特許第6750772号(P6750772)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6750772
(24)【登録日】2020年8月17日
(45)【発行日】2020年9月2日
(54)【発明の名称】溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20200824BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20200824BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20200824BHJP
   C23C 2/02 20060101ALI20200824BHJP
   C23C 2/06 20060101ALI20200824BHJP
   C23C 2/28 20060101ALI20200824BHJP
   C23C 2/40 20060101ALI20200824BHJP
【FI】
   C22C38/00 301T
   C22C38/00 301W
   C22C38/60
   C21D9/46 J
   C21D9/46 U
   C23C2/02
   C23C2/06
   C23C2/28
   C23C2/40
【請求項の数】3
【全頁数】39
(21)【出願番号】特願2020-530703(P2020-530703)
(86)(22)【出願日】2020年2月6日
(86)【国際出願番号】JP2020004651
【審査請求日】2020年6月4日
(31)【優先権主張番号】特願2019-20067(P2019-20067)
(32)【優先日】2019年2月6日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】横山 卓史
(72)【発明者】
【氏名】川田 裕之
(72)【発明者】
【氏名】林 邦夫
(72)【発明者】
【氏名】山口 裕司
(72)【発明者】
【氏名】内田 智史
【審査官】 太田 一平
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016−050343(JP,A)
【文献】 国際公開第2018/011978(WO,A1)
【文献】 国際公開第2018/055695(WO,A1)
【文献】 国際公開第2019/003541(WO,A1)
【文献】 国際公開第2019/187124(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 9/46 − 9/48
C23C 2/02
C23C 2/06
C23C 2/28
C23C 2/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材鋼板の少なくとも一方の表面に溶融亜鉛めっき層を有する溶融亜鉛めっき鋼板であって、前記母材鋼板が、質量%で、
C:0.050%〜0.350%、
Si:0.10%〜2.50%、
Mn:1.00%〜3.50%、
P:0.050%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.001%〜1.500%、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Ti:0.005%〜0.200%、
B:0.0005%〜0.0100%、
V:0%〜1.00%、
Nb:0%〜0.100%、
Cr:0%〜2.00%、
Ni:0%〜1.00%、
Cu:0%〜1.00%、
Co:0%〜1.00%、
Mo:0%〜1.00%、
W:0%〜1.00%、
Sn:0%〜1.00%、
Sb:0%〜1.00%、
Ca:0%〜0.0100%、
Mg:0%〜0.0100%、
Ce:0%〜0.0100%、
Zr:0%〜0.0100%、
La:0%〜0.0100%、
Hf:0%〜0.0100%、
Bi:0%〜0.0100%、および
Ce、La以外のREM:0%〜0.0100%
を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
前記母材鋼板の表面から1/4厚の位置を中心とした1/8厚〜3/8厚の範囲における鋼組織が、体積分率で、
フェライト:0%〜50%、
残留オーステナイト:0%〜30%、
焼き戻しマルテンサイト:5%以上、
フレッシュマルテンサイト:0%〜10%、および
パーライトとセメンタイトの合計:0%〜5%
を含有し、残部組織が存在する場合には、前記残部組織がベイナイトからなり、
旧オーステナイト粒界におけるB原子の濃度が2.0atm%以上であり、かつ、
平均有効結晶粒径が7.0μm以下であることを特徴とする、溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項2】
前記鋼組織が、さらに、体積分率で、残留オーステナイト:6%〜30%を含有することを特徴とする、請求項1に記載の溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項3】
(A)請求項1に記載の化学組成を有するスラブを仕上げ圧延し、次いで巻き取ることを含む熱間圧延工程であって、以下の(A1)〜(A4)の条件を満足する熱間圧延工程
(A1)スラブの抽出から仕上げ圧延入側までの間に、前記スラブが温度TB以下に滞在する時間が300秒以下であること、
【数1】
(式中、[B]および[N]は、それぞれボロン(B)および窒素(N)の質量%を示す。)
(A2)仕上げ圧延において、仕上げ圧延入側温度が900〜1050℃であり、仕上げ圧延出側温度が850℃〜1000℃であり、総圧下率が70〜95%であること、
(A3)仕上げ圧延後の鋼板の冷却において、仕上げ圧延出側温度〜800℃の間の平均冷却速度がV℃/秒以上であること、
【数2】
(式中、[B]および[N]は、それぞれボロン(B)および窒素(N)の質量%を示す。)
(A4)巻取温度が450〜680℃であること、ならびに
(B)得られた鋼板を加熱して第一均熱処理すること、第一均熱処理された鋼板を第一冷却し次いで第二均熱処理すること、第二均熱処理された鋼板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬すること、めっきを施された鋼板を第二冷却すること、および第二冷却された鋼板を加熱し次いで第三均熱処理することを含む溶融亜鉛めっき工程であって、以下の(B1)〜(B7)の条件を満足する溶融亜鉛めっき工程
(B1)第一均熱処理前の鋼板加熱時において、650℃〜Ac1+30℃以上950℃以下の最高加熱温度までの平均加熱速度が0.5℃/秒〜10.0℃/秒であること、
(B2)前記鋼板を前記最高加熱温度で1秒〜1000秒間保持すること(第一均熱処理)、
(B3)第一冷却における700〜600℃までの温度範囲の平均冷却速度が10〜100℃/秒であること、
(B4)第一冷却された鋼板を480〜600℃の範囲で80秒〜500秒間保持すること(第二均熱処理)、
(B5)第二均熱処理された鋼板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬した後、合金化処理を施す場合には、前記合金化処理は460〜600℃の範囲で行われること、
(B6)第二冷却がMs−50℃以下まで行われること、
(B7)第二冷却された鋼板を200〜420℃の温度域に加熱し、次いで前記温度域で5〜1000秒間保持すること(第三均熱処理)
を含むことを特徴とする、請求項1または2に記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法に関し、主として自動車用鋼板としてプレス加工等により様々な形状に成形される、高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化対策に伴う温室効果ガス排出量規制の観点から自動車の燃費向上が求められており、車体の軽量化と衝突安全性確保のために高強度鋼板の適用がますます拡大しつつある。特に最近では、引張強度が980MPa以上の超高強度鋼板のニーズが高まりつつある。また、車体の中でも防錆性を要求される部位には表面に溶融亜鉛めっきを施した高強度溶融亜鉛めっき鋼板が求められる。
【0003】
自動車用部品に供する溶融亜鉛めっき鋼板には、強度だけでなくプレス成形性や溶接性等、部品成形のために必要な各種施工性が要求される。具体的には、プレス成形性の観点から、鋼板には、優れた伸び(引張試験における全伸び:El)、伸びフランジ性(穴広げ率:λ)が要求される。
【0004】
一般に、鋼板の高強度化に伴って、プレス成形性は劣化する。鋼の高強度化とプレス成形性を両立する手段として、残留オーステナイトの変態誘起塑性を利用したTRIP鋼板(TRansformation Induced Plasticity)が知られている。
【0005】
特許文献1〜3には、組織構成分率を所定の範囲に制御して、伸びと穴広げ率を改善した高強度TRIP鋼板に関する技術が開示されている。
【0006】
さらに、TRIP型高強度溶融亜鉛めっき鋼板に関しても幾つかの文献において開示されている。
【0007】
通常、連続焼鈍炉で溶融亜鉛めっき鋼板を製造するためには、鋼板を逆変態温度域(>Ac1)に加熱・均熱処理を施した後、室温まで冷却する過程の途中で、460℃程度の溶融亜鉛めっき浴に浸漬する必要がある。あるいは、加熱・均熱処理後、室温まで冷却した後、鋼板を溶融亜鉛めっき浴温度まで再度加熱し浴に浸漬する必要がある。さらに、通常、合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製造するためには、めっき浴浸漬後に合金化処理を施すことから、鋼板を460℃以上の温度域に再加熱必要がある。例えば、特許文献4では、鋼板をAc1以上に加熱後、マルテンサイト変態開始温度(Ms)以下まで急冷した後、ベイナイト変態温度域に再加熱し当該温度域で保持することでオーステナイトの安定化(オーステンパー)を進めた後、めっき合金化処理のためにめっき浴温度または合金化処理温度まで再加熱することが記載されている。しかしながら、このような製造方法では、マルテンサイトおよびベイナイトがめっき合金化処理工程で過剰に焼き戻されてしまうため、材質が劣化してしまう問題があった。
【0008】
特許文献5〜9では、めっき合金化処理の後に鋼板を冷却し、再加熱することでマルテンサイトを焼き戻すことを含む溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法が開示されている。
【0009】
一方で、引張強度が980MPaを超えるような超高強度鋼板を自動車用部材として適用する場合、プレス成形性もさることながら、鋼板の水素脆化割れ(遅れ破壊などともいう)を解決する必要がある。水素脆化割れとは、使用状況下において高い応力が作用している鋼部材が、環境から鋼中に侵入した水素に起因して、突然破壊する現象である。一般に、水素脆化割れは、鋼板の強度が上昇するほど発生し易くなる。これは、鋼板の強度が高いほど、成形後の残留応力が増大するためと考えられている。この水素脆化割れに対する感受性のことを耐水素脆化特性と呼称する。
【0010】
これまでにも鋼板の耐水素脆化特性を改善しようとする試みが複数なされてきた。その検討事例を以下に示す。
【0011】
特許文献10および11には所定の化学組成を有する冷延鋼板をAc3点以上に加熱し、焼き入れ、焼き戻しを行うことで鋼組織をマルテンサイト主体組織とする超高強度鋼板の製造方法が開示され、これらの超高強度鋼板が優れた耐遅れ破壊特性を有すると記載されている。
【0012】
特許文献12には、化学組成としてCu、Cr、Nb、Ni等を微量含有させ、かつ、鋼組織をベイナイト主体組織とした引張強度120kgf/mm2以上を有する高強度冷延鋼板が開示され、このような高強度冷延鋼板が耐遅れ破壊特性に優れていると記載されている。
【0013】
特許文献13には所定の化学組成を有する鋼板を脱炭焼鈍後、Ar3点以上に加熱し、焼き入れ、焼き戻しを行うことにより、鋼内部の組織を焼き戻しマルテンサイト主体組織としながらも、表層を軟質化させた1270MPa以上の引張強度を有する冷延鋼板の製造方法が開示され、このような冷延鋼板が曲げ性および耐遅れ破壊特性に優れていると記載されている。
【0014】
特許文献14には鋼組織中に含まれる残留オーステナイトの量および分散形態を制御することにより、当該残留オーステナイトの水素トラップ作用を利用した高強度薄鋼板が開示され、当該高強度薄鋼板が耐水素脆化特性に優れると記載されている。
【0015】
特許文献15にはボイド発生源である軟質相(フェライト)と硬質相(マルテンサイト、残留オーステナイト)の体積分率を調整し、硬質中間相(軟質相であるフェライトと硬質相であるマルテンサイトの中間の硬度)である焼戻しマルテンサイトもしくはベイナイトを生成させ、さらに結晶粒を微細化させることで、軟質なフェライトをある程度含有しながらも強度や穴広げ性を確保しつつ、鋼板組織内にセメンタイトを含有させることで水素トラップサイトを生成させ、強度を確保し、伸び、耐遅れ破壊(耐水素脆化)特性、穴広げ性を得ることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】国際公開第2013/051238号
【特許文献2】特開2006−104532号公報
【特許文献3】特開2011−184757号公報
【特許文献4】国際公開第2014/020640号
【特許文献5】特開2013−144830号公報
【特許文献6】国際公開第2016/113789号
【特許文献7】国際公開第2016/113788号
【特許文献8】国際公開第2016/171237号
【特許文献9】特開2017−48412号公報
【特許文献10】特開平10−001740号公報
【特許文献11】特開平9−111398号公報
【特許文献12】特開平6−145891号公報
【特許文献13】国際公開第2011/105385号
【特許文献14】特開2007−197819号公報
【特許文献15】国際公開第2017/179372号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
自動車用鋼板においては、その使途を考えた場合、プレス加工によりひずみを導入された後の耐水素脆性に優れることが必要である。しかしながら、従来技術では、ひずみが導入された後の耐水素脆性の改善については必ずしも十分な検討がなされておらず、それゆえ溶融亜鉛めっき鋼板、特に自動車用部材に供される溶融亜鉛めっき鋼板の特性向上に関して依然として改善の余地があった。
【0018】
そこで、本発明の目的は、プレス成形性および塑性加工後の耐水素脆化特性に優れた引張強度が980MPa以上の溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、以下の知見を得た。
(i)連続溶融亜鉛めっき熱処理工程において、めっき処理またはめっき合金化処理の後に、Ms以下まで冷却することでマルテンサイトを生成させる。さらにその後、再加熱および等温保持を施すことでマルテンサイトを適度に焼き戻すとともに、残留オーステナイトを含む鋼板の場合には、さらに当該残留オーステナイトを安定化させることもできる。このような熱処理により、マルテンサイトがめっき処理またはめっき合金化処理により過剰に焼き戻されなくなるため、強度と延性のバランスが改善する。
(ii)水素脆化割れは、亀裂が結晶粒界に沿って進展することにより進行する。従って、結晶粒界を安定化させることが耐水素脆化割れの改善に有効である。そこで、オーステナイト粒界を安定化させる効果のあるボロン(B)に着目し、ボロンのオーステナイト粒界偏析濃度を増加させることを考えた。具体的には、連続溶融亜鉛めっき熱処理において、均熱工程および冷却工程の後にボロンがオーステナイト粒界に偏析しやすい480〜600℃程度の温度域で等温保持を施すことで、ボロンの粒界偏析濃度が上昇することを見出した。しかしながら、めっき処理後あるいはマルテンサイト変態後にこのような処理を実施してしまうと、めっき層のパウダリング性が劣化してしまうことや、マルテンサイトが過剰に焼き戻されるために強度と延性のバランスが劣化してしまう。そこで、前記等温保持はめっき処理前に実施する必要がある。
(iii)上記ボロンの粒界偏析効果をより一層向上させるためには、連続溶融亜鉛めっき熱処理に至るまでの工程において、ボロン化物の析出・粗大化を抑制し、ボロンを固溶状態として存在させる必要がある。具体的には、熱間圧延工程においてボロン化物の析出・粗大化を抑制するために、熱間圧延および熱間圧延後の冷却条件を制約する。その上で、上記(i)および(ii)を満足する連続溶融亜鉛めっき熱処理を施すことで、耐水素脆化特性がより一層向上する。
【0020】
本発明は上記知見に基づき実現したものであり、具体的には以下の通りである。
(1)母材鋼板の少なくとも一方の表面に溶融亜鉛めっき層を有する溶融亜鉛めっき鋼板であって、前記母材鋼板が、質量%で、
C:0.050%〜0.350%、
Si:0.10%〜2.50%、
Mn:1.00%〜3.50%、
P:0.050%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.001%〜1.500%、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Ti:0.005%〜0.200%、
B:0.0005%〜0.0100%、
V:0%〜1.00%、
Nb:0%〜0.100%、
Cr:0%〜2.00%、
Ni:0%〜1.00%、
Cu:0%〜1.00%、
Co:0%〜1.00%、
Mo:0%〜1.00%、
W:0%〜1.00%、
Sn:0%〜1.00%、
Sb:0%〜1.00%、
Ca:0%〜0.0100%、
Mg:0%〜0.0100%、
Ce:0%〜0.0100%、
Zr:0%〜0.0100%、
La:0%〜0.0100%、
Hf:0%〜0.0100%、
Bi:0%〜0.0100%、および
Ce、La以外のREM:0%〜0.0100%
を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
前記母材鋼板の表面から1/4厚の位置を中心とした1/8厚〜3/8厚の範囲における鋼組織が、体積分率で、
フェライト:0%〜50%、
残留オーステナイト:0%〜30%、
焼き戻しマルテンサイト:5%以上、
フレッシュマルテンサイト:0%〜10%、および
パーライトとセメンタイトの合計:0%〜5%
を含有し、残部組織が存在する場合には、前記残部組織がベイナイトからなり、
旧オーステナイト粒界におけるB原子の濃度が2.0atm%以上であり、かつ、
平均有効結晶粒径が7.0μm以下であることを特徴とする、溶融亜鉛めっき鋼板。
(2)前記鋼組織が、さらに、体積分率で、残留オーステナイト:6%〜30%を含有することを特徴とする、上記(1)に記載の溶融亜鉛めっき鋼板。
(3)(A)上記(1)に記載の化学組成を有するスラブを仕上げ圧延し、次いで巻き取ることを含む熱間圧延工程であって、以下の(A1)〜(A4)の条件を満足する熱間圧延工程
(A1)スラブの抽出から仕上げ圧延入側までの間に、前記スラブが温度TB以下に滞在する時間が300秒以下であること、
【数1】
(式中、[B]および[N]は、それぞれボロン(B)および窒素(N)の質量%を示す。)
(A2)仕上げ圧延において、仕上げ圧延入側温度が900〜1050℃であり、仕上げ圧延出側温度が850℃〜1000℃であり、総圧下率が70〜95%であること、
(A3)仕上げ圧延後の鋼板の冷却において、仕上げ圧延出側温度〜800℃の間の平均冷却速度がV℃/秒以上であること、
【数2】
(式中、[B]および[N]は、それぞれボロン(B)および窒素(N)の質量%を示す。)
(A4)巻取温度が450〜680℃であること、ならびに
(B)得られた鋼板を加熱して第一均熱処理すること、第一均熱処理された鋼板を第一冷却し次いで第二均熱処理すること、第二均熱処理された鋼板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬すること、めっきを施された鋼板を第二冷却すること、および第二冷却された鋼板を加熱し次いで第三均熱処理することを含む溶融亜鉛めっき工程であって、以下の(B1)〜(B7)の条件を満足する溶融亜鉛めっき工程
(B1)第一均熱処理前の鋼板加熱時において、650℃〜Ac1+30℃以上950℃以下の最高加熱温度までの平均加熱速度が0.5℃/秒〜10.0℃/秒であること、
(B2)前記鋼板を前記最高加熱温度で1秒〜1000秒間保持すること(第一均熱処理)、
(B3)第一冷却における700〜600℃までの温度範囲の平均冷却速度が10〜100℃/秒であること、
(B4)第一冷却された鋼板を480〜600℃の範囲で80秒〜500秒間保持すること(第二均熱処理)、
(B5)第二均熱処理された鋼板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬した後、合金化処理を施す場合には、前記合金化処理は460〜600℃の範囲で行われること、
(B6)第二冷却がMs−50℃以下まで行われること、
(B7)第二冷却された鋼板を200〜420℃の温度域に加熱し、次いで前記温度域で5〜1000秒間保持すること(第三均熱処理)
を含むことを特徴とする、上記(1)または(2)に記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、プレス成形性、具体的には、延性・穴広げ性、更に塑性ひずみ導入後の耐水素脆化特性に優れた溶融亜鉛めっき鋼板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】SEM二次電子像の参考図を示す。
図2】本発明の実施形態に係る溶融亜鉛めっき処理相当のヒートサイクルを熱膨張測定装置で模擬した時の温度−熱膨張曲線である。
図3】塑性変形後の耐水素脆性を評価するための試験方法を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
<溶融亜鉛めっき鋼板>
本発明の実施形態に係る溶融亜鉛めっき鋼板は、母材鋼板の少なくとも一方の表面に溶融亜鉛めっき層を有し、前記母材鋼板が、質量%で、
C:0.050%〜0.350%、
Si:0.10%〜2.50%、
Mn:1.00%〜3.50%、
P:0.050%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.001%〜1.500%、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Ti:0.005%〜0.200%、
B:0.0005%〜0.0100%、
V:0%〜1.00%、
Nb:0%〜0.100%、
Cr:0%〜2.00%、
Ni:0%〜1.00%、
Cu:0%〜1.00%、
Co:0%〜1.00%、
Mo:0%〜1.00%、
W:0%〜1.00%、
Sn:0%〜1.00%、
Sb:0%〜1.00%、
Ca:0%〜0.0100%、
Mg:0%〜0.0100%、
Ce:0%〜0.0100%、
Zr:0%〜0.0100%、
La:0%〜0.0100%、
Hf:0%〜0.0100%、
Bi:0%〜0.0100%、および
Ce、La以外のREM:0%〜0.0100%
を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
前記母材鋼板の表面から1/4厚の位置を中心とした1/8厚〜3/8厚の範囲における鋼組織が、体積分率で、
フェライト:0%〜50%、
残留オーステナイト:0%〜30%、
焼き戻しマルテンサイト:5%以上、
フレッシュマルテンサイト:0%〜10%、および
パーライトとセメンタイトの合計:0%〜5%
を含有し、残部組織が存在する場合には、前記残部組織がベイナイトからなり、
旧オーステナイト粒界におけるB原子の濃度が2.0atm%以上であり、かつ、
平均有効結晶粒径が7.0μm以下であることを特徴としている。
【0024】
『化学組成』
まず、本発明の実施形態に係る母材鋼板(以下、単に鋼板とも称する)の化学組成を上述のように限定した理由について説明する。なお、本明細書において化学組成を規定する「%」は特に断りのない限り全て「質量%」である。また、本明細書において、数値範囲を示す「〜」とは、特に断りがない場合、その前後に記載される数値を下限値および上限値として含む意味で使用される。
【0025】
[C:0.050%〜0.350%]
Cは、鋼板強度確保のために必須の元素である。0.050%未満では所要の高強度が得られないので、C含有量は0.050%以上とする。C含有量は0.070%以上、0.085%以上または0.100%以上であってもよい。一方、0.350%を超えると、加工性や溶接性が低下するので、C含有量は0.350%以下とする。C含有量は0.340%以下、0.320%以下または0.300%以下であってもよい。
【0026】
[Si:0.10%〜2.50%]
Siは、鉄炭化物の生成を抑制し、強度と成形性の向上に寄与する元素であるが、過度の添加は鋼板の溶接性を劣化させる。従って、その含有量は0.10〜2.50%とする。Si含有量は0.20%以上、0.30%以上、0.40%以上もしくは0.50%以上であってもよく、および/または2.20%以下、2.00%以下もしくは1.90%以下であってもよい。
【0027】
[Mn:1.00%〜3.50%]
Mn(マンガン)は強力なオーステナイト安定化元素であり、鋼板の高強度化に有効な元素である。過度の添加は溶接性や低温靭性を劣化させる。従って、その含有量は1.00〜3.50%とする。Mn含有量は1.10%以上、1.30%以上もしくは1.50%以上であってもよく、および/または3.30%以下、3.10%以下もしくは3.00%以下であってもよい。
【0028】
[P:0.050%以下]
P(リン)は固溶強化元素であり、鋼板の高強度化に有効な元素であるが、過度の添加は溶接性および靱性を劣化させる。従って、P含有量は0.050%以下と制限する。好ましくは0.045%以下、0.035%以下または0.020%以下である。ただし、P含有量を極度に低減させるには、脱Pコストが高くなるため、経済性の観点から下限を0.001%とすることが好ましい。
【0029】
[S:0.0100%以下]
S(硫黄)は不純物として含有される元素であり、鋼中でMnSを形成して靱性や穴広げ性を劣化させる。したがって、靱性や穴広げ性の劣化が顕著でない範囲として、S含有量を0.0100%以下と制限する。好ましくは0.0050%以下、0.0040%以下または0.0030%以下である。ただし、S含有量を極度に低減させるには、脱硫コストが高くなるため、経済性の観点から下限を0.0001%とすることが好ましい。
【0030】
[Al:0.001%〜1.500%]
Al(アルミニウム)は、鋼の脱酸のため少なくとも0.001%を添加する。しかし、過剰に添加しても効果が飽和し徒にコスト上昇を招くばかりか、鋼の変態温度を上昇させ熱間圧延時の負荷を増大させる。従ってAl量は1.500%を上限とする。好ましくは1.200%以下、1.000%以下または0.800%以下である。
【0031】
[N:0.0100%以下]
N(窒素)は不純物として含有される元素であり、その含有量が0.0100%を超えると鋼中に粗大な窒化物を形成して曲げ性や穴広げ性を劣化させる。したがって、N含有量は0.0100%以下と制限する。好ましくは0.0080%以下、0.0060%以下または0.0050%以下である。ただし、N含有量を極度に低減させるには、脱Nコストが高くなるため、経済性の観点から下限を0.0001%とすることが好ましい。
【0032】
[O:0.0100%以下]
O(酸素)は不純物として含有される元素であり、その含有量が0.0100%を超えると鋼中に粗大な酸化物を形成して曲げ性や穴広げさせる。従って、O含有量は0.0100%以下と制限する。好ましくは0.0080%以下、0.0060%以下または0.0050%以下である。ただし、製造コストの観点から、下限を0.0001%とすることが好ましい。
【0033】
[Ti:0.005%〜0.200%]
Ti(チタン)は鋼中に不純物として存在するN(窒素)をTiNとして固定し、B(ホウ素)が窒化物として析出することを抑制するために添加する。上記効果を得るには少なくとも0.005%の添加を必要とする。一方、過度に添加すると飽和するばかりか粗大な炭化チタン(TiC)を形成し、鋼板の延性や靭性を劣化させる。そのため添加量の上限は0.200%とする。Ti含有量は0.008%以上、0.010%以上もしくは0.013%以上であってもよく、および/または0.150%以下、0.120%以下もしくは0.100%以下であってもよい。
【0034】
[B:0.0005%〜0.0100%]
B(ホウ素)は旧オーステナイト粒界に偏析し、旧オーステナイト粒界のエネルギーを低下させることにより、鋼板の焼き入れ性を向上させる。さらに、本発明においては、旧オーステナイト粒界にB原子が偏析し、旧オーステナイト粒界の剥離強度を高めるため、耐水素脆性を向上させる。上記効果を得るには少なくとも0.0005%以上の添加を要する。一方、過度に添加すると効果が飽和するばかりか鋼中にホウ化物を形成し、鋼板の焼き入れ性を低下させる。そのため添加量の上限は0.0100%とする。B含有量は0.0006%以上、0.0008%以上もしくは0.0010%以上であってもよく、および/または0.0060%以下、0.0040%以下もしくは0.0035%以下であってもよい。
【0035】
本発明の実施形態に係る母材鋼板の基本化学成分組成は上記のとおりである。さらに、当該母材鋼板は、必要に応じて以下の元素を含有してもよい。
【0036】
[V:0%〜1.00%、Nb:0%〜0.100%、Cr:0%〜2.00%、Ni:0%〜1.00%、Cu:0%〜1.00%、Co:0%〜1.00%、Mo:0%〜1.00%、W:0%〜1.00%、Sn:0%〜1.00%およびSb:0%〜1.00%]
V(バナジウム)、Nb(ニオブ)、Cr(クロム)、Ni(ニッケル)、Cu(銅)、Co(コバルト)、Mo(モリブデン)、W(タングステン)、Sn(錫)およびSb(アンチモン)はいずれも鋼板の高強度化に有効な元素である。このため、必要に応じてこれらの元素のうち1種または2種以上を添加してもよい。しかしこれらの元素を過度に添加すると効果が飽和し徒にコストの増大を招く。従って、その含有量はV:0%〜1.00%、Nb:0%〜0.100%、Cr:0%〜2.00%、Ni:0%〜1.00%、Cu:0%〜1.00%、Co:0%〜1.00%、Mo:0%〜1.00%、W:0%〜1.00%、Sn:0%〜1.00%、Sb:0%〜1.00%とする。各元素は0.005%以上または0.010%以上であってもよい。
【0037】
[Ca:0%〜0.0100%、Mg:0%〜0.0100%、Ce:0%〜0.0100%、Zr:0%〜0.0100%、La:0%〜0.0100%、Hf:0%〜0.0100%、Bi:0%〜0.0100%およびCe、La以外のREM:0%〜0.0100%]
Ca(カルシウム)、Mg(マグネシウム)、Ce(セリウム)、Zr(ジルコニウム)、La(ランタン)、Hf(ハフニウム)およびCe、La以外のREM(希土類元素)は鋼中介在物の微細分散化に寄与する元素であり、Bi(ビスマス)は鋼中におけるMn、Si等の置換型合金元素のミクロ偏析を軽減する元素である。それぞれ鋼板の加工性向上に寄与することから、必要に応じてこれらの元素のうち1種または2種以上を添加してもよい。ただし過度の添加は延性の劣化を引き起こす。従ってその含有量は0.0100%を上限とする。また、各元素は0.0005%以上または0.0010%以上であってもよい。
【0038】
本発明の実施形態に係る母材鋼板において、上述の元素以外の残部は、Feおよび不純物からなる。不純物とは、母材鋼板を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明の実施形態に係る母材鋼板に対して意図的に添加した成分でないものを包含するものである。また、不純物とは、上で説明した成分以外の元素であって、当該元素特有の作用効果が本発明の実施形態に係る溶融亜鉛めっき鋼板の特性に影響しないレベルで母材鋼板中に含まれる元素をも包含するものである。
【0039】
『鋼板内部の鋼組織』
次に、本発明の実施形態に係る母材鋼板の内部組織の限定理由について説明する。
【0040】
[フェライト:0〜50%]
フェライトは延性に優れるが軟質な組織である。鋼板の伸びを向上させるために、要求される強度または延性に応じて含有させてもよい。但し、過度に含有すると所望の鋼板強度を確保することが困難となる。従って、その含有量は体積分率で50%を上限とし、45%以下、40%以下または35%以下であってもよい。フェライト含有量は体積分率で0%であってもよく、例えば、3%以上、5%以上または10%以上であってもよい。
【0041】
[焼戻しマルテンサイト:5%以上]
焼戻しマルテンサイトは高強度かつ強靭な組織であり、本発明において必須となる金属組織である。強度、延性、穴広げ性を高い水準でバランスさせるために体積分率で少なくとも5%以上を含有させる。好ましくは体積分率で10%以上であり、15%以上または20%以上であってもよい。例えば、焼戻しマルテンサイト含有量は体積分率で96%以下、85%以下、80%以下または70%以下であってもよい。
【0042】
[フレッシュマルテンサイト:0〜10%]
本発明において、フレッシュマルテンサイトとは、焼き戻されていないマルテンサイトすなわち炭化物を含まないマルテンサイトを言うものである。このフレッシュマルテンサイトは脆い組織であるため、塑性変形時に破壊の起点となり、鋼板の局部延性を劣化させる。従って、その含有量は体積分率で0〜10%とする。より好ましくは0〜8%または0〜5%である。フレッシュマルテンサイト含有量は体積分率で1%以上または2%以上であってもよい。
【0043】
[残留オーステナイト:0%〜30%]
残留オーステナイトは、鋼板の変形中に加工誘起変態によりマルテンサイトへと変態するTRIP効果により鋼板の延性を改善する。一方、多量の残留オーステナイトを得るにはC等の合金元素を多量に含有させる必要がある。そのため、残留オーステナイトの上限値は体積分率で30%とし、25%以下または20%以下であってもよい。但し、鋼板の延性を向上させたい場合は、その含有量は体積分率で6%以上とすることが好ましく、8%以上または10%以上であってもよい。また、残留オーステナイトの含有量を6%以上とする場合には、母材鋼板中のSi含有量は質量%で0.50%以上とすることが好ましい。
【0044】
[パーライトとセメンタイトの合計:0〜5%]
パーライトは硬質かつ粗大なセメンタイトを含み、塑性変形時に破壊の起点となるため、鋼板の局部延性を劣化させる。従って、その含有量はセメンタイトと合わせて体積分率で0〜5%とし、0〜3%または0〜2%であってもよい。
【0045】
上記組織以外の残部組織は0%であってもよいが、それが存在する場合にはベイナイトである。残部組織のベイナイトは、上部ベイナイト、下部ベイナイトのいずれであっても、その混合組織であってもよい。
【0046】
[旧オーステナイト粒界におけるB原子の濃度:2.0atm%]
本発明の実施形態に係る母材鋼板は、旧オーステナイト粒界におけるB原子の濃度が2.0atm%以上である。本発明においては、B原子は旧オーステナイト粒界に偏析することで、旧オーステナイト粒界の剥離強度を高め、耐水素脆性を向上させる。2.0atm%を下回る場合、耐水素脆化特性の改善効果が十分に得られない。旧オーステナイト粒界におけるB原子の濃度は2.5atm%以上または3.0atm%以上であってもよい。
【0047】
[平均有効結晶粒径:7.0μm以下]
本発明の実施形態に係る母材鋼板は、平均有効結晶粒径が7.0μm以下である。本発明において、平均有効結晶粒径とは、隣接する粒の方位差が15度以上のものを1つの結晶粒と定義した場合に算出される値を言うものである。B原子による旧オーステナイト粒界の剥離強度向上に加えて、当該平均有効結晶粒径を小さくすることで、耐水素脆化特性を向上させることができる。平均有効結晶粒径が7.0μmを超えると、耐水素脆化特性の改善効果が十分に得られない。当該平均有効結晶粒径は6.0μm以下、5.5μm以下または5.0μm以下であってもよい。
【0048】
溶融亜鉛めっき鋼板の鋼組織分率は、SEM−EBSD法(電子線後方散乱回折法)およびSEM二次電子像観察により評価する。
【0049】
まず、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面であって、幅方向の中央位置における板厚断面を観察面として試料を採取し、観察面を機械研磨し鏡面に仕上げた後、電解研磨を行う。次いで、観察面における母材鋼板の表面から1/4厚を中心とした1/8厚〜3/8厚の範囲の一つないし複数の観察視野において、合計で2.0×10-92以上の面積をSEM−EBSD法により結晶構造および方位解析を行う。EBSD法により得られたデータの解析にはTSL社製の「OIM Analysys 6.0」を用いる。また、評点間距離(step)は0.03〜0.20μmとする。観察結果からFCC鉄と判断される領域を残留オーステナイトとする。さらに、結晶方位差が15度以上となる境界を粒界として結晶粒界マップを得る。
【0050】
次に、EBSD観察を実施したものと同一試料についてナイタール腐食を行い、EBSD観察と同一視野について二次電子像観察を行う。EBSD測定時と同一視野を観察するため、ビッカース圧痕等の目印を予めつけておくとよい。得られた二次電子像より、フェライト、残留オーステナイト、ベイナイト、焼き戻しマルテンサイト、フレッシュマルテンサイト、パーライトの面積分率をそれぞれ測定し、それを以って体積分率と見なす。粒内に下部組織を有し、かつ、セメンタイトが複数のバリアント、より具体的には2通り以上のバリアントを持って析出している領域を焼き戻しマルテンサイトと判断する(例えば、図1の参考図を参照)。セメンタイトがラメラ状に析出している領域をパーライト(またはパーライトとセメンタイトの合計)と判断する。輝度が小さく、かつ下部組織が認められない領域をフェライトと判断する(例えば、図1の参考図を参照)。輝度が大きく、かつ下部組織がエッチングにより現出されていない領域をフレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトと判断する(例えば、図1の参考図を参照)。上記領域のいずれにも該当しない領域をベイナイトと判断する。各々の体積率を、ポイントカウンティング法によって算出することで、各組織の体積率とする。フレッシュマルテンサイトの体積率については、X線回折法により求めた残留オーステナイトの体積率を引くことにより求めることができる。
【0051】
残留オーステナイトの体積率は、X線回折法により測定する。母材鋼板の表面から1/4厚を中心とした1/8厚〜3/8厚の範囲において、板面に平行な面を鏡面に仕上げ、X線回折法によってFCC鉄の面積率を測定し、それをもって残留オーステナイトの体積率とする。
【0052】
本発明において、旧オーステナイト粒界におけるB原子の濃度はSTEM−EELS法により求められる。具体的には、例えば、METALLURGICAL AND MATERIALS TRANSACTIONS A:vol.45A,p.1877〜1888に開示されている方法により求められる。まず、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面であって、幅方向の中央位置における板厚断面を観察面として試料を採取し観察面を機械研磨し鏡面に仕上げた後、電解研磨を行う。次いで、観察面における表面から1/4厚を中心とした1/8厚〜3/8厚の範囲の一つないし複数の観察視野において、合計で2.0×10-92以上の面積をSEM−EBSD法により結晶構造および方位解析を行い、旧オーステナイト粒界を同定する。次に、旧オーステナイト粒界を含む領域をSEM内にてFIB加工により抽出する。その後、Arイオンミリング等を用いて約70nmまで薄膜化する。薄膜化された試験片について、収差補正STEMにより旧オーステナイト粒界を横断する線に沿って電子エネルギー損失スペクトル(EELS)を採取する。線分析時の走査ステップは0.1nm程度が好ましい。
【0053】
本発明における「平均有効結晶粒径」は、上記のEBSD解析により求めた値を用いて決定される。具体的には、方位差15度以上の境界を粒界として、下記式で算出される値を平均有効結晶粒径とする。式中、Nは平均有効結晶粒径の評価領域に含まれる結晶粒の数、Aiはi番目(i=1、2、・・、N)の粒の面積、diはi番目の結晶粒の円相当直径を示す。これらのデータはEBSD解析により容易に求められる。
【数3】
【0054】
(溶融亜鉛めっき層)
本発明の実施形態に係る母材鋼板は、少なくとも一方の表面、好ましくは両方の表面に溶融亜鉛めっき層を有する。当該めっき層は、当業者に公知の任意の組成を有する溶融亜鉛めっき層または合金化溶融亜鉛めっき層であってよく、Zn以外にもAl等の添加元素を含んでいてよい。また、当該めっき層の付着量は、特に制限されず一般的な付着量であってよい。
【0055】
<溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法>
次に、本発明の実施形態に係る溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法について説明する。以下の説明は、本発明の実施形態に係る溶融亜鉛めっき鋼板を製造するための特徴的な方法の例示を意図するものであって、当該溶融亜鉛めっき鋼板を以下に説明するような製造方法によって製造されるものに限定することを意図するものではない。
【0056】
溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法は、(A)母材鋼板に関して上で説明した化学組成と同じ化学組成を有するスラブを仕上げ圧延し、次いで巻き取ることを含む熱間圧延工程であって、以下の(A1)〜(A4)の条件を満足する熱間圧延工程
(A1)スラブの抽出から仕上げ圧延入側までの間に、前記スラブが温度TB以下に滞在する時間が300秒以下であること、
【数4】
(式中、[B]および[N]は、それぞれボロン(B)および窒素(N)の質量%を示す。)
(A2)仕上げ圧延において、仕上げ圧延入側温度が900〜1050℃であり、仕上げ圧延出側温度が850℃〜1000℃であり、総圧下率が70〜95%であること、
(A3)仕上げ圧延後の鋼板の冷却において、仕上げ圧延出側温度〜800℃の間の平均冷却速度がV℃/秒以上であること、
【数5】
(式中、[B]および[N]は、それぞれボロン(B)および窒素(N)の質量%を示す。)
(A4)巻取温度が450〜680℃であること、ならびに
(B)得られた鋼板を加熱して第一均熱処理すること、第一均熱処理された鋼板を第一冷却し次いで第二均熱処理すること、第二均熱処理された鋼板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬すること、めっきを施された鋼板を第二冷却すること、および第二冷却された鋼板を加熱し次いで第三均熱処理することを含む溶融亜鉛めっき工程であって、以下の(B1)〜(B7)の条件を満足する溶融亜鉛めっき工程
(B1)第一均熱処理前の鋼板加熱時において、650℃〜Ac1+30℃以上950℃以下の最高加熱温度までの平均加熱速度が0.5℃/秒〜10.0℃/秒であること、
(B2)前記鋼板を前記最高加熱温度で1秒〜1000秒間保持すること(第一均熱処理)、
(B3)第一冷却における700〜600℃までの温度範囲の平均冷却速度が10〜100℃/秒であること、
(B4)第一冷却された鋼板を480〜600℃の範囲で80秒〜500秒間保持すること(第二均熱処理)、
(B5)第二均熱処理された鋼板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬した後、合金化処理を施す場合には、前記合金化処理は460〜600℃の範囲で行われること、
(B6)第二冷却がMs−50℃以下まで行われること、
(B7)第二冷却された鋼板を200〜420℃の温度域に加熱し、次いで前記温度域で5〜1000秒間保持すること(第三均熱処理)
を含むことを特徴としている。
【0057】
以下、当該溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法について詳細に説明する。
【0058】
『(A)熱間圧延工程』
まず、熱間圧延工程では、母材鋼板に関して上で説明した化学組成と同じ化学組成を有するスラブが熱間圧延前に加熱される。スラブの加熱温度は、特に限定されないが、ホウ化物や炭化物などを十分溶解するため、一般的には1150℃以上とすることが好ましい。なお使用する鋼スラブは、製造性の観点から連続鋳造法にて鋳造することが好ましいが、造塊法、薄スラブ鋳造法で製造してもよい。
【0059】
[スラブの抽出から仕上げ圧延入側までの間にスラブが温度TB以下に滞在する時間:300秒以下]
本方法では、鋳造設備から抽出されたスラブが仕上げ圧延入側までの間に以下の式(1)で表される温度TB以下に滞在する時間が300秒以下に制御される。TBは窒化ボロン(BN)が析出する熱力学的駆動力が発生する温度であり、鋼がTB以下の温度に長時間滞在した場合、BNの析出が開始し、十分な固溶Bが得られなくなり、最終製品におけるオーステナイト粒界へのBの偏析量が減少する。従って、TB以下に滞在する時間は300秒以下に制限し、例えば200秒以下または150秒以下であってもよい。
【数6】
式中、[B]および[N]は、それぞれボロン(B)および窒素(N)の質量%を示す。
【0060】
[粗圧延]
本方法では、例えば、加熱されたスラブに対し、板厚調整等のために、仕上げ圧延の前に粗圧延を施してもよい。このような粗圧延は、特に限定されないが、1050℃以上での総圧下率が60%以上となるように実施することが好ましい。総圧下率が60%未満であると、熱間圧延中の再結晶が不十分となるため、熱延板組織の不均質化につながる場合がある。上記の総圧下率は、例えば、90%以下であってもよい。
【0061】
[仕上げ圧延入側温度:900〜1050℃、仕上げ圧延出側温度:850℃〜1000℃、および総圧下率:70〜95%]
仕上げ圧延は、仕上げ圧延入側温度が900〜1050℃、仕上げ圧延出側温度が850℃〜1000℃、および総圧下率が70〜95%の条件を満足する範囲で実施される。仕上げ圧延入側温度が900℃を下回るか、仕上げ圧延出側温度が850℃を下回るか、または総圧下率が95%を上回った場合、熱延鋼板の集合組織が発達するため、最終製品板における異方性が顕在化する。一方、仕上げ圧延入側温度が1050℃を上回るか、仕上げ圧延出側温度が1000℃を上回るか、または総圧下率が70%を下回った場合、熱延鋼板の結晶粒径が粗大化し、最終製品板組織の粗大化を引き起こし、平均有効結晶粒径が所定の範囲を満足しない。例えば、仕上げ圧延入側温度は950℃以上であってもよい。仕上げ圧延出側温度は900℃以上であってもよい。総圧下率は75%以上または80%以上であってもよい。
【0062】
[仕上げ圧延出側温度〜800℃の間の平均冷却速度V℃/秒以上]
仕上げ圧延後、ボロンが窒化物として析出することを抑制するために、得られた鋼板を仕上げ圧延出側温度〜800℃の範囲においてV℃/秒以上の平均冷却速度で冷却する。冷却速度がV℃/秒を下回った場合、BNの析出に起因して固溶状態として存在するボロンが減少するため、最終製品におけるオーステナイト粒界へのボロンの偏析量が減少する。ここで、Vは以下の式(2)で表される。
【数7】
式中、[B]および[N]は、それぞれボロン(B)および窒素(N)の質量%を示す。また、本発明において、「仕上げ圧延出側温度〜800℃の間の平均冷却速度」とは、仕上げ圧延出側温度と800℃との差を仕上げ圧延出側温度から800℃に至るまでの経過時間で割ることにより得られた値をいうものである。
【0063】
[巻取温度:450〜680℃]
巻取温度は450〜680℃とする。巻取温度は450℃を下回ると、熱延板強度が過大となり、冷間圧延性を損なう場合がある。一方、巻取温度が680℃を上回ると、セメンタイトが粗大化し、未溶解のセメンタイトが残存するために加工性を損なう場合がある。また、熱延鋼板中に粗大なホウ化物が析出し、固溶状態として存在するボロンが減少するため、最終製品におけるオーステナイト粒界へのボロンの偏析量が減少する。巻取温度は470℃以上であってよく、および/または650℃以下であってもよい。
【0064】
本方法では、得られた熱延鋼板(熱延コイル)は、必要に応じて酸洗等の処理を行ってもよい。熱延コイルの酸洗方法は常法に従えばよい。また、熱延コイルの形状矯正および酸洗性向上のためにスキンパス圧延を行ってもよい。
【0065】
『冷間圧延工程』
本方法において、熱間圧延および/または酸洗後は、そのまま連続溶融亜鉛めっきラインで熱処理を施してもよいし、冷間圧延を施した後、連続溶融亜鉛めっきラインで熱処理してもよい。冷間圧延を施す場合、冷間圧下率は25%以上または30%以上とすることが好ましい。一方、過度の圧下は圧延加重が過大となり冷延ミルの負荷増大を招くため、その上限は75%または70%とすることが好ましい。
【0066】
『(B)溶融亜鉛めっき工程』
[650℃〜Ac1+30℃以上950℃以下の最高加熱温度までの平均加熱速度:0.5〜10.0℃/秒]
本方法においては、熱間加熱工程後、得られた鋼板は、溶融亜鉛めっき工程においてめっき処理を施される。当該溶融亜鉛めっき工程では、まず、鋼板が加熱され、第一均熱処理にさらされる。この鋼板加熱時において、650℃〜Ac1+30℃以上950℃以下の最高加熱温度までの平均加熱速度は0.5〜10.0℃/秒に制限される。平均加熱速度が10.0℃/秒を超えると、フェライトの再結晶が十分進行せず、鋼板の伸びが劣化する場合がある。一方、平均加熱速度が0.5℃/秒を下回ると、オーステナイトが粗大化するため、最終的に得られる鋼組織が粗大なものとなる場合がある。この平均加熱速度は1.0℃/秒以上であってもよく、および/または8.0℃/秒以下もしくは5.0℃/秒以下であってもよい。本発明において、「平均加熱速度」とは、650℃と最高加熱温度との差を650℃から最高加熱温度に至るまでの経過時間で割ることにより得られた値をいうものである。
【0067】
[第一均熱処理:Ac1+30℃以上950℃以下の最高加熱温度で1秒〜1000秒間保持]
十分にオーステナイト化を進行させるため、鋼板を少なくともAc1+30℃以上に加熱し、当該温度(最高加熱温度)で均熱処理を行う。但し、過剰に加熱温度を上げると、オーステナイト粒径の粗大化による靭性の劣化を招くばかりか、焼鈍設備の損傷にも繋がる。そのため上限は950℃、好ましくは900℃とする。均熱時間が短いとオーステナイト化が十分進行しないため、少なくとも1秒以上とする。好ましくは30秒以上または60秒以上である。一方、均熱時間が長すぎると生産性を阻害することから上限は1000秒、好ましくは500秒とする。均熱中は鋼板を必ずしも一定温度に保持する必要はなく、上記条件を満足する範囲で変動しても構わない。第一均熱処理ならびに後述する第二均熱処理および第三均熱処理における「保持」とは、各均熱処理において規定される上下限値を超えない範囲で温度を所定の温度±20℃、好ましくは±10℃の範囲内に維持することを意味するものである。したがって、例えば、徐々に加熱しまたは徐々に冷却することで、各均熱処理において規定される温度範囲内を40℃、好ましくは20℃を超えて変動する加熱または冷却操作は、本発明の実施形態に係る第一、第二および第三均熱処理には包含されない。
【0068】
[第一冷却:700〜600℃の温度範囲の平均冷却速度:10〜100℃/秒]
最高加熱温度で保持した後は第一冷却を行う。冷却停止温度は、続く第二均熱処理の温度である480℃〜600℃である。700℃〜600℃の温度範囲の平均冷却速度は10〜100℃/秒とする。平均冷却速度が10℃/秒を下回ると所望のフェライト分率が得られない場合がある。平均冷却速度は15℃/秒以上または20℃/秒以上であってもよい。また、平均冷却速度は80℃/秒以下または60℃/秒以下であってもよい。また、本発明において、「700〜600℃の温度範囲の平均冷却速度」とは、700℃と600との差である100℃を700℃から600℃に至るまでの経過時間で割ることにより得られた値をいうものである。
【0069】
[第二均熱処理:480℃〜600℃の範囲で80〜500秒間保持]
480℃〜600℃の範囲で80〜500秒間保持する第二均熱処理は、オーステナイト粒界におけるB原子の偏析濃度をより一層上昇させるために行う。第二均熱処理の温度が480℃を下回るかまたは600℃を上回る場合、あるいは、保持時間が80秒を下回る場合、オーステナイト粒径へのB原子の偏析が十分進行しない。一方、保持時間が500秒を上回ると、ベイナイト変態が過剰に進行するため、本発明の実施形態に係る金属組織を満足することができない。第二均熱処理の温度は500℃以上であってもよく、および/または570℃以下であってもよい。また、保持時間は100秒以上であってもよく、および/または400秒以下であってもよい。これに関連して、単に第二均熱処理を適切に実施したとしても、熱間圧延工程において十分な固溶Bを確保できていない場合には、最終製品におけるオーステナイト粒界へのBの偏析量は減少してしまう。したがって、本発明の実施形態に係る溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法では、最終製品におけるオーステナイト粒界へのBの偏析量を増加させるためには、熱間圧延工程において上で説明した(A1)、(A3)及び(A4)の条件を満たしつつ、溶融亜鉛めっき工程において第二均熱処理を適切に実施することが重要である。
なお、本方法では、本発明の実施形態に係る溶融亜鉛めっき鋼板を製造するために、第二均熱処理の後、所定のめっき処理を行う必要があるが、仮に第二均熱処理をめっき浴浸漬の後に行うと、めっき層の耐パウダリング性が著しく劣化する場合がある。これは、めっき浴浸漬後に480℃以上で80秒以上の熱処理を行うと、めっきと鋼板の間の合金化反応が過度に進行し、めっき被膜内の構造が、延性に優れるδ相から延性が劣位なΓ相に変化するためである。
【0070】
第二均熱処理の後、鋼板を溶融亜鉛めっきに浸漬する。この時の鋼板温度が鋼板性能に及ぼす影響は小さいが、鋼板温度とめっき浴温度の差が大きすぎると、めっき浴温度が変化してしまい操業に支障をきたす場合があるため、めっき浴温度−20℃〜めっき浴温度+20℃の範囲に鋼板を冷却する工程を設けることが望ましい。溶融亜鉛めっきは常法に従えて行えばよい。例えば、めっき浴温は440〜460℃、浸漬時間は5秒以下でよい。めっき浴は、Alを0.08〜0.2%含有するめっき浴が好ましいが、その他、不純物としてFe、Si、Mg、Mn、Cr、Ti、Pbを含有してもよい。また、めっきの目付量を、ガスワイピング等の公知の方法で制御することが好ましい。目付量は、片面あたり25〜75g/m2が好ましい。
【0071】
[合金化処理:460〜600℃]
溶融亜鉛めっき層を形成した溶融亜鉛めっき鋼板に対して、必要に応じて合金化処理を行ってもよい。その場合、合金化処理温度が460℃未満であると、合金化速度が遅くなり生産性を損なうばかりでなく、合金化処理むらが発生するので、合金化処理温度は460℃以上とする。一方、合金化処理温度が600℃を超えると、合金化が過度に進行して、鋼板のめっき密着性が劣化する場合がある。また、パーライト変態が進み所望の金属組織を得られない場合がある。したがって、合金化処理温度は600℃以下とする。合金化処理温度は、500℃以上であってもよく、または580℃以下であってもよい。
【0072】
[第二冷却:Ms−50℃以下に冷却]
めっき処理またはめっき合金化処理後の鋼板にオーステナイトの一部ないしは大部分をマルテンサイトに変態させるため、マルテンサイト変態開始温度(Ms)−50℃以下まで冷却する第二冷却を行う。ここで生成したマルテンサイトは後の再加熱および第三均熱処理により焼戻され、焼戻しマルテンサイトとなる。冷却停止温度がMs−50℃を超えると、焼戻しマルテンサイトが十分形成されないため、所望の金属組織が得られない。鋼板の延性を改善するために残留オーステナイトを活用したい場合には、冷却停止温度に下限を設けることが望ましい。具体的には、冷却停止温度はMs−50℃〜Ms−180℃の範囲に制御することが望ましい。
【0073】
なお、本発明におけるマルテンサイト変態は、フェライト変態およびベイナイト変態の後に生じる。フェライト変態およびベイナイト変態に伴い、オーステナイトにCが分配する。そのため、オーステナイト単相に加熱し、急冷した際のMsとは一致しない。本発明におけるMsは、第二冷却における熱膨張温度を測定することにより求められる。例えば、本発明におけるMsは、フォーマスタ試験機などの連続熱処理中の熱膨張量を測定可能な装置を用いて、溶融亜鉛めっき熱処理開始(室温相当)から上記第二冷却に至るまでの溶融亜鉛めっきラインのヒートサイクルを再現し、当該第二冷却における熱膨張温度を測定することにより、求めることができる。ただし実際の溶融亜鉛めっき熱処理ではMs〜室温の間で冷却を停止する場合があるが、熱膨張測定時は室温まで冷却する。図2は本発明の実施形態に係る溶融亜鉛めっき処理相当のヒートサイクルを熱膨張測定装置で模擬した時の温度−熱膨張曲線である。鋼板は第二冷却工程において直線的に熱収縮するが、ある温度で直線関係から逸脱する。この時の温度が本発明におけるMsである。
【0074】
[第三均熱処理:200℃〜420℃の温度域で5〜1000秒間保持]
第二冷却の後、200℃〜420℃の範囲に再加熱し第三均熱処理を行う。この工程では、第二冷却時に生成したマルテンサイトを焼き戻す。保持温度が200℃未満または保持時間が5秒未満の場合、焼き戻しが十分に進行しない。一方、ベイナイト変態が十分進行しないため、所望の残留オーステナイト量を得ることが困難となる。一方、保持温度が420℃を超えるか、あるいは保持時間が1000秒を超えると、マルテンサイトが過剰に焼き戻されるとともに、ベイナイト変態が過剰に進行するために所望の強度および金属組織を得ることが困難となる。第三均熱処理の温度は240℃以上であってもよく、400℃以下であってもよい。また、保持時間は15秒以上または100秒以上であってもよく、600秒以下であってもよい。
【0075】
第三均熱処理の後に室温まで冷却し、最終製品とする。鋼板の平坦矯正、表面粗度の調整のために、調質圧延を行ってもよい。この場合、延性の劣化を避けるため、伸び率を2%以下とすることが好ましい。
【実施例】
【0076】
次に、本発明の実施例について説明する。実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例である。本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得る。
【0077】
[例A]
表1に示す化学組成を有する鋼を鋳造し、スラブを作製した。表1に示す成分以外の残部はFeおよび不純物である。これらのスラブを表2に示す条件で熱間圧延を行い、熱延鋼板を製造した。その後、熱延鋼板を酸洗し、表面のスケールを除去した。その後、冷間圧延した。さらに、得られた鋼板について、表2に示す条件で連続溶融亜鉛めっき処理を実施し、適宜合金化処理を行った。表2に示す各均熱処理では、温度は表2に示される温度±10℃の範囲内に維持された。製造した溶融亜鉛めっき鋼板から採取した試料を分析した母材鋼板の成分組成は、表1に示す鋼の成分組成と同等であった。
【0078】
【表1-1】
【0079】
【表1-2】
【0080】
【表2-1】
【0081】
【表2-2】
【0082】
【表2-3】
【0083】
【表2-4】
【0084】
【表2-5】
【0085】
【表2-6】
【0086】
このようにして得られた鋼板から圧延方向に直角方向からJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z2241:2011に準拠して引張試験を行い、引張強度(TS)および全伸び(El)を測定した。また、日本鉄鋼連盟規格の「JFS T 1001 穴広げ試験方法」を行い、穴広げ率(λ)を測定した。TSが980MPa以上、かつ、TS×El×λ0.5/1000が80以上のものを機械特性が良好であり、自動車用部材として用いられるのに好ましいプレス成形性を有すると判断した。
【0087】
塑性変形後の耐水素脆性はU曲げ試験により評価した。まず、試験片の長手方向と鋼板の圧延方向が垂直になるように、30mm×120mmの短冊状試験片を鋼板から採取し、試験片の両端にボルト締結用の穴開け加工を行った。次に、図3に示すように、半径5mmのポンチで180°曲げを行った。その後、スプリングバックしたU曲げ試験片について、ボルトとナットを用いて締結することで応力を負荷した。この時、U曲げ試験片の頂部にGL5mmのひずみゲージを貼り付け、ひずみ量制御により応力を負荷した。負荷応力は1000MPa相当とした。このとき、予め引張試験で採取した応力−ひずみ曲線から、ひずみを応力に換算した。その後、pH1.0の塩酸に24時間浸漬した。なお、U曲げ試験片の端面はシャー切断ままとした。試験完了後に曲げ頂部に割れが認められたものを「×」、認められなかったものを「◎」と判定した。◎の評価を合格とした。
【0088】
結果を表3に示す。表3中のGAは合金化溶融亜鉛めっきを意味し、GIは合金化処理を行っていない溶融亜鉛めっきを意味する。
【0089】
【表3-1】
【0090】
【表3-2】
【0091】
【表3-3】
【0092】
比較例3および4は溶融亜鉛めっき工程における第二均熱処理の温度が480℃よりも低いかまたは当該第二均熱処理の保持時間が80秒未満であった。その結果、旧オーステナイト粒界における固溶B濃度が2.0atm%未満となり、耐水素脆性が劣位であった。比較例5は溶融亜鉛めっき工程における第三均熱処理の温度が420℃よりも高かった。その結果、所望の金属組織が得られず、プレス成形性が劣位であった。比較例9は溶融亜鉛めっき工程における第二均熱処理の保持時間が500秒超であった。その結果、所望の金属組織が得られず、プレス成形性が劣位であった。比較例11は熱間圧延工程におけるTB以下の滞在時間が300秒超であった。その結果、旧オーステナイト粒界における固溶B濃度が2.0atm%未満となり、耐水素脆性が劣位であった。比較例12は熱間圧延工程における仕上げ圧延出側温度〜800℃の間の平均冷却速度がV℃/秒未満であった。その結果、旧オーステナイト粒界における固溶B濃度が2.0atm%未満となり、耐水素脆性が劣位であった。比較例17は溶融亜鉛めっき工程における第二均熱処理の温度が600℃超であった。その結果、所望の金属組織が得られず、また旧オーステナイト粒界における固溶B濃度が2.0atm%未満となり、プレス成形性および耐水素脆性が劣位であった。比較例20は溶融亜鉛めっき工程における第一均熱処理の温度が本発明の規定する下限に満たないためAc1+30℃未満であった。その結果、所望の金属組織が得られず、プレス成形性が劣位であった。
【0093】
比較例25および26は溶融亜鉛めっき工程における第三均熱処理の温度が200℃未満であるかまたは第三均熱処理の保持時間が5秒未満であった。その結果、所望の金属組織が得られず、プレス成形性および耐水素脆性が劣位であった。比較例30は溶融亜鉛めっき工程における第一冷却の平均冷却速度が10℃/秒未満であった。その結果、所望の金属組織が得られず、プレス成形性が劣位であった。比較例31は溶融亜鉛めっき工程における合金化処理の温度が600℃超であった。その結果、所望の金属組織が得られず、プレス成形性が劣位であった。比較例34は熱間圧延工程における仕上げ圧延入側温度および仕上げ圧延出側温度がそれぞれ1050℃超および1000℃超であった。その結果、金属組織の平均有効結晶粒径が7.0μm超となり、耐水素脆性が劣位であった。比較例36は溶融亜鉛めっき工程における平均加熱速度が0.5℃/秒未満であり、金属組織の平均有効結晶粒径が7.0μm超となり、耐水素脆性が劣位であった。比較例47は熱間圧延工程における仕上げ圧延の総圧下率が70%未満であった。その結果、金属組織の平均有効結晶粒径が7.0μm超となり、耐水素脆性が劣位であった。比較例54〜60は化学組成が所定の範囲内に制御されていないために、プレス成形性および/または耐水素脆性が劣位であった。比較例61は熱間圧延工程における巻取温度が680℃超であった。その結果、旧オーステナイト粒界における固溶B濃度が2.0atm%未満となり、耐水素脆性が劣位であった。
【0094】
これとは対照的に、実施例の溶融亜鉛めっき鋼板は、引張強度が980MPa以上でかつTS×El×λ0.5/1000が80以上であり、さらには塑性変形後の耐水素脆性が良好であることから、プレス成形性および塑性加工後の耐水素脆化特性に優れていることがわかる。
【0095】
[例B]
本例では、特定の均熱処理の有無について検討した。まず、表1に示す化学組成を有するスラブを作製し、次いで表4に示すように第一冷却を徐冷とし、第二均熱処理を省略したこと以外は例Aの場合と同様にして、溶融亜鉛めっき鋼板を得た。得られた溶融亜鉛めっき鋼板における鋼組織並びに機械特性は、例Aの場合と同様の方法により調べた。その結果を表5に示す。表4に示す各均熱処理では、温度は表4に示される温度±10℃の範囲内に維持された。
【0096】
【表4】
【0097】
【表5】
【0098】
表5の結果から明らかなように、第一冷却を徐冷とすることで第二均熱処理を省略した場合には、旧オーステナイト粒界における固溶B濃度が2.0atm%未満となり、耐水素脆性が劣位であった。
【0099】
[例C]
本例では、同様に均熱処理とめっき処理の関係について検討した。まず、表1に示す化学組成を有するスラブを作製し、次いで表6に示すように、第二均熱処理の後ではなく第三均熱処理の後にめっき合金化処理を施したこと以外は例Aの場合と同様にして、溶融亜鉛めっき鋼板を得た。得られた溶融亜鉛めっき鋼板における鋼組織並びに機械特性は、例Aの場合と同様の方法により調べた。その結果を表7に示す。表6に示す各均熱処理では、温度は表6に示される温度±10℃の範囲内に維持された。
【0100】
【表6】
【0101】
【表7】
【0102】
表7の結果から明らかなように、第三均熱処理の後にめっき合金化処理を施した場合には、所望の金属組織が得られず、プレス成形性が劣位であった。
【要約】
母材鋼板の少なくとも一方の表面に溶融亜鉛めっき層を有し、前記母材鋼板が、所定の組成を有し、体積分率で、フェライト:0%〜50%、残留オーステナイト:0%〜30%、焼き戻しマルテンサイト:5%以上、フレッシュマルテンサイト:0%〜10%、およびパーライトとセメンタイトの合計:0%〜5%を含有し、残部組織が存在する場合には、前記残部組織がベイナイトからなり、旧オーステナイト粒界におけるB原子の濃度が2.0atm%以上であり、かつ、平均有効結晶粒径が7.0μm以下である溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法が提供される。
図1
図2
図3