(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
自動車エンジン用部品および足廻り用部品は、熱間鍛造で成形を行い、焼入れ焼き戻しといった熱処理(以降、調質とする)、あるいは、熱処理を適用せず(以降、非調質とする)のいずれかで、適用する部品に必要な機械特性を確保する。最近は製造工程における経済効率性の観点から、調質を省略した部品、すなわち、非調質部品が多く普及している。
【0003】
自動車エンジン用部品の事例としてはコネクティングロッド(以降、コンロッドとする)が挙げられる。この部品はエンジン内でピストン往復運動をクランクシャフトによる回転運動に変換する際に動力を伝達する部品である。コンロッドはクランクシャフトのピン部と称する偏芯部位にコンロッドのキャップ部とロッド部を挟み込んで締結し、ピン部と回転摺動する機構で動力を伝達する。このキャップ部とロッド部を締結するに際して、近年、破断分離型コンロッドが多く採用されている。
【0004】
破断分離型コンロッドとは熱間鍛造等でキャップ部とロッド部が一体となった形状に成形した後、キャップ部とロッド部との境界に相当する部分に切欠きを入れて、破断分離する工法を採用したものである。この工法はキャップ部、ロッド部の合わせ面を破断分離した破面同士を嵌合させるため、合わせ面の機械加工が不要な上に、位置合わせのために施す加工も必要に応じて省略できる。これらから、部品の加工工程を大幅に削減でき、部品製造時の経済効率性は大幅に向上する。
【0005】
破断分離型コンロッドに供する鋼材として、欧米で普及しているのは、DIN規格のC70S6である。これは0.7mass%のCを含む高炭素非調質鋼であり、破断分離時の寸法変化を抑えるため、延性、及び靭性の低いパーライト組織としたものである。C70S6は破断時の破断面近傍の塑性変形量が小さいので破断分離性に優れる一方、現行のコンロッド用鋼である中炭素非調質鋼のフェライト−パーライト組織に比べて組織が粗大であるので、降伏比(降伏強さ/引張強さ)が低く、高い座屈強度が要求される高強度コンロッドには適用できないという問題がある。
【0006】
降伏比を高めるためには、炭素量を低く抑さえ、フェライト分率を増加させることが必要である。しかしながら、フェライト分率を増加させると延性が向上して、破断分離時に塑性変形量が大きくなり、クランクシャフトのピン部に締結されるコンロッド摺動部の形状変形が増大し、真円度が低下するといった部品性能上の問題が発生する。
また、近年は高出力ディーゼルエンジンあるいはターボエンジンの普及によるエンジン出力増大に伴い、コンロッドのキャップ部とロッド部のずれ防止、すなわち、嵌合性向上、締結力向上といったニーズがある。このうち、嵌合性向上については破断分離させた面の凹凸を顕著にする鋼材の組織制御が有効である。
【0007】
高強度の破断分離型コンロッドに好適な鋼材としていくつかの非調質鋼が提案されている。特許文献1および特許文献2には、SiまたはPのような脆化元素を多量に添加し、材料自体の延性及び靭性を低下させることによって破断分離性を改善する技術が記載されている。特許文献3および特許文献4には、第二相粒子の析出強化を利用してフェライトの延性および靭性を低下させることによって破断分離性を改善する技術が記載されている。さらに、特許文献5〜7には、Mn硫化物の形態を制御することによって破断分離性を改善する技術が記載されている。
【0008】
これらの技術は破断分離した部位の変形量を小さくする一方で、材料を脆くするので、破断分離時、あるいは破断面同士を嵌合させたときに欠けが生じる。破断面の欠けが生じると、嵌合部の位置ずれが生じ、精度よく嵌合できないといった問題が発生する。特に破断面の凹凸を大きくすると、破断時に欠けやひびが発生する頻度が高くなるため、破断面の凹凸の確保と、破断時の欠け及びひびの発生防止との両立が求められていた。欠け、ひびの発生防止の解決策としては、特許文献8に示されるようにVの偏析を低減することが挙げられる。なお、Vは高強度化を目的として添加する化学成分である。
【0009】
しかしながら、Vの偏析の他にも欠け、ひびの原因がある。実際には、破断面の凹凸が過度に大きい場合、欠け、ひびの発生頻度が高くなる傾向にある。これは、破断面の引張方向の凹凸が形成されると同時に一部に破面方向にもき裂もしくは凹部が形成され、嵌合して破面同士を締結した際に、破面方向に応力が印加され、き裂もしくは凹部が応力集中部となって、微細な破壊を起こすと考えられる。一方、破面同士の嵌合性を高めるためには、破断面の凹凸を大きくする必要がある。以上から、破断面の凹凸の顕著化と欠け及びひびの発生防止とは背反の関係があり、その両立は現行の工法では解決できなかった。
【0010】
上記に加えて、コンロッド製造に際して、ドリルによる穴あけ加工等、切削加工性も重要視される。切削加工性を向上させることにより、作業が効率化され、生産性が向上することで多大な経済効果を生み出すためである。すなわち、機械特性を損なうことなく切削加工性を向上させる必要がある。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態である破断分離後の破断面同士の嵌合性および被削性に優れた鋼部品用の熱間圧延鋼材及び破断分離後の破断面同士の嵌合性および被削性に優れた鋼部品について説明する。
【0020】
本実施形態の熱間圧延鋼材は、化学成分として、C、Si、Mn、P、S、Cr、V、Zr及びNに加えて、SbおよびSnからなる群から選択される1種または2種を所定の含有率で含む鋼材である。本実施形態の熱間圧延鋼材は、以下に説明する化学成分を含むことで、鋼の延性を低下させて引張破面における脆性破壊破面の割合を向上させ、かつ、MnSを析出させて破面の凹凸を大きくすることができ、破面同士の嵌合性を高めることができる。また、本実施形態の熱間圧延鋼材は、化学成分として更に、Ti、Nb、MgおよびREMからなる群から選択される1種または2種以上を含有してもよい。
以下、本実施形態の熱間圧延鋼材の化学成分の限定理由について述べる。
【0021】
C:0.35−0.45mass%
Cは、本実施形態の熱間圧延鋼材及び鋼部品の引張強さを確保する効果、および、破断時の破断面近傍の塑性変形量を小さくして良好な破断分離性を実現する効果を有する。Cの増加に伴いパーライト組織の体積分率が上昇することにより、引張強さが上昇し延性および靭性が低下する。これらの効果を最大限に発揮させるため鋼中のC含有量の適正な範囲を0.35−0.45mass%に設定した。この含有量の範囲の上限を超えるとパーライト分率が過大となり破断時の欠けの発生頻度が高くなる。また、含有量の下限に満たない場合は破断面近傍の塑性変形量が増加し嵌合性が低下する。なお、C含有量に関しては0.35−0.38mass%であれば好ましい。
【0022】
Si:0.6−1.0mass%
Siは、固溶強化によってフェライトを強化させ延性及び靭性を低下させる。延性及び靭性の低下は破断時の破断面近傍の塑性変形量を小さくし破断分離性を向上させる。この効果を得るためにはSi含有量の下限を0.6mass%にする必要がある。他方、Siが過剰に含有すると破断面の欠けが発生する頻度が上昇するので、Si含有量の上限を1.0mass%とする。なお、Si含有量に関しては0.7−0.9mass%が好ましい。
【0023】
Mn:0.60−0.90mass%
Mnは、固溶強化によってフェライトを強化し延性及び靭性を低下させる。延性及び靭性の低下は破断時の破断面近傍の塑性変形量を小さくし破断分離性を向上させる。また、Mnは、Sと結合してMn硫化物を形成する。本実施形態の熱間圧延鋼材からなる鋼部品を破断分割させる際に圧延方向に伸長したMn硫化物に沿ってき裂が伝播するので、Mnの含有は破断面の凹凸を大きくして破断面を嵌合する際に位置ずれを防止する効果がある。他方、Mnを過剰に含有する場合、フェライトが硬くなりすぎて破断時の欠けが発生する頻度が増加する。これらを鑑みMn含有量の範囲は0.60−0.90mass%である。なお、Mn含有量に関しては0.75−0.85mass%が好ましい。
【0024】
P:0.010−0.035mass%
Pは、フェライト及びパーライトの延性及び靭性を低下させる。延性及び靭性の低下は破断時の破断面近傍の塑性変形量を小さくし破断分離性を向上させる効果を有する。ただし、Pは、同時に結晶粒界の脆化を引き起こし破断面の欠けを発生しやすくする効果が顕著である。従って、Pの含有を利用して延性及び靭性を低下させる方法は欠け防止の観点から積極的に活用すべきではない。以上を考慮すればP含有量の範囲は0.010−0.035mass%であり、さらに、0.010−0.025mass%が好ましい。
【0025】
S:0.06−0.10mass%
Sは、Mnと結合してMn硫化物を形成する。本実施形態の熱間圧延鋼材からなる鋼部品を破断分割させる際に、圧延方向に伸長したMn硫化物に沿ってき裂が伝播するので、Sの含有は破断面の凹凸を大きくし破断面を嵌合する際に位置ずれを防止する効果がある。その効果を得るためにはS含有量の下限を0.06mass%にする必要がある。他方、Sが過剰に含有すると破断分割時の破断面近傍の塑性変形量が増大し破断分離性が低下する場合が発生することに加えて、破断面の欠けを助長することがある。以上から、S含有量の範囲を0.06−0.10mass%とする。S含有量の好ましい範囲として0.07−0.09mass%に限定する。
【0026】
Cr:0.25mass%以下
Crは、Mnと同様に固溶強化によってフェライトを強化し延性及び靭性を低下させる。延性及び靭性の低下は破断時の破断面近傍の塑性変形量を小さくし破断分離性を向上させる。しかし、Crを過剰に含有するとパーライトのラメラー間隔が小さくなり、かえってパーライトの延性及び靭性が高くなる。そのため、破断時の破断面近傍の塑性変形量が大きくなり破断分離性が低下する。さらに、Crを過剰に含有するとベイナイト組織が生成しやすくなり破断分離性が大幅に低下する場合がある。従って、Crを含有させる場合、その含有量を0.25mass%以下とする。上述の効果を鑑みた場合、Cr含有量は好ましくは0.12mass%以下である。
【0027】
V:0.20−0.40mass%
Vは、熱間鍛造後の冷却時に主に炭化物又は炭窒化物を形成してフェライトを強化し延性及び靭性を低下させる。延性及び靭性の低下は破断時の破断面近傍の塑性変形量を小さくして熱間圧延鋼材からなる鋼部品の破断分離性を良好にする。また、Vは、炭化物又は炭窒化物の析出強化により熱間圧延鋼材の降伏比を高めるという効果がある。これら効果を得るためにはV含有量の下限を0.20mass%にする必要がある。V含有量の下限は好ましくは0.23mass%である。一方、Vを過剰に含有してもその効果は飽和するのでV含有量の上限は0.40mass%である。好ましくはV含有量の上限は0.35mass%である。
【0028】
Zr:0.0050mass%以下
Zrは、酸化物を形成しMn硫化物の晶出核または析出核となりMn硫化物を均一に微細に分散させる。このMn硫化物が破断分割時のき裂の伝播経路となり破断面近傍の塑性変形量を小さくし破断分離性を高める効果がある。ただし、Zrを過剰に含有してもその効果は飽和するのでZr含有量の上限を0.0050mass%とする。この効果を十分に発揮するためにはZr含有量の下限を0.0005mass%とすることが好ましい。
【0029】
N:0.0060−0.0150mass%
Nは、熱間鍛造後の冷却時に主にV窒化物又はV炭窒化物を形成してフェライトの変態核として働くことによってフェライト変態を促進する。これにより熱間圧延鋼材からなる鋼部品の破断分離性を大幅に損なうベイナイト組織の生成を抑制する効果がある。この効果を得るためにはN含有量の下限を0.0060mass%とする。Nを過剰に含有すると熱間延性が低下し熱間加工時に割れ又は疵が発生しやすくなる場合があるため、N含有量の上限を0.0150mass%とする。なお、N含有量に関しては0.0080−0.0120mass%が好ましい。
【0030】
SbおよびSnからなる群から選択される1種または2種:それぞれ0.0001−0.0050mass%
SbおよびSnは、結晶粒界、もしくは母相と介在物との界面に偏析し、界面の結合力を低下させることにより、微量の含有でも切削時の変形抵抗を低下させる効果がある。SbおよびSnの含有量の下限を0.0001mass%としたが、効果を十分に発揮させるための好ましい範囲としては、SbおよびSnの含有量の下限を0.0015mass%とする。また、上限については機械特性の観点から特に指定するものではないが過剰の含有は鋼の熱間加工性を劣化させ、表面疵の多発等、熱間圧延が困難となる。従って、鋼材の製造性を考慮して、SbおよびSnの含有量の上限を0.0050mass%とした。製造性の観点から好ましくは、SbおよびSnの合計含有量が0.0001−0.0050mass%であればよい。さらに効果を十分に発揮させるにはSbおよびSnの合計含有量は0.0015−0.0050mass%であることがより好ましい。さらに製造性の観点から、SbおよびSnの合計含有量の上限は0.0030mass%であることがさらに好ましい。
【0031】
本実施形態に係る熱間圧延鋼材は、発明の効果をさらに顕著にするために、更に、Ti:0.050mass%以下、Nb:0.030mass%以下、Mg:0.0050mass%以下およびREM:0.0010mass%以下からなる群から選択される1種または2種以上を選択して含有することができる。
【0032】
Ti:0.050mass%以下
Tiは、熱間鍛造後の冷却時に主に炭化物又は炭窒化物を形成して析出強化によりフェライトを強化し延性及び靭性を低下させる。延性及び靭性の低下は破断時の破断面近傍の塑性変形量を小さくし破断分離性を向上させる効果がある。しかし、Tiを過剰に含有するとその効果が飽和するので、上述の効果を得るためにTiを含有させる場合は、Ti含有量の上限を0.050mass%とする。Tiの効果を十分に発揮させるためにはTi含有量の下限を0.005mass%とすることが好ましい。より好適なTi含有量の範囲は0.015−0.030mass%である。
【0033】
Nb:0.030mass%以下
Nbは、熱間鍛造後の冷却時に主に炭化物又は炭窒化物を形成して析出強化によりフェライトを強化し延性及び靭性を低下させる。延性及び靭性の低下は破断時の破断面近傍の塑性変形量を小さくし良好な破断分離性を得る効果がある。しかし、Nbを過剰に含有するとその効果が飽和するので上述の効果を得るためにNbを含有させる場合、Nb含有量の上限を0.030mass%とする。Nbの効果を十分に発揮させるにためはNb含有量の下限を0.005mass%とすることが好ましい。より好適なNb含有量の範囲は0.010−0.030mass%である。
【0034】
Mg:0.0050mass%以下
Mgは、酸化物を形成しMn硫化物の晶出核または析出核となりMn硫化物を均一に微細に分散させる。このMn硫化物が破断分割時のき裂の伝播経路となり破断面近傍の塑性変形量を小さくし破断分離性を高める効果がある。ただし、Mgが過剰に含有してもその効果は飽和するのでMg含有量の上限を0.0050mass%とする。この効果を十分に発揮するためにはMg含有量の下限を0.0005mass%とすることが好ましい。
【0035】
REM:0.0010mass%
REMは、酸硫化物を形成し、Mn硫化物の晶出核または析出核となりMn硫化物を均一に微細に分散させる。このMn硫化物が破断分割時のき裂の伝播経路となり破断面近傍の塑性変形量を小さくし破断分離性を高める効果がある。ただし、REMが過剰に含有すると鋼材製造段階において、鋳造工程でのノズル詰り等の不具合が生じるのでREM含有量の上限を0.0010mass%とする。この効果を十分に発揮するためにはMg含有量の下限を0.0003mass%とすることが好ましい。
【0036】
本実施形態に係る熱間圧延鋼材の残部は、鉄及び不純物である。不純物とは、鉱石やスクラップ等の原材料及び製造環境から混入するものをいう。さらに、本実施形態に係る熱間圧延鋼材は、上記成分の他、本実施形態に係る鋼の効果を損なわない範囲で、Te、Zn、及びSn等を含有することができる。
【0037】
また、本実施形態の熱間圧延鋼材には、鋼内部にMnSが形成される。MnSは、熱間圧延鋼材の圧延方向に沿って伸長化していることが好ましい。伸長化されたMnSは、鋼部品を引っ張り破断させた破面に凹凸形状を形成するために必須である。MnSの伸長化は、その実現方法として、鋼材を熱間圧延で製造する際のビレットから棒鋼までの圧延減面率を80%以上にする必要がある。
【0038】
鋼中のMnSの伸長化の程度は、圧延方向を長軸側としてアスペクト比が10以上の伸長化されたMnSが1mm
2あたり50個以上分布することが望ましい。なお、伸長化されたMnSのなかには分断されて圧延方向に列状に凝集して分布するものも観察されるが、それらも1つの伸長MnSとして計上する。
【0039】
次に、本実施形態の熱間圧延鋼材の製造方法について説明する。
上記の化学成分を有する鋼を転炉で溶製し、連続鋳造することによりブルームを製造する。得られたブルームを、更に分塊圧延工程等を経てビレットとする。得られたビレットをさらに熱間圧延によって丸棒とする。このようにして本実施形態の熱間圧延鋼材を製造する。なお、ビレットから丸棒形状までの圧延減面率は80%以上とすることが好ましい。これにより、鋼中のMnSを伸長化させることができる。
【0040】
また、得られた熱間圧延鋼材から鋼部品を製造するには、熱間圧延鋼材を例えば1150〜1280℃に加熱して熱間鍛造し、空冷(大気中での放冷)もしくは衝風冷却(試験片へ風を送り冷却)によって室温まで冷却する。冷却後の鍛造材を切削加工することにより、所定の形状の鋼部品とする。熱間圧延鋼材を鍛造する際は、熱間鍛造に限らず、冷間鍛造してもよい。
【0041】
本実施形態の熱間圧延鋼材及び鋼部品は、引張破断させた際の破面に、引張応力方向に向けて80μm以上の高さで突出する凹凸が破面上の任意の方向長さ10mmあたり2箇所以上の比率で形成される。また、破面における脆性破壊破面が面積率にして98%以上になる。更に、破面方向に沿って長さ80μm以上に渡って形成されたき裂または凹部の数が、破面の任意の方向長さ10mmあたり3箇所未満になる。
【0042】
破面の性状について規定した理由を述べる。引張破断により分離した破面同士を嵌合させ、破断面と水平方向に応力を加えると、その抵抗力は破面の凹凸により水平方向および2つの法線方向(面内で90°の傾き方向、および、破断面と垂直方向)に3次元的に分散される。この場合、印加された応力は破面の凹凸が顕著であるほど分散される。また、破面の欠けが生じない前提条件で、破面の凹凸が顕著であることは応力印加時の位置ずれを防ぐ観点からも明らかである。
【0043】
欠けを生じない範囲で破面の凹凸を最大化するためには、特にMnSの形態および分散状態が破断面形状に大きな影響を及ぼすので、MnSの形態と分散状態を制御することが重要である。より具体的には、き裂伝播の経路となるMnSを多量に分散させること、その一部が適正に伸長化されていることが、破断面の凹凸を顕著にさせることに寄与する。そこで、本発明では破断時に破断面の欠けを発生させない範囲で実験的に実現可能である顕著な破断面の凹凸形状を上記の通りに規定した。
【0044】
なお、引張応力方向の凹凸は、破面断面での段差の方向が引張方向に対して45°以下の角度のものを対象とし、凹凸の長さは対象とする段差を引張方向に投影した長さとして定義する。また、破面方向のき裂または凹部は、破面断面でのき裂または凹部の方向が引張方向に対して45°超の角度で内部に進展するものを対象とし、き裂または凹部の長さは開始点から、内部の終了点までの距離として定義する。
また、破面の凹凸形状の評価方法は、実施例において述べることとする。
【0045】
本実施形態の熱間圧延鋼材及び鋼部品は、破断分離した際に、破断面近傍の塑性変形量が小さく、かつ、破断面の欠け発生が少なくなる。このため、破断面の嵌合をさせた場合、位置ずれが生じず、精度よく嵌合でき、鋼部品の精度向上、歩留向上を同時に実現できる。また、鋼中に微量のSbおよびSnからなる群から選択される1種または2種を含有することにより、被削性を向上できる。また、本実施形態の熱間圧延鋼材及び鋼部品を用いることにより、欠けを振るい落とす工程を省略することができ、製造コストを低減でき、これにより、産業上の経済効率性の向上に大きな効果がある。
【実施例】
【0046】
本発明を実施例によって以下に詳述する。なお、これら実施例は本発明の技術的意義、及び効果を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。
【0047】
表1および表2に示す組成を有する、転炉で溶製した鋼を連続鋳造することによりブルームを製造し、このブルームを、分塊圧延工程を経て162mm角のビレットとし、さらに熱間圧延によって直径が56mmの丸棒形状とした。このときのビレットから丸棒形状までの圧延減面率は90%である。なお、表中の「−」との記号は、記号が記載された箇所に係る元素の含有量が検出限界値以下であることを示している。分塊圧延前のブルームの加熱温度および加熱時間は、それぞれ1270℃、および140minであり、熱間圧延前のビレットの加熱温度および加熱時間は、それぞれ1240℃、および90minであった。表2の比較鋼の下線部分は、本発明の範囲外であることを示す。
【0048】
次に、破断分離性を調べるために、鍛造コンロッド相当の試験片を熱間鍛造で作製した。具体的には、直径56mm、長さ100mmの素材棒鋼を、1150〜1280℃に加熱後、棒鋼の長さ方向に垂直に鍛造して厚さ20mmとし、空冷(大気中での放冷)もしくは衝風冷却(試験片へ風を送り冷却)によって室温まで冷却した。冷却後の鍛造材から、JIS4号引張試験片と、コンロッド大端部相当形状の破断分離性評価用試験片とを切削加工した。JIS4号引張試験片は、鍛造材側面から30mm位置で長手方向に沿って採取した。破断分離性評価用試験片は、
図1に示すとおり、80mm×80mmかつ厚さ18mmの板形状の中央部に、直径50mmの穴を開けたものであり、直径50mmの穴の内面上には、鍛造前の素材である棒鋼の長さ方向に対して±90度の位置2ヶ所に、深さ1mmかつ、先端曲率0.5mmの45度のVノッチ加工を施した。更に、ボルト穴として直径8mmの貫通穴を、その中心線がノッチ加工側の側面から8mmの箇所に位置するように開けた。
【0049】
破断分離性評価の試験装置は、割型と落錘試験機とから構成されている。割型は長方形の鋼材上に成型した直径46.5mmの円柱を中心線に沿って2分割した形状で、片方が固定され、片方がレール上を移動する。2つの半円柱の合わせ面にはくさび穴が加工されている。破断試験時には、試験片の直径50mmの穴をこの割型の直径46.5mmの円柱にはめ込み、くさびを入れて落錘の上に設置する。落錘は質量200kgであり、ガイドに沿って落下する仕組みである。落錘を落とすと、くさびが打ち込まれ、試験片は2つに引張破断される。なお、破断時に試験片が割型から遊離しないように、試験片は割型に押し付けられるように周囲を固定されている。
【0050】
本試験では、落錘高さ100mmで破断を行い、破断後の試験片をつき合わせてボルト締めし、破断方向の内径と、破断方向に垂直な方向の内径との差を測定し、これを破断分割による変形量とした。その後、破断面をつき合わせて20N・mのトルクでボルト締めして組み付ける作業とボルトを緩めて破断面を放す作業とを10回繰り返し、これにより脱落した破片の総重量を破断面の欠け発生量と定義した。この欠け発生量は破断面の破面方向のき裂もしくは凹部の存在と相関がある。すなわち、ある一定の大きさ以上の破面方向のき裂もしくは凹部の箇所が多いほど、欠けの発生量が増加する。これらから、破断面を嵌合する際に破面方向のき裂もしくは凹部がボルト締結時に応力集中部として作用し微細に破断することにより欠けが発生すると考えられる。破断面の欠け発生量が1.0mgを超えるものを不合格とした場合、破面方向のき裂もしくは凹部の箇所を最小限に抑えることが必要であることを知見し、その基準を80μm以上のき裂または凹部の発生が破面方向に破面長さ10mmあたり3箇所未満であることとした。
【0051】
破断分離性については破断面の破壊形態が脆性的であること、および、破断分離による破面近傍の変形量が小さいことが望ましい。具体的には、破面形態に関して、へき開割れ、擬へき開割れもしくは粒界割れなどで構成される脆性破面の面積率が98%以上となること、破面近傍の変形量が100μm以下であることを良好な破断分離性を確保するための基準とした。
破面同士の嵌合性を高めるためには破断面の引張方向の凹凸が顕著となること、高い頻度で存在することが同時に達成されることが必要である。その基準として、破断面の長さ10mmあたり引張応力方向の凹凸が80μm以上の凹凸が2箇所以上の比率で凹凸が形成されることを基準とした。
【0052】
破面の凹凸形状の測定は試験片を引張方向に切断し、破面断面を観察することにより引張方向の凹凸、破面方向の凹凸を測定した。なお、測定は任意の5視野で実施した。具体的には10mmあたりの引張方向の凹凸、破面方向の凹凸、き裂の大きさを測定し、それぞれ80μm以上の凹凸もしくはき裂に関してはその測定された箇所数を数え、10mmあたりの発生頻度として各サンプルで平均値を求めた。上記に示す破断面の凹凸状況の評価に用いた断面観察写真の事例を
図2に示す。
【0053】
表3に示すように、製造No.1〜15の本発明例はいずれも目標を達成しており、破断分離性に優れ、同時に嵌合性が良好であることがわかった。また、製造No.1〜28については、鋼中のMnSのうち、圧延方向を長軸側としてアスペクト比が10以上の伸長化されたMnSは、1mm
2あたり50個以上分布していた。
一方、表2に示すように、鋼P〜H1は、C、Si、Mn、P、S、Cr、V、Zr、N、Sb、Snの含有量が本発明の範囲から外れている。これらは以下の理由により、表4に示すように、本発明の要件を満たしていない。
【0054】
製造No.16、18、22、27、30はそれぞれ、C、Si、P、V、Nの含有量が本発明の範囲の下限未満であり、破断分離時の塑性変形量が良好な破断分離性の条件である100μmを超える。
製造No.17、19、21、23はそれぞれ、C、Si、Mn、Pの含有量が本発明の範囲の上限を超えており、破断時の欠け発生量が1.0mgを超える。
製造No.20は、Mnの含有量が本発明の範囲の下限未満であり、MnSの体積分率、伸長化度が不十分であり、破面の凹凸箇所数が本発明の要件に満たない。
【0055】
製造No.24は、Sの含有量が本発明の範囲の上限を超えており、破断時の欠け発生量が1.0mgを超えるとともに、破断分離時の塑性変形量が良好な破断分離性の条件である100μmを超える。
製造No.25は、Sの含有量が本発明の範囲の下限未満であり、MnSの体積分率、伸長化度が不十分であり、破面の凹凸箇所数が本発明の要件に満たない。
製造No.26は、Crの含有量が本発明の範囲の上限を超えており、破断分離時の塑性変形量が良好な破断分離性の条件である100μmを超える。
【0056】
製造No.28は、Zrが含有されておらず、Mn硫化物の分布が粗に分散し、破面の凹凸箇所数が本発明の要件に満たないとともに、破断分離時の塑性変形量が良好な破断分離性の条件である100μmを超える。
製造No.29は、Nの含有量が本発明の範囲の上限を超えており、鋼材製造段階、すなわち、鋳造および熱間圧延段階で疵を多発させ、鋼部品に適用する素材として不適となる。
製造No.31、32は、SbもしくはSnの含有量が本発明の上限を超えており、鋳造および熱間圧延段階で表面疵を多発させ、鋼部品に適用する素材として不適となる。
製造No.33は、Snの含有量が本発明の範囲内であるが、Sbの含有量が本発明の上限を超えており、SbおよびSnの合計含有量が本発明の好ましい範囲である0.0050%を超えており、鋳造および熱間圧延段階で表面疵を多発させ、鋼部品に適用する素材として不適となる。
製造No.34は、SbおよびSnの含有量が本発明の下限範囲に満たず、破面の凹凸箇所数、破断時の欠け発生量、被削性のいずれもが本発明の要件に満たない。
【0057】
被削性に関しては、先に述べた直径56mmの熱間圧延鋼材を直径25mmまで熱間鍛造した後、長さ500mmに切断し、NC旋盤を用いて、下記の条件で旋削加工し、被削性を調査した。
【0058】
切りくず処理性は、以下の方法で評価した。
被削性試験中の10秒間で排出された切りくずを回収した。回収された切りくずの長さを調べ、長いものから順に10個の切りくずを選択した。選択された10個の切りくずの総重量を「切りくず重量」と定義した。切りくずが長くつながった結果、切りくずの総数が10個未満である場合、回収された切りくずの総重量を測定し、10個の個数に換算した値を「切りくず重量」と定義した。例えば、切りくずの総数が7個であって、その総重量が12gである場合、切りくず重量は、12g×10個/7個、と計算した。被削性評価に用いたチップは、母材材質:超硬P20種グレード、コーティング:なし、である。また、旋削加工条件は、周速:150m/min、送り:0.2mm/rev、切り込み:0.4mm、潤滑:水溶性切削油使用、である。各マークの切りくず重量が15g以下であれば、切りくず処理性が高いと判断した。切りくず重量が15gを超える場合、切りくず処理性が低いと評価した。Sb、Snを含有する鋼についてはいずれも切りくず重量が15g以下であるのに対し、Sb、Snを含有しない製造No.16〜19は切りくず重量が15gを超え、被削性に劣る。
【0059】
【表1】
【0060】
【表2】
【0061】
【表3】
【0062】
【表4】
【0063】
実施例の鋼材は、熱間鍛造後に空冷または衝風冷却した後、破断分割を行った際に、破断面近傍の塑性変形量が小さく且つ破断面の欠け発生が少ない、優れた破断分離性を有する。また、実施例の鋼材は、破断面の塑性変形量が小さく、さらに欠け発生が少ないという特徴により、破断面の嵌合時に位置ずれが生じることなく精度良く破断面を嵌合させることができ、部品製造の歩留まりを向上させる。また、この特徴により、欠けを振るい落とす工程を省略することができ、製造コストの低減につながり、このことは産業上極めて効果が大きい。さらに、実施例の鋼材を熱間鍛造してなる部品は、被削性に優れているので、部品製造時の作業が効率化され、生産性を向上することができる。