(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6752671
(24)【登録日】2020年8月21日
(45)【発行日】2020年9月9日
(54)【発明の名称】摺動材料およびその製造方法並びに摺動部材
(51)【国際特許分類】
C22C 9/00 20060101AFI20200831BHJP
F16C 33/12 20060101ALI20200831BHJP
C22C 9/01 20060101ALI20200831BHJP
C22C 9/02 20060101ALI20200831BHJP
C22C 9/04 20060101ALI20200831BHJP
C22C 9/05 20060101ALI20200831BHJP
C22C 9/06 20060101ALI20200831BHJP
C22C 9/10 20060101ALI20200831BHJP
C22C 1/02 20060101ALI20200831BHJP
F16C 33/14 20060101ALI20200831BHJP
B22D 19/16 20060101ALI20200831BHJP
B22D 27/04 20060101ALI20200831BHJP
【FI】
C22C9/00
F16C33/12 A
C22C9/01
C22C9/02
C22C9/04
C22C9/05
C22C9/06
C22C9/10
C22C1/02 501A
F16C33/14 Z
B22D19/16 A
B22D27/04 A
【請求項の数】10
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-194266(P2016-194266)
(22)【出願日】2016年9月30日
(65)【公開番号】特開2018-53349(P2018-53349A)
(43)【公開日】2018年4月5日
【審査請求日】2019年7月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】特許業務法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】戸田 和昭
【審査官】
瀧澤 佳世
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2010/030031(WO,A1)
【文献】
特開2001−081523(JP,A)
【文献】
特開2013−043997(JP,A)
【文献】
特開2011−174118(JP,A)
【文献】
特開2002−285262(JP,A)
【文献】
特開2012−207277(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00
B22D 19/16
B22D 27/04
C22C 1/02
C22C 9/01
C22C 9/02
C22C 9/04
C22C 9/05
C22C 9/06
C22C 9/10
F16C 33/12
F16C 33/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材に接合された銅合金層とを有する摺動材料であって、
前記銅合金層は、
4.0〜25.0質量%のBi、および
Sn、Al、Zn、Mn、Si、Ni、Fe、P、Zr、Ti、Mgのうちから選ばれる1種または2種以上を総量で0〜50.0質量%
を含み、残部が銅および不可避不純物である銅合金からなり、該銅合金は、Bi相が銅合金組織に分散した組織を有し、
前記銅合金層の前記基材との接合界面における前記Bi相の接触面積率が2.0%以下である、摺動材料。
【請求項2】
前記Bi相の接触面積率が、Bi含有量を質量%とすると、
接触面積率/Bi含有量≦0.075
である、請求項1に記載された摺動材料。
【請求項3】
前記銅合金が、MoS2、グラファイトのいずれか又は両方を総量で10体積%以下さらに含む、請求項1または請求項2に記載された摺動材料。
【請求項4】
前記銅合金が、1.0〜10.0体積%の硬質粒子をさらに含み、該硬質粒子は、金属のホウ化物、ケイ化物、酸化物、窒化物または炭化物、あるいは金属間化合物である、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載された摺動材料。
【請求項5】
前記銅合金層上にオーバーレイをさらに有する、請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載された摺動材料。
【請求項6】
前記基材の厚さが1.0〜25.0mmであり、前記銅合金層の厚さが0.1〜3.0mmである、請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載された摺動材料。
【請求項7】
請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載された摺動材料を製造する方法であって、
前記基材を準備するステップ、
前記銅合金を溶融するステップ、
溶融した前記銅合金を前記基材の接合すべき表面上に鋳込むステップ、
前記基材の接合すべき表面の反対側面から冷却剤により前記基材を冷却して、前記銅合金を一方向凝固させるステップ、及び
前記鋳込みから所定時間後に前記冷却剤の供給量を減少させるステップ
を含む、摺動材料を製造する方法。
【請求項8】
前記冷却剤が、水または油である、請求項7に記載された摺動材料を製造する方法。
【請求項9】
前記基材を準備するステップが、1つ又は複数の基材から円筒形状体を成形するステップを含み、
前記鋳込むステップが、前記円筒形状体を、円筒形状の中心軸線の周りに回転させながら鋳込むステップを含む、請求項7または請求項8に記載された摺動材料を製造する方法。
【請求項10】
請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載された摺動材料を含む摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動材料に関するものであり、詳細には、Bi相が銅合金組織に分散した組織を有する銅合金層を基材上に設けた摺動材料に係るものである。さらに、本発明は、摺動材料の製造方法、および摺動材料を用いた摺動部材にも関するものである。
【背景技術】
【0002】
内燃機関などのすべり軸受や、ブシュ、スラストワッシャなどの様々な摺動部材用の摺動材料として従来からCu−Sn−Pb系摺動合金が使用されていた。しかし、Pbの環境への悪影響に鑑みPbフリー化を図るために、Pbに替わってBiを添加した焼結銅合金が提案されている。BiはCu合金のマトリックス中に分散して軟質なBi相を形成し、非焼付性を向上させることが知られている。
【0003】
例えば特開2001−81523号公報(特許文献1)は、Cu−Sn合金に、1〜20質量%のBi、平均粒径が1〜45μmの硬質粒子を0.1〜10体積%を含有した銅系摺動材料を開示している。軟質なBi相がCu合金マトリックス中に分散することにより、なじみ性、異物埋収性および非焼付性が向上するとしている。さらに、Bi相中に硬質粒子が混在することにより、耐摩耗性に優れ非焼付性が向上するとともに、軟質のBi相がクッションとなり、相手材へのアタック性が緩和されると記載されている。
【0004】
特開2012−207277号公報(特許文献2)は、連続焼結法にて作製されるCu合金層中のBi粒の粗大化を抑制し、耐疲労性及び耐焼付性に優れた銅系摺動材料を提供するために、Snを6〜12質量%、Biを11〜30質量%、Pを0.01〜0.05質量%含有する銅系摺動材料を開示する。Cu合金層に含有させるBiとSnの質量比の値をBi/Sn=1.7〜3.4、BiとPの質量比の値をBi/P=500〜2100とすることで、焼結後の冷却工程にてCu合金粉末中のCu合金にCu−Sn−P系化合物が析出し、これによりCu合金粉末中のCu合金と液相になったBiの熱収縮率の差が緩和され、Biの液相がCu合金粉末中に留まりBi粒の粗大化を抑制し、Bi粒の平均粒子面積を60〜350μm
2と微細に分散させることができると記載している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−81523号公報
【特許文献2】特開2012−207277号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このようなBiを含有する銅合金からなる摺動材料は、基材上に散布した銅合金粉末を焼結することにより製造される。この場合、Biは1次焼結工程の昇温中に溶融するので、銅合金粉末同士の接合よりも早くにBiが溶解して流動し始める。1次焼結工程中に早期に溶解したBiの一部は、銅合金粉末粒同士の隙間を伝って基材との界面まで流動し、そこに集積する。そのために、1次焼結工程により、基材と銅合金層との接合界面でBiの濃度が大きい領域が形成される。その後の工程を進めても、1次焼結工程時に形成された接合界面のBi相は、接合界面に存在し続け、除去することは困難である。その結果、銅合金と基材との接着面積が小さくなる。Bi相は軟質であり、強度が小さいので、全体として銅合金と基材との接合強度が小さくなり、材料強度の確保が容易ではなくなる。特に製造コスト低減のために中間層を設けずに直接接合する場合、このようにBiにより銅合金層と基材との接合が阻害される傾向がある。
【0007】
近年、エンジンの高出力化、エンジン小型化による軸受面積の減少などによる軸受への負荷の増加に伴い、摺動材料の強度の向上が求められている。このためには、合金自体の強度だけでなく、合金層と基材との接合強度の向上も必要とされる。
【0008】
本発明の目的は、Biを含有する銅合金からなる層を基材上に形成する際に、銅合金層と基材との接合強度を向上させる方法を提供することである。また、本発明の目的は、Bi含有銅合金層と基材との接合強度の向上した摺動材料、およびその摺動材料から作られた摺動部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記のように、Bi含有銅合金層と基材との接合強度を低下させる要因は、接合界面に存在するBiである。そこで、本発明では、接合界面に接するBi相を減少させることにより、基材と銅合金層との接合強度を向上させる。
【0010】
本発明の一観点によれば、基材と、基材に接合された銅合金層とを有する摺動材料が提供される。銅合金層は、4.0〜25.0質量%のBiを含有する銅合金からなり、この銅合金は、Bi相が銅合金組織に分散した組織を有し、基材との接合面における銅合金層のBi相の面積比率(接触面積率)が2.0%以下である。
本発明によれば、接合界面に接するBi相の面積を減少させたことにより、基材と銅合金層との接合面積が大きくなり、良好な接合強度を確保した摺動材料が得られる。
【0011】
一具体例によれば、接合界面におけるBi相の接触面積率(%)が、Bi含有量を質量%で表したとき、
接触面積率/Bi含有量≦0.075
の関係により表される値とする。
【0012】
一具体例によれば、銅合金が、
Biを4.0〜25.0質量%、
Sn、Al、Zn、Mn、Si、Ni、Fe、P、Zr、Ti、Mgのうちから選ばれる1種または2種以上を総量で50.0質量%以下
を含み、残部が銅および不可避不純物である。
銅合金は、さらに、MoS
2、グラファイトのいずれか又は両方を総量で10体積%以下で含むことができる。
【0013】
一具体例によれば、摺動材料は、銅合金層上にオーバーレイをさらに有することができる。
一具体例によれば、基材の厚さが1.0〜25.0mmであり、銅合金層の厚さが0.1〜3.0mmである。
基材は、亜共析鋼、共析鋼、過共析鋼、鋳鉄、高速度鋼、工具鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼などの鉄系材料、または純銅、リン青銅、黄銅、クロム銅、ベリリウム銅、コルソン合金など銅系材料であることが好ましい。
【0014】
本発明の他の観点によれば、上記の摺動材料を製造する方法が提供される。この方法は、基材を準備するステップ、銅合金を溶融するステップ、溶融した銅合金を基材の接合すべき表面上に鋳込むステップ、基材の接合すべき表面の反対側面から冷却剤により基材を冷却して銅合金を一方向凝固させるステップを含む。
【0015】
一具体例によれば、この方法は、鋳込みから所定時間後に、冷却剤の供給量を減少させるステップをさらに含む。
一具体例によれば、冷却剤は水または油とすることができる。
一具体例によれば、基材を準備するステップが、1つまたは複数の基材からなる円筒形状体を成形するステップを含み、鋳込むステップが、円筒形状体を、円筒形状の中心軸線の周りに回転させながら鋳込むステップを含む。
【0016】
本発明のさらに他の観点によれば、上記摺動材料から製造された摺動部材が提供される。この摺動部材は、例えばすべり軸受などの軸受であることができるが、その他ブシュ、スラストワッシャなどの摺動部材であってもよい。
【0017】
本発明及びその多くの利点を、添付の概略図面を参照して以下により詳細に述べる。図面は、非限定的な実施例を例示の目的でのみ示している。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図2】本発明による摺動材料の基材との境界付近における銅合金層の断面組織の模式図。
【
図3】本発明により摺動材料の製造方法における冷却工程の一例を示す図。
【
図6】接触面積率/Bi含有量と剪断強さ/引張強さの関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1に本発明による摺動材料1の一例の断面を概略的に示す。摺動材料1は、基材2上に、銅合金層3が設けられている。
図1では、銅合金層3は基材2上に直接設けられている。
基材2は、銅合金層3を支持して摺動材料1の強度を確保するものである。その素材は、例えば亜共析鋼、共析鋼、過共析鋼、鋳鉄、高速度鋼、工具鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼などの一般市販される鉄系材料、あるいは純銅、リン青銅、黄銅、クロム銅、ベリリウム銅、コルソン合金など銅系材料でよいが、他の材料でもよい。
【0020】
銅合金層3は、摺動層として機能でき、銅合金全体の質量に対して4.0〜25.0質量%のBiを含有する銅合金からなる。銅合金はBi以外に、Sn、Al、Zn、Mn、Si、Ni、Fe、P、Zr、Ti、Mgのうちから選ばれる1種または2種以上を総量で50.0質量%以下含有することができる。さらに、銅合金は、MoS
2、グラファイトのいずれか又は両方を総量で10体積%以下含有することができる。さらに、金属のホウ化物、ケイ化物、酸化物、窒化物、炭化物、金属間化合物などの硬質粒子を分散させてもよい。限定ではないが、銅合金は、例えば、Bi4.0〜25.0質量%、Sn12.0%質量以下、Zn40.0質量%以下、Al13.0%質量以下を含有する銅合金をすることができる。
摺動材料は、基材の厚さが1.0〜25.0mmであり、銅合金層の厚さが0.1〜3.0mmであることが好ましい。
さらに、本発明による摺動材料1は、銅合金層3上にオーバーレイを施してもよい。オーバーレイは、例えば、Sn、Biなどの軟質金属層、あるいは固体潤滑剤を分散した樹脂など、周知の材料を使用できる。
【0021】
図2に、本発明による摺動材料1の基材2との境界付近における銅合金層3の断面組織の模式図を示す。
銅とBiは固相状態では互いに固溶しあわないために、完全に分離する。そのために、銅合金層3は、
図2に示すように銅合金マトリックス6の粒界にBi相5が島状に分散した組織を有する。Bi相はほぼ純粋なBiからなるが、銅合金に含まれる合金化元素がBiに固溶している場合もある。
本発明によれば、銅合金層3に析出するBi相5は、銅合金層3と基材2との接合界面7の近傍では、析出量が減少する。とりわけ、接合界面7に接触する純Bi相の接触面積が接合界面7の面積に占める比率、すなわち接触面積率は2.0%以下である。更に好ましくは0.2〜1.2%である。
さらに、Bi相の接触面積率は、銅合金のBi含有量により影響を受けるので、Biを影響を除くために、接触面積率は、Bi含有量(質量%)に係数0.075を乗じた値以下とすることが好ましい。更に好ましくは、係数は0.060以下である。
【0022】
Bi相は、強度が小さいうえに、銅合金層3と基材2との接合界面7において銅合金と基材との接着を阻害する。本発明に係る摺動材料は、接合界面7にBi相が少ないので、銅合金層3と基材2との接触面積が増大するために、銅合金層3と基材2との接合強度が向上し、ひいては摺動材料1の全体としての強度を向上させることもできる。
さらに、本実施形態では、銅合金層と基材とを直接接合しており、高価な銅めっき付き鋼材を使用する必要が無いので摺動材料のコストを低減できる。
【0023】
次に銅合金の成分組成について説明する。
Bi:4.0〜25.0質量%
Biは、銅合金マトリックス中に分散した軟質なBi相を形成し、耐摩耗性、非焼付性の向上に寄与する。Biが4.0質量%未満では非焼付性の効果が得られず、Bi自身の強度が小さいことからBiが25.0質量%を越えると銅合金の強度が低下する。好ましくは、Bi成分は8.0〜20.0質量%である。
【0024】
Sn、Al、Zn、Mn、Si、Ni、Fe、P、Zr、Ti、Mgのうちから選ばれる1種または2種以上を総量で50.0質量%以下
これらの元素は、銅合金のCuマトリックスを固溶強化する作用、または金属間化合物を形成して銅合金の強度を向上させる作用がある。したがって、これらの元素を50質量%以下含有であれば摺動材料の強度の向上に寄与できる。しかしこれらの元素の含有量が多いと金属間化合物量が多くなりすぎて、銅合金の脆性が悪くなるため、最大50質量%とする。好ましくは3.0質量%以上40.0質量%以下である。
【0025】
銅合金は、固体潤滑剤を含むことができ、MoS
2、グラファイトのいずれか又は両方の固体潤滑剤を総量で10体積%以下さらに含むことができる。これらの固体潤滑剤の含有滑性により、銅合金層の耐摩耗性、非焼付性を向上させることができる。固体潤滑剤の含有量が多くなると強度が低下するので、含有量は最大10体積%とする。好ましくは、最大5.0体積%である。
【0026】
銅合金は、1.0〜10.0体積%の硬質粒子をさらに含有することができる。硬質粒子は、1〜45μmのサイズを有することが好ましく、金属のホウ化物、ケイ化物、酸化物、窒化物、炭化物、金属間化合物とすることができる。硬質粒子は、銅合金層中のBi相に混在して耐摩耗性と非焼付性を向上させることができる。
【0027】
次に、本発明の摺動材料1の製造方法について説明する。本発明では、上記組成の銅合金を溶融状態で基材2上に鋳込むことによって、銅合金溶湯を基材2に直接接触させて凝固させる。このように、本発明では、鋳造法によって、銅合金層3を基材2に接合させることにより、摺動材料1を製造できる。
まず、基材2を準備する。基材2は上記に説明した材質の平板、または円筒体とできるが、あるいはその他の形状でもよい。
上記に説明した組成の銅合金を溶解して、溶融した銅合金を基材2の接合表面上に鋳込む。この際、酸化を防ぐために、不活性ガスや還元性の雰囲気とする、あるいはフラックスを用いることが好ましい。
基材は、銅合金層3を接合させるべき基材表面(接合表面)の反対側表面から、冷却剤により基材2を冷却する。冷却剤は、例えば水または油とすることができ、水または油を基材2の接合表面の反対側表面に衝突させることにより冷却する。
このようにして銅合金の鋳込み、冷却を行なうことにより、銅合金は、基材2の接合表面に接触した銅合金から優先的に一方向凝固される。本実施形態では、銅合金の自由表面側(銅合金層の接合表面とは反対側に相当する)からは冷却を行なわない。
【0028】
Cu−Bi合金が溶融状態から温度が低下していくと、まずCuが晶出し始め、Cu−Bi液相にBiが濃縮されていく。そして、約270度で、残ったCu−Bi液相が凝固するが、CuとBiはほとんど固溶しあわないためにCu相とBi相に分離するので、Bi相がCu相に分散した組織となる。
本発明の方法では、冷却された基材2の接合表面に接触した銅合金から凝固が始まるために、基材2の接合表面近傍に初晶のCuが晶出し、副成分であるBiは液相に残って接合界面側から液相側へ移動する。この結果、銅合金層3が形成されると、銅合金層3と基材2との接合界面7に接触するBi相は相対的に少なくなる。
【0029】
このように、本発明では、銅合金を基材2の接合表面から一方向凝固させことにより、接合界面近傍が急速凝固され、銅合金層3の接合界面とは反対側の摺動表面近傍が徐冷される。このようにして、接合界面に接触するBi相の接触面積を2.0%以下とすることが可能になる。
また、焼結法による粉末合金同士の結合よりも、鋳造法は全体を溶融させてマトリクスを形成できるために、鋳造法によって銅合金をライニングすることで、銅合金層として十分な合金強度を確保できる。
【0030】
本発明では、凝固工程中に、基材2の接合表面の反対側表面に供給する冷却剤の供給量を制御することにより、組織制御を行なうことができる。例えば、
図3に、冷却条件の一例を示す。横軸に鋳込み開始からの時間を取り、縦軸に銅合金層の接合表面(A)および自由表面である摺動表面(B)の温度を示す。冷却初期(第1段階)は冷却剤の供給量を多くして冷却時間を短くし(例えば、基材の1cm
2当たりに衝突させる冷却水流量を0.400L/min以上とし、冷却時間は基材の厚さ1mmあたり1.0〜8.0秒とする)、それ以降の第2段階は冷却剤の供給量を少なく冷却時間を長くし(例えば、基材の1cm
2当たりに衝突させる冷却水流量を0.100L/min以下とする)、第2段階の後は放冷とする。第1段階の最終時期では、銅合金層の接合表面は、銅合金の凝固開始温度Tsよりも低温になっており、凝固が開始しているが、摺動表面はまだTsよりも高温であるために溶融したままである。第2段階で摺動表面もゆっくりと凝固する。この制御により、この接合界面に接触するBi相の接触面積率を減少させるとともに、摺動表面までの接合界面を離れた領域で、Bi相がほぼ均一に島状に分散することが可能になる。冷却剤の供給量の調整により、Bi相のサイズを摺動表面に近づくほど大きくさせても良い。このような冷却条件により、組織、肉厚比率の制御が可能になる。
【0031】
従来の鋳造法では、銅合金層の摺動表面側、すなわち接合界面の反対側表面から冷却していたため、厚さ方向で表面から連続的に凝固していた。この従来法では、Bi相は、摺動表面側に少なくなり、接合界面側に多く析出する。
【0032】
本発明に係る方法を実施する一具体例として、平板基材の表面上に堰を設けて、銅合金の溶湯を堰に囲まれた基材表面に注湯する方法が可能である。この際、基材および銅合金の酸化を防ぐために、不活性ガスや還元性の雰囲気とする、あるいはフラックスを用いることが好ましい。注湯後に、上記冷却剤による冷却を基材裏側から行なう。
別の具体例として、遠心鋳造を採用することもできる。もちろん、本発明はこれらの鋳造方法に限定されるものではない。
【0033】
遠心鋳造法の模式図を
図4に示す。基材となる板材2を円筒形状に成形し、両端部をシール11する。この円筒形状に成形した基材2を、例えば回転ローラなどの回転装置12により高速で水平回転させる。円筒形状内は、真空あるいは還元若しくは不活性ガス雰囲気とすることが好ましい。基材の円筒形状の端部に設けたゲート13から溶融させた銅合金を注入する。基材2を、外表面から冷却剤を供給することにより冷却する。溶融銅合金は、遠心力により基材2の内面に密着して、内径が真円のまま凝固して、銅合金層を形成する。遠心鋳造方法は、例えば円筒形状のすべり軸受等への適用が可能である。
【0034】
銅合金層の基材との接合界面におけるBi相の接触面積率の測定方法について説明する。摺動材料の断面組織を、光学顕微鏡または電子顕微鏡(例えば200倍)により観察して、基材と銅合金層の接合界面を決定する。その接合界面の所定長さ内に接触するBi相の接触距離を測り、そのBi相の接触距離の合計の接合界面の所定長さに対する比率、すなわち線分率によりBi相の接触面積率を評価する。
【実施例】
【0035】
以下の実施例1〜19および比較例1〜5の各試料を作製して、接触面積率および接合強度の評価を行なった。
基材の準備
基材としてSPCC製の鋼板を用い、湯漏れ防止のために周辺部を残し上面中央部を切削して、周辺部に堰を形成した箱形状に加工した。鋳込み厚さの設定は5mmであった。摺動部材の基材となる部分の肉厚は6mmである。酸化防止剤として、溶融硼砂によって基材表面を覆い、H
2ガスを含む還元ガス雰囲気中にて1000℃〜1200℃で基材の予熱を行なった。
【0036】
銅合金の鋳造
銅合金として、表1および表2に示す実施例1〜19および比較例1〜5の各組成となるように、純銅、純Bi及びその他の成分の材料を配合し、大気中で溶解した。銅合金の溶湯は1100℃〜1200℃で大気中で保持し、予熱された基材上に注湯した。
【0037】
冷却工程
注湯後、基材下部に設置された散水ノズルから基材底面に向かって冷却水を衝突させた。比較例については、少量の一定流量で連続的に冷却水を衝突させた(冷却水流量40L/minで180秒間冷却)。他方、実施例1〜5および11〜19については、
図3に示すように、冷却初期(1段階)に冷却水量を比較例よりも多くして冷却時間を短くし(冷却水流量130L/minで20秒間)、冷却初期の後(2段階目)は1段階目よりも冷却水量を少なくして冷却時間を長くし(冷却水流量20L/minで60秒間)、意図的に不連続的な2段階の冷却条件を適用した。2段階の冷却工程終了後は、大気中で放冷して、室温まで徐冷した。実施例6〜10は、実施例1〜5および11〜19よりも第1段階の冷却水量を増大させて(冷却水流量180L/minで15秒間)冷却効果を大きくした。2段階目以降は実施例1〜5および11〜19と同じ条件である。
【0038】
接触面積率評価方法
光学顕微鏡または反射電子組成像で断面を観察し、断面組織写真(縦234μm×横334μmの視野)を1試料当たり10か所以上撮影した。写真は、銅合金と基材の境界線が横方向に並行するように撮影した。断面組織写真上の境界線の長さを計測するとともに、銅合金組織中に分布する各Bi相の輪郭線と境界線とが重なる部分の長さ、すなわちBi相と接合界面の接触線の各長さを計測して合計した。各測定箇所から得られた接触線長さの合計/境界線長さの値を平均化し、接触面積率として評価した。
また、Bi含有量(質量%)に対する接触面積率(面積%)の比率(接触面積率/Bi含有量)も評価した。
【0039】
接合強度測定
銅合金層と基材の接合強度は、銅合金の引張強さに対する銅合金層と基材の剪断強さの比率(剪断強さ/引張強さ)により評価した。剪断強さは、引張強さの影響を受けるため、成分が違う材料を比較できるように、剪断強さ/引張強さの比により接合強度の指標とした。
剪断強さは、
図5に示すように銅合金層と基材とが所定の接合面積で接合している試験片に加工して、両端に引張荷重(引張力)を印加していったときに、接合部が破壊する最高引張り応力で示したものである(特開2002−224852号公報参照)。
【0040】
表1に、Cu−Bi合金においてBi成分を質量%で4.0%から25.6%まで変化させた場合の接触面積率(面積%)、Bi含有量(質量%)に対する接触面積率(面積%)の比率、接合強度(剪断強さ/引張強さ)の測定結果を、それぞれ「接触面積率(%)」、「接触面積率/Bi含有量」および「剪断強さ/引張強さ」の欄に示す。
比較例1〜5、実施例1〜5、実施例6〜10は、上記のとおり、それぞれ冷却条件が異なる。表1の結果からは、同じ成分では、冷却条件により接触面積率が大きく異なり、冷却が大きい実施例6〜10が最も接触面積が小さくなることが分かる。このように冷却条件を制御することにより、Bi成分に関わらず接触面積率を2.0面積%以下とすることが可能になる。比較例1〜5の冷却条件では接触面積率は3.70面積%以上となった。
同じ冷却条件では、Bi含有量が増えると接触面積は大きくなるが、接触面積率/Bi含有量の値はBi含有量が変化してもほぼ均一である。
接触面積率2.0%以下である実施例1〜10の剪断強度は、剪断強さ/引張強さが0.7以上となり、比較例1〜5の値を大きく上回った。Bi含有量当たりの接触面積率(接触面積率(%)/Bi含有量(質量%))の値と、剪断強さ/引張強さとの関係を
図6に示す。接触面積率/Bi含有量の値は、剪断強さ/引張強さの値と大きく相関することがわかる。接触面積率/Bi含有量が0.075以下となると(実施例6〜10)、特に剪断強さ/引張強さが約0.8以上となり優れた接合強度が得られた。
【0041】
【表1】
【0042】
実施例11〜19は、実施例3の合金組成(Cu−約15%Bi)に、その他の合金元素(Sn、Zn、Al、Fe、Ni、Mn、Si、P、Zr、Ti、Mg)または硬質粒子Mo
2C、固体潤滑剤粒子グラファイト(Gr)を添加したものである。実施例11〜19の冷却条件は、実施例3と同じ条件にしている。
表3に、試験結果を示す。表3から、上記添加成分を添加しても、接触面積率は1.28%〜1.78%の範囲にあり、実施例3の接触面積率1.50%と同等の値であり、接触面積率/Bi含有量の値も0.086〜0.0119と実施例3の0.101と同等の値であった。そのため、接合強度(剪断強さ/引張強さ)は、0.69〜0.76であり、実施例3の0.75と同程度となった。この結果から添加成分が及ぼす接触面積率および接合強度への影響は小さいことがわかる。
【0043】
【表2】
【符号の説明】
【0044】
1 摺動材料
2 基材
3 銅合金層
5 Bi相
6 マトリックス
7 接合界面
11 シール
12 回転装置
13 ゲート