【実施例】
【0045】
以下の実施例により本発明をより具体的に説明するが、実施例は本発明の例示であり、本発明の範囲を限定するものではない。
【0046】
以下の実施例において、検体として使用する対象としては、2004年〜2014年に九州大学病院を受診および入院した症例のうち、EFNS/PNSのCIDP診断基準の電気生理学的診断基準を、definiteで満たすCIDP症例50例を使用した。なお、CCPD症例については、いずれも脱髄性末梢神経障害を有し、CIDPの診断基準を満たすことから今回はCIDPとして扱った。対照群としては、多発性硬化症(MS)32例、ギランバレー症候群(GBS)・フィッシャー症候群(FS)26例を含むCIDP以外の末梢神経障害40例、健常者(HCs)30例を用いた。
上記症例から血清を採取し、実施例において使用した。CIDP症例50名のうち、典型的な症例は36名、非典型的症例は14名であり、14名の内、DADSは5名、多巣性脱髄性感覚運動型(multifocal acquired demyelinating sensory)(MADSAM)は4名、限局型が2名、純粋運動型が1名、純粋感覚型が2名であった。次いで、他の診療所からの抗NF155抗体を有する4名の患者を加え、それぞれの臨床兆候により評価した。結果は、典型的症例が37名、非典型的症例が17名であり、そのうち、DADSが8名、MADSAMは4例、限局型が2名、純粋運動型が1名、純粋感覚型が2名であった。合計54名のうち、抗NF155を有しないCIDP患者は41名であり、抗NF155抗体を有する患者は13名であった。
【0047】
[実施例1]
ヒトNF155を強制発現させた細胞株、及びヒトNF186を強制発現させた細胞株の作製
ヒトNF155cDNAが含まれるベクター、及びヒトNF186cDNAが含まれるベクターは、それぞれOrigene社から購入した。いずれのベクターにもTurbo−GFPをコードする配列が各蛋白のC末端に組み込まれている。
次いで、上記ベクターを、制限酵素ScaIを使用して直鎖化した。具体的には、ScaIとしてはタカラバイオ株式会社製のScaIを用い、反応は、タカラバイオ株式会社の添付文書に記載された通りに行った。具体的には、ScaI 2μL、10×Hバッファー 4μL、基質DNA 1.5μg、滅菌精製水で合計40μLの溶液とし、37℃にて反応を行った。
【0048】
上述のようにして直鎖化したベクターを、Fugene6(Roche社製)を用いたリポフェクションにより、添付文書に準じてHK293細胞にトランスフェクションした。次いで、G418(Life Technologies社製)1mg/mlを添加してDMEMで培養し、G418耐性株を選択した。増殖したコロニーを、クローニングシリンダーを用いて単離し、それぞれヒトNF155を強制発現させた細胞株、及びヒトNF186細胞を強制発現させた細胞株とした。
【0049】
[実施例2]
フローサイトメトリー法を利用した抗NF155抗体測定
FACSバッファー1(DMEM、1mM EDTA、1%FBS)を用い、HEK293細胞及びNF155発現細胞をそれぞれ1×10
6/mlとなるように混合した。96穴のマイクロタイタープレートに47.5μLずつ細胞溶液を入れ、次いでCIDP患者血清2.5μLを加えて混合した(血清希釈倍率1:20)。次いで、マイクロタイタープレートを4℃で60分間インキュベーションし、200μLのFACSバッファー1で2回洗浄した後、2次抗体(Alexa 647−conjugated anti−human IgG antibody、Life Ttechnologies社製)(希釈倍率1:500)と抗原抗体反応を起こさせた後、4℃で60分間インキュベーションした。次いで、200μLのFACSバッファー2(PBS、5mM EDTA)で2回洗浄し、それぞれの細胞群における蛍光2次抗体(Alexa 647)の平均蛍光強度(MFI:Mean fluorescence Intensity)の比(ratio)または差(delta)を評価した
上記と同様の方法で、抗NF155抗体陽性の一部において、抗NF186抗体の有無を、NF186発現細胞株を用いたフローサイトメトリー法及び免疫染色法で評価した。
なお、カットオフ値は、MFI比、delta MFI比について、それぞれ10及び100とした。
【0050】
[結果]
フローサイトメトリー法による、抗NF155抗体測定(実施例2)の結果を
図1Aに示す。グラフの縦軸及び横軸は、それぞれAlexa647及びTurbo−GFPの蛍光強度を示す。
図1Aの左側の図は、血清を含まない系での結果を示す。
図1Aから明らかなように、ヒトNF155を発現しているHEK293細胞と発現していないHEK293細胞はTurbo−GFPの蛍光強度により2つの細胞集団に分離することができた。左図は患者血清を投与せず、二次抗体のみ付加した例であるが、いずれの細胞集団もAlexa647の蛍光強度は低い値であることを示している。
図1Aの中央の図は陰性例である。血清を投与することにより、いずれの細胞集団も非特異的にAlexa647の蛍光強度が上昇しているが、MFI ratio及びdelta MFIの値は、それぞれ1.37及び1.88であり、いずれも低い値であった。
また、
図1Aの右側の図は陽性例を示す。MFI比及びdelta MFIはそれぞれ48及び276であり、
図1Aの中央の図に示す陰性例と比較して顕著に上昇していた。
また、段階希釈した血清を用いて測定も行った。その結果を
図1Bに示す。図から明らかなように連続的に値が変化することを確認した。
また、
図2A及び
図2Bは、抗NF155抗体陽性又は陰性のCIDP患者の血清を、ヒトNF155またはヒトNF186を発現する細胞と反応させたときの免疫組織学的結果である。抗NF155抗体陽性のCIDP患者の血清が、ヒトNF186を発現する細胞ではなく、ヒトNF155を発現する細胞で反応したことを示している。
【0051】
[実施例3]
抗NF155抗体IgGサブクラスの検出
FACSバッファー1(DMEM、1mM EDTA、1%FBS)を用い、HEK293細胞及びNF155発現細胞をそれぞれ1×10
6/mlとなるよう混合した。96穴のマイクロタイタープレートに47.5μLずつ細胞溶液を入れ、次いで患者血清2.5μLを加えて混合した(血清希釈倍率1:20)。次いで、マイクロタイタープレートを4℃で60分間インキュベーションし、200μLのFACSバッファー1で2回洗浄した後、以下の2次抗体を希釈倍率1:500で細胞と混合し、抗原抗体反応を起こさせた。
【0052】
使用した2次抗体
PE−conjugated anti−IgG1 antibody(Cell Lab、733179)
PE−conjugated anti−IgG2 antibody(Cell Lab、736408)
PE−conjugated anti−IgG3 antibody(Cell Lab、736487)
PE−conjugated anti−IgG4 antibody(Cell Lab、733219)
次いで、4℃で60分間インキュベーションした後、200μLのFACSバッファー2(PBS、5mM EDTA)で2回洗浄し、それぞれの細胞群における蛍光2次抗体(PE)の平均蛍光強度(MFI:Mean fluorescence Intensity)の比(ratio)もしくは差(delta)で評価した。
【0053】
[結果]
結果を
図3に示す。
図3に示されるように、実験を行った13例全てにおいて、IgG4が主体であることが確認できた。一方、抗NF155抗体に陽性であったGBS症例においては、IgG4が主体ではなかった。以上の結果により、抗NF155抗体のIgGサブクラスを検出することで、より高確率にCIDPの診断を行うことができることが分かった。
【0054】
[実施例4]
実施例2に記載した同様の方法を用いて、電気生理学的基準による定義によってCIDPと診断された50例、対照群として、他の診療所の抗NF155抗体陽性CIDP患者4例、MS32例、ON(GBS/FS、血管炎によるニューロパチー、POEMS、HMSN、及び抗MAG抗体陽性ニューロパチー)40例、及びHCs(健常者)30例において、抗NF155抗体の測定を行った。結果を
図4および下記表1に示す。全体の陽性率は18.0%(9/50)であった。CIDPの中では、DADS型で3/5(60%)と高い陽性率であったが、それ以外の9例の非典型的CIDPでは陽性例はなかった。典型的CIDPでは、16.7%(6/36)の陽性率であった。対象群では、多発性硬化症(MS)で0%(0/32)、ギランバレー症候群(GBS)・フィッシャー症候群(FS)で3.8%(1/26)、健常者(HC)で0%(0/30)であった。
また、抗NF186抗体はいずれの症例においても陰性であった。
【0055】
【表1】
【0056】
上記表1中、CIDP=慢性炎症性脱髄性多発神経炎、DADS=遠位対称型慢性炎症性脱髄性多発神経炎、FS=Fisher症候群、GBS=Guillain−Barre症候群、HCs=健常対照、HMSN=遺伝性運動感覚性ニューロパチー、MADSAM=多巣性脱髄性感覚運動型慢性炎症性脱髄性多発神経炎、MAG=ミエリン関連糖蛋白、MS=多発性硬化症、n=陽性症例数、N=照合された症例数、POEMS=polyneuropathy,organomegaly,endocrinopathy,M protein,and skin changes(POEMS)症候群 である。
【0057】
抗NF155抗体陽性例において抗NF186抗体はいずれにおいても陰性であったのは、NF155及びNF186の差異は選択的スプライシングにより発生するため、考えられるエピトープはNF155にあってNF186にないアミノ酸配列であると想定される。
【0058】
[実施例5]
抗NF155陽性CIDP及び陰性例について、臨床データの比較を行った。その結果を表2に示す。抗NF155抗体陽性CIDP(n=13)では陰性CIDP(n=41)と比較して、発症年齢が低い(47.9±17.0に対して25.2±10.7、p<0.0001)、末梢優位に筋力低下が目立つDADS型が多い(4.9%に対して46.2%、p=0.0014)、下垂足を呈する割合が多い(31.7%に対して69.2%、p=0.0242)、歩行障害の割合が多い(73.2%に対して100%、p=0.0484)、振戦の割合が多い(19.5%に対して53.8%、p=0.0300)、髄液蛋白値が高い(103.8±75.8に対して317.0±141.1、p<0.0001)という特徴がみられた。
また、患者の神経根MRIの結果を
図5A及び
図5Bに示す。
図5A及び
図5Bから明らかなように、撮像し得た7例の抗NF155抗体陽性CIDPおいて、いずれも頚部および腰部神経根、近位末梢神経の顕著な肥厚が認められ、髄液蛋白が高度に上昇するという特徴的な病像を呈することがわかった。
また、脳MRIについても撮像し、その結果を
図6A〜
図6Cに示す。
図6A〜
図6Cに示すように、脳MRIについては脱髄性病変を認める症例もみられた。
【0059】
【表2】
【0060】
上記表2中、CIDP=慢性炎症性脱髄性多発神経炎、DADS=遠位対称型慢性炎症性脱髄性多発神経炎、MADSAM=多巣性脱髄性感覚運動型慢性炎症性脱髄性多発神経炎、n=関連する症例数、N=照合された症例数、NS=有意でない、SD=標準偏差 である。
【0061】
[実施例6]
抗NF155抗体陽性CIDP及び陰性例において、末梢神経伝導検査を行った。
抗NF155抗体陽性CIDP及び陰性例のNCS(神経伝導速度)所見の比較を行った結果を表3に示す。
【0062】
【表3】
【0063】
上記表3中、CIDP=慢性炎症性脱髄性多発神経炎、CMAP=複合筋活動電位;MCV=運動神経伝導速度;N=検査を実施された神経の数;NF=ニューロファシン;SCV=感覚神経伝導速度;SNAP=感覚神経活動電位;TLI=terminal latency index、n=関連する症例数、N=照合された症例数、NS=有意でない、SD=標準偏差 である。
全ての連続変数は平均±SDで示し,括弧内には誘発された神経の数/施行した神経の数を記載している.
【0064】
遠位潜時の基準値:正中神経,3.49±0.34ms;尺骨神経,2.59±0.39ms;脛骨神経,3.96±1.00ms.MCVの基準値MCV:正中神経,57.7±4.9m/s;尺骨神経,58.7±5.1m/s;脛骨神経,48.5±3.6m/s.CMAP振幅の基準値:正中神経,7.0±3.0mV;尺骨神経,5.7±2.0mV;脛骨神経,5.8±1.9mV.F波潜時の基準値:正中神経,26.2±2.2ms;尺骨神経,27.6±2.2ms;脛骨神経,47.7±5.0ms.遠位潜時の正常上限:正中神経,4.2ms;尺骨神経,3.4ms;脛骨神経6.0ms.MCVの正常下限:正中神経,48m/s;尺骨神経,49m/s;脛骨神経,41m/s.CMAP振幅の正常下限:正中神経,3.5mV;尺骨神経,2.8mV;脛骨神経,2.9mV.F波潜時の正常上限:正中神経,31ms;尺骨神経,32ms;脛骨神経,58ms.SCVの正常下限:正中神経,44m/s;尺骨神経,44m/s;腓腹神経,45m/s。
【0065】
表3から明らかなように、抗NF155陽性CIDPでは、陰性CIDPと比較して尺骨神経、脛骨神経において遠位潜時が、正中神経、尺骨神経、脛骨神経においてF波の潜時が有意に延長していることがわかった。
【0066】
さらにまた、CCPD(中枢・抹消連合脱髄症)には、主にCIDP(慢性炎症性脱髄性多発神経炎)及びMS(多発性硬化症)があるが、検体中の抗−NF155抗体の有無で、CIDPとMSとを識別できることが分かった。
【0067】
また、CIDPとギラン・バレー症候群(GBS)においても、検体中の抗NF155抗体の有無で、両者を識別できることが分かった。すなわち、従来、末梢神経を急性に侵す脱髄性疾患であるギラン・バレー症候群は、初回発作時はCIDPとの鑑別が困難であったが、上記結果により、本発明の抗NF155抗体が陽性であれば、再発しCIDPとなる可能性が高いことがわかり、GBSと再発するCIDPとの鑑別において抗NF155抗体の測定は有用であることがわかった。
【0068】
本発明を特定の態様を用いて詳細に説明したが、本発明の意図と範囲を離れることなく様々な変更及び変形が可能であることは、当業者にとって明らかである。なお本出願は、2015年1月20日付で出願された米国仮出願(US62/105,313)に基づいており、その全体が引用により援用される。