【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のアルミニウム合金箔のうち、第1の形態は、Fe:1.0質量%以上1.8質量%以下、Si:0.09質量%以上0.20質量%以下、Cu:0.005質量%以上0.05質量%以下を含有し、Mn:0.01質量%以下に規制し、残部がAl及び不可避不純物からなる組成を有し、後方散乱電子回折(EBSD)による単位面積当たりの結晶方位解析において、方位差15°以上の大傾角粒界(HAGBs)と方位差2°以上15°未満の小傾角粒界(LAGBs)の長さの比「HAGBs/LAGBs>2.0」であり、集合組織としてCu方位密度40以下、及びR方位密度30以下である事を特徴とする。
【0008】
他の形態のアルミニウム合金箔の発明は、前記形態の発明において、Si:0.10質量%超0.20質量%以下であることを特徴とする。
【0009】
他の形態のアルミニウム合金箔の発明は、前記形態の発明において、圧延方向に対して0°、45°、90°の各方向の伸びが20%以上である事を特徴とする。
【0010】
他の形態のアルミニウム合金箔の発明は、前記形態の発明において、方位差15°以上の大傾角粒界に囲まれた結晶粒について、平均粒径が10μm以下、かつ最大粒径/平均粒径≦3.0である事を特徴とする。
【0011】
本発明のアルミニウム合金箔の製造方法は、前記各形態のアルミニウム合金箔の製造方法であって、前記形態の組成を有するアルミニウム合金の鋳塊に520〜560℃で6時間以上保持する均質化処理を行い、均質化処理後に圧延仕上り温度が230℃以上280℃未満となるように熱間圧延を行い、冷間圧延の途中で
、3時間以上、10時間未満、300〜400℃の中間焼鈍を行い、その後の最終冷間圧延率が90%以上であり、最終焼鈍を250〜350℃で10時間以上行う事を特徴とする。
【0012】
以下、本発明で規定する内容について説明する。
・Fe:1.0質量%以上1.8質量%以下
Feは、鋳造時にAl−Fe系金属間化合物として晶出し、サイズが大きい場合は焼鈍時に再結晶のサイトとなって再結晶粒を微細化する効果がある。1.0質量%未満では粗大な金属間化合物の分布密度が低くなりその微細化の効果が低く、最終的な結晶粒径分布も不均一となる。1.8質量%超では結晶粒微細化の効果が飽和もしくは低下し、さらに鋳造時に生成されるAl−Fe系化合物のサイズが非常に大きくなり、箔の伸びと圧延性が低下する。特に好ましい範囲は1.0質量%以上1.6質量%以下である。
【0013】
・Si:0.09質量%以上0.20質量%以下
SiはFeと共に金属間化合物を形成するが、過剰に添加した場合には化合物のサイズの粗大化、及び分布密度の低下を招く。含有量が上限を超えると、粗大な晶出物による伸びや成形性の低下、さらには最終焼鈍後の再結晶粒サイズ分布の均一性が低下する懸念がある。また、SiはFeの析出を促進する効果がある為、Siを規制しすぎるとFeの固溶量が多くなり焼鈍時の再結晶を強く抑制し、その場再結晶を多く生じる。最終焼鈍時にその場再結晶を生じると、再結晶粒組織の総結晶粒界に占める小傾角粒界の割合が多くなり、「HAGBs/LAGBs」の低下を招き、またCu方位やR方位の密度が増加する原因ともなる。これらの理由からSiの含有量を0.09質量%以上0.20質量%以下に定める。なお、同様の理由により、Si含有量の下限を0.10質量%超、上限を0.18質量%とするのが望ましく、さらにSi含有量の下限を0.12質量%とするのが一層望ましい。
【0014】
・Cu:0.005質量%以上0.05質量%以下
Cuはアルミニウム箔の強度を増加させ、伸びを低下させる元素である。一方ではAl−Fe系合金で報告されている冷間圧延中の過度な加工軟化を抑制する効果がある。0.005%未満の場合、加工軟化抑制の効果が低く、0.05%を超えると伸びが明瞭に低下する。好ましくは0.005%以上0.01%以下である。
【0015】
・Mn:0.01質量%以下
Mnはアルミニウム母相中に固溶する、あるいは非常に微細な化合物を形成し、アルミニウムの再結晶を抑制する働きがある。微量であればCuと同様に加工軟化の抑制が期待できるが、添加量が多いと中間焼鈍、及び最終焼鈍時の再結晶を遅延させ、微細で均一な結晶粒を得る事が困難となる。その為0.01%以下に規制する。より好ましくは0.005%以下である。
【0016】
・「HAGBs/LAGBs>2.0」
Al−Fe合金に限ったことではないが、焼鈍時の再結晶挙動によっては総結晶粒界に占める大傾角粒界(HAGBs)の長さL1と小傾角粒界(LAGBs)の長さL2の比率が変化する。最終焼鈍後にLAGBsの割合が多い場合は、たとえ平均結晶粒が微細であったとしても、L1/L2≦2.0の場合は局所的な変形を生じやすくなり伸びが低下する。このため、L1/L2>2.0とするのが望ましく、この規定を満たすことで、より高い伸びが期待できる。より好ましくは、上記比を2.5以上とする。大傾角粒界と小傾角粒界の長さは結晶粒径と同様にSEM−EBSDで測定する事が出来る。観察した視野の面積における大傾角粒界と小傾角粒界の総長さからL1/L2を算出する。
上記比率は、焼鈍時の加熱温度、冷間圧延率、そして均質化処理の条件等により調整することができる。
【0017】
・集合組織としてCu方位密度40以下、及びR方位密度30以下
集合組織は箔の伸びに大きな影響を及ぼす。Cu方位密度が40を超え、且つR方位密度も30を超えると、0°、45°、90°の伸び値に異方性が生じ、特に0°、90°方向の伸び値が低下してしまう。伸びに異方性が生じると、成型時に均一な変形が出来ず成形性が低下する。より好ましくはCu方位密度30以下、及びR方位密度20以下である。
上記方位密度は、焼鈍時の加熱温度、冷間圧延率、均質化処理条件、FeやSiの含有量により調整することができる。
【0018】
・圧延方向に対して0°、45°、90°の各方向の伸びが20%以上
高成形性には箔の伸びも重要であり、特に圧延方向に平行な方向を0°とし、0°、45°、そして圧延方向の法線方向である90°の各方向で伸びが高いことが望ましい。箔の伸び値は箔の厚さの影響を大きく受けるが、例えば厚さ40μmにおいて伸び20%以上であれば高い成形性が期待できる。
【0019】
・方位差15°以上の大傾角粒界に囲まれた結晶粒について、平均粒径が10μm以下、かつ最大粒径/平均粒径≦3.0である。
軟質アルミニウム箔は結晶粒が微細になることで、変形した際の箔表面の肌荒れを抑制することができ、高い伸びとそれに伴う高い成形性が期待できる。なお、この結晶粒径の影響は箔の厚みが薄い程大きくなる。高い伸び特性やそれに伴う高成形性を実現するには方位差15°以上の大傾角粒界に囲まれた結晶粒について、平均結晶粒径が10μm以下であることが望ましい。ただし平均結晶粒径が同じであっても、結晶粒の粒径分布が不均一である場合、局所的な変形を生じ易くなり伸びは低下する。そのため、平均結晶粒径を10μm以下とするだけでなく、最大粒径/平均粒径≦3.0とすることで高い伸び特性を得ることができる。
なお、平均粒径は8μm以下が好ましく、前記比は2.0以下が好ましい。
後方散乱電子回折(EBSD;Electron BackScatter Diffraction)によって単位面積あたりの結晶方位解析によって方位差15°以上の大傾角粒界マップを得る事が出来る。
上記性質は、FeやSiの含有量、均質化処理条件、焼鈍時の加熱温度、そして冷間圧延率によって調整することができる。
【0020】
・均質化処理:520〜560℃で6時間以上保持
ここでの均質化処理は鋳塊内のミクロ偏析の解消と金属間化合物の分布状態を調整する事を目的としており、最終的に微細で均一な結晶粒組織を得る為に非常に重要な処理である。均質化処理において、520℃未満の温度では鋳塊内のミクロ偏析を解消する為に非常に長い時間を要する為望ましくなく、金属間化合物の分布状態も適切にならない。また560℃を超える温度では晶出物が成長し、再結晶の核生成サイトとなる粒径1μm以上3μm未満の粗大な金属間化合物の密度が低下する為、結晶粒径が粗大になりやすい。また中間焼鈍や最終焼鈍時に目指す集合組織を得るためには、Feを出来るだけ析出させる必要がある。560℃を超える高温では若干ではあるがFeの再固溶を生じる為、Feの固溶量を抑えるためには560℃以下が望ましい。均質化処理に必要な時間は温度によって変わるが、いずれの温度でも最低6時間以上は確保する必要がある。6時間未満ではミクロ偏析の解消やFeの析出が不十分となる懸念がある。
【0021】
・熱間圧延の圧延仕上がり温度:230℃以上280℃未満
均質化処理後に熱間圧延を行う。熱間圧延においては仕上がり温度を280℃未満とし、再結晶を抑制する事が望ましい。熱間圧延仕上がり温度を280℃未満とする事で、熱間圧延板は均一なファイバー組織となる。このように熱間圧延後の再結晶を抑制する事で、その後の中間焼鈍板厚までに蓄積されるひずみ量が大きくなり、中間焼鈍時に微細な再結晶粒組織を得る事が出来る。この事は最終的な結晶粒の微細に繋がる。280℃以上では熱間圧延板の一部で再結晶を生じ、ファイバー組織と再結晶粒組織が混在する事になり、中間焼鈍時の再結晶粒径が不均一化し、それはそのまま最終的な結晶粒径の不均一化に繋がる。230℃未満で仕上げるには熱間圧延中の温度も極めて低温となる為、板のサイドにクラックが発生し生産性が大幅に低下する懸念がある。
【0022】
・中間焼鈍:300〜400℃
中間焼鈍は冷間圧延を繰り返す事で硬化した材料を軟化させ圧延性を回復させ、またFeの析出を促進し固溶Fe量を低下させる。300℃未満では再結晶が完了せず結晶粒組織が不均一になるリスクがある、また400℃を超える高温では再結晶粒の粗大化を生じ、最終的な結晶粒サイズも大きくなる。さらに高温ではFeの析出量が低下し、固溶Fe量が多くなる。固溶Fe量が多いと最終焼鈍時の再結晶が抑制され、Cu方位とR方位の密度が大幅に増加してしまう。
【0023】
・最終冷間圧延率が90%以上
中間焼鈍後から最終厚みまでの最終冷間圧延率が高い程、材料に蓄積されるひずみ量が多くなり最終焼鈍後の再結晶粒が微細化される。また結晶粒は冷間圧延の過程でも微細化されるため(Grain Subdivision)、その意味でも最終冷間圧延率は高い方が望ましい、具体的には最終冷間圧延率を90%以上とすることが望ましい。90%未満では蓄積ひずみ量の低下や圧延中の結晶粒微細化も不十分となり、最終焼鈍後の結晶粒サイズも大きくなる。またその場再結晶の割合も増え、方位差15°未満のLAGBsが増加しHAGBs/LAGBsが小さくなり、またCu方位密度とR方位密度も増加してしまう。これらの特性を考慮すると最終冷間圧延率は98%以上が好ましい。上限については材料の特性上のデメリットはないものの、99.9%を超える冷間圧延で薄箔を製造する事は、圧延性の低下につながりサイドクラックによる破断の増加も懸念される。
【0024】
・最終焼鈍:250℃〜350℃で10時間以上保持
最終冷間圧延後に最終焼鈍を行ない、箔を完全軟化させる。250℃未満の温度や10時間未満の保持時間では軟化が不十分な場合が生じ、350℃を超えると箔の変形や経済性の低下などが問題となる。保持時間の上限は経済性などの観点から24時間未満が好ましい。