.5質量%以上積極的に生成させれば良いことを見出した。Vγ
R(C≦1.0%)は、好ましくは4.0体積%以上、より好ましくは4.5体積%以上である。Vγ
R(C≦1.0%)の上限は特に限定されず、Vγ
R(C≦1.0%)の最大値は、鋼板に含まれる残留γの体積率と等しくなる。Vγ
R(C≦1.0%)は、好ましくは10体積%以下、より好ましくは8体積%以下である。
【0034】
上述したように、炭素濃度が1.0質量%以下の残留γを積極的に生成させることにより、温間での成形荷重を低減できるが、炭素濃度が低すぎる残留γが多量に生成すると、室温で穴拡げ加工したときの初期に残留γが硬質なフレッシュマルテンサイト(FM)に変態し、歪の集中箇所となり、穴拡げ率λが著しく低下し、室温での加工性が劣化することが分かった。そこで穴拡げ率λを高め、室温での加工性を改善するには、炭素濃度が低すぎる残留γの生成は抑制する必要がある。
【0035】
こうした観点に基づき、残留γの炭素濃度と室温での加工性との関係について検討したところ、炭素濃度が0.8質量%以下の残留γの体積率Vγ
R(C≦0.8%)を、金属組織全体に対して、2.4体積%以下とすれば良いことを見出した。Vγ
R(C≦0.8%)は、好ましくは2.3体積%以下、より好ましくは2.2体積%以下、更に好ましくは2.1体積%以下である。Vγ
R(C≦0.8%)はできるだけ少ない方が好ましく、最も好ましくは0体積%である。
【0036】
以上の通り、Vγ
R(C≦1.0%)を3.5体積%以上とすることにより、ΔTSを大きくすることができ、温間での成形荷重を室温での成形荷重よりも低減でき、Vγ
R(C≦0.8%)を2.4体積%以下に抑えることによって、室温で穴拡げ加工したときの穴拡げ率λを大きくすることができ、室温での加工性を改善できる。
【0037】
なお、炭素濃度が1.0質量%を超える残留γは、室温でも温間でも安定しているため、ΔTSおよび室温での穴拡げ率λへの影響は小さいことを本発明者らは確認している。
【0038】
ここで、従来技術と本発明との関係について説明する。残留γの安定度を残留γの炭素濃度で制御する考え方は従来から知られている。そして、例えば、上記特許文献3のように、残留γの炭素濃度の平均値を所定の範囲に制御することによって、150〜250℃での成形時における強度を低下させる技術も既に知られている。これに対し、本発明では、残留γの平均炭素濃度ではなく、個々の残留γの炭素濃度に着目し、炭素濃度が0.8質量%超、1.0質量%以下の残留γを積極的に生成させている点で、従来の技術と大きく相違している。即ち、残留γの生成量が同じで、残留γの炭素濃度の平均値が同じでも、炭素濃度が0.8質量%以下の残留γの生成量と炭素濃度が1.0質量%以下の残留γの生成量が異なれば、得られる特性が大きく変化するという知見を本発明者らは見出したのである。
【0039】
上記特許文献3について更に付言すると、上記特許文献3に開示されている鋼板に含まれる残留γ中の炭素濃度の平均値は非常に低いため、炭素濃度が0.8質量%以下の残留γの生成量がかなり多いと予想される上に、構成組織も異なる。
【0040】
次に、金属組織全体に対する、残留γの体積率(Vγ
R)、残留γの平均炭素濃度(以下、%C
avgと表記することがある。)、および残留γの炭素濃度分布の各測定方法について説明する。
【0041】
残留γの体積率および残留γの平均炭素濃度は、鋼板の1/4の厚さまで研削した後、化学研磨してからX線回折法により測定する。測定原理は、ISIJ Int. Vol.33、1933年、No.7、p.776を参照できる。なお、本発明においては、X線回折装置として、株式会社リガク製X線回折装置(RINT−1500)を用い、X線としてCo−Kα線を用いた。
【0042】
残留γの炭素濃度の分布は、上記X線回折装置で測定した(200)
γ、(220)
γ、および(311)
γの3つの回折ピークを用いて以下のようにして求めた。
【0043】
まず、
図1の模式図に示すように、(200)
γ、(220)
γ、および(311)
γの3つの回折ピークについて、それぞれ、回折強度が最大となる2θ(2θ
avg(hkl))とその半価幅Δ2θ(hkl)を求めた。ここに、(hkl)は、(200)、(220)または(311)を意味するものとする(以下同じ。)。
【0044】
次いで、上記2θ
avg(hkl)から、ブラッグ条件:λ=2dsinθ(d:格子面間隔、λ:Co−Kα線の波長)を用いて、下記式(1)より、d(hkl)を求めた。d(hkl)=λ/{2sin(2θ
avg(hkl)/2)} ・・・(1)
【0045】
そして、下記式(2)により、格子定数a
0(hkl)を求め、それら3つの格子定数a
0(hkl)を算術平均して格子定数a
0を求めた。
a
0(hkl)=d(hkl)√(h
2+k
2+l
2) ・・・(2)
【0046】
そして、下記式(3)を用いて炭素濃度%C
avg(単位:質量%)を求めた。
%C
avg=(1/0.033)×(a0−3.572) ・・・(3)
【0047】
次に、残留γの炭素濃度分布の半価幅Δ%Cを以下の手順で求めた。
【0048】
まず、各ピークの回折角度2θ(hkl)の半価幅Δ2θ(hkl)の上下限における回折角度を、下記式(4)および式(5)で求めた(
図1参照)。
2θ
L(hkl)=2θ
avg(hkl)−Δ2θ(hkl)/2 ・・・(4)
2θ
H(hkl)=2θ
avg(hkl)+Δ2θ(hkl)/2 ・・・(5)
【0049】
そこで、上記2θ
L(hkl)および2θ
H(hkl)をそれぞれ用いて、上記と同様の手順でブラッグ条件および上記式(1)〜式(3)を用いることで、炭素濃度分布の半価幅の上下限値%C
Lおよび%C
Hを求めた。そして、炭素濃度分布の半価幅Δ%Cを下記式(6)で求めた。
Δ%C=%C
H−%C
L ・・・(6)
【0050】
そして、炭素濃度分布が正規分布であると仮定して、以下のようにして、上記半価幅Δ%Cから標準偏差σ%Cを算出した。すなわち、正規分布の確率密度関数f(x)は、平均値uと標準偏差σから、下記式(7)で表される。
f(x)={1/√(2πσ
2)}×exp{−(x−u)
2/(2σ
2)} ・・・(7)
【0051】
平均値における確率f(u)は、上記式(7)にx=uを代入することで下記式(8)にて求まる。
f(u)=1/√(2πσ
2) ・・・(8)
【0052】
そして、平均値u=%C
avgから半価幅Δ%Cの1/2だけ上下に移動した値(%C
avg±Δ%C/2)での確率密度f(%C
avg±Δ%C/2)は、平均値u=%C
avgでの確率密度f(u)=f(%C
avg)の1/2になるので、上記式(7)および上記式(8)より、下記式(9)の関係が得られる。
{1/√(2πσ%C
2)}×exp{−(Δ%C/2)
2/(2σ%C
2)}=1/{2√(2πσ%C
2)} ・・・(9)
【0053】
上記式(9)を変形することで、半価幅Δ%Cから標準偏差σ%Cを求める式として下記式(10)が導出されるので、この式(10)に半価幅Δ%Cを代入することで標準偏差σ%Cを算出した。
σ%C=√{(Δ%C/2)
2/(2ln2)} ・・・(10)
【0054】
そして、上記のようにして求めた残留γ中の炭素濃度分布の平均値%C
avgと標準偏差σ%Cを用いて、下記式(11)に示す累積分布関数g(x)により、金属組織全体に対する、炭素濃度が1.0質量%以下の残留γの体積率Vγ
R(C≦1.0%)を求める式として下記式(12)を導出し、この式(12)を用いてVγ
R(C≦1.0%)を算出した。
g(x)=(1/2)×[1+erf{(x−u)/√(2σ
2)}] ・・・(11)
Vγ
R(C≦1.0%)
=Vγ
R×g(1.0)
=Vγ
R×(1/2)×[1+erf{(1.0−%C
avg)/√(2σ%C
2)}] ・・・(12)
【0055】
また、上記のようにして求めた残留γ中の炭素濃度分布の平均値%C
avgと標準偏差σ%Cを用いて、上記式(11)に示す累積分布関数g(x)により、金属組織全体に対する、炭素濃度が0.8質量%以下の残留γの体積率Vγ
R(C≦0.8%)を求める式として下記式(13)を導出し、この式(13)を用いてVγ
R(C≦0.8%)を算出した。
Vγ
R(C≦0.8%)
=Vγ
R×g(0.8)
=Vγ
R×(1/2)×[1+erf{(0.8−%C
avg)/√(2σ%C
2)}] ・・・(13)
【0056】
上記式(12)、式(13)において、Vγ
Rは、金属組織全体に対する残留γの合計体積率である。
【0057】
[ポリゴナルフェライト]
ポリゴナルフェライトは、ベイナイトに比べて軟質であり、鋼板の伸びを高めて室温での加工性を改善するのに作用する組織である。こうした作用を発揮させるには、ポリゴナルフェライトの面積率は、金属組織全体に対して10%以上、好ましくは20%以上、より好ましくは25%以上とする。しかしポリゴナルフェライトの生成量が過剰になると、強度が低下する。従って本発明では、ポリゴナルフェライトの面積率は、金属組織全体に対して50%以下、好ましくは45%以下、より好ましくは40%以下とする。
【0058】
上記ポリゴナルフェライトの面積率は、走査型電子顕微鏡によって測定できる。
【0059】
[ベイナイト]
ベイナイト変態によって生成するベイナイトは、オーステナイトへCを濃化させ、残留γを得るのに有効に作用する組織である。また、ベイナイトは、ポリゴナルフェライトと焼戻しマルテンサイトとの間の強度を有するため、強度と伸びの両方をバランスよく高める組織である。こうした効果を発揮させるために、ベイナイトの面積率は、金属組織全体に対して10%以上、好ましくは15%以上、より好ましくは20%以上とする。しかしベイナイトの生成量が過剰になると、強度が低下する。従って本発明では、ベイナイトの面積率は、金属組織全体に対して50%以下、好ましくは40%以下、より好ましくは30%以下とする。
【0060】
上記ベイナイトは、鋼板の断面をナイタール腐食してから走査型電子顕微鏡で観察したときに、残留γおよび炭化物よりなる群から選ばれる少なくとも1種同士の間隔の平均が1μm以上になっている組織であり、炭化物の析出がないベイニティックフェライトの他、炭化物が部分的に析出しているものも含む。
【0061】
[焼戻しマルテンサイト]
焼戻しマルテンサイトは、強度と穴拡げ率λの両方をバランスよく高めるのに作用する組織である。こうした効果を発揮させるために、焼戻しマルテンサイトの面積率は、金属組織全体に対して10%以上、好ましくは15%以上、より好ましくは20%以上とする。しかし焼戻しマルテンサイトの生成量が過剰になると、残留γの生成量の低下が顕著になり、伸びが低下する。従って本発明では、焼戻しマルテンサイトの面積率は、金属組織全体に対して80%以下、好ましくは70%以下、より好ましくは60%以下とする。
【0062】
上記焼戻しマルテンサイトとは、鋼板の断面をナイタール腐食した後、走査型電子顕微鏡で観察したときに、残留γおよび炭化物よりなる群から選ばれる少なくとも1種同士の間隔の平均が1μm未満になっている組織である。
【0063】
ここで、「残留γおよび炭化物よりなる群から選ばれる少なくとも1種の間隔の平均」について説明する。当該平均とは、鋼板の断面をナイタール腐食した後、走査型電子顕微鏡で観察したとき、隣接する残留γ同士の中心位置間距離、隣接する炭化物同士の中心位置間距離、または隣接する残留γと隣接する炭化物との中心位置間距離を測定した結果を平均した値である。上記中心位置間距離は、各残留γまたは各炭化物の中心位置を求め、最も隣接している残留γ同士、炭化物同士、または残留γと炭化物について測定した中心位置間の距離を意味する。上記中心位置は、残留γまたは炭化物の長径と短径を決定し、長径と短径が交差する位置とする。
【0064】
但し、残留γまたは炭化物がラスの境界上に析出する場合は、複数の残留γと炭化物が連なってその形態は針状または板状になる。この場合、中心位置間距離は、残留γおよび炭化物よりなる群から選ばれる少なくとも1種同士の距離ではなく、
図2に示すように、残留γおよび炭化物よりなる群から選ばれる少なくとも1種が長径方向に連なって形成する線11と線11の間隔、すなわち、ラス間距離を中心位置間距離12とする。
【0065】
ベイナイトと焼戻しマルテンサイトの分布状態は特に限定されず、旧オーステナイト粒内にベイナイトと焼戻しマルテンサイトの両方が生成していてもよいし、旧オーステナイト粒毎にベイナイトと焼戻しマルテンサイトが夫々生成していてもよい。
【0066】
ベイナイトと焼戻しマルテンサイトの分布状態を模式的に
図3のa、bに示す。
図3のaは、旧オーステナイト粒23内にベイナイト21と焼戻しマルテンサイト22の両方が混合して生成している様子を示し、
図3のbは、旧オーステナイト粒23毎にベイナイト21と焼戻しマルテンサイト22が夫々生成している様子を示す。各図中に示した黒丸24はMA混合相を示している。
【0067】
[その他]
本発明に係る高強度鋼板の金属組織は、ポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、および残留γからなっていてもよいが、本発明の作用を損なわない範囲で、他の組織として、MA混合相、パーライト、またはフレッシュマルテンサイト等の残部組織を有していてもよい。いずれの残部組織も割れ起点となり、室温での加工性を劣化させるため、できるだけ少ない方が好ましい。残部組織は、鋼板の断面をナイタール腐食した後、走査型電子顕微鏡で観察したときに、合計で25面積%以下であることが好ましい。
【0068】
なお、本発明では、ポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイトの面積率は、走査型電子顕微鏡で測定しているのに対し、残留γの体積率はX線回折法で測定しており、測定方法が異なるため、これらの組織の面積率と体積率を合計しても100%を超えることがある。
【0069】
次に、本発明に係る高強度鋼板の成分組成について説明する。以下、成分組成における%は、質量%を意味する。
【0070】
上記高強度鋼板は、C:0.10〜0.5%、Si:1.0〜3%、Mn:1.5〜3%、P:0%超、0.1%以下、S:0%超、0.05%以下、Al:0.005〜1%、およびN:0%超、0.01%以下を満足する。
【0071】
Cは、鋼板の強度を高める元素であり、また、オーステナイトを安定化させて残留γを確保するためにも必要な元素である。こうした効果を発揮させるために、本発明では、C量は、0.10%以上とする。C量は、好ましくは0.13%以上、より好ましくは0.15%以上である。しかし、Cを過剰に含有すると、溶接性が劣化する。従って本発明では、C量は、0.5%以下とする。C量は、好ましくは0.30%以下、より好ましくは0.25%以下である。
【0072】
Siは、固溶強化元素であり、鋼板の高強度化に寄与する元素である。また、Siは、炭化物の析出を抑えてオーステナイト中にCを凝縮させて安定化し、残留γを確保するのに重要な元素である。こうした効果を発揮させるために、本発明では、Si量は、1.0%以上とする。Si量は、好ましくは1.2%以上、より好ましくは1.3%以上である。しかし、Siを過剰に含有すると、焼鈍での加熱、均熱時に、ポリゴナルフェライトのオーステナイトへの逆変態が起こらず、ポリゴナルフェライトが過剰に残存し、強度不足になる。また、熱間圧延時にスケールが著しく形成されて鋼板表面にスケール跡疵が付き、表面性状を悪化させる。従って本発明では、Si量は、3%以下とする。Si量は、好ましくは2.5%以下、より好ましくは2.0%以下である。
【0073】
Mnは、焼入性向上元素として作用し、冷却中にポリゴナルフェライトが過剰に生成するのを抑制し、鋼板の強度を高める元素である。また、Mnは、残留γを安定化するのにも寄与する。こうした効果を発揮させるために、本発明では、Mn量は、1.5%以上とする。Mn量は、好ましくは1.8%以上、より好ましくは2.0%以上である。しかし、Mnを過剰に含有すると、ベイナイトの生成が著しく抑制され、所望のベイナイト量を確保できず、強度と伸びのバランスが悪くなる。また、鋳片割れが生じるなどの悪影響が生じる。従って本発明では、Mn量は3%以下とする。Mn量は、好ましくは2.8%以下、より好ましくは2.7%以下である。
【0074】
Pは、不可避不純物であり、過剰に含有すると粒界偏析による粒界脆化を助長し、室温での加工性が劣化する。従って本発明では、P量は0.1%以下とする。P量は、好ましくは0.08%以下、より好ましくは0.05%以下である。P量は、できるだけ少ない方が好ましいが、通常、0.001%程度含有する。
【0075】
Sは、不可避不純物であり、過剰に含有するとMnSなどの硫化物系介在物を形成し、割れの起点となって室温での加工性が劣化する。従って本発明では、S量は0.05%以下とする。S量は、好ましくは0.01%以下、より好ましくは0.005%以下である。S量は、できるだけ少ない方が好ましいが、通常、0.0001%程度含有する。
【0076】
Alは、Siと同様、炭化物の析出を抑えて残留γを確保するのに重要な元素である。また、Alは、脱酸材としても作用する元素である。こうした効果を発揮させるために、Al量は、0.005%以上とする。Al量は、好ましくは0.010%以上、より好ましくは0.03%以上である。しかし、Alを過剰に含有すると鋼板中に介在物が多く析出し、室温での加工性が劣化する。従って本発明では、Al量は1%以下とする。Al量は、好ましくは0.8%以下、より好ましくは0.5%以下である。
【0077】
Nは、不可避不純物であり、過剰に含有すると窒化物が多量に析出して割れの起点となり、室温での加工性が劣化する。従って本発明では、N量は0.01%以下とする。N量は、好ましくは0.008%以下、より好ましくは0.005%以下である。N量は、できるだけ少ない方が好ましいが、通常、0.001%程度含有する。
【0078】
本発明に係る高強度鋼板の基本成分は上記の通りであり、残部は、鉄および不可避不純物である。不可避不純物としては、本発明の効果を損なわない範囲で、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素の混入が許容される。
【0079】
上記高強度鋼板は、更に、他の元素として、下記(a)〜(e)に属する少なくとも1種を含有してもよい。
(a)Cr:0%超、1%以下、およびMo:0%超、1%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種。
(b)Ti:0%超、0.15%以下、Nb:0%超、0.15%以下、およびV:0%超、0.15%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種。
(c)Cu:0%超、1%以下、およびNi:0%超、1%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種。
(d)B:0%超、0.005%以下。
(e)Ca:0%超、0.01%以下、Mg:0%超、0.01%以下、および希土類元素:0%超、0.01%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種。
【0080】
(a)CrおよびMoは、冷却中にポリゴナルフェライトが過剰に生成するのを抑制し、強度低下を防止する元素である。こうした効果を有効に発揮させるには、Cr量は、0.02%以上が好ましく、より好ましくは0.1%以上、更に好ましくは0.2%以上である。Mo量は、0.02%以上が好ましく、より好ましくは0.1%以上、更に好ましくは0.2%以上である。しかし、CrおよびMoを過剰に含有すると、Mnと同様、ベイナイトの生成が著しく抑制され、所望のベイナイト量を確保できず、強度と伸びのバランスが悪くなることがある。従って本発明では、Cr量は、1%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.5%以下である。Mo量は、1%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.5%以下である。CrおよびMoは、いずれか一方を含有してもよいし、両方を含有してもよい。
【0081】
(b)Ti、Nb、およびVは、いずれも金属組織を微細化して鋼板の強度と靭性を向上させるのに作用する元素である。こうした効果を有効に発揮させるには、Ti量は、0.01%以上が好ましく、より好ましくは0.015%以上、更に好ましくは0.020%以上である。Nb量は、0.01%以上が好ましく、より好ましくは0.015%以上、更に好ましくは0.020%以上である。V量は、0.01%以上が好ましく、より好ましくは0.015%以上、更に好ましくは0.020%以上である。しかし、Ti、Nb、およびVを過剰に含有しても効果は飽和する。また、炭化物が粒界に析出し、室温での加工性が劣化することがある。従って本発明では、Ti量は、0.15%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.12%以下、更に好ましくは0.10%以下である。Nb量は、0.15%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.12%以下、更に好ましくは0.10%以下である。V量は、0.15%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.12%以下、更に好ましくは0.10%以下である。Ti、Nb、およびVは、いずれか1種を含有してもよいし、任意に選ばれる2種以上を含有してもよい。
【0082】
(c)CuおよびNiは、鋼板の耐食性を向上させるのに作用する元素である。こうした効果を有効に発揮させるには、Cu量は、0.01%以上が好ましく、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.10%以上である。Ni量は、0.01%以上が好ましく、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.10%以上である。しかし、CuおよびNiを過剰に含有しても効果は飽和する。また、熱間加工性が劣化することがある。従って本発明では、Cu量は、1%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.5%以下である。Ni量は、1%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.5%以下である。CuおよびNiは、いずれか一方を含有してもよいし、両方を含有してもよい。
【0083】
(d)Bは、CrおよびMnと同様、冷却中にポリゴナルフェライトが過剰に生成するのを抑制し、強度低下を防止する元素である。こうした効果を有効に発揮させるには、B量は、0.0001%以上が好ましく、より好ましくは0.0005%以上、更に好ましくは0.0010%以上である。しかし、Bを過剰に含有すると、CrおよびMnと同様、ベイナイトの生成が著しく抑制され、所望のベイナイト量を確保できず、強度と伸びのバランスが悪くなることがある。従って本発明では、B量は、0.005%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.004%以下、更に好ましくは0.003%以下である。
【0084】
(e)Ca、Mg、および希土類元素(Rare Earth Metal;REM)は、いずれも鋼板中の介在物を微細分散させる作用を有する元素である。こうした効果を有効に発揮させるには、Ca量は、0.0001%以上が好ましく、より好ましくは0.0005%以上、更に好ましくは0.0010%以上である。Mg量は、0.0001%以上が好ましく、より好ましくは0.0005%以上、更に好ましくは0.0010%以上である。希土類元素量は、0.0001%以上が好ましく、より好ましくは0.0005%以上、更に好ましくは0.0010%以上である。しかし、Ca、Mg、および希土類元素を過剰に含有すると、鍛造性や熱間加工性が悪くなることがある。従って本発明では、Ca量は、0.01%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.005%以下、更に好ましくは0.003%以下である。Mg量は、0.01%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.005%以下、更に好ましくは0.003%以下である。希土類元素量は、0.01%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.005%以下、更に好ましくは0.003%以下である。Ca、Mg、および希土類元素は、いずれか1種を含有してもよいし、任意に選ばれる2種以上を含有してもよい。
【0085】
なお、本発明において、希土類元素とは、ランタノイド元素(LaからLuまでの15元素)およびSc(スカンジウム)とY(イットリウム)を含む意味である。
【0086】
上記高強度鋼板の表面には、電気亜鉛めっき層(EG:Electro−Galvanizing)、溶融亜鉛めっき層(GI:Hot Dip Galvanized)、または合金化溶融亜鉛めっき層(GA:Alloyed Hot Dip Galvanized)を有していてもよく、高強度電気亜鉛めっき鋼板、高強度溶融亜鉛めっき鋼板、高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板も本発明に包含される。
【0087】
次に、本発明に係る高強度鋼板の製造方法について
図4を用いて説明する。
図4は、焼鈍パターンを示した模式図であり、横軸は時間(秒)、縦軸は温度(℃)を意味する。
【0088】
[均熱工程]
まず、上記成分組成を満足する鋼板を800℃以上、Ac
3点以下のT1温度域に加熱し、該T1温度域で40秒間以上保持して均熱する。上記鋼板は、熱延鋼板であってもよいし、冷延鋼板であってもよい。なお、T1温度域での均熱温度を以下「T1」、該T1温度域での均熱時間を、以下「t1」と表記することがある。また、保持には、恒温保持のほか、該T1温度域内で温度変動する態様も含まれる。
【0089】
ポリゴナルフェライトとオーステナイトの二相温度域で均熱することによって、所定量のポリゴナルフェライトを生成させることができる。上記T1温度域における均熱温度T1が低すぎると、ポリゴナルフェライトが過剰に生成し、強度が低下する。また、均熱温度T1が低すぎると、冷間圧延時に生成した展伸組織が残存し、伸びが低下するため、室温での加工性を改善できない。従って本発明では、均熱温度T1を800℃以上とする。上記均熱温度T1は、好ましくは810℃以上、より好ましくは820℃以上である。しかし、均熱温度T1が高すぎると、オーステナイト単相域となり、ポリゴナルフェライトの生成量が不足するため、伸びが低下し、室温での加工性を改善できない。従って本発明では、均熱温度T1はAc
3点以下とする。均熱温度T1は、好ましくはAc
3点−10℃以下、より好ましくはAc
3点−20℃以下である。
【0090】
上記T1温度域での均熱時間t1が短すぎると、鋼板を均一に加熱できないため、炭化物が未固溶のまま残存して残留γの生成が抑制される。その結果、伸びが低下し、室温での加工性を改善できない。従って本発明では、均熱時間t1を40秒間以上とする。均熱時間t1は、好ましくは50秒間以上、より好ましくは80秒間以上である。均熱時間t1の上限は特に限定されないが、均熱時間t1が長過ぎると、生産性が悪くなる。従って均熱時間t1は、500秒間以下とすることが好ましく、より好ましくは450秒間以下である。
【0091】
上記鋼板のAc
3点の温度は、「レスリー鉄鋼材料科学」(丸善株式会社発行、William C. Leslie著、1985年5月31日発行、p.273)に記載されている下記式(II)から算出できる。下記式(II)中、[ ]は各元素の含有量(質量%)を示しており、鋼板に含まれない元素の含有量は0質量%として計算すればよい。
Ac
3点(℃)=910−203×[C]
1/2+44.7×[Si]−30×[Mn]−11×[Cr]+31.5×[Mo]−20×[Cu]−15.2×[Ni]+400×[Ti]+104×[V]+700×[P]+400×[Al] ・・・(II)
【0092】
[第一冷却工程]
上記均熱後は、下記式(I)で表されるMs点が350℃以上の場合は、350℃以下、100℃以上を満たす任意の冷却停止温度T2まで、または下記式(I)で表されるMs点が350℃未満の場合は、Ms点以下、100℃以上を満たす任意の冷却停止温度T2まで冷却する(第一冷却工程)。そして本発明では、700℃から、300℃または前記冷却停止温度T2のうちの高い方の温度までを平均冷却速度5℃/秒以上で冷却する。
【0093】
均熱後、700℃から、300℃または前記冷却停止温度T2のうちの高い方の温度までの区間における平均冷却速度(以下、CR1と表記することがある。)を制御することによって、軟質なポリゴナルフェライトを所定量生成させることができる。即ち、上記区間における平均冷却速度CR1が5℃/秒を下回ると、ポリゴナルフェライトが過剰に生成し、強度が低下する。従って本発明では、上記区間における平均冷却速度CR1は、5℃/秒以上に制御する必要があり、好ましくは10℃/秒以上、より好ましくは15℃/秒以上である。上記区間における平均冷却速度CR1の上限は特に限定されないが、平均冷却速度CR1が大きくなり過ぎると、温度制御が困難となる。従って本発明では、上記区間における平均冷却速度CR1は、好ましくは80℃/秒以下、より好ましくは60℃/秒以下である。
【0094】
本発明では、上記冷却停止温度T2は、100〜350℃とする。但し、下記式(I)で算出されるMs点が350℃未満の場合は、上記冷却停止温度T2は、100℃〜Ms点とする。
【0095】
冷却停止温度T2が低すぎると、焼戻しマルテンサイトが過剰に生成し、残留γ量が少なくなるため、伸びが低下し、室温での加工性を改善できない。また、冷却停止温度T2が低すぎると、炭素濃度が1.0質量%を超える残留γが多く生成し、炭素濃度が1.0質量%以下の残留γ量が相対的に少なくなり、ΔTSが低下し、温間での成形荷重を室温での成形荷重に比べて充分に低減できない。炭素濃度が1.0質量%を超える残留γが多く生成するのは、焼戻しマルテンサイト内のラス間にフィルム状の残留γが残存し、この残留γの炭素濃度が高いためと考えられる。従って本発明では、上記冷却停止温度T2は、100℃以上とする。上記冷却停止温度T2は、好ましくは110℃以上、より好ましくは120℃以上である。しかし、冷却停止温度T2が高すぎると、焼戻しマルテンサイトの生成量が少なくなるため、その後のベイナイト変態が進みにくくなり、オーステナイトへのC濃化が進みにくくなる。その結果、炭素濃度が0.8質量%以下の残留γが多くなり、穴拡げ率λが低下し、室温での加工性を改善できない。従って本発明では、上記Ms点が350℃以上の場合は、上記冷却停止温度T2は、350℃以下とする。上記冷却停止温度T2は、好ましくは330℃以下、より好ましくは300℃以下である。一方、上記Ms点が350℃未満の場合は、上記冷却停止温度T2は、Ms点以下とする。上記冷却停止温度T2は、好ましくはMs点−20℃以下、より好ましくはMs点−50℃以下である。
【0096】
本発明においてMs点の温度は、上記「レスリー鉄鋼材料科学」(p.231)に記載されている式に、ポリゴナルフェライト分率(Vf)を考慮した下記式(I)から算出できる。下記式(I)中、[ ]は、各元素の含有量(質量%)を示しており、鋼板に含まれない元素の含有量は0質量%として計算すればよい。Vfは、ポリゴナルフェライト分率(面積%)を表すが、製造中にポリゴナルフェライト分率を直接測定することは困難なため、別途、上記高強度鋼板の製造条件と同じ条件で上記均熱工程を行った後、上記第一冷却工程における上記高強度鋼板の製造条件と同じ平均冷却速度で室温まで冷却して得られたサンプル中のポリゴナルフェライト分率をVfとすればよい。
Ms点(℃)=561−474×[C]/(1−Vf/100)−33×[Mn]−17×[Ni]−17×[Cr]−21×[Mo] ・・・(I)
【0097】
[再加熱工程]
上記冷却停止温度T2まで冷却した後は、350℃超、540℃以下のT3温度域に再加熱し、該T3温度域で50秒間以上保持する(再加熱工程)。なお、T3温度域における再加熱温度を以下「T3」、該T3温度域での保持時間を以下「t3」と表記することがある。また、保持には、恒温保持のほか、該T3温度域内で温度変動する態様も含まれる。
【0098】
上記T3温度域で50秒間以上保持することによって、炭素濃度が0.8質量%超、1.0質量%以下の残留γを生成させることができるため、室温での加工性が良好なまま、温間での成形荷重を低減した高強度鋼板を実現できる。
【0099】
再加熱温度T3が低すぎると、炭素濃度が1.0質量%以下の残留γの生成量が少なくなり、ΔTSが低下するため、温間での成形荷重を低減できない。従って本発明では、再加熱温度T3は350℃超とする。再加熱温度T3は、好ましくは360℃以上、より好ましくは370℃以上である。しかし再加熱温度T3が高すぎると、ベイナイト変態が充分に進まず、残留γ量が減少し、伸びELが低下する。また、残留γのうち、炭素濃度が0.8質量%以下の残留γ量が多くなり、穴拡げ率λが低下する。その結果、室温での加工性を改善できない。従って本発明では、再加熱温度T3は、540℃以下とする。再加熱温度T3は、好ましくは520℃以下、より好ましくは500℃以下である。
【0100】
また、保持時間t3が短すぎると、ベイナイト変態が充分に進行しないため、オーステナイトへのC濃化が充分に進まず、残留γの生成量が減少する。その結果、伸びELが低下する。また、各オーステナイトへのCの濃化度合いにバラツキが生じ、炭素濃度が0.8質量%以下の残留γ量が多くなり、穴拡げ率λが低下する。その結果、室温での加工性が劣化する。従って本発明では、保持時間t3は50秒間以上とする。保持時間t3は、好ましくは80秒間以上、より好ましくは100秒間以上である。保持時間t3の上限は特に限定されないが、生産性を考慮すると、例えば、20分間以下が好ましい。
【0101】
[第二冷却工程]
上記再加熱工程で保持した後、前記T3温度域から300℃までは、平均冷却速度10℃/秒以上で冷却し、300℃から150℃までは、平均冷却速度0℃/秒超、10℃/秒未満で冷却する(第二冷却工程)。上記保持後、前記T3温度域から150℃まで冷却するにあたり、300℃を境として二段階冷却することが重要であり、300℃までの高温側は、急冷することにより、ΔTSを大きくできるため、温間での成形荷重を低減でき、300℃からの低温側は、徐冷することにより、穴拡げ率λを大きくできるため、室温での加工性を改善できる。
【0102】
即ち、再加熱後、300℃までの平均冷却速度(以下、CR2と表記することがある。)が小さすぎると、冷却中にベイナイト変態および未変態オーステナイトへのCの濃化が進行し、炭素濃度が1.0質量%を超える残留γ量が多くなる一方で、炭素濃度が1.0質量%以下の残留γ量が減少する。その結果、ΔTSが低下し、温間での成形荷重を低減できない。従って本発明では、上記平均冷却速度CR2は、10℃/秒以上に制御する必要があり、好ましくは15℃/秒以上、より好ましくは20℃/秒以上である。上記平均冷却速度CR2の上限は特に限定されないが、平均冷却速度CR2が大きくなり過ぎると、温度制御が困難となる。従って本発明では、上記平均冷却速度CR2は、好ましくは80℃/秒以下、より好ましくは60℃/秒以下である。
【0103】
一方、300℃から150℃までの冷却中にベイナイト変態は進行しないが、Cの拡散は進行する。そこで、この温度域の平均冷却速度(以下、CR3と表記することがある。)を小さくすることによって、炭素濃度が0.8質量%以下の残留γの生成量を低減できる。この理由は不明であるが、各残留γに生じるC濃度のバラツキの中で、本来のC濃度よりも低い残留γへCが冷却中に拡散するため、炭素濃度の低い残留γの生成量を低減できると考えられる。Cの供給源は、焼戻しマルテンサイトなどと考えられる。また、不可避的にγから変態したフレッシュマルテンサイト(FM)は、冷却中に自己焼戻しが進行する。その結果、穴拡げ率λが大きくなり、室温での加工性が向上する。従って本発明では、上記区間における平均冷却速度CR3は、10℃/秒未満に制御する必要があり、好ましくは5℃/秒以下、より好ましくは2℃/秒以下である。
【0104】
150℃まで冷却した後は、常法に従って室温まで冷却すればよい。
【0105】
[めっき]
上記高強度鋼板の表面には、電気亜鉛めっき層(EG)、溶融亜鉛めっき層(GI)、または合金化溶融亜鉛めっき層(GA)を形成してもよい。
【0106】
電気亜鉛めっき層、溶融亜鉛めっき層、または合金化溶融亜鉛めっき層の形成条件は特に限定されず、常法の電気亜鉛めっき処理、溶融亜鉛めっき処理、合金化溶融亜鉛めっき処理を採用できる。これにより電気亜鉛めっき鋼板(以下、「EG鋼板」ということがある)、溶融亜鉛めっき鋼板(以下、「GI鋼板」ということがある)および合金化溶融亜鉛めっき鋼板(以下、「GA鋼板」ということがある)が得られる。
【0107】
EG鋼板を製造する方法としては、上記鋼板を上記第二冷却工程後、例えば、55℃の亜鉛溶液に浸漬しつつ通電し、電気亜鉛めっき処理を行うことが挙げられる。
【0108】
GI鋼板を製造する方法としては、上記再加熱工程で溶融亜鉛めっき処理を兼ねればよい。即ち、上記T3温度域に再加熱した後、該T3温度域の温度に調整されためっき浴に浸漬させて溶融亜鉛めっきを施して、溶融亜鉛めっきとT3温度域における保持とを兼ねてもよい。このとき、上記T3温度域での滞在時間が、上記保持時間t3の要件を満足すればよい。
【0109】
GA鋼板を製造する方法としては、上記T3温度域の温度で溶融亜鉛めっき後、該T3温度域内で引き続いて合金化処理を施せばよい。このとき、上記T3温度域での滞在時間が、上記保持時間t3の要件を満足すればよい。
【0110】
亜鉛めっき付着量は特に限定されず、例えば、片面あたり10〜100g/m
2程度とすることが挙げられる。
【0111】
本発明に係る高強度鋼板の板厚は特に限定されないが、例えば、板厚が3mm以下の薄鋼板であってもよい。
【0112】
本発明に係る高強度鋼板は、引張強度が980MPa以上で、室温での加工性(TS×EL、λ)に優れ、しかも温間での成形荷重が充分に低減されている(ΔTS)。この温間加工とは、100〜350℃程度の温度で成形することを意味する。
【0113】
上記高強度鋼板は、自動車の構造部品の素材として好適に用いられる。自動車の構造部品としては、例えば、フロントやリア部のサイドメンバやクラッシュボックスなどの正突部品をはじめ、ピラー類などの補強材(例えば、ベア、センターピラーリインフォースなど)、ルーフレールの補強材、サイドシル、フロアメンバー、キック部などの車体構成部品、バンパーの補強材やドアインパクトビームなどの耐衝撃吸収部品、シート部品などが挙げられる。
【0114】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限を受けるものではなく、前記および後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0115】
下記表1に示す成分を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなる鋼を溶製して鋼材を製造した。得られた鋼材を1250℃で30分間加熱保持した後、圧下率を約90%とし、仕上げ圧延温度が920℃となるように熱間圧延し、この温度から平均冷却速度30℃/秒で巻取り温度600℃まで冷却して巻き取った。巻き取った後、室温まで冷却して板厚2.6mmの熱延鋼板を製造した。
【0116】
得られた熱延鋼板を酸洗して表面スケールを除去してから、冷延率46%で冷間圧延を行い、板厚1.4mmの冷延鋼板を製造した。
【0117】
得られた冷延鋼板を連続焼鈍して供試材を製造した。即ち、得られた冷延鋼板を、下記表2−1または表2−2に示す均熱温度T1(℃)に加熱し、下記表2−1または表2−2に示す均熱時間t1(秒)保持して均熱した後、下記表2−1または表2−2に示す冷却停止温度T2(℃)まで冷却した。700℃から300℃までの平均冷却速度CR1(℃/秒)を下記表2−1または表2−2に示す。
【0118】
また、下記表2−1および表2−2には、下記表1に示した成分組成および上記式(I)に基づいて算出したMs点(℃)を併せて示す。
【0119】
次に、上記冷却停止温度T2(℃)から、下記表2−1または表2−2に示す再加熱温度T3(℃)まで加熱し、この温度で下記表2−1または表2−2に示す保持時間t3(秒)保持した。
【0120】
保持した後は、室温まで冷却した。このとき、上記再加熱温度T3(℃)から300℃までは、下記表2−1または表2−2に示す平均冷却速度CR2(℃/秒)で冷却し、300℃から150℃までは、下記表2−1または表2−2に示す平均冷却速度CR3(℃/秒)で冷却した。
【0121】
連続焼鈍して得られた供試材の一部については、下記めっき処理を施してEG鋼板、GI鋼板、GA鋼板を製造した。
【0122】
[電気亜鉛めっき(EG)処理]
連続焼鈍した後、室温まで冷却し、次いで供試材を55℃の亜鉛めっき浴に浸漬して電流密度30〜50A/dm
2で電気亜鉛めっき処理を施した後、水洗、乾燥してEG鋼板を製造した。電気亜鉛めっきの付着量は、片面当たり10〜100g/m
2とした。
【0123】
[溶融亜鉛めっき(GI)処理]
上記冷却停止温度T2(℃)から、下記表2−1または表2−2に示す再加熱温度T3(℃)まで加熱した後、温度460℃の溶融亜鉛めっき浴に浸漬してめっき処理を施し、室温まで冷却してGI鋼板を製造した。上記T3温度域での滞在時間を下記表2−1または表2−2に示した保持時間t3(秒)の欄に示す。溶融亜鉛めっきの付着量は、片面当たり10〜100g/m
2とした。
【0124】
[合金化溶融亜鉛めっき(GA)処理]
上記溶融亜鉛めっき浴に浸漬後、更に下記表2−1または表2−2に示す温度で合金化処理を行ってから室温まで冷却してGA鋼板を製造した。上記T3温度域での滞在時間を下記表2−1または表2−2に示した保持時間t3(秒)の欄に示す。
【0125】
得られた供試材の区分を下記表2−1または表2−2に示す。表中、冷延は冷延鋼板、EGはEG鋼板、GIはGI鋼板、GAはGA鋼板をそれぞれ示す。
【0126】
得られた供試材(冷延鋼板、EG鋼板、GI鋼板、GA鋼板を含む意味。以下、同じ。)について、金属組織の観察と機械的特性の評価を次の手順で行った。
【0127】
≪金属組織の観察≫
金属組織のうち、ポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイトの面積率は、走査型電子顕微鏡で観察した結果に基づいて算出し、残留γの体積率は、X線回折法により測定した。
【0128】
[ポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト]
供試材の圧延方向に平行な断面を研磨した後、ナイタール腐食させて板厚の1/4位置を走査型電子顕微鏡で、倍率3000倍で5視野観察した。観察視野は約40μm×約30μmとした。ベイナイトと焼戻しマルテンサイトの面積率は、観察視野内において白色または薄い灰色として観察される残留γと炭化物の平均間隔を前述した方法に基づいて測定し、測定した平均間隔によってベイナイトと焼戻しマルテンサイトに区別し、点算法により測定した。
【0129】
測定結果を下記表3−1または表3−2に示す。下記表3−1または表3−2において、Fはポリゴナルフェライト、Bはベイナイト、TMは焼戻しマルテンサイトの面積率をそれぞれ示している。残部は、残留γ、フレッシュマルテンサイトと残留γが複合したMA混合相、パーライト、フレッシュマルテンサイトである。
【0130】
[残留γ]
供試材の板厚の1/4位置まで研削した後、研削面を化学研磨してからX線回折法により金属組織全体に対する残留γの体積率を測定した(ISIJ Int. Vol.33、1933年、No.7、p.776)。
【0131】
また、残留γ中の炭素濃度を上述した手順で測定し、金属組織全体に対する、炭素濃度が1.0質量%以下の残留γの体積率[Vγ
R(C≦1.0%)]、および炭素濃度が0.8質量%以下の残留γの体積率[Vγ
R(C≦0.8%)]を算出した。
【0132】
なお、参考データとして、残留γ中の炭素濃度分布の平均値%C
avg、標準偏差σ%Cを下記表3−1または表3−2に併せて示す。
【0133】
≪機械的特性の評価≫
[室温での引張強度(TS)、伸び(EL)]
室温での引張強度(TS)と伸び(EL)は、JIS Z2241に基づいて引張試験を行って測定した。試験片は、供試材の圧延方向に対して垂直な方向が長手方向となるように、JIS Z2201で規定される5号試験片を供試材から切り出したものを用いた。引張試験の引張速度は10mm/分とした。
【0134】
室温で測定したTSおよびELの結果を下記表3−1または表3−2に示す。
【0135】
また、室温で測定したTSとELの積(TS×EL)を算出し、結果を下記表3−1または表3−2に示す。
【0136】
[ΔTS]
温間成形時の荷重低減度合いを評価するために、室温での引張強度(室温TS)から温間(200℃)での引張強度(温間TS)を引いた値(室温TS−温間TS=ΔTS)を算出した。引張試験は、プレス加工時の速度を模擬するために引張速度を1000mm/分とし、室温と200℃の2水準で行う以外は、上記と同じ条件で行った。算出したΔTSを、下記表3−1または表3−2に示す。
【0137】
[穴拡げ性]
穴拡げ性は、JIS Z2256に基づいて穴拡げ試験を行って測定した穴拡げ率(λ)によって評価した。測定結果を下記表3−1または表3−2の「λ(%)」の欄に示す。
【0138】
本発明では、TSが980MPa以上の場合を高強度と評価し、TS×ELが16000MPa・%以上で、且つλが20%以上の場合を室温での加工性に優れると評価し、ΔTSが150MPa以上の場合を温間での成形荷重が低減されたと評価し、TS、TS×EL、λ、およびΔTSの全てが基準値を満足する場合を合格とした。一方、TS、TS×EL、λ、またはΔTSのうちいずれかが基準値に満たない場合を不合格とした。
【0139】
下記表1、表2−1、表2−2、表3−1、表3−2から次のように考察できる。
【0140】
No.1、7、8、10、13、15、17、20、22、23、26〜31、33、37、38、40、42は、いずれも本発明で規定する要件を満足する例であり、室温で測定したTSは980MPa以上となり、高強度である。また、TS×ELおよびλが本発明の合格基準を満足しており、室温での加工性が良好である。更に、ΔTSが本発明の合格基準を満足しているため、温間での成形荷重を低減できた。
【0141】
一方、No.2〜6、9、11、12、14、16、18、19、21、24、25、32、34〜36、39、41は、本発明で規定するいずれかの要件を満足しない例であり、強度、室温での加工性、温間での成形荷重低減のうち、少なくとも一つの特性が劣化している。
【0142】
以下、詳細に説明する。
【0143】
No.2、6、12、41は、再加熱保持後の300℃から150℃までの平均冷却速度CR3が大きすぎ、炭素濃度が0.8質量%以下の残留γが多く生成した例であり、λが小さくなり、室温での加工性を改善できなかった。
【0144】
No.3、5、39は、再加熱保持温度から300℃までの平均冷却速度CR2が小さすぎ、炭素濃度が1.0質量%以下の残留γ量を確保できなかった例であり、ΔTSが小さくなり、温間での成形荷重を低減できなかった。なお、No.3は、上記特許文献1を模擬した例であり、上記特許文献1の段落[0128]に記載されているように、保持後、室温までの平均冷却速度を5℃/秒とした。
【0145】
No.4、19、32は、均熱後の冷却停止温度T2が高すぎた例である。焼戻しマルテンサイトが生成しないか、生成量が少なかったため、室温でのTSが低くなり、強度を確保できなかった。また、炭素濃度が0.8質量%以下の残留γが多く生成したため、λが小さくなり、室温での加工性を改善できなかった。なお、No.19は、保持時間t3が比較的長く、ポリゴナルフェライトの生成量が比較的少なかったため、ベイナイトが過剰に生成したと考えられる。即ち、ポリゴナルフェライトの生成量が少ないほど、周囲のオーステナイトにCが濃化しにくくなるため、ベイナイト変態が速く起こると考えられる。
【0146】
No.9は、均熱後、700℃以下、300℃以上の平均冷却速度が小さすぎたため、ポリゴナルフェライトが過剰に生成した例である。その結果、所望のTSを確保できなかった。
【0147】
No.11は、均熱温度T1が高すぎたため、ポリゴナルフェライトが殆ど生成しなかった例である。その結果、TS×ELが低くなり、室温での加工性を改善できなかった。
【0148】
No.14は、均熱後の冷却停止温度T2が低すぎた例である。ベイナイトが生成せず、焼戻しマルテンサイトが過剰に生成したため、残留γの生成量を確保できなかった。その結果、TS×ELが低くなり、室温での加工性を改善できなかった。また、炭素濃度が1.0質量%以下の残留γ量を確保できなかったため、ΔTSが小さくなり、温間での成形荷重を低減できなかった。
【0149】
No.16は、均熱温度T1が低すぎたため、ポリゴナルフェライトが過剰に生成した例である。その結果、所望のTSを確保できなかった。TS×ELが低下し、室温での加工性を改善できなかったのは、冷間圧延時に導入された加工組織が残存したからと考えられる。
【0150】
No.18は、再加熱温度T3が高すぎた例である。ベイナイトが殆ど生成せず、残留γの生成量を確保できなかったため、TS×ELが低下し、室温での加工性を改善できなかった。また、炭素濃度が0.8質量%以下の残留γが過剰に生成したため、λが小さくなり、室温での加工性を改善できなかった。
【0151】
No.21は、再加熱温度T3が低すぎたため、炭素濃度が1.0質量%以下の残留γ量を確保できなかった例である。その結果、ΔTSが小さくなり、温間での成形荷重を低減できなかった。
【0152】
No.24は、均熱時間t1が短すぎたため、所望の残留γ量を確保できなかった例である。その結果、TS×ELが低下し、室温での加工性を改善できなかった。
【0153】
No.25は、保持時間t3が短すぎた例である。ベイナイトおよび残留γの生成量を確保できなかったため、TS×ELが低下し、また、炭素濃度が0.8質量%以下の残留γが過剰に生成したため、λが小さくなり、室温での加工性を改善できなかった。
【0154】
No.34〜36は、成分組成が本発明で規定する要件を満足しない例である。
【0155】
No.34は、Si量が少なすぎたため、TSが低下し、強度を確保できなかった。また、残留γの生成量を確保できなかったため、TS×ELが低下し、室温での加工性を改善できなかった。また、炭素濃度が1.0質量%以下の残留γ量を確保できなかった例であり、ΔTSが小さくなり、温間での成形荷重を低減できなかった。
【0156】
No.35は、C量が少なすぎたため、TSが低下し、強度を確保できなかった。また、残留γの生成量を確保できなかったため、TS×ELが低下し、室温での加工性を改善できなかった。また、炭素濃度が1.0質量%以下の残留γ量を確保できなかった例であり、ΔTSが小さくなり、温間での成形荷重を低減できなかった。
【0157】
No.36は、Mn量が少なすぎたため、ポリゴナルフェライトが過剰に生成し、TSが低下し、強度を確保できなかった。また、残留γの生成量を確保できなかったため、TS×ELが低下し、室温での加工性を改善できなかった。また、炭素濃度が1.0質量%以下の残留γ量を確保できなかった例であり、ΔTSが小さくなり、温間での成形荷重を低減できなかった。
【0158】
【表1】
【0159】
【表2-1】
【0160】
【表2-2】
【0161】
【表3-1】
【0162】
【表3-2】