(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
(A)請求項1に記載の化学組成を有するスラブを加熱すること、および加熱されたスラブを複数の圧延スタンドにより仕上げ圧延し、次いで巻き取ることを含む熱間圧延工程であって、以下の(A1)〜(A3)の条件を満足する熱間圧延工程
(A1)スラブ加熱時のAc1〜Ac1+30℃の間の平均加熱速度が2〜50℃/分であること、
(A2)複数の圧延スタンドによる仕上げ圧延において、1パスあたりの圧下率が37%以下、1パス目入側温度が1000℃以上、最終パス出側温度が900℃以上、平均スタンド間時間が0.20秒以上であり、かつ、仕上げ圧延完了から冷却開始までの時間が1秒以上であること、
(A3)巻取温度が450〜680℃であること、ならびに
(B)得られた鋼板を加熱して第一均熱処理すること、第一均熱処理された鋼板を第一冷却し次いで第二均熱処理すること、第二均熱処理された鋼板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬すること、めっきを施された鋼板を第二冷却すること、および第二冷却された鋼板を加熱し次いで第三均熱処理することを含む溶融亜鉛めっき工程であって、以下の(B1)〜(B6)の条件を満足する溶融亜鉛めっき工程
(B1)第一均熱処理前の鋼板加熱時において、Ac1〜Ac1+30℃の間の平均加熱速度が0.5℃/秒以上であること、
(B2)前記鋼板をAc1℃+30℃〜950℃の最高加熱温度で1秒〜1000秒間保持すること(第一均熱処理)、
(B3)第一冷却における700〜600℃までの温度範囲の平均冷却速度が10〜100℃/秒であること、
(B4)第一冷却された鋼板を250〜480℃の範囲で80秒〜500秒間保持すること(第二均熱処理)、
(B5)第二冷却が150℃以下まで行われること、
(B6)第二冷却された鋼板を300〜420℃の温度域に加熱し、次いで前記温度域で100〜1000秒間保持すること(第三均熱処理)
を含むことを特徴とする、請求項1に記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
一方、自動車用部材に供される溶融亜鉛めっき鋼板については、プレス成形性のみならず、衝突変形時に脆性的に破壊しないことが求められる。特に自動車用部材に使用される鋼板に関しては、プレス成形前の靭性ではなく、プレス成形により塑性ひずみを導入された後の靭性に優れることが必要である。しかしながら、従来技術では、塑性ひずみが導入された後の靭性の改善については必ずしも十分な検討がなされておらず、それゆえ溶融亜鉛めっき鋼板、特に自動車用部材に供される溶融亜鉛めっき鋼板の特性向上に関して依然として改善の余地があった。
【0011】
本発明の目的は、プレス成形性およびプレス成形後の靭性に優れた溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、以下の知見を得た。
(i)連続溶融亜鉛めっき熱処理工程において、めっき処理またはめっき合金化処理の後に、Ms以下まで冷却することでマルテンサイトを生成させる。さらにその後、再加熱および等温保持を施すことでマルテンサイトを適度に焼き戻すとともに、残留オーステナイトを安定化させる。このような熱処理により、マルテンサイトがめっき処理またはめっき合金化処理により過剰に焼き戻されなくなるため、強度と延性のバランスが改善する。
(ii)元来、焼き戻しマルテンサイトは強度と靭性のバランスに優れる組織であるが、そのサイズが大きいものは靭性の劣化要因として作用する。粗大な焼き戻しマルテンサイトの個数を低減するために有効な手段を検討した結果、めっき浴への浸漬およびそれに続く合金化処理の前に、適切な温度域で等温保持を行い、部分的にベイナイト変態を進めることが有効であると知見した。この等温保持により、後にマルテンサイトとなる未変態のオーステナイトがベイナイトによって分断される。オーステナイトをベイナイトによって分断することで、このようなオーステナイトから生成するマルテンサイトの大きさを低減することができ、これに関連して最終組織において粗大な焼き戻しマルテンサイトが低減する。その結果、靭性が大きく改善する。
(iii)塑性ひずみ導入後の靭性を改善するには、塑性ひずみが導入された時の金属組織に、硬くて脆いフレッシュマルテンサイト(焼き戻されていないマルテンサイトすなわち炭化物を含まないマルテンサイト)が多量に含まれないことが必要である。このようなフレッシュマルテンサイトを低減するためには、熱間圧延から連続溶融亜鉛めっきに至るまでの各製造工程において、フェライトとオーステナイト間でのMnの分配が抑制されるように製造条件を制約した上で、上記(i)および(ii)を満足する連続溶融亜鉛めっき熱処理を施すことが有効であると知見した。その詳細は必ずしも明らかでないが、塑性ひずみ導入時の金属組織にみられるフレッシュマルテンサイトの生成源は、塑性ひずみ導入前から存在するフレッシュマルテンサイトに加え、僅かな塑性ひずみの導入によりマルテンサイトに塑性誘起変態する不安定な残留オーステナイトであると推察される。このような不安定な残留オーステナイトは、連続溶融亜鉛めっき工程におけるオーステンパー(炭素原子の分配によるオーステナイトの安定化)が進みにくいMn濃化部に形成されやすいと考えられる。Mn濃化部の起源は鋳造時に形成される偏析領域であると考えられるが、その後さらに鋼がフェライトとオーステナイトの二相温度域に滞在すると、両相間で合金が分配しMn濃化部はより顕在化する。熱間圧延から連続溶融亜鉛めっきに至るまでの各工程に存在する二相温度域において、Mnの分配が極力生じないように製造条件を制御することでMn濃化部の形成が低減され、これに伴い、当該Mn濃化部に形成されやすい不安定な残留オーステナイトの量を減少させることができる。その結果、塑性ひずみ導入時にこのような不安定な残留オーステナイトから塑性誘起変態するマルテンサイトの量が低減するため、塑性ひずみ導入時の金属組織に含まれるフレッシュマルテンサイトが低減すると推察される。
【0013】
本発明は上記知見に基づき実現したものであり、具体的には以下の通りである。
(1)母材鋼板の少なくとも一方の表面に溶融亜鉛めっき層を有する溶融亜鉛めっき鋼板であって、前記母材鋼板が、質量%で、
C:0.100%〜0.350%、
Si:0.50%〜2.50%、
Mn:1.00%〜3.50%、
P:0.050%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.001%〜1.500%、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Ti:0%〜0.200%、
V:0%〜1.00%、
Nb:0%〜0.100%、
Cr:0%〜2.00%、
Ni:0%〜1.00%、
Cu:0%〜1.00%、
Co:0%〜1.00%、
Mo:0%〜1.00%、
W:0%〜1.00%、
B:0%〜0.0100%、
Sn:0%〜1.00%、
Sb:0%〜1.00%、
Ca:0%〜0.0100%、
Mg:0%〜0.0100%、
Ce:0%〜0.0100%、
Zr:0%〜0.0100%、
La:0%〜0.0100%、
Hf:0%〜0.0100%、
Bi:0%〜0.0100%、および
Ce、La以外のREM:0%〜0.0100%
を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
前記母材鋼板の表面から1/4厚の位置を中心とした1/8厚〜3/8厚の範囲における鋼組織が、体積分率で、
フェライト:0%〜50%、
残留オーステナイト:6%〜30%、
ベイナイト:5%以上、
焼き戻しマルテンサイト:5%以上、
フレッシュマルテンサイト:0%〜10%、および
パーライトとセメンタイトの合計:0%〜5%
を含有し、
円換算直径5.0μm以上の焼戻しマルテンサイトの個数密度が20個/1000μm
2以下であり、かつ、
5%塑性ひずみ付与後の円換算直径2.0μm以上のフレッシュマルテンサイトの面積率が10%以下であることを特徴とする、溶融亜鉛めっき鋼板。
(2)(A)上記(1)に記載の化学組成を有するスラブを加熱すること、および加熱されたスラブを複数の圧延スタンドにより仕上げ圧延し、次いで巻き取ることを含む熱間圧延工程であって、以下の(A1)〜(A3)の条件を満足する熱間圧延工程
(A1)スラブ加熱時のAc1〜Ac1+30℃の間の平均加熱速度が2〜50℃/分であること、
(A2)複数の圧延スタンドによる仕上げ圧延において、1パスあたりの圧下率が37%以下、1パス目入側温度が1000℃以上、最終パス出側温度が900℃以上、平均スタンド間時間が0.20秒以上であり、かつ、仕上げ圧延完了から冷却開始までの時間が1秒以上であること、
(A3)巻取温度が450〜680℃であること、ならびに
(B)得られた鋼板を加熱して第一均熱処理すること、第一均熱処理された鋼板を第一冷却し次いで第二均熱処理すること、第二均熱処理された鋼板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬すること、めっきを施された鋼板を第二冷却すること、および第二冷却された鋼板を加熱し次いで第三均熱処理することを含む溶融亜鉛めっき工程であって、以下の(B1)〜(B6)の条件を満足する溶融亜鉛めっき工程
(B1)第一均熱処理前の鋼板加熱時において、Ac1〜Ac1+30℃の間の平均加熱速度が0.5℃/秒以上であること、
(B2)前記鋼板をAc1℃+30℃〜950℃の最高加熱温度で1秒〜1000秒間保持すること(第一均熱処理)、
(B3)第一冷却における700〜600℃までの温度範囲の平均冷却速度が10〜100℃/秒であること、
(B4)第一冷却された鋼板を250〜480℃の範囲で80秒〜500秒間保持すること(第二均熱処理)、
(B5)第二冷却が150℃以下まで行われること、
(B6)第二冷却された鋼板を300〜420℃の温度域に加熱し、次いで前記温度域で100〜1000秒間保持すること(第三均熱処理)
を含むことを特徴とする、上記(1)に記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、プレス成形性、具体的には、延性・穴広げ性、更に塑性ひずみ導入後の靭性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<溶融亜鉛めっき鋼板>
本発明の実施形態に係る溶融亜鉛めっき鋼板は、母材鋼板の少なくとも一方の表面に溶融亜鉛めっき層を有し、前記母材鋼板が、質量%で、
C:0.100%〜0.350%、
Si:0.50%〜2.50%、
Mn:1.00%〜3.50%、
P:0.050%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.001%〜1.500%、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Ti:0%〜0.200%、
V:0%〜1.00%、
Nb:0%〜0.100%、
Cr:0%〜2.00%、
Ni:0%〜1.00%、
Cu:0%〜1.00%、
Co:0%〜1.00%、
Mo:0%〜1.00%、
W:0%〜1.00%、
B:0%〜0.0100%、
Sn:0%〜1.00%、
Sb:0%〜1.00%、
Ca:0%〜0.0100%、
Mg:0%〜0.0100%、
Ce:0%〜0.0100%、
Zr:0%〜0.0100%、
La:0%〜0.0100%、
Hf:0%〜0.0100%、
Bi:0%〜0.0100%、および
Ce、La以外のREM:0%〜0.0100%
を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
前記母材鋼板の表面から1/4厚の位置を中心とした1/8厚〜3/8厚の範囲における鋼組織が、体積分率で、
フェライト:0%〜50%、
残留オーステナイト:6%〜30%、
ベイナイト:5%以上、
焼き戻しマルテンサイト:5%以上、
フレッシュマルテンサイト:0%〜10%、および
パーライトとセメンタイトの合計:0%〜5%
を含有し、
円換算直径5.0μm以上の焼戻しマルテンサイトの個数密度が20個/1000μm
2以下であり、かつ、
5%塑性ひずみ付与後の円換算直径2.0μm以上のフレッシュマルテンサイトの面積率が10%以下であることを特徴としている。
【0017】
『化学組成』
まず、本発明の実施形態に係る母材鋼板(以下、単に鋼板とも称する)の化学組成を上述のように限定した理由について説明する。なお、本明細書において化学組成を規定する「%」は特に断りのない限り全て「質量%」である。また、本明細書において、数値範囲を示す「〜」とは、特に断りがない場合、その前後に記載される数値を下限値および上限値として含む意味で使用される。
【0018】
[C:0.100%〜0.350%]
Cは、鋼板強度確保のために必須の元素である。0.100%未満では所要の高強度が得られないので、C含有量は0.100%以上とする。C含有量は0.120%以上または0.150%以上であってもよい。一方、0.350%を超えると、加工性や溶接性が低下するので、C含有量は0.350%以下とする。C含有量は0.340%以下、0.320%以下または0.300%以下であってもよい。
【0019】
[Si:0.50%〜2.50%]
Siは、鉄炭化物の生成を抑制し、強度と成形性の向上に寄与する元素であるが、過度の添加は鋼板の溶接性を劣化させる。従って、その含有量は0.50〜2.50%とする。Si含有量は0.60%以上もしくは0.80%以上であってもよく、および/または2.40%以下、2.20%以下もしくは2.00%以下であってもよい。
【0020】
[Mn:1.00%〜3.50%]
Mn(マンガン)は強力なオーステナイト安定化元素であり、鋼板の高強度化に有効な元素である。過度の添加は溶接性や低温靭性を劣化させる。従って、その含有量は1.00〜3.50%とする。Mn含有量は1.20%以上もしくは1.50%以上であってもよく、および/または3.40%以下、3.20%以下もしくは3.00%以下であってもよい。
【0021】
[P:0.050%以下]
P(リン)は固溶強化元素であり、鋼板の高強度化に有効な元素であるが、過度の添加は溶接性および靱性を劣化させる。従って、P含有量は0.050%以下と制限する。好ましくは0.045%以下、0.035%以下または0.020%以下である。ただし、P含有量を極度に低減させるには、脱Pコストが高くなるため、経済性の観点から下限を0.001%とすることが好ましい。
【0022】
[S:0.0100%以下]
S(硫黄)は不純物として含有される元素であり、鋼中でMnSを形成して靱性や穴広げ性を劣化させる。したがって、靱性や穴広げ性の劣化が顕著でない範囲として、S含有量を0.0100%以下と制限する。好ましくは0.0050%以下、0.0040%以下または0.0030%以下である。ただし、S含有量を極度に低減させるには、脱硫コストが高くなるため、経済性の観点から下限を0.0001%とすることが好ましい。
【0023】
[Al:0.001%〜1.500%]
Al(アルミニウム)は、鋼の脱酸のため少なくとも0.001%を添加する。しかし、過剰に添加しても効果が飽和し徒にコスト上昇を招くばかりか、鋼の変態温度を上昇させ熱間圧延時の負荷を増大させる。従ってAl量は1.500%を上限とする。好ましくは1.200%以下、1.000%以下または0.800%以下である。
【0024】
[N:0.0100%以下]
N(窒素)は不純物として含有される元素であり、その含有量が0.0100%を超えると鋼中に粗大な窒化物を形成して曲げ性や穴広げ性を劣化させる。したがって、N含有量は0.0100%以下と制限する。好ましくは0.0080%以下、0.0060%以下または0.0050%以下である。ただし、N含有量を極度に低減させるには、脱Nコストが高くなるため、経済性の観点から下限を0.0001%とすることが好ましい。
【0025】
[O:0.0100%以下]
O(酸素)は不純物として含有される元素であり、その含有量が0.0100%を超えると鋼中に粗大な酸化物を形成して曲げ性や穴広げさせる。従って、O含有量は0.0100%以下と制限する。好ましくは0.0080%以下、0.0060%以下または0.0050%以下である。ただし、製造コストの観点から、下限を0.0001%とすることが好ましい。
【0026】
本発明の実施形態に係る母材鋼板の基本化学成分組成は上記のとおりである。さらに、当該母材鋼板は、必要に応じて以下の元素を含有してもよい。
【0027】
[Ti:0%〜0.200%、V:0%〜1.00%、Nb:0%〜0.100%、Cr:0%〜2.00%、Ni:0%〜1.00%、Cu:0%〜1.00%、Co:0%〜1.00%、Mo:0%〜1.00%、W:0%〜1.00%、B:0%〜0.0100%、Sn:0%〜1.00%およびSb:0%〜1.00%]
Ti(チタン)、V(バナジウム)、Nb(ニオブ)、Cr(クロム)、Ni(ニッケル)、Cu(銅)、Co(コバルト)、Mo(モリブデン)、W(タングステン)、B(ホウ素)、Sn(錫)およびSb(アンチモン)はいずれも鋼板の高強度化に有効な元素である。このため、必要に応じてこれらの元素のうち1種または2種以上を添加してもよい。しかしこれらの元素を過度に添加すると効果が飽和し徒にコストの増大を招く。従って、その含有量はTi:0%〜0.200%、V:0%〜1.00%、Nb:0%〜0.100%、Cr:0%〜2.00%、Ni:0%〜1.00%、Cu:0%〜1.00%、Co:0%〜1.00%、Mo:0%〜1.00%、W:0%〜1.00%、B:0%〜0.0100%、Sn:0%〜1.00%、Sb:0%〜1.00%とする。各元素は0.005%以上または0.010%以上であってもよい。とりわけ、B含有量は0.0001%以上または0.0005%以上であってもよい。
【0028】
[Ca:0%〜0.0100%、Mg:0%〜0.0100%、Ce:0%〜0.0100%、Zr:0%〜0.0100%、La:0%〜0.0100%、Hf:0%〜0.0100%、Bi:0%〜0.0100%およびCe、La以外のREM:0%〜0.0100%]
Ca(カルシウム)、Mg(マグネシウム)、Ce(セリウム)、Zr(ジルコニウム)、La(ランタン)、Hf(ハフニウム)およびCe、La以外のREM(希土類元素)は鋼中介在物の微細分散化に寄与する元素であり、Bi(ビスマス)は鋼中におけるMn、Si等の置換型合金元素のミクロ偏析を軽減する元素である。それぞれ鋼板の加工性向上に寄与することから、必要に応じてこれらの元素のうち1種または2種以上を添加してもよい。ただし過度の添加は延性の劣化を引き起こす。従ってその含有量は0.0100%を上限とする。また、各元素は0.0005%以上または0.0010%以上であってもよい。
【0029】
本発明の実施形態に係る母材鋼板において、上述の元素以外の残部は、Feおよび不純物からなる。不純物とは、母材鋼板を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明の実施形態に係る母材鋼板に対して意図的に添加した成分でないものを包含するものである。また、不純物とは、上で説明した成分以外の元素であって、当該元素特有の作用効果が本発明の実施形態に係る溶融亜鉛めっき鋼板の特性に影響しないレベルで母材鋼板中に含まれる元素をも包含するものである。
【0030】
『鋼板内部の鋼組織』
次に、本発明の実施形態に係る母材鋼板の内部組織の限定理由について説明する。
【0031】
[フェライト:0〜50%]
フェライトは延性に優れるが軟質な組織である。鋼板の伸びを向上させるために、要求される強度または延性に応じて含有させてもよい。但し、過度に含有すると所望の鋼板強度を確保することが困難となる。従って、その含有量は体積分率で50%を上限とし、45%以下、40%以下または35%以下であってもよい。フェライト含有量は体積分率で0%であってもよく、例えば、3%以上、5%以上または10%以上であってもよい。
【0032】
[焼戻しマルテンサイト:5%以上]
焼戻しマルテンサイトは高強度かつ強靭な組織であり、本発明において必須となる金属組織である。強度、延性、穴広げ性を高い水準でバランスさせるために体積分率で少なくとも5%以上を含有させる。好ましくは体積分率で10%以上であり、15%以上または20%以上であってもよい。例えば、焼戻しマルテンサイト含有量は体積分率で85%以下、80%以下または70%以下であってもよい。
【0033】
[フレッシュマルテンサイト:0〜10%]
本発明において、フレッシュマルテンサイトとは、焼き戻されていないマルテンサイトすなわち炭化物を含まないマルテンサイトを言うものである。このフレッシュマルテンサイトは脆い組織であるため、塑性変形時に破壊の起点となり、鋼板の局部延性を劣化させる。従って、その含有量は体積分率で0〜10%とする。より好ましくは0〜8%または0〜5%である。フレッシュマルテンサイト含有量は体積分率で1%以上または2%以上であってもよい。
【0034】
[残留オーステナイト:6%〜30%]
残留オーステナイトは、鋼板の変形中に加工誘起変態によりマルテンサイトへと変態するTRIP効果により鋼板の延性を改善する。そのため、体積分率で6%以上含有し、8%以上または10%以上含有してもよい。残留オーステナイトは多いほど伸びが上昇するが、多量の残留オーステナイトを得るにはC等の合金元素を多量に含有させる必要がある。そのため、残留オーステナイトの上限値は体積分率で30%とし、25%以下または20%以下であってもよい。
【0035】
[パーライトとセメンタイトの合計:0〜5%]
パーライトは硬質かつ粗大なセメンタイトを含み、塑性変形時に破壊の起点となるため、鋼板の局部延性を劣化させる。従って、その含有量はセメンタイトと合わせて体積分率で0〜5%とし、0〜3%または0〜2%であってもよい。
【0036】
[ベイナイト:5%以上]
本発明では粗大な焼き戻しマルテンサイトの生成を抑制するために、マルテンサイト変態前にベイナイト変態を部分的に進める。そのため、この効果を得るためにはベイナイトの含有量は体積分率で5%以上とする必要がある。ベイナイト含有量は体積分率で8%以上または12%以上であってもよい。ベイナイト含有量の上限値は、特に限定されないが、例えば、体積分率で50%以下、40%以下または35%以下であってもよい。
【0037】
[円換算直径5.0μm以上の焼戻しマルテンサイトの個数密度の合計が20個/1000μm
2以下]
塑性ひずみ導入後の靭性を改善するために、円換算直径5.0μm以上の粗大な焼戻しマルテンサイトの個数密度を20個/1000μm
2以下に制限する。好ましくは、15個/1000μm
2以下または10個/1000μm
2以下である。当該個数密度は0個/1000μm
2であってもよく、または1個/1000μm
2以上であってもよい。
【0038】
[5%塑性ひずみ付与後の円換算直径2.0μm以上のフレッシュマルテンサイトの面積率:10%以下]
塑性ひずみ導入後の靭性に対しては、塑性ひずみ導入後に存在するフレッシュマルテンサイトを低減することが重要である。中でも円換算直径2.0μmを超えるような粗大なフレッシュマルテンサイトは悪影響を及ぼす度合いが大きい。従って、本発明の実施形態に係る鋼板においては、5%塑性ひずみ導入後の円換算直径2.0μm以上のフレッシュマルテンサイトの面積率を10%以下に制限する。例えば、当該フレッシュマルテンサイトの面積率は8%以下または6%以下であってもよい。また、当該フレッシュマルテンサイトの面積率は0%であってもよく、または1%以上であってもよい。
【0039】
溶融亜鉛めっき鋼板の鋼組織分率は、SEM−EBSD法(電子線後方散乱回折法)およびSEM二次電子像観察により評価する。
【0040】
まず、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面であって、幅方向の中央位置における板厚断面を観察面として試料を採取し、観察面を機械研磨し鏡面に仕上げた後、電解研磨を行う。次いで、観察面における母材鋼板の表面から1/4厚を中心とした1/8厚〜3/8厚の範囲の一つないし複数の観察視野において、合計で2.0×10
-9m
2以上の面積をSEM−EBSD法により結晶構造および方位解析を行う。EBSD法により得られたデータの解析にはTSL社製の「OIM Analysys 6.0」を用いる。また、評点間距離(step)は0.03〜0.20μmとする。観察結果からFCC鉄と判断される領域を残留オーステナイトとする。さらに、結晶方位差が15度以上となる境界を粒界として結晶粒界マップを得る。
【0041】
次に、EBSD観察を実施したものと同一試料についてナイタール腐食を行い、EBSD観察と同一視野について二次電子像観察を行う。EBSD測定時と同一視野を観察するため、ビッカース圧痕等の目印を予めつけておくとよい。得られた二次電子像より、フェライト、残留オーステナイト、ベイナイト、焼き戻しマルテンサイト、フレッシュマルテンサイト、パーライトの面積分率をそれぞれ測定し、それを以って体積分率と見なす。粒内に下部組織を有し、かつ、セメンタイトが複数のバリアント、より具体的には2通り以上のバリアントを持って析出している領域を焼き戻しマルテンサイトと判断する(例えば、
図1の参考図を参照)。セメンタイトがラメラ状に析出している領域をパーライト(またはパーライトとセメンタイトの合計)と判断する。輝度が小さく、かつ下部組織が認められない領域をフェライトと判断する(例えば、
図1の参考図を参照)。輝度が大きく、かつ下部組織がエッチングにより現出されていない領域をフレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトと判断する(例えば、
図1の参考図を参照)。上記領域のいずれにも該当しない領域をベイナイトと判断する。各々の体積率を、ポイントカウンティング法によって算出することで、各組織の体積率とする。フレッシュマルテンサイトの体積率については、X線回折法により求めた残留オーステナイトの体積率を引くことにより求めることができる。
【0042】
残留オーステナイトの体積率は、X線回折法により測定する。母材鋼板の表面から1/4厚を中心とした1/8厚〜3/8厚の範囲において、板面に平行な面を鏡面に仕上げ、X線回折法によってFCC鉄の面積率を測定し、それをもって残留オーステナイトの体積率とする。
【0043】
円換算直径5.0μm以上の焼戻しマルテンサイトの個数密度は、上記のEBSD観察およびSEM観察により同定された焼戻しマルテンサイトについて、画像処理により観察視野内の各焼戻しマルテンサイトの円換算直径を算出し、当該円換算直径が5.0μm以上となる焼戻しマルテンサイトの存在頻度に基づいて決定される。
【0044】
塑性ひずみ導入後の円換算直径2.0μm以上のフレッシュマルテンサイトの面積率は以下の方法により評価する。まず、鋼板幅方向を試験片長手方向として引っ張り試験片を採取し、塑性ひずみ量が5%となるように引っ張り試験機を用いて予歪みを導入する。予歪後の試験片の平行部中央から、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を観察面としてミクロ観察用試料を採取し、観察面を機械研磨し鏡面に仕上げた後、電解研磨を行う。その後は、前記の手法によりEBSD観察およびSEM観察を行うことでフレッシュマルテンサイトを同定し、次いで画像処理により円換算直径2.0μm以上のフレッシュマルテンサイトの面積率を測定する。
【0045】
(溶融亜鉛めっき層)
本発明の実施形態に係る母材鋼板は、少なくとも一方の表面、好ましくは両方の表面に溶融亜鉛めっき層を有する。当該めっき層は、当業者に公知の任意の組成を有する溶融亜鉛めっき層または合金化溶融亜鉛めっき層であってよく、Zn以外にもAl等の添加元素を含んでいてよい。また、当該めっき層の付着量は、特に制限されず一般的な付着量であってよい。
【0046】
<溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法>
次に、本発明の実施形態に係る溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法について説明する。以下の説明は、本発明の実施形態に係る溶融亜鉛めっき鋼板を製造するための特徴的な方法の例示を意図するものであって、当該溶融亜鉛めっき鋼板を以下に説明するような製造方法によって製造されるものに限定することを意図するものではない。
【0047】
溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法は、(A)母材鋼板に関して上で説明した化学組成と同じ化学組成を有するスラブを加熱すること、および加熱されたスラブを複数の圧延スタンドにより仕上げ圧延し、次いで巻き取ることを含む熱間圧延工程であって、以下の(A1)〜(A3)の条件を満足する熱間圧延工程
(A1)スラブ加熱時のAc1〜Ac1+30℃の間の平均加熱速度が2〜50℃/分であること、
(A2)複数の圧延スタンドによる仕上げ圧延において、1パスあたりの圧下率が37%以下、1パス目入側温度が1000℃以上、最終パス出側温度が900℃以上、平均スタンド間時間が0.20秒以上であり、かつ、仕上げ圧延完了から冷却開始までの時間が1秒以上であること、
(A3)巻取温度が450〜680℃であること、ならびに
(B)得られた鋼板を加熱して第一均熱処理すること、第一均熱処理された鋼板を第一冷却し次いで第二均熱処理すること、第二均熱処理された鋼板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬すること、めっきを施された鋼板を第二冷却すること、および第二冷却された鋼板を加熱し次いで第三均熱処理することを含む溶融亜鉛めっき工程であって、以下の(B1)〜(B6)の条件を満足する溶融亜鉛めっき工程
(B1)第一均熱処理前の鋼板加熱時において、Ac1〜Ac1+30℃の間の平均加熱速度が0.5℃/秒以上であること、
(B2)前記鋼板をAc1℃+30℃〜950℃の最高加熱温度で1秒〜1000秒間保持すること(第一均熱処理)、
(B3)第一冷却における700〜600℃までの温度範囲の平均冷却速度が10〜100℃/秒であること、
(B4)第一冷却された鋼板を250〜480℃の範囲で80秒〜500秒間保持すること(第二均熱処理)、
(B5)第二冷却が150℃以下まで行われること、
(B6)第二冷却された鋼板を300〜420℃の温度域に加熱し、次いで前記温度域で100〜1000秒間保持すること(第三均熱処理)
を含むことを特徴としている。
【0048】
以下、当該溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法について詳細に説明する。
【0049】
『(A)熱間圧延工程』
まず、熱間圧延工程では、母材鋼板に関して上で説明した化学組成と同じ化学組成を有するスラブが熱間圧延前に加熱される。スラブの加熱温度は、特に限定されないが、ホウ化物や炭化物などを十分溶解するため、一般的には1150℃以上とすることが好ましい。なお使用する鋼スラブは、製造性の観点から連続鋳造法にて鋳造することが好ましいが、造塊法、薄スラブ鋳造法で製造してもよい。
【0050】
[Ac1〜Ac1+30℃の間の平均加熱速度:2〜50℃/分]
本方法では、スラブ加熱時のAc1〜Ac1+30℃の間の平均加熱速度が2〜50℃/分に制御される。Ac1直上の二相(オーステナイトとフェライト)温度域はオーステナイトとフェライトの間で合金元素の分配が特に進みやすい。そのためスラブを再加熱する際は、上記温度域を2℃/分以上の比較的速い平均速度で加熱する。加熱速度が2℃/分を下回ると、塑性ひずみ後の最終組織において粗大なフレッシュマルテンサイトの量が増加する。一方、加熱速度が50℃/分を上回るような急速加熱を実施した場合、スラブの厚さ方向における温度分布が不均一となり熱応力が発生するためスラブの熱変形等の不具合を発生させる場合がある。例えば、上記の平均加熱速度は4℃/分以上であってもよく、および/または40℃/分以下、30℃/分以下、20℃/分以下もしくは10℃/分以下であってもよい。なお、Ac1点は次の式により計算する。下記式における元素記号には当該元素の質量%を代入する。含有しない元素については0質量%を代入する。
Ac1(℃)=723−10.7×Mn−16.9×Ni+29.1×Si+16.9×Cr
また、本発明において、「スラブ加熱時のAc1〜Ac1+30℃の間の平均加熱速度」とは、Ac1とAc1+30℃との差である30℃をAc1からAc1+30℃に至るまでの経過時間で割ることにより得られた値をいうものである。
【0051】
[粗圧延]
本方法では、例えば、加熱されたスラブに対し、板厚調整等のために、仕上げ圧延の前に粗圧延を施してもよい。このような粗圧延は、特に限定されないが、1050℃以上での総圧下率が60%以上となるように実施することが好ましい。総圧下率が60%未満であると、熱間圧延中の再結晶が不十分となるため、熱延板組織の不均質化につながる場合がある。上記の総圧下率は、例えば、90%以下であってもよい。
【0052】
[複数の圧延スタンドによる仕上げ圧延]
仕上げ圧延は、下記の条件:1パスあたりの最大圧下率が37%以下、1パス目入側温度が1000℃以上、最終パス出側温度が900℃以上、平均スタンド間時間が0.20秒以上、および仕上げ圧延完了から冷却開始までの時間が1秒以上を満足する範囲で実施する。仕上げ圧延において、オーステナイトに蓄積されるひずみエネルギーが大きいほど、仕上げ圧延完了後にフェライト変態がより高温で起こりやすい。フェライト変態温度が低いほど、フェライトとオーステナイトの間で生じる合金元素、とりわけMnの分配を抑制できる。よって、オーステナイトに蓄積されるひずみエネルギーを低減するために、上記要件を満足する範囲で仕上げ圧延を実施する。例えば、1パスあたりの最大圧下率は30%以下、25%以下もしくは20%以下であってもよく、および/または5%以上であってもよい。1パス目入側温度は1100℃以下であってもよい。最終パス出側温度は1000℃以下または990℃以下であってもよい。平均スタンド間時間は0.50秒以上であってもよく、および/または10秒以下であってもよい。仕上げ圧延完了から冷却開始までの時間は2秒以上もしくは3秒以上であってもよく、および/または10秒以下であってもよい。
【0053】
[巻取温度:450〜680℃]
巻取温度は450〜680℃とする。巻取温度は450℃を下回ると、熱延板強度が過大となり、冷間圧延性を損なう場合がある。一方、巻取温度が680℃を上回ると、フェライト変態がより高温で起こりやすくなるために、フェライトとオーステナイトの間で合金元素、とりわけMnの分配が生じやすい。巻取温度は500℃以上であってよく、および/または650℃以下もしくは600℃以下であってもよい。
【0054】
本方法では、得られた熱延鋼板(熱延コイル)は、必要に応じて酸洗等の処理を行ってもよい。熱延コイルの酸洗方法は常法に従えばよい。また、熱延コイルの形状矯正および酸洗性向上のためにスキンパス圧延を行ってもよい。
【0055】
『冷間圧延工程』
本方法において、熱間圧延および/または酸洗後は、そのまま連続溶融亜鉛めっきラインで熱処理を施してもよいし、冷間圧延を施した後、連続溶融亜鉛めっきラインで熱処理してもよい。冷間圧延を施す場合、冷間圧下率は25%以上または30%以上とすることが好ましい。一方、過度の圧下は圧延加重が過大となり冷延ミルの負荷増大を招くため、その上限は75%または70%とすることが好ましい。
【0056】
『(B)溶融亜鉛めっき工程』
本方法においては、熱間加熱工程後、得られた鋼板は、溶融亜鉛めっき工程においてめっき処理を施される。当該溶融亜鉛めっき工程では、まず、鋼板が加熱され、第一均熱処理にさらされる。特に限定されないが、この鋼板加熱時において、600℃〜Ac1の間の平均加熱速度は、例えば10.0℃/秒以下に制限することが好ましい。平均加熱速度が10.0℃/秒を超えると、フェライトの再結晶が十分進行せず鋼板の伸びが劣化する場合がある。この平均加熱速度は6.0℃/秒以下であってもよい。当該平均加熱速度の下限値は、特に限定されないが、例えば1.0℃/秒以上であってもよい。本発明において、「600℃〜Ac1の間の平均加熱速度」とは、600℃とAc1との差を600℃からAc1に至るまでの経過時間で割ることにより得られた値をいうものである。
【0057】
[Ac1〜Ac1+30℃の間の平均加熱速度:0.5℃/秒以上]
上記鋼板加熱時におけるAc1〜Ac1+30℃の間の平均加熱速度は0.5℃/秒以上に制限される。Ac1〜Ac1+30℃の間の平均加熱速度が0.5℃/秒を下回ると、フェライトとオーステナイトの間でのMnの分配が顕在化するため、塑性ひずみ後の最終組織において粗大なフレッシュマルテンサイトの量が増加する。この平均加熱速度は1.0℃/秒以上であってもよい。平均加熱速度の上限値は、特に限定されないが、例えば10.0℃/秒以下であってもよい。本発明において、「鋼板加熱時におけるAc1〜Ac1+30℃の間の平均加熱速度」とは、Ac1とAc1〜Ac1+30℃との差である30℃をAc1からAc1+30℃に至るまでの経過時間で割ることにより得られた値をいうものである。
【0058】
[第一均熱処理:Ac1+30℃〜950℃の最高加熱温度で1秒〜1000秒間保持]
十分にオーステナイト化を進行させるため、鋼板を少なくともAc1+30℃以上に加熱し、当該温度(最高加熱温度)で均熱処理を行う。但し、過剰に加熱温度を上げると、オーステナイト粒径の粗大化による靭性の劣化を招くばかりか、焼鈍設備の損傷にも繋がる。そのため上限は950℃、好ましくは900℃とする。均熱時間が短いとオーステナイト化が十分進行しないため、少なくとも1秒以上とする。好ましくは30秒以上または60秒以上である。一方、均熱時間が長すぎると生産性を阻害することから上限は1000秒、好ましくは500秒とする。均熱中は鋼板を必ずしも一定温度に保持する必要はなく、上記条件を満足する範囲で変動しても構わない。第一均熱処理ならびに後述する第二均熱処理および第三均熱処理における「保持」とは、各均熱処理において規定される上下限値を超えない範囲で温度を所定の温度±20℃、好ましくは±10℃の範囲内に維持することを意味するものである。したがって、例えば、徐々に加熱しまたは徐々に冷却することで、各均熱処理において規定される温度範囲内を40℃、好ましくは20℃を超えて変動する加熱または冷却操作は、本発明の実施形態に係る第一、第二および第三均熱処理には包含されない。
【0059】
[第一冷却:700〜600℃の温度範囲の平均冷却速度:10〜100℃/秒]
最高加熱温度で保持した後は第一冷却を行う。冷却停止温度は、続く第二均熱温度となる480℃〜600℃である。700℃〜600℃の温度範囲の平均冷却速度は10〜100℃/秒とする。平均冷却速度が10℃/秒を下回ると所望のフェライト分率が得られない場合がある。平均冷却速度は15℃/秒以上または20℃/秒以上であってもよい。また、平均冷却速度は80℃/秒以下または60℃/秒以下であってもよい。また、本発明において、「700〜600℃の温度範囲の平均冷却速度」とは、700℃と600との差である100℃を700℃から600℃に至るまでの経過時間で割ることにより得られた値をいうものである。
【0060】
[第二均熱処理:250℃〜480℃の範囲で80〜500秒間保持]
250℃〜480℃の範囲で80〜500秒間保持する第二均熱処理により、ベイナイト変態を部分的に進める。本熱処理により、後にマルテンサイトとなる未変態のオーステナイトがベイナイトによって分断されるために、最終組織において粗大な焼き戻しマルテンサイトが低減し、それによって塑性ひずみ導入後の靭性を改善することができる。第二均熱処理の温度は280℃以上であってもよく、450℃以下であってもよい。また、保持時間は100秒以上であってもよく、400秒以下であってもよい。これに関連して、単に第二均熱処理を適切に実施したとしても、熱間圧延工程から溶融亜鉛めっき工程に至るまでにフェライトとオーステナイト間でのMnの分配が十分に抑制されていない場合には、Mn濃化部に形成されやすい不安定な残留オーステナイトの量を減少させることができず、結果として塑性ひずみ後の組織において粗大なフレッシュマルテンサイトの量が増加してしまい、靭性が低下する。したがって、本発明の実施形態に係る溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法では、塑性ひずみ導入後の靭性を改善するためには、熱間圧延工程において上で説明した(A1)〜(A3)の条件を満たしつつ、溶融亜鉛めっき工程において第二均熱処理を適切に実施することが重要である。
【0061】
第二均熱処理の後、鋼板を溶融亜鉛めっきに浸漬する。この時の鋼板温度が鋼板性能に及ぼす影響は小さいが、鋼板温度とめっき浴温度の差が大きすぎると、めっき浴温度が変化してしまい操業に支障をきたす場合があるため、めっき浴温度−20℃〜めっき浴温度+20℃の範囲に鋼板を再加熱する工程を設けることが望ましい。溶融亜鉛めっきは常法に従えて行えばよい。例えば、めっき浴温は440〜470℃、浸漬時間は5秒以下でよい。めっき浴は、Alを0.08〜0.2%含有するめっき浴が好ましいが、その他、不純物としてFe、Si、Mg、Mn、Cr、Ti、Pbを含有してもよい。また、めっきの目付量を、ガスワイピング等の公知の方法で制御することが好ましい。目付量は、片面あたり25〜75g/m
2が好ましい。
【0062】
[合金化処理]
例えば、溶融亜鉛めっき層を形成した溶融亜鉛めっき鋼板に対して、必要に応じて合金化処理を行ってもよい。その場合、合金化処理温度が460℃未満であると、合金化速度が遅くなり生産性を損なうばかりでなく、合金化処理むらが発生するので、合金化処理温度は460℃以上とする。一方、合金化処理温度が600℃を超えると、合金化が過度に進行して、鋼板のめっき密着性が劣化する場合がある。また、パーライト変態が進み所望の金属組織を得られない場合がある。したがって、合金化処理温度は600℃以下とする。
【0063】
[第二冷却:150℃以下に冷却]
めっき処理またはめっき合金化処理後の鋼板にオーステナイトの一部をマルテンサイト変態させるため、マルテンサイト変態開始温度(Ms)以下まで冷却する第二冷却を行う。ここで生成したマルテンサイトは後の再加熱および第三均熱処理により焼戻され、焼戻しマルテンサイトとなる。冷却停止温度が150℃を超えると、焼戻しマルテンサイトが十分形成されないため、所望の金属組織が得られない。したがって、冷却停止温度は150℃以下とし、100℃以下であってもよい。なお、Ms点は次の式により計算する。下記式における元素記号には当該元素の質量%を代入する。含有しない元素については0質量%を代入する。
Ms(℃)=550−361×C−39×Mn−35×V−20×Cr−17×Ni−10×Cu−5×Mo+30×Al
【0064】
[第三均熱処理:300℃〜420℃の範囲で100〜1000秒間保持]
第二冷却の後、300℃〜420℃の範囲に再加熱し第三均熱処理を行う。この工程では、所望の残留オーステナイト量を得るため、オーステナイト中に炭素を濃化させ、オーステナイトを安定化させる(オーステンパー)。加えて、第二冷却時に生成したマルテンサイトを焼き戻す。保持温度が300℃未満または保持時間が100秒未満の場合、ベイナイト変態が十分進行しないため、所望の残留オーステナイト量を得ることが困難となるか、または後にマルテンサイトとなる未変態のオーステナイトがベイナイトによって十分に分断されず、その結果として塑性ひずみ導入後に粗大なフレッシュマルテンサイトが多く生成する場合がある。一方、保持温度が420℃を超えるか、あるいは保持時間が1000秒を超えると、マルテンサイトが過剰に焼き戻されるとともに、ベイナイト変態が過剰に進行するために所望の強度および金属組織を得ることが困難となる。第三均熱処理の温度は350℃以上であってもよく、400℃以下であってもよい。また、保持時間は150秒以上であってもよく、600秒以下であってもよい。
【0065】
第三均熱処理の後に室温まで冷却し、最終製品とする。鋼板の平坦矯正、表面粗度の調整のために、調質圧延を行ってもよい。この場合、延性の劣化を避けるため、伸び率を2%以下とすることが好ましい。
【実施例】
【0066】
次に、本発明の実施例について説明する。実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例である。本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得る。
【0067】
[例A]
表1に示す化学組成を有する鋼を鋳造し、スラブを作製した。表1に示す成分以外の残部はFeおよび不純物である。これらのスラブを表2に示す条件で熱間圧延を行い、熱延鋼板を製造した。その後、熱延鋼板を酸洗し、表面のスケールを除去した。その後、冷間圧延した。さらに、得られた鋼板について、表2に示す条件で連続溶融亜鉛めっき処理を実施し、適宜合金化処理を行った。表2に示す各均熱処理では、温度は表2に示される温度±10℃の範囲内に維持された。製造した溶融亜鉛めっき鋼板から採取した試料を分析した母材鋼板の成分組成は、表1に示す鋼の成分組成と同等であった。
【0068】
【表1-1】
【0069】
【表1-2】
【0070】
【表2-1】
【0071】
【表2-2】
【0072】
【表2-3】
【0073】
【表2-4】
【0074】
このようにして得られた鋼板から圧延方向に直角方向からJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z2241:2011に準拠して引張試験を行い、引張強度(TS)および全伸び(El)を測定した。また、日本鉄鋼連盟規格の「JFS T 1001 穴広げ試験方法」を行い、穴広げ率(λ)を測定した。TSが980MPa以上、かつ、TS×El×λ
0.5/1000が80以上のものを機械特性が良好であり、自動車用部材として用いられるのに好ましいプレス成形性を有すると判断した。
【0075】
塑性ひずみ導入後の靭性(プレス成形後の靭性)は以下の手法により評価した。圧延方向に直角方向からJIS5号引張試験片を採取し、引張試験により5%の塑性ひずみを付与した。ひずみ付与後の引張試験片の平行部から2mmVノッチ付きのシャルピー試験片を採取した。その後、ひずみ付与材および無ひずみ材について、試験温度、−20℃にてシャルピー試験を実施した。ひずみ付与後のシャルピー吸収エネルギー/塑性ひずみ付与前のシャルピー吸収エネルギーが0.7以上のものを◎、0.5〜0.7のものを○、0.5以下のものを×と判定した。◎および〇の評価を合格とした。
【0076】
結果を表3に示す。表3中のGAは合金化溶融亜鉛めっきを意味し、GIは合金化処理を行っていない溶融亜鉛めっきを意味する。
【0077】
【表3-1】
【0078】
【表3-2】
【0079】
比較例2では溶融亜鉛めっき工程における第二冷却停止温度が150℃よりも高かった。その結果、所望の金属組織が得られず、プレス成形性および予歪後の靭性が劣位であった。比較例3では溶融亜鉛めっき工程における第三均熱処理の保持時間が1000秒超であった。その結果、所望の金属組織が得られず、プレス成形性が劣位であった。比較例4ではスラブ加熱速度が2℃/分未満であった。その結果、所望の金属組織が得られず、予歪後の靭性が劣位であった。比較例7では溶融亜鉛めっき工程における第一均熱処理の温度がAc1+30℃(812℃)未満であった。その結果、所望の金属組織が得られず、プレス成形性が劣位であった。比較例8では熱間圧延工程における仕上げ圧延の1パス目入側温度が1000℃未満であり、最終パス出側温度が900℃未満であった。その結果、所望の金属組織が得られず、予歪後の靭性が劣位であった。比較例11では溶融亜鉛めっき工程における第三均熱処理の温度が300℃未満であった。その結果、所望の金属組織が得られず、プレス成形性および予歪後の靭性が劣位であった。比較例12では溶融亜鉛めっき工程における第一冷却の平均冷却速度が10℃/秒未満であった。その結果、所望の金属組織が得られず、プレス成形性が劣位であった。比較例15では第三均熱処理の保持時間が100秒未満であった。その結果、所望の金属組織が得られず、予歪後の靭性が劣位であった。
【0080】
比較例16では溶融亜鉛めっき工程における第三均熱処理の温度が420℃よりも高かった。その結果、所望の金属組織が得られず、予歪後の靭性が劣位であった。比較例17では溶融亜鉛めっき工程における第二均熱処理の保持時間が500秒超であった。その結果、所望の金属組織が得られず、プレス成形性が劣位であった。比較例18では第二均熱処理の温度が480℃超であった。その結果、所望の金属組織が得られず、予歪後の靭性が劣位であった。比較例21では溶融亜鉛めっき工程における第二均熱処理の保持時間が80秒未満であった。その結果、所望の金属組織が得られず、予歪後の靭性が劣位であった。比較例22では熱間圧延工程における仕上げ圧延の最大圧下率が37%超であり、平均スタンド間時間が0.20秒未満であった。その結果、所望の金属組織が得られず、予歪後の靭性が劣位であった。比較例27では仕上げ圧延完了から冷却開始までの時間が1秒未満であった。その結果、所望の金属組織が得られず、予歪後の靭性が劣位であった。比較例31では熱延工程における巻取温度が680℃超であった。その結果、所望の金属組織が得られず、プレス成形性および予歪後の靭性が劣位であった。比較例44〜50は化学組成が所定の範囲内に制御されていないために、プレス成形性および/または予歪後の靭性が劣位であった。比較例51では溶融亜鉛めっき工程におけるAc1〜Ac1+30℃の間の平均加熱速度が0.5秒未満であった。その結果、所望の金属組織が得られず、予歪後の靭性が劣位であった。比較例52では第三均熱処理を省略したために、所望の金属組織が得られず、プレス成形性および予歪後の靭性が劣位であった。比較例54では第二均熱処理を省略したために、所望の金属組織が得られず、予歪後の靭性が劣位であった。
【0081】
これとは対照的に、実施例の溶融亜鉛めっき鋼板は、引張強度が980MPa以上でかつTS×El×λ
0.5/1000が80以上であり、さらには予歪後の靭性が良好であることから、プレス成形性およびプレス成型形後の靭性に優れていることがわかる。
【0082】
[例B]
本例では、特定の均熱処理の有無について検討した。まず、表1に示す化学組成を有するスラブを作製し、次いで表4に示すように第一冷却を徐冷とし、第二均熱処理を省略したこと以外は例Aの場合と同様にして、溶融亜鉛めっき鋼板を得た。得られた溶融亜鉛めっき鋼板における鋼組織並びに機械特性は、例Aの場合と同様の方法により調べた。その結果を表5に示す。表4に示す各均熱処理では、温度は表4に示される温度±10℃の範囲内に維持された。
【0083】
【表4-1】
【0084】
【表4-2】
【0085】
【表5】
【0086】
表5の結果から明らかなように、第一冷却を徐冷とすることで第二均熱処理を省略した場合には、所望の金属組織が得られず、予歪後の靭性が劣位であった。
母材鋼板の少なくとも一方の表面に溶融亜鉛めっき層を有し、前記母材鋼板が、所定の組成を有し、体積分率で、フェライト:0%〜50%、残留オーステナイト:6%〜30%、ベイナイト:5%以上、焼き戻しマルテンサイト:5%以上、フレッシュマルテンサイト:0%〜10%、およびパーライトとセメンタイトの合計:0%〜5%を含有し、円換算直径5.0μm以上の焼戻しマルテンサイトの個数密度が20個/1000μm
以下であり、かつ、5%塑性ひずみ付与後の円換算直径2.0μm以上のフレッシュマルテンサイトの面積率が10%以下である溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法が提供される。