(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明の一実施形態に係る熱延鋼板について詳細に説明する。ただ、本発明は本実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。また、下記する数値限定範囲には、下限値及び上限値がその範囲に含まれる。「超」または「未満」と示す数値は、その値が数値範囲に含まれない。各元素の含有量に関する「%」は、「質量%」を意味する。
【0021】
まず、本実施形態に係る熱延鋼板を想到するに至った経緯を説明する。
【0022】
本発明者らは、曲げ加工性の異方性発現の要因について、鋭意検討を行い、曲げ異方性は、熱延鋼板の集合組織に起因すること、および、
図1に示すように、曲げ稜線が圧延方向(L方向)に平行である曲げ(L軸曲げ)と、曲げ稜線が圧延方向に垂直な方向(C方向)に平行である曲げ(C軸曲げ)との間で曲げ異方性が最も大きくなることを知見した。
【0023】
また、従来は圧延方向に延伸したMnS等の介在物に起因して、L軸曲げ時の曲げ加工性が、C軸曲げ時の曲げ加工性に比べて劣位であるとの認識が一般的であったが、鋼板の集合組織に起因した曲げ加工性の異方性が発現する場合には、従来の認識とは逆に、C軸曲げ時の曲げ加工性が、L軸曲げ時の曲げ加工性に比べて劣位となる場合があることを見出した。
【0024】
さらに、曲げ加工性の異方性は、板厚中心領域の集合組織の影響よりも、曲げ変形が最も厳しくなる鋼板表面領域の集合組織の影響を強く受けるため、鋼板表面領域の集合組織制御を行わなければ、L軸曲げとC軸曲げとの間の異方性は十分に改善されないことが明らかとなった。
【0025】
上記の特許文献2および特許文献3に記載された技術では、組織制御によって優れた曲げ加工性が得られているが、集合組織の制御は一切行われておらず、L軸曲げ時の曲げ加工性は改善するが、C軸曲げ時には、優れた曲げ加工性を安定的に確保することが困難であるという問題があった。
【0026】
また、特許文献4に示す技術では、板厚中心領域における集合組織を制御しているが、鋼板表面領域の集合組織については、何ら制御を行っておらず、そのため、試験片長手がC方向に沿ったC方向曲げ(すなわちL軸曲げ)と、45°方向の曲げについては、優れた曲げ加工性が得られているが、C軸曲げについては優れた曲げ加工性が得られないという問題があった。
【0027】
本発明者らが鋭意検討を行った結果、曲げ変形の最も厳しくなる鋼板表面領域の集合組織は、曲げ変形時の亀裂の形成に影響することを見出した。さらに、板厚中心領域の集合組織は、表面領域で発生した亀裂の伝搬に影響することを見出した。
【0028】
本発明者らは、上記知見に基づいて、熱間圧延の仕上げ圧延にて、鋼板表面領域に形成する集合組織を制御し、L方向とC方向との間の異方性を抑制することで、L軸曲げとC軸曲げとの両方で優れた曲げ加工性を備えた高強度熱延鋼板を実現できることを見出した。加えて、鋼板表面領域の集合組織を制御した上で、板厚中心領域の集合組織も制御すれば、曲げ加工性およびその異方性をさらに好ましく向上できることを見出した。
【0029】
具体的には、鋼組成を適切な範囲に制御し、熱間圧延時の板厚と温度とを制御し、加えて、従来では積極的に制御されてこなかった熱間圧延の仕上げ圧延時の最終2段の圧延にて、板厚やロール形状比や圧下率や温度を制御することで、鋼板表面領域の加工組織を制御する。その結果、再結晶が制御されて、鋼板表面領域の集合組織が適正化されるので、L軸曲げとC軸曲げとの両方で優れた曲げ加工性が実現されることを見出した。
【0030】
また、上記の鋼板表面領域の集合組織の適正化に加えて、熱間圧延の仕上げ圧延条件を好ましく制御することで板厚中心領域の加工組織を制御し、その結果、板厚中心領域の集合組織を適正化すれば、L軸曲げとC軸曲げとの両方の曲げ加工性がさらに好ましく向上することを見出した。
【0031】
本実施形態に係る熱延鋼板は、化学成分として、質量%で、C:0.030%以上0.400%以下、Si:0.050%以上2.5%以下、Mn:1.00%以上4.00%以下、sol.Al:0.001%以上2.0%以下、Ti:0%以上0.20%以下、Nb:0%以上0.20%以下、B:0%以上0.010%以下、V:0%以上1.0%以下、Cr:0%以上1.0%以下、Mo:0%以上1.0%以下、Cu:0%以上1.0%以下、Co:0%以上1.0%以下、W:0%以上1.0%以下、Ni:0%以上1.0%以下、Ca:0%以上0.01%以下、Mg:0%以上0.01%以下、REM:0%以上0.01%以下、Zr:0%以上0.01%以下を含み、P:0.020%以下、S:0.020%以下、N:0.010%以下に制限し、残部が鉄および不純物からなる。また、本実施形態に係る熱延鋼板では、鋼板表面から板厚1/10までの範囲である表面領域にて、{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群の平均極密度が0.5以上3.0以下であり、かつ上記方位群の極密度の標準偏差が0.2以上2.0以下である。また、本実施形態に係る熱延鋼板では、引張強度が780MPa以上1370MPa以下である。
【0032】
また、本実施形態に係る熱延鋼板では、鋼板表面を基準として板厚3/8から板厚5/8までの範囲である中心領域にて、{334}<263>の結晶方位の極密度が1.0以上7.0以下であることが好ましい。
【0033】
また、本実施形態に係る熱延鋼板は、化学成分として、質量%で、Ti:0.001%以上0.20%以下、Nb:0.001%以上0.20%以下、B:0.001%以上0.010%以下、V:0.005%以上1.0%以下、Cr:0.005%以上1.0%以下、Mo:0.005%以上1.0%以下、Cu:0.005%以上1.0%以下、Co:0.005%以上1.0%以下、W:0.005%以上1.0%以下、Ni:0.005%以上1.0%以下、Ca:0.0003%以上0.01%以下、Mg:0.0003%以上0.01%以下、REM:0.0003%以上0.01%以下、Zr:0.0003%以上0.01%以下のうちの少なくとも1種を含有してもよい。
【0034】
1.化学成分
まず、鋼組成およびその限定理由について説明する。本実施形態に係る熱延鋼板は、化学成分として、基本元素を含み、必要に応じて選択元素を含み、残部が鉄及び不純物からなる。
【0035】
本実施形態に係る熱延鋼板の化学成分のうち、C、Si、Mn、Alが基本元素(主要な合金化元素)である。
【0036】
(C:0.030%以上0.400%以下)
C(炭素)は、鋼板強度を確保する上で重要な元素である。C含有量が0.030%未満では、引張強度780MPa以上を確保することができない。したがって、C含有量は0.030%以上とし、好ましくは0.05%以上である。一方、C含有量が、0.400%超になると、溶接性が悪くなるので、上限を0.400%とする。C含有量は、好ましくは0.30%以下、さらに好ましくは0.20%である。
【0037】
(Si:0.050%以上2.5%以下)
Si(シリコン)は、固溶強化により材料強度を高めることができる重要な元素である。Si含有量が0.050%未満では、降伏強度が低下するため、Si含有量は0.050%以上とする。Si含有量は、好ましくは0.1%以上、さらに好ましくは0.3%以上である。一方、Si含有量が2.5%超では、表面性状劣化を引き起こすため、Si含有量は2.5%以下とする。Si含有量は、好ましくは2.0%以下、より好ましくは1.5%以下である。
【0038】
(Mn:1.00%以上4.00%以下)
Mn(マンガン)は、鋼板の機械的強度を高める上で有効な元素である。Mn含有量が1.00%未満では、780MPa以上の引張強度を確保することができない。したがって、Mn含有量は、1.00%以上とする。Mn含有量は、好ましくは1.50%以上であり、より好ましくは2.00%以上である。一方、Mnを過剰に添加すると、Mn偏析によって組織が不均一になり、曲げ加工性が低下する。したがって、Mn含有量は4.00%以下とし、好ましくは3.00%以下、より好ましくは2.60%以下とする。
【0039】
(sol.Al:0.001%以上2.0%以下)
sol.Al(酸可溶アルミニウム)は、鋼を脱酸して鋼板を健全化する作用を有する元素である。sol.Al含有量が、0.001%未満では、十分に脱酸できないため、sol.Al含有量は、0.001%以上とする。但し、脱酸が十分に必要な場合、sol.Al含有量は、0.01%以上の添加がより望ましく、さらに望ましくは0.02%以上である。一方、sol.Al含有量が2.0%超では、溶接性の低下が著しくなるとともに、酸化物系介在物が増加して表面性状の劣化が著しくなる。したがって、sol.Al含有量は2.0%以下とし、好ましくは1.5%以下であり、より好ましくは1.0%以下であり、最も好ましくは0.08%以下とする。なお、sol.Alとは、Al
2O
3等の酸化物になっておらず、酸に可溶する酸可溶Alを意味する。
【0040】
本実施形態に係る熱延鋼板は、化学成分として、不純物を含有する。なお、「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石やスクラップから、または製造環境等から混入するものを指す。例えば、P、S、N等の元素を意味する。これらの不純物は、本実施形態の効果を十分に発揮させるために、以下のように制限することが好ましい。また、不純物の含有量は少ないことが好ましいので、下限値を制限する必要がなく、不純物の下限値が0%でもよい。
【0041】
(P:0.020%以下)
P(燐)は、一般には鋼に含有される不純物である。ただ、引張強度を高める作用を有するので、Pを意図的に含有させることもある。しかし、P含有量が0.020%超では溶接性の劣化が著しくなる。したがって、P含有量は0.020%以下に制限する。P含有量は好ましくは0.010%以下に制限する。上記作用による効果をより確実に得るためには、P含有量を0.001%以上にしてもよい。
【0042】
(S:0.020%以下)
S(硫黄)は、鋼に含有される不純物であり、溶接性の観点からは少ないほど好ましい。S含有量が0.020%超では溶接性の低下が著しくなると共に、MnSの析出量が増加し、低温靭性が低下する。したがって、S含有量は0.020%以下に制限する。S含有量は、好ましくは0.010%以下、さらに好ましくは0.005%以下に制限する。なお、脱硫コストの観点から、S含有量は0.001%以上としてもよい。
【0043】
(N:0.010%以下)
N(窒素)は、鋼に含有される不純物であり、溶接性の観点からは少ないほど好ましい。N含有量が0.010%超では溶接性の低下が著しくなる。したがって、N含有量は0.010%以下に制限する。N含有量は、好ましくは0.005%以下、さらに好ましくは0.003%以下に制限する。
【0044】
本実施形態に係る熱延鋼板は、上記で説明した基本元素および不純物に加えて、選択元素を含有してもよい。例えば、上記した残部であるFeの一部に代えて、選択元素として、Ti、Nb、B、V、Cr、Mo、Cu、Co、W、Ni、Ca、Mg、REM、Zrのうちの少なくとも1種を含有してもよい。これらの選択元素は、熱延鋼板の機械特性を好ましく向上させる。これらの選択元素は、その目的に応じて含有させればよい。よって、これらの選択元素の下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。また、これらの選択元素が不純物として含有されても、上記効果は損なわれない。
【0045】
(Ti:0%以上0.20%以下)
Ti(チタン)は、TiCとして、鋼板の冷却中又は巻取り中に、鋼板組織のフェライト又はベイナイトに析出し、強度の向上に寄与する元素である。したがって、Tiを含有させてもよい。Tiを過剰に添加すると、熱間圧延時の再結晶を抑制し、特定の結晶方位の集合組織が発達する。そのため、L軸曲げとC軸曲げとの少なくとも一方で、複雑な形状を有する足回り部品の加工に必要な、最小曲げ半径を板厚で割った値であるRm/tが2.0以下とならない。したがって、Ti含有量は、0.20%以下とする。Ti含有量は、好ましくは0.18%以下、より好ましくは0.15%以下である。上記の効果を好ましく得るためには、Ti含有量は、0.001%以上であればよい。Ti含有量は、好ましくは0.02%以上である。
【0046】
(Nb:0%以上0.20%以下)
Nb(ニオブ)は、Tiと同様に、NbCとして析出し、強度を向上させるとともに、オーステナイトの再結晶を著しく抑制する元素である。したがって、Nbを含有させてもよい。Nbが0.20%を超えると、熱間圧延中にオーステナイトの再結晶を抑制し、集合組織が発達することで、L軸曲げとC軸曲げとの少なくとも一方で、最小曲げ半径を板厚で割った値であるRm/tが2.0以下とならない。したがって、Nb含有量は0.20%以下とする。Nb含有量は、好ましくは0.15%以下、より好ましくは0.10%以下である。上記の効果を好ましく得るためには、Nb含有量は、0.001%以上であればよい。Nb含有量は、好ましくは0.005%以上である。
【0047】
なお、本実施形態に係る熱延鋼板では、化学成分として、質量%で、Ti:0.001%以上0.20%以下、Nb:0.001%以上0.20%以下、のうちの少なくとも1種を含有することが好ましい。
【0048】
(B:0%以上0.010%以下)
B(ボロン)は、粒界に偏析して、粒界強度を向上させることで、打ち抜き時の打ち抜き断面の荒れを抑制することができる。したがって、Bを含有させてもよい。B含有量が0.010%を超えても、上記効果は飽和して、経済的に不利になるので、B含有量の上限は0.010%とする。B含有量は、好ましくは0.005%以下、より好ましくは0.003%以下である。上記の効果を好ましく得るためには、B含有量は、0.001%以上であればよい。
【0049】
(V:0%以上1.0%以下)
(Cr:0%以上1.0%以下)
(Mo:0%以上1.0%以下)
(Cu:0%以上1.0%以下)
(Co:0%以上1.0%以下)
(W:0%以上1.0%以下)
(Ni:0%以上1.0%以下)
V(バナジウム)、Cr(クロミウム)、Mo(モリブデン)、Cu(銅)、Co(コバルト)、W(タングステン)、Ni(ニッケル)は、いずれも強度を安定して確保するために効果のある元素である。したがって、これらの元素を含有させてもよい。しかし、いずれの元素についても、それぞれ1.0%を超えて含有させても、上記作用による効果は飽和し易く経済的に不利となる場合がある。したがって、これらの元素の含有量は、それぞれ1.0%以下とする。これらの元素の含有量は、それぞれ、好ましくは0.8%以下、より好ましくは0.5%以下である。なお、上記作用による効果をより確実に得るには、いずれの元素についても、それぞれ0.005%以上であればよい。
【0050】
なお、本実施形態に係る熱延鋼板では、化学成分として、質量%で、V:0.005%以上1.0%以下、Cr:0.005%以上1.0%以下、Mo:0.005%以上1.0%以下、Cu:0.005%以上1.0%以下、Co:0.005%以上1.0%以下、W:0.005%以上1.0%以下、Ni:0.005%以上1.0%以下、のうちの少なくとも1種を含有することが好ましい。
【0051】
(Ca:0%以上0.01%以下)
(Mg:0%以上0.01%以下)
(REM:0%以上0.01%以下)
(Zr:0%以上0.01%以下)
Ca(カルシウム)、Mg(マグネシウム)、REM(希土類元素)、Zr(ジルコニウム)は、いずれも介在物制御、特に介在物の微細分散化に寄与し、靭性を高める作用を有する元素である。したがって、これらの元素を含有させてもよい。しかし、いずれの元素についても、それぞれ0.01%を超えて含有させると、表面性状の劣化が顕在化する場合がある。したがって、これらの元素の含有量は、それぞれ0.01%以下とする。これらの元素の含有量は、それぞれ、好ましくは0.005%以下、より好ましくは0.003%以下である。なお、上記作用による効果をより確実に得るには、いずれの元素についても、それぞれ0.0003%以上であればよい。
【0052】
ここで、REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を指し、その少なくとも1種である。上記REMの含有量はこれらの元素の少なくとも1種の合計含有量を意味する。ランタノイドの場合、工業的にはミッシュメタルの形で添加される。
【0053】
なお、本実施形態に係る熱延鋼板では、化学成分として、質量%で、Ca:0.0003%以上0.01%以下、Mg:0.0003%以上0.01%以下、REM:0.0003%以上0.01%以下、Zr:0.0003%以上0.01%以下、のうちの少なくとも1種を含有することが好ましい。
【0054】
上記した鋼成分は、鋼の一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、鋼成分は、ICP−AES(Inductively Coupled Plasma−Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。なお、sol.Alは、試料を酸で加熱分解した後の濾液を用いてICP−AESによって測定すればよい。また、CおよびSは燃焼−赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解−熱伝導度法を用い、Oは不活性ガス融解−非分散型赤外線吸収法を用いて測定すればよい。
【0055】
2.集合組織
次に、本実施形態に係る熱延鋼板の集合組織について説明する。
【0056】
本実施形態に係る熱延鋼板は、鋼板表面から板厚1/10までの範囲である表面領域にて、{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群の平均極密度が0.5以上3.0以下であり、かつこの方位群の極密度の標準偏差が0.2以上2.0以下である集合組織を有する。
【0057】
(鋼板表面から板厚1/10までの範囲である表面領域)
鋼板を曲げ変形する際、板厚中心を境に、表面に向かってひずみが大きくなり、最表面でひずみは最大となる。したがって、曲げ亀裂は鋼板表面に生成する。このような、亀裂の生成に寄与するのは、鋼板表面から板厚1/10までの範囲である表面領域の組織であるため、表面領域の集合組織を制御する。
【0058】
(表面領域にて、{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群の平均極密度が0.5以上3.0以下であり、かつこの方位群の極密度の標準偏差が0.2以上2.0以下)
鋼板表面から板厚1/10までの範囲である表面領域における、{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群の平均極密度が3.0超であると、変形の局在化が起こる領域が増加し、曲げ割れ発生の要因となるので、L軸曲げとC軸曲げとの少なくとも一方で、最小曲げ半径を板厚で割った値であるRm/tが2.0以下を満たせない。そのため、{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群の平均極密度は、3.0以下とする。この方位群の平均極密度は、好ましくは2.5以下、より好ましくは2.0以下である。
【0059】
上記の{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群の平均極密度は小さい程好ましいが、引張強度780MPa以上の高強度熱延鋼板では、この値を0.5未満とすることは困難であるため、実質的な下限が0.5となる。
【0060】
鋼板表面から板厚1/10までの範囲である表面領域における、{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群の分布が不均一であると、曲げ加工性の異方性が大きくなる。{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群の各方位の極密度の標準偏差が2.0超であると、L軸曲げとC軸曲げとの異方性が大きくなり、L軸曲げとC軸曲げとの少なくとも一方で、最小曲げ半径を板厚で割った値であるRm/tが2.0以下を満たせない。そのため、{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群の極密度の標準偏差は、2.0以下とする。この方位群の極密度の標準偏差は、好ましくは1.5以下、より好ましくは1.0以下とする。
【0061】
上記の{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群の極密度の標準偏差は小さい程好ましいが、引張強度780MPa以上の高強度熱延鋼板では、0.2未満とすることは困難であるため、実質的な下限が0.2となる。
【0062】
本実施形態に係る熱延鋼板は、鋼板表面を基準として板厚3/8から板厚5/8までの範囲である中心領域にて、{334}<263>の結晶方位の極密度が1.0以上7.0以下である集合組織を有することが好ましい。
【0063】
(鋼板表面を基準として板厚3/8から板厚5/8までの範囲である中心領域)
鋼板を曲げ変形して表面領域にて曲げ亀裂が生成すると、この曲げ亀裂が板厚中心領域に向かって伝搬することがある。このような、曲げ亀裂の進展は、鋼板表面を基準として板厚3/8から板厚5/8までの範囲である中心領域が主に寄与するため、この領域の集合組織を制御することが好ましい。
【0064】
(中心領域にて、{334}<263>の結晶方位の極密度が1.0以上7.0以下)
板厚3/8から板厚5/8までの範囲である中心領域にて、{334}<263>の結晶方位の極密度を7.0以下に制御することで、L方向およびC方向ともにより優れた曲げ加工性が好ましく得られる。例えば、表面領域にて{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群の平均極密度が0.5以上3.0以下であり、かつこの方位群の極密度の標準偏差が0.2以上2.0以下であり、且つ中心領域にて{334}<263>の結晶方位の極密度が7.0以下であれば、L方向とC方向との両方で、最小曲げ半径を板厚で割った値であるRm/tが1.5以下を満たす。したがって、{334}<263>の結晶方位の極密度を7.0以下とすることが好ましい。この結晶方位の極密度は、より好ましくは6.0以下、さらに好ましくは5.0以下である。
【0065】
上記の{334}<263>の結晶方位の極密度は小さい程好ましいが、引張強度780MPa以上の高強度熱延鋼板では、1.0未満に制御することは困難であるため、実質的な下限が1.0となる。
【0066】
極密度は、EBSP(Electron BackScatter Diffraction Pattern)法により測定できる。EBSP法による解析に供する試料は、圧延方向と平行でかつ板面に垂直な切断面を機械研磨し、その後に化学研磨や電解研磨などによって歪みを除去する。この試料を用いて、鋼板表面から板厚1/10までの範囲、また必要に応じて板厚3/8から板厚5/8までの範囲について、測定間隔を4μmとし、測定面積が150000μm
2以上となるようにEBSP法による解析を行う。
【0067】
図2に、φ2=45°断面の結晶方位分布関数(ODF)と、{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群とを示す。{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群とは、集合組織解析をBUNGE表示し、φ2=45°断面の結晶方位分布関数(ODF)で、{110}<110>の結晶方位(φ1=0°、Φ=90.0°、φ2=45.0°)から、{110}<001>の結晶方位(φ1=90.0°、Φ=90.0°、φ2=45.0°)までのφ1=0〜90°の範囲を指す。ただ、試験片加工や試料のセッティングに起因する測定誤差があるため、本実施形態に係る熱延鋼板では、{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群の平均極密度と標準偏差とを、
図2中に示すハッチング部(Φ=80〜90°、φ1=0〜90°の範囲内)で算出する。
【0068】
なお、{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群には、{110}<110>、{110}<111>、{110}<223>、{110}<112>、{110}<001>の結晶方位が含まれる。
【0069】
ここで、圧延板の結晶方位は、通常、板面と平行な格子面を(hkl)又は{hkl}で表示し、圧延方向に平行な方位を[uvw]又は<uvw>で表示する。なお、{hkl}および<uvw>は、等価な格子面および方向の総称であり、(uvw)および[hkl]は、個々の格子面および方向を指す。即ち、本実施形態に係る熱延鋼板では、bcc構造を対象としているので、例えば、(110)、(−110)、(1−10)、(−1−10)、(101)、(−101)、(10−1)、(−10−1)、(011)、(0−11)、(01−1)、(0−1−1)、は等価な格子面であり、区別がつかない。このような場合、これらの格子面を総称して{110}と称する。
【0070】
{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群は、φ1の値によって、変形抵抗値が大きく変化する方位であり、例えば、φ1の角度が0°〜45°では、L方向に変形させたときの変形抵抗が大きく、φ1の角度が45°〜90°では、C方向に変形させたときの変形抵抗が大きくなる。したがって、この方位群が発達した集合組織では、L方向またはC方向に変形させた際、変形抵抗が大きい方位の結晶と、変形抵抗の小さい方位の結晶との間で、変形量の違いに起因した変形の局在化が起こり、亀裂発生の起点となる。
【0071】
図3に、φ2=45°断面の結晶方位分布関数(ODF)と、{334}<263>の結晶方位とを示す。{334}<263>の結晶方位とは、集合組織解析をBUNGE表示し、φ2=45°断面の結晶方位分布関数(ODF)で、(φ1=36.1°、Φ=46.7°、φ2=45.0°)を指す。ただ、試験片加工や試料のセッティングに起因する測定誤差があるため、本実施形態に係る熱延鋼板では、{334}<263>の結晶方位の極密度として、
図3中に示すハッチング部(Φ=40〜50°、φ1=30〜40°の範囲内)における平均強度を算出する。
【0072】
{334}<263>の結晶方位は、L方向とC方向とのいずれに対しても、変形抵抗が大きいことから、この結晶方位が発達することで、他の結晶方位との変形抵抗との差異に起因した変形の局在化が起こり、これら変形集中箇所が亀裂の伝播を助長することによって、曲げ性を劣化させる。
【0073】
3.鋼板組織
本実施形態に係る熱延鋼板では、集合組織が上記のように制御されればよく、鋼組織の構成相は特に制限されない。
【0074】
ただ、本実施形態に係る熱延鋼板は、鋼組織の構成相として、フェライト、ベイナイト、フレッシュマルテンサイト、焼き戻しマルテンサイト、パーライト、残留オーステナイト、炭窒化物等の化合物などを含有しても構わない。
【0075】
例えば、面積%で、フェライト:0%以上70%以下、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの合計:0%以上100%以下(ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイト単一組織でもよい)、残留オーステナイト:25%以下、フレッシュマルテンサイト:0%以上100%以下(マルテンサイト単一組織でもよい)、および、パーライト:5%以下であることが好ましい。上記の構成相以外の残部が5%以下に制限されることが好ましい。
【0076】
4.機械特性
次に、本実施形態に係る熱延鋼板の機械特性について説明する。
【0077】
(引張強度が780MPa以上1370MPa以下)
本実施形態に係る熱延鋼板は、自動車の軽量化に寄与する十分な強度を有することが好ましい。そのため、引張最大強度(TS)は、780MPa以上とする。引張最大強度は、好ましくは980MPa以上である。引張最大強度の上限は特に定める必要はないが、例えばこの上限を1370MPaとすればよい。また、本実施形態に係る熱延鋼板は、全伸び(EL)が7%以上あることが好ましい。なお、引張試験はJIS Z2241(2011)に準拠して行えばよい。
【0078】
本実施形態に係る熱延鋼板は、上記した鋼組成、集合組織、および引張強度を満足することで、圧延方向(L方向)および圧延方向の垂直方向(C方向)に沿った曲げ試験のいずれでも、最小曲げ半径を板厚で割った値(最小曲げ半径÷板厚)であるRm/tが2.0以下となる。
【0079】
なお、Rmは最小曲げ半径であり、tは熱延鋼板の板厚である。曲げ試験は、例えば、熱延鋼板の幅方向1/2位置から、短冊形状の試験片を切り出し、曲げ稜線が圧延方向(L方向)に平行である曲げ(L軸曲げ)と、曲げ稜線が圧延方向に垂直な方向(C方向)に平行である曲げ(C軸曲げ)の両者について、JIS Z 2248(2014)(Vブロック90°曲げ試験)に準拠して行えばよい。曲げ外側に亀裂が発生しているか否かを調査して、亀裂の発生しない最小曲げ半径Rmを求める。
【0080】
5.製造方法
次に、本実施形態に係る熱延鋼板の好ましい製造方法について説明する。
【0081】
なお、本実施形態に係る熱延鋼板を製造する方法は、下記の方法に限定されない。下記の製造方法は、本実施形態に係る熱延鋼板を製造するための一つの例である。
【0082】
L方向およびC方向のいずれの方向についても、優れた曲げ加工性を得るためには、最も厳しい曲げ変形を受ける鋼板表面領域の集合組織を制御することで、L方向およびC方向のいずれの曲げ変形時にも、曲げ亀裂の発生を抑制することが重要である。さらに、板厚中心領域の所定方位の極密度を低減させることで、鋼板表面領域に発生した微小な亀裂を内部まで進展させないことが望ましい。これらを満たすための製造条件を以下に示す。
【0083】
熱間圧延に先行する製造工程は特に限定するものではない。すなわち、高炉や電炉等による溶製に引き続き、各種の二次製錬を行い、次いで、通常の連続鋳造、インゴット法による鋳造、または薄スラブ鋳造などの方法で鋳造すればよい。連続鋳造の場合には、鋳造スラブを一度低温まで冷却したのち、再度加熱してから熱間圧延してもよいし、鋳造スラブを低温まで冷却せずに、鋳造後にそのまま熱延してもよい。原料にはスクラップを使用しても構わない。
【0084】
鋳造したスラブに、加熱を施す。この加熱工程では、スラブを1200℃以上1300℃以下の温度に加熱後、30分以上保持する。加熱温度が1200℃未満では、TiおよびNb系析出物が十分に溶解しないので後工程の熱間圧延時に十分な析出強化が得られず、また粗大な炭化物として鋼中に残存することで成形性を劣化させる。したがって、スラブの加熱温度は1200℃以上とする。一方、加熱温度1300℃超では、スケール生成量が増大し、歩留りが低下するため、加熱温度は1300℃以下とする。TiおよびNb系析出物を十分に溶解させるため、この温度範囲で30分以上保持することが好ましい。また、過度のスケールロスを抑制するために保持時間は、10時間以下とすることが好ましく、5時間以下とすることがさらに好ましい。
【0085】
加熱されたスラブに、粗圧延を施す。この粗圧延工程では、粗圧延後の粗圧延板の厚さを35mm超45mm以下に制御する。粗圧延板の厚さは、仕上げ圧延工程における圧延開始時から圧延完了時までに生じる圧延板の先端から尾端までの温度低下量に影響を及ぼす。また、粗圧延板の厚さが、35mm以下または45mm超であると、次工程である仕上げ圧延中に鋼板へ導入されるひずみ量が変化して、仕上げ圧延中に形成される加工組織が変化する。その結果、再結晶挙動が変化して、所望の集合組織を得ることが困難になる。特に、鋼板表面領域で上記した集合組織を得ることが困難になる。
【0086】
粗圧延板に、仕上げ圧延を施す。この仕上げ圧延工程では、多段仕上げ圧延を行う。仕上げ圧延の開始温度が1000℃以上1150℃以下であり、仕上げ圧延の開始前の鋼板の厚さ(粗圧延板の厚さ)が35mm超45mm以下である。また、多段仕上げ圧延の最終段より1段前の圧延は、圧延温度が960℃以上1015℃以下であり、圧下率が11%超23%以下である。また、多段仕上げ圧延の最終段は、圧延温度が930℃以上995℃以下であり、圧下率が11%超21%以下である。また、最終2段の圧下時の各条件を制御し、下記の式1によって計算される集合組織形成パラメータωが100以下を満たす。上記条件で仕上げ圧延を施す。
【0095】
ここで、
PE:析出物形成元素による再結晶抑制効果の換算値(単位:質量%)
Ti:鋼中に含まれるTiの濃度(単位:質量%)
Nb:鋼中に含まれるNbの濃度(単位:質量%)
F
1*:最終段より1段前の換算圧下率(単位:%)
F
2*:最終段の換算圧延圧下率(単位:%)
F
1:最終段より1段前の圧下率(単位:%)
F
2:最終段の圧下率(単位:%)
Sr
1:最終段より1段前の圧延形状比(無単位)
Sr
2:最終段における圧延形状比(無単位)
D
1:最終段より1段前のロール径(単位:mm)
D
2:最終段のロール径(単位:mm)
t
1:最終段より1段前の圧延開始時における板厚(単位:mm)
t
2:最終段の圧延開始時における板厚(単位:mm)
t
f:仕上げ圧延後の板厚(単位:mm)
FT
1*:最終段より1段前の換算圧延温度(単位:℃)
FT
2*:最終段の換算圧延温度(単位:℃)
FT
1:最終段より1段前の圧延温度(単位:℃)
FT
2:最終段の圧延温度(単位:℃)
【0096】
ただし、式1〜式8で、F
1やF
2のように変数に付記されている数字の1および2は、多段仕上げ圧延での最終2段の圧延について、最終段より1段前の圧延に関する変数に1を付記し、最終段の圧延に関する変数に2を付記している。例えば、全7段の圧延からなる多段仕上げ圧延では、F
1は圧延入口側から数えて6段目の圧延の圧下率を意味し、F
2は7段目の圧延の圧下率を意味する。
【0097】
析出物形成元素による再結晶抑制効果の換算値PEについて、ピン止めおよびソリュートドラッグの効果は、Ti+1.3Nbの値が0.02以上で顕在化するため、式2にて、Ti+1.3Nb<0.02を満たす場合には、PE=0.01とし、Ti+1.3Nb≧0.02を満たす場合には、PE=Ti+1.3Nb−0.01とする。
【0098】
最終段より1段前の換算圧下率F
1*については、最終段より1段前の圧下率F
1が集合組織に及ぼす影響は、F
1の値が12以上で顕在化するため、式3にて、F
1<12を満たす場合には、F
1*=1.0とし、F
1≧12を満たす場合には、F
1*=F
1−11とする。
【0099】
最終段の換算圧延圧下率F
2*については、最終段の圧下率F
2が集合組織に及ぼす影響は、F
2の値が11.1以上で顕在化するため、式4にて、F
2<11.1を満たす場合には、F
2*=0.1とし、F
2≧11.1を満たす場合には、F
2*=F
2−11とする。
【0100】
式1は、最終段の圧延温度FT
2が930℃以上である仕上げ圧延での好ましい製造条件を示すものであり、FT
2が930℃未満の場合には、集合組織形成パラメータωの値に意味をなさない。すなわち、FT
2が930℃以上であり、且つωが100以下である。
【0101】
(仕上げ圧延の開始温度が1000℃以上1150℃以下)
仕上げ圧延の開始温度が1000℃未満であると、最終2段を除く前段での圧延によって加工された組織の再結晶が十分に起こらず、鋼板表面領域の集合組織が発達して、表面領域の集合組織を上記範囲に制御できない。したがって、仕上げ圧延の開始温度は1000℃以上とする。仕上げ圧延の開始温度は、好ましくは1050℃以上である。一方、仕上げ圧延の開始温度を1150℃超とすると、過度にオーステナイト粒が粗大化し、靱性を劣化させるので、仕上げ圧延の開始温度を1150℃以下とする。
【0102】
(多段仕上げ圧延における最終2段の圧下時の各条件を制御し、式1によって計算されるωが100以下となる条件で仕上げ圧延を施す)
本実施形態に係る熱延鋼板の製造では、多段仕上げ圧延における最終2段の熱延条件が重要となる。
【0103】
式1で定義するωの計算に用いる最終2段の圧延時の圧下率F
1およびF
2は、各段での圧延前後の板厚の差を、圧延前の板厚で除した値を百分率で表した数値である。圧延ロールの直径D
1およびD
2は、室温で測定したものであり、熱延中の扁平を考慮する必要はない。また、圧延入口側の板厚t
1およびt
2、並びに仕上げ圧延後の板厚t
fは、放射線等を用いてその場で測定してもよいし、圧延荷重から、変形抵抗等を考慮して計算で求めてもよい。なお、仕上げ圧延後の板厚t
fは、熱延完了後の鋼板の最終板厚としても良い。圧延開始温度FT
1およびFT
2は、仕上げ圧延スタンド間の放射温度計等の温度計によって測定した値を用いればよい。
【0104】
集合組織形成パラメータωは、仕上げ圧延の最終2段で鋼板全体に導入される圧延ひずみと、鋼板表面領域に導入されるせん断ひずみと、圧延後の再結晶速度を考慮した指標であり、集合組織の形成し易さを意味する。集合組織形成パラメータωが100を超える条件で最終2段の仕上げ圧延を行うと、表面領域にて{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群が発達し、表面領域の集合組織を上記範囲に制御できない。あるいは、表面領域にて上記方位群に含まれる結晶方位の極密度の分布が不均等になり、上記方位群の極密度の標準偏差を上記範囲に制御できない。したがって、仕上げ圧延工程にて、集合組織形成パラメータωは100以下に制御する。
【0105】
また、集合組織形成パラメータωを60以下とした場合、鋼板表面領域に導入されるせん断ひずみ量が低下するとともに、板厚中心領域における再結晶挙動が促進されるため、鋼板表面領域の集合組織に加えて、板厚中心領域にて{334}<263>の結晶方位の極密度が7.0以下となり、曲げ加工性の異方性が小さくなる。したがって、仕上げ圧延工程にて、集合組織形成パラメータωを60以下とすることが好ましい。
【0106】
(最終段より1段前の圧延温度FT
1が960℃以上1015℃以下)
最終段より1段前の圧延温度FT
1が960℃未満であると、圧延によって加工された組織の再結晶が十分に起こらず、表面領域の集合組織を上記範囲に制御できない。したがって、圧延温度FT
1は960℃以上とする。一方、圧延温度FT
1が1015℃超であると、オーステナイト粒の粗大化などに起因して、加工組織の形成状態や再結晶挙動が変化するため、表面領域の集合組織を上記範囲に制御できない。したがって、圧延温度FT
1は1015℃以下とする。
【0107】
(最終段より1段前の圧下率F
1が11%超23%以下)
最終段より1段前の圧下率F
1が11%以下であると、圧延によって鋼板へ導入されるひずみ量が不十分となって再結晶が十分に起こらず、表面領域の集合組織を上記範囲に制御できない。したがって、圧下率F
1は11%超とする。一方、圧下率F
1が23%超であると、結晶中の格子欠陥が過剰となって再結晶挙動が変化するため、表面領域の集合組織を上記範囲に制御できない。したがって、圧下率F
1は23%以下とする。
なお、圧下率F
1は以下のように計算される。
F
1=(t
1−t
2)/t
1×100
【0108】
(最終段の圧延温度FT
2が930℃以上995℃以下)
最終段の圧延温度FT
2が930℃未満であると、オーステナイトの再結晶速度が著しく低下して、表面領域にて{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群の発達を抑制することができず、表面領域の集合組織を上記範囲に制御できない。したがって、圧延温度FT
2は930℃以上とする。一方、圧延温度FT
2が995℃超であると、加工組織の形成状態や再結晶挙動が変化するため、表面領域の集合組織を上記範囲に制御できない。したがって、圧延温度FT
2は995℃以下とする。
【0109】
(最終段の圧下率F
2が11%超21%以下)
最終段の圧下率F
2が11%以下であると、圧延によって鋼板へ導入されるひずみ量が不十分となって再結晶が十分に起こらず、表面領域の集合組織を上記範囲に制御できない。したがって、圧下率F
2は11%超とする。一方、圧下率F
2が21%超であると、結晶中の格子欠陥が過剰となって再結晶挙動が変化するため、表面領域の集合組織を上記範囲に制御できない。したがって、圧下率F
2は21%以下とする。
なお、圧下率F
2は以下のように計算される。
F
2=(t
2−t
f)/t
2×100
【0110】
仕上げ圧延工程では、上記した各条件を同時に且つ不可分に制御する。上記した各条件は、どれか1つの条件だけを満足させればよいわけではなく、上記した各条件のすべてを同時に満たすときに、表面領域の集合組織を上記範囲に制御することができる。
【0111】
仕上げ圧延後の熱延鋼板を、冷却して巻き取る。本実施形態に係る熱延鋼板では、ベース組織(鋼組織の構成相)の制御ではなく、集合組織を制御することによって、L軸曲げとC軸曲げとの両方で優れた曲げ加工性を達成している。そのため、冷却工程および巻取り工程では、製造条件を特に限定しない。したがって、多段仕上げ圧延後の冷却工程および巻取り工程は、常法によって行えばよい。
【0112】
なお、仕上げ圧延中の鋼板の構成相はオーステナイトが主体であり、上記した仕上げ圧延によってオーステナイトの集合組織が制御される。このオーステナイトなどの高温安定相は、仕上げ圧延後の冷却および巻き取り時に、ベイナイトなどの低温安定相へ相変態する。この相変態によって結晶方位が変化して、冷却後の鋼板の集合組織が変化することがある。ただ、本実施形態に係る熱延鋼板に関しては、表面領域で制御する上記の結晶方位が、仕上げ圧延後の冷却および巻取りに大きな影響を受けない。すなわち、仕上げ圧延時にオーステナイトとして集合組織を制御しておけば、その後の冷却および巻取り時にベイナイトなどの低温安定相へ相変態しても、この低温安定相が、表面領域にて上記の集合組織の規定を満たす。板厚中心領域の集合組織についても同様である。
【0113】
また、本実施形態に係る熱延鋼板には、冷却後に、必要に応じ酸洗を施してもよい。この酸洗処理を行っても、表面領域の集合組織は変化しない。酸洗処理は、例えば、3〜10%濃度の塩酸に85℃〜98℃の温度で20秒〜100秒で行えばよい。
【0114】
また、本実施形態に係る熱延鋼板は、冷却後に、必要に応じてスキンパス圧延を施してもよい。このスキンパス圧延は、表面領域の集合組織が変化しない程度の圧下率とすればよい。スキンパス圧延には、加工成形時に発生するストレッチャーストレインの防止や、形状矯正の効果がある。
【実施例1】
【0115】
次に、実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に詳細に説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に制限されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0116】
所定の化学成分を有する鋼を鋳造し、鋳造後、そのままもしくは一旦室温まで冷却した後に再加熱し、1200℃〜1300℃の温度範囲に加熱し、その後、1100℃以上の温度で、目的の粗圧延板板厚まで、スラブを粗圧延して粗圧延板を作製した。粗圧延板に、全段7段からなる多段仕上げ圧延を施した。仕上げ圧延後の鋼板を冷却して巻き取って熱延鋼板を作製した。
【0117】
表1および表2に熱延鋼板の化学成分を示す。なお、化学成分に関して、表中で「<」を付記する値は、測定装置の検出限界以下の値であったことを示し、これらの元素は鋼に意図的に添加していないことを示す。
【0118】
また、仕上げ圧延工程では、表3〜表6に記載の温度から仕上げ圧延を開始し、圧延開始から最終2段の圧延を除く、計5段の圧延によって、表3〜表6に記載の最終段より1段前の圧延開始時における板厚t
1まで圧延した。その後、表3〜表10に記載の各条件で最終2段の圧延を施した。仕上げ圧延完了後、以下に示す各冷却パターンで冷却および巻取りを行い、表3〜表6に示す板厚t
fの熱延鋼板とした。なお、熱延完了後の鋼板の最終板厚を、仕上げ圧延後の板厚t
fとした。
【0119】
(冷却パターンB:ベイナイトパターン)
本パターンでは、仕上げ圧延完了後、20℃/秒以上の平均冷却速度で、巻取り温度450℃〜550℃まで冷却後、コイル状に巻き取った。
【0120】
(冷却パターンF+B:フェライト−ベイナイトパターン)
本パターンでは、仕上げ圧延完了後、20℃/秒以上の平均冷却速度で、600〜750℃の冷却停止温度範囲内まで冷却し、冷却停止温度範囲内で冷却を停止して2〜4秒保持後、さらに20℃/秒以上の平均冷却速度で、550℃以下の巻取り温度でコイル状に巻き取った。なお、冷却停止温度や保持時間は、以下のAr3温度を参考にして設定した。
Ar3(℃)=870−390C+24Si−70Mn−50Ni−5Cr−20Cu+80Mo
【0121】
(冷却パターンMs:マルテンサイトパターン)
本パターンでは、仕上げ圧延完了後、20℃/秒以上の平均冷却速度で、100℃以下の巻取り温度まで冷却後、コイル状に巻き取った。
【0122】
なお、試材No.1〜No.142では、1200℃〜1100℃の範囲で合計圧下率40%以上の粗圧延を行い、多段仕上げ圧延の最終2段以外の5段の合計の圧下率が50%以上となるように仕上げ圧延を行った。ただし、合計の圧下率は、それぞれ、粗圧延の開始や仕上げ圧延の開始時の板厚と、粗圧延の完了や仕上げ5段目の完了時の板厚とに基づいて計算して百分率で表した数値である。
【0123】
作製した熱延鋼板に関して、表1および表2に各化学成分、表3〜表10に各製造条件、表11〜表14に各製造結果を示す。なお、表7〜表10中の「冷却・巻取りパターン」で、「B」はベイナイトパターンを示し、「F+B」はフェライト−ベイナイトパターンを示し、「Ms」はマルテンサイトパターンを示す。また、表11〜表14中の「集合組織」で、「A方位群」は{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群を示し、「B方位」は{334}<263>結晶方位を示す。また、表中で用いている各記号は、上記で説明した記号に対応する。
【0124】
引張強度は、熱延鋼板の幅方向1/4の位置から、圧延方向と垂直方向(C方向)が長手方向となるように採取したJIS5号試験片を用いて、JIS Z 2241(2011)の規定に準拠して引張試験を実施し、引張最大強さTS、突合せ伸び(全伸び)ELを求めた。
【0125】
曲げ試験は、熱延鋼板の幅方向1/2位置から、100mm×30mmの短冊形状に切り出した試験片を用いて、JIS Z 2248(2014)(Vブロック90°曲げ試験)に準拠して、曲げ稜線が圧延方向(L方向)に平行である曲げ(L軸曲げ)と、曲げ稜線が圧延方向に垂直な方向(C方向)に平行である曲げ(C軸曲げ)との両者の曲げ試験を実施し、亀裂の発生しない最小曲げ半径を求めた。ただし、亀裂の有無は、Vブロック90°曲げ試験後の試験片を曲げ方向と平行でかつ板面に垂直な面で切断した断面を鏡面研磨後、光学顕微鏡で試験片の曲げ外側の亀裂を観察し、観察される亀裂長さが50μmを超える場合に亀裂有と判断した。
【0126】
表1〜表14中で下線を付した数値は、本発明の範囲外にあることを示す。
【0127】
表1〜表14中、「本発明例」と記す試材No.は、本発明の条件をすべて満足する鋼板である。
【0128】
本発明例では、鋼組成を満足し、表面領域にて{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群の平均極密度が0.5以上3.0以下であり、かつこの方位群の極密度の標準偏差が0.2以上2.0以下であり、780MPa以上の引張強度を有している。そのため、L軸曲げとC軸曲げとの両方で、最小曲げ半径を板厚で割った値であるRm/tが2.0以下となり、優れた曲げ性を有し、かつ曲げ加工性の異方性が小さい熱延鋼板が得られている。
【0129】
一方、表1〜表14中、「比較例」と記す試材No.は、鋼組成、表面領域の集合組織、または引張強度のうちの少なくとも1つを満足しなかった鋼板である。
【0130】
試材No.5は、Mn含有量が制御範囲外であったため、引張強度が十分でなかった。
試材No.8は、Mn含有量が制御範囲外であったため、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.9は、C含有量が制御範囲外であったため、引張強度が十分でなかった。
試材No.15は、Ti含有量および集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.19は、Nb含有量および集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.31は、仕上圧延条件FT
1およびFT
2が制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.33は、仕上圧延条件FT
1およびFT
2が制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.35は、集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.48は、Ti含有量および集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.51は、Nb含有量および集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.55は、仕上圧延条件FT
1および集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.58は、仕上圧延条件FT
1および集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.63は、集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.66は、集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.71は、集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.74は、仕上圧延条件F
1および集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.79は、集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.82は、集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.87は、集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.90は、集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.95は、集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.98は、集合組織形成パラメータωが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.103は、仕上げ圧延の開始温度および仕上圧延条件F
1が制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.110は、粗圧延板の厚さが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.113は、粗圧延板の厚さが制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.114は、仕上圧延条件FT
1が制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.115は、仕上圧延条件FT
2が制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.116は、仕上圧延条件FT
2が制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.117は、仕上圧延条件F
1が制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.118は、仕上圧延条件F
2が制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.119は、仕上圧延条件F
2が制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.120は、仕上げ圧延の開始温度が制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.121は、Si含有量、粗圧延板の厚さ、仕上げ圧延の開始温度、および仕上圧延条件F
1が制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.122は、仕上圧延条件F
1およびF
2が制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.123は、仕上圧延条件FT
1およびFT
2が制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
試材No.124は、粗圧延板の厚さ、仕上げ圧延の開始温度、仕上圧延条件F
1、およびF
2が制御範囲外であったため、集合組織を満たさず、曲げ性や曲げ加工性の異方性が十分でなかった。
【0131】
なお、最終段の圧延温度FT
2が930℃未満であった実施例は、集合組織形成パラメータωの値が意味をなさないので、表中でωなどを空欄としている。
【0132】
【表1】
【0133】
【表2】
【0134】
【表3】
【0135】
【表4】
【0136】
【表5】
【0137】
【表6】
【0138】
【表7】
【0139】
【表8】
【0140】
【表9】
【0141】
【表10】
【0142】
【表11】
【0143】
【表12】
【0144】
【表13】
【0145】
【表14】
この熱延鋼板は、化学成分として、C、Si、Mn、sol.Alを含有し、表面領域にて、{110}<110>〜{110}<001>からなる方位群の平均極密度が0.5以上3.0以下であり、かつこの方位群の極密度の標準偏差が0.2以上2.0以下であり、引張強度が780MPa以上1370MPa以下である。