(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、路面情報に基づいてラックシャフトに生じる軸力と、転舵モータから付与されるトルクによってラックシャフトに生じる軸力との向きにより、転舵モータに流れる電流に基づいて演算される推定軸力の演算の効率(正効率および逆効率)は異なってしまう。操舵装置に正効率と逆効率とが存在するのは、ボールねじ機構およびラックアンドピニオン機構を有する操舵装置では、操舵装置の一方側に力が加わるときの伝達効率と、操舵装置の他方側に力が加わるときの伝達効率が異なるためである。これにより、正効率のときに演算される推定軸力と逆効率のときに演算される推定軸力との間には、両推定軸力の差に起因するヒステリシスが生じてしまう。このため、路面情報を反力に反映させたとしても、ステアリングの操舵角については成り行きでしかなく、ステアリングに付与する反力によって良好な操舵フィーリングおよび良好なコントローラビリティを得られないおそれがあった。こうした課題は、ステアバイワイヤ方式の操舵装置に限らず、たとえば運転者のステアリング操作を補助する電動パワーステアリング装置であっても、運転者のステアリング操作に路面情報を伝達させて操舵フィーリングやコントローラビリティを調整するものであれば同様に生じる。
【0006】
本発明は、こうした実情を鑑みてなされたものであり、その目的は、路面情報をより的確にステアリングに伝達させることができる操舵制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成しうる操舵制御装置は、車両のステアリングに付与されるトルクを発生するアクチュエータを備える操舵装置を制御対象とし、前記アクチュエータの動作を制御する操舵制御装置において、前記ステアリングの操舵角、あるいは前記ステアリングの動作に対応して変化する転舵輪の転舵角、あるいは前記操舵角または前記転舵角に換算可能な回転軸の回転角を、当該回転角の目標値である目標回転角に一致させるように前記アクチュエータをフィードバック制御する回転角制御処理部と、前記転舵輪に対して路面から伝達される路面情報が反映される推定軸力を演算する推定軸力演算部と、前記推定軸力の特性の変化を判定する判定部と、前記推定軸力の特性の変化に基づき、その変化による影響を除去するように前記推定軸力を補償する補償部と、前記補償部により補償された前記推定軸力に基づき、前記目標回転角を演算する目標回転角演算部と、を有する。
【0008】
この構成によれば、補償部によって推定軸力が補償されることにより、路面情報を推定軸力として、より的確に反映させることができる。このため、回転角制御処理部によって推定軸力に基づいて演算される目標回転角をフィードバック制御することにより、回転角をあるべき角度である目標回転角に角度制御することができる。この角度制御を通じて、アクチュエータにより発生するトルクには路面情報が反映されている。このため、ステアリングに付与されるトルクによって、ステアリングに路面情報をより的確に伝達させることができる。ステアリングに路面情報がより的確に伝達される分、より良好な操舵フィーリングやコントローラビリティを実現できる。
【0009】
上記の操舵制御装置において、前記転舵輪と前記ステアリングとの間の動力伝達を断続可能な動力伝達装置を備える操舵装置を制御対象とする場合、前記転舵輪と前記ステアリングとの間の動力伝達が遮断された状態であって、前記アクチュエータは、前記ステアリングの操作に抗する力である反力を発生する反力アクチュエータと、前記転舵輪を転舵させる力を発生する転舵アクチュエータとを含み、前記回転角制御処理部は、前記ステアリングの操舵角あるいは前記ステアリングの操舵角に換算可能な回転軸の回転角を、前記目標回転角としての目標操舵角に一致させるように、前記反力アクチュエータをフィードバック制御し、前記目標回転角演算部は、前記補償部により補償された前記推定軸力に基づき、前記目標操舵角を演算することが好ましい。
【0010】
この構成によれば、ステアリング操作に抗する力である反力に、路面情報を推定軸力としてより的確に反映させることができる。このため、回転角制御処理部に目標操舵角がフィードバックされることにより、回転軸の回転角に基づき求められる操舵角をあるべき角度である目標操舵角に角度制御することができる。そして、ステアリングに付与される反力によって、路面情報をより的確にステアリングに伝達させることができる。
【0011】
上記の操舵制御装置において、前記転舵輪の転舵角に換算可能な回転軸の回転角に基づき演算される転舵角を、当該回転角の目標値である目標転舵角に一致させるように前記転舵アクチュエータをフィードバック制御する転舵角制御処理部を備え、前記推定軸力演算部は、前記転舵アクチュエータの実電流値に基づき、前記推定軸力を演算することが好ましい。
【0012】
この構成によれば、転舵輪とステアリングとの間の動力伝達が遮断された状態であっても、路面情報を反映した推定軸力を難なく演算することができる。
上記の操舵制御装置において、前記アクチュエータは、前記ステアリングの操作を補助する力である補助力を発生する補助力アクチュエータであって、前記回転角制御処理部は、前記転舵輪の転舵角あるいは前記転舵輪の転舵角に換算可能な回転軸の回転角を、前記目標回転角としての目標転舵角に一致させるように前記補助力アクチュエータをフィードバック制御し、前記目標回転角演算部は、前記補償部により補償された前記推定軸力に基づき、前記目標回転角としての前記目標転舵角を演算することが好ましい。
【0013】
この構成によれば、ステアリングの操作を補助する補助力に、路面情報を推定軸力としてより的確に反映させることができる。このため、回転角制御処理部に目標転舵角がフィードバックされることにより、回転軸の回転角に基づき求められる転舵角をあるべき角度である目標転舵角に角度制御することができる。そして、ステアリングに付与される補助力によって、路面情報をより的確にステアリングに伝達させることができる。
【0014】
上記の操舵制御装置において、前記推定軸力演算部は、前記補助力アクチュエータの実電流値に基づき、前記推定軸力を演算することが好ましい。
この構成によれば、補助力によってステアリングの操作を補助する場合であっても、補助力を加味して推定軸力を難なく演算することができる。
【0015】
上記の操舵制御装置において、前記判定部は、前記転舵輪から転舵シャフトに伝達される路面情報の一つである路面反力に起因する軸力の向きと前記アクチュエータが発生したトルクにより前記転舵シャフトに生じる軸力の向きとが同じときの効率である正効率のときの前記推定軸力の変化と、前記転舵輪から前記転舵シャフトに伝達される路面反力に起因する軸力の向きと前記アクチュエータが発生したトルクにより転舵シャフトに生じる軸力の向きとが逆である逆効率のときの前記推定軸力の変化とに基づいて、前記推定軸力の特性の変化として、前記正効率および前記逆効率の切替りを判定し、前記補償部は、前記推定軸力の特性の変化である前記正効率および前記逆効率の切替りによる影響を抑制するように前記推定軸力を補償することが好ましい。
【0016】
この構成によれば、正効率および逆効率の切替りによる影響を抑制するように推定軸力を補償することにより、正効率のときの推定軸力と逆効率のときの推定軸力との違いにより生じる推定軸力のヒステリシスによる影響を低減させることができ、推定軸力をより的確に演算することができる。また、ステアリングの伝達効率の変化による影響が低減された推定軸力に基づいて、ステアリングに付与されるトルクが演算される分、より良好な操舵フィーリングおよびコントローラビリティを実現できる。
【0017】
上記の操舵制御装置において、前記補償部は、前記推定軸力の特性の変化である前記正効率および前記逆効率の切替りに応じた効率補償ゲインを演算し、当該効率補償ゲインを前記推定軸力に乗算することにより、前記推定軸力を補償することが好ましい。
【0018】
この構成によれば、推定軸力に正効率および逆効率の切替りに応じた効率補償ゲインを乗算することにより、正効率のときの推定軸力と逆効率のときの推定軸力との違いにより生じる推定軸力のヒステリシスによる影響を低減させることができる。推定軸力のヒステリシスの影響が低減する分、推定軸力をより的確に演算することができる。
【0019】
上記の操舵制御装置において、前記補償部は、前記転舵輪が連結された転舵シャフトと交差した状態で噛み合う前記回転軸としてのピニオンシャフトの回転速度であるピニオン角速度と前記推定軸力とを乗算した判定値を演算し、前記判定値が正のときの前記効率補償ゲインは、前記判定値が負のときの前記効率補償ゲインよりも小さくなる関係に基づいて、前記判定値に応じた前記効率補償ゲインを演算することが好ましい。
【0020】
この構成によれば、ピニオン角速度および推定軸力に基づいて演算される判定値と、効率補償ゲインとの間の関係に基づいて、効率補償ゲインを演算できる。
上記の操舵制御装置において、前記補償部は、演算された前記効率補償ゲインに、車速に応じたゲインを乗算することにより補償後効率ゲインを演算し、当該補償後効率ゲインを前記推定軸力に乗算することにより、前記推定軸力を補償することが好ましい。
【0021】
この構成によれば、効率補償ゲインに車速に応じたゲインをさらに乗算することにより、効率補償を行った推定軸力が、路面情報によって現実に発生した実軸力から理想的に演算される推定軸力とずれることを抑制できる。
【0022】
上記の操舵制御装置において、前記補償部は、前記推定軸力から前記転舵輪の転舵に伴って発生する摩擦成分を除去することにより、前記推定軸力を補償することが好ましい。
この構成によれば、推定軸力から摩擦成分を除去することにより、ステアリングに付与されるトルクに摩擦成分が含まれることが抑制される。
【発明の効果】
【0023】
本発明の操舵制御装置によれば、路面情報をより的確にステアリングに伝達できる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
<第1の実施形態>
以下、操舵制御装置をステアバイワイヤ方式の操舵装置の制御装置に具体化した第1の実施形態について説明する。
【0026】
図1に示すように、操舵装置は、ステアリング10の操作に抗する力である反力を発生させる反力アクチュエータ20およびステアリング10の操作に応じて転舵輪30を転舵させる転舵力を発生させる転舵アクチュエータ40を有している。なお、反力アクチュエータ20および転舵アクチュエータ40は、アクチュエータの一例である。
【0027】
反力アクチュエータ20は、ステアリング10に固定されたステアリングシャフト22、反力側減速機24、反力側減速機24に連結された回転軸26aを有する反力モータ26、および反力モータ26を駆動するインバータ28を備えている。反力モータ26は、たとえば3相ブラシレスモータである。反力モータ26は、インバータ28を介してバッテリ72に接続されている。
【0028】
転舵アクチュエータ40は、第1ラックアンドピニオン機構48、第2ラックアンドピニオン機構52、転舵側モータ56、およびインバータ58を備えている。
第1ラックアンドピニオン機構48は、車体の左右方向に延びるラック軸46とラック軸46に対して所定の角度だけ交差して配置されたピニオン軸42とを備えている。ラック軸46に形成された第1ラック歯46aと、ピニオン軸42に形成されたピニオン歯42aとの噛合を介して、ピニオン軸42の回転運動がラック軸46の往復直線運動に変換される。なお、ラック軸46は、ラックハウジング44に収容されている。ラック軸46の両端には、図示しないタイロッドを介して転舵輪30が連結されている。ピニオン軸42は、クラッチ12を介してステアリングシャフト22に連結されている。クラッチ12は、ステアリングシャフト22とピニオン軸42との間の動力伝達を断続する。
【0029】
第2ラックアンドピニオン機構52は、ラック軸46とラック軸46に対して所定の角度だけ交差するピニオン軸50とを備えている。ラック軸46に形成された第2ラック歯46bとピニオン軸50に形成されたピニオン歯50aとが噛合されている。
【0030】
ピニオン軸50は、転舵側減速機54を介して、転舵側モータ56の回転軸56aに連結されている。転舵側モータ56には、インバータ58が接続されている。
ステアリング10には、スパイラルケーブル装置60が連結されている。スパイラルケーブル装置60は、ステアリング10に固定された第1ハウジング62と、車体に固定された第2ハウジング64と、第2ハウジング64の内部に固定された筒状部材66と、筒状部材66に巻き付けられるスパイラルケーブル68とを備えている。筒状部材66には、ステアリングシャフト22が挿入されている。スパイラルケーブル68は、ステアリング10に固定されたホーン70と、車体に固定されたバッテリ72などとの間を接続する電気配線である。
【0031】
制御装置80(操舵制御装置)は、反力アクチュエータ20の制御を通じて、ステアリング10の操作に応じた操舵反力を発生させる。また、制御装置80は、転舵アクチュエータ40の制御を通じて、ステアリング10の操作に応じて転舵輪30を転舵させる。制御装置80は、通常時はクラッチ12を遮断状態に維持しつつ、ステアリング10の操作に応じて転舵輪30を転舵させる制御を実行する。
【0032】
制御装置80は、操舵側センサ92によって検出される反力モータ26の回転軸26aの回転角度θs0、およびトルクセンサ94によって検出されるステアリングシャフト22に加わる操舵トルクTrqsを取り込む。また、制御装置80は、車速センサ96によって検出される車速Vを取り込む。制御装置80は、インバータ58に設けられる各スイッチング素子の動作を制御する。また、制御装置80は、電流センサ58aを介して、転舵側モータ56へ供給される電流Iを検出する。
【0033】
また、制御装置80は、中央処理装置(CPU82)およびメモリ84を備えている。CPU82はメモリ84に記憶されたプログラムを実行することにより、反力アクチュエータ20および転舵アクチュエータ40の操作を制御する。
【0034】
つぎに、制御装置80の機能的な構成を、
図2を参照しつつ説明する。
図2は、メモリ84に記憶されたプログラムをCPU82が実行することで実現される処理の一部を、機能ブロックとして表したものである。
【0035】
図2に示すように、積算処理部M2は、操舵側センサ92によって検出された回転角度θs0と転舵側センサ90によって検出された回転角度θt0とを、0〜360度の角度領域の相対角から0〜360度よりも広い角度領域の絶対角に変換することで、回転角度θs,θtとする。たとえば、回転角度θs0,θt0が、ステアリング10が車両を直進させる中立位置から1回転操作されたときの角度である場合、その角度に360度加算または減算した角度を回転角度θs,θtとする。また、たとえばステアリング10が車両を直進させる中立位置から右側または左側に最大限回転操作される場合、回転軸26aは複数回回転する。したがって、積算処理部M2では、たとえばステアリング10が中立位置にある状態から左または右へ操作されることにより、回転軸26aが所定の方向に2回転する場合、出力値(回転角度θs0,θt0)を720度とする。なお、積算処理部M2は、中立位置における回転角度θs0,θt0はゼロである。
【0036】
計量単位設定処理部M4は、積算処理部M2による処理が施された操舵側センサ92の出力値である回転角度θsに換算係数Ksを乗算して操舵角θhを算出し、積算処理部M2による処理が施された転舵側センサ90の出力値である回転角度θtに換算係数Ktを乗算して、転舵角θpを算出する。ここで、換算係数Ksは、反力側減速機24と反力モータ26の回転軸26aとの回転速度比に応じて定められており、これにより、ステアリング10が中立位置にあるときの回転軸26aの位置を基準とする回転軸26aの回転角度θsの変化量をステアリング10の回転角である回転角度θsに変換する。このため、操舵角θhは、中立位置を基準とするステアリング10の回転角度となる。また、換算係数Ktは、転舵側減速機54と転舵側モータ56の回転軸56aとの回転速度比、およびピニオン軸50とピニオン軸42との回転速度比の積である。換算係数Ksおよび換算係数Ktを用いることにより、回転軸56aの回転量である回転角度θtは、クラッチ12が連結されているときのステアリング10の回転量である回転角度θsに変換することができる。
【0037】
なお、回転角度θs,θt、操舵角θh、および転舵角θpは、回転軸26a,56aが所定方向へ向けて回転する場合に正の値、逆方向へ向けて回転する場合に負の値となる。たとえば、積算処理部M2は、ステアリング10が中立位置にある状態から、左または右方向へ操作されることにより、回転軸26aが所定方向とは逆回転する場合に、出力値を負の値とする。ただし、これは、制御系のロジックの一例に過ぎない。
【0038】
反力トルク設定処理部M6は、操舵トルクTrqsに基づき、反力トルクTrqa*を設定する。反力トルクTrqa*は、操舵トルクTrqsが大きいほど大きい値に設定される。加算処理部M8は、反力トルクTrqa*に操舵トルクTrqsを加算することにより、加算値を算出する。
【0039】
反力設定処理部M10は、電流Iに基づき、ステアリング10の回転に抗する力である反力Firを設定する。
減算処理部M12は、加算処理部M8により算出される加算値から、反力設定処理部M10により算出される反力Firを減算することにより、減算値Δを算出する。
【0040】
目標操舵角算出処理部M20は、減算処理部M12により算出される減算値Δに基づき、目標操舵角θh*を設定する。なお、減算値Δと、目標操舵角θh*との間には、以下の式(1)に示される関係がある。目標操舵角算出処理部M20は、式(1)に示されるモデル式を用いて、目標操舵角θh*を演算する。なお、「’」は時間に対する微分項である旨を意味している。
【0041】
Δ=C・θh*’+J・θh*’’ …(1)
上記の式(1)にて表現されるモデルは、ステアリング10と転舵輪30とが機械的に連結されたものにおいて、ステアリング10の回転に伴って回転する回転軸のトルク(減算値Δ)と回転角度(目標操舵角θh*)との関係を定めるモデルである。上記の式(1)において、粘性係数Cは、操舵装置の摩擦等をモデル化したものである。また、慣性係数Jは、操舵装置の慣性をモデル化したものである。ここで、粘性係数Cおよび慣性係数Jは、車速Vに応じて可変である。
【0042】
操舵角フィードバック処理部M22は、操舵角θhを目標操舵角θh*にフィードバック制御するための操作量として、反力モータ26が生成する反力トルクの目標値である目標反力トルクTrqr*を設定する。具体的には、操舵角フィードバック処理部M22は、目標操舵角θh*から操舵角θhを減算した値を入力とする比例要素、積分要素、および微分要素(すなわち、PID)のそれぞれの出力値の和を、目標反力トルクTrqr*として算出する。
【0043】
操作信号生成処理部M24は、目標反力トルクTrqr*に基づき、インバータ28の操作信号MSsを生成する。たとえば、操作信号生成処理部M24は、目標反力トルクTrqr*に基づきq軸電流の指令値を設定し、dq軸の電流を指令値にフィードバック制御するための操作量としてdq軸の電圧指令値を設定する周知の電流フィードバック制御にて操作信号MSsを演算することができる。なお、d軸電流はゼロに制御してもよいが、反力モータ26の回転速度が大きい場合には、d軸電流の絶対値をゼロより大きい値に設定し、弱め界磁制御を実行してもよい。もっとも、低回転速度領域においてd軸電流の絶対値をゼロよりも大きい値に設定することも可能である。なお、反力トルク設定処理部M6、加算処理部M8、反力設定処理部M10、減算処理部M12、目標操舵角算出処理部M20、操舵角フィードバック処理部M22、および操作信号生成処理部M24は反力処理部(トルク処理部)の一例であり、特に、操舵角フィードバック処理部M22および操作信号生成処理部M24は操舵角制御処理部(回転角制御処理部)の一例である。また、目標操舵角算出処理部M20は、目標回転角演算部の一例である。
【0044】
操舵角転舵角変換部M26は、目標操舵角θh*に基づき、操舵角θhと転舵角θpとの比である舵角比に基づいて、目標転舵角θp*を算出する。
転舵角フィードバック処理部M28は、転舵角θpを目標転舵角θp*にフィードバック制御するための操作量として、転舵側モータ56が生成する目標転舵トルクTrqt*を設定する。具体的には、転舵角フィードバック処理部M28は、目標転舵角θp*から転舵角θpを減算した値を入力とする比例要素、積分要素、および微分要素のそれぞれの出力値の和を、目標転舵トルクTrqt*として算出する。
【0045】
操作信号生成処理部M30は、目標転舵トルクTrqt*に基づき、インバータ58の操作信号MStを生成する。操作信号生成処理部M30による操作信号MStの生成処理は、操作信号生成処理部M24による操作信号MSsの生成処理と同様に行うことができる。なお、転舵角フィードバック処理部M28および操作信号生成処理部M30は、転舵角制御処理部(回転角制御処理部)の一例である。
【0046】
つぎに、反力設定処理部M10について詳しく説明する。
反力設定処理部M10は、軸力配分演算部M10aと、理想軸力Fibを演算する理想軸力演算部M10bと、推定軸力Ferを演算する推定軸力演算部M10cとを備えている。
【0047】
理想軸力演算部M10bは、転舵輪30に作用する軸力の理想値である理想軸力Fibを演算する。理想軸力演算部M10bは、目標転舵角θp*に基づき、理想軸力Fibを演算する。たとえば、目標転舵角θp*の絶対値が大きくなるにつれて、理想軸力Fibの絶対値が大きくなるように、理想軸力Fibが設定されている。
【0048】
推定軸力演算部M10cは、転舵輪30に作用する軸力の推定値である推定軸力Fer(路面軸力)を演算する。推定軸力演算部M10cは、転舵側モータ56の実電流値である電流I、角速度ωh、および車速Vに基づき、推定軸力Ferを演算する。角速度ωhは、たとえば操舵角θhを微分することにより求められる。
【0049】
軸力配分演算部M10aは、転舵輪30に対して路面から加えられる軸力が反力Firに反映されるように、理想軸力Fibおよび推定軸力Ferを所定の割合で配分した反力Firを演算する。なお、転舵輪30に対して加えられる軸力は、転舵輪30に対して路面から伝達される路面情報である。
【0050】
軸力配分演算部M10aは、ゲイン演算部M10aaと、乗算処理部M10abと、乗算処理部M10acと、加算処理部M10adとを備えている。ゲイン演算部M10aaは、理想軸力Fibと推定軸力Ferとを配分するためのそれぞれの配分割合である配分ゲインGibおよび配分ゲインGerを演算する。ゲイン演算部M10aaは、取り込まれる車速Vに基づいて、配分ゲインGib,Gerを演算する。配分ゲインGibは、車速Vが基準速度より大きい場合に車速Vの増大に伴い漸減し、やがて車速Vに関わらず下限値で一定となる。また、配分ゲインGibは、車速Vが基準速度よりも小さい場合、車速Vに関わらず上限値で一定となる。配分ゲインGerは、車速Vが基準速度より大きい場合に車速Vの増大に伴い漸増し、やがて車速Vに関わらず上限値で一定となる。また、配分ゲインGerは、車速Vが基準速度よりも小さい場合、車速Vに関わらず下限値で一定となる。
【0051】
そして、乗算処理部M10abは、理想軸力演算部M10bの出力値である理想軸力Fibに配分ゲインGibを乗算する。また、乗算処理部M10acは、推定軸力演算部M10cの出力値である推定軸力Ferに配分ゲインGerを乗算する。加算処理部M10adは、理想軸力Fibに配分ゲインGibを乗算したものと、推定軸力Ferに配分ゲインGerを乗算したものとを加算することにより、反力Firを演算する。理想軸力Fibは、反力Firにおける路面情報が反映されない理想成分である。推定軸力Ferは、反力Firにおける路面情報が反映された路面成分である。
【0052】
つぎに、推定軸力演算部M10cについて詳しく説明する。
図3に示すように、推定軸力演算部M10cは、初期推定軸力演算部M100、ローパスフィルタM102,M104,M120、乗算処理部M106、摩擦補償量演算部M108、上下限ガード処理部M110、減算処理部M112、効率補償ゲイン演算部M114、効率補償ゲイン補償部M116、および乗算処理部M118を有している。
【0053】
初期推定軸力演算部M100は、転舵側モータ56の実電流値である電流Iを取得し、この電流Iにより算出されるq軸の電流Iqに基づき、初期推定軸力Feiを演算する。q軸の電流Iqの演算は、転舵側モータ56の回転角度θt0に基づき、回転座標系であるdq軸の座標系への変換処理によって実現することができる。そして、初期推定軸力演算部M100は、q軸の電流Iqに所定の係数Kを乗算することによって初期推定軸力Feiを演算する。
【0054】
ここで、所定の係数Kは、転舵側減速機54のギア比、ピニオン軸42のトルクとラック軸46の軸力との比、およびトルク定数などに基づき設定されるものである。転舵側モータ56によってラック軸46に加えられる軸力と、転舵輪30に対して路面から加えられる軸力とがつりあいの関係とみなせる場合、q軸の電流Iqに基づき、転舵輪30に対して路面から加えられる軸力を推定軸力Ferとして推定することができる。この推定軸力Ferは、少なくとも路面情報が反映された成分である。
【0055】
ローパスフィルタM102(LPF)は、初期推定軸力演算部M100の出力値である初期推定軸力Feiをローパスフィルタ処理した値であるフィルタ処理後の初期推定軸力Fei’を演算する。
【0056】
ローパスフィルタM104は、角速度ωhをローパスフィルタ処理した値であるフィルタ処理後の角速度ωh’を演算する。なお、角速度ωhは、たとえばピニオン軸42の回転速度である。
【0057】
乗算処理部M106は、ローパスフィルタM102により演算された初期推定軸力Fei’と、ローパスフィルタM104により演算された角速度ωh’とを乗算することにより、ヒステリシス切替り判定値Vdhを演算する。
【0058】
摩擦補償量演算部M108は、ローパスフィルタM102により演算される初期推定軸力Fei’および車速Vに基づいて、摩擦補償量Ffを演算する。摩擦補償量演算部M108は、摩擦補償量Ff、初期推定軸力Fei’、および車速Vの関係を定めた3次元マップを備えており、初期推定軸力Fei’および車速Vを入力として、摩擦補償量Ffをマップ演算する。摩擦補償量演算部M108は、入力される初期推定軸力Fei’が大きいほど、また車速Vが小さいほど、より大きな絶対値を有する摩擦補償量Ffを演算する。車速Vが大きいほど、初期推定軸力Fei’の変化に対する摩擦補償量Ffの変化の割合は小さくなる。なお、初期推定軸力Fei’が「0」近傍のとき、すなわち摩擦補償量Ff(初期推定軸力Fei’)の正負の符号が切り替わる部分の近傍では、初期推定軸力Fei’の変化に対する摩擦補償量Ffの変化はより緩やかである(徐々に変化する)。
【0059】
図4に示すように、車速Vが設定値に達するまでは摩擦補償量Ffはほとんど変化しないが、車速Vが設定値を超えた以降は、車速Vが大きくなるにつれて摩擦補償量Ffは、より小さな値となる。
【0060】
上下限ガード処理部M110は、予め記憶された、摩擦補償量Ffに対する上限値および下限値に基づいて、摩擦補償量Ffを補償する。すなわち、摩擦補償量Ffが上限値よりも大きい場合、摩擦補償量Ffが上限値を超えないように、たとえば摩擦補償量Ffは上限値に設定される。また、摩擦補償量Ffが下限値よりも小さい場合、摩擦補償量Ffが下限値を下回らないように、たとえば摩擦補償量Ffは下限値に設定される。なお、上限値および下限値は、車速Vなどの各種の変数に応じて可変であってもよい。そして、上下限ガード処理部M110は、上限値および下限値に基づいて補償された摩擦補償量Ff’を演算する。
【0061】
減算処理部M112は、初期推定軸力演算部M100により演算された初期推定軸力Feiから、上下限ガード処理部M110により演算された摩擦補償量Ff’を減算した値である摩擦補償後推定軸力Fefを演算する。
【0062】
効率補償ゲイン演算部M114は、乗算処理部M106により演算されたヒステリシス切替り判定値Vdhおよび車速Vに基づいて、効率補償ゲインFeを演算する。効率とは、転舵側モータ56に流れる電流に基づいて演算される推定軸力Ferを演算できる度合い(比率)である。正効率および逆効率は、路面情報に基づいてラック軸46に現実に生じる軸力(実軸力)の向きと、転舵側モータ56からラック軸46に付与されるトルクによってラック軸46に生じる軸力の向きとにより定義される。効率補償ゲイン演算部M114は、効率補償ゲインFe、ヒステリシス切替り判定値Vdh、および車速Vの関係を定めた3次元マップを備えており、ヒステリシス切替り判定値Vdhおよび車速Vを入力として、効率補償ゲインFeを演算する。効率補償ゲイン演算部M114は、入力されるヒステリシス切替り判定値Vdhの絶対値が大きいほど、また車速Vが大きい程、より小さな絶対値を有する効率補償ゲインFeを演算する。なお、ヒステリシス切替り判定値Vdhが正のときの効率補償ゲインFeは、ヒステリシス切替り判定値Vdhが負のときの効率補償ゲインFeよりも小さい値である。なお、効率補償ゲインFeは、ヒステリシス切替り判定値Vdhの値によらずに常に正であり、車速Vが大きくなるにつれて小さくなる。また、ヒステリシス切替り判定値Vdhが「0」近傍のとき、すなわちヒステリシス切替り判定値Vdhの正負が切り替わる部分の近傍では、ヒステリシス切替り判定値Vdhの変化に対する効率補償ゲインFeの変化は緩やかである(徐々に変化する)。
【0063】
効率補償ゲイン補償部M116は、効率補償ゲイン演算部M114により演算された効率補償ゲインFeを車速Vに応じて補償することにより、補償後効率補償ゲインFe’を演算する。これは、効率補償ゲインFeを補償しなければ、初期推定軸力Feiに摩擦補償および効率補償を行ったとしても、ラック軸46の実軸力と推定軸力Ferとが1対1に対応しない場合があるためである。一例として、
図5に効率補償ゲイン補償部M116が設けられず、効率補償ゲインFeを補償しなかった場合の推定軸力Ferを、破線で示す。なお、実線は、ラック軸46の実軸力に対応して、理想的に路面情報を反映した推定軸力を表している。
図5のグラフに示される効率補償ゲイン補償部M116によって効率補償ゲインFeを補償しない場合の推定軸力は、理想的な推定軸力に対して小さい絶対値を有する分、ずれてしまう。このため、効率補償ゲイン補償部M116は、
図6に示すように、たとえば効率補償ゲインFeにゲインGを乗算することにより、効率補償ゲインFeを補償する。なお、ゲインGは車速Vが「0」を起点として大きくなるにつれて減少したのち(中速域で最小)、今度は車速Vが大きくなるにつれて(高速域)、増加する。また、たとえばゲインGは車速Vの全領域で1より大きい値である。
【0064】
乗算処理部M118は、減算処理部M112により演算された摩擦補償後推定軸力Fefと、効率補償ゲイン補償部M116により演算された補償後効率補償ゲインFe’とを乗算した値である効率補償後推定軸力Fer’を演算する。
【0065】
ローパスフィルタM120は、乗算処理部M118により演算された効率補償後推定軸力Fer’をローパスフィルタ処理した値であるフィルタ処理後の推定軸力Fer(効率補償後推定軸力)を演算する。そして、ローパスフィルタM120により演算された推定軸力Ferは、軸力配分演算部M10aに出力される。
【0066】
なお、ローパスフィルタM102,M104、乗算処理部M106、摩擦補償量演算部M108、上下限ガード処理部M110、効率補償ゲイン演算部M114、および効率補償ゲイン補償部M116は判定部(特性変化判定部)の一例である。また、減算処理部M112および乗算処理部M118は、補償部(推定軸力補償部)の一例である。また、初期推定軸力演算部M100は、推定軸力演算部の一例である。
【0067】
以上に説明した本実施形態によれば、以下に示す作用および効果を奏する。
(1)効率補償ゲイン演算部M114により演算される効率補償ゲインFeを用いて、推定軸力Fer(効率補償後推定軸力Fer’)を演算する効率補償を行うことにより、必要な路面情報をより的確に推定軸力Ferに反映させることができる。
【0068】
比較例として、
図7および
図8を用いて効率補償を行わなかった場合の推定軸力、およびラック軸46の実軸力に対して理想的な推定軸力を説明する。なお、
図7および
図8では、効率補償を行った場合の推定軸力Ferの時間変化を実線で示し、ラック軸46の実軸力に対する理想的な推定軸力の時間変化を破線で示し、1点鎖線に効率補償を行っていない場合の推定軸力の時間変化を一点鎖線で示す。
【0069】
ラック軸46に作用する実軸力に対して理想的に演算される推定軸力は、ラック軸46に作用する実軸力に対して1対1に対応する。このため、
図8に破線で示すように、理想的に演算される推定軸力は、実軸力と同じ値を示す(推定軸力の実軸力に対する傾きは1である)。
【0070】
これに対し、1点鎖線で示される効率補償を行っていない場合の推定軸力は、破線で示される理想的に演算される推定軸力とずれている。このずれは、正効率のときの推定軸力と逆効率のときの推定軸力とが異なるために生じる。このため、
図8に1点鎖線で示すように、効率補償を行っていない場合の推定軸力には、正効率と逆効率によるヒステリシスが生じてしまう。なお、正効率は、たとえば転舵側モータ56の回転に伴うラック軸46の移動方向と実軸力の方向が一致しているときの効率である。逆効率は、たとえば転舵側モータ56の回転に伴うラック軸46の移動方向と実軸力の方向が反対のときの効率である。すなわち、正効率と逆効率によるヒステリシスは、転舵側モータ56の実電流値に基づいた電流Iqによって初期推定軸力Feiを演算するために生じる。
図8に示す正効率と逆効率のヒステリシスの影響によって、効率補償を行っていない場合の推定軸力では、推定軸力が最大になる点でわずかな時間の間に急激に推定軸力が変動してしまうことにより、操舵フィーリングおよびコントローラビリティ(車両をどれだけ意のままに操作できるかという操作性の指標)が悪化してしまう。推定軸力が反映された反力Firに基づいて演算される目標操舵角θh*が変動することにより、フィードバック制御により目標操舵角θh*に追従する操舵角θhも変動してしまう。これにより、ステアリング10に適切な操舵反力を付与できない分、推定軸力の中心位置がわかりにくくなり、コントローラビリティが悪化してしまう。また、本来よりも大きいまたは小さい推定軸力が演算されてしまうと、路面情報が目標操舵角θh*に的確に反映されなくなってしまう。
【0071】
この点、本実施形態では、効率補償を行うことにより、
図8に実線で示される効率補償を行った場合の推定軸力Ferは、破線で示される理想的に演算される推定軸力とほとんど一致する。すなわち、転舵輪30を介して路面から得られる路面情報を的確に反映した推定軸力Ferを演算することができるため、推定軸力Ferが反映された反力Firに基づいて演算される目標操舵角θh*もより的確に演算することができ、その目標操舵角θh*に基づいて操舵角θhをあるべき角度にフィードバック制御することができる。このため、ステアリング10に付与する反力によって、より的確な路面情報をステアリング10に伝達することができ、運転者はより的確に路面情報を把握することができる。また、路面情報を的確に反映した推定軸力Ferを演算できる分、コントローラビリティおよび操舵フィーリングをより向上させることができる。
【0072】
(2)転舵側モータ56の実電流値に基づいた電流Iqによって演算される初期推定軸力Feiは、正効率と逆効率とで異なる。このため、転舵輪30を介して路面から得られる路面情報を正確に反映した推定軸力Ferを演算するには、各効率(正効率および逆効率)に応じた効率補償ゲインFeを乗算する必要がある。しかし、各効率のときの初期推定軸力Feiは、車速Vが大きくなるにつれてその影響が小さくなる(推定軸力Fer自体も小さくなる)。このため、効率補償ゲイン演算部M114は、車速Vに応じた可変な効率補償ゲインFeを演算することにより、より路面情報を的確に反映した推定軸力Ferを演算することができる。また、車速Vが変化したときであっても、より的確な効率補償ゲインFeを得られる。
【0073】
図9に示すように、時間とともに2点鎖線で示される車速Vが変化した(ここでは、車速Vが大きくなった)ときであっても、1点鎖線で示される効率補償を行っていない場合の推定軸力は、破線で示される理想的に演算される推定軸力とずれるのに対し、実線で示される効率補償を行った場合の推定軸力Ferは、理想的に演算される推定軸力とほとんど一致する。このため、路面情報を的確に反映した推定軸力Ferを演算できる。
【0074】
(3)転舵側モータ56は、車両の外部で発生する外力(逆入力)に加えて、ラック軸46、サスペンション、転舵側モータ56自身などに起因する摩擦成分に打ち勝って転舵輪30を転舵させる。このため、転舵側モータ56の実電流値に基づいた電流Iqによって演算される初期推定軸力Feiは、摩擦成分を含んだ状態で演算されることとなる。この摩擦成分は、車速Vが大きくなるにつれて、その影響が小さくなる特性を有している。このため、摩擦補償量演算部M108が、車速Vに対して可変な摩擦補償量Ffを演算することにより、より路面情報を的確に反映した推定軸力Ferを演算できる。
【0075】
(4)
図5に示すように、破線で示される効率補償ゲインFeを用いて補償された推定軸力であっても、実線で示される理想的に演算された推定軸力と異なる傾きを有することがある。このため、効率補償ゲイン補償部M116は、効率補償ゲインFeを車速Vに応じて補償することにより、より路面情報を的確に反映させるための効率補償ゲインFe’を演算する。この効率補償ゲインFe’を用いて演算された推定軸力は、
図5における実線で示される理想的に演算された推定軸力とほとんど同じ傾きを有する。
【0076】
(5)効率補償ゲイン演算部M114および摩擦補償量演算部M108は、ヒステリシス切替り判定値Vdhおよび初期推定軸力Fei’の正負の符号が切り替わる部分の近傍で、効率補償ゲインFeおよび摩擦補償量Ffが徐々に変化するマップを用いて、効率補償ゲインFeおよび摩擦補償量Ffを演算する。これによって、ヒステリシス切替り判定値Vdhおよび初期推定軸力Fei’、すなわち初期推定軸力Feiにわずかにノイズが乗ることにより、正負の符号が切り替わってしまった場合であっても、演算される効率補償ゲインFeおよび摩擦補償量Ffが大きく変動することを抑制できる。
【0077】
(6)推定軸力Ferの基礎成分である初期推定軸力Feiは、転舵側モータ56の実電流値に基づいた電流Iqによって演算されるため、軸力センサを設けることなく、初期推定軸力Feiを検出することができる。すなわち、路面情報を検出するための構成に、軸力センサを用いる必要がなく、操舵装置の構成要素をより少なくできる。
【0078】
(7)推定軸力Ferは転舵側モータ56の実電流値に基づいた電流Iqによって演算されるため、通常時にクラッチ12を遮断状態に維持するステアバイワイヤシステムであっても、路面情報を反映した推定軸力Ferを算出することができる。
【0079】
<第2の実施形態>
以下、操舵制御装置をEPSの制御装置に具体化した第2の実施形態について、第1の実施形態との相違点を中心に説明する。なお、
図1に示した第1の実施形態の同様の構成については、便宜上、同一の符号を付している。
【0080】
図10に示すように、本実施形態の操舵装置は、第1の実施形態の操舵装置と比較すると、クラッチ12および反力アクチュエータ20を備えておらず、ステアリング10がステアリングシャフト100に固定されている。このため、ステアリング10およびステアリングシャフト100の回転に応じて、ラック軸46が軸方向に往復移動する。なお、ステアリングシャフト100は、ステアリング10側から順に、コラム軸102、中間軸104、およびピニオン軸106を連結することにより構成されている。
【0081】
ラック軸46とピニオン軸106とは、所定の交差角をもって配置されている。また、ラック軸46に形成された第1ラック歯46aとピニオン軸106に形成されたピニオン歯106aとが噛合することによって、第1ラックアンドピニオン機構48が構成されている。そして、ステアリング10の操作に伴うステアリングシャフト100の回転運動が第1ラックアンドピニオン機構48によりラック軸46の軸方向の往復直線運動に変換されることで、転舵輪30の転舵角、すなわち車両の進行方向が変更される。
【0082】
制御装置80は、ステアリング10の操作を補助する力を発生する転舵アクチュエータ40をステアリング10の操作に応じて制御する。なお、トルクセンサ94は、ステアリングシャフト100のうちのピニオン軸106に加わる操舵トルクTrqsを検出する。転舵アクチュエータ40は、補助力アクチュエータ(アクチュエータ)の一例である。
【0083】
つぎに制御装置80の機能的な構成を、
図11を参照しつつ説明する。なお、
図11において
図2に示したブロックに対応するブロックについては、便宜上、同一の符号を付している。
【0084】
積算処理部M2は、転舵側センサ90によって検出された回転角度θt0を、0〜360度よりも広い角度領域の数値に変換して回転角度θtとする。また、計量単位設定処理部M4は、積算処理部M2による処理が施された転舵側センサ90の出力値に換算係数Ktを乗算することにより、転舵角θpを演算する。なお、換算係数Ktは、転舵側減速機54と転舵側モータ56の回転軸56aとの回転速度比、およびピニオン軸50とピニオン軸106との間の回転速度比の積となっている。
【0085】
アシストトルク設定処理部M40は、車速Vと操舵トルクTrqsとに基づき、アシストトルクTrqb*を設定する。アシストトルクTrqb*は、操舵トルクTrqsが大きいほど大きい値に設定される。また、アシストトルクTrqb*は、車速Vが大きくなるほど小さい値に設定される。また、アシストトルクTrqb*は、車速Vが大きくなるほど、操舵トルクTrqsに対する変化の勾配であるアシスト勾配が小さくなるように設定されている。加算処理部M42は、アシストトルクTrqb*に操舵トルクTrqsを加算する。
【0086】
反力設定処理部M44は、ステアリング10の回転に抗する力である反力Firを設定する。
偏差算出処理部M46は、加算処理部M42の出力から反力Firを減算した値を出力する。
【0087】
目標転舵角算出処理部M48は、偏差算出処理部M46により算出される減算値Δに基づき、目標転舵角θp*を設定する。なお、減算値Δと、目標転舵角θp*との間には、以下の式(2)に示される関係がある。目標転舵角算出処理部M48は、式(2)に示されるモデル式を用いて、目標転舵角θp*を演算する。なお、「’」は時間に対する微分項である旨を意味している。
【0088】
Δ=C・θp*’+J・θp*’’ …(2)
上記の式(2)で表現されるモデルは、ステアリング10の回転に伴って回転する回転軸のトルク(減算値Δ)と回転角度(目標転舵角θp*)との関係を定めるモデルである。上記の式(2)において、粘性係数Cおよび慣性係数Jは、式(1)と同様のものである。
【0089】
転舵角フィードバック処理部M50は、転舵角θpを目標転舵角θp*にフィードバック制御するための操作量として、転舵側モータ56が生成する目標転舵トルクTrqt*を設定する。具体的には、転舵角フィードバック処理部M50は、目標転舵角θp*から転舵角θpを減算した値を入力とする比例要素、積分要素、および微分要素のそれぞれの出力値の和を、目標転舵トルクTrqt*として算出する。加算処理部M52は、加算処理部M42の出力値(アシストトルクTrqb*に操舵トルクTrqsを加算した値)に目標転舵トルクTrqt*を加算する。なお、転舵角フィードバック処理部M50は、転舵角制御処理部(回転角制御処理部)の一例である。
【0090】
操作信号生成処理部M54は、加算処理部M42の出力値に基づき、インバータ58の操作信号MStを生成してインバータ58に出力する。たとえば、操作信号生成処理部M54は、加算処理部M52の出力値である、アシストトルクTrqb*、操舵トルクTrqs、および目標転舵トルクTrqt*をそれぞれ加算した値に基づきq軸電流の指令値を設定し、dq軸の電流を指令値にフィードバック制御するための操作量としてdq軸の電圧指令値を設定する周知の電流フィードバック制御にて操作信号MStを演算することができる。なお、アシストトルク設定処理部M40、加算処理部M42、反力設定処理部M44、偏差算出処理部M46、目標転舵角算出処理部M48、転舵角フィードバック処理部M50、加算処理部M52、および操作信号生成処理部M54は、補助力処理部の一例である。また、特に転舵角フィードバック処理部M50、加算処理部M52、および操作信号生成処理部M54は、転舵角制御処理部の一例である。
【0091】
反力設定処理部M44は、軸力配分演算部M10a、理想軸力演算部M10b、および推定軸力演算部M10cを備えている。軸力配分演算部M10aは、転舵輪30に対して路面から加えられる軸力(路面情報)が反映されるように、反力Firを設定するための演算を実行する。理想軸力演算部M10bは、目標転舵角θp*に基づいて、反力Firの成分のうち、理想軸力Fibを算出する。推定軸力演算部M10cは、反力Firの成分のうち、推定軸力Ferを算出する。
【0092】
そして、軸力配分演算部M10aは、乗算処理部M10abにより、理想軸力演算部M10bの出力値に配分ゲインGibを乗算する。軸力配分演算部M10aは、乗算処理部M10acにより、推定軸力演算部M10cの出力値に配分ゲインGerを乗算する。軸力配分演算部M10aは、加算処理部M10adにおいて、理想軸力Fibに配分ゲインGibを乗算したものと、推定軸力Ferに配分ゲインGerを乗算したものとを加算することにより、反力Firを算出して出力する。
【0093】
なお、推定軸力演算部M10cの各構成要素は、
図3に示すものと同じである。
以上に説明した本実施形態によれば、上記の第1の実施形態の(3)〜(6)の作用および効果に加えて、以下に示す作用および効果を奏する。
【0094】
(8)効率補償を行うことにより、推定軸力Ferは理想的に演算される推定軸力とほとんど一致するため、推定軸力Ferが反映された反力Firに基づいて演算される目標転舵角θp*はより的確に演算される。このため、目標転舵角θp*は、転舵角フィードバック処理部M50によってフィードバック制御されることにより、転舵角θpをあるべき角度に角度制御することができる。これにより、ステアリング10の操作を補助する補助力を付与する場合であっても、より的確にステアリング10に路面情報を伝達させることができ、コントローラビリティおよび操舵フィーリングの悪化が抑制される。
【0095】
(9)推定軸力Ferは、転舵側モータ56の実電流値に基づいた電流Iqによって演算されるため、ステアリング10の操作を補助する場合であっても、補助力の影響まで加味して推定軸力を容易に演算することができる。
【0096】
なお、各実施形態は次のように変更してもよい。以下の他の実施形態は、技術的に矛盾しない範囲において、互いに組み合わせることができる。
・各実施形態において、各配分ゲインGib,Gerについて、車速Vとの関係は変更可能である。たとえば、配分ゲインGibは、車速Vが大きいほど小さい値となるものであってもよい。また、配分ゲインGerは、車速Vが大きいほど大きい値となるものであってもよい。すなわち、車両の仕様や使用環境等に応じて、各配分ゲインGib,Gerについて、車速Vとの関係を設定することができる。
【0097】
・第1の実施形態において、理想軸力Fibは、目標操舵角θh*、操舵トルクTrqs、および車速V等、目標転舵角θp*以外のパラメータに基づき算出される等、他の方法で演算されるようにしてもよい。第2の実施形態についても同様である。
【0098】
・第1の実施形態において、推定軸力Ferは、ヨーレートや車速の変化に基づき演算される等、他の方法で推定演算されるようにしてもよい。第2の実施形態についても同様である。
【0099】
・各実施形態では、目標操舵角算出処理部M20や目標転舵角算出処理部M48において、サスペンションやホールアライメント等の仕様によって決定されるばね定数を用いた、いわゆるばね項を追加してモデル化したモデル式を用いるようにしてもよい。
【0100】
・第1の実施形態では、操舵角フィードバック処理部M22において、目標操舵角θh*から操舵角θhを減算した値を入力として、比例要素、積分要素、および微分要素のそれぞれの出力値の和によって、反力アクチュエータ20の操作量(目標反力トルクTrqr*)を算出したが、これに限らない。たとえば、操舵角フィードバック処理部M22において、目標操舵角θh*から操舵角θhを減算した値を入力として、比例要素および微分要素の各出力値の和や、比例要素のみによって、目標反力トルクTrqr*を算出するものであってもよい。また、各実施形態では、転舵角フィードバック処理部M28,M50において、目標転舵角θp*から転舵角θpを減算した値を入力とする比例要素および微分要素の各出力値の和や、比例要素のみによって、転舵アクチュエータ40の操作量(目標転舵トルクTrqt*)を算出するものであってもよい。
【0101】
・第2の実施形態では、加算処理部M42が設けられたが、加算処理部M42は省いてもよい。この場合、偏差算出処理部M46や加算処理部M52において用いられる値は、アシストトルクTrqb*のみであればよい。
【0102】
・第2の実施形態では、推定軸力Ferの算出に操舵トルクTrqsを考慮しなかったが、考慮するようにしてもよい。すなわち、推定軸力Ferは、q軸の電流Iqに基づき演算される転舵側モータ56によってラック軸46に加えられる軸力と、操舵トルクTrqsとを加算して得られるようにしてもよい。この場合、操舵トルクTrqsを考慮する分、推定軸力Ferをより精度よく算出することができる。
【0103】
・各実施形態において、推定軸力Ferは、q軸の電流Iqに基づき演算されるものに限らない。転舵輪30に加えられる軸力を、たとえば軸力を検出できる圧力センサ等を用いて直接的に検出して、その検出結果を推定軸力Ferとして用いるようにしてもよい。
【0104】
・各実施形態において、推定軸力演算部M10cでは、効率補償に加えて、摩擦補償も行われたが、これに限らない。たとえば、推定軸力演算部M10cでは、効率補償のみを行ってもよい。
【0105】
・各実施形態では、効率補償ゲイン演算部M114では、効率補償ゲインFe(補償後効率補償ゲインFe’)を乗算することにより、摩擦補償後推定軸力Fer’(推定軸力)を補償したが、これに限らない。たとえば、摩擦補償後推定軸力Fer’への効率補償ゲインFeの乗算に代わり、予め定められたオフセット値を摩擦補償後推定軸力Fer’に加算するオフセット補正(シフト補正)を行うようにしてもよい。
【0106】
・第1の実施形態では、操舵角フィードバック処理部M22は、操舵角θhを目標操舵角θh*に近付けるようにフィードバック制御し、転舵角フィードバック処理部M28は、転舵角θpを目標転舵角θp*に近付けるようにフィードバック制御したが、これに限らない。また、第2の実施形態では、転舵角フィードバック処理部M50は転舵角θpを目標転舵角θp*に近付けるようにフィードバック制御したが、これに限らない。すなわち、操舵角フィードバック処理部M22、転舵角フィードバック処理部M28、および転舵角フィードバック処理部M50は、操舵角θhあるいは転舵角θpに代えて、それぞれ操舵角θhあるいは転舵角θpに換算可能な回転軸の回転角に基づいて、フィードバック制御してもよい。なお、操舵角θhあるいは転舵角θpは、それぞれ操舵角θhあるいは転舵角θpに換算可能な回転軸の回転角から算出してもよい。
【0107】
・各実施形態において、軸力配分演算部M10aが設けられたが、これに限らない。この場合、たとえば理想軸力演算部M10bを設けず、推定軸力演算部M10cのみによってステアリング10に付与される反力Firが演算される。
【0108】
・各実施形態において、操舵装置に反力アクチュエータ20および転舵アクチュエータ40が設けられたが、ステアリング10またはステアリング10に一体回転可能に連結された部材にトルクを付与するアクチュエータであれば、どのようなものであってもよい。
【0109】
・各実施形態において、転舵アクチュエータ40としては、ラックアシスト型であれば、たとえばラック軸46の同軸上に転舵側モータ56を配置するものや、ラック軸46に対して平行に転舵側モータ56を配置するもの等であってもよい。
【0110】
また、第2の実施形態においては、ラックアシスト型電動パワーステアリングシステムに替えて、ステアリングシャフト100のコラム軸102に補助力を付与するコラムアシスト型電動パワーステアリングシステムを実現するようにしてもよい。この場合、転舵アクチュエータ40(転舵側モータ56)に替えて、補助用のモータを備える補助力アクチュエータをステアリングシャフト100(特にコラム軸102)に機械的に連結して設けるようにすればよい。なお、補助用のモータの回転軸の回転角度とステアリングシャフト100の操舵角との間には相関関係がある。したがって、補助用のモータの回転軸の回転角度と転舵輪30の転舵角との間にも相関関係がある。そのため、制御装置80は、積算処理部M2により、センサによって検出される補助用のモータの回転軸の回転角度に処理を施し、これに換算係数を乗算して、転舵角θpを算出すればよい。なお、この場合の換算係数は、補助力アクチュエータにおける減速機と補助用のモータの回転軸との回転速度比、およびコラム軸102とピニオン軸106との回転速度比の積とすればよい。
【0111】
・各実施形態において、制御装置80としては、CPU82やメモリ84の他、専用のハードウェア(ASIC:特定用途向け集積回路)を設けるようにしてもよい。そして、CPU82の一部の処理については、ハードウェア処理とし、ハードウェアからCPU82が反力アクチュエータ20および転舵アクチュエータ40などの操作を制御するための情報を取得するようにしてもよい。