特許第6750173号(P6750173)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6750173ポリテトラフルオロエチレン成形体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6750173
(24)【登録日】2020年8月17日
(45)【発行日】2020年9月2日
(54)【発明の名称】ポリテトラフルオロエチレン成形体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 7/00 20060101AFI20200824BHJP
   B29C 71/04 20060101ALI20200824BHJP
   C08J 5/16 20060101ALI20200824BHJP
【FI】
   C08J7/00 305
   C08J7/00CEW
   B29C71/04
   C08J5/16
【請求項の数】6
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2017-539127(P2017-539127)
(86)(22)【出願日】2016年8月30日
(86)【国際出願番号】JP2016075327
(87)【国際公開番号】WO2017043372
(87)【国際公開日】20170316
【審査請求日】2019年2月21日
(31)【優先権主張番号】特願2015-176199(P2015-176199)
(32)【優先日】2015年9月7日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】599109906
【氏名又は名称】住友電工ファインポリマー株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000002853
【氏名又は名称】ダイキン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120329
【弁理士】
【氏名又は名称】天野 一規
(72)【発明者】
【氏名】池田 一秋
(72)【発明者】
【氏名】グェン ホン フク
(72)【発明者】
【氏名】吉田 裕俊
(72)【発明者】
【氏名】山中 拓
【審査官】 飛彈 浩一
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−316266(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/038800(WO,A1)
【文献】 特開平07−118423(JP,A)
【文献】 特開2011−208803(JP,A)
【文献】 特開2014−240614(JP,A)
【文献】 特開2014−028951(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08J 7/00−7/02
C08J 7/12−7/18
B29C 71/04
C08J 5/00−5/02
C08J 5/12−5/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリテトラフルオロエチレンを主成分として含む成形材料に無酸素かつ結晶融点以上の条件下で電離性放射線を照射する照射工程
を備え、
上記ポリテトラフルオロエチレンの380℃における溶融粘度が、1×10Pa・s以上7×10Pa・s以下であり、
上記照射工程において、
上記電離性放射線の照射量が、30kGy以上200kGy以下であり、
上記電離性放射線の照射中の温度が320℃以上360℃以下であるポリテトラフルオロエチレン成形体の製造方法。
【請求項2】
上記ポリテトラフルオロエチレン成形体が、摺動部材に用いられる請求項1に記載のポリテトラフルオロエチレン成形体の製造方法。
【請求項3】
上記照射工程の前に、
上記成形材料を成形する成形工程
をさらに備える請求項1又は請求項2に記載のポリテトラフルオロエチレン成形体の製造方法。
【請求項4】
上記成形工程を、押出成形又は射出成形により行う請求項3に記載のポリテトラフルオロエチレン成形体の製造方法。
【請求項5】
上記成形工程を、上記成形材料の塗工により行い、上記塗工に供せられる成形材料が、粉体又は水分散体である請求項3に記載のポリテトラフルオロエチレン成形体の製造方法。
【請求項6】
上記ポリテトラフルオロエチレンの数平均分子量が60万以下である請求項1から請求項5のいずれか1項に記載のポリテトラフルオロエチレン成形体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリテトラフルオロエチレン成形体の製造方法及びポリテトラフルオロエチレン成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の耐摩耗性等の機械的強度を向上させる手段として、PTFEの塗膜等に電離性放射線を照射する技術が知られている(特開平6−116423号公報及び特開平9−278907号公報参照)。このような電離性放射線を照射する場合において、分子同士の絡み合いにより十分な機械的強度を具備させるべく、平均分子量が60万を超えるような高分子量のPTFEが用いられている。一方、例えば数平均分子量が60万以下の低分子量PTFEは、滑り性や塗膜表面の質感を向上させる添加剤等として用いられている(特開平10−147617号公報参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平6−116423号公報
【特許文献2】特開平9−278907号公報
【特許文献3】特開平10−147617号公報
【特許文献4】特開平8−339809号公報
【特許文献5】特表2013−528663号公報
【特許文献6】国際公開第2005−061567号
【特許文献7】国際公開第2007−119829号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、高分子量のPTFEは、加工成形性が悪いという不都合を有する。例えば、PTFEを粉体として取り扱う場合は、わずかな剪断力によっても繊維化(フィブリル化)が生じるため、粉体塗装による塗工は極めて困難である。従って、PTFEの塗工は、水にPTFE微粒子を分散させた分散液(ディスパージョン)により行うことが一般的である。しかし、この場合も、水に分散させる際や、フィラー等と混合する際にフィブリル化が生じることがある。また、高分子量のPTFEは、溶融状態においても流動性が低いため、押出成形や射出成形をすることが困難である。従って、高分子量のPTFEの加工は、ブロック体から削り出す方法が一般的であり、コスト高となっている。
【0005】
本発明は、以上のような事情に基づいてなされたものであり、その目的は、加工成形が容易であり、耐摩擦性等の機械的特性に優れたポリテトラフルオロエチレン成形体を得ることができるポリテトラフルオロエチレン成形体の製造方法、及びこのような製造方法により得られるポリテトラフルオロエチレン成形体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、低分子量の、すなわち溶融粘度の低いPTFEの塗膜等に対して電離性放射線を照射した場合、高分子量のPTFEを用いた場合と同等程度の高い機械的強度を有する塗膜等を得ることができることを見出した。さらに、驚くべきことに、耐摩擦性等の特定の機械的特性に関しては、高分子量のPTFEを用いた場合以上の高い性能を発揮できることを見出し、これらの知見をもとに本発明の完成に至った。
【0007】
すなわち、上記課題を解決するためになされた発明の一態様に係るポリテトラフルオロエチレン成形体の製造方法は、ポリテトラフルオロエチレンを主成分として含む成形材料に電離性放射線を照射する工程を備え、上記ポリテトラフルオロエチレンの380℃における溶融粘度が、7×10Pa・s以下であるポリテトラフルオロエチレン成形体の製造方法である。
【0008】
上記課題を解決するためになされた別の本発明の一態様に係るポリテトラフルオロエチレン成形体は、上記ポリテトラフルオロエチレン成形体の製造方法により得られるポリテトラフルオロエチレン成形体である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、加工成形が容易であり、耐摩擦性等の機械的特性に優れたポリテトラフルオロエチレン成形体を得ることができるポリテトラフルオロエチレン成形体の製造方法、及びこのような製造方法により得られるポリテトラフルオロエチレン成形体を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[本発明の実施形態の説明]
本発明の一態様に係るポリテトラフルオロエチレン(PTFE)成形体の製造方法は、PTFEを主成分として含む成形材料に無酸素かつ結晶融点以上の条件下で電離性放射線を照射する照射工程を備え、上記PTFEの380℃における溶融粘度が、7×10Pa・s以下であるPTFE成形体の製造方法である。
【0011】
当該製造方法によれば、溶融粘度の低い、すなわち低分子量のPTFEを主成分として含む成形材料に対して電離性放射線を照射することで、耐摩耗性等の機械的特性に優れるPTFE成形体を得ることができる。なお、得られるPTFE成形体は、耐摩耗性以外の機械的特性として、引張強度や硬度なども高いものとすることができる。さらに、当該製造方法は、溶融流動性を有し、フィブリル化性を有さない低分子量のPTFEを用いるため、加工成形が容易になり、PTFE成形体の生産性を高めることなどができる。
【0012】
上記溶融粘度としては、1×10Pa・s以上が好ましい。用いるPTFEの溶融粘度を1×10Pa・s以上とすることにより、電離性放射線の照射の際のPTFEの揮発等を抑え、より機械的特性に優れる成形体を得ることなどができる。
【0013】
上記溶融粘度としては、1×10Pa・s以上がより好ましい。用いるPTFEの溶融粘度を1×10Pa・s以上とすることにより、得られるPTFE成形体の機械的特性をさらに高めることなどができる。
【0014】
上記電離性放射線の照射量としては、10kGy以上2000kGy以下が好ましく、30kGy以上200kGy以下がより好ましい。電離性放射線の照射量を上記範囲とすることにより、得られるPTFE成形体の機械的特性等をさらに高めることができる。これは、上記範囲の照射量により、良好な架橋状態が形成されることなどによるものと考えられる。
【0015】
上記ポリテトラフルオロエチレン成形体が、摺動部材に用いられることが好ましい。当該製造方法により得られ、機械的特性に優れるPTFE成形体が用いられた摺動部材は、高い耐久性などを発揮することができる。
【0016】
当該PTFE成形体の製造方法は、上記照射工程の前に、上記成形材料を成形する成形工程をさらに備えることが好ましい。当該製造方法に用いられるPTFEは、上述のように成形性に優れる。従って、成形工程を経た成形材料を照射工程に供することにより、様々な形状の機械的特性に優れる成形体を得ることができる。
【0017】
上記成形工程を、押出成形又は射出成形により行うことが好ましい。当該製造方法に用いられるPTFEは、溶融流動性を有しかつフィブリル化性を有さない。そのため、押出成形や射出成形を好適に行うことができ、様々な形状のPTFE成形体を効率的に得ることができる。
【0018】
上記成形工程を、上記成形材料の塗工により行い、上記塗工に供せられる成形材料が、粉体又は水分散体であることが好ましい。当該製造方法に用いられるPTFEは、溶融流動性を有しかつフィブリル化性を有さないため、粉体塗装により塗工することができ、水分散体としての塗工もできる。この場合、塗膜としてのPTFE成形体を効率的に得ることができる。
【0019】
上記PTFEの数平均分子量としては、60万以下が好ましい。このような低分子量のPTFEを用いることによって、より機械的特性に優れるPTFE成形体を得ることができる。
【0020】
本発明の一態様に係るPTFE成形体は、当該PTFEの成形体の製造方法により得られるPTFE成形体である。当該PTFE成形体は、耐摩耗性等の機械的特性に優れるため、摺動部材等に好適に用いることができる。
【0021】
ここで、「主成分」とは、最も多く含まれる成分であり、例えば含有量が50質量%以上の成分を意味する。
【0022】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明の実施形態に係るPTFE成形体の製造方法、及びPTFE成形体を詳説する。
【0023】
<PTFE成形体の製造方法>
本発明の一実施形態に係るPTFE成形体の製造方法は、
PTFEを主成分として含む成形材料に無酸素かつ結晶融点以上の条件下で電離性放射線を照射する照射工程
を備え、
上記PTFEの380℃における溶融粘度が、7×10Pa・s以下である。
【0024】
当該製造方法によれば、溶融粘度の低い、すなわち低分子量のPTFEを主成分として含む成形材料に対して電離性放射線を照射することで、耐摩耗性等の機械的特性に優れるPTFE成形体を得ることができる。この理由は定かではないが、分子鎖の比較的短いPTFEを用いることで、電離性放射線の照射による架橋構造の形成の際に、分子鎖が複雑に絡み合った架橋構造が形成され、この分子鎖同士の複雑な絡み合いにより機械的強度が向上することなどが推察される。なお、得られるPTFE成形体のNMRスペクトルにおいては、高分子量のPTFEを用いた場合との差異が見られないことなどからも、架橋構造及び架橋密度は同様であるものの、分子鎖同士の絡み合いの差が生じていることが推察される。
【0025】
また、当該製造方法は、溶融流動性を有し、フィブリル化性を有さない低分子量のPTFEを用いるため、加工成形が容易になり、PTFE成形体の生産性を高めることなどができる。
【0026】
(成形材料)
上記成形材料は、PTFEを主成分とする。PTFEの形状としては特に限定されないが、通常、粒子状とすることができる。また、成形材料の形状としても、粉末状、溶液状、分散液(スラリー)状など、特に限定されない。
【0027】
PTFEは、ホモPTFEであってもよく、変性PTFEであってもよい。ホモPTFEとは、テトラフルオロエチレンの単重合体をいう。変性PTFEとは、テトラフルオロエチレンと、テトラフルオロエチレン以外のモノマー(「変性モノマー」ともいう。)との共重合体をいう。変性PTFEにおける変性モノマーに由来する構造単位の含有率の上限としては、1質量%が好ましく、0.5質量%がより好ましい。変性モノマーは、公知のモノマーを用いることができ、1種を単独で用いてもよく、2種以上を用いてもよい。
【0028】
PTFEの製造方法は特に限定されない。例えば、公知の乳化重合等により、所望の溶融粘度を有するPTFEを好適に得ることができる。乳化重合は、具体的には、水性分散媒、界面活性剤及びラジカル重合開始剤の存在下で、テトラフルオロエチレン(TFE)を乳化重合することにより行うことができる。なお、PTFEは、市販されているものを使用することもできる。また、PTFEとしては、本発明の効果を阻害しない範囲で、変性されたものを用いてもよい。
【0029】
上記水性分散媒とは、水、又は水と水溶性有機分散媒(アルコール等)との混合分散媒をいう。水性分散媒としては水が好ましい。
【0030】
上記界面活性剤としては、パーフルオロアルキルカルボン酸及びその塩、含フッ素スルホン酸及びその塩などの含フッ素界面活性剤が好ましい。上記パーフルオロアルキルカルボン酸の具体例としては、パーフルオロヘキサン酸、パーフルオロヘプタン酸、パーフルオロオクタン酸、パーフルオロノナン酸等を挙げることができる。上記含フッ素スルホン酸としては、パーフルオロオクタンスルホン酸等を挙げることができる。これらの塩としては、リチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩や、アンモニウム塩等を挙げることができる。
【0031】
上記ラジカル重合開始剤としては、過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウム等の過硫酸塩、ジコハク酸パーオキシド、tert−ブチルヒドロパーオキシド等の水溶性有機過酸化物などを挙げることができる。
【0032】
上記重合の際、得られるPTFEの分子量(溶融粘度)を制御するために、連鎖移動剤を用いることが好ましい。例えば、使用する連鎖移動剤の量を増やすことにより、より低分子量化されたPTFEを得ることができる。上記連鎖移動剤としては、メタン、エタン、プロパン、ブタン等の飽和炭化水素、クロロメタン、ジクロロメタン、ジフルオロエタン等のハロゲン化飽和炭化水素、メタノール、エタノール等のアルコールなどを挙げることができる。
【0033】
また、上記重合の際には、必要に応じ、パラフィンワックス等の乳化安定剤や、炭酸アンモニウム等のpH調整剤を用いることもできる。
【0034】
このような乳化重合等により得られるPTFEは、分散液(ディスパージョン)として用いてもよいし、乾燥させた粉末として用いてもよい。PTFEが粒子状である場合、この平均一次粒子径としては、例えば0.1μm以上0.5μm以下とすることができる。なお、平均一次粒子径は、実施例に記載の方法で測定された値とする。
【0035】
PTFEの380℃における溶融粘度の上限としては、7×10Pa・sであり、6×10Pa・sが好ましく、5×10Pa・sがより好ましい。一方、この下限としては、1×10Pa・sが好ましく、1×10Pa・sがより好ましく、1×10Pa・sがさらに好ましく、1×10Pa・sが特に好ましい。照射前のPTFEの溶融粘度が上記上限を超える場合は、優れた機械的特性を有する成形体を得ることができなくなる。また、溶融粘度が上記上限を超えるPTFEは、良好な溶融流動性を有さず、一方、フィブリル化性を有するため、加工成形性が低下する。逆に、この溶融粘度が上記下限未満の場合は、高温での揮発成分が多くなり、電離性放射線の照射や、照射前の焼成(熱処理)等の際に、揮発が生じやすくなり、得られる成形体の機械的特性が低下する傾向にある。また、成形材料や得られる成形体が着色するおそれもある。
【0036】
以下に、PTFEの溶融粘度の測定方法について説明する。
【0037】
(方法X)
PTFEの380℃における溶融粘度とは、以下の方法Xによって測定される値である。まず、以下の手順により試料としての成形体を作製する。内径30mmの円筒状の金型に3gの粉末状のPTFEを充填し、最終圧力が30MPaになるまで圧縮する。30MPaの圧縮を2分間維持することにより、円盤状の成形体(直径30mm、厚み約2mm)としての試料が得られる。得られた試料を金型から取り出し、直径27mmの円盤状に切り取った後、Anton Paar社の「レオメーターMCR500」の直径25mmのパラレルプレート試験台に挟む。試料を挟んだまま、380℃で5分間維持する。その後、プレート間距離を1.5mmに調整し、プレートからはみ出た部分の試料を除き、サンプルの応力が十分に緩和するまで380℃で30分間保持する。測定時の変形量が0.2%、剪断速度が0.1(1/s)の振動モードで、380℃における溶融粘度を測定する。なお、パラレルプレートの場合、測定時の変形量とは、試料厚みに対する、パラレルプレートの最外周の振動振幅の比率である。
【0038】
(方法Y)
PTFEの溶融粘度は、下記方法Yによっても測定することができる。方法Xによる測定値と、方法Yによる測定値とは、実質的に等しくなることは実施例においても示されている(表1のPTFE粉末A参照)。
【0039】
方法Yは、ASTM D 1238に準拠した測定方法である。具体的には、島津製作所社のフローテスター及び2φ−8Lのダイを用い、予め測定温度(380℃)で5分間加熱しておいた2gの試料を0.7MPaの荷重にて上記温度に保って測定することができる。
【0040】
(方法Z)
一方、溶融流動しない高分子量のPTFEの溶融粘度は、以下の熱機器分析(TMA)による溶融状態の伸び(クリープ)から溶融粘度を求める方法Zにより求めることができる。具体的には、固体粘弾性スペクトロメーター(エスアイアイ・ナノテクノロジー社の「EXSTAR 6000DMS」)を用いて以下の手順でクリープ試験を行い、(比)溶融粘度を求めることができる。
【0041】
まず、試料を次の方法で作製する。内径50mmの円筒形の金型に、80gの粉末を充填し、最終圧力が約352kg/cmとなるように約30秒間徐々に圧力をかけていく。この最終圧力で2分間保持した後、金型から成形体を取り出す。得られた円柱状の成形体(直径50mm)を371℃に昇温した空気電気炉中で90分間焼成し、続いて1℃/分の速度で250℃まで降温する。250℃で30分間保持した後、焼成体を炉内から取り出す。次いで、得られた円柱形の焼成体を側面に沿って切削加工し、厚さ0.50mmの帯状シートを得る。得られた帯状シートから、幅5mm、長さ15mmの小片を切り取り、幅と厚さを正確に測定し、断面積を計算する。次いで、この小片(試料)の両端に試料装着金具を装着間距離が1.0cmになるように取り付ける。さらに、この金属−試料のアセンブリーを円柱状の炉に入れ、20℃/分の速度で室温から380℃にまで昇温し、約5分間保持した後、約15gの負荷をかける。伸びの時間変化の曲線から、負荷後の60分〜120分の間の伸びを読み取り、時間(60分)に対する割合を求める。(比)溶融粘度(η)は、以下の関係式から算出することができる。
【0042】
【数1】
【0043】
上記式中、Wは引っ張り荷重(g)、Lrは380℃での試料の長さ(cm)、gは重力の定数(980cm/秒)、dLr/dTは60分〜120分の間の伸びの時間に対する割合(cm/秒)、Arは380℃での試料の断面積(cm)である。ここで、別に求めた熱膨張の測定から、Lr/Arは、下記式を用いて計算することができる。
Lr/Ar=0.80×L(室温での長さ)/A(室温での断面積)
【0044】
上述のような7×10Pa・s以下の溶融粘度を有するPTFEは、低分子量のもの(低分子量PTFE)である。PTFEの数平均分子量としては、60万以下であることが好ましい。一方、PTFEの数平均分子量の下限としては、例えば1万とすることができる。なお、PTFEの数平均分子量は、S.Wuの方法(Polymer Engineering&Science,1988,Vol.28,538、同1989,Vol.29,273)に準処して測定される値である。
【0045】
低分子量PTFEは、その低い分子量のため、フィブリル化性を有さない特徴がある。PTFEのフィブリル化性の有無は、ペースト押出成形を行うことにより判断することができる。通常、ペースト押出が可能であるのは、高分子量のPTFEがフィブリル化性を有するからである。ペースト押出で得られた未焼成の成形物に実質的な強度や伸びが無い場合、例えば伸びが0%で、引っ張ると切れるような場合は、フィブリル化性が無いとみなすことができる。
【0046】
照射工程に供する成形材料における固形分(不揮発成分)中のPTFEの含有量の下限としては、50質量%が好ましく、55質量%がより好ましい。また、この下限は、60質量%であってもよく、80質量%であってもよく、90質量%であってもよい。成形材料におけるPTFEの含有量が、上記下限未満の場合は、得られるPTFE成形体が優れた機械的特性を発現できなくなる場合がある。一方、この成形材料における固形分(不揮発成分)中のPTFEの含有量の上限としては、100質量%であってもよいが、90質量%であってもよく、80質量%であってもよく、70質量%であってもよい。また、照射工程に供する成形材料が分散液又は溶液である場合、PTFEの含有量としては、例えば10質量%以上60質量%以下とすることができる。
【0047】
照射工程に供する成形材料中の全重合体成分中の上記PTFEの含有量の下限としては、50質量%が好ましく、70質量%が好ましく、90質量%が好ましい。全重合体成分中の上記PTFEの含有量を上記下限以上とすることで、より優れた機械的特性を有するPTFE成形体を得ることができる。一方、この上限としては、100質量%であってもよく、90質量%であってもよい。
【0048】
上記成形材料において、PTFE以外に含まれていてもよい成分としては、他の重合体成分、界面活性剤、造膜助剤、消泡剤、充填剤、顔料、難燃剤等を挙げることができる。上記充填剤(フィラー)としては、カーボン、グラファイト、ガラス繊維、スーパーエンジニアリングプラスチック等を挙げることができる。また、上記成形材料が分散液(ディスパージョン)の状態においては、分散媒としての水や界面活性剤等が含まれる。なお、この水や界面活性剤等は、焼成(加熱)の際に実質的に全て揮発する。
【0049】
(成形工程)
当該PTFE成形体の製造方法は、上記照射工程の前に、上記成形材料を成形する成形工程を有することが好ましい。すなわち、上記成形材料は、好ましくは所望の形状に成形された後に、照射工程に供される。当該製造方法に用いられるPTFEは、上述のように成形性に優れる。従って、成形工程を経た成形材料を照射工程に供することにより、機械的特性に優れ、様々な形状の成形体を得ることができる。
【0050】
上記成形工程は、押出成形又は射出成形により行うことができる。押出成形や射出成形により成形することで、所望する摺動部材等への成形を容易に行うことができる。上記押出成形としては、ペースト押出成形であってもよいが、溶融押出成形が好ましい。フィブリル化性を有さない低分子量PTFE(380℃における溶融粘度が、7×10Pa・s以下のPTFE)においては、ペースト押出成形が困難になる場合がある。一方、低分子量PTFEは、その融点以上の温度領域において溶融流動性を有する。従って、溶融押出成形や射出成形によっても、良好な成形を行うことができる。この押出成形や射出成形は、公知の方法により行うことができる。
【0051】
上記成形工程は、上記成形材料の塗工により行うこともできる。このとき、塗工に供せられる成形材料(PTFE)は、粉体又は水分散体であることが好ましい。この塗工による成形により、膜状の成形体を得ることができる。上述のように、低分子量PTFEはフィブリル化性を有さないため、上記成形材料は、粉体塗料としても有効に用いることができる。この塗工は、公知の方法により行うことができる。
【0052】
上記成形材料の塗工後は、この成形材料を加熱(焼成)することにより、照射工程に供される塗膜を得ることができる。この塗工後の加熱温度としては、例えば360℃以上420℃以下とすることができる。また、加熱時間としては、例えば10分以上1時間以下とすることができる。
【0053】
(照射工程)
電離性放射線の照射は、照射時の酸化を防ぐため、実質的な無酸素下で行う。具体的には、真空中(5.0E−4Torr以下)や、窒素等の不活性ガス雰囲気(酸素濃度100ppm以下)で行うことができる。
【0054】
電離性放射線の照射は、PTFEを結晶融点以上に加熱してから行われる。これにより分子鎖の分子運動が活発になり、効率的な架橋反応を生じさせることができる。PTFEの結晶融点は分子量等によって異なるが、例えば320℃以上340℃以下である。そのため、この加熱温度としては、例えば320℃以上360℃以下とすることができる。
【0055】
照射する電離性放射線としては、電子線、γ線、X線、中性子線、高エネルギーイオン等を挙げることができる。
【0056】
照射する電離性放射線の照射量の下限としては、10kGyが好ましく、30kGyがより好ましく、50kGyがさらに好ましい。一方、この上限としては、2000kGyが好ましく、1000kGyがより好ましく、400kGyがさらに好ましく、200kGyがよりさらに好ましく、125kGyが特に好ましい。照射量が上記下限未満の場合は、十分な架橋反応が進行せず、優れた耐摩耗性等の機械的特性を有する成形体を得ることができない場合がある。一方、照射量が上記上限を超える場合は、生産性が低下し、また得られる成形体の機械的特性も低下する場合もある。
【0057】
<PTFE成形体>
本発明の一実施形態に係るPTFE成形体は、上述したPTFE成形体の製造方法により得られるPTFE成形体である。当該PTFE成形体は、低分子量のPTFEが電離性放射線により架橋されてなり、優れた機械的特性を有する。
【0058】
当該PTFE成形体における定速条件で測定される限界PV値の下限としては、700MPa・m/minが好ましく、1000MPa・m/minがより好ましく、1300MPa・m/minがさらに好ましい。さらには、1600MPa・m/minが好ましく、1700MPa・m/minがより好ましく、1800MPa・m/minがさらに好ましく、1900MPa・m/minが特に好ましい。一方、この限界PV値の上限としては、2500MPa・m/minが好ましく、2200MPa・m/minがより好ましく、2000MPa・m/minがさらに好ましい。なお、「限界PV値」とは、相手材料として、外径11.6mm、内径7.4mmのリングを使用すること以外は、JIS−K−7218(1986年)のA法(リングオンディスク式スラスト摩耗試験)に準拠して測定される値である。
【0059】
当該PTFE成形体は、上記下限以上の限界PV値を有するため、高い耐摩耗性を有する。そのため、当該PTFE成形体は、摺動部材等として好適に用いることができる。一方、当該PTFE成形体の限界PV値が上記上限を超える場合は、PTFEを含む材料への電離性放射線の照射による生産性が低下するおそれがある。
【0060】
当該PTFE成形体の鉛筆硬度は、B以上であることが好ましく、HB以上であることがより好ましく、F以上であることがさらに好ましい。このように高い硬度を有することにより、当該PTFE成形体の摺動部材等としての有用性が高まる。一方、この鉛筆硬度は、例えばH以下とすることができる。当該PTFE成形体の鉛筆硬度がHを超える場合、このようなPTFE成形体の生産性が低下するおそれがある。なお、「鉛筆硬度」とは、JIS−K−5600−5−4(1999年)に準拠して測定される値である。
【0061】
当該PTFE成形体の破断伸び(引張破断伸び)の下限としては、20%が好ましく、60%がより好ましく、100%がさらに好ましく、140%が特に好ましい。当該PTFE成形体の破断伸びがこのように大きい場合、機械的強度がより高まり、摺動部材等としての有用性がより高まる。一方、この上限としては、例えば300%であり、250%が好ましい。当該PTFE成形体の破断伸びが上記上限を超える場合、このようなPTFE成形体の生産性や、耐摩耗性等が低下するおそれがある。なお、「破断伸び」とは、JIS−K−7161(1994年)に準拠して測定される値である。
【0062】
当該PTFE成形体の破断強度(引張破断強度)の下限としては、0.5kg/mmが好ましく、1kg/mmがより好ましい。当該PTFE成形体の破断強度がこのように大きい場合、機械的強度がより高まり、摺動部材等としての有用性がより高まる。なお、「破断強度」とは、JIS−K−7161(1994年)に準拠して測定される値である。
【0063】
当該PTFE成形体は、耐摩擦性等の機械特性に優れるため、例えば車両、工作機械、家電製品等の摺動部材に好適に用いることができる。具体的な摺動部材としては、軸受、ギア、クランクシャフト、スライドベアリング、ピストン、ガスケット、搬送ローラー、加圧ローラー等を挙げることができる。なお、当該PTFE成形体は、これらの摺動部材における被覆層として設けられていてもよいし、これらの摺動部材全体が、当該PTFE成形体から形成されていてもよい。当該PTFE成形体の形状は特に限定されず、膜状(フィルム状)であってもよく、具体的な摺動部材等の形に成形された形状などであってもよい。
【0064】
[その他の実施形態]
今回開示された実施の形態は全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記実施形態の構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【実施例】
【0065】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。以下に各測定方法又は評価方法を示す。
【0066】
[PTFE分散液の固形分濃度]
水性分散液X(g)を150℃にて3時間加熱した加熱残分Z(g)に基づき、式:P(固形分濃度)=Z/X×100(%)にて算出した。
【0067】
[平均一次粒子径]
ポリマー濃度を0.22質量%に調整した水性分散液の波長550nmの投射光の単位長さに対する透過率と、透過型電子顕微鏡写真における定方向径を測定して決定された平均一次粒子径との検量線を作成した。測定対象である水性分散液について、上記透過率を測定し、上記検量線を元に平均一次粒子径を求めた。
【0068】
[フィブリル化性]
ASTM D 4895に準拠して評価した。具体的には以下の通りである。PTFE粉末50gと押出助剤である炭化水素油(エクソン社の「アイソパーG」(登録商標))10.25gとをガラス瓶中で3分間混合し、室温(25±2℃)で1時間熟成した。次に、シリンダー(内径25.4mm)付きの押出ダイ(絞り角30°で、下端にオリフィス(オリフィス直径:2.54mm、オリフィス長:2mm)を有する)に、得られた混合物を充填し、シリンダーに挿入したピストンに1.2MPaの負荷を加えて1分間保持した。その後、直ちに室温においてラム速度20mm/分で上記混合物をオリフィスから押し出した。連続したストランドが得られ、かつ得られた未焼成の成形物に強度がある場合、フィブリル化性が有ると評価した。連続したストランドが得られなかった場合、あるいは連続したストランドが得られたとしても実質的な強度や伸びがない場合(例えば、伸びが0%で引っ張ると切れるような場合)は、フィブリル化性が無いと評価した。
【0069】
[標準比重(SSG)]
ASTM D 4895に準拠して測定した。
【0070】
[融点及び結晶化熱]
示差走査熱測定により、第一融点、結晶加熱及び第二融点を測定した。具体的には以下の通りである。事前に標準サンプルとしてインジウム及び鉛を用いて温度校正した示差走査熱量計(エスアイアイ・ナノテクノロジー社の「X−DSC7000」)を使用した。PTFE約3mgをアルミ製パン(クリンプ容器)に入れ、40ml/分の窒素気流下で、230〜380℃の温度領域を昇温速度10℃/分で昇温させて、上記領域における融解ピークの極小点を第一融点とした。次いで、380〜230℃の温度領域を冷却速度10℃/分で降温させて、上記領域における結晶化熱を測定した。さらに、230℃まで降温した後、再度230〜380℃の温度領域を昇温速度10℃/分で昇温させて、上記領域における融解ピークの極小点を第二融点とした。
【0071】
[溶融粘度]
実施の形態に記載の上記方法X、方法Y及び方法Zにより、溶融粘度を測定した。
【0072】
[重合例1]
連鎖移動剤として添加したエタンの量を0.22gとした以外は、特開平8−339809号公報の調整例2と同様にして、PTFE水性分散液A(PTFE固形分濃度:25.0質量%、平均一次粒子径:0.22μm)を得た。次いで、上記PTFE水性分散液Aに硝酸を加え、激しい機械的剪断力を与えることで凝析させ、湿潤状態の粉末を得た。得られた湿潤状態の粉末を濾別し、新たに純水で水洗した後、150℃で乾燥させることにより、PTFE粉末Aを得た。
【0073】
[製造例1]
上記PTFE水性分散液Aに、非イオン系界面活性剤(曇点:63℃)をPTFE固形分100質量部に対して18質量部添加し、常圧で64℃の温度下に15時間静置した。その後、上澄みを除去することによりPTFEの固形分が65質量%になるよう濃縮した。濃縮後の水性分散液へ、PTFE固形分100質量部に対し、以下の組成となるように以下の化合物a〜gを添加した。
a:非イオン性界面活性剤(HLB:13.3)13.5質量部
b:非イオン性界面活性剤(HLB:9.5) 2.5質量部
c:アクリルエマルション 30.0質量部
d:アルカリ性界面活性剤 2.1質量部
e:オクタン酸アンモニウム 2.0質量部
f:グリセリンを主成分とする造膜助剤 13.8質量部
g:パラフィン系混合物を主成分とする消泡剤 4.4質量部
さらに、PTFEの固形分が44.5質量%になるように脱イオン水を加えて調整し、PTFEを主成分とする塗料A(成形材料)を得た。
【0074】
[重合例2]
連鎖移動剤として添加したエタンの量を0.05gとした以外は、特開平8−339809号公報の調整例2と同様にして、PTFE水性分散液B(PTFE固形分濃度:25.0質量%、平均一次粒子径:0.28μm)を得た。さらに、重合例1と同様の操作を行い、PTFE粉末Bを得た。
【0075】
[製造例2]
上記PTFE水性分散液Bを用い、製造例1と同様にして、PTFEを主成分とする塗料Bを得た。
【0076】
[重合例3]
開始剤として添加した過硫酸アンモニウムの量を20mg、ジコハク酸パーオキサイドの量を630mgとした以外は、特表2013−528663号公報の重合例1と同様にして、PTFE水性分散液C(PTFE固形分濃度:24.3質量%、平均一次粒子径:0.28μm)を得た。さらに、重合例1と同様の操作を行い、PTFE粉末Cを得た。
【0077】
[製造例3]
上記PTFE水性分散液Cを用い、製造例1と同様にして、PTFEを主成分とする塗料Cを得た。
【0078】
[重合例4]
開始剤として添加したジコハク酸パーオキサイドの量を840mgとした以外は、特表2013−528663号公報の重合例1と同様にして、PTFE水性分散液D(PTFE固形分濃度:24.3質量%、平均一次粒子径:0.28μm)を得た。さらに、重合例1と同様の操作を行い、PTFE粉末Dを得た。
【0079】
[製造例4]
上記PTFE水性分散液Dを用い、製造例1と同様にして、PTFEを主成分とする塗料Dを得た。
【0080】
[重合例5]
開始剤として添加したジコハク酸パーオキサイドの量を204mgとした以外は、特表2013−528663号公報の重合例1と同様にして、PTFE水性分散液E(PTFE固形分濃度:24.3質量%、平均一次粒子径:0.30μm)を得た。さらに、重合例1と同様の操作を行い、PTFE粉末Eを得た。
【0081】
[製造例5]
上記PTFE水性分散液Eを用い、製造例1と同様にして、PTFEを主成分とする塗料Eを得た。
【0082】
[重合例6]
WO2005/061567号の明細書の比較例3と同様にして、PTFE水性分散液F(PTFE固形分濃度:25.9質量%、平均一次粒子径:0.32μm)を得た。さらに、重合例1と同様の操作を行い、PTFE粉末Fを得た。
【0083】
[製造例6]
上記PTFE水性分散液Fを用い、製造例1と同様にして、PTFEを主成分とする塗料Fを得た。
【0084】
[重合例7]
WO2007/119829号の明細書の実施例2と同様にして、PTFE水性分散液G(PTFE固形分濃度:33.2質量%)を得た。さらに、重合例1と同様の操作を行い、PTFE粉末Gを得た。
【0085】
[製造例7]
上記PTFE水性分散液Gを用い、製造例1と同様にして、PTFEを主成分とする塗料Gを得た。
【0086】
[PTFEの物性]
得られた各PTFE粉末A〜Gについて、上記方法にて、フィブリル化性、SSG、融点、結晶化熱及び溶融粘度を評価又は測定した。結果を表1に示す。
【0087】
【表1】
【0088】
[実施例1〜8、比較例]
得られた塗料A〜G(PTFE成形材料)を用い、以下の手順でPTFE成形体としてのPTFE膜を得た。エッチング処理した直径360mm、厚み1.2mmのアルミニウム板を基材として用意した。この基材の表面に、得られた各塗料をスプレーで塗布した。塗布後、恒温槽を用いて、390℃、30分で焼成した。焼成後の塗膜の厚みは40〜50μmの範囲であった。焼成後の塗膜に対して、窒素雰囲気下(酸素濃度5ppm以下)340℃にて、電離性照射線としての電子線を照射した。電子線は、NHVコーポレーション社の電子線加速装置「サガトロン」にて1.03MeVまで加速して照射した。照射量は、50kGy、100kGy、150kGy、300kGy及び1000kGyのそれぞれで行った。また、未照射(照射量0kGy)のものも成形した。これにより、表2に示す成形体No.1〜4、7〜26の各PTFE成形体を得た。なお、成形体No.2〜4、8〜12が、順に実施例1〜8に相当し、他が比較例となる。
【0089】
[実施例9]
PTFE粉末P−1(ダイキン工業社の「ルブロンL−2」)を粉体の塗料P−1(成形材料)として用い、以下の手順でPTFE成形体としてのPTFE膜を得た。エッチング処理した直径360mm、厚み1.2mmのアルミニウム板を基材として用意した。この基材の表面に粉体塗装機を用いて、塗料P−1を7g塗布した。塗布後、恒温槽を用いて、390℃、30分で焼成した。焼成後の塗膜の厚みは31〜46μmの範囲であった。焼成後の塗膜に対して、窒素雰囲気下(酸素濃度5ppm以下)で、340℃にて300kGyで電離性照射線としての電子線を照射し、PTFE成形体としてのPTFE膜を得た。電子線は、NHVコーポレーション社の電子線加速装置「サガトロン」にて1.03MeVまで加速して照射した。この実施例9は、表2中の成形体No.5に相当する。
【0090】
また、上記方法Yにより上記PTFE粉末P−1の溶融粘度を測定した。上記PTFE粉末P−1の溶融粘度は、6.3×10Pa・sであった。
【0091】
[実施例10]
PTFE粉末P−2(ダイキン工業社の「ルブロンL−5」)を粉体の塗料P−2(成形材料)として用い、以下の手順でPTFE成形体としてのPTFE膜を得た。エッチング処理した直径360mm、厚み1.2mmのアルミニウム板を基材として用意した。この基材の表面に粉体塗装機を用いて、塗料P−2を7g塗布した。塗布後、恒温槽を用いて、390℃、30分で焼成した。焼成後の塗膜の厚みは36〜47μmの範囲であった。焼成後の塗膜に対して、窒素雰囲気下(酸素濃度5ppm以下)で、340℃にて300kGyで電離性照射線としての電子線を照射し、PTFE成形体としてのPTFE膜を得た。電子線は、NHVコーポレーション社の電子線加速装置「サガトロン」にて1.03MeVまで加速して照射した。なお、この実施例10は、表2中の成形体No.6に相当する。
【0092】
また、上記方法Yにより上記PTFE粉末P−2の溶融粘度を測定した。上記PTFE粉末P−2の溶融粘度は、2.9×10Pa・sであった。
【0093】
[評価]
得られた各PTFE膜(PTFE成形体)に対し、以下の評価を行った。評価結果を表2に示す。なお、表2中の「−」は、PTFE成形体を作製していない、あるいは評価を行っていないことを示す。
【0094】
[限界PV値]
JIS−K−7218(1986年)のA法(リングオンディスク式スラスト摩耗試験)に準拠して(但し、リング寸法は以下の通り)、限界PV値を測定した。他の条件は下記の通りである。
・リング状相手材材質:S45C
・リング寸法:外径11.6mm、内径7.4mm
・リング状相手材表面粗さ:Ra0.28μm
・試験装置:A&D社の「EFM−III 1010」
・ドライ(オイル無し)
・定速試験(25m/分)
各圧力で10分間回転させ、膜が破れなかった場合、圧力を上げていった。速度は常に25m/分とした。圧力は、1MPa、5MPa、10MPaと上げていき、10MPa以降は10MPaずつ上げていった。膜が破れたときの圧力の前の圧力を限界圧力とみなし、限界圧力と速度(25m/分)との積を限界PV値とした。なお、限界PV値が750MPa・m/min以上であれば、耐摩擦性が優れていると判断できる。
【0095】
[破断強度(引張破断強度)及び破断伸び(引張破断伸び)]
引張圧縮試験機(今田製作所社の「SV5120MOV」)を用い、JIS−K−7161(1994年)に準拠して測定した。引張速度は30mm/分、サンプル幅は10mm、チャック間距離は30mmで行った。なお、破断強度は1.3kg/mm以上、破断伸びは28%以上であれば、引張強度に優れていると判断できる。
【0096】
[鉛筆硬度]
JIS−K−5600−5−4(1999年)に準拠して測定した。なお、例えば「H〜F」とは、HとFとの中間の硬度であったことを示す。なお、鉛筆硬度がB以上であれば、硬度が高いと判断できる。
【0097】
【表2】
【0098】
表2に示されるように、成形体No.2〜4、8〜12の成形体(実施例1〜8)は、限界PV値が高く(750MPa・m/min以上)、引張強度にも優れる(破断伸びが28%以上)。また、成形体No.5、6の成形体(実施例9、10)は、PTFEの粉体の塗工により得ることができ、限界PV値の高い成形体となっていることがわかる。
【0099】
特に興味深いのが鉛筆硬度である。フィブリル化する領域の高分子量のPTFE(成形体No.19)は、照射なし(0kGy)でも、鉛筆硬度がF〜HBであり、塗膜として一般的な用途では使用可能なものとなっている。一方、成形体No.1やNo.7のフィブリル化しない領域の低分子量PTFEでは、照射なし(0kGy)では、鉛筆硬度が5B以下である。これらを実際に観察してみると、爪で擦ると簡単に剥がれ落ちる状態であり、塗膜として成立していない。これに電子線照射を行うと(成形体No.2〜4、8〜12)鉛筆硬度B又は、成形体No.19より固い鉛筆硬度Fになったサンプルも見られ、電子線照射により強固な塗膜となったことが解る。