特許第6751680号(P6751680)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6751680
(24)【登録日】2020年8月19日
(45)【発行日】2020年9月9日
(54)【発明の名称】状態量推定装置
(51)【国際特許分類】
   F04D 27/00 20060101AFI20200831BHJP
   F02D 45/00 20060101ALI20200831BHJP
   F02B 39/16 20060101ALI20200831BHJP
   F04D 25/04 20060101ALI20200831BHJP
【FI】
   F04D27/00 D
   F02D45/00 364E
   F02B39/16 H
   F04D25/04
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-26753(P2017-26753)
(22)【出願日】2017年2月16日
(65)【公開番号】特開2018-131988(P2018-131988A)
(43)【公開日】2018年8月23日
【審査請求日】2019年9月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005463
【氏名又は名称】日野自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】中野 平
【審査官】 田谷 宗隆
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−7934(JP,A)
【文献】 特開2007−321687(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04D 27/00
F02B 39/16
F02D 45/00
F04D 25/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
空気を圧縮するインペラと、前記インペラを収容するハウジングであって前記インペラの圧縮した空気が流入するデフューザーと前記デフューザーの出口面を通じて空気が流入するスクロールとを有する前記ハウジングとを備えたコンプレッサーによって圧縮された空気の状態量を推定する状態量推定装置であって、
前記状態量推定装置は、
前記インペラが前記デフューザーに吐出する空気の流速であるインペラ出口流速に基づくエネルギーであって前記インペラが空気に付与したエネルギーである全エンタルピ、前記コンプレッサーの断熱圧縮効率、および、前記デフューザーの出口面における空気の流速であるデフューザー出口流速を演算し、
前記全エンタルピから前記デフューザー出口流速に基づく運動エネルギーを減算した値を前記断熱圧縮効率に基づき内部エネルギーと圧力エネルギーとに配分し、
前記内部エネルギーと前記インペラに圧縮される前の空気の温度である入口温度とを変数に含む演算式により前記出口面に流入する空気の温度である圧縮温度を演算するとともに、前記圧力エネルギーと前記インペラに圧縮される前の空気の圧力である入口圧力とを変数に含む演算式により前記出口面に流入する空気の圧力である圧縮圧力を演算する
状態量推定装置。
【請求項2】
前記状態量推定装置は、
前記スクロールにおける空気の圧力である出口圧力を演算し、
前記圧縮圧力、前記圧縮温度、および、前記出口圧力を変数に含む演算式により前記出口面を通過する空気の質量流量である吸入空気量を演算する
請求項1に記載の状態量推定装置。
【請求項3】
前記状態量推定装置は、
前記圧縮温度の前回値と前記圧縮圧力の前回値とを用いて前記吸入空気量の前回値を体積流量である吸入体積量に変換し、
前記吸入体積量に基づいて前記インペラと空気との摩擦に起因する摩擦損失率を演算するとともに、前記吸入体積量から前記インペラに衝突することなく前記デフューザーに流入する空気の体積流量である無衝突流量を減算した衝突流量に基づいて前記インペラに対する空気の衝突に起因する衝突損失率を演算し、
前記摩擦損失率と前記衝突損失率とを乗算することにより前記断熱圧縮効率を演算する
請求項2に記載の状態量推定装置。
【請求項4】
前記状態量推定装置は、
前記圧縮温度の前回値と前記圧縮圧力の前回値とを用いて前記吸入空気量の前回値を体積流量である吸入体積量に変換し、
前記吸入体積量を前記出口面における有効開口面積で除算することにより前記デフューザー出口流速を演算する
請求項2または3に記載の状態量推定装置。
【請求項5】
前記状態量推定装置は、
前記インペラの回転数と前記インペラの外径とに基づいて前記インペラのブレードの外径端における周速であるインペラ出口周速を演算し、
前記ブレードの外径端における出口角度に基づいて、前記ブレードの外径端に直交する方向における前記インペラ出口周速の成分を前記インペラ出口流速として演算する
請求項1〜4のいずれか一項に記載の状態量推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンプレッサーによって圧縮された空気の状態量を推定する状態量推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンを制御するエンジン制御装置は、エンジンの運転に関わる状態量を検出するセンサーの検出値に基づいて制御対象に対する制御指示値を演算し、その演算した制御指示値を制御対象に出力している。例えば、エンジン制御装置は、燃料を噴射するインジェクターに対する制御指示値を演算するための状態量の1つとして吸入空気量を有している。
【0003】
こうしたエンジン制御装置における制御ロジックの開発には、例えば特許文献1のように、エンジンの運転に関わる各種状態量の推定値を演算する状態量推定装置を用いたモデルベース開発によって行なわれる場合が少なくない。特許文献1において、エンジン制御装置は、状態量推定装置が演算した各種状態量の推定値をセンサーの検出値として制御指示値を演算している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−014507号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
エンジン制御装置の制御ロジックの精度を高めるうえでは状態量推定装置が演算する推定値の精度が高いことが好ましい。そのため、エンジンが吸入する空気を圧縮するコンプレッサーを備えた車両に搭載されるエンジン制御装置のモデルベース開発においては、その圧縮された空気の状態量について高い精度が求められる。
【0006】
本発明は、コンプレッサーによって圧縮された空気の状態量を高い精度のもとで推定することのできる状態量推定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する状態量推定装置は、空気を圧縮するインペラと、前記インペラを収容するハウジングであって前記インペラの圧縮した空気が流入するデフューザーと前記デフューザーの出口面を通じて空気が流入するスクロールとを有する前記ハウジングとを備えたコンプレッサーによって圧縮された空気の状態量を推定する状態量推定装置であって、前記状態量推定装置は、前記インペラが前記デフューザーに吐出する空気の流速であるインペラ出口流速に基づくエネルギーであって前記インペラが空気に付与したエネルギーである全エンタルピ、前記コンプレッサーの断熱圧縮効率、および、前記デフューザーの出口面における空気の流速であるデフューザー出口流速を演算し、前記全エンタルピから前記デフューザー出口流速に基づく運動エネルギーを減算した値を前記断熱圧縮効率に基づき内部エネルギーと圧力エネルギーとに配分し、前記内部エネルギーと前記インペラに圧縮される前の空気の温度である入口温度とを変数に含む演算式により前記出口面に流入する空気の温度である圧縮温度を演算するとともに、前記圧力エネルギーと前記インペラに圧縮される前の空気の圧力である入口圧力とを変数に含む演算式により前記出口面に流入する空気の圧力である圧縮圧力を演算する。
【0008】
上記構成によれば、入口温度および入口圧力にある空気に対してインペラが付与したエネルギーが全エンタルピに設定され、その全エンタルピが運動エネルギー、内部エネルギー、および、圧力エネルギーの各々へと変換されたうえで圧縮温度および圧縮圧力が演算されている。そのため、これら圧縮温度および圧縮圧力の演算結果に対する精度を高めることができる。
【0009】
上記構成において、前記状態量推定装置は、前記スクロールにおける空気の圧力である出口圧力を演算し、前記圧縮圧力、前記圧縮温度、および、前記出口圧力を変数に含む演算式により前記出口面を通過する空気の質量流量である吸入空気量を演算することが好ましい。上記構成のように圧縮温度および圧縮圧力を用いて吸入空気量を演算することにより、吸入空気量の演算結果に対する精度を高めることができる。
【0010】
上記構成において、前記状態量推定装置は、前記圧縮温度の前回値と前記圧縮圧力の前回値とを用いて前記吸入空気量の前回値を体積流量である吸入体積量に変換し、前記吸入体積量に基づいて前記インペラと空気との摩擦に起因する摩擦損失率を演算するとともに、前記吸入体積量から前記インペラに衝突することなく前記デフューザーに流入する空気の体積流量である無衝突流量を減算した衝突流量に基づいて前記インペラに対する空気の衝突に起因する衝突損失率を演算し、前記摩擦損失率と前記衝突損失率とを乗算することにより前記断熱圧縮効率を演算することが好ましい。
【0011】
上記構成のように、吸入空気量が吸入体積量に変換されると、その吸入体積量に基づいて摩擦損失率を演算することが可能であり、また、その吸入体積量から無衝突流量を減算した衝突流量に基づいて衝突損失率を演算することが可能である。そして、これら摩擦損失率と衝突損失率とを乗算することにより断熱圧縮効率を演算することが可能である。
【0012】
上記構成において、前記状態量推定装置は、前記圧縮温度の前回値と前記圧縮圧力の前回値とを用いて前記吸入空気量の前回値を体積流量である吸入体積量に変換し、前記吸入体積量を前記出口面における有効開口面積で除算することにより前記デフューザー出口流速を演算してもよい。上記構成によれば、デフューザー出口流速の演算に関する状態量推定装置への負荷を軽減することができる。
【0013】
上記構成において、前記状態量推定装置は、前記インペラの回転数と前記インペラの外径とに基づいて前記インペラのブレードの外径端における周速であるインペラ出口周速を演算し、前記ブレードの外径端における出口角度に基づいて、前記ブレードの外径端に直交する方向における前記インペラ出口周速の成分を前記インペラ出口流速として演算することが好ましい。上記構成によれば、インペラ出口流速の演算に関する状態量推定装置への負荷を軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】状態量推定装置の一実施形態を用いたモデルベース開発の一例を模式的に示すブロック図。
図2】状態量推定装置が適用されるエンジンシステムの概略構成を示す図。
図3】コンプレッサーの断面構造の一例を示す断面図。
図4】コンプレッサーの構成の一例を模式的に示す図。
図5】吸気系モデルの入力値および出力値の一例を示すブロック図。
図6】吸気系モデルの一例を示す機能ブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1図6を参照して、状態量推定装置の一実施形態について説明する。まず、図1を参照して状態量推定装置を用いたモデルベース開発の概要について説明する。
【0016】
(モデルベース開発の概要)
図1に示すように、エンジンECU5のモデルベース開発では、開発対象であるエンジンECU5と、実機の挙動をシミュレーションできる各種のモデルを備えた状態量推定装置6とを用いて行われる。状態量推定装置6は、外気温度や大気圧などの環境条件やエンジンECU5からの制御指示値を入力値として各種のシミュレーションを行い、エンジンECU5による制御指示値の演算に必要な値、例えば吸入空気量などを出力する。
【0017】
ターボチャージャーを備えた車両に搭載されるエンジンECU5のモデル開発ベースにおいて、状態量推定装置6は、吸気系モデル7、エンジンモデル8、および、排気系モデル9などを備えている。吸気系モデル7は、吸気通路を通じてエンジンに吸入されるまでの空気の状態、例えば、コンプレッサーによって圧縮された空気の状態やインタークーラーに流入する空気の状態、エンジンが吸入する空気の状態などを示す各種の状態量を演算する。エンジンモデル8は、エンジンの出力トルクなどに加え、エキゾーストマニホールドに排出される排気ガスの状態などを示す状態量を演算する。排気系モデル9は、排気通路を通じてエキゾーストマニホールドから外気に排出されるまでの排気ガスの状態、例えばタービンに流入する排気ガスの状態やタービンから流出した排気ガスの状態などを示す各種の状態量を演算する。
【0018】
(エンジンシステム)
図2を参照してターボチャージャーを備えたエンジンシステムの一例を説明する。
図2に示すように、エンジンシステムは、エンジン10を備えている。エンジン10のシリンダーブロック11には、複数のシリンダー12が形成されている。各シリンダー12には、インジェクター13から燃料が噴射される。シリンダーブロック11には、各シリンダー12に吸入空気を供給するインテークマニホールド14と、各シリンダー12からの排気ガスが流入するエキゾーストマニホールド15とが接続されている。
【0019】
インテークマニホールド14に接続される吸気通路16には、上流側から順に、図示されないエアクリーナー、ターボチャージャー17を構成するコンプレッサー18、インタークーラー19が設けられている。エキゾーストマニホールド15に接続される排気通路20には、コンプレッサー18に連結軸21を介して連結され、ターボチャージャー17を構成するタービン22が設けられている。
【0020】
このエンジンシステムは、EGR装置23を備えている。EGR装置23は、エキゾーストマニホールド15と吸気通路16とを接続するEGR通路25を備える。EGR通路25には、水冷式のEGRクーラー26が設置され、EGRクーラー26における吸気通路16側にEGR弁27が設置されている。EGR弁27が開状態にあるとき、排気ガスの一部がEGRガスとして吸気通路16に導入される。すなわち、シリンダー12には、EGR弁27が開状態にあるときには空気とEGRガスとの混合気体が作動ガスとして供給され、EGR弁27が閉状態にあるときには空気のみが作動ガスとして供給される。
【0021】
こうしたエンジンシステムでは、シリンダー12には、ターボチャージャー17によって圧縮されたのちインタークーラー19で冷却された空気が作動ガスあるいは作動ガスの一部として供給される。そして、シリンダー12では、インジェクター13から燃料が噴射されることで混合気が生成され、その混合気が燃焼することにより排気ガスが生成される。この排気ガスは、エキゾーストマニホールド15に排出されたのち排気通路20に流入し、タービン22を駆動して外気へと排出される。
【0022】
なお、図2に示されている各種の量記号は下記のように定義される。
Pexm:タービン22に流入する排気ガスの圧力であるタービン上流圧力Pexm
Texm:タービン22に流入する排気ガスの温度であるタービン上流温度Texm
Pexh:タービン22を通過した排気ガスの圧力であるタービン下流圧力Pexh
Pcin:インタークーラー19に流入する空気の圧力であるインタークーラー入口圧力Pcin
Pb:吸気通路16とEGR通路25との接続部分よりも下流側における作動ガスの圧力であるブースト圧Pb
【0023】
(コンプレッサー)
図3および図4を参照してエンジン10に供給される空気を圧縮するコンプレッサー18について説明する。
図3および図4に示すように、コンプレッサー18は、ハウジング31と、ハウジング31に収容され連結軸21とともに回転することにより空気を圧縮するインペラ32とを備えている。ハウジング31は、インペラ32によって圧縮される前の空気が流通する入口部33と、インペラ32の回転によって圧縮された空気が流入するデフューザー35と、デフューザー35の出口面35aを通じて空気が流入するスクロール36とを備えている。インペラ32は、連結軸21とともに回転するハブ37に対して複数のブレード38が一体的に形成されている。ハブ37の外周面37aは、インペラ32の径方向へ向かって傾斜する形状を有している。各ブレード38は、インペラ32の中心軸側の端部である内径端が中心軸に対して内径r1だけ離れた位置に位置し、インペラ32の中心軸とは反対側の端部である外径端が中心軸に対して外径r2だけ離れた位置に位置している。
【0024】
コンプレッサー18において、入口部33の空気は、連結軸21を中心として回転するインペラ32によってエネルギーが付与されることで圧縮され、デフューザー35に流入する。そして、デフューザー35の出口面35aを通じてスクロール36に流入する。スクロール36に流入した空気は、コンプレッサー18の下流側に位置する吸気通路16に流入して該吸気通路16をインタークーラー19に向かって流れる。
【0025】
なお、図3に示されている各種の量記号は下記のように定義される。
Pin:入口部33における空気の圧力である入口圧力Pin
Tin:入口部33における空気の温度である入口温度Tin
Pcmp:出口面35aに流入する直前の空気の圧力である圧縮圧力Pcmp
Tcmp:出口面35aに流入する直前の空気の温度である圧縮温度Tcmp
Pout:スクロール36における空気の圧力である出口圧力Pout
Tout:スクロール36における空気の温度である出口温度Tout
A:出口面35aの有効開口面積A
Ga:単位時間あたりに出口面35aを通過する空気の質量流量である吸入空気量Ga
【0026】
また、図4に示されている各種の量記号は下記のように定義される。
u1:ブレード38の内径端における周速であるインペラ内径周速u1
u2:ブレード38の外径端における周速であるインペラ外径周速u2
θ:ブレード38の出口角度θ
c2:インペラ32が吐出する空気の流速であるインペラ出口流速c2
c3:出口面35aを通過する空気の流速であるデフューザー出口流速c3
【0027】
(吸気系モデル)
図5および図6を参照して状態量推定装置6を構成する吸気系モデル7についてさらに詳しく説明する。
図5に示すように、吸気系モデル7は、入口圧力Pinおよび入口温度Tinを入力値に含み、圧縮温度Tcmp、圧縮圧力Pcmp、および、吸入空気量Gaを出力値に含む。また、吸気系モデル7は、これら圧縮温度Tcmp、圧縮圧力Pcmp、および、吸入空気量Gaの出力値を前回値として用いて次の圧縮温度Tcmp、圧縮圧力Pcmp、および、吸入空気量Gaを演算する。なお、吸気系モデル7においては、上記出力値を演算するにあたり、演算に関わる状態量について必要に応じて適当な初期値が与えられる。
【0028】
図6に示すように、吸気系モデル7は、各種の機能部を備えている。
ターボ回転数演算部51は、連結軸21の回転数、すなわちインペラ32の回転数であるターボ回転数Ntrbを演算する。ターボ回転数演算部51は、式(1)のように、タービン駆動トルクτtrbからコンプレッサー駆動トルクτcmpを減算した値を連結軸21やインペラ32で構成される回転体の慣性モーメントIで除算することにより角加速度αを演算する。そして、ターボ回転数演算部51は、その角加速度αを積算した角速度ωに基づいてターボ回転数Ntrbを演算する。
【0029】
【数1】
【0030】
コンプレッサー駆動トルクτcmpは、コンプレッサー18の出力Wcmpをターボ回転数Ntrbの前回値で除算することにより演算される。コンプレッサー18の出力Wcmpは、例えば式(2)に対して、断熱圧縮効率ηcmpの前回値、空気の比熱比κ、入口圧力Pin、圧縮圧力Pcmpの前回値、吸入空気量Gaの前回値、気体定数R、および、入口温度Tinを代入することにより演算される。なお、コンプレッサー駆動トルクτcmpは、吸気系モデル7において演算される構成であってもよいし、他のモデルによる演算値が吸気系モデル7に入力される構成であってもよい。
【0031】
【数2】
【0032】
タービン駆動トルクτtrbは、タービン22の出力Wtrbをターボ回転数Ntrbの前回値で除算することにより演算される。タービン22の出力Wtrbは、例えば式(3)に対して、タービン効率ηtrb、排気ガスの比熱比κ、タービン上流圧力Pexm、タービン下流圧力Pexh、タービン上流温度Texm、排気ガス流量Gexh、および、タービン効率ηtrbに基づくタービン22の出力Wtrbをターボ回転数Ntrbの前回値で除算することにより演算される。タービン駆動トルクτtrbは、排気系モデル9による演算値が吸気系モデル7に入力される構成であってもよいし、吸気系モデル7に対して必要な状態量が入力されることにより吸気系モデル7において演算される構成であってもよい。
【0033】
【数3】
【0034】
インペラ外径周速演算部52は、ターボ回転数Ntrbに基づくインペラ32の角速度ωとインペラ32の外径r2とに基づいてインペラ外径周速u2を演算する。
インペラ出口流速演算部53は、インペラ32からデフューザー35に流入する空気の流速であるインペラ出口流速c2を演算する。インペラ出口流速演算部53は、出口角度θにあるブレード38の外径端に直交する方向におけるインペラ外径周速u2の成分をインペラ出口流速c2として演算する。
【0035】
全エンタルピ演算部54は、デフューザー35に流入する空気の全エンタルピHを演算する。全エンタルピHは、単位質量あたりの空気が入口部33からデフューザー35に流入するまでの間にインペラ32から与えられるエネルギーであり、詳しくは、運動エネルギー、内部エネルギー、および、圧力エネルギーの総和である。全エンタルピ演算部54は、コンプレッサー18に対して予め行った実験の結果やシミュレーションの結果から導出された実験式であってインペラ出口流速c2を変数とする2次の近似式を用いて全エンタルピHを演算する。
【0036】
吸入体積量演算部55は、圧縮圧力Pcmpの前回値と圧縮温度Tcmpの前回値とを用いて吸入空気量Gaの前回値を体積流量である吸入体積量Qaに変換する。
摩擦損失率演算部56は、インペラ32によって空気が圧縮される際に生じるインペラ32と空気との摩擦に起因したエネルギーの損失である摩擦損失に関連して、摩擦前のエネルギーに対する摩擦後のエネルギーの割合である摩擦損失率ηfricを演算する。摩擦損失率演算部56は、コンプレッサー18に対して予め行った実験の結果やシミュレーションの結果から導出された実験式であって吸入体積量Qaを変数とする一次の近似式を用いて摩擦損失率ηfricを演算する。
【0037】
インペラ内径周速演算部57は、ターボ回転数Ntrbに基づくインペラ32の角速度ωとインペラ32の内径r1とに基づいてインペラ内径周速u1を演算する。
無衝突流量演算部58は、インペラ32によって圧縮された空気のうちでインペラ32に衝突することなくデフューザー35に流入する空気の体積流量である無衝突流量Qsを演算する。無衝突流量演算部58は、コンプレッサー18に対して予め行った実験の結果やシミュレーションの結果に基づいて導出された実験式であって、インペラ内径周速u1を変数とする2次の近似式を用いて無衝突流量Qsを演算する。
【0038】
衝突損失率演算部59は、インペラ32に対する空気に衝突に起因するエネルギーの損失に関連して、衝突前のエネルギーに対する衝突後のエネルギーの割合である衝突損失率ηimpを演算する。衝突損失率演算部59は、予め行った実験の結果やシミュレーションの結果に基づいて導出された実験式であって衝突流量Qimp(=Qa−Qs)を変数とする2次の近似式を用いて衝突損失率ηimpを演算する。
【0039】
断熱圧縮効率演算部60は、摩擦損失率ηfricと衝突損失率ηimpとを乗算した値をコンプレッサー18における断熱圧縮効率ηcmpとして演算する。
デフューザー出口流速演算部61は、吸入体積量演算部55の演算した吸入体積量Qaを出口面35aの有効開口面積Aで除算することでデフューザー出口流速c3を演算する。有効開口面積Aは、出口面35aにおいて実際に空気が通過する部分の面積である。
【0040】
運動エネルギー演算部62は、デフューザー出口流速c3に基づきデフューザー35の出口面35aにおける空気の運動エネルギーhv(=1/2×c3^2)を演算する。
温度−圧力エネルギー演算部63は、全エンタルピHから運動エネルギーhvを減算した値、すなわち出口面35aにおいて空気が有する内部エネルギーhtと圧力エネルギーhpとの和を温度−圧力エネルギーhtpとして演算する。
【0041】
圧力エネルギー演算部64は、出口面35aにおいて空気が有する圧力エネルギーhpを演算する。圧力エネルギー演算部64は、下記の式(4)に、空気の比熱比κ、温度−圧力エネルギーhtp、および、断熱圧縮効率ηcmpを代入することにより、圧力エネルギーhpを演算する。
【0042】
【数4】
【0043】
なお、式(4)は、コンプレッサー18において、内部エネルギーht、圧力エネルギーhp、および、断熱圧縮効率ηcmpが一般的に式(5)(6)(7)で示されることに基づいて導出される。
【0044】
【数5】
【0045】
内部エネルギー演算部65は、温度−圧力エネルギーhtpから圧力エネルギーhpを減算することにより内部エネルギーhtを演算する。
圧縮温度演算部66は、上記式(5)から導出される下記の式(8)に対して、内部エネルギーht、空気の比熱比κ、気体定数R、および、入口温度Tinを代入することにより圧縮温度Tcmpを演算する。
【0046】
【数6】
【0047】
圧縮圧力演算部67は、上記式(6)から導出される下記の式(9)に対して、入口圧力Pin、圧力エネルギーhp、空気の比熱比κ、気体定数R、および、入口温度Tinを代入することにより圧縮圧力Pcmpを演算する。
【0048】
【数7】
【0049】
出口圧力演算部68は、スクロール36における空気の圧力である出口圧力Poutを演算する。出口圧力演算部68は、インタークーラー19に流入する空気の流入量Gcinとインタークーラー19から流出する空気の流出量Gcoutとの差を積算することによりインタークーラー19内の空気の重量Mを演算する。出口圧力演算部68は、その重量Mをインタークーラー19の体積Vを除算することでインタークーラー19内の空気の密度ρを演算し、その密度ρに基づいてインタークーラー19の入口におけるインタークーラー入口圧力Pcinを演算する。そして、出口圧力演算部68は、スクロール36からインタークーラー19までの体積要素の質量保存により出口圧力Poutを演算する。
【0050】
吸入空気量演算部69は、出口面35aを通過する空気の質量流量である吸入空気量Gaを演算する。吸入空気量演算部69は、下記に示す式(10)に対して、出口面35aの有効開口面積A、空気の比熱比κ、気体定数R、圧縮温度Tcmp、圧縮圧力Pcmp、および、出口圧力Poutを代入することにより吸入空気量Gaを演算する。
【0051】
【数8】
【0052】
こうした構成の吸気系モデル7を有する状態量推定装置6において、入口部33の空気は、デフューザー35に流入するまでの間にインペラ32によって全エンタルピHの分のエネルギーが付与される。この全エンタルピHは、デフューザー出口流速c3や断熱圧縮効率ηcmpに基づき、デフューザー35の出口面35aにおける運動エネルギーhv、内部エネルギーht、および、圧力エネルギーhpに変換される。そして、内部エネルギーhtと入口温度Tinとに基づいて圧縮温度Tcmpが演算され、圧力エネルギーhp、入口圧力Pin、および、入口温度Tinに基づいて圧縮圧力Pcmpが演算される。また、それら圧縮温度Tcmpおよび圧縮圧力Pcmpが式(10)に代入されることによって、出口面35aを通過する空気の質量流量である吸入空気量Gaが演算される。
【0053】
上記実施形態の状態量推定装置によれば、以下に列挙する作用効果が得られる。
(1)吸気系モデル7においては、インペラ32が付与したエネルギーが各種のエネルギーに変換され、その変換されたエネルギーに基づいて圧縮温度Tcmpおよび圧縮圧力Pcmpが演算される。そのため、これら圧縮温度Tcmpおよび圧縮圧力Pcmpの演算結果に対する精度を高めることができる。また、こうした圧縮温度Tcmpおよび圧縮圧力Pcmpを用いて吸入空気量Gaが演算されることにより、吸入空気量Gaの精度も高めることができる。
【0054】
ここで、吸入空気量Gaおよび圧縮温度Tcmpについては、コンプレッサー18に対して予め行った実験の結果やシミュレーションの結果から導出されたマップを用いて演算する方法が知られている。こうした演算方法において、吸入空気量Gaは、例えば、ターボ回転数Ntrbとコンプレッサー18における圧力比πcmp(=Pout/Pin)とを変数とするマップを用いて演算される。また、圧縮温度Tcmpは、例えば、上記圧力比πcmpおよび上記吸入空気量Gaを変数とするマップから求められる断熱圧縮効率ηcmpを用いて演算される。しかしながら、こうした演算方法においては、その時々の状態に応じて吸入空気量Gaおよび圧縮温度Tcmpが一義的に演算されており、これら吸入空気量Gaと圧縮温度Tcmpとの相互作用について十分な考慮がなされていない。そのため、例えばターボ回転数Ntrbといった各種の状態量の変曲点付近における再現性が低く、その演算結果の精度が低い可能性がある。また、2つのマップを用いて1つコンプレッサーの特性を表現しているため、システム同定のために一方のマップを修正した場合にその修正が他方のマップに反映されない場合があり、結果として実機と異なる修正を行ってしまうおそれもある。
【0055】
この点、上述した構成においては、各種の状態量の前回値に基づいて、全エンタルピHが演算されるとともに、その全エンタルピHが運動エネルギーhv、内部エネルギーht、および、圧力エネルギーhpに変換されている。すなわち、任意の時刻における吸入空気量Ga、圧縮圧力Pcmp、および、圧縮温度Tcmpは、その時刻の1つ前の時刻における各種の状態量、例えばターボ回転数Ntrb、吸入空気量Ga、圧縮圧力Pcmp、および、圧縮温度Tcmpを考慮したうえで演算されている。これにより、吸入空気量Ga、圧縮圧力Pcmp、および、圧縮温度Tcmpの演算結果は、各種の状態量の前回値や相互作用が考慮されることで各種の状態量の変曲点付近における再現性が高められる。その結果、各種の状態量の演算結果の精度が高められることとなる。
【0056】
(2)吸気系モデル7において、断熱圧縮効率ηcmpは、摩擦損失率ηfricと衝突損失率ηimpとを乗算することにより演算される。摩擦損失率ηfricは、圧縮温度Tcmpの前回値と圧縮圧力Pcmpの前回値とを用いて吸入空気量Gaの前回値を変換した吸入体積量Qaを変数とする1次の近似式によって演算される。また、衝突損失率ηimpは、ターボ回転数Ntrbに基づくインペラ内径周速u1を変数とする2次の近似式によって演算される無衝突流量Qsを吸入体積量Qaから減算した衝突流量Qimpを変数とする二次の近似式によって演算される。
【0057】
こうした構成によれば、これら摩擦損失率ηfricおよび衝突損失率ηimpの演算に関して状態量推定装置6の負荷を軽減することができる。その結果、圧縮温度Tcmp、圧縮圧力Pcmp、および、吸入空気量Gaの演算速度を高めることができる。また、摩擦損失率ηfricと衝突損失率ηimpとが互いに独立したかたちで演算される。そのため、断熱圧縮効率ηcmpを演算するモデルを構築する際の調整を容易に行うことができる。
【0058】
(3)吸気系モデル7において、デフューザー出口流速c3は、吸入体積量Qaを有効開口面積Aで除算することにより演算される。こうした構成によれば、デフューザー出口流速c3の演算についての状態量推定装置6の負荷を軽減することができる。
【0059】
(4)吸気系モデル7において、インペラ出口流速c2は、ターボ回転数Ntrbに基づくインペラ32の角速度ω、インペラ32の外径r2、および、ブレード38の出口角度θに基づいて演算される。こうした構成によれば、インペラ出口流速c2の演算についての状態量推定装置6の負荷を軽減することができる。
【0060】
なお、上記実施形態は、以下のように適宜変更して実施することもできる。
・インペラ出口流速c2は、次のように演算されてもよい。すなわち、例えば、一対のブレード38の外径端の間にターボ回転数Ntrbに応じたインペラ出口流速の勾配を設定する。また、一方のブレード38の外径端におけるインペラ出口流速を上記実施形態のインペラ出口流速c2に設定し、他方のブレード38の外径端におけるインペラ出口流速を0に設定する。そして、こうした条件のもとで一対のブレード38の間における速度分布を求め、その速度分布から演算される平均値をインペラ出口流速c2としてもよい。
【0061】
・デフューザー出口流速c3は、吸入空気量Gaの前回値を変換した吸入体積量Qaを有効開口面積Aで除算する方法に限らず、他の方法で演算されてもよい。
・断熱圧縮効率ηcmpは、式(7)に対して、圧縮圧力Pcmpの前回値および圧縮温度Tcmpの前回値が代入されることによって演算されてもよいし、断熱圧縮効率演算部60の演算結果と式(7)の演算結果との平均値であってもよい。
【0062】
・内部エネルギー演算部65は、温度−圧力エネルギーhtpから圧力エネルギーhpを減算することにより内部エネルギーhtを演算する構成に限らず、温度−圧力エネルギーhtpと断熱圧縮効率ηcmpとに基づいて内部エネルギーhtを演算する構成であってもよい。
【0063】
・状態量推定装置6は、コンプレッサー18によって圧縮された空気の状態量を推定する吸気系モデル7を備えていればよく、エンジンモデル8などを備えていなくともよい。
・状態量推定装置6において、ターボ回転数Ntrbを取得する構成は、コンプレッサー駆動トルクτcmp、タービン駆動トルクτtrb、および、慣性モーメントIから演算される角加速度αを積算した角速度ωに基づく構成に限られない。状態量推定装置6は、実際に車両に搭載される構成においては、例えば連結軸21の回転数を検出するセンサーなどの検出値に基づいてターボ回転数Ntrbを取得してもよい。
【0064】
・状態量推定装置6において、出口圧力Poutを取得する構成は、インタークーラー入口圧力Pcinに基づく構成に限られない。状態量推定装置6は、実際に車両に搭載される構成においては、例えば出口圧力Poutを検出するセンサーなどの検出値に基づいて出口圧力Poutを取得してもよい。
【0065】
・圧縮温度Tcmpおよび吸入空気量Gaを演算する状態量推定装置6は、車両に搭載された場合には、ブースト圧Pbを検出するブースト圧センサーに対する自己故障診断(OBD:On−Board Diagnostics)に利用することが可能である。ブースト圧Pbの推定値は次のように演算可能である。
【0066】
例えば、状態量推定装置6は、吸入空気量Ga、圧縮温度Tcmpに加えて、吸気通路16に流入するEGRガスの流量であるEGRガス流入量、吸気通路16に流入するEGRガスの温度であるEGRガス流入温度を演算する。また、状態量推定装置6は、作動ガスの流量である作動ガス量と作動ガスの温度である作動ガス温度とを演算する。そして、これら吸入空気量Ga、圧縮温度Tcmp、EGRガス流入量、および、EGRガス流入温度と、作動ガス量および作動ガス温度とを質量、エネルギーで積分することによりブースト圧Pbの推定値を演算することが可能である。
【符号の説明】
【0067】
5…エンジンECU、6…状態量推定装置、7…吸気系モデル、8…エンジンモデル、9…排気系モデル、10…エンジン、11…シリンダーブロック、12…シリンダー、13…インジェクター、14…インテークマニホールド、15…エキゾーストマニホールド、16…吸気通路、17…ターボチャージャー、18…コンプレッサー、19…インタークーラー、20…排気通路、21…連結軸、22…タービン、23…EGR装置、25…EGR通路、26…EGRクーラー、27…EGR弁、31…ハウジング、32…インペラ、33…入口部、35…デフューザー、35a…出口面、36…スクロール、37…ハブ、37a…外周面、38…ブレード、51…ターボ回転数演算部、52…インペラ外径周速演算部、53…インペラ出口流速演算部、54…全エンタルピ演算部、55…吸入体積量演算部、56…摩擦損失率演算部、57…インペラ内径周速演算部、58…無衝突流量演算部、59…衝突損失率演算部、60…断熱圧縮効率演算部、61…デフューザー出口流速演算部、62…運動エネルギー演算部、63…温度−圧力エネルギー演算部、64…圧力エネルギー演算部、65…内部エネルギー演算部、66…圧縮温度演算部、67…圧縮圧力演算部、68…出口圧力演算部、69…吸入空気量演算部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6