特許第6750208号(P6750208)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6750208シンクロナイザーリングの同期速度評価法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6750208
(24)【登録日】2020年8月17日
(45)【発行日】2020年9月2日
(54)【発明の名称】シンクロナイザーリングの同期速度評価法
(51)【国際特許分類】
   G01M 13/022 20190101AFI20200824BHJP
   F16D 23/06 20060101ALI20200824BHJP
【FI】
   G01M13/022
   F16D23/06 C
【請求項の数】4
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-233033(P2015-233033)
(22)【出願日】2015年11月30日
(65)【公開番号】特開2017-101940(P2017-101940A)
(43)【公開日】2017年6月8日
【審査請求日】2018年10月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000170
【氏名又は名称】いすゞ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100128509
【弁理士】
【氏名又は名称】絹谷 晴久
(74)【代理人】
【識別番号】100119356
【弁理士】
【氏名又は名称】柱山 啓之
(72)【発明者】
【氏名】石上 英征
(72)【発明者】
【氏名】竹田 敏和
【審査官】 萩田 裕介
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−147337(JP,A)
【文献】 特許第2717706(JP,B2)
【文献】 特許第4593032(JP,B2)
【文献】 特許第4804349(JP,B2)
【文献】 特公平04−000216(JP,B2)
【文献】 特許第3827271(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 13/00 − 13/045
F16D 23/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シンクロ単体試験機でシンクロナイザーリングをギヤコーンに押付けてシンクロナイザーリングの摩擦特性を評価する際に、シンクロナイザーリングの摩擦面とギヤコーン面が接触する前に、その間に形成される油膜によって伝達されるトルクが発生したときから、シンクロナイザーリングの摩擦面とギヤコーン面が接触するまでの時間(A)のトルク値と回転数を、時間で積分して初期吸収エネルギーを算出し、これを時間(A)で割って初期吸収エネルギー速度を求め、その初期吸収エネルギー速度によってシンクロナイザーリングの同期速度を評価することを特徴とするシンクロナイザーリングの同期速度評価法。
【請求項2】
シンクロ単体試験機で一定の回転速度で回転させた後、回転軸のクラッチを切り、慣性力で回っているギヤのコーン部とシンクロナイザーリングの間に形成される油膜で伝達トルクが発生する押付速度でシンクロナイザーリングを押付けて前記初期吸収エネルギー速度を求める請求項記載のシンクロナイザーリングの同期速度評価法。
【請求項3】
前記押付速度は、シンクロナイザーリングが用いられるトランスミッションのアクチュエータによる押付速度と同じに設定される請求項記載のシンクロナイザーリングの同期速度評価法。
【請求項4】
初期吸収エネルギー速度は、シンクロ単体試験機でギヤコーンを一定の回転速度で回転させた後、回転軸のクラッチを切り慣性力で回転させ、そのギヤコーンにシンクロナイザーリングへの押付速度を可変にして求める請求項記載のシンクロナイザーリングの同期速度評価法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両のトランスミッションのギヤ段の切り替え時に使用されるシンクロナイザーリングの同期速度評価法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
大型トラックで用いられる16段トランスミッションは、本体部4段の前側にHi、Low2段のスプリッター、後ろ側にHiとLow2段のレンジチェンジを持つ2×4×2=16段である。スプリッターHi、Lowは、それぞれ偶数段と奇数段の切り替えを、レンジチェンジにより、1〜8速と9〜16速の切り替えを行っている。
【0003】
ドライバーがシフトチェンジする際に車速が落ちすぎないように早くシフトチェンジできることが求められるため、スプリッターの偶数段、奇数段の切り替えはエアーアクチュエータがスリーブを高速で移動させシフトチェンジを行っている。
【0004】
このシフトチェンジの際、異なる回転数の軸とギヤはシンクロナイザーリングの摩擦面とギヤのコーン面が接触し摩擦力により同期する。
【0005】
通常のシフトチェンジは、ギヤとシンクロナイザーリングが同期してからスリーブがギヤのドグ歯と噛合い、シフトチェンジ完了となるが、シンクロナイザーリングとギヤの同期が遅いと同期が完了する前にスリーブがギヤのドグ歯に飛び込んでしまい、回転差がある状態で接触するためギヤ鳴りを起こしてしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−327548号公報
【特許文献2】特開2000−170791号公報
【特許文献3】特開2003−337082号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
よって、シンクロナイザーリングとギヤの同期速度を適正に評価すると共にその同期速度に応じたシフトチェンジを行うことが最適である。
【0008】
しかしながら、従来は、シンクロ単体試験機を用いてシンクロナイザーリングの摩擦特性やギヤオイル特性を試験することは行われているものの、シンクロナイザーリングとギヤの同期速度の違いについては、全く考慮されていなかった。
【0009】
また従来は、なぜシンクロナイザーリングとギヤの同期速度に違いがあるのかわかっていなかったし、その評価法も無かった。
【0010】
本発明者等は、特願2015−006116(発明の名称:摺動部品の摩擦材の製造方法及びその摩擦材)で、気孔率の高い摩擦材を提案した。
【0011】
この摩擦材は、気孔率が高く、表面にギヤオイルを保持できると共に熱伝達も良好であり、シンクロナイザーリングとギヤの同期速度が速く、上述の大型トラックに用いられる16段トランスミッションのスプリッターのシンクロナイザーリングに用いた場合、最適な摩擦材とすることが可能である。
【0012】
そこで、本発明者等は、気孔率の高い摩擦材を用いると同期速度が速くなる原因として、シンクロナイザーリングの摩擦材の表面に形成されるギヤオイルに着目し、同期速度が、シンクロナイザーリングに形成される油膜が関与しているとして本発明に至ったものである。
【0013】
よって、本発明の目的は、上記課題を解決し、シンクロナイザーリングとギヤの同期速度を適正に評価できるシンクロナイザーリングの同期速度評価法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するために本発明は、シンクロ単体試験機でシンクロナイザーリングをギヤコーンに押付けてシンクロナイザーリングの摩擦特性を評価する際に、シンクロナイザーリングの摩擦面とギヤコーン面が接触する前に、その間に形成される油膜によって伝達されるトルクが発生したときから、シンクロナイザーリングの摩擦面とギヤコーン面が接触するまでの時間(A)のトルク値と回転数を、時間で積分して初期吸収エネルギーを算出し、これを時間(A)で割って初期吸収エネルギー速度を求め、その初期吸収エネルギー速度によってシンクロナイザーリングの同期速度を評価することを特徴とするシンクロナイザーリングの同期速度評価法である。
【0016】
シンクロ単体試験機で一定の回転速度で回転させた後、回転軸のクラッチを切り、慣性力で回っているギヤのコーン部とシンクロナイザーリングの間に形成される油膜で伝達トルクが発生する押付速度でシンクロナイザーリングを押付けて前記初期吸収エネルギー速度を求めるのが好ましい。
【0017】
前記押付速度は、シンクロナイザーリングが用いられるトランスミッションのアクチュエータによる押付速度と同じに設定される。
【0018】
初期吸収エネルギー速度は、シンクロ単体試験機でギヤコーンを一定の回転速度で回転させた後、回転軸のクラッチを切り慣性力で回転させ、そのギヤコーンにシンクロナイザーリングへの押付速度を可変にして求めるのが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明は、シンクロナイザーリングの摩擦面とギヤコーン面が接触する前に、その間に形成される油膜によるトルク伝達力を求めることで、同期速度が評価できると共に、速いシフトチェンジに対応したシンクロナイザーリングの良否判別が行えるという優れた効果を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明のシンクロナイザーリングの同期速度評価法に用いるシンクロ単体試験機の概略を示す図である。
図2】本発明において、シンクロ単体試験機を用いてシンクロナイザーリングを評価する際に得られたデータから初期吸収エネルギー速度の算出方法を説明する図である。
図3】種々のシンクロナイザーリングの初期吸収エネルギー速度とギヤ鳴りの関係を示す図である。
図4】面粗さ(Rz)と初期吸収エネルギー速度の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の好適な一実施の形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0022】
先ず、図1により本発明の初期吸収エネルギー速度の算出に用いるシンクロ単体試験機10を説明する。
【0023】
シンクロ単体試験機10は、試験油槽12内に収容されたギヤコーン13とシンクロナイザーリング14からなるトランスミッションT/Mに対して、ギヤコーン13を接続した入力軸11を回転する入力軸側I/Aと、シンクロナイザーリング14を接続した出力軸15を移動してシンクロナイザーリング14をギヤコーン13に押付ける出力軸側O/Aが配置されて構成される。
【0024】
入力軸側I/Aの入力軸11には、フライホイール16が設けられ、クラッチ17を介してモータ18で入力軸11が駆動され、その回転数が回転計19で検出される。トランスミッション側T/Mのシンクロナイザーリング14は入力軸11に連結され、シンクロナイザーリング14は、出力軸15に連結され、試験油槽12内には、ギヤオイル20が収容される。
【0025】
出力軸側O/Aの出力軸15は、スライド装置21に取り付けられ、押付シリンダ22にて軸方向に移動されて、ギヤコーン13にシンクロナイザーリング14を押付ける。この際の変位量は変位計23で検出され、押付荷重は押付荷重計(ロードセル)24で検出される。またギヤコーン13にシンクロナイザーリング14を押付けたときのシンクロナイザーリング14に伝達されるトルクは、出力軸15に取り付けたモーメントセル25を介して回転トルク計26で検出される。
【0026】
このシンクロ単体試験機10は、主に2種類の試験ができる。
【0027】
1つは、モータ18で回転するギヤコーン13に、シンクロナイザーリング14を押付けて、その押付け回数と共に繰り返し押付け摩擦特性がどのように変化するかを評価する連続試験と、もう一つはモータ18でギヤコーン13を回転させたのち、クラッチ17を切ってフライホイール16の慣性力で回っているギヤコーン13にシンクロナイザーリング14を押付シリンダ22により押付けて、その時の摩擦特性や回転が止まるまでの時間を評価する慣性吸収試験である。
【0028】
連続試験及び慣性吸収試験ともに回転数は、回転計19にて計測し、押付けているときのトルクを回転トルク計26、押付ける際のストロークを変位計23、押付けている荷重は押付荷重計(ロードセル)24で計測している。
【0029】
また、試験油槽12にはギヤオイル20が収容され、試験中は、ヒーターにて油温調節ができ、ポンプでオイルを循環させ循環経路の途中のフィルターにて摩耗したスラッジを回収するようにしている。
【0030】
この2種類の試験にて、ギヤコーン13に対するシンクロナイザーリング14の摩擦材の静的及び動的摩擦特性とギヤオイル特性を評価することができる。
【0031】
しかし、市販のシンクロ単体試験機は、シンクロナイザーリングの押付速度が、メイン段の変速にほぼ合わせた9mm/secであり、この押付速度でシンクロナイザーリングを試験し、摩擦特性が同じでも、実際のトランスミッションのスプリッターに装着したときの同期速度はバラツキがある。
【0032】
そこで、この点を検討すると、トランスミッションのスプリッターの変速時のアクチュエータの押付速度は、シンクロ単体試験機の押付速度(9mm/sec)より、5〜7倍速い速度であり、同期速度の違いでギヤ鳴りが発生したり、ギヤ鳴りがしなかったりし、押付速度の小さいシンクロ単体試験機で摩擦特性を測定しても同期速度の評価はできない。
【0033】
この原因は、スプリッターの変速ではシンクロナイザーリングをギヤコーンに押付ける速度が速いため、シンクロ摩擦面とギヤコーン面が接触する前(油が間にいる状態)にギヤコーンの回転をシンクロナイザーリングに伝えようとする油膜による伝達トルクが発生し、この伝達トルクが同期速度に大きく影響するためである。
【0034】
そこで、油膜によるトルク伝達力を求める手法として、トルクが発生してからシンクロナイザーリングとギヤコーンが接触するまでに慣性力を吸収したエネルギーを、初期吸収エネルギーとして求める。具体的には、トルクが発生してからシンクロナイザーリングとギヤコーンが接触するまでの時間(A)のトルク値、回転数(角速度)を時間で積分し、初期吸収エネルギーを算出し、それを時間(A)で割り初期吸収エネルギー速度(単位時間t当たりの吸収エネルギー)を下式により求める。
初期吸収エネルギー速度=E/t …(1)
【0035】
(1)式中の初期吸収エネルギーEは、下式(2)で求める。
E=∫T・ω・dt …(2)
E:吸収エネルギー(J)
T:トルク(N/m)
ω:角速度(rad/sec)
t:時間(sec)
【0036】
ここで求めた、初期吸収エネルギーEを時間(A)で割って求めた、初期吸収エネルギー速度(J/sec)を比較することで同期速度の速さがわかる。すなわち、
初期吸収エネルギー速度大=同期速度速い
初期吸収エネルギー速度小=同期速度遅い
と評価することができる。
【0037】
この初期吸収エネルギーEを求める際には、押付シリンダ22による押付速度を可変にし、シンクロナイザーリングが用いられるトランスミッションの押付速度と同じにして求めるのがより好ましい。
【0038】
図2は、内径φ157mm、幅9.7mm、テーパー角7度のシンクロナイザーリングを、図1に示したシンクロ単体試験機を用い、ギヤオイルを常温、入力軸回転数を180rpmとし、シンクロナイザーリングの押付速度を、T/Mのスプリッダーの押付速度と同じ速度で、慣性吸収試験を行ったときのギヤ回転数(入力軸回転数)、リング変位、回転トルク、押付荷重の経時変化のデータを示したものである。
【0039】
この図2において、ギヤコーンとシンクロナイザーリングとは、時間t0(押付荷重が下死点ポイント)から回転トルクが上昇し、時間tcで、ギヤコーンとシンクロナイザーリングが接触し、その後は、シンクロナイザーリングの摩擦材の摩擦力と押付荷重でトルクが伝達されたときの、ギヤ回転数とリング変位と回転トルクと押付荷重の経時変化データを示している。
【0040】
そこで、この図2の試験データから上記(1)、(2)式を基に初期吸収エネルギー速度を求める。
【0041】
但し、上記(2)式中の角速度ωは、回転数をN(rpm)とすると、
ω=2πN/60(rad/sec)で求まり、ギヤ回転数と検出トルクの積を、時間tcからtcまで、積分すると初期吸収エネルギーEが求まり、これを時間(A)で割ると初期吸収エネルギー速度(J/sec)が求まる。
【0042】
図3は、種々の面粗さの異なるカーボンコンポジットからなる摩擦材を用いてシンクロナイザーリング(試料1〜9)とし、これらシンクロナイザーリングの初期吸収エネルギー(J/sec)を算出し、またこれらシンクロナイザーリングをスプリッターのシンクロナイザーリングとして用いたときに、ギヤ鳴りが発生するかどうかを試験し、初期吸収エネルギーを基に各シンクロナイザーリングを棒グラフで示すと共にギヤ鳴りの有無を示したものである。
【0043】
この図3で、試料1〜6のシンクロナイザーリングは、ギヤ鳴りが有り、試料7〜9はギヤ鳴りが無かった。この原因は、試料1〜6は、接触前の初期吸収エネルギーが、1000(J/sec)以下と低く、試料7〜9は、接触前の初期吸収エネルギーが、1000(J/sec)を超えており、接触前の回転伝達トルクにより、シンクロナイザーリングの同期速度が速かったものと考えられる。
【0044】
図4は、試料1〜9のカーボンコンポジットからなる摩擦材の表面を10点平均面粗さRzを横軸に、初期吸収エネルギーを縦軸にしてプロットしたものである。
【0045】
この図4より10点平均面粗さRzが32μm以上であれば、初期吸収エネルギーが、1000(J/sec)を超えることが分かる。
【0046】
このことは、10点平均面粗さRzが32μm以上であれば、表面に形成される油膜量が十分に確保され、そのギヤオイルの粘弾性によるトラクション効果で、シンクロナイザーリングがギヤコーンに接触する前に、油膜によるトルク伝達力でシンクロナイザーリングが回転されるため、同期速度が速くなるものと考えられる。
【0047】
なお、図3図4では、初期吸収エネルギーが、1000(J/sec)を超えるものが正常品、1000(J/sec)以下をギヤ鳴り品として説明したが、初期吸収エネルギーは、シンクロナイザーリングの内径や幅、テーパー角で変わり、またこれらの値が同じでも、測定条件(ギヤオイルの温度と粘度、押付速度、押付荷重、入力軸回転数)でも変わるため、測定する条件ごとに初期吸収エネルギーを求め、これを基にギヤ鳴りの有無を確かめる必要がある。
【0048】
以上において、従来では同期速度の違いを評価する方法が無かったが、本発明は、初期吸収エネルギー速度を測定することで、同期速度の違いを評価することができるようになった。また、同期速度の違いを評価できるようになることで、速いシフトチェンジに対応したシンクロナイザーリングの良否判別が行えるようになる利点がある。
【0049】
なお、上述の実施の形態では、スプリッターのシンクロナイザーリングの同期速度評価で説明したが、メインギヤ段やその他のシンクロナイザーリングの同期速度評価にも適用できることは勿論である。
【符号の説明】
【0050】
10 シンクロ単体試験機
13 ギヤコーン
14 シンクロナイザーリング
図1
図2
図3
図4