特許第6753841号(P6753841)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6753841電力機器の絶縁診断装置および絶縁診断方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6753841
(24)【登録日】2020年8月24日
(45)【発行日】2020年9月9日
(54)【発明の名称】電力機器の絶縁診断装置および絶縁診断方法
(51)【国際特許分類】
   G01R 31/12 20200101AFI20200831BHJP
【FI】
   G01R31/12 A
【請求項の数】12
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-509301(P2017-509301)
(86)(22)【出願日】2016年3月31日
(86)【国際出願番号】JP2016001873
(87)【国際公開番号】WO2016157912
(87)【国際公開日】20161006
【審査請求日】2018年11月8日
(31)【優先権主張番号】特願2015-73149(P2015-73149)
(32)【優先日】2015年3月31日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】598076591
【氏名又は名称】東芝インフラシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001092
【氏名又は名称】特許業務法人サクラ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長 広明
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 純一
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 恵一
(72)【発明者】
【氏名】塩入 哲
(72)【発明者】
【氏名】船橋 匠
(72)【発明者】
【氏名】藤井 祐樹
【審査官】 越川 康弘
(56)【参考文献】
【文献】 特開平02−176579(JP,A)
【文献】 特開平05−264638(JP,A)
【文献】 特開2007−144229(JP,A)
【文献】 特開2008−045977(JP,A)
【文献】 特開2010−045026(JP,A)
【文献】 川田ほか,SF6ガス中における部分放電現象のウェーブレット変換を用いた時間周波数解析,電気学会論文誌B,日本,社団法人電気学会,1997年,第117巻,第3号,338−345頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01R 31/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
交流電圧が印加される電力機器からの放電信号を含む、電磁波の信号を受信する電磁波センサと、
前記電磁波の信号から、前記交流電圧の複数周期に亘る、複数の放電信号を抽出する抽出部と、
前記複数の放電信号のうち、他の放電信号と位相上重なる第2の放電信号を、前記複数の放電信号から除去する除去部と、
前記第2の放電信号が除去された前記複数の放電信号を、前記交流電圧の一周期に対応する波形に合成する合成部と、
前記波形を時間−周波数解析して、周波数および位相と信号強度との関係を表す複数の係数を算出する解析部と、
を具備する電力機器の絶縁診断装置。
【請求項2】
前記抽出部は、閾強度を越えるピーク強度を有する信号を、放電信号として抽出する、請求項1記載の電力機器の絶縁診断装置。
【請求項3】
前記抽出部は、前記閾強度を越えるピーク強度と、閾時間を越える時間幅と、を有する信号を、放電信号として抽出する、
請求項2記載の電力機器の絶縁診断装置。
【請求項4】
前記抽出部は、第1の極性を有する第1の波と、この第1の波と結合し、かつ前記第1の極性と逆の第2の極性を有する第2の波と、を含む信号を、放電信号として抽出する、
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の電力機器の絶縁診断装置。
【請求項5】
前記抽出部は、前記第2の波のピーク強度が、前記第1の波のピーク強度より小さい、前記信号を、放電信号として抽出する、
請求項4記載の電力機器の絶縁診断装置。
【請求項6】
前記第2の放電信号のピーク強度が、前記他の放電信号のピーク強度より小さい、
請求項1乃至5のいずれか1項に記載の電力機器の絶縁診断装置。
【請求項7】
前記解析部が、前記第2の放電信号に対応する値を、前記複数の係数のうち前記第2の放電信号に対応する位相の係数に乗じる、
請求項1乃至6のいずれか1項に記載の電力機器の絶縁診断装置。
【請求項8】
前記解析部が、前記第2の放電信号を時間−周波数解析して、複数の第2の係数を算出し、前記複数の係数にそれぞれ加算して、複数の第3の係数を算出する、
請求項1乃至6のいずれか1項に記載の電力機器の絶縁診断装置。
【請求項9】
前記複数の係数を基準周波数範囲内で加算する加算部をさらに具備する
請求項1乃至のいずれか1項に記載の電力機器の絶縁診断装置。
【請求項10】
前記電磁波の信号中の35kHz〜180MHzの周波数帯域の信号を通過させるバンドパスフィルタをさらに具備し、
前記抽出部は、前記バンドパスフィルタを通過した電磁波の信号から、前記複数の放電信号を抽出する
請求項1乃至のいずれか1項に記載の電力機器の絶縁診断装置。
【請求項11】
前記電磁波の信号を受信する第2の電磁波センサと、
前記第2の電磁波センサが受信した電磁波の信号から、前記交流電圧の複数周期に亘る、複数の第2の放電信号を抽出する第2の抽出部と、
前記複数の放電信号と前記複数の第2の放電信号の間の時間差を算出し、前記電力機器の放電箇所を特定する特定部と、
を具備する請求項1乃至10のいずれか1項に記載の電力機器の絶縁診断装置。
【請求項12】
交流電圧が印加される電力機器からの放電信号を含む、電磁波の信号を受信する工程と、
前記電磁波の信号から、前記交流電圧の複数周期に亘る、複数の放電信号を抽出する工程と、
前記複数の放電信号のうち、他の放電信号と位相上重なる第2の放電信号を、前記複数の放電信号から除去する工程と、
前記第2の放電信号が除去された前記複数の放電信号を、前記交流電圧の一周期に対応する波形に合成する工程と、
前記波形を時間−周波数解析して、周波数および位相と信号強度との関係を表す複数の係数を算出する工程と、
を具備する電力機器の絶縁診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、電力機器の絶縁診断装置および絶縁診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スイッチギヤなどの電力機器は、その絶縁劣化に伴って、部分放電し易くなり、部分放電によって劣化が加速される。このため、部分放電の検出によって、電力機器の絶縁状態を診断する技術が開発されている。
部分放電は、放電に伴って発生する電磁波(放電信号)を測定することによって、検出できる。しかし、測定される電磁波は、空中を伝播する意図しない電磁波(ノイズ)をも含むため、ノイズを放電信号と誤って検出する可能性がある。一般に、放電信号は微弱であり、ノイズに埋もれ易く、その確実な検出は容易ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平9−292433号公報
【特許文献2】特開2008−45977号公報
【特許文献3】特開2000−46893号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明が解決しようとする課題は、部分放電によって発生する放電信号の検出を容易とする電力機器の絶縁診断装置および絶縁診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
実施形態の電力機器の絶縁診断装置は、電磁波センサ、抽出部、合成部、および解析部を有する。電磁波センサは、交流電圧が印加される電力機器からの放電信号を含む、電磁波の信号を受信する。抽出部は、電磁波の信号から、前記交流電圧の複数周期に亘る、複数の放電信号を抽出する。合成部は、複数の放電信号を、前記交流電圧の一周期に対応する波形に合成する。解析部は、波形を時間−周波数解析して、周波数および位相と信号強度との関係を表す複数の係数を算出する。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1】実施形態に係る電力機器の絶縁診断装置の構成を示す図である。
図2A】放電信号の一例を示す図である。
図2B】放電信号の一例を示す図である。
図2C】放電信号の一例を示す図である。
図3】放電信号の代表的な波形を拡大して示す図である。
図4】波形の合成を示す図である。
図5】波形の合成を拡大して示す図である。
図6】実施形態に係る電力機器の絶縁診断方法を示すフロー図である。
図7】時間−周波数解析結果の一例を示す図である。
図8】変形例に係る電力機器の絶縁診断装置の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、実施形態に係る絶縁診断装置を説明する。
図1は、実施形態に係る電力機器の絶縁診断装置の構成を示す。絶縁診断装置は、電力機器7の絶縁性を診断する装置である。
電力機器7は、例えば、スイッチギヤであり、所定の周波数(商用周波数、例えば、50または60Hz)の交流電圧が印加される。スイッチギヤは、主に高圧負荷や高圧配電に用いられ、箱体1中に収納される真空遮断器、断路器、変成器、および絶縁母線を有する。
【0008】
電力機器7に印加される交流電圧の大きさ(実効電圧値)は、例えば、1kV〜数十kV程度と、比較的高い。このため、経年変化等により電力機器7の一部で絶縁性が劣化すると、その箇所で部分放電が発生する可能性がある。部分放電は、種々の部位で生じる可能性がある。例えば、接点の近傍で気中放電が生じ得る。真空バルブ内などで真空放電が生じ得る。絶縁体内でボイド放電が生じ得る。このような部分放電によって、電磁波が発生する。
【0009】
絶縁診断装置は、部分放電を検出することによって電力機器7の絶縁性を診断する。部分放電によって発生する電磁波(放電信号)を測定して、部分放電を検出できる。
絶縁劣化が著しければ、部分放電の発生頻度は高く、かつ発生する放電信号の強度も大きくなるので、部分放電の検出は容易となる。しかし、絶縁性の劣化が進む前は、部分放電の発生は散発的であり(発生頻度少)、放電信号の強度も比較的小さいので、その検出は容易ではない。絶縁診断装置は、絶縁性の劣化の初期段階の比較的微弱で、かつ頻度の小さい放電信号を検出できる。
【0010】
絶縁診断装置は、図1に示すように、電磁波センサ2および信号処理装置3を有する。
電磁波センサ2は、スイッチギヤの箱体1内に配置されるアンテナから構成され、電力機器からの放電信号を含む、電磁波の信号を受信する。
【0011】
アンテナとして、ループアンテナを用いることが好ましい。ループアンテナは、電磁波の磁界成分を容易に受信できる。電磁波の電界成分は、金属等でシールドされ易く、高S/N比での測定は容易でない。これに対して、電磁波の磁界成分は、比較的シールドされ難く、高S/N比での測定が比較的容易である。
さらに、ループアンテナは、ある程度の指向性を有している。このため、ループアンテナを電力機器7(さらには、電力機器7中、特に、部分放電が生じ易い箇所)に向けることで、電力機器7外(あるいは、電力機器7中、特に、部分放電が生じ難い箇所)からのノイズ成分を低減できる(高S/N比での測定が容易)。
【0012】
信号処理装置3は、電磁波センサ2の出力側に接続され、電磁波センサ2からの電磁波の信号を処理する。
信号処理装置3は、順に接続されるフィルタ4、アンプ5、および解析装置6を有する。
【0013】
フィルタ4は、放電信号に対応する所定の周波数帯域の信号を通過させるバンドパスフィルタである。信号がフィルタ4を通過することで、放電信号と異なる周波数帯域の信号成分が除かれ、放電信号の検出精度が向上する。
【0014】
図2A図2Cは、放電信号の例を示す。これらの図に示すように、放電信号は、放電する媒体に対応して、異なる放電周波数(周波数帯域)を有する。真空バルブ内などの真空放電では(図2A)、放電周波数は約35kHzである。絶縁体内でのボイド放電では(図2B)、放電周波数は約125MHzである。外部接続点のような気中放電では(図2C)、放電周波数は約180MHzである。
真空放電、ボイド放電、気中放電の何れも検出可能とするためには、フィルタ4が、35kHz〜180MHzの周波数帯域を有することが好ましい。但し、検出したい放電信号の種別等を考慮して、フィルタ4の周波数帯域を適宜に設定しても良い。
【0015】
アンプ5は、フィルタ4を通過した信号を増幅する。なお、フィルタ4とアンプ5の順序を逆にして、信号を増幅してから、フィルタリングしてもよい。
なお、アンプ5で増幅された電磁波の信号は、必要に応じて、A/D変換器によってA/D変換された後、解析装置6に入力される。
【0016】
解析装置6は、アンプ5で増幅された電磁波の信号から放電信号を抽出し、抽出された放電信号を時間−周波数解析する。解析装置6は、ハードウェア(例えば、CPU:中央演算装置)とソフトウェア(プログラム)の組み合わせによって構成できる。但し、解析装置6をハードウェアのみから構成してもよい。
【0017】
解析装置6は、放電信号抽出部(抽出部)6a、波形除去部(除去部)6b、波形合成部(合成部)6c、波形解析部(解析部)6d、積算・比較部(加算部)6eを有する。
放電信号抽出部6aは、アンプ5で増幅された電磁波の信号から放電信号を抽出する。このとき、後述の波形合成のために、電力機器7に印加される交流電圧の複数周期に亘る、複数の放電信号が抽出される。
【0018】
図3は、放電信号の代表的な波形を拡大して示す。
この放電信号は、互いに極性が異なる波W1、W2を組み合わせた減衰する振動の波形である。
【0019】
波W1は、ピーク強度V1,半値幅tm1、ベース幅tb1、閾値幅tt1を有する。波W2は、第1波W1と結合され、ピーク強度V2,半値幅tm2、ベース幅tb2、閾値幅tt2を有する。
【0020】
ピーク強度V(V1,V2)は、絶対値での信号強度のピーク値であり、波W1、W2の極性は問わない。これらのピーク強度V1,V2はいずれも、閾強度Vthを越えている。
【0021】
半値幅tm(tm1,tm2)は、ピーク強度Vの半分(V/2)における信号の時間幅である。
ベース幅tb(tb1,tb2)は、信号強度ゼロにおける信号の時間幅である。
閾値幅tt(tt1,tt2)は、閾強度Vthにおける信号の時間幅である。なお、閾値幅ttは、信号強度の絶対値が閾強度Vthを越える時間としても定義できる。
【0022】
これら半値幅tm、ベース幅tb、閾値幅ttはいずれも、波W1,W2の幅(時間幅)tと言える。逆に言えば、時間幅tは、半値幅tm、ベース幅tb、閾値幅ttの上位概念であり、信号(波)の幅(時間幅)t一般を意味する。
【0023】
波W1、W2は、ピーク間隔tppで接続される。ピーク間隔tppは、波W1のピークから波W2のピークに至るまでの時間である。
【0024】
この図では、波W1が正の極性を有し、波W2が負の極性を有しているが、波W1、W2の極性は逆であってもよい。
【0025】
放電信号抽出部6aは、次の条件A〜Eを満たす信号を放電信号として抽出する。
A.ピーク強度V
閾強度Vthを越えるピーク強度Vを有する信号を放電信号として抽出する。この条件は、信号が、ホワイトノイズ等のノイズレベルを越えることを要求するものである。すなわち、ホワイトノイズを除去するために、次の式(1)が用いられる。
V>Vth …… 式(1)
【0026】
B.時間幅t(半値幅tm、ベース幅tb、閾値幅tt)
閾時間tthを越える時間幅tを有する信号を放電信号として抽出する。放電信号は、一般に、ある程度の持続時間を有することから、放電信号と比べて持続時間の短い信号をノイズとして除去する。この条件は、次の式(2)で表される。
t> tth …… 式(2)
【0027】
条件A,B(式(1)、(2))を同時に満たす場合、閾強度Vthを越えるピーク強度と、閾時間tthを越える時間幅と、を有する信号を、放電信号として順次に抽出できる。
【0028】
時間幅tとして、半値幅tm、ベース幅tb、または閾値幅ttを採用できる。なお、一般に、半値幅tm、ベース幅tb、閾値幅ttのいずれを採用するかによって、閾時間tthの設定値は異なってくる。
【0029】
時間幅tとして、閾値幅ttを採用すると、その強度が閾強度Vthを越える時間が、閾時間tthを越える信号を、放電信号として抽出することができる。すなわち式(1)、(2)の双方を満たす信号の抽出が容易となる。
【0030】
ここで、放電信号よりも時間幅tの大きな信号を除外するために、次の式(2−1)のように、時間幅tの上限(閾時間tth2)を設定してもよい。
tth<t<tth2 …… 式(2−1)
このようにすると、スイッチングなどに起因する時間幅の大きな信号をノイズとして除去できる。
【0031】
C.極性
条件Cおよび次の条件Dは、振動の条件である。放電信号は、一般に、振動する信号であり、単一のパルス等では表されない。すなわち、放電信号は、極性が交互に変化する連続する複数の波として表される。
極性が交互に変化する条件は、次の式(3)で表すことができる。
P1*P2<0 …… 式(3)
式(3)は、波W1の極性P1と波W2の極性P2の積が負であること、すなわち、連続する波W1,W2の極性の正負が異なることを意味する。
【0032】
D.ピーク間隔tpp
波W1、W2の連続性(波W1、W2が結合していること)は、次の式(4)に示すように、ピーク間隔tppによって判定できる。
tb1・α≦tpp≦tb1・β …… 式(4)
ここで、0<α<β<1
【0033】
式(4)は、基本的には、ピーク間隔tppが波W1のベース幅tb1より小さいことを意味する(tpp≦tb1・β)。これは、波W1のベース幅tb1を基準として、波W1、W2の間隔(ピーク間隔tpp)がある程度小さいことを意味する。
【0034】
式(4)では、ピーク間隔tppの下限も設定されている(tb1・α≦tpp)。ベース幅tb1を基準として、ピーク間隔tppが小さすぎると、波W1,W2が振動として接続するのでは無く、一種の衝突に近い形で接続していると考えられる。
【0035】
以上のように、式(4)は、ピーク間隔tppの上限、下限を設定することで、波W1,W2が振動として接続していることを担保している。
【0036】
ここで、式(4)では、ベース幅tb1を基準として、ピーク間隔tppの上限および下限を制限している。ベース幅tb1以外に、半値幅tmまたは閾値幅ttを基準として、ピーク間隔tppの上限(および下限)を制限してもよい。すなわち、時間幅t一般を基準として、ピーク間隔tppの上限(および下限)を設定できる。
【0037】
E.ピーク強度比(V2/V1)
条件Eは、減衰の条件である。部分放電は、一般に、一時的(瞬時的)な現象であるから、放電信号は、減衰していく振動となる。減衰の条件は、次の式(5)で表すことができる。
V2/V1 ≦ γ …… 式(5)
ここで、0<γ<1
【0038】
式(5)は、波W2のピーク強度V2が、波W1のピーク強度V1より小さいことを意味する。この条件により、放送波などの連続的な振動(実質的に減衰しない振動)をノイズとして除去できる。連続的な振動では、波W1,W2のピーク強度V1,V2の比(V2/V1)は、ほぼ1となる(ピーク強度の時間的な変化が小さい)。
【0039】
以上のように、放電信号抽出部6aは、式(1)〜(5)に示す条件に基づいて、電磁波センサ2で受信された信号(電磁波の信号)から、放電信号を抽出する。このとき、必ずしも式(1)〜(5)の全てを適用しなくてもよい。式(1)〜(5)の一部のみを適用して、放電信号を抽出してもよい。例えば、次の信号(a)〜(c)を放電信号として抽出できる。
(a)閾強度Vthを越えるピーク強度Vを有する信号
(b)閾強度Vthを越えるピーク強度と、閾時間tthを越える時間幅tと、を有する信号
(c)極性P1を有する波W1と、この波W1と結合し、かつ極性P1と逆の極性P2を有する波W2と、を含む信号
既述のように、波W1、W2の結合の有無は、時間幅tに基づいて、波W1、W2の間隔(例えば、ピーク間隔tpp)の上限を設定することで判定できる。
【0040】
波形除去部6bは、放電信号抽出部6aの出力側に接続され、不要放電信号を除去する。具体的には、交流電圧の複数周期に亘る、複数の放電信号から、不要放電信号(位相上重なる放電信号のいずれか、例えば、より強度の小さい放電信号)が除去される。
【0041】
不要放電信号を除去するのは、後述の波形合成部6cによる合成後の波形の崩れを防止するためである。位相上重なる放電信号を除外しないと、合成後の波形が崩れ(例えば、放電信号の周波数が変化する)、時間−周波数変換の精度の低下を招く。
【0042】
ここで、複数の放電信号の位相上の重なりの有無は、ある周期での放電信号(波)の時間幅(例えば、ベース幅tbx)と、他の周期での放電信号の時間幅(例えば、ベース幅tby)が、位相の上で全部または一部が重なるか否かに基づいて、判定できる。放電信号を図3のような結合された2つの波W1,W2の組み合わせとする。この場合、放電信号の重なりの有無は、2つの波W1,W2全体の時間幅(例えば、ベース幅(tb1+tb2))が、異なる周期間で重なるか否かに基づいて、判定できる。
【0043】
なお、部分放電が単発的で(周期性が乏しい)、波形の重なりが少ない場合、一般に、波形の崩れは比較的小さい。この場合には、波形除去部6bによる不要波形除去の処理を省略してもよい。
【0044】
波形合成部6cは、波形除去部6bの出力側に接続され、電力機器7に印加される交流電圧の複数周期(複数サイクル)に亘る、複数の放電信号を1周期(1サイクル)に対応する波形に合成する。複数周期分の信号を1周期の波形に合成することにより、波形解析部6dによる時間−周波数解析(例えば、ウェーブレット変換)に要する時間を短縮できる。
【0045】
図4図5は、不要放電信号の除去の有無と、放電信号の合成の関係を表す。図4では、3周期((a)第1波〜(c)第3波)、図5では4周期((a)第1波〜(d)第4波)の放電信号を合成している。図4は、1周期の全体を示し、図5では合成される波形を拡大して示している。
【0046】
図4の(d)は、図4の(a)第1波〜(c)第3波を単純に波形合成した結果を示す。図4の(e)は、波形除去部6bによって、不要な放電信号を除去した後に、波形合成した結果を示す。図5の(e)は、図5の(a)第1波〜(d)第4波を単純に波形合成した結果を示す。図5の(f)は、波形除去部6bによって、不要な放電信号を除去した後に、波形合成した結果を示す。
【0047】
図5の(e)に示すように、複数の放電信号が重なり合った位相範囲では、波形の周波数が高くなり、放電信号本来の周波数と異なってくる。重なり合った波形(放電信号)を除去(カット)すると、図5の(f)に示すように、どの位相範囲でも同様の周波数成分を持った波形となる。このように、波形除去部6bによって、不要な放電信号を除去することによって、合成後の波形の崩れ(例えば、周波数の変化)を防止できる。
【0048】
波形解析部6dは、波形合成部6cの出力側に接続され、合成された放電信号を時間−周波数解析する。
時間−周波数変換とは、時間(位相)および周波数に対する波形の強度分布を求めることであり、ウェーブレット変換(連続ウェーブレット変換、離散ウェーブレット変換)、短時間フーリエ変換を用いることができる。
【0049】
ウェーブレット変換は、例えば、次の式(10)によって実行できる。
【0050】
マザーウェーブレットψ(t)を用いて、信号波形f(t)を変換し、ウェーブレット係数(Wψf)(b,a)を算出する。パラメータa,bを変化させて、それぞれのパラメータa,bにおけるウェーブレット係数(Wψf)(b,a)が算出される。
なお、ウェーブレット係数(Wψf)(b,a)は、数学上の行列で表現できる。
【0051】
パラメータa,bはそれぞれ、周波数、時間(位相)に対応することから、ウェーブレット係数(Wψf)(b,a)は、マザーウェーブレットψ(t)を基準とする、周波数、時間(位相)に対する信号波形f(t)の強度分布を表すことになる。
【0052】
式(10)は、連続ウェーブレット変換を表す。離散ウェーブレット変換は、離散的にサンプリングされた信号波形用のウェーブレット変換のアルゴリズムである。
【0053】
マザーウェーブレットψ(t)は、実際に得られた放電信号に基づいて作成できる。マザーウェーブレットψ(t)として、例えば、放電信号の代表的な波W1,W2の組み合わせを選択できる。このとき、複数の放電信号の持続時間(例えば、ベース幅tb1、tb2の和(tb1+tb2))の平均値およびピーク強度V1,V2の平均値(特に、ピーク強度V1,V2の比(V2/V1)の平均値)にマザーウェーブレットψ(t)の波形を対応させることが好ましい。実際の放電信号に対応する形状のマザーウェーブレットψ(t)を用いることで、時間−周波数解析の精度を向上できる。
【0054】
既述のように、波形合成に際して、不要放電信号(位相上重なる放電信号のいずれか)が除去されている。このため、合成された信号波形f1(t)のウェーブレット係数(Wψf1)(b,a)には、除去された放電信号f2(t)の情報は含まれない。このため、放電信号に多数の重なりが生じた場合には、時間−周波数解析の精度が低下する可能性がある。
【0055】
このため、時間−周波数解析の精度向上のため、次の式(11)のように、除去された放電信号f2(t)のウェーブレット係数(Wψf2)(b,a)を算出し、これを元のウェーブレット係数(Wψf1)(b,a)に加算することが考えられる。
(Wψf)(b,a)=(Wψf1)(b,a)+(Wψf2)(b,a)…式(11)
【0056】
ここでは、除去された放電信号f2(t)毎に、ウェーブレット係数(Wψf2)(b,a)を算出している。除去された放電信号f2(t)が複数(多数)ある場合には、除去された放電信号を波形合成して、信号波形f3(t)を生成してもよい。このとき、次の式(12)のように、この合成信号波形f3(t)のウェーブレット係数(Wψf3)(b,a)を元のウェーブレット係数(Wψf1)(b,a)に加算できる。
(Wψf)(b,a)=(Wψf1)(b,a)+(Wψf3)(b,a)…式(12)
【0057】
ここで、位相上重なる放電信号は、波形がほぼ同一であることが多い。これを利用して、除去された放電信号f2(t)のウェーブレット係数(Wψf2)(b,a)の算出を省略することも可能である。
この場合、不要な放電信号を除去する際に、位相上重なる放電信号の個数および重なる位相の範囲を求めておく。例えば、N個の放電信号が、位相θ1〜θ2(パラメータb1〜b2)の範囲で重なったとする。この場合、N個の放電信号中、(N−1)個の放電信号が除外され、1個の放電信号のみが信号合成の対象となる。合成された信号波形f1(t)のウェーブレット係数(Wψf1)(b,a)が算出される。
【0058】
このウェーブレット係数(Wψf1)(b,a)にパラメータb1〜b2の範囲で、整数Nを乗算することで、除去された放電信号を加味したウェーブレット係数(Wψf)(b,a)を算出できる。
(Wψf)(b,a)=N*(Wψf1)(b,a) …式(13)
b=b1〜b2
この整数Nは、他の放電信号と位相上重なる第2の放電信号に対応する値である。
【0059】
なお、位相θ1〜θ2(パラメータb1〜b2)の範囲外のウェーブレット係数(Wψf1)(b,a)は、そのまま維持される。
(Wψf)(b,a)=(Wψf1)(b,a) …式(14)
b<b1、b>b2
【0060】
以上では、重なる放電信号間の強度および位相の相違を無視している。これに対して、ウェーブレット係数(Wψf)(b,a)の算出に際し、位相上重なる放電信号間の強度および位相の相違を加味することも可能である。例えば、位相上重なる放電信号中残した放電信号f0を基準として、除外された他の放電信号fiの強度比がAi,位相のずれがΔθi(パラメータb上のずれΔbi)とする。
【0061】
この場合、次の式(15)のようにウェーブレット係数(Wψf)(b,a)を算出できる。
(Wψf)(b,a)=ΣAi*(Wψfi)(b−Δbi,a) …式(15)
【0062】
なお、強度比Ai、位相のずれΔθiは、図3の波W1のピークでの強度(ピーク電圧V)および位相に基づいて決定できる。
【0063】
積算・比較部6eは、次の式(16)のように、ウェーブレット係数(Wψf)(b,a)を基準周波数範囲(fr1〜fr2)内で加算する。基準周波数範囲は、例えば、50kHzから3MHzであり、診断対象の放電信号を考慮して選択される。
S=Σa、b(Wψf)(b,a) …式(16)
ここで、パラメータaは、基準周波数fr1〜fr2の範囲に対応するパラメータa1〜a2の範囲とする。
【0064】
積算・比較部6eは、加算値Sを基準値Sthと比較し、加算値Sが基準値Sthより大きいときに、絶縁不良と診断できる。基準値Sthは、例えば、実験的測定に基づいて決定できる。
【0065】
(絶縁診断方法)
図6は、実施形態に係る電力機器の絶縁診断方法を示す。以下、図6を参照して、絶縁診断方法を説明する。
【0066】
(1)データの取得(ステップS1)
電力機器7への交流電圧の印加に伴って、部分放電が発生する。電磁波センサ2が、この部分放電に伴う放電信号を受信する。
【0067】
(2)放電信号の抽出(ステップS2)
放電信号抽出部6aが、電力機器7に印加される交流電圧の複数周期に亘る、複数の放電信号を抽出する。このとき、連続して発生した放電信号を交流電圧の複数周期の周期(サイクル)毎に区分して抽出できる。図4の(a)〜(c)は、3周期に亘って発生した放電信号を示す。
既述のように、放電信号抽出部6aは、例えば、式(1)〜(5)を用いて、図3に示すような減衰振動の波形を有する放電信号を抽出できる。
【0068】
(3)波形の除去(ステップS3)
波形除去部6bは、不要放電信号(位相上重なる放電信号のいずれか、例えば、より強度の小さい放電信号)を除去する。
既述のように、複数の放電信号の位相上の重なりの有無は、ある周期での放電信号(波)のベース幅tbxと、他の周期での放電信号のベース幅tbyが、位相の上で全部または一部が重なるか否かに基づいて、判定できる。
【0069】
(4)波形の合成(ステップS4)
波形合成部6cは、複数周期(複数サイクル)に亘る、複数の放電信号を1周期(1サイクル)に対応する波形に合成する。
【0070】
(5)波形の解析(ステップS5)
波形解析部6dは、波形合成部6cの出力側に接続され、合成された放電信号を時間−周波数解析して、係数(例えば、ウェーブレット係数)を算出する。
波形解析部6dは、必要に応じて、例えば、式(11)〜(16)に基づいて、除去された放電信号を加味した係数を算出する。
【0071】
(6)積算・比較(ステップS6)
積算・比較部6eは、係数(例えば、ウェーブレット係数)を基準周波数範囲内で加算し、基準値Sthと比較することによって、絶縁不良を診断できる。
【0072】
図7は、時間−周波数解析結果の一例(気中放電による部分放電の例)を示す。図7の(a)は、電磁波センサ2で計測された信号(波形)を表す。図7の(b)は、抽出され波形合成された放電信号を表す。図7の(c)は、放電信号の時間−周波数解析(ウェーブレット変換)の結果を示す。すなわち、時間(位相)および周波数を表す平面上に信号の強度が一種の等高線として表される。
【0073】
図7の(a)の計測波形には、放電信号とノイズが重畳している。図7の(b)では、ピーク強度Vおよび時間幅tの下限を設定することで、放電信号を抽出し(具体的には、その強度が閾強度Vthを越える時間が、閾時間tthを越える信号を放電信号として抽出)、さらに3周期分波形合成している。この波形合成に際し、放電信号の位相上の重なりを除去している。
【0074】
位相180〜270°(50Hzで10〜15msの時間範囲)において、強度の大きなウェーブレット係数が存在する(範囲R1,R2)。特に、周波数が約3MHz付近において、強度の大きなウェーブレット係数が出現した(範囲R2)。この3MHz付近の周波数は、図7の(a)〜(c)を比べると判るように、強いノイズと重畳して存在する比較的微弱な放電信号SSに対応している。このように、ピーク強度Vおよび時間幅tの下限を設定することによって、ノイズと重複する放電信号を効果的に検出できる。
【0075】
上記実施形態の絶縁診断装置では、電力機器に印加される交流電圧の周期毎に振動性の放電信号を抽出し、位相上の重なりを除去し、波形合成後に時間−周波数解析する。この結果、比較的微弱な放電信号を精度よく検出でき、絶縁診断が容易となる。
【0076】
(変形例)
以下、変形例に係る絶縁診断装置を説明する。
図8は、変形例に係る電力機器の絶縁診断装置の構成を示す。図8に示すように、変形例に係る電力機器は、複数の電磁波センサ2a,2bをスイッチギヤの箱体1内の異なる箇所に設置している。
【0077】
電磁波センサ2a,2bで受信された電磁波の信号は、フィルタ4、アンプ5、および解析装置6(放電信号抽出部6a、波形除去部6b、波形合成部6c、波形解析部6d、積算・比較部6e、特定部6f)によって処理される。
【0078】
ここでは、判り易さのために、電磁波センサ2a,2bで受信された電磁波の信号が同一のフィルタ4等で処理されるように記載されている。実際には、フィルタ4、アンプ5、放電信号抽出部6a、波形除去部6b、波形合成部6cが複数存在し、電磁波センサ2a,2bからの信号を別個に処理するのが通例である。
【0079】
特定部6fは、電磁波センサ2a,2bそれぞれからの放電信号の間の時間差を算出し、電力機器7の放電箇所を特定する。放電発生源からアンテナへの距離L1、L2の差に応じて2つの受信信号間に遅延(遅延時間)が生じる。この遅延時間を用いて信号発生源の位置を特定することができる。
【0080】
但し、2つの電磁波センサ2a,2bのみでは、放電発生源の位置を1点に特定するのは困難である。一般に、電磁波センサの個数が2つの場合、放電発生源の特定範囲は所定の面内に留まる。それでも、放電発生源の存在範囲は限定されるため、2つの電磁波センサ2a,2bを用いる意義がある。
電磁波センサの個数を3つ以上として、放電発生源の存在範囲をさらに限定してもよい。
【0081】
この例では、電磁波センサ2a,2bからの信号は、波形合成後に、時間差を算出している。このように、合成された波形を用いることで、電磁波センサ2a,2bからの信号の時間差の算出精度を向上できる。
【0082】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
図1
図2A
図2B
図2C
図3
図4
図5
図6
図7
図8