特許第6751514号(P6751514)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6751514
(24)【登録日】2020年8月19日
(45)【発行日】2020年9月9日
(54)【発明の名称】テトラフルオロスルファニルピリジン
(51)【国際特許分類】
   C07D 213/71 20060101AFI20200831BHJP
【FI】
   C07D213/71CSP
【請求項の数】6
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2017-552300(P2017-552300)
(86)(22)【出願日】2016年9月23日
(86)【国際出願番号】JP2016078000
(87)【国際公開番号】WO2017090309
(87)【国際公開日】20170601
【審査請求日】2019年9月11日
(31)【優先権主張番号】特願2015-229884(P2015-229884)
(32)【優先日】2015年11月25日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000206
【氏名又は名称】宇部興産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100120112
【弁理士】
【氏名又は名称】中西 基晴
(74)【代理人】
【識別番号】100129311
【弁理士】
【氏名又は名称】新井 規之
(72)【発明者】
【氏名】柴田 哲男
(72)【発明者】
【氏名】松崎 浩平
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 記庸
【審査官】 谷尾 忍
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/062221(WO,A1)
【文献】 特表平08−508476(JP,A)
【文献】 ZHONG, Linbin et al.,Effects of substitution on the reactivity of alkyl aryl tetrafluoro-λ6-sulfanes,Journal of Fluorine Chemistry,2014年,Vol. 167,pp. 192-197,ISSN 0022-1139, 特にp. 193, Scheme 1
【文献】 ZHONG, Linbin et al.,Preparation and Characterization of Alkenyl Aryl Tetrafluoro-λ6-sulfanes,Angew. Chem. Int. Ed.,2014年,Vol. 53,pp. 526-529,ISSN 1521-3773, 特にp. 526, Scheme 1
【文献】 KANISHCHEV, Oleksandr S. et al.,Synthesis and Characterization of 2-Pyridylsulfur Pentafluorides,Angew. Chem. Int. Ed.,2015年 1月 2日,Vol. 54, No. 1,pp. 280-284,ISSN 1521-3773, 特にScheme 1-3
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D 213/71
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(c):
【化1】
(式中、
kは1または2であり、
Xは水素原子またはハロゲン原子であり、
は水素原子、ハロゲン原子、1〜18個の炭素原子を有する置換または非置換のアルキル基、6〜30個の炭素原子を有する置換または非置換のアリール基、あるいはニトロ基であり、
は1〜18個の炭素原子を有する置換または非置換のアルキル基、あるいは6〜30個の炭素原子を有する置換または非置換のアリール基である)
で表される、テトラフルオロスルファニルピリジン。
【請求項2】
前記Rがフッ素原子または塩素原子であり、Xが塩素原子である請求項1に記載のテトラフルオロスルファニルピリジン。
【請求項3】
一般式(c’):
【化2】
(式中、
kは1または2であり、
Xは水素原子またはハロゲン原子であり、
は水素原子、ハロゲン原子、1〜18個の炭素原子を有する置換または非置換のアルキル基、6〜30個の炭素原子を有する置換または非置換のアリール基、あるいはニトロ基であり、
は1〜18個の炭素原子を有する置換または非置換のアルキル基、あるいは6〜30個の炭素原子を有する置換または非置換のアリール基である)
で表される、テトラフルオロスルファニルピリジン。
【請求項4】
前記Rがフッ素原子または塩素原子であり、Xが塩素原子である請求項3に記載のテトラフルオロスルファニルピリジン。
【請求項5】
一般式(a)で表されるハロテトラフルオロピリジンから生じるラジカル種または一般式(a)で表されるハロテトラフルオロピリジンを一般式(b)で表されるアルキンへ付加させて、一般式(c)で表されるテトラフルオロスルファニルピリジンを得る工程を含む、
【化3】
(式中、R、RXおよびkは請求項1のとおり定義される)
請求項1に記載のテトラフルオロスルファニルピリジンの製造方法。
【請求項6】
一般式(a)で表されるハロテトラフルオロピリジンから生じるラジカル種または一般式(a)で表されるハロテトラフルオロピリジンを一般式(b’)で表されるアルケンへ付加させて、一般式(c’)で表されるテトラフルオロスルファニルピリジンを得る工程を含む、
【化4】
(式中、R、R、Xおよびkは請求項3のとおり定義される)
で表される請求項3に記載のテトラフルオロスルファニルピリジンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はテトラフルオロスルファニルピリジンおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液晶分子などにフッ素置換基を導入することで誘電率異方性の向上などが期待されており、特に強力な電子求引性を示すテトラフルオロスルファニル基(SF基)をリンカーとした電子材料開発が着目されている(非特許文献1)。SF骨格を構築する従来法として、スルフィドとフッ素(F)ガスを用いる方法が知られている(非特許文献2)。また、近年ではクロロテトラフルオロスルファニルアリールを不飽和結合に対してラジカル付加反応させてSF基を有する化合物を合成する方法が報告されている(特許文献1および非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開2014/062221号
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Eur. J. Org. Chem. 2006, 1125.
【非特許文献2】J. Am. Chem. Soc. 1999, 121, 11277.
【非特許文献3】Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 526.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記文献に記載の方法は毒性および反応性の高いフッ素ガス、ならびに合成例が限られているクロロテトラフルオロスルファニルアリールが必須である。したがって、SF骨格を有する化合物の合成および利用は非常に限られている。特に生理活性化合物に多用されるピリジン環にSF骨格を導入した化合物は医農薬品等の用途に貢献することが期待されるが、未だこのような化合物の合成は達成されていない。かかる事情を鑑み、本発明はピリジン環にSF基を有する化合物とその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは特定のハロテトラフルオロスルファニルピリジンが、上記課題を解決することを見出し、本発明を完成した。即ち、前記課題は以下の本発明により解決される。
【0007】

(1)後述する一般式(c)で表されるテトラフルオロスルファニルピリジン。
(2)式中、Rがフッ素原子または塩素原子であり、Xが塩素原子である(1)に記載のテトラフルオロスルファニルピリジン。
(3)後述する一般式(c’)で表されるテトラフルオロスルファニルピリジン。
(4)式中、Rがフッ素原子または塩素原子であり、Xが塩素原子である(3)に記載のテトラフルオロスルファニルピリジン。
(5)後述する一般式(a)で表されるハロテトラフルオロピリジンから生じるラジカル種を後述する一般式(b)で表されるアルキンへ付加させて、後述する一般式(c)で表されるテトラフルオロスルファニルピリジンを得る工程を含む、(1)に記載のテトラフルオロスルファニルピリジンの製造方法。
(6)後述する一般式(a’)で表されるハロテトラフルオロピリジンから生じるラジカル種を後述する一般式(b’)で表されるアルキンへ付加させて、後述する一般式(c’)で表されるテトラフルオロスルファニルピリジンを得る工程を含む、(3)に記載のテトラフルオロスルファニルピリジンの製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によりテトラフルオロスルファニルピリジンおよびその製造方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明において「X〜Y」はその両端の値、すなわちXおよびYを含む。
【0010】
1.テトラフルオロスルファニルピリジン
本発明のテトラフルオロスルファニルピリジンは一般式(c)または(c’)で表される。一般式(c)で表される化合物をビニルテトラフルオロスルファニルピリジン、一般式(c’)で表される化合物をアルキルテトラフルオロスルファニルピリジンともいう。
(1)ビニルテトラフルオロスルファニルピリジン
ビニルテトラフルオロスルファニルピリジンは一般式(c)で表される。
【0011】
【化1】
式中、kはRの数を表し、1または2である。
【0012】
はピリジン環上の置換基であり、水素原子、ハロゲン原子、1〜18個の炭素原子を有する置換または非置換のアルキル基、6〜30個の炭素原子を有する置換または非置換のアリール基、あるいはニトロ基である。原料であるクロロテトラフルオロスルファニルピリジンの安定性からRはハロゲン原子であることが好ましい。ハロゲン原子とはフッ素原子、塩素原子、臭素原子、またはヨウ素原子である。
【0013】
はアルケニル基上の置換基であり、水素原子、ハロゲン原子、1〜18個の炭素原子を有する置換または非置換のアルキル基、6〜30個の炭素原子を有する置換または非置換のアリール基である。原料の入手容易性の観点からRは1〜18個の炭素原子を有する置換または非置換のアルキル基、あるいは6〜30個の炭素原子を有する置換または非置換のアリール基が好ましい。置換基としては、ハロゲン、ニトロ基、1〜5個の炭素原子を有するアルコキシル基等が挙げられる。
【0014】
Xは原料のハロテトラフルオロスルファニル化合物に由来し、水素原子またはハロゲン原子である。合成が容易であることからXは塩素原子が好ましい。
【0015】
以下に具体例を示す。
【0016】
【化2】
【0017】
(2)アルキルテトラフルオロスルファニルピリジン化合物
アルキルテトラフルオロスルファニルピリジンは一般式(c’)で表される。式中、k、R、R、Xは、前述のビニルテトラフルオロスルファニルピリジンと同様に定義される。ただし、Rは1〜18個の炭素原子を有する置換又は非置換のアルキル基であることが好ましい。
【0018】
【化3】
以下に具体例を示す。
【0019】
【化4】
【0020】
2.テトラフルオロスルファニルピリジンの製造方法
テトラフルオロスルファニルピリジンは、以下のように製造されることが好ましい。
【0021】
(1)ビニルテトラフルオロスルファニルピリジン(c)の製造方法
下記スキームに示すとおり、式(a)で表されるハロテトラフルオロピリジン化合物から生じるラジカル種を式(b)で表されるアルキンとへ付加させて、一般式(c)で表されるビニルテトラフルオロスルファニルピリジン化合物を製造する。
【0022】
【化5】
【0023】
具体的にはラジカル開始剤の存在下、ハロテトラフルオロピリジン(化合物(a))のアルキン(化合物(b))に対する原子移動型ラジカル付加反応を進行させ、ビニルテトラフルオロスルファニルピリジン(化合物(c))を得る。ラジカル開始剤の使用量は限定されないが、低コストの観点から0.1〜1.0当量が好ましい。アルキンの使用量はピリジルジスルフィド化合物に対して過剰であればよいが1〜3当量が好ましい。溶媒は限定されないがハロテトラフルオロスルファニルピリジン化合物の分解を防ぐため、無極性溶媒であるヘキサン、ペンタン、エーテル系溶媒であるジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、あるいは非プロトン性極性溶媒であるアセトニトリル、ニトロメタン等が好ましい。反応温度は適宜調整してよいが、−20〜100℃が好ましい。
【0024】
本発明に使用できるラジカル開始剤は、ラジカルを発生させるものであれば特に制限されない。例えば、過酸化ベンゾイル、tert−ブチルペルオキシド、アゾビスイソブチロニトリル、ジメチル−2,2’−アゾビスイソブチレート、トリメチルボラン、トリエチルボラン挙げられるが、入手容易性の点からトリエチルボランが好ましい。
【0025】
(2)アルキルテトラフルオロスルファニルピリジン(c’)の製造方法
下記スキームに示すとおり、式(a)で表されるハロテトラフルオロピリジンから生じるラジカル種を式(b’)で表されるアルケンへ付加させて、一般式(c’)で表されるアルキルテトラフルオロスルファニルピリジンを製造する。
【0026】
【化6】
【0027】
具体的にはラジカル開始剤の存在下、ハロテトラフルオロピリジン(化合物(a))のアルケン(化合物(b’))に対する原子移動型ラジカル付加反応を進行させ、アルキルテトラフルオロスルファニルピリジン(化合物(c’))を得る。ラジカル開始剤の使用量は限定されないが、低コストの観点から0.1〜1.0当量が好ましい。アルケンの使用はピリジルジスルフィド化合物に対して過剰であればよいが1〜3当量が好ましい。溶媒は限定されないが、ハロテトラフルオロスルファニルピリジン化合物の分解を防ぐため、無極性溶媒であるヘキサン、ペンタン、エーテル系溶媒であるジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、あるいは非プロトン性極性溶媒であるアセトニトリル、ニトロメタン等が好ましい。反応温度は適宜調整してよいが、−20〜100℃が好ましい。
【0028】
本発明において使用できるラジカル開始剤は、ラジカルを発生させるものであれば特に制限されない。例えば、過酸化ベンゾイル、tert−ブチルペルオキシド、アゾビスイソブチロニトリル、ジメチル−2,2’−アゾビスイソブチレート、トリメチルボラン、およびトリエチルボラン挙げられるが、入手容易性の点からトリエチルボランが好ましい。
【0029】
限定されないが、この反応は以下に示す原子移動型ラジカル付加反応であると推察される。すなわち下記スキームに示すとおり、まずハロテトラフルオロスルファニルピリジンを出発物質として、トリエチルボランのようなラジカル開始剤によりラジカル活性種(a’)が生じる。その後、不飽和結合部位を有する基質(b)または(b’)へ付加反応が生じ、アルキルラジカル中間体を与える。生じたアルキルラジカルはもう一分子の(a)と反応し、目的物であるテトラフルオロスルファニルピリジンを与えると考えられる。
【0030】
【化7】
【実施例】
【0031】
[実施例1]
以下の反応を行い、ビニルテトラフルオロスルファニルピリジン化合物(c)を合成した。
【0032】
【化8】
【0033】
100mLフラスコに、発明者らによって合成されたクロロテトラフルオロピリジン(a1)(541mg、1.8mmol)、ジエチルエーテル(4.5mL)およびエチニルベンゼン(b1)(0.30mL、2.7mmol、東京化成工業株式会社製)を窒素雰囲気下にて充填した。続いて混合物に対して、トリエチルボラン/ヘキサン溶液(0.26mL、1.0M、Sigma−Aldrich社製)を加え、室温にて30分間撹拌した。反応終了後、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液を加え、生成物をジクロロメタンにて抽出し、有機相を硫酸マグネシウムで乾燥した。続いて減圧下で溶媒を留去し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン/酢酸エチル=9/1、Rf値0.5)で精製して生成物(c1)(392.3mg、54%)を白色固体として得た。
【0034】
さらに、以下の化合物を用いて同様の合成を行った。以下に質量分析およびNMRによる分析結果とまとめて示す。本発明において、質量分析は型名LCMS−2020、島津製作所製を用いて行い、H−NMRおよび19F−NMRは、Mercury 300、 Varian 社製を用いて測定した。
【0035】
【化9】
【0036】
【表1-1】
【0037】
【表1-2】
【0038】
【表1-3】
【0039】
【表1-4】
【0040】
[実施例2]
以下の反応を行い、アルキルテトラフルオロスルファニルピリジン化合物(c’)を合成した。
【0041】
【化10】
【0042】
100mLフラスコに、発明者らによって合成されたクロロテトラフルオロピリジン(a1)(446mg、1.48mmol)、ジエチルエーテル(3.7mL)および1−ヘキセン(b’1)(0.28mL、2.2mmol、和光純薬工業株式会社製)を窒素雰囲気下にて充填した。続いて混合物に対して、トリエチルボラン/ヘキサン溶液(0.15mL、1.0M、Sigma−Aldrich社製)を加え、室温にて30分間攪拌した。反応終了後、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液を加え、生成物をジクロロメタンにて抽出し、有機相を硫酸マグネシウムで乾燥した。続いて減圧下で溶媒を留去し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン/酢酸エチル=9/1、Rf値0.37)で精製して生成物(c’1)(344.2mg、60%)を白色固体として得た。
【0043】
さらに、以下の化合物を用いて同様の合成を行った。以下に質量分析およびNMRによる分析結果とまとめて示す。
【0044】
【化11】
【0045】
【表2】
【0046】
本発明によりテトラフルオロスルファニル基を有するピリジンが得られることが明らかである。また本発明の製造方法はテトラフルオロスルファニル基をリンカーとしてピリジン環を有する種々の化合物を合成できる。よって、本発明は新規機能性材料や医農薬品などの生理活性物質の合成に有用である。