(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
積層鉄心に形成された複数個の磁石挿入孔のそれぞれに、非磁化方向において負の熱膨張率を有する永久磁石を挿入し、その後、前記磁石挿入孔に樹脂を注入して、前記磁石挿入孔内で硬化させて、前記永久磁石を前記積層鉄心に固定する電機子の製造方法において、
前記積層鉄心が備える複数個の前記磁石挿入孔の全てに前記永久磁石を挿入して、その後に前記積層鉄心と前記永久磁石を加温して、前記積層鉄心が特定の温度範囲にある時に、特定の前記磁石挿入孔に前記樹脂を注入し、
その後、前記積層鉄心が前記特定の温度範囲と異なる別の温度範囲にある時に、別の前記磁石挿入孔に前記樹脂を注入する、
電機子の製造方法。
特定の前記磁石挿入孔に前記樹脂を注入した後に、前記積層鉄心を冷却して、前記積層鉄心が前記特定の温度範囲よりも低い温度になった時に、別の前記磁石挿入孔に前記樹脂を注入することを特徴とする、
請求項1に記載の電機子の製造方法。
特定の前記磁石挿入孔に前記樹脂を注入した後に、前記積層鉄心を加温して、前記積層鉄心が前記特定の温度範囲よりも高い温度になった時に、別の前記磁石挿入孔に前記樹脂を注入することを特徴とする、
請求項1に記載の電機子の製造方法。
【背景技術】
【0002】
IPMモータの回転子のような、積層鉄心の内部に永久磁石を埋め込んだ構造を持った電機子が知られている。IPMモータは、回転子鉄心の内部に永久磁石が埋め込まれているので、モータの回転中に遠心力で磁石が飛び出すことがなく、機械的な安全性が高い。また、IPMモータは、高効率で高トルクが得られる。そのため、IPMモータは、自動車用、鉄道車両用、その他産業用の動力源として、近年その利用が急速に拡大している。
【0003】
多くの場合、IPMモータを構成する回転子は、積層鉄心に形成された磁石挿入孔のそれぞれに永久磁石を挿入し、その後、磁石挿入孔に樹脂を注入して、磁石挿入孔内で樹脂を硬化させて、永久磁石を積層鉄心に固定している(特許文献1,2)。特許文献1には、永久磁石を積層鉄心の磁石挿入孔に挿入した後に、積層鉄心を加温して、その後に、樹脂を磁石挿入孔に注入することが記載されている(第0021〜0025段落)。
【0004】
また、IPMモータを構成する回転子に埋め込まれる永久磁石として、ネオジム(ネオジウム)磁石が知られている。ネオジム磁石は、磁束密度が高く、非常に強い磁力を持つので、ネオジム磁石を回転子に埋め込むと、小型で強力なモータが得られる。
【0005】
ネオジム磁石は、磁化(容易)方向において正の熱膨張率を示し、非磁化方向(磁化方向に直交する方向)において負の熱膨張率を示すことが知られている(特許文献3(第0049段落)、特許文献4(第0005段落))。つまり、ネオジム磁石を加温すると、ネオジム磁石は、磁化方向において膨張し、非磁化方向において収縮することが知られている。
【0006】
さて、積層鉄心は、圧延工程を経て製造された薄鋼板(その用途に基づいて「電磁鋼板」、あるいは合金成分に基づいて「珪素鋼板」と呼ばれる)を金型で打抜いて得られたコアシートを積層して構成される。回転子を構成するコアシートは、円形の輪郭を備えている。コアシートを打抜く金型の輪郭も真円にされている。しかしながら、真円の輪郭を有する金型で薄鋼板を打抜いても、コアシートの輪郭が楕円になることがある。つまり、打抜き後にコアシートに歪みが生じることがある。
【0007】
例えば、特許文献5の第0007段落には、「外周が円形のステータコアシートにおいて、
図9に示すように電磁鋼板の圧延方向では外径寸法が大きくなり、圧延方向に直交する方向では外径寸法が小さくなる場合と、逆に電磁鋼板の圧延方向では外径寸法が小さくなり、圧延方向に直交する方向では外径寸法が大きくなる場合がある。」と記載されている。
【0008】
コアシートの歪みに起因する形状不良が生じた積層鉄心を回転電機のハウジングに取り付けると、ハウジングに歪みが生じる。ハウジングに歪みが生じると、回転電機に各種の不具合が生じる。また、形状不良が生じた積層鉄心をハウジングに焼き嵌めして取り付けると、一部において積層鉄心とハウジングの間に隙間が生じる。そのため、積層鉄心とハウジングの接触面積が小さくなる。その結果、積層鉄心の固定が不十分になり、高負荷運転時に積層鉄心の固定が回転電機の発生トルクに負けて、積層鉄心が回ってしまうおそれがあった。
【0009】
特許文献5に記載の発明は、上記の問題を解決するために、回転電機のハウジングにおいて、打抜かれたステータコアシートの外径寸法が正規寸法より大きくなる部位が当接する位置を非固定位置にして、正規寸法に対する外径寸法の差が小さい部位が当接する位置を固定位置にしている。
【0010】
特許文献5に記載の発明によれば、積層鉄心とハウジングの形状の不一致に起因する諸問題は解決されるかも知れない。しかしながら、積層鉄心の形状不良そのものは改善されない。そのため、特許文献5に記載の発明によっては、積層鉄心の形状不良に起因する問題、例えば、回転子と固定子の間の間隙(エアギャップ)の変動に起因して生じるトルク変動や振動の問題は解決されない。
【0011】
もっとも、積層鉄心の形状不良の発生を抑制することを目的とする発明は、既に出願されている。例えば、特許文献6には、打抜き金型の切り刃の真円度を、無方向性電磁鋼板の伸び率に応じて制御することを特徴とする無方向性電磁鋼板の打抜き方法が開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献6によれば、打抜き金型の切り刃の真円度を制御することによって、コアシートの輪郭を真円にすることができるとされている。その結果、積層鉄心の形状不良は解消され、回転電機の出力トルクの変動も解消されるとされている。しかしながら、特許文献6には、重量%で、Si:4%以下、Al:2%以下を含有する無方向性電磁鋼板を打抜く場合に適用される打抜き金型の切り刃の真円度の制御式は開示されているが、その他の場合の制御式は開示されていない。そのため、特許文献6に記載の発明は、上記の無方向性電磁鋼板を打抜く場合には適用できるが、その他の場合には適用できないという問題がある。つまり、上記の電磁鋼板以外の鋼板を打抜いてコアシートを製造する場合、特許文献6に記載の発明では、コアシートの歪みを解消することができない。
【0014】
そのため、特許文献6に記載の発明には、上記の電磁鋼板以外の鋼板からなるコアシートを積層して構成される電機子については、形状不良を改善して、形状不良に起因する諸問題を解消することができないという問題がある。
【0015】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、電機子の形状不良を改善して、形状不良に起因する諸問題を解消できる電機子の製造方法であって、積層鉄心を構成する鋼板の種類に関係なしに適用できる、汎用性の高い電機子の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係る電機子の製造方法は、積層鉄心に形成された複数個の磁石挿入孔のそれぞれに、非磁化方向において負の熱膨張率を有する永久磁石を挿入し、その後、磁石挿入孔に樹脂を注入して、磁石挿入孔内で硬化させて、永久磁石を積層鉄心に固定する電機子の製造方法において、
積層鉄心が備える複数個の磁石挿入孔の全てに永久磁石を挿入して、その後に積層鉄心
と永久磁石を加温して、積層鉄心が特定の温度範囲にある時に、特定の磁石挿入孔に樹脂を注入し、その後、積層鉄心が特定の温度範囲と異なる別の温度範囲にある時に、別の磁石挿入孔に樹脂を注入するものである。
【0017】
特定の磁石挿入孔に樹脂を注入した後に、積層鉄心を冷却して、積層鉄心が特定の温度範囲よりも低い温度になった時に、別の磁石挿入孔に樹脂を注入するようにしても良い。
【0018】
特定の磁石挿入孔に樹脂を注入した後に、積層鉄心を加温して、積層鉄心が特定の温度範囲よりも高い温度になった時に、別の磁石挿入孔に樹脂を注入するようにしても良い。
【0019】
特定の磁石挿入孔は、積層鉄心の素材の圧延方向に対して特定の角度をなす方向に配列された一群の磁石挿入孔であっても良い。
【0020】
1個の磁石挿入孔に樹脂を注入する度に、積層鉄心の温度を変更して、その後で、別の磁石挿入孔に樹脂を注入するようにしても良い。
【0021】
積層鉄心の温度が、120℃から200℃の範囲にある時に、磁石挿入孔に樹脂を注入するようにしても良い。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、積層鉄心の内部に永久磁石を埋め込んで構成される電機子の形状不良を矯正することができる。その結果、該電機子を備える回転電機においてトルク変動等の不具合の発生が抑制され、回転電機の性能が向上する。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態に係る電機子の製造方法について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0025】
(製造装置)
図1は本発明の実施形態に係る電機子の製造装置1の構成を示す平面図である。
図1に示すように、製造装置1は、搬送コンベア2、予熱装置3及び樹脂封止装置4を備えている。また、製造装置1は、コンピュータ100を備えていて、搬送コンベア2、予熱装置3及び樹脂封止装置4は、コンピュータ100に制御されて動作する。
【0026】
(搬送コンベア)
搬送コンベア2は、
図1において製造装置1の左側に配置された図示しない上流工程で製造された積層鉄心6を製造装置1に搬入する装置である。製造装置1における処理を終えた積層鉄心6は、搬送コンベア2によって、
図1において製造装置1の右側に配置された図示しない下流工程に搬出される。
【0027】
上流工程から製造装置1に搬入された積層鉄心6は、図示しない移送装置によって、搬送コンベア2から予熱装置3に移送される。予熱装置3は積層鉄心6を加温して、予熱装置3の温度を事前に決められた温度まで昇温させる装置である。予熱装置3の詳細な構成については後述する。
【0028】
予熱装置3における加温が完了した積層鉄心6は、搬送コンベア2に戻され、図示しない別の移送装置によって、搬送コンベア2から樹脂封止装置4に移送される。樹脂封止装置4では、積層鉄心6に樹脂が注入充填される。樹脂充填が完了した積層鉄心6は、樹脂封止装置4から取り出され、搬送コンベア2に戻され、図示しない下流工程に搬出される。樹脂封止装置4の詳細な構成については後述する。
【0029】
(予熱装置)
予熱装置3は、
図2に示すように、積層鉄心6が載置された搬送トレイ5を載置する下部加熱部31と、設置場所に固定される固定架台32を備えている。固定架台32には下部加熱部31を上下に昇降させる昇降手段(例えば、ジャッキ)33が固定されている。また、予熱装置3は、昇降手段33により上限位置まで上昇された積層鉄心6(
図2において、破線で示す)の上方に位置する上部加熱部34と、この積層鉄心6を側方から取り囲む側部加熱部35とを有している。この側部加熱部35は、横方向に二分割され、分割された部分を、積層鉄心6を中心として水平方向(
図2おいて矢印で示す)に移動することで開閉可能に構成されている。また、予熱装置3が備える各加熱部31、34、35には図示しない電熱ヒータが設けられ、この電熱ヒータにより積層鉄心6を加熱している。また、前述したように、予熱装置3は、コンピュータ100に制御されて動作する。
【0030】
(樹脂封止装置)
樹脂封止装置4は、
図3に示すように、積層鉄心6が載置された搬送トレイ5を載置する下型41と、積層鉄心6の上に載置される上型42とを備えている。また、積層鉄心6と上型42の間にはダミープレート7が挟持されている。つまり、ダミープレート7の下面は積層鉄心6の上面に当接し、ダミープレート7の上面は、上型42の下面に当接している。なお、ダミープレート7は上型42から積層鉄心6の磁石挿入孔61に注入された樹脂材8が、積層鉄心6の上面で広がって、積層鉄心6の上面に付着することを防ぐ一種のカバーである。ダミープレート7はカルプレートとも呼ばれる。
【0031】
上型42は、積層鉄心6が備える磁石挿入孔61と同数の樹脂注入口43を備えている。つまり、上型42には、積層鉄心6が備える磁石挿入孔61と1対1で対応するように、樹脂注入口43が配置されている。各樹脂注入口43は上型42を上下に貫通している。
【0032】
ダミープレート7の、上型42の樹脂注入口43に当接する部位には、樹脂注入口71が設けられている。磁石挿入孔61に充填される樹脂材8は、溶融された液の状態で、上型42の樹脂注入口43と、ダミープレート7の樹脂注入口71を通って、磁石挿入孔61に注入される。なお、各磁石挿入孔61には、上流工程において、永久磁石9が挿入されている。磁石挿入孔61に注入された樹脂材8は、磁石挿入孔61内で硬化して、永久磁石9を磁石挿入孔61内に固定する。
【0033】
各樹脂注入口43にはプランジャー44が取り付けられている。プランジャー44は、図示しない樹脂供給装置から供給されて、樹脂注入口43内で保持された樹脂材8を磁石挿入孔61に向けて押し出す部材である。プランジャー44は図示しないアクチュエータで駆動される。また、樹脂封止装置4が備える複数個のプランジャー44(を駆動する図示しないアクチュエータ)は、コンピュータ100に制御されて、一斉に、又は個別に、又は群毎に動作する。そのため、樹脂封止装置4は、積層鉄心6が備える全ての磁石挿入孔61に樹脂材8を一斉に注入充填することができる。また、樹脂封止装置4は、積層鉄心6が備える全ての磁石挿入孔61に、それぞれ個別に、異なるタイミングで樹脂材8を注入充填することもできる。また、樹脂封止装置4は、積層鉄心6が備える全ての磁石挿入孔61を複数の群に分割して、該群毎に、異なるタイミングで樹脂材8を注入充填することもできる。
【0034】
(積層鉄心)
次に、積層鉄心6の構成と構造を説明する。積層鉄心6は、回転電機の電機子(例えば、IPMモータの回転子)を構成する部品であって、
図4(b)に示すように、複数の素板10を積層して構成されている。また、
図4(a)に示すように、積層鉄心6には、16個の磁石挿入孔61が形成されている。磁石挿入孔61は積層鉄心6の中心を中心とする円周上に配列されている。前述したように、磁石挿入孔61には永久磁石9が挿入されていて、永久磁石9は磁石挿入孔61内に充填された樹脂材8によって積層鉄心6に固定されている。また、積層鉄心6の中心には積層鉄心6を貫通する軸穴62が形成されている。軸穴62には図示しない回転電機の回転軸が挿嵌される。
【0035】
積層鉄心6を構成する素板10は、
図5に示すように、帯板状のブランク11から打抜かれて形成される。ブランク11は図示しない圧延機によって製造され、ロール状に巻き取られたコイルの形で、素板10の製造工程に供給される。そして、ブランク11は図示しないコイルから引き出されて、
図5において左から右に移送されて、逐次、加工される。つまり、第1の工程において、ブランク11から磁石挿入孔61が打抜かれ、その後、ブランク11は第2工程に移送される。第2工程では、ブランク11から軸穴62が打抜かれ、その後、ブランク11は第3工程に移送される。第3工程では、ブランク11から外輪63が打抜かれ、第4工程では、素板10がブランク11から分離される。なお、前述したように、ブランク11はロール状に巻き取られたコイルから引き出されるので、ブランク11の長手方向(
図5において左右方向)はブランク11の圧延方向に一致する。また、素板10を積層する工程においては、各素板10の圧延方向が同一方向を向くように、向きを揃えて積層している。つまり、
図4(a)において、積層鉄心6の最上層にある素板10が、圧延方向が
図4(a)の左右方向になるように置かれる場合、積層鉄心6を構成する全ての素板10は、圧延方向が
図4(a)の左右方向になるように置かれる。
【0036】
(第1の実施形態)
次に、
図6を参照して、本発明の第1の実施形態に係る電機子の製造方法を説明する。
図6は積層鉄心6の平面図である。なお、
図6においては、16個の磁石挿入孔61のそれぞれに、添え字a,b,‥‥pを添えて、磁石挿入孔61のそれぞれを区別している。
【0037】
第1の実施形態では、16個の磁石挿入孔61a,61b,‥‥61pを2群に分割する。すなわち、磁石挿入孔61a,‥‥61dと磁石挿入孔61i,‥‥61lを第1群とする。そして磁石挿入孔61e,‥‥61hと磁石挿入孔61m,‥‥61pを第2群とする。
図6に示すように、第1群に属する磁石挿入孔61は、積層鉄心6を構成する素板10の圧延方向に平行する方向に配列されている。第2群に属する磁石挿入孔61は、積層鉄心6を構成する素板10の圧延方向に直交する方向に配列されている。
【0038】
第1の実施形態においては、まず、積層鉄心6を予熱装置3において、180℃以上に加温する。そして、積層鉄心6を樹脂封止装置4に搬入して、積層鉄心6の温度を計測する。積層鉄心6の温度を計測する手段は任意である。樹脂封止装置4の下型41あるいは上型42に熱電対のような接触式の温度センサを備えても良いし、樹脂封止装置4の周囲に、赤外放射温度計のような非接触式の温度センサを備えても良い。そして、積層鉄心6の温度が180℃になったら、第1群に属する磁石挿入孔61(61a,‥‥61dと61i,‥‥61l)に樹脂材8を注入する。第1群に属する磁石挿入孔61への樹脂材8の注入が完了したら、積層鉄心6を自然冷却する。そして、積層鉄心6の温度が170℃になったら、第2群に属する磁石挿入孔61(61e,‥‥61hと61m,‥‥61p)に樹脂材8を注入する。第2群に属する磁石挿入孔61への樹脂材8の注入が完了したら、積層鉄心6を自然冷却する。積層鉄心6が冷却されて、磁石挿入孔61に注入された樹脂材8が硬化したら、積層鉄心6を樹脂封止装置4から搬出する。
【0039】
なお、予熱装置3における積層鉄心6の加温目標は、第1群に属する磁石挿入孔61へ樹脂材8を注入する温度(180℃)に、積層鉄心6を予熱装置3から樹脂封止装置4に搬送する間に生じる温度低下をマージンとして加えた値である。つまり、予熱装置3において、積層鉄心6が180+α℃まで加温される場合、αは積層鉄心6を予熱装置3から樹脂封止装置4に搬送する間に生じる温度低下に相当する。
【0040】
(第2の実施形態)
本発明に係る電機子の製造方法は、16個の磁石挿入孔61を2群に分割して、異なる温度条件の下で各群に樹脂材8を注入するものには限定されない。16個の磁石挿入孔61を3群以上に分割して、異なる温度条件の下で各群に樹脂材8を注入するようにしても良い。そこで、第2の実施形態においては、
図7に示すように、16個の磁石挿入孔61を、3群に分割する。つまり、磁石挿入孔61b,61c,61j,61kを第1群、磁石挿入孔61d,61e,61h,61i,61l,61m,61p,61aを第2群、磁石挿入孔61f,61g,61n,61oを第3群にする。
【0041】
そして、積層鉄心6を予熱装置3において、180℃以上に加温する。その後、積層鉄心6を樹脂封止装置4に搬入して、積層鉄心6の温度を計測する。積層鉄心6の温度が180℃になったら、第1群に属する磁石挿入孔61(61b,61c,61j,61k)に樹脂材8を注入する。第1群に属する磁石挿入孔61への樹脂材8の注入が完了したら、積層鉄心6を自然冷却する。そして、積層鉄心6の温度が160℃になったら、第2群に属する磁石挿入孔61(61d,61e,61h,61i,61l,61m,61p,61a)に樹脂材8を注入する。第2群に属する磁石挿入孔61への樹脂材8の注入が完了したら、積層鉄心6を自然冷却する。そして、積層鉄心6の温度が140℃になったら、第3群に属する磁石挿入孔61(61f,61g,61n,61o)に樹脂材8を注入する。積層鉄心6が冷却されて、磁石挿入孔61に注入された樹脂材8が硬化したら、積層鉄心6を樹脂封止装置4から搬出する。なお、予熱装置3における積層鉄心6の加温目標も、第1群に属する磁石挿入孔61へ樹脂材8を注入する温度(180℃)に、積層鉄心6を予熱装置3から樹脂封止装置4に搬送する間に生じる温度低下をマージンとして加えた値である。
【0042】
(形状不良の矯正)
最後に、
図8を参照して、第1及び第2の実施形態に係る方法によって、積層鉄心6の形状不良が矯正される原理を説明する。
図8(a)は、常温における積層鉄心6の磁石挿入孔61と永久磁石9の形状を示す平面図である。永久磁石9は、ネオジム磁石であって、方向によって磁化容易性能が異なっている。
図8の各図において、X軸は永久磁石9の磁化(容易)軸を示し、Y軸は永久磁石9の非磁化軸を示している。つまり、永久磁石9は、磁化(容易)軸がX軸と一致し、非磁化軸がY軸と一致するように、磁石挿入孔61内に配置されている。また、ネオジム磁石、すなわち、永久磁石9は、磁化軸(X軸)方向において、正の熱膨張率を有し、非磁化軸(Y軸)方向において、負の熱膨張率を有している。そのため、永久磁石9を加温すると、永久磁石9はX軸方向において膨張し、Y軸方向において収縮する。
【0043】
図8(b)は、積層鉄心6を加温した場合の磁石挿入孔61と永久磁石9の形状を示す平面図である。この場合、磁石挿入孔61は、X軸及びY軸方向に膨張する(寸法が拡大する)。永久磁石9は、X軸方向において膨張(寸法が拡大)し、Y軸方向において収縮(寸法が縮小)する。その結果、磁石挿入孔61と永久磁石9の間の隙間が拡大する。特に、Y軸方向の隙間が拡大する。
【0044】
このように、積層鉄心6を加温した状態で、磁石挿入孔61に樹脂材8を注入すると、
図8(c)に示すように、磁石挿入孔61と永久磁石9の間の隙間に樹脂材8が充填される。
【0045】
磁石挿入孔61に樹脂材8を注入した後で、積層鉄心6を冷却して、積層鉄心6の温度を常温に戻すと、磁石挿入孔61と永久磁石9の間の隙間に充填された樹脂材8は硬化する。この時、磁石挿入孔61は、X軸及びY軸方向に収縮する(寸法が縮小する)。永久磁石9は、X軸方向において収縮(寸法が縮小)し、Y軸方向において膨張(寸法が拡大)する。つまり、磁石挿入孔61と永久磁石9は
図8(a)に示された形状に戻ろうとする。しかしながら、
図8(d)に示すように、磁石挿入孔61と永久磁石9の間の隙間に樹脂材8が充填されているので、磁石挿入孔61のY軸方向の寸法は元の寸法(
図8(a)に示された寸法)には戻らない。磁石挿入孔61は、内側から、永久磁石9と樹脂材8によって、Y軸方向に押圧される。そのため、磁石挿入孔61のY軸方向の寸法は拡大する。その結果、積層鉄心6も、磁石挿入孔61の周囲において、Y軸方向の寸法を拡大する方向に変形する。なお、
図8(d)において矢印付きの太実線は、この時に磁石挿入孔61に作用する押圧力を示している。
【0046】
また、
図8(a)に示す状態に対する
図8(d)に示す状態における積層鉄心6のY軸方向の寸法の差違は、積層鉄心6に樹脂材8を注入する際の、積層鉄心6の温度によって変化する。樹脂材8を注入する際の積層鉄心6の温度を比較的に高温にすれば、
図8(b)に示す状態における、磁石挿入孔61と永久磁石9の間の隙間は大きくなる。そのため、磁石挿入孔61内に注入される樹脂材8の量が増加する。そして、
図8(d)に示す状態において、磁石挿入孔61と永久磁石9の間のY軸方向の隙間に充填された樹脂材8の厚さが増大する。その結果、磁石挿入孔61と積層鉄心6はY軸方向に大きく拡大する。
【0047】
一方、樹脂材8を注入する際の積層鉄心6の温度を低温にすれば、高温にした場合に比べて、
図8(b)に示す状態における、磁石挿入孔61と永久磁石9の間の隙間は小さくなる。そのため、磁石挿入孔61内に注入される樹脂材8の量は減少する。そして、
図8(d)に示す状態において、磁石挿入孔61と永久磁石9の間のY軸方向の隙間に充填された樹脂材8の厚さは縮小する。その結果、磁石挿入孔61と積層鉄心6のY軸方向の寸法の拡大量は小さくなる。
【0048】
このように、樹脂材8を注入する際の積層鉄心6の温度を加減することによって、注入された樹脂材8が硬化した後で生じる磁石挿入孔61と積層鉄心6のY軸方向の寸法の拡大量を加減することができる。そして、この現象を利用して、積層鉄心6の形状不良を矯正することができる。つまり、Y軸方向の寸法を大きく拡大したい位置にある磁石挿入孔61に対しては、積層鉄心6の温度を大きく高めて樹脂材8を注入し、それ以外の磁石挿入孔61に対しては、積層鉄心6の温度を比較的に低くして樹脂材8を注入することによって、積層鉄心6の形状を修正することができる。
【0049】
前記第1の実施例においては、第1群に属する磁石挿入孔61は樹脂材8の硬化後にY軸方向の寸法が比較的に大きく拡大する。第2群に属する磁石挿入孔61の、樹脂材8の硬化後のY軸方向の寸法の拡大量は、第1群に属する磁石挿入孔61に比べて小さい。前記第2の実施例においても、第1群に属する磁石挿入孔61は樹脂材8の硬化後にY軸方向の寸法が比較的に大きく拡大する。第2群に属する磁石挿入孔61の、樹脂材8の硬化後のY軸方向の寸法の拡大量は、樹脂材8の硬化後の磁石挿入孔61のY軸方向の寸法拡大量は、第1群が最も大きく、第2群がこれに次ぎ、第3群が最も小さい。
【0050】
以上、説明したように、本発明の実施形態によれば、積層鉄心6の内部に永久磁石9を埋め込んで構成される電機子の形状不良を矯正することができる。その結果、該電機子を備える回転電機においてトルク変動等の不具合の発生が抑制され、回転電機の性能が向上する。また、上記実施形態に係る電機子の製造方法は、積層鉄心を構成する鋼板の種類に関係なしに適用できる。
【0051】
しかしながら、本発明の技術的範囲は、上記実施形態によっては限定されない。本発明は特許請求の範囲に記載された技術的思想の限りにおいて、自由に、変形、応用又は改良して実施することができる。
【0052】
例えば、樹脂材8を注入する際の積層鉄心6の温度を変更する単位は、「磁石挿入孔61の群」には限定されない。磁石挿入孔61毎に積層鉄心6の温度を変更して、樹脂材8を注入するようにしても良い。また、「群」を構成する磁石挿入孔61の個数も任意である。
【0053】
また、上記第1の実施形態においては、「積層鉄心6の素材の圧延方向に対して特定の角度をなす方向」の具体例として、「素板10の圧延方向に平行する方向」と「素板10の圧延方向に直交する方向」を例示した。しかしながら、「特定の角度をなす方向」は「平行する方向」や「直交する方向」には限定されない。「特定の角度」は任意に選択することができる。
【0054】
上記実施形態においては、製造装置1において、樹脂封止装置4とは別個に予熱装置3を備える例を示したが、予熱装置3は樹脂封止装置4と一体に構成されても良い。例えば、樹脂封止装置4に熱源を取り付けて、積層鉄心6を樹脂封止装置4に取り付けた状態で、積層鉄心6を加温できるようにしても良い。
【0055】
上記実施形態においては、積層鉄心6を加温する熱源として、予熱装置3に電熱ヒータを備える例を示した。しかしながら、予熱装置3が備える熱源、及び予熱装置3と樹脂封止装置4を一体に構成する場合に樹脂封止装置4が備える熱源は、電熱ヒータには限定されない。該熱源は、誘導加熱又は熱風によって、積層鉄心6を加熱するものであっても良い。あるいは、該熱源は、電熱ヒータによる加熱、誘導加熱、及び熱風による加熱のいずれか2以上を組み合わせて、積層鉄心6を加熱するものであっても良い。
【0056】
上記実施形態においては、樹脂封止装置4において、積層鉄心6を冷却しながら磁石挿入孔61に樹脂材8を注入する例を示した。つまり、積層鉄心6が特定の温度範囲にある時に、特定の磁石挿入孔61に樹脂材8を注入した後に、積層鉄心6を冷却して、積層鉄心6が前記特定の温度範囲よりも低い別の温度範囲になった時に、別の磁石挿入孔61に樹脂材8を注入する例を示した。しかしながら、本発明の技術的範囲は、このような物には限定されない。積層鉄心6を加温しながら磁石挿入孔61に樹脂材8を注入するようにしても良い。例えば、樹脂封止装置4に積層鉄心6を加温する熱源を備える場合に、積層鉄心6が特定の温度範囲にある時に、特定の磁石挿入孔61に樹脂材8を注入した後に、積層鉄心6を加温して、積層鉄心6が前記特定の温度範囲よりも高い別の温度範囲になった時に、別の磁石挿入孔61に樹脂材8を注入するようにしても良い。
【0057】
上記第1の実施形態においては、積層鉄心6の温度が180℃である時に、第1群に属する磁石挿入孔61に樹脂材8を注入し、積層鉄心6の温度が170℃である時に、第2群に属する磁石挿入孔61に樹脂材8を注入する例を示した。この場合、180℃が「特定の温度範囲」に相当し、170℃が「別の温度範囲」に相当する。また、上記第2の実施形態においては、積層鉄心6の温度が180℃である時に、第1群に属する磁石挿入孔61に樹脂材8を注入し、積層鉄心6の温度が160℃である時に、第2群に属する磁石挿入孔61に樹脂材8を注入し、積層鉄心6の温度が140℃である時に、第3群に属する磁石挿入孔61に樹脂材8を注入する例を示した。この場合、180℃が「特定の温度範囲」に相当し、160℃が「特定の温度範囲」又は「別の温度範囲」に相当し、140℃が「別の温度範囲」に相当する。しかしながら、「特定の温度範囲」と「別の温度範囲」はこれらには限定されない。「特定の温度範囲」と「別の温度範囲」は任意に選択し設定することができる。もっとも、積層鉄心6の温度が高すぎると磁石挿入孔61に注入された樹脂材8が変質する可能性がある。積層鉄心6の温度が低すぎると磁石挿入孔61に注入された樹脂材8の流動性が低下するので好ましくない。したがって、「特定の温度範囲」と「別の温度範囲」は120℃から200℃の範囲で選択し設定することが望ましい。
【0058】
上記実施形態では、「特定の温度範囲」と「別の温度範囲」を180℃あるいは170℃、140℃のようにピンポイントで設定する例を示したが、本発明は「温度範囲」をピンポイントで設定するものには限定されない。「温度範囲」は上限又は下限で設定されても良いし、上限と下限で設定されても良い。
【0059】
上記実施形態では、「非磁化方向において負の熱膨張率を有する永久磁石」の具体例としてネオジム磁石を例示したが、「非磁化方向において負の熱膨張率を有する永久磁石」はネオジム磁石には限定されない。本発明は、現存する、あるいは将来出現するであろう「非磁化方向において負の熱膨張率を有する永久磁石」を備える電機子の製造に広く適用される。
【0060】
上記実施形態では、電機子の具体例としてIPMモータの回転子を例示したが、本発明が適用される電機子は、IPMモータの回転子には限定されない。本発明が適用される電機子は、固定子であっても良いし、IPMモータ以外のモータが備える回転子又は固定子であっても良い。また、本発明が適用される電機子は、電動機を構成する電機子には限定されない。本発明は発電機を構成する電機子の製造にも適用される。