特許第6752776号(P6752776)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6752776
(24)【登録日】2020年8月21日
(45)【発行日】2020年9月9日
(54)【発明の名称】銅イオン制御製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20200831BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20200831BHJP
   C12P 21/08 20060101ALI20200831BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20200831BHJP
【FI】
   C12N5/10
   C12N5/071
   C12P21/08
   A61K39/395 J
【請求項の数】15
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2017-508467(P2017-508467)
(86)(22)【出願日】2016年3月25日
(86)【国際出願番号】JP2016059634
(87)【国際公開番号】WO2016153041
(87)【国際公開日】20160929
【審査請求日】2018年12月6日
(31)【優先権主張番号】特願2015-63662(P2015-63662)
(32)【優先日】2015年3月26日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003311
【氏名又は名称】中外製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100120112
【弁理士】
【氏名又は名称】中西 基晴
(74)【代理人】
【識別番号】100122644
【弁理士】
【氏名又は名称】寺地 拓己
(74)【代理人】
【識別番号】100203769
【弁理士】
【氏名又は名称】大沢 勇久
(72)【発明者】
【氏名】山本 聖子
(72)【発明者】
【氏名】土井 広幸
(72)【発明者】
【氏名】寺島 勇
【審査官】 坂井田 京
(56)【参考文献】
【文献】 特表2013−533748(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/024977(WO,A1)
【文献】 特開2014−113161(JP,A)
【文献】 特開2003−334068(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/145091(WO,A1)
【文献】 KASCHAK Timothy et al.,Characterization of the basic charge variants of a human IgG1,mAbs,2011年,Vol.3, No.6,p.577-583,特に要約・図面
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/10
A61K 39/395
C12N 5/071
C12P 21/00−21/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/WPIDS/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を含む種培地を初発培地に添加し、初発培地中で細胞の培養を開始し、流加培養(Fed-batch培養)を行う、細胞の培養方法であって、
初発培地に、銅含量が1ppm以下である魚肉加水分解物が添加されており、当該初発培地の細胞培養開始時の銅含量が0.02ppm以下であること
初発培地に加える種培地に、銅含量が1ppm以下である魚肉加水分解物が添加されていること、
初発培地に加える流加培地に、銅含量が3ppm以下である魚肉加水分解物が添加されていること、および、
培養終了時の培地中の銅イオンが0.1ppm以下であること
を特徴とする、細胞の培養方法。
【請求項2】
当該初発培地の細胞培養開始時の銅含量が0.015ppm以下であることを特徴とする、請求項1記載の培養方法。
【請求項3】
流加培地由来の銅イオンが、培養終了時の培地中で0.08ppm以下である、請求項又は記載の培養方法。
【請求項4】
培地に添加される魚肉加水分解物が、予め、銅含量が測定されたものである請求項1〜のいずれかに記載の培養方法。
【請求項5】
以下の工程を含む、細胞の流加培養方法:
1)予め、培地に添加する魚肉加水分解物の銅含量を測定する工程
2)測定された上記魚肉加水分解物のうち、銅含量が1ppm以下であるものを選んで、種培地若しくは初発培地に添加する工程
3)測定された上記魚肉加水分解物のうち、銅含量が3ppm以下であるものを選んで、流加培地に添加する工程。
【請求項6】
細胞が動物細胞である請求項1〜のいずれかに記載の培養方法。
【請求項7】
細胞が哺乳動物細胞である請求項記載の培養方法。
【請求項8】
哺乳動物細胞がCHO細胞である請求項記載の培養方法。
【請求項9】
細胞が所望のタンパク質をコードする遺伝子を導入したものである請求項1〜のいずれかに記載の培養方法。
【請求項10】
所望のタンパク質が抗体である請求項記載の培養方法。
【請求項11】
抗体がトシリズマブである請求項10記載の培養方法。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれかの培養方法を用いて、タンパク質を製造する方法。
【請求項13】
以下の工程を含む、所望のタンパク質を含有する医薬組成物を製造する方法:
1)請求項12の製造方法で所望のタンパク質を製造する工程、及び
2)工程1)で製造した所望のタンパク質を、医薬的に許容される担体及び添加剤と混合して製剤化することにより、医薬組成物を製造する工程。
【請求項14】
請求項1〜11のいずれかの培養方法を用いて、所望のタンパク質のC末端のアミド体の生成を抑制する方法。
【請求項15】
所望のタンパク質が抗体である請求項14記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物由来培地用添加物の抗体医薬品の製造への利用に関し、その銅含量の情報を利用して、抗体医薬品の品質を安定化させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
動物細胞を培養して該動物細胞の産生する天然型タンパク質を得ようとする場合、あるいは所望のタンパク質をコードする遺伝子を導入した動物細胞を培養して所望のタンパク質等を製造する場合には、塩類、糖類、アミノ酸類、およびビタミン類等の基礎栄養物のほかに、該動物細胞の増殖のために、通常、生物由来培地用添加物を使用する培地中に添加することで、培養の早い時期の細胞の生存率の著しい低下を防ぎ、培養液中の生細胞数を維持し長期培養が可能となる。さらには、製造コストの観点から、タンパク質の産生量は出来る限り多い方が好ましく、タンパク質を高産生させるために流加培養を行う場合がある。
【0003】
一方で、例えば抗体医薬品のように遺伝子組換えにより産生されたタンパク質は、理論上は、遺伝子配列から推定されるアミノ酸配列を有するはずであるが、実際は、種々の不均質成分を含む場合がある。これは、既知の又は新規な生体内(転写(翻訳)後)修飾や物理化学的な(非酵素的な)反応によるものである(Harris RJ., J Chromatogr A. 1995;705:129-134)。このような反応の進行度の変動は、当然ながら、タンパク質の不均質成分含量の変動の原因となる。医薬品原薬として産生されるタンパク質の不均質成分の変動は出来る限り少ない方が好ましい。
【0004】
抗体医薬品に含まれる不均一成分のなかには、重鎖C末端がアミド化された分子種が知られている(Tsubaki M et al., Int J Biol Macromol. 2013 Jan;52:139-47;WO2005/090405)。抗体医薬品のC末端アミド化についてはその反応機構は解明されていないが、抗体医薬品を、動物細胞を培養して産生する際に用いられる培地中の銅含量と、産生される抗体医薬品のC末端アミド体の量に正の相関があることが知られている(Kaschak T. et al., mAbs, 3:6, 577-783, 2011)。
【0005】
しかし、生物由来培地用添加物を培地添加物として用いて、培養により抗体を製造する際に、当該培地添加物に含まれる銅含量について当該培地添加物を製造するときのロット間差が極めて大きく、そのロット間差により副生される抗体のC末端アミド体の含量が変動することは一切知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2005/090405「インターロイキン-6受容体に対するヒト型化抗体のサブタイプ」
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Harris RJ. “Processing of C-terminal lysine and arginine residues of proteins isolated from mammalian cell culture” J Chromatogr A. 1995;705:129-134
【非特許文献2】Tsubaki M, Terashima I, Kamata K, Koga A “C-terminal modification of monoclonal antibody drugs: amidated species as a general product-related substance” Int J Biol Macromol. 2013 Jan;52:139-47
【非特許文献3】Kaschak T. et al. “Characterization of the basic charge variants of a human IgG1: effect of copper concentration in cell culture media” mAbs, 3:6, 577-583, 2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
生物由来培地用添加物の製造ロット間差を一定の幅で制御することは極めて困難であり、当該培地用添加物のロット間差によって、それを用いて製造された抗体のC末端アミド体量が変動してしまうという課題を本発明者らは明らかにした。抗体医薬品の不均一性の変動は少ない方が望ましいことから、抗体製造におけるC末端アミド体生成量のばらつきの制御方法について、本発明者らは鋭意検討した。
【0009】
本発明は、生物由来培地用添加物を培地に添加して、動物細胞を培養しタンパク質を製造する際に使用される、産生タンパク質のC末端アミド体の量を制御するための手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意努力した結果、生物由来培地用添加物の製造ロットに含まれる銅含量を夫々測定し、含まれる銅含量を指標に当該製造ロットを選別して培地に適切に添加することを特徴とする、新規な細胞培養方法を開発し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)細胞を含む種培地を初発培地に添加し、初発培地中で細胞の培養を開始する細胞の培養方法であって、初発培地に生物由来培地用添加物が添加されていること、および、当該初発培地の細胞培養開始時の銅含量が0.02ppm以下であることを特徴とする、細胞の培養方法。
(2)当該初発培地の細胞培養開始時の銅含量が0.015ppm以下であることを特徴とする、(1)の培養方法。
(3)初発培地に、銅含量が1ppm以下である生物由来培地用添加物が添加されていることを特徴とする、(1)又は(2)の培養方法。
(4)初発培地に加える種培地にも、銅含量が1ppm以下である生物由来培地用添加物が添加されていることを特徴とする、(3)の細胞の培養方法。
(5)培養方法が、バッチ培養、流加培養(Fed-batch培養)、連続培養、回分培養または半回分培養である、(1)〜(4)のいずれかに記載の培養方法。
(6)培養方法が、流加培養(Fed-batch培養)である、(1)〜(4)のいずれかに記載の培養方法。
(7)初発培地に加える流加培地に、銅含量が3ppm以下である生物由来培地用添加物が添加されていることを特徴とする、(6)の培養方法。
(8)流加培地由来の銅イオンが、培養終了時の培地中で0.08ppm以下である、(6)又は(7)の培養方法。
(9)培養終了時の培地中の銅イオンが0.1pmm以下である、(6)〜(8)のいずれかに記載の培養方法。
(10)生物由来培地用添加物が、動植物由来培地用添加物である(1)〜(9)のいずれかに記載の培養方法。
(11)生物由来培地用添加物が、魚由来培地用添加物である(1)〜(9)のいずれかに記載の培養方法。
(12)生物由来培地用添加物が、魚肉加水分解物である(1)〜(9)のいずれかに記載の培養方法。
(13)培地に添加される生物由来培地用添加物が、予め、銅含量が測定されたものである、(1)〜(12)のいずれかに記載の培養方法。
(14)細胞が動物細胞である、(1)〜(13)のいずれかに記載の培養方法。
(15)細胞が哺乳動物細胞である、(14)の培養方法。
(16)哺乳動物細胞がCHO細胞である、(15)の培養方法。
(17)細胞が所望のタンパク質をコードする遺伝子を導入したものである、(1)〜(16)の培養方法。
(18)所望のタンパク質が抗体である、(17)の培養方法。
(19)抗体がトシリズマブである、(18)の培養方法。
(20)初発培地に、銅含量が測定された生物由来培地用添加物が添加されていることを特徴とする細胞の培養方法。
(21)培養方法が、バッチ培養、流加培養(Fed-batch培養)、連続培養、回分培養または半回分培養である、(20)の培養方法。
(22)培養方法が、流加培養(Fed-batch培養)である、(20)の培養方法。
(23)以下の工程を含む、細胞の培養方法;
1)予め、培地に添加する生物由来培地用添加物の銅含量を測定する工程
2)測定された上記添加物のうち、銅含量が1ppm以下である添加物を選んで、初発培地に添加する工程。
(24)以下の工程を含む、細胞の流加培養方法;
1)予め、培地に添加する生物由来培地用添加物の銅含量を測定する工程
2)測定された上記添加物のうち、銅含量が1ppm以下である添加物を選んで、種培地若しくは初発培地に添加する工程。
3)測定された上記添加物のうち、銅含量が3ppm以下である添加物を選んで、流加培地に添加する工程。
(25)(1)〜(24)のいずれかに記載の培養方法を用いて、タンパク質を製造する方法。
(26)以下の工程を含む、所望のタンパク質を含有する医薬組成物を製造する方法:
1)(25)の製造方法で所望のタンパク質を製造する工程、及び
2)工程1)で製造した所望のタンパク質を、医薬的に許容される担体及び添加剤と混合して製剤化することにより、医薬組成物を製造する工程。
(27)(1)〜(24)のいずれかに記載の培養方法を用いて、所望のタンパク質のC末端のアミド体の生成を抑制する方法。
(28)所望のタンパク質が抗体である(27)の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、流加培養で用いる種培養培地、初発培地、流加培地に添加する生物由来培地用添加物の銅含量を予め測定し、銅含量に応じてそれぞれ適切な培地に添加することにより、産生されるタンパク質のC末端アミド体の量の変動を制御することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】複数のロットの市販の鰹(カツオ)加水分解物15 g/Lを添加した培地中で培養したCHO細胞により産生された抗体タンパク質のイオン交換クロマトグラフィーにおけるC末端プロリンアミド体を含む不均一成分ピーク(Sub-1ピーク)の含量(%)と、それぞれの鰹加水分解物の銅含量(ppm)の相関を示す。
図2】培地への銅添加による、産生された抗体タンパク質におけるSub-1ピーク含量(%)の増加を示す。横軸の数値(Cu(ppm))は、添加された銅の合計含量である。
図3】種培養培地、初発培地、流加培地についてそれぞれ、銅含量が高い鰹加水分解物及び銅含量が低い鰹加水分解物を用いた培養によって得られた、抗体タンパク質のSub-1ピーク含量(%)の平均値を示す。
図4】鰹加水分解物が3 g/L添加された種培養培地、鰹加水分解物が15 g/L添加された初発培地、鰹加水分解物が75 g/L添加された流加培地を用いた流加培養法で培養したCHO細胞が培地中に産生した抗体タンパク質のSub-1ピークの含量(%)を目的変数とし、種培養培地、初発培地、流加培地に添加された鰹加水分解物中の銅含量を説明変数とし、重回帰分析により得られた回帰式である。なお、本解析においては、種培養培地中の銅含量とSub-1ピークの含量の間に統計的有意差が認められなかったため、図4の回帰式計算には種培養培地中の銅含量を用いていない。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0015】
本発明は、細胞培養用の培地に、銅含量が測定された生物由来培地用添加物を添加することを特徴とする培養方法、またはそのような培養方法を用いて細胞にタンパク質を産生させることにより、タンパク質を製造する方法に関する。
【0016】
一般に、細胞培養法は、回分法(batch culture)、連続法(continuous culture)、流加培養法(fed-batch culture)に分類される。
【0017】
回分法は、培地に少量の種培養液を加え、培地中に新たに培地を加えたり又は培養液を排出したりせずに、細胞を増殖させる培養方法である。
【0018】
連続法は、培養中に連続的に培地を加え、かつ、連続的に排出させる培養方法である。なお、連続法には、灌流培養も含まれる。
【0019】
流加培養法は回分法と連続法の中間にあるため、半回分法(semi-batch culture)とも呼ばれ、培養中に連続的に又は遂次的に培地が加えられるが、連続法のような連続的な培養液の排出が行われない培養方法である。流加培養の際に加えられる培地(以下、流加培地という)は、既に培養に使用されている培地(以下、初発培地という)と同じ培地である必要はなく、異なる培地を添加してもよいし、特定の成分のみを添加してもよい。
【0020】
本発明においては、回分法、連続法、流加培養法の何れの培養方法を用いてもよいが、好ましくは流加培養法である。
【0021】
通常、細胞を培養して所望のタンパク質を製造するには、細胞を含んだ種培地を一定量初発培地に添加して、細胞を培養することにより行われる。さらに、所望のタンパク質の産生量を増加させるために、培養中に流加培地を添加する。
【0022】
種培地とは、所望のタンパク質を産生する細胞(ワーキングセルバンク)を、拡大培養して、最終的に所望のタンパク質を産生させるための培地(初発培地)へ移すのに必要な細胞数を得るための培地のことをいう。また、初発培地とは、通常、細胞を培養して所望のタンパク質を産生させるための培地であって、当該細胞の培養の最初の段階で使用される培地のことをいう。流加培地とは、通常、初発培養中の培地に添加される培地のことをいう。流加培地は、複数回に分けて添加される場合もある。また、流加培地は継続的に或いは断続的に添加される場合もある。
【0023】
本発明においては、種培地で細胞の継代培養を行い、その後、細胞を含んだ種培地を一定量初発培地に添加して、所望のタンパク質を産生させるために初発培地中で培養を行う。さらに場合により、1回以上、培養中の培地に流加培地を加える。ここで、種培地、初発培地、流加培地の少なくとも1つに生物由来培地用添加物が添加されており、好ましくは全ての培地で生物由来培地用添加物が添加されている。
【0024】
本発明の一例として、種培地、初発培地、流加培地の全てに、それぞれ、生物由来培地用添加物が添加されている形態が挙げられる。本発明の別の形態としては、初発培地のみに、生物由来培地用添加物が添加されていてもよい。本発明のさらに別の形態としては、種培地と初発培地に、それぞれ異なる生物種に由来する培地用添加物が添加されていてもよい。
【0025】
例えば、初発培地で細胞の培養を開始し、さらに、少なくとも1回、細胞培養中の培地に流加培地を加える培養方法において、初発培地又は流加培地の少なくとも一方に、銅含量が測定された生物由来培地用添加物が添加されている。
【0026】
また、例えば、銅含量が測定された生物由来培地用添加物を添加した培地で細胞の培養を開始し、さらに、少なくとも1回、細胞培養中の培地に銅含量が測定された生物由来培地用添加物を加えることを特徴とする細胞の培養方法が採用できる。この培養方法は、流加培養法(特定の成分のみを添加)の一態様である。
【0027】
初発培地に添加される種培地と初発培地の量の比は特に限定されていないが、通常、初発培地の容量を1とした場合に種培地は0.1〜1であり、好ましくは0.2〜0.6であり、さらに好ましくは0.3〜0.5である。また、初発培地と流加培地(1回の培養で初発培地に添加される流加培地の総量)の量の比は特に限定されていないが、通常、初発培地の容量を1とした場合に流加培地は0.01〜10であり、好ましくは0.1〜1であり、さらに好ましくは0.2〜0.3である。流加培地は連続的に加えられてもよいし、逐次加えられてもよい。逐次加えられる場合、添加の回数は特に限定されず、1回でもよいし、複数回に分けて添加されてもよい。
【0028】
本発明の特徴は、種培地、初発培地、及び/または流加培地に添加される生物由来培地用添加物の銅含量が予め測定されていることである。種培地、初発培地、流加培地のそれぞれに添加される生物由来培地用添加物は、同じ製造ロットのものでもよいし、異なる製造ロットのものでもよい。また、異なる製造ロットの生物由来培地用添加物を混合して用いてもよい。培地を調製する前に、生物由来培地用添加物に含まれる銅含量を測定することで、添加する生物由来培地用添加物の各ロットの用途(種培養培地、初発培地、流加培地、混合して使用する、等)を銅含量に応じて培地調製前に決定出来る。
【0029】
本明細書において、種培地、初発培地、流加培地のそれぞれに添加される生物由来培地用添加物を、種培地用の生物由来培地用添加物、初発培地用の生物由来培地用添加物、流加培地用の生物由来培地用添加物と称することがある。
【0030】
本発明者らは、種培地、初発培地、流加培地のそれぞれに添加される生物由来培地用添加物の銅含量と、産生されるタンパク質のC末端アミド体の量の関係について検討した。その結果、生物由来培地用添加物に含まれる銅含量が、産生されるタンパク質のC末端アミド体の量に与える影響は、初発培地に関して、種培地と流加培地に比べて影響が大きいことが示された。したがって、産生されるタンパク質のC末端アミド体の量の変動を制御するためには、初発培地用の生物由来培地用添加物の銅含量の変動が、種培地用または流加培地用の生物由来培地用添加物の銅含量の変動に比べて、より小さいことが望ましい。また、初発培地用の生物由来培地用添加物に含まれる銅含量が、一定濃度以下であることが望ましい。
【0031】
本発明の一形態としては、種培地、初発培地、流加培地のいずれか、またはこれら2つ以上の培地を用いて培養することにより、タンパク質を製造する方法であって、種培地、初発培地、流加培地のいずれかに、銅含量が測定された生物由来培地用添加物が添加され、且つその銅含量が約3 ppm以下であることを特徴とする方法が挙げられる。本発明の好ましい形態としては、種培地、初発培地、流加培地のいずれか、またはこれら2つ以上の培地を用いて培養することにより、タンパク質を製造する方法であって、少なくとも初発培地に、銅含量が測定され、且つ銅含量が1 ppm以下、好ましくは0.8 ppm以下、さらに好ましくは0.7 ppm以下である生物由来培地用添加物が添加されていることを特徴とする方法が挙げられる。
【0032】
すなわち、初発培地用の生物由来培地用添加物の銅含量が、1 ppm以下、好ましくは0.8 ppm以下、さらに好ましくは0.7 ppm以下であることが望ましい。
【0033】
また、種培地用の生物由来培地用添加物の銅含量も1 ppm以下、好ましくは0.8 ppm以下、さらに好ましくは0.7 ppm以下であることが望ましい。
【0034】
また、流加培地用の生物由来培地用添加物の銅含量は3ppm以下であることが望ましい。
【0035】
銅含量の測定方法は、当業者に既知の任意の方法が使用可能である。例えば、高周波誘導結合プラズマを光源とする発光分光分析法により測定できる。
【0036】
また、本発明の方法において、添加される生物由来培地用添加物以外の培地成分の銅含量の変動が、添加される生物由来培地用添加物の銅含量の変動に比べて小さいことが望ましい。あるいは、添加される生物由来培地用添加物以外の培地成分の銅含量が、添加される生物由来培地用添加物の銅含量に比べて少ないことが望ましい。
【0037】
二種類以上の生物由来の培地用添加物を添加する場合、銅含量が低いことが既知である生物由来の培地用添加物については、銅含量をわざわざ測定しないで用いることもできる。
【0038】
本発明により、培地に添加される、少なくとも1種類の生物由来培地用添加物の銅含量を測定することで、産生されるタンパク質のC末端アミド体の量を制御することが可能となる。
【0039】
また、本発明の別の形態としては、初発培地で細胞の培養を開始し、さらに、少なくとも1回、細胞培養中の培地に流加培地を加える培養方法において、初発培地及び流加培地のそれぞれに、銅含量が測定された生物由来培地用添加物が添加されており、結果として、細胞培養開始時あるいは培養終了時の培地中の銅イオンの量が一定濃度以下となる方法が挙げられる。例えば、初発培地の細胞培養開始時の銅含量が0.02ppm以下であることが好ましく、初発培地の細胞培養開始時の銅含量が0.015ppm以下であることがさらに好ましい。例えば、培養終了時の培地中の銅イオンの量が0.1ppmであることが好ましい。また、例えば流加培地由来の銅イオンの量が0.08pmm以下であることが好ましい。
【0040】
本発明で使用する生物由来培地用添加物は、多くの動植物や酵母などの微生物由来の培地用添加物が挙げられ、具体的には、ウシ、ブタ、ヒツジ等の哺乳動物由来の培地用添加物、カツオ、イワシ、タラ等の魚由来の培地用添加物、コムギ、ダイズ、コメ等の植物由来の培地用添加物、酵母等の微生物由来の培地用添加物が挙げられ、好ましくは、魚または植物由来の添加物であり、特に好ましくは、カツオ、コムギ、ダイズ、酵母由来の添加物である。
【0041】
また、本発明で使用する生物由来培地用添加物として好ましい様態は動植物由来酵素分解物である。当該酵素分解物は、例えば原料となる動植物組織を酵素的に加水分解し、得られた分解物を遠心分離、フィルターろ過等により精製することにより得られる。通常、スプレードライ粉末として供される。例えば、魚肉を原料とする酵素分解物の製法として、特許第3822137号「動物細胞培養用培地の添加剤およびそれを用いたタンパク質の製造方法」に記載された製法が挙げられる。
【0042】
本発明における動植物由来酵素分解物として、具体的には、ウシ、ブタ、ヒツジ等の哺乳動物由来酵素分解物、カツオ、イワシ、タラ等の魚由来酵素分解物、コムギ、ダイズ、コメ等の植物由来酵素分解物などが挙げられ、好ましくは、魚または植物由来の酵素分解物であり、特に好ましくは、カツオ、コムギ、ダイズ由来の酵素分解物である。
【0043】
さらに、本願実施例から明らかなように、本発明の魚由来加水分解物はその製造ロット間の銅イオンの含量のばらつきが大きいため、本発明の培養方法が効果的である。
【0044】
本発明においては、それぞれのタンパク質製造方法または細胞培養方法に適した市販の生物由来培地用添加物を適宜使用することもできる。市販の生物由来培地用添加物としては、カツオ(例えばHy-Fish(FL)、マルハチ村松製)、コムギ、ダイズ、酵母、哺乳動物(ウシ、ブタ、ヒツジその他)などの生物由来培地用添加物が存在する。
【0045】
種培地中の生物由来培地用添加物の添加濃度は、通常、0.5〜30 g/Lが適当であり、1〜20 g/Lが好ましく、2〜10 g/Lがより好ましい。初発培地中の生物由来培地用添加物の添加濃度は、通常、1〜30 g/Lが適当であり、3〜20 g/Lが好ましく、5〜15 g/Lがより好ましい。流加培地中の生物由来培地用添加物の添加濃度は、通常、5〜150 g/Lが適当であり、10〜120 g/Lが好ましく、20〜90 g/Lがより好ましい。
【0046】
特に、魚肉由来培地用添加物を用いる場合、種培地中の添加濃度は2〜5 g/Lが好ましく、初発培地中の添加濃度は5〜15 g/Lが好ましく、流加培地中の添加濃度は30〜75 g/Lが好ましい。
【0047】
本発明で用いる培地の他の成分としては、通常、細胞(好ましくは、動物細胞)培地で使用される各成分が適宜使用できるが、これらにはアミノ酸、ビタミン類、脂質因子、エネルギー源、浸透圧調整剤、鉄源、pH緩衝剤を含む。上記成分のほか、例えば、微量金属元素、界面活性剤、増殖補助因子、ヌクレオチドを添加してもよい。
【0048】
具体的には、例えば、L-アラニン、L-アルギニン、L-アスパラギン、L-アスパラギン酸、L-システイン、L-シスチン、L-グルタミン、L-グルタミン酸、グリシン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リジン、L-メチオニン、L-オルニチン、L-フェニルアラニン、L-プロリン、L-セリン、L-スレオニン、L-トリプトファン、L-チロシン、L-バリン等、好ましくはL-アラニン、L-アルギニン、L-アスパラギン、L-アスパラギン酸、L-シスチン、L-グルタミン、L-グルタミン酸、グリシン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リジン、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-プロリン、L-セリン、L-スレオニン、L-トリプトファン、L-チロシン、L-バリン等のアミノ酸類;i−イノシトール、ビオチン、葉酸、リポ酸、ニコチンアミド、ニコチン酸、p-アミノ安息香酸、パントテン酸カルシウム、塩酸ピリドキサール、塩酸ピリドキシン、リボフラビン、塩酸チアミン、ビタミンB12、アスコルビン酸等、好ましくはビオチン、葉酸、リポ酸、ニコチン酸アミド、パントテン酸カルシウム、塩酸ピリドキサール、リボフラビン、塩酸チアミン、ビタミンB12、アスコルビン酸等のビタミン類;塩化コリン、酒石酸コリン、リノール酸、オレイン酸、コレステロール等、好ましくは塩化コリン等の脂質因子;グルコース、ガラクトース、マンノース、フルクトース等、好ましくはグルコース等のエネルギー源;塩化ナトリウム、塩化カリウム、硝酸カリウム等、好ましくは塩化ナトリウム等の浸透圧調節剤;EDTA鉄、クエン酸鉄、塩化第一鉄、塩化第二鉄、硫酸第一鉄、硫酸第二鉄、硝酸第二鉄等、好ましくは塩化第二鉄、EDTA鉄、クエン酸鉄等の鉄源類;炭酸水素ナトリウム、塩化カルシウム、リン酸二水素ナトリウム、HEPES、MOPS等、好ましくは炭酸水素ナトリウム等のpH緩衝液を含む培地を例示できる。
【0049】
上記成分のほか、例えば、硫酸銅、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、硫酸マグネシウム、塩化ニッケル、塩化スズ、塩化マグネシウム、亜ケイ酸ナトリウム等、好ましくは硫酸銅、硫酸亜鉛、硫酸マグネシウム等の微量金属元素;Tween80、プルロニックF68等の界面活性剤;および組換え型インシュリン、組換え型IGF、組換え型EGF、組換え型FGF、組換え型PDGF、組換え型TGF-α、塩酸エタノールアミン、亜セレン酸ナトリウム、レチノイン酸、塩酸プトレッシン等、好ましくは亜セレン酸ナトリウム、塩酸エタノールアミン、組換え型IGF、塩酸プトレッシン等の増殖補助因子;デオキシアデノシン、デオキシシチジン、デオキシグアノシン、アデノシン、シチジン、グアノシン、ウリジン等のヌクレオシドなどを添加してもよい。なお上記本発明の好適例においては、ストレプトマイシン、ペニシリンGカリウム及びゲンタマイシン等の抗生物質や、フェノールレッド等のpH指示薬を含んでいてもよい。
【0050】
本発明において、生物由来培地用添加物が添加される培地は、特に限定されず、いかなる培地を用いてもよい。通常の基礎培地の銅含量は、培地用添加物に含まれる銅含量の1/100〜1/10程度であり、それのみでは抗体の均一性に影響を与えるものではない。例えば、後述の実施例で用いた生物由来成分不含の基礎培地に含まれる銅含量は、約0.001 から 0.01 ppmの間である。
【0051】
培地は、市販の動物細胞培養培地、例えば、D-MEM(Dulbecco's Modified Eagle Medium)、 D-MEM/F-12 1:1 Mixture (Dulbecco's Modified Eagle Medium : Nutrient Mixture F-12)、 RPMI1640、CHO-S-SFM II (Invitrogen社)、 CHO-SF (Sigma-Aldrich社)、 EX-CELL 301 (JRH biosciences社)、CD-CHO (Invitrogen社)、 IS CHO-V (Irvine Scientific社)、 PF-ACF-CHO (Sigma-Aldrich社)などの培地に、生物由来培地用添加物を添加することにより調製することが可能である。
【0052】
また、培地中のその他の成分の含量は、アミノ酸は0.05 − 1500 mg/mL、ビタミン類は0.001 − 10 mg/mL、脂質因子は0 −200 mg/mL、エネルギー源は1 − 20 g/mL、浸透圧調節剤は0.1 − 10000 mg/mL、鉄源は0.1 − 500 mg/mL、pH緩衝剤は1 − 10000 mg/mL、微量金属元素は0.00001 − 200 mg/mL、界面活性剤は0 − 5000 mg/mL、増殖補助因子は0.05 − 10000 μg/mLおよびヌクレオシドは0.001 − 50 mg/mLの範囲が適当であり、培養する細胞の種類、所望のタンパク質の種類などより適宜決定出来る。
【0053】
培地のpHは培養する細胞により異なるが、一般的にはpH 6.8〜7.6、多くの場合pH7.0〜7.4が適当である。
【0054】
本発明の培養方法は特に限定されることなく種々の細胞(例えば、細菌細胞、真菌細胞、昆虫細胞、植物細胞、動物細胞など)の培養に使用できる。例えば、遺伝子工学的操作によって所望のタンパク質をコードする遺伝子を組み込んだCOS細胞やCHO細胞、あるいは、抗体を産生するマウス−ヒト、マウス−マウス、マウス−ラット等のハイブリドーマに代表される融合細胞を培養することが可能である。本発明の方法は、動物細胞を培養して該動物細胞の産生する天然型タンパク質を得ようとする場合にも使用でき、上述した細胞の他に、BHK細胞、HeLa細胞などの培養にも使用できる。
【0055】
本細胞において特に好ましい動物細胞は所望のタンパク質をコードする遺伝子が導入されたCHO細胞である。所望のタンパク質は特に限定されず、抗体(天然抗体、低分子化抗体、キメラ抗体、ヒト抗体、など)や生理活性タンパク質(顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-SCF)、エリスロポエチン、インターフェロン、IL-1やIL-6等のインターロイキン、t-PA、ウロキナーゼ、血清アルブミン、血液凝固因子、など)など如何なるタンパク質でも良いが、特に抗体が好ましい。
【0056】
本発明の製造方法で産生される抗体としては、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、サル等の動物由来のモノクローナル抗体だけでなく、キメラ抗体、ヒト化抗体、bispecific抗体など人為的に改変した遺伝子組み換え型抗体も含まれる。また、抗体の免疫グロブリンは特に限定されるものではなく、IgG1、IgG2、IgG3、IgG4などのIgG、IgA、IgD、IgE、IgMなどいずれのクラスでもよいが、医薬品として用いる場合はIgG及びIgMが好ましい。さらに本発明の抗体としてはwholeの抗体だけでなく、Fv、Fab、F(ab)2などの抗体断片や、抗体の可変領域をペプチドリンカー等のリンカーで結合させた1価または2価以上の一本鎖Fv(scFv、sc(Fv)2など)の低分子化抗体なども含まれる。
【0057】
動物細胞のタンパク質の産生は、単にそれを培養するのみで良いものや、特殊な操作を必要とするものも存在するが、それらの操作又は条件等は培養する動物細胞により適宜決定すればよい。例えば、遺伝子工学操作によりマウス−ヒトキメラ抗体をコードする遺伝子を含むベクターでトランスフォームされたCHO細胞では、後述の条件下で抗体を培地中に得ることができる。これを定法(例えば、抗体工学入門、地人書館、p.102 - 104;Affinity Chromatography Principles & Methods、アマシャム ファルマシア バイテク(株)、p. 56 −60など参照)に従い単離、精製することによって、所望のタンパク質を得ることができる。
【0058】
培養条件は使用する細胞の種類によって異なるので、適宜好適な条件を決定すればよい。例えばCHO細胞であれば通常、気相のCO2濃度が0−40%、好ましくは、2−10%の雰囲気下、30−39℃、好ましくは、37℃程度で、1−14日間培養すればよい。
【0059】
また、動物細胞培養用の各種培養装置としては、例えば発酵槽型タンク培養装置、エアーリフト型培養装置、カルチャーフラスコ型培養装置、スピナーフラスコ型培養装置、マイクロキャリアー型培養装置、流動層型培養装置、ホロファイバー型培養装置、ローラーボトル型培養装置、充填層型培養装置等を用いて培養することができる。
【0060】
本発明の方法により細胞(好ましくは、動物細胞)を培養することより、産生されるタンパク質のC末端アミド体の量を予め予測できる。したがって、本発明により、C末端アミド体が生成し得るタンパク質におけるC末端アミド体量を制御することができる。
【0061】
例えば、本発明の細胞培養方法を用いてCHO細胞を培養して、抗体を製造することにより、ヒト型の抗体医薬品(IgG1、IgG2、IgG3、IgG4)のC末端アミド体の量を制御することが可能となる。
【0062】
より具体的な例として、CHO細胞を培養して、ヒト化抗IL-6レセプター抗体を製造する際に、本発明の細胞培養方法を用いることにより、産生するヒト化抗IL-6レセプター抗体のC末端プロリンアミド体の量を制御できる。具体的な培養方法の例としては、魚肉由来の培地用添加物(例えば、鰹加水分解物)を、各培地(種培養培地、初発培地、流加培地)にそれぞれ一定量添加して実施する流加培養が挙げられる。ここで、初発培地に添加する魚肉由来培地用添加物に含まれる銅含量が1ppmを超えないように、魚肉由来培地用添加物のロットを選択することが望ましい。例えば、銅含量が0〜約1.0ppmである魚肉由来培地用添加物は、種培養培地用、初発培地用、流加培地用のいずれの用途にも使用可能であるが、銅含量が1ppmを超える濃度(約1.1ppm)〜3.0ppmである魚肉由来培地用添加物は流加培地のみに使用可能である。銅含量が約3.0ppmを超える魚肉由来培地用添加物は、抗体の製造に使用しないことが望ましい。
【0063】
本発明の方法により製造されたタンパク質が医薬として利用可能な生物学的活性を有する場合には、このタンパク質を医薬的に許容される担体又は添加剤と混合して製剤化することにより、医薬組成物を製造することができる。
【0064】
医薬的に許容される担体及び添加剤の例として、水、緩衝剤、医薬添加物として許容される界面活性剤、医薬的に許容される有機溶剤、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、メチルセルロース、エチルセルロース、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、寒天、ポリエチレングリコール、ジグリセリン、グリセリン、プロピレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン(HSA)、マンニトール、ソルビトール、ラクトース等が挙げられる。
【0065】
実際の添加物は、医薬組成物の剤型に応じて上記の中から単独で又は適宜組み合わせて選ばれるが、もちろんこれらに限定するものではない。例えば、注射用製剤として使用する場合、精製されたタンパク質を溶剤、例えば生理食塩水、緩衝液、ブドウ糖溶液等に溶解し、これに吸着防止剤、例えばTween80、Tween20、ゼラチン、ヒト血清アルブミン等を加えたものを使用することができる。あるいは、使用前に溶解再構成する剤形とするために凍結乾燥したものであってもよく、凍結乾燥のための賦形剤としては、例えば、マンニトール、ブドウ糖等の糖アルコールや糖類を使用することができる。
【実施例】
【0066】
以下、本発明を実施例及び参考例によって具体的に説明する。なお、これらの実施例等は、本発明をするためのものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
【0067】
[実施例1] 鰹加水分解物を用いた回分培養により産生された抗体の不均一成分量と鰹加水分解物の銅含量との相関
培地組成及び調製法は以下のとおりである。
【0068】
種培地:動植物由来成分不含培地(粉末で12.3 g/L投入)に大豆加水分解物3 g/L及び小麦加水分解物1 g/Lを添加し、溶解後濾過滅菌した。
【0069】
初発培地:動植物由来成分不含培地(粉末で15.6 g/L投入)に鰹加水分解物15 g/Lを添加し、溶解後濾過滅菌した。
【0070】
別途、鰹加水分解物の銅含量を測定した。
【0071】
細胞:国際公開第92/19759号パンフレットの実施例10に記載されたヒトエロンゲーションファクターIαプロモーターを利用し、特開平8-99902号公報の参考例2に記載された方法に準じて作成したヒト化抗IL-6レセプター抗体であるヒト化PM-1抗体(一般名:トシリズマブ)を産生するCHO細胞。本抗体のクラスはIgG1である。
【0072】
フラスコ型細胞培養装置に初発培地を加え、これに種培地で培養された上記CHO細胞株を3.5〜4.5×105 cells/mLとなるようにそれぞれ加えて37℃、5% CO2の条件で培養を開始した。培養液量50 mLのうち、種培地の液量は10 mL、初発培地の液量は40 mLであった。培養7日目に、培養上清について、プロテインAカラムを用いたアフィニティークロマトグラフィーにより産生された抗体タンパク質を精製し、陽イオンクロマトグラフィーにて分析し、C末端プロリンアミド体を含む不均一成分ピーク(Sub-1ピーク)の含量(%)をクロマトグラム上でのピーク面積比として測定した。陽イオンクロマトグラフィーは、陽イオン交換樹脂カラムを用い、緩衝液中で塩濃度のグラジエントによりピークを分離して溶出させた。ピーク検出には紫外可視分光光度計を用いた。 鰹加水分解物の銅含量については、高周波誘導結合プラズマを光源とする発光分光分析法により測定した。
【0073】
Sub-1ピークの含量(%)を、培養に用いた動植物由来加水分解物(鰹加水分解物)の銅含量(ppm)に対してプロットしたグラフを図1に示す。
【0074】
銅含量と不均一成分ピークの間には正の相関(自由度調整R2が0.58)が認められる。
【0075】
[実施例2] 鰹加水分解物を用いた回分培養により産生された抗体の不均一成分量と銅添加量との相関
培地組成及び調製法は以下のとおりである。
【0076】
種培地:実施例1に同じ。
【0077】
初発培地:実施例1と同じ。0.5 ppmの銅を含む鰹加水分解物(Lot A)を用い、さらに、当該鰹加水分解物の銅含量が3.5、7、10 ppm相当になるように硫酸銅を換算して鰹加水分解物に添加したものを用いて、同じく培養した。また、3.5 ppmの銅を含む鰹加水分解物(Lot B)を用い、同様に当該鰹加水分解物の銅含量が7、10 ppm相当になるように硫酸銅を換算して鰹加水分解物に添加したものを用いて、同じく培養した。
【0078】
なお、初発培地における銅の最終濃度としては、0.5ppmの銅を含む鰹加水分解物添加では銅濃度0.0075ppm、3.5ppmの銅を含む鰹加水分解物添加では銅濃度0.0525ppm、7ppmの銅を含む鰹加水分解物添加では銅濃度0.105ppm、10ppmの銅を含む鰹加水分解物添加では銅濃度0.15ppmと換算できる。
【0079】
細胞:実施例1に同じ。
【0080】
実施方法については実施例1に同じ。
【0081】
結果を図2に示す。
【0082】
図2は、鰹加水分解物Lot A(銅含量0.5 ppm)15 g/Lを添加した培地、ならびに、当該鰹加水分解物の銅含量が3.5、7、10 ppm相当になるように硫酸銅を換算して鰹加水分解物に添加して調製した培地中、および鰹加水分解物Lot B(銅含量3.5 ppm)15 g/Lを添加した培地、ならびに、当該鰹加水分解物の銅含量が7、10 ppm相当になるように硫酸銅を換算して鰹加水分解物に添加して同様に調製した培地中で培養したCHO細胞が培地中に産生した抗体タンパク質のイオン交換クロマトグラフィーにおけるC末端プロリンアミド体を含む不均一成分ピーク(Sub-1ピーク)の含量(%)を、鰹加水分解物由来の銅含量、ならびに、その含量と添加された銅含量との和に対してプロットしたグラフである。
【0083】
図2に示すように、銅含量の増加に伴う不均一成分ピーク量の増加が認められる。本実施例からも、抗体の不均一成分量は鰹加水分解物を添加した培地中の銅含量の増加に伴い増加することが示された。
【0084】
[実施例3] 鰹加水分解物を用いた流加培養により産生された抗体の不均一成分量に対し、種培地、初発培地、流加培地に添加された鰹加水分解物に含まれる銅含量が与える影響
培地組成及び調製法は以下のとおりである。
【0085】
種培地:動植物由来成分不含培地に鰹加水分解物3 g/Lを添加し、溶解後濾過滅菌した。
【0086】
初発培地:動植物由来成分不含培地に鰹加水分解物15 g/Lを添加し、溶解後濾過滅菌した。
【0087】
流加培地:動植物由来成分不含培地に鰹加水分解物75 g/Lを添加し、溶解後濾過滅菌した。
【0088】
別途、鰹加水分解物の銅含量を測定した。
【0089】
細胞:実施例1に同じ。
【0090】
ジャー型細胞培養装置に種培地を加え、これに上記CHO細胞株を3×106cells/mLとなるように加えて37℃、20% CO2の条件で培養を開始した。培養3日目に、種培養液をジャー型細胞培養装置に加えられた初発培地に種培養液と初発培地の容量比が1:2.2となるように加えて37℃、10% CO2の条件で培養した。培養2日目より細胞密度に応じて流加培地を流加した。最終培養液量1Lのうち、種培地は250 mL、初発培地は550 mL、流加培地は200 mLである。培養7日目に、培養上清について、プロテインAカラムを用いたアフィニティークロマトグラフィー及びイオン交換クロマトグラフィーにより産生された抗体タンパク質を精製し、陽イオンクロマトグラフィーにて分析し、C末端プロリンアミド体を含む不均一成分ピーク(Sub-1ピーク)の含量(%)を測定した。
【0091】
鰹加水分解物の銅含量については、高周波誘導結合プラズマを光源とする発光分光分析法により測定した。銅を1.3 ppm含む鰹加水分解物ロットを銅高含量ロット、銅を0.6 ppm含む鰹加水分解物ロットを銅低含量ロットとした。
【0092】
銅高含量ロット(1.3 ppm)或いは銅低含量ロット(0.6 ppm)の鰹加水分解物を、種培養培地、初発培地、流加培地にそれぞれ3 g/L、15 g/L、および75 g/L添加した場合に生じる8つの組み合わせについて、流加培養法で培養したCHO細胞が培地中に産生した抗体タンパク質のSub-1ピークの含量(%)を、以下の表に示す。
【0093】
【表1】
【0094】
表右欄の銅濃度は、それぞれの初発培地と流加培地添加後の最終銅イオン濃度である。
【0095】
図3は、種培養培地、初発培地、流加培地についてそれぞれ、銅高含量ロット或いは銅低含量ロットの鰹加水分解物を用いた培養によって得られたSub-1ピーク含量(%)の平均値を示したグラフである。
【0096】
種培地、流加培地に関しては、培地に添加される鰹加水分解物に含まれる銅含量がSub-1ピーク含量に与える影響は少ないのに対し、初発培地に関しては、培地に添加される鰹加水分解物に含まれる銅含量がSub-1ピーク含量に与える影響が大きいことが示された。
【0097】
この結果から、種培地、初発培地、流加培地に含まれる銅含量が、産生される抗体タンパク質のC末端プロリンアミド体を含む不均一成分ピーク(Sub-1ピーク)の含量(%)に与える影響はそれぞれ異なることが示された。
【0098】
[実施例4] 鰹加水分解物を用いた流加培養により産生された抗体の不均一成分量と鰹加水分解物の銅含量との相関
培地組成及び調製法は以下のとおりである。
【0099】
種培地:実施例3に同じ。
【0100】
初発培地:実施例3に同じ。
【0101】
流加培地:実施例3に同じ。
【0102】
別途、鰹加水分解物の銅含量を測定した。
【0103】
細胞:実施例1に同じ。
【0104】
ジャー型細胞培養装置に種培地を加え、これに上記CHO細胞を1.6〜2.5×105 cells/mLとなるように加えて37℃、pH 7.00〜7.20の条件で培養を開始した。培養3日目に、種培養液をジャー型細胞培養装置に加えられた初発培地に種培養液と初発培地の容量比が1:2.2となるように加えて37℃、pH 7.00〜7.20の条件で培養した。培養2日目より細胞密度に応じて流加培地を流下した。培養7日目に、培養上清について、プロテインAカラムを用いたアフィニティークロマトグラフィー及びイオン交換クロマトグラフィーにより産生された抗体タンパク質を精製し、陽イオンクロマトグラフィーにて分析し、C末端プロリンアミド体を含む不均一成分ピーク(Sub-1ピーク)の含量(%)を測定した。
【0105】
鰹加水分解物の銅含量については、高周波誘導結合プラズマを光源とする発光分光分析法により測定した。
【0106】
図4中、一つの点が一回の製造を表す。各製造において、各培地(種培地、初発培地、流加培地)に使用する鰹加水分解物のロットがそれぞれ異なり、個々のロットの銅含量を培地調製前に測定した。
【0107】
C末端プロリンアミド体を含む不均一成分ピーク(Sub-1ピーク)の含量(%)を目的変数とし、種培養培地、初発培地、流加培地に添加された動植物由来加水分解物(鰹加水分解物)の銅含量を説明変数とし、重回帰分析により回帰式を得た。
【0108】
Sub-1予測値(%) = 2.13 + 3.83 × [初発培地に添加された鰹加水分解物中の銅含量(ppm)] + 2.78 × [流加培地に添加された鰹加水分解物中の銅含量(ppm)]
なお、本実施例では、重回帰分析の結果、種培養培地に含まれる銅含量が目的変数に影響を及ぼさないことが示された。
【0109】
図4に示すように、初発培地と流加培地に添加された鰹加水分解物中の銅含量を用いることで、C末端プロリンアミド体を含む不均一成分ピーク(Sub-1ピーク)の含量(%)を予測することができる。
【0110】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願をそのまま参考として本明細書に入れるものとする。
【産業上の利用可能性】
【0111】
本発明により、製造に用いる生物由来加水分解物に含まれる銅含量の変動が原因でC末端アミド体の量が変動するタンパク質医薬品のC末端アミド体の量の変動を制御することが出来、安定な品質のタンパク質医薬品の供給が可能となる。
図1
図2
図3
図4