特許第6750322号(P6750322)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6750322車輪用軸受装置及び車輪用軸受装置の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6750322
(24)【登録日】2020年8月17日
(45)【発行日】2020年9月2日
(54)【発明の名称】車輪用軸受装置及び車輪用軸受装置の製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/58 20060101AFI20200824BHJP
   F16C 33/78 20060101ALI20200824BHJP
   F16C 19/18 20060101ALI20200824BHJP
   F16J 15/326 20160101ALN20200824BHJP
   F16J 15/3232 20160101ALN20200824BHJP
   B60B 35/02 20060101ALN20200824BHJP
【FI】
   F16C33/58
   F16C33/78 E
   F16C19/18
   !F16J15/326
   !F16J15/3232 201
   !B60B35/02 L
【請求項の数】3
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-114070(P2016-114070)
(22)【出願日】2016年6月8日
(65)【公開番号】特開2017-219120(P2017-219120A)
(43)【公開日】2017年12月14日
【審査請求日】2019年5月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(72)【発明者】
【氏名】北川 享
【審査官】 古▲瀬▼ 裕介
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−063068(JP,A)
【文献】 特開2011−098714(JP,A)
【文献】 特開2009−264399(JP,A)
【文献】 特開2013−242037(JP,A)
【文献】 特開2009−275868(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/72 − 33/82
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周に複列の外側軌道面と、外周にフランジ部と、前記フランジ部よりインナ側に突出して車両部材に嵌め合わされる円筒形状のインロー部と、前記インロー部の外周に形成されたインナ側シール取付面と、を備え、前記車両部材に固定され外輪と、
外周に一方の内側軌道面を備えるとともに軸端に車輪を取り付けるハブフランジと外周に他方の内側軌道面を備える内輪とが一体に形成されて回転自在の内軸と、
互いに径方向に対向する前記複列の外側軌道面と前記複列の内側軌道面との間に転動自在に配置された複数の転動体と
前記外輪と前記内軸との間に形成された環状空間のインナ側開口部に組み込まれ、芯金と弾性体のリップとが一体に形成され前記インナ側シール取付面に固定されるシールリングと、前記内輪の肩に固定されるスリンガとを組み合わせた組合せシールと、
を備えた車輪用軸受装置の製造方法であって、
前記インナ側シール取付面を研削加工によって形成する工程と、
前記インナ側シール取付面を基準面として前記外側軌道面を研削加工する工程と、を有することを特徴とする車輪用軸受装置の製造方法。
【請求項2】
内周に複列の外側軌道面と、外周にフランジ部と、前記フランジ部よりインナ側に突出して車両部材に嵌め合わされる円筒形状のインロー部と、前記インロー部の外周に形成されたインナ側シール取付面と、を備え、前記車両部材に固定される外輪と、
外周に一方の内側軌道面を備えるとともに軸端に車輪を取り付けるハブフランジと外周に他方の内側軌道面を備える内輪とが一体に形成されて回転自在の内軸と、
互いに径方向に対向する前記複列の外側軌道面と前記複列の内側軌道面との間に転動自在に配置された複数の転動体と、
前記外輪と前記内軸との間に形成された環状空間のインナ側開口部に組み込まれ、芯金と弾性体のリップとが一体に形成され前記インナ側シール取付面に固定されるシールリングと、前記内輪の肩に固定されるスリンガとを組み合わせた組合せシールと、
を備えた車輪用軸受装置であって、
前記インナ側シール取付面に研削加工が施されており、
前記インロー部の前記内輪の肩と径方向に対向する内周面に、研削加工が施されず、
前記インロー部の内方に、インナ側端面から所定の深さまで形成された凹部を備えており、
前記芯金が、前記インロー部の内周端で屈曲して、前記リップが前記凹部に収容されていることを特徴とする車輪用軸受装置。
【請求項3】
前記芯金は不錆性の金属製であることを特徴とする請求項に記載する車輪用軸受装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハブユニット形式の車輪用軸受装置及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
車両では、車輪を回転自在に支持するために図4に示すような車輪用軸受装置80が使用されている(特許文献1)。
車輪用軸受装置80は、ナックル81に固定される外輪82と、外輪82に対して同軸に配置され、回転自在の内軸83とを備えている。内軸83は、ハブシャフト85とその一方の軸端に圧入された内輪86とで構成されており、ハブシャフト85の他方の軸端には、車輪(図示を省略)を取り付けるハブフランジ87が一体に形成されている。車輪用軸受装置80では、車輪が取り付けられる側が車両の外側となるので、図4では、左側をアウタ側といい右側をインナ側という。
【0003】
外輪82の内周には、複列の外側軌道面88,88が形成されており、内軸83の外周には、複列の内側軌道面89a,89bが形成されている。外側軌道面88,88と内側軌道面89a,89bとの間に、それぞれ複数の玉90が転動自在に組み込まれている。各軌道面は、研削加工されることによって表面粗さが小さい滑らかな面に仕上げられている。各軌道面にはグリースが封入されており、内軸83は外輪82に対して滑らかに回転することができる。
外輪82の内周と内軸83の外周との間に形成されている環状空間91は、軸方向の両側に開口している。それぞれの開口部には、密封装置92,93が装着されており、環状空間91に泥水などの異物が浸入するのを防止している。
【0004】
車両のインナ側の開口部に装着される密封装置93には、図5に示すようなスリンガ94とシールリング95とを組み合わせた組合せシールが使用されている。スリンガ94は、軸方向断面がL字状のステンレス鋼板製で、内輪86の外周面に固定されている。シールリング95は、炭素鋼板製の芯金96と弾性体のリップ97とが一体に形成されており、芯金96が、外輪82の内周に形成されたシール取付面99に締りばめの状態で固定されている。
組合せシールを使用することによって、リップ97のしめしろ、特に軸方向のしめしろを正確に組み付けることができるので、密封装置93では異物の浸入を適切に防止することができる。
【0005】
車両のアウタ側の開口部に装着される密封装置92には、単体のシールリングが組み込まれている。密封装置92は、軸方向断面がL字状の芯金98を有し(図4参照)、外輪82のアウタ側の内周に形成されたシール取付面24(以下、単に「アウタ側シール取付面」という)に締りばめの状態で固定されている。
【0006】
上記のように、車輪用軸受装置80に装着される密封装置92,93は、いずれも炭素鋼板からなる芯金96,98が、炭素鋼製の外輪82に嵌め合わされており、嵌め合い部は、金属同士の嵌合となっている。このため、嵌め合い面の表面粗さが大きい時には、わずかなすきまが生じて水が浸入する虞がある。このため、外輪82内周の各シール取付面24,99は、研削加工されることによって表面粗さが小さい滑らかな面に仕上げられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−227857号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
車輪用軸受装置80では、各軌道面88,89a,89bを精密に仕上げることによって車両走行時の異音を低減するとともに、密封装置92,93の耐泥水性能を確保して、長期にわたって滑らかな回転を維持することが要求される。
このため、外輪82では、複列の外側軌道面88,88が単一の砥石で同時に研削加工されることによって、相互の同軸度が高精度で確保されている。また、各シール取付面24,99においても、外側軌道面88と同時に研削加工がされており、相互に高精度の同軸度が確保されている。これによって、スリンガ94とリップ97とのしめしろが全周にわたって一様となるので、耐泥水性能を高くすることができる。
【0009】
しかし、それぞれ軸方向の端部に形成されたシール取付面24,99及び外側軌道面88,88を単一の砥石で同時に研削加工する場合には、砥石の軸方向寸法が大型化せざるを得ず、砥石のコストが上昇する。また、外輪82の内周形状が複雑であるため、砥石の外形形状を成形するときには、高価なロータリードレスが必要であり、研削加工のコストがさらに上昇している。
こうして、外輪内周の研削加工に要する費用が高いため、外輪82の製造コストが上昇し、車輪用軸受装置80の製造コストが高いものとなっている。
【0010】
本発明は、密封装置の耐泥水性能を確保しつつ、外輪の研削費用を削減して、安価で性能の優れた車輪用軸受装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一形態は、内周に複列の外側軌道面と、外周にフランジ部と、前記フランジ部よりインナ側に突出して車両部材に嵌め合わされる円筒形状のインロー部と、前記インロー部の外周に形成されたインナ側シール取付面と、を備え、前記車両部材に固定され外輪と、外周に一方の内側軌道面を備えるとともに軸端に車輪を取り付けるハブフランジと外周に他方の内側軌道面を備える内輪とが一体に形成されて回転自在の内軸と、互いに径方向に対向する前記複列の外側軌道面と前記複列の内側軌道面との間に転動自在に配置された複数の転動体と前記外輪と前記内軸との間に形成された環状空間のインナ側開口部に組み込まれ、芯金と弾性体のリップとが一体に形成され前記インナ側シール取付面に固定されるシールリングと、前記内輪の肩に固定されるスリンガとを組み合わせた組合せシールと、を備えた車輪用軸受装置の製造方法であって、前記インナ側シール取付面を研削加工によって形成する工程と、前記インナ側シール取付面を基準面として前記外側軌道面を研削加工する工程と、を有することを特徴としている。
【0012】
本発明の他の一形態は、内周に複列の外側軌道面と、外周にフランジ部と、前記フランジ部よりインナ側に突出して車両部材に嵌め合わされる円筒形状のインロー部と、前記インロー部の外周に形成されたインナ側シール取付面と、を備え、前記車両部材に固定される外輪と、外周に一方の内側軌道面を備えるとともに軸端に車輪を取り付けるハブフランジと外周に他方の内側軌道面を備える内輪とが一体に形成されて回転自在の内軸と、互いに径方向に対向する前記複列の外側軌道面と前記複列の内側軌道面との間に転動自在に配置された複数の転動体と、前記外輪と前記内軸との間に形成された環状空間のインナ側開口部に組み込まれ、芯金と弾性体のリップとが一体に形成され前記インナ側シール取付面に固定されるシールリングと、前記内輪の肩に固定されるスリンガとを組み合わせた組合せシールと、を備えた車輪用軸受装置であって、前記インナ側シール取付面に研削加工が施されており、前記インロー部の前記内輪の肩と径方向に対向する内周面に、研削加工が施されず、前記インロー部の内方に、インナ側端面から所定の深さまで形成された凹部を備えており、前記芯金が、前記インロー部の内周端で屈曲して、前記リップが前記凹部に収容されていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、密封装置の耐泥水性能を確保しつつ、外輪の研削費用を削減することができるので、安価で性能の優れた車輪用軸受装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明にかかる車輪用軸受装置の一実施形態の要部拡大図である。
図2】本実施形態の外輪の内周を研削加工する方法を説明する概念図である。
図3】従来の外輪の内周を研削加工する方法を説明する概念図である。
図4】従来の車輪用軸受装置の断面図である。
図5】従来の車輪用軸受装置のインナ側に装着される密封装置の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態を、図を用いて詳細に説明する。
図1は、本発明にかかる車輪用軸受装置10の一実施形態(以下、本実施形態)の要部拡大図であり、インナ側に装着された密封装置12(以下、単に「インナ側密封装置」という)の組込状態を示している。本実施形態の車輪用軸受装置10では、インナ側密封装置12の形態と、当該インナ側密封装置12が装着される外輪14の形態に特徴がある。その他の形態は、従来の車輪用軸受装置80と同様であるので、従来構造と共通する部分については、図4を参照しつつ同一の符号を付して説明する。
なお、以下の説明では、軸線mの方向を軸方向といい、軸方向に直交する方向を径方向、軸線mの回りを周回する向きを周方向という。
【0016】
本実施形態の車輪用軸受装置10は、図4に示すように、外輪14と、内軸83と、転動体である複数の玉90と、密封装置12,92を備えている。
【0017】
図4を参照しつつ、図1によって外輪14の形態を説明する。
外輪14は、高炭素鋼を熱間で鍛造等することによって製造されており、略円筒形状の円筒部16と、その外周に形成されたフランジ部84とが一体に形成されている。フランジ部84は、円筒部16の外周の複数個所において、軸方向のほぼ中央から径方向外方に延びており、互いに周方向にリブ17でつながっている。
フランジ部84には、軸方向に貫通するボルト穴18が形成されており、このボルト穴18にボルト(図示を省略)を挿通して、外輪14が車両部材であるナックル81に固定されている。フランジ部84の側面及びリブ17の側面は、軸線mと直交する向きに面一に形成されており、ナックル81の取付面と当接している。
【0018】
円筒部16の内周には、軸方向の略中央に2列の外側軌道面88,88が形成されている。外側軌道面88,88は、それぞれ軸方向断面が円弧形状で、軸線mと同軸の環状に形成されている。
外側軌道面88,88は、互いに小径の肩20で軸方向につながっており、小径の肩20と反対側にはそれぞれ大径の肩21,22が形成されている。各肩20,21,22は、軸線mと同軸の円筒面である。こうして、軸方向断面では、曲率中心(図示省略)に対する各外側軌道面88,88の中心(円弧の中央をいう)の位置は、径方向外方に向かって互いに近づく方向に傾いている。
外側軌道面88,88は、熱処理が施されて表面硬さが60HRC程度まで高くされた後、研削加工が施されて、表面粗さが小さい滑らかな面に仕上げられている。
【0019】
円筒部16のアウタ側端部には、内周側に、アウタ側シール取付面24が形成されている。アウタ側シール取付面24は、軸線mと同軸の円筒面で、円筒部16のアウタ側端面25から所定の深さまで形成されている。アウタ側シール取付面24には、アウタ側密封装置92が組み付けられている。アウタ側密封装置92は、軸方向断面がL字状の芯金98を有し、弾性体のリップが芯金98と一体に形成されている。芯金98がアウタ側シール取付面24に締りばめの状態で嵌め合わされて、アウタ側密封装置92が固定されている。
アウタ側シール取付面24は、研削加工によって表面粗さが小さい滑らかな面に仕上げられている。このため、芯金98とアウタ側シール取付面24との嵌め合い部からの水等の浸入を防止することができる。
【0020】
図1によって、外輪14のインナ側端部の形態を説明する。
外輪14では、円筒部16がフランジ部84より軸方向インナ側に突出している。この突出した部分27は、ハブユニットを車両に取り付けるときに、車両部材に嵌め合わされるので、以下の説明では「インロー部」という。
インロー部27の外周は、軸線mと同軸の円筒面で、インナ側の密封装置12が取り付けられるインナ側シール取付面29になっている。インナ側シール取付面29には、研削加工が施されて、表面粗さが小さい滑らかな面に仕上げられている。このため、インナ側密封装置12を嵌め合わせたときに、その嵌め合い面からの水等の浸入を防止することができる。インナ側密封装置12の形態については後述する。
【0021】
インロー部27では、内周に、インナ側密封装置12の一部を収容する凹部31が形成されている。凹部31は、軸線mと同軸の円筒形状である。その内周面32は、円筒部16のインナ側端面26から所定の深さまで形成されており、径方向の側面33で外側軌道面88の大径の肩22とつながっている。
凹部31では、インナ側密封装置12が隙間を持って収容されている。インナ側密封装置12は、インロー部27の外周側で外輪14に固定されているので、凹部31の内周面32は、インナ側密封装置12と接触しない。このため、内周面32に研削加工を施す必要がなく、内周面32は、鍛造された時の鍛造肌のままであってもよいし、旋削加工が施されていてもよい。
【0022】
再び図4図5を参照して説明する。
図4に示すように、内軸83は、ハブシャフト85と、内輪86とが一体に組み合わされた形態である。内軸83の形態は、従来構造と同等であるので、簡単に説明する。
【0023】
ハブシャフト85は、高炭素鋼を熱間で鍛造等することによって製造されており、軸線mの向きに延びる段付き円筒形状の軸部78と、その軸端につながって軸線mと直交する向きに広がる円板状のハブフランジ87とが一体に形成されている。軸部78には、外周の軸方向中央に、一方の内側軌道面89aが形成されている。内側軌道面89aは、軸方向断面が円弧形状で、軸線mと同軸の環状に形成されている。内側軌道面89aのアウタ側に大径の肩35が形成されていて、軸方向断面がR形状の面でハブフランジ87とつながっている。軸部78のインナ側端部には、小径の段付き部が形成されており、内輪86が締りばめの状態で組み付けられている。
内側軌道面89aは、熱処理が施されて表面硬さが60HRC程度まで高くされた後、研削加工によって表面粗さが小さい滑らかな面に仕上げられている。
【0024】
内輪86は、軸受鋼で製造されており、外周の軸方向の略中央に、他方の内側軌道面89bが形成されている。内側軌道面89bは、軸方向断面が円弧形状で、軸線mと同軸の環状に形成されている。内側軌道面89bのインナ側に大径の肩36が形成されている(図5参照)。肩36は、軸線mと同軸の円筒形状で、そのインナ側の端部は内輪86の大端面77とつながっている。
内側軌道面89b及び大径の肩36は、熱処理が施されて表面硬さが60HRC程度まで高くされた後、研削加工によって表面粗さが小さい滑らかな面に仕上げられている。
【0025】
玉90は、互いに径方向に対向する複列の外側軌道面88,88と複列の内側軌道面89a,89bとの間に、それぞれ複数個ずつ転動自在に組み込まれている。各列の玉90は、それぞれ保持器100によって周方向に等間隔に配置されている。外輪14と内軸83との間に形成された環状空間91には、各軌道面を潤滑するためにグリースが封入されている。こうして、ハブフランジ87に取り付けられた車輪は、車輪用軸受装置10によって回転自在に支持されている。
環状空間91は、軸方向の両側に開口しており、それぞれの開口部に密封装置12,92が装着されている。
【0026】
図1によって、インナ側密封装置12について説明する。インナ側密封装置12は、シールリング39と、スリンガ40とで構成されている。
【0027】
シールリング39は、金属製の芯金41と、弾性体からなる複数のシールリップ43,44,45を備えている。
芯金41は、ステンレス鋼などの不錆性金属材料の圧延鋼板をプレス成型することによって環状に形成されている。芯金41は、円筒形状で外輪14に嵌め合わされる筒状部47と、筒状部47のインナ側の端部が径方向内方に折り曲げられた第1段部48と、インロー部27のほぼ内周端の位置で更に筒状部47の側に屈曲させた第2段部49とを備えた形態となっている。シールリップ43,44,45は、第2段部49に接着されている。こうして、外輪14のインナ側端面26より内側(外側軌道面88に近い側である)にシールリップ43,44,45を配置できるので、軸方向寸法の増大を抑制して、車輪用軸受装置10をコンパクトにすることができる。このため、車両への搭載性が良好になる。
第2段部49は、軸方向断面形状では、インナ側からアウタ側に向かって縮径する向きに傾斜した形態であるが、これに限定されず、軸線mと平行に形成された円筒面であってもよい。なお、この場合に、円筒面の外周と、凹部31の内周面32との間にはすきまを有している。
【0028】
シールリング39において、43はグリースリップで、スリンガ40の外周と小さいしめしろで接しており、環状空間91に封入されたグリースの流出を防いでいる。
44はラジアルリップで、スリンガ40の外周と摺接しており、異物が環状空間91に浸入するのを防ぐとともに、環状空間91のグリースの流出を防いでいる。
45はアキシャルリップで、スリンガ40の鍔部42と摺接して、泥水や塵埃などの異物が、直接、ラジアルリップ44に到達するのを防いでいる。
各シールリップ43,44,45の材料には、ニトリルゴムやアクリルゴム等のゴム材料が使用される。各シールリップ43,44,45は、高温の金型で加硫成形されると同時に、芯金41と加硫接着されている。
【0029】
スリンガ40は、SPCC等の冷間圧延鋼板をプレス成型することによって環状に形成されている。スリンガ40は、断面がL字状であり、軸方向に筒状に延びる固定部と、その軸方向の一端が直角に折り曲げられて径方向外方に拡がる鍔部42とが一体に形成されている。
鍔部42には、ゴム磁石で形成されたエンコーダ51が貼り付けられている。エンコーダ51は、円板状で、固定部と反対側の鍔部42の側面に、加硫接着等によって同軸に貼り付けられている。エンコーダ51の表面は着磁されて、周方向にS極とN極が交互に形成されている。
【0030】
インナ側密封装置12を車輪用軸受装置10に組み付けるときには、シールリング39とエンコーダ51を貼り付けたスリンガ40とを、図1に示したように組み合わせた状態で同時に組み付けている。このとき、図示を省略したが、軸線mと直交する平面を有する治具を用いて、シールリング39の第1段部48と、エンコーダ51のインナ側側面とを同時に軸方向に押圧して行う。
シールリング39の筒状部47の内径寸法は、外輪14のインロー部27外周に形成されたインナ側シール取付面29の外径寸法よりわずかに小さい。このため、筒状部47は、締りばめの状態で組み付けられている。また、スリンガ40は、内輪86の大径の肩36に締りばめの状態で組み付けられている。
インナ側シール取付面29及び大径の肩36には研削加工が施されている。このため、シールリング39とインナ側シール取付面29との嵌め合い部、及び、スリンガ40と大径の肩36との嵌め合い部からの水等の浸入を防止することができる。
【0031】
こうして、本実施形態の車輪用軸受装置10では、インナ側密封装置として、シールリング39とスリンガ40とを組み合わせた組合せシールが装着されている。しかしながら、シールリング39がインロー部27の外周で固定されているため、インロー部27の内周に形成された凹部31の内周面32は、インナ側密封装置12と接触しない。このため、インロー部27では、スリンガ40が固定される肩36と径方向に対向する内周面32には、研削加工が施されていない。
【0032】
また、インロー部27は、軸方向寸法が比較的大きく設定されているので、その外周に形成されたインナ側シール取付面29の軸方向寸法を大きくすることができる。これによって、芯金41とインナ側シール取付面29とが嵌合する面積を広くすることができる。このため、嵌め合い面からの水等の浸入を効果的に防止することができる。
【0033】
本実施形態の車輪用軸受装置10は、外輪14のインナ側端部にインナ側密封装置12が嵌め合わされた状態で、炭素鋼製のナックル81に嵌め合わされている。外輪14のインロー部27が、不錆性金属材料で製造された芯金41で覆われているので、ナックル81の取付穴と外輪14のインロー部27とが直接接触しない。このため、長期にわたって使用しても嵌め合い部に錆を生じない。
【0034】
従来の車輪用軸受装置80では、ナックル81の取付穴に外輪14のインロー部27が直接嵌め合わされている。このため、嵌め合い部に泥水等が浸入して発錆するので、長期にわたって使用すると、嵌め合い面が錆によって固着し、車両のメンテナンスに際して車輪用軸受装置80の脱着が困難になるという問題があった。
これに対して、本実施形態の車輪用軸受装置10では、かかる不具合が生じないので、車両のメンテナンスが容易になるという利点がある。
【0035】
次に、本実施形態の外輪14の研削加工方法について説明する。
図2は、外輪14の内周を研削加工する方法を説明する概念図である。
本実施形態の外輪14では、複列の外側軌道面88,88とアウタ側シール取付面24が、単一の砥石53で同時に研削加工されている。単一の砥石53で同時に加工することによって、複列の外側軌道面88,88及びアウタ側シール取付面24の相互の同軸度を高精度で確保することができる。
この結果、車両走行時の異音を低減するとともに、アウタ側密封装置92の耐泥水性能を高くすることができる。
【0036】
研削加工時には、外輪14が研削盤に搭載される。このとき、外輪14のアウタ側端面25が、研削盤のマグネットフランジ67に吸引されている。研削盤が作動し、マグネットフランジ67とともに外輪14が回転する。外輪14は、インロー部27の外周に当接するシュー68で案内されている。図示を省略するが、シュー68は、周方向の異なる2方向に設置されて、それぞれインロー部27の外周に当接している。これによって、外輪が所定の軸心の周りで正確に回転する。すなわち、インロー部27の外周に形成されたインナ側シール取付面29は、研削加工の基準面となっている。この状態で、砥石53を外輪14の内周側に挿入し、径方向に接触させて研削加工がおこなわれる。
【0037】
砥石53には、外側軌道面88,88を研削する円弧形状の軌道研削部54と、アウタ側シール取付面24を研削する円筒形状のアウタ側取付面研削部55とが一体に形成されている。このとき、軌道研削部54とアウタ側取付面研削部55のみが外輪14の内周と接触し、その他の部分、例えば、2つの軌道研削部54をつなぐ円筒部56は、外輪14内周と接触しない。こうして、アウタ側シール取付面24と外側軌道面88,88とが同時に研削加工される。
【0038】
上記の説明によって理解できるように、本実施形態の外輪14内周を研削加工するために使用される砥石53では、軸方向の寸法L1は、おおむねアウタ側端面25から外側軌道面88と凹部31をつなぐ側面33までの軸方向の寸法と同等である。
【0039】
従来の車輪用軸受装置80に使用される外輪82(以下、単に「従来の外輪」という)の研削加工方法を、本実施形態の研削加工方法と対比して説明する。図3は、従来の外輪82の内周を研削加工する方法を説明する概念図である。図3では、図5と共通の構造については同一の符号を付して説明している。
従来の車輪用軸受装置80では、インナ側の密封装置93として組合せシールが使用されている(図5参照)。このため、従来の外輪82では、本実施形態の外輪14と異なり、インナ側の内周においてもシール取付面99が形成されている。
図3に示すように、従来の外輪82では、複列の外側軌道面88,88とアウタ側及びインナ側のシール取付面24,99の相互の同軸度を高精度で確保する必要がある。このため、これらの面が単一の砥石60で同時に研削加工されている。
【0040】
研削加工時には、本実施形態の外輪14と同様に、従来の外輪82を研削盤に搭載しておこなう。研削盤のマグネットフランジ67が回転するときに、従来の外輪82は、インロー部27の外周に当接するシュー68で案内されて、所定の軸心の周りで正確に回転する。この状態で、砥石60を従来の外輪82の内周側に挿入し、径方向に接触させて研削加工がおこなわれる。
【0041】
砥石60には、軌道研削部54と、アウタ側取付面研削部55と、インナ側取付面研削部61とが一体に形成されている。軌道研削部54は、外側軌道面88,88を研削する円弧形状の部分である。アウタ側取付面研削部55は、アウタ側シール取付面24を研削する円筒形状の部分である。インナ側取付面研削部61は、インナ側のシール取付面99を研削する円筒形状の部分である。こうして、両シール取付面24,99と外側軌道面88,88が同時に研削加工される。
【0042】
上記の説明によって理解できるように、従来の外輪82内周を研削加工するために使用される砥石60では、軸方向の寸法L2は、おおむねアウタ側端面25からインナ側端面26までの軸方向の寸法と同等である。
【0043】
これに対して、本実施形態の車輪用軸受装置10では、図2に示すように、外輪14の研削加工に使用される砥石53の軸方向の寸法はL1であり、軸方向の寸法は砥石60より縮小している。これは、本実施形態では、外輪14のインナ側内周におけるシール取付面の形成を不要にすることができるからである。
すなわち、従来の車輪用軸受装置80では、インナ側の密封装置として、組合せシールの形態の密封装置93(図5参照)が使用されている。この場合には、スリンガ94が内輪86の肩36に嵌め合わされているので、肩36と径方向に対向する外輪82の内周にシールリング95を固定する必要があった。しかし、本実施形態(図1参照)では、インナ側のシールリング39をインロー部27の外周に嵌め合わせることとしたため、インロー部27の内周側にシール取付面が不要となるからである。
なお、インロー部27の外周では、外輪14内周の研削加工時にシュー68が当接するため、従来の外輪82においても同様に研削加工が施されている。したがって、本実施形態の外輪14では、シールリング39を組み付けるために新たな加工を必要とせず、製造コストは上昇しない。
【0044】
こうして、本実施形態では、砥石53の大きさを小型化できるので、砥石53のコストを低減することができて、研削加工に要する費用を削減することができる。
更に、砥石53では、従来の外輪82を研削加工する砥石60に形成されていたインナ側取付面研削部61が不要であるため、外周の形状を簡素化することができる。このため、ロータリードレスの製作コストを低減できるので、研削加工に要する費用をさらに削減することができる。
【0045】
そして、上記で説明したように、単一の砥石53で同時に加工することによって、複列の外側軌道面88,88及びアウタ側シール取付面24の相互の同軸度を高精度で確保することができる。また、外側軌道面88,88及びアウタ側シール取付面24は、インナ側シール取付面29を基準として加工されているので、インナ側シール取付面29と外側軌道面88,88との同軸度も確保されている。
このため、本実施形態の車輪用軸受装置10では、密封装置12,93の耐泥水性能を確保して、長期にわたって滑らかな回転を維持することができる。
【0046】
以上説明したように、本実施形態の車輪用軸受装置10では、外輪14内周の研削加工に要する費用を大幅に低減できるので、外輪14の製造コストが低減する。この結果、密封装置の耐泥水性能を確保しつつ、安価で性能の優れた車輪用軸受装置を提供することができる。
【符号の説明】
【0047】
(本実施形態)10:車輪用軸受装置、12:密封装置(インナ)、14:外輪、16:円筒部、24:アウタ側シール取付面、27:インロー部、29:インナ側シール取付面、31:凹部、39:シールリング、40:スリンガ、47:筒状部、48:第1段部、49:第2段部、51:エンコーダ、53:砥石、54:軌道研削部、55:アウタ側取付面研削部、
(従来構造)60:砥石、61:インナ側取付面研削部、68:シュー、80:車輪用軸受装置、81:ナックル、82:外輪、83:内軸、84:フランジ部、85:ハブシャフト、86:内輪、87:ハブフランジ、88:外側軌道面、89a,89b:内側軌道面、90:玉、91:環状空間、92:密封装置(アウタ)、93:密封装置(インナ)、94:スリンガ、95:シールリング、99:シール取付面(インナ)
図1
図2
図3
図4
図5