【実施例】
【0033】
以下、実施例により、本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
1.材料と方法
(1)センダイウイルス(SeV)ベクターの作製
温度感受性センダイウイルスベクターの作成および製造は、Banらの報告(非特許文献4)に従って行った。Oct3/4、Sox2、Klf4およびc-Mycのをもつ従来のタイプのSeVベクターもまた、房木らの報告(非特許文献2)に従って作成した。TS12ベクターを作成するために、D433A、R434AおよびK437Aを含む3つの変異をポリメラーゼ関連遺伝子(P)に導入した。TS15ベクターを作成するために、他の2つの変異、L1361CおよびL1558Iを、TS12のポリメラーゼ関連遺伝子(L)に挿入した。「スリーインワン」ベクターは、ヒトKLF4、OCT3/4、およびSOX2遺伝子を、
図1Aに記載されるように、その順にて、PとM遺伝子のコード領域の間に挿入した。各遺伝子は、E(エンド)、I(介在)およびS(スタート)配列によって挟み込んだ。
【0034】
(2)ヒトiPS細胞の維持
ヒトiPS細胞は、20%KNOCKOUT(商標)血清代替物(KSR、Invitrogen社)、2mMのL-グルタミン(ライフテクノロジーズ)、0.1mMの非必須アミノ酸(NEAA、SIGMA)、0.1mMの2 - メルカプトエタノール(SIGMA)、0.5%ペニシリンおよびストレプトマイシン(ナカライテスク、日本)および5 ng/mlの塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF、WAKO、日本)を補充したDMEM/F12(SIGMA)を含有するヒトiPS培地中でMMC処理したMEFフィーダー細胞上で維持した。
【0035】
(3)肝細胞様細胞への分化
肝細胞様細胞(HLC)誘導のために、iPS培養液を、セミコンフルエントヒトiPS細胞の培地から、2%のB27(ライフテクノロジー)、100ng/mlのアクチビンAおよび1mMの酪酸ナトリウム(NAB、シグマ)を補ったRPMI1640を含む胚性内胚葉分化培地へ切り替えた。NaBの濃度は、2日目に0.5mMに変更した。4日目に細胞を収集して、20%KSR、1mMのグルタミン、 1mMのNEAA、0.1mMの2-メルカプトエタノール(SIGMA)、1%のジメチルスルホキシド(DMSO、 SIGMA)を補ったDMEMを含有する肝分化培地中のマトリゲルでコートしたディッシュ上に再播種した。CXCR4発現を4日目にFACSによって調べた。11日目に細胞を収集し、8.3%のFBS、8.3%のトリプトースリン酸ブロス(SIGMA)、10mMのヒドロコルチゾン21-ヘミスクシネート(SIGMA)、1mMのインスリン(SIGMA)、2mMのグルタミン、 10ng/mlの肝細胞増殖因子(HGF、R&D)および20ng/mlのオンコスタチンM(OSM、R&D)を補充したL15培地(SIGMA)を含有する肝成熟培地中で再培養した。18日目に、細胞を様々な実験に使用した。ヒドロキシプロピルシクロデキストリン処置は、HLCsを、0.1mMまたは1mMのヒドロキシプロピルシクロデキストリンとともに4日間培養した。アネキシンおよびTUNEL染色のために、HLCsを、18日目から、それぞれ、4日間または1週間培養した。
【0036】
(4)核型分析
染色体のGバンド分析は、日本ジーン研究所株式会社(仙台)に依頼して、製造業者の手順に従って行った。
【0037】
(5)テラトーマ形成
MEFフィーダー層上で増殖させた、健康なボランティアおよび患者由来のiPS細胞株を、コラゲナーゼIV処理により回収し、NOD-SCID免疫不全マウスの精巣に注射した。触知可能な腫瘍が、注射後約8〜12週間で観察された。腫瘍試料を集め、10%ホルマリンで固定し、パラフィン包埋し、標準的な手順に従ってヘマトキシリン-エオシン染色処理した。
【0038】
(6)RNAの単離とPCR
総RNAを、セパゾール(登録商標)スーパーG試薬(ナカライテスク、日本)を用いて精製した。総RNAを、スーパースクリプトIII(Invitrogen)およびランダムプライマー(Invitrogen社)を用いてDNAに転写した。浜崎ら(Stem Cells, 30, 2437-2449, 2012)に記載の方法に従って、QuickTaq(商標)(TOYOBO、日本)を用いてRT-PCRを行った。Oct3/4、Sox2、Klf4およびc-Mycのために用いたプライマーは、内因性遺伝子の発現を検出するが、導入遺伝子は検出しないように設計した。センダイウイルスゲノムを検出するために、ネスティドRT-PCRを行った。プライマー配列および増幅条件を下記表1に記載する(上から配列番号1〜配列番号48とする。)。
【0039】
【表1】
【0040】
(7)ゲノム配列決定
NPC由来iPS細胞株におけるNPC1遺伝子の変異は、ダイレクト配列決定によって確認した。抽出したゲノムDNAをPCRによって増幅し、得られたPCR生成物をABI PRISM(商標)310ジェネティックアナライザー(Applied Biosystems社)により配列決定した。配列決定プライマーおよび増幅条件を下記表2に記載する(上から配列番号49〜配列番号56とする。)。
【0041】
【表2】
【0042】
(8)細胞染色および免疫細胞化学
アルカリホスファターゼ染色は白血球アルカリホスファターゼキット(SIGMA)を用いて行った。免疫細胞化学のために、細胞を、4%パラホルムアルデヒドを含むPBSにて、4℃で30分間固定した。核に局在する分子の検出のために、サンプルを、室温(RT)で15分間、0.2%のトリトンX-100で処理した。細胞を2%のFBSを含むPBSで3回洗浄し、次いで、一次抗体とともに2%のFBSを含むPBS中で、4℃で一晩インキュベートした。核は、ヨウ化プロピジウム(PI、WAKO、日本)および1 mg/mlのヘキスト33258 (Invitrogen)で染色した。一次および二次抗体のリストを、下記の表3に記載する。フィリピン染色のために、サンプルを、固定後3回PBSで洗浄し、1.5 mg/mlのグリシンを含むPBS中で、室温にて10分間インキュベートした。次いで、試料を、10%のFBSおよび50 mg/mlのフィリピン(SIGMA)を含有するPBSで処理した。データは、UV吸収(360/460)により算出し、IN CELL ANALYZER 6000(GEヘルスケア)のデベロッパーツールボックスソフトウェア(Developer Toolbox software)を用いて分析した。不溶性P62顆粒の数は、 IN CELL ANALYZER 6000(GEヘルスケア)で計数した。グリコーゲン蓄積を調べるために、肝細胞様細胞の過ヨウ素酸シッフ(PAS)染色を、PAS染色溶液(武藤化学薬品、東京、日本)を用いて、製造業者の手順書に従って行った。
【0043】
【表3】
【0044】
(9)イムノブロット解析
タンパク質溶解物をSDS-PAGEによって分離し、PVDF膜に転写した。LC3-IおよびLC3-IIを、抗LC3抗体(セル・シグナリング)によって検出した。データはα-チューブリン発現によって標準化した。HLCsをRIPA緩衝液に溶解した後に、不溶性P62は試料の遠心分離後ペレットとして回収した。
【0045】
(10)アルブミン産生分析
肝細胞様細胞のアルブミン産生を、製造業者の手順書に従って、ヒトアルブミンELISA定量キット(ベチルE80-129)により測定した。データは、試料中のアルブミン陽性のパーセンテージに対して標準化した。
【0046】
(11)セルサイズ分析
アルブミン陽性細胞の細胞サイズを、IN CELL ANALYZER 6000(GEヘルスケア)のデベロッパーツールボックスソフトウェアによって計算した。
【0047】
(12)インドシアニングリーン(ICG)分析
分化18日目の培養細胞を、37℃で30分間、1 mg/mlのICGで処理した。細胞をPBSで3回洗浄し、陽性細胞を分析した。次いで、細胞を5分間培地でインキュベートし、再び分析した。
【0048】
(13)ATPの測定
iPS細胞株に由来する肝細胞様細胞を、24時間、グルコースの非存在下でDMEM培地で培養し、次いで、6時間、10%FBSおよび高グルコースを含有するDMEM培地中で培養した。 ATPを、製造業者の手順書に従って、ATP測定キット(TOYO INK)により測定した。
【0049】
(14)MitoTrackersによるミトコンドリア染色
iPS細胞株に由来する肝細胞様細胞を、20分間、100nMのMitoTracker red CMXRos(モレキュラープローブ)の存在下で培養し、そしてFACSによって分析した。HLCsは、製造業者の手順書(Molecular Probe社)に従って、JC-1で染色した。JC-1染色の赤と緑の蛍光強度は、IN CELL ANALYZER 6000(GEヘルスケア)のデベロッパーツールボックスソフトウェアで測定した。
【0050】
(15)TUNEL染色
TUNEL染色は、製造業者の手順書に従って、APO-BrdUのTUNELアッセイキット(Invitrogen)により実施した。
【0051】
(16)アンモニア除去および尿素分泌活性
HLCsは、2日間、1mMの塩化アンモニウムを含む培地で培養した。上清を回収し、次いで、製造業者の手順書に従って、アンモニアおよび尿素の濃度を、それぞれ、アンモニアアッセイキット(SIGMA)および尿素比色アッセイキット(バイオビジョン)によって測定した。
【0052】
(17)シクロデキストリン
平均置換度5.0の2-ヒドロキシプロピル-α-シクロデキストリン(HPACD)、平均置換度4.7の2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン(HPBCD)、および平均置換度6.4の2-ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリン(HPGCD)は、日本食品化工(東京、日本)から入手した。
【0053】
(18)抗体染色およびFACS分析
分化したiPS細胞は、4日目に回収し、ビオチン結合マウス抗ヒトCXCR4抗体(R&D Systems)およびストレプトアビジン-アロフィコシアニン(SA-APC、eBioscience社)で染色した。アポトーシス細胞および死細胞の割合は、アネキシン(ベックマン・コールター)および7-アミノ-アクチノマイシンD(7-AAD、ベックマン・コールター)を用いたフローサイトメーターで測定した。
【0054】
2.結果
実施例1:ベクターの作製
4つの初期化因子(OCT3/4、SOX2、KLF4およびc-MYC)の配列をそれぞれもつ温度感受性センダイウイルス(SeV)ベクターを用いてiPS細胞を作成した。
本発明者らは、iPS細胞の作製効率を向上させ、細胞内にベクターが残っている時間を減少させるために、上記の因子のうち3つ、KLF4(K)、OCT3(O)およびSOX2(S)をタンデムにKOS方向につないだコード配列をもつ新しいTs-SeVベクター、TS12KOSを作成した(
図1)。TS12KOSベクターは、センダイウイルスRNAポリメラーゼのコンポーネントである、リン酸化タンパク質のラージタンパク質(L)結合ドメイン内にアラニン残基(D433A、R434A、およびK437A)を生じる3つの変異を含む。これらの3つの変異をもつSeVは、37℃でGFPの適度な発現を示すが、38℃を超える温度では弱い発現を示す。
【0055】
実施例2:TS-SeVベクターを用いたiPS細胞の作製
健康なボランティアおよび患者からの線維芽細胞は、発明者の各所属機関の倫理委員会によって承認されたプロトコルの下でインフォームドコンセント後に、皮膚生検の組織片から単離し作製した。皮膚サンプルを、10%のウシ胎児血清(FBS)を補充したダルベッコ改変必須培地(DMEM、ライフテクノロジーズ)中で細かく刻み、培養した。線維芽細胞が出現した後、それをiPS細胞誘導に用いた。
末梢血液細胞からのiPS細胞形成のために、単核細胞(MNCs)をFicall勾配によって単離した。 Tリンパ球を刺激するために、MNCsは、5日間IL-2とともに抗CD3抗体でコーティングしたディッシュ上で培養した。
iPS細胞は、ヒト皮膚由来線維芽細胞および刺激したTリンパ球から、関らの報告(2010)に従って作製した。簡単に述べると、48ウェルプレートのウェルあたり1×10
5のヒトMNCsと、6ウェルプレートのウェルあたり5×10
5細胞のヒト線維芽細胞を、感染1日前に播種し、次いで、3、10および30を含む多数の感染度(MOI)でセンダイウイルス(SeVの)ベクターを感染させた。血液細胞は2日間培養後、線維芽細胞は7日間培養後、感染した細胞をトリプシンにより採取し、マイトマイシンC(MMC)で処理したマウス胚線維芽(MEF)フィーダー細胞上で60mmディッシュ当たり5× 10
4個の細胞にて再播種した。翌日、培地を、ヒトiPS細胞培地に交換した。新しいセンダイウイルス感染培養物を1週間36 ℃で培養した。感染18〜25日後に、コロニーをつり上げ、ヒトiPS細胞培地中で再び培養した。センダイウイルスを除くために、iPS細胞の1または2継代で、培養温度を37℃から38℃に変更した。
【0056】
まず、健康なボランティアのヒト皮膚線維芽細胞からのiPS細胞の作製効率をTS12KOSと従来のSeVベクターで比較した(
図2)。誘導後28日目に、アルカリホスファターゼ(AP)陽性染色を示し、ヒト胚性幹(ES)様の形態を示すコロニー数をカウントした。iPS細胞の作製効率が、従来のベクターに比べて、TS12KOSベクターを用いた場合に有意に高かった。
【0057】
次いで、ヒト線維芽細胞からのiPS細胞作製に対する温度変化の効果を調べた。培養温度は、感染後最初の2週間、37℃から36°に変化させた場合、コロニー作製効率は高いまま維持されたが、感染後3週間以上、温度を下げた状態を継続したときは、効率は有意に減少した(
図3)。また、温度変化は、後の期間よりも感染後の第1および第2週が、より有効であった。したがって、最初の1週間のみの温度低下を以下の実験に用いた。
【0058】
実施例3:作製したiPS細胞の分析
TS12KOSベクターが従来のSeVベクターよりも容易にiPS細胞から除去されたかどうかを判断するためにウイルスRNAのネスティドRT-PCR(nested RT-PCR)分析を行った。個々のコロニーを広げて、様々な継代で、3日間、37℃から38℃へと温度をシフトした。従来のSeV感染では、継代1または2での温度上昇は、ウイルス除去を誘導しなかった。これに対して、TS12KOSベクターの場合、継代1または2での温度上昇は、それぞれ、84%および65%がウイルスゲノム陰性のiPS細胞様クローンであった(
図4)。これらの結果は、TS12KOSベクターが、iPS細胞形成効率やiPS細胞からのウイルスの除去の両方の点で、従来のSeVベクターよりも優れていることを示している。
【0059】
実施例4:ヒト末梢血細胞からのiPS細胞の作製
一つの目標は、ヒト末梢血細胞からiPS細胞を形成するための、安全で効率的なベクターの開発である。抗CD3抗体とインターロイキン2の両方で末梢Tリンパ球を刺激し、次いで、各種SeVベクターを感染させ、iPS細胞を作製した。iPS細胞の作製は、従来のSeVベクターよりもTS12KOSベクターを用いた時に有意に効率的であった(
図5A)。従来のSeV感染では、継代1または2での37℃から38℃への温度変化はいずれも、iPS細胞株からのベクターの排除を誘導しなかった。これに対し、TS12KOSベクターを同じ条件で用いた場合は、それぞれ、ウイルスゲノムが陰性であるクローンは65%および47%であった(
図5B)。従って、線維芽細胞を用いて得られた結果と同様に、末梢Tリンパ球由来のiPS様細胞からのTS12KOSベクターの除去も、従来のSeVベクターについて観察されたよりも早かった。
【0060】
TS12KOSベクターによって誘導された皮膚線維芽細胞および末梢血細胞から形成されたコロニーは、典型的なES細胞様形態を示し、多能性の典型的なマーカーのセットを発現した(データ示さず)。これらのiPS細胞株は、温度を上昇し、10継代以上培養した後でさえ、通常の46のXY核型を持っていた(データ示さず)。クローン株の多能性を確認するために、一つの細胞株を免疫不全マウスの精巣に移植した。 移植の12週間後、試験したiPS細胞株は、奇形腫を形成し、それは、三胚葉の全ての種類の誘導物を含んでいた(
図6)。すなわち、TS12KOSベクターで形成したiPS細胞株がiPS細胞の基準を満たしていた。
【0061】
実施例5:疾患の表現型を示すiPS細胞株の作製
細胞モデルとしての疾患由来iPS細胞の利用を確認するために、NPC1とNPC2遺伝子の変異に関連するライソゾーム蓄積症であるニーマン・ピック病C型(NPC)を標的とした。NPC1はエンドソームおよびライソゾーム間のトランスポーターとして機能し、NPC2は、NPC1と共同して、細胞内の分子を輸送する。NPC1とNPC2遺伝子の変異は、この輸送システムを乱し、ライソゾームにおける遊離コレステロールと糖脂質の蓄積をもたらす。TS12KOSベクターを用いて、異なるNPC1変異を持つ二人の患者の皮膚の線維芽細胞からiPS細胞株を作製した。これらの患者からのiPS細胞の作製効率は、健康なボランティアからのものと同様であった。NPC由来のiPS細胞株は、ES細胞様形態を示し(
図7)、多能性マーカーのセットを発現した(
図8)。ネスティドRT-PCR分析より、iPS細胞株はSeVに関して陰性であった(
図8)。
次いで、奇形腫形成を評価することによってNPC由来のiPS細胞株の分化能を調べた。組織学的分析の結果、分析した奇形腫は、立方上皮、メラニン色素、軟骨、筋肉、および様々な腺構造などの3つ全ての胚細胞層(全ての三胚葉)の子孫からなっていた(
図9)。また、作製したiPS細胞株は、正常な核型46XYと46XXを有していた(データ示さず)。NPC1遺伝子における突然変異はDNA配列決定により確認した(
図10)。従ってNPC由来iPS細胞株は、iPS細胞のための基準を満たしていた。
【0062】
実施例6:NPC由来iPS細胞株の分析
肝臓の肥大は、NPC患者の主な症状の一つであり、疾患の重症のものは、肝機能障害や肝不全になる。肝細胞系譜上のNpc1欠損の影響を調べるために、NPC由来iPS細胞株を、アルブミンを発現している肝細胞様細胞へと分化させた。以前の研究より、アクチビンA処理が、マウスES細胞を胚性内胚葉細胞及び肝細胞様細胞(HLCs)に選択的に分化させること、および、内胚葉表面マーカーであるCxcr4は、内胚葉の分化を検出するために使用できることができることが証明されているので、これらに基づいて、培養条件を改変し、ヒトiPS細胞から容易にHLCsを作成した(
図11)。分化18日目に、HLCsは、α-フェトプロテイン(全細胞の〜65%)、アルブミン(全細胞の〜約80%)、およびその他の肝マーカーを発現し(データ示さず)、そして、インドシアニングリーン(ICG)を吸収し、グリコーゲンを貯蔵した(データ示さず)。Cxcr4陽性細胞のパーセンテージとして算出した胚性内胚葉様細胞の作製率、およびアルブミン陽性細胞のパーセンテージとマーカーの発現から算出した肝臓分化効率は、通常のiPS細胞とNPC由来のiPS細胞株との間で同様であった。対照的に、NPC由来のHLCsの細胞の大きさは、対照のHLCsのそれよりも大きかった(
図12)。NPC患者において、エンドソームからライソゾームへの脂質輸送の障害は、ライソゾームでの遊離コレステロールの蓄積をもたらす。従って、これらの細胞内での遊離コレステロールを検出するためにフィリピン染色を行い、コレステロール蓄積のレベルを評価した。健康なボランティアからの対照HLCSsでは、陽性染色細胞の数はごくわずかであったが、対照的に、NPC由来HLCsでは異常なレベルのコレステロール蓄積が検出された(
図13)。このことは、これらの細胞がNPCの細胞表現型を映し出していることを示している。
【0063】
次に、正常なiPS細胞株およびNPC-iPS細胞株に由来するHLCsの種々の機能を調べた。肝細胞機能の指標である、ICGの取り込みおよび放出、グリコーゲン貯蔵、アルブミン産生、尿素分泌、またはアンモニア除去の点で違いは検出できなかった(データ示さず)。NPC-HLCs中のATPレベルは、対照のHLCsに比べて有意に低かった(
図14)。それにもかかわらず、NPC-HLCsのアポトーシスは、対照のそれと比較して悪化していなかった(データ示さず)。次いで、ミトコンドリアの膜電位を調べるために、特異的MitoTracker染色試薬であるJC-1およびCMXRosを用いた。JC-1は、ミトコンドリア内で濃縮されて通常のミトコンドリア膜電位で凝集するので、高い赤/緑蛍光強度比を生じる。ミトコンドリア膜電位の減少は、JC-1の凝集に影響を与え、高赤/緑蛍光強度比を減少させる。また、CMXRosは、通常の膜電位でミトコンドリア内に蓄積する。正常とNPC由来HLCsの間で、JC-1またはCMXRosの染色パターンの違いを検出することができなかった(データ示さず)。
【0064】
細胞のオートファジーは、ライソゾーム蓄積症では損なわれている。2つの方法を用いて、対照とNPC由来HLCsにおけるオートファジー経路をモニターした。まず、オートファジーのマーカータンパク質である、微小管関連タンパク質1軽鎖3(LC3)の発現を調べた。LC3のC末端処理は、LC-Iを生じ、それはオートファゴソーム形成の開始によりLC-IIへと修飾される。次いで、オートファジーフラックス(autophagic flux)を評価するためにp62/SQSTM1(P62)の発現を測定した。P62は、LC3に結合し、そしてライソゾームに融合すると分解されるので、オートファジーフラックスの機能障害は、不溶性P62の蓄積および凝集を引き起こす。LC3-IIおよび不溶性P62タンパク質の発現レベルは、正常HLCsよりもNPC-HLCsが高かった(
図15および
図16)。また、過度のP62凝集が、通常のHLCsと比較してNPC由来のHLCsで顕著に観察された(
図17)。これらの結果は、オートファジーは、NPC由来HLCsでアップレギュレートされており、オートファジーフラックスは、NPC由来HLCsで損なわれたことを示唆している。
【0065】
実施例7:コレステロール蓄積および細胞機能の回復における種々のシクロデキストリン処置の効果
上記のように、NPC由来のiPS細胞はNPCの表現型を示しているので、NPCの治療のための薬剤候補をスクリーニングするためのin vitro系を提供する。NPCのiPS細胞由来のHLCsで極端なコレステロール蓄積が観察されることは、それを用いて、このプロセスにおける様々な薬物治療の効果を調べることを可能とする。
2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン(HPBCD)は、NPC1欠損の細胞内のコレステロールの蓄積の低減に有効であると報告されているので、異なる空洞サイズの一連の2-ヒドロキシプロピル-シクロデキストリンを用いて、正常細胞株およびNPC-iPS細胞株に由来するHLCsを処置して効果を確認した。HLCsを4日間、各ヒドロキシプロピル−シクロデキストリン1mMと共に培養した後、フィリピン染色し、次いで、IN CELL ANALYZER(GEヘルスケア)を用いて分析した。本発明のNPC-HLCsを用いた実験で、観察されたコレステロール蓄積が、HPBCD処置で有意に減少した(
図18)。興味深い事に、2-ヒドロキシプロピル-α-シクロデキストリン(HPACD)は、コレステロール蓄積に影響を示さなかったが、一方、2-ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリン(HPGCD)は、HPBCDで観察されたのと同程度で、コレステロール蓄積を減少した。
HLCsの大きさは、HPBCDとHPGCD での処置によって減少した(データ示さず)。NPC由来HLCsに対する、種々の濃度のHPBCDまたはHPGCDの効果を確認した。HPBCDまたはHPGCDと共に4日間培養し、その後、フィリピン染色し、次いで、IN CELL ANALYZERで分析した。低濃度(100μM)のHPBCDとHPGCDは、コレステロールの蓄積を低減させる効果はなかった(
図19)。次に、HPBCDでHLCへと分化中の細胞を処置したところ、肝分化における中間段階で有効であった(
図20)。
【0066】
NPC由来HLCsは、異常に低いATPレベルおよび異常なオートファジーを示したので、次いで、シクロデキストリン処置がこれらの異常を回復することができるかどうかを検討した。HLCsを4日間、1mMのヒドロキシプロピル−シクロデキストリンと共に培養し、ATPレベル、LC3の発現レベル、およびp62の発現レベルと不溶性p62顆粒を確認した。その結果、HPBCDとHPGCDを用いた処置は、ATPレベル(
図21)およびオートファジー機能(
図22〜24)の両者を回復した。
図22に示されるように、LC3の発現レベルは、HPBCDとHPGCDによる処置によって正常なレベルに回復し、このことはオートファジーの異常な誘導を回復したことを示している。
図23に示されるように、HPBCDとHPGCDによる処置によって、不溶性p62の量が減少した。また、
図24に示されるように、HPBCDとHPGCDによる処置によって、40顆粒を超える不溶性p62凝集物を持つHLCsの割合が大きく減少した。これらのことは、オートファジーフラックスの障害を回復したことを示している。このことは、NPC-iPS細胞株由来のHLCsは、薬剤候補を評価するために有用であることを示している。また、HPBCDに加えてHPGCDも、NPCの治療のための薬剤候補であることを示している。
【0067】
実施例8:NPC由来HLCsに対するHPBCDとHPGCDの作用
NPC由来HLCsに対するHPBCDとHPGCDの効果(ATPレベルの回復とオートファジー機能の回復)の作用機序が同じであるかを確認するために、HPBCDとHPGCDで処置したHLCsのマイクロアレイ分析(クラスター分析および主成分分析(PCA:principal component analysis))を行った。
図11の方法によって誘導した肝様細胞(HLCs)を、4日間、HPBCDまたはHPGCDを加えて培養した(HPCDを添加しないものを対照とした)。そのRNAを抽出してDNAマイクロアレイにて網羅的遺伝子発現を解析した。具体的には以下の手順で行った。
それぞれの条件で培養したiPS由来のHLCsからの全RNAの250 ng を、3’IVT Express kit(Affymetrix)を用いて製造元のプロトコルに従い、ビオチンで標識したフラグメント化した。次いで、サンプルを GeneChip(登録商標) Human Genome U133 Plus 2.0 (Affymetrix)にハイブリダイズし、アレイは、GeneChip(登録商標) Scanner 3000(Affymetrix)でスキャンした。データは、GeneSpring GX 12.5 software (Agilent technologies)を用いて解析した。各チップは、測定値の平均に対して標準化した。NPCと正常細胞の間において、遺伝子の発現が 1.5 倍を超えて変化しているものを、異なっていると判断した。発現が変化した遺伝子のプロファイルを互いに比較することにより、NPC由来HLCsにおいて、共通するアップレギュレートした遺伝子およびダウンレギュレートした遺伝子を特定した。遺伝子セット強化分析(gene set enrichment analysis:GSEA)(BROADINSTITUTE)を用いてジーンオントロジー(gene ontology)の生物学的プロセスを強化した。これは、NPC由来HLCsの共通するアップレギュレートした遺伝子またはダウンレギュレートした遺伝子、さらには、HPBCDおよびHPGCD処理における異なった遺伝子発現を示す。統計分析のために1000回実施し、5倍以上で出現した遺伝子を含むジーンオントロジーの生物学的プロセスを強化するアルゴリズムを用いた。ジーンオントロジーの生物学的プロセスを選択し、そして、p-値ランキングに基づいてのみ記述した。p値が <0.05 または <0.1とは、それぞれ、正常またはHPBCD処理に対して、NPCまたはHPGCD処理が顕著に変化していることを意味する。次いで、階層クラスター分析を行い、生物プロセスにおいて顕著な遺伝子を同定した。
【0068】
正常(N1)、NPC-5(A114)、およびNPC-6(A225)のそれぞれの繊維芽細胞(fibro)、iPS細胞、およびそれに由来するHLCsの、HPCD不存在、HPBCDまたはHPGCDの存在おけるクラスター分析の結果を
図25、PCA分析の結果を
図26に示す。これより、HPGCDは、HPBCDとは異なるメカニズムで作用していることが判る。
【0069】
上記の分析の結果確認された、NPC由来HLCsにおいて変化したシグネチャー分子を
図27に示す。上パネルが、NPCにおいて顕著にダウンレギュレートした分子を示しており、下パネルが、NPCにおいて顕著にアップレギュレートした分子を示している。
【0070】
HPBCDまたはHPGCD処理による、前記シグネチャー分子の発現に対する影響を確認した。結果を
図28に示す。上パネルが、HPBCD処理による影響を、下パネルが、HPGCD処理による影響を見たものである。
【0071】
HPCBDまたはHPGCD処理により顕著に変化する遺伝子を階層クラスター分析により確認した。結果を
図29に示す。
図28において四角に囲まれたシグネチャー分子の遺伝子のデータセットは、ユークリッド距離メトリクスに従ってクラスターされた。HPGCD処理によって変化したシグネチャー分子の発現パターンは、HPBCD処理によるものよりは、正常人由来のHLCsのそれに近かった。
【0072】
実施例9:NPCモデルマウスに対するHPGCD処理の影響
NPC由来HLCsにおけるコレステロール蓄積に対するHBGCDの影響を、NPCモデルマウスを用いて確認した。モデルマウス(NPCマウス)は、Npc1遺伝子の自然突然変異により、コレステロールのライソゾームからERへの輸送が欠損している。このモデルマウスはまた、肝臓や脳へのコレステロール蓄積を伴うヒト疾患と同様の症状を示す。このモデルマウスは、肝臓損傷と神経機能不全を示し、治療無しには12週齢で死亡する。
4週齢のNPCマウスを、4週齢を開始として、1週間毎に、HPCGD(4000 mg/kg)で処理し、8.5週目にサンプルを採取した(全5回処理)。対照は生理食塩水を処理した。実験は2回(1回目:n=6、2回目:n=4)繰り返した。
【0073】
肝臓損傷のマーカーである、血清中のAST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)およびALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)を測定したところ、HPGCD処理により、顕著に著しく減少していた。結果を
図30に示す。組織学的分析の結果、HPGCD処理によりNPCマウスの肝臓は、顕著に形態が改善されていた(
図31)。また、HPGCD処理により、NPCマウスの小脳中部のプルキンエ細胞の欠失も回復していた(
図32)。
また、HPGCD処理したNPCマウスでは、異常なオートファジーも回復し、加えて、HPGCD処理したNPCマウスの肝臓および脳では、LC3および不溶性p62の発現レベルが正常レベルに回復していた(データ示さず)。
HPGCD処理によるNPCマウスの生存率に対する効果を確認するために、モデルマウスに対して、4週齢から、1週間毎にHPGCDを投与した(HPGCD投与群:n=6、対照(生理食塩水投与群):n=6)。生存カーブを確認したところ、顕著な生存率の改善が見られた。結果を
図33に示す。
【0074】
実施例10:HPBCGとHPGCDの毒性試験
HPGCDの優れた安全性を確認するために、正常マウスに対する急性毒性を試験した。8週齢のマウス(n=10)の皮下組織に、14.4 mM のHPBCDとHPGCDをそれぞれ19.18ml/g で投与し、生存率を確認した。HPBCDを投与したマウスでは、投与後72時間で殆ど死亡したが、HPGCDを投与したマウスでは、死亡は確認されなかった。
【0075】
本明細書に記載した上記の結果は、導入遺伝子のないiPS細胞株は、難治性疾患に有効な細胞モデルであることを示している。
本発明者らはまた、これまでに、TS12KOSベクターを含むSeVベクターを使用して、難治性疾患の100人を超える患者から1000以上のiPS細胞株を作製した。例を表4に示す。なお、表中のMiyoshi Myopasyは、改良した本発明のTS12KOベクターではなく、以前のベクターを用いている。これらの患者から作製した全てのiPS細胞株は、ES細胞様コロニー形態を示し、多能性マーカーのセットを発現した(データは示さず)。また、樹立された全てのiPS細胞株のSeV陰性状態は、ネスティドRT-PCRにより確認した(データ示さず)。このことは、これらの作製した細胞株がリプログラミングに使用される導入遺伝子を保有しないことを示している。
【0076】
【表4】
【0077】
上記の記載は、本発明の目的及び対象を単に説明するものであり、添付の特許請求の範囲を限定するものではない。添付の特許請求の範囲から離れることなしに、記載された実施態様に対しての、種々の変更及び置換は、本明細書に記載された教示より当業者にとって明らかである。