(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一態様に係る鉛蓄電池は、負極板と、正極板と、負極板と正極板との間に介在するセパレータと、電解液とを備える。負極板は、負極集電体と、負極電極材料とを備え、負極電極材料は、硫黄元素を含む有機防縮剤と、繊維状物質とを含む。ここで、負極電極材料の密度は、2.5g/cm
3以上、4.0g/cm
3以下であり、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量は、3000μmol/gより大きい。
【0013】
有機防縮剤としてリグニンを添加し、負極電極材料の密度を4.0g/cm
3以下に低減する場合、充放電サイクルに伴う容量低下が大きくなる傾向がある。これは、負極電極材料の密度が小さいほど、負極電極材料中の空隙が多くなるため、空隙の収縮の影響を受けやすいためと考えられる。これに対し、例えば、ビスフェノール類縮合物を負極電極材料に含ませると、空隙の収縮が顕著に抑制され、充放電サイクルに伴う容量低下が抑制される。
【0014】
ただし、上記のような有機防縮剤を4.0g/cm
3以下の密度を有する負極電極材料に含ませる場合、充放電サイクルの途中で鉛蓄電池を高率放電する際に、電圧降下が大きくなる現象が見出された。これは、充放電に伴う活物質の収縮により、負極電極材料中に応力が発生し、活物質粒子間の結合が破壊され、抵抗が増加するためであると推測される。電圧降下が大きくなると、出力の低下を補うために大電流が流れるため、鉛蓄電池の耐久性が低下する。なお、負極電極材料の密度が4.0g/cm
3を超える場合には、上記のような顕著な電圧降下は見られない。
【0015】
一方、負極電極材料が、有機防縮剤と繊維状物質とを含み、かつ有機防縮剤中の硫黄元素の含有量が3000μmol/gを超える場合、特に3500μmol/g以上の場合、更には4000μmol/g以上の場合には、高率放電時における電圧降下が顕著に抑制される。繊維状物質は、負極電極材料の収縮による負極板内での微小クラックの発生を抑制しているものと考えられる。これにより、活物質粒子間や、活物質粒子と負極集電体との間の導電経路が確保され、高率放電時の電圧降下が抑制されるものと推測される。
【0016】
繊維状物質には、4.0g/cm
3以下の密度を有する負極電極材料の機械的強度を高める効果も期待できる。よって、負極電極材料の密度をかなり小さくすることが可能である。ただし、負極板の耐久性を確保するとともに電圧降下を十分に抑制する観点からは、負極電極材料の密度は2.5g/cm
3以上が望ましく、2.7g/cm
3以上がより好ましい。
【0017】
硫黄元素の含有量が3000μmol/gを超える有機防縮剤は、硫酸水溶液中で形成するコロイド粒子径が小さいことが知られている。有機防縮剤のコロイド粒子径が小さくなることで、充放電によって活物質粒子間で生じる応力が抑制されやすくなるものと考えられる。
【0018】
有機防縮剤は、硫黄元素を含む有機高分子であり、一般に、分子内に1つ以上、好ましくは複数の芳香環を含むとともに、硫黄含有基を含んでいる。鉛蓄電池の性能に与える有機防縮剤の影響は、硫黄含有基の種類によって大きく異なるものではない。ただし、硫黄含有基の中では、安定形態であるスルホン酸基もしくはスルホニル基が好ましい。スルホン酸基は、酸型で存在してもよく、Na塩のように塩型で存在してもよい。
【0019】
有機防縮剤の具体例としては、硫黄含有基を有するとともに1つ以上、好ましくは2つ以上の芳香環を有する化合物のホルムアルデヒドによる縮合物が好ましい。2つ以上の芳香環を有する化合物としては、ビスフェノール類、ビフェニル類、ナフタレン類などを用いることが好ましい。ビスフェノール類、ビフェニル類およびナフタレン類とは、それぞれビスフェノール骨格、ビフェニル骨格およびナフタレン骨格を有する化合物の総称であり、それぞれが置換基を有してもよい。これらは、有機防縮剤中に単独で含まれてもよく、複数種が含まれてもよい。ビスフェノールとしては、ビスフェノールA、ビスフェノールS、ビスフェノールFなどが好ましい。中でも、ビスフェノールSは、ビスフェノール骨格内にスルホニル基(−SO
2−)を有するため、硫黄元素の含有量を大きくすることが容易である。
【0020】
硫黄含有基は、ビスフェノール類、ビフェニル類、ナフタレン類などの芳香環に直接結合していてもよく、例えば硫黄含有基を有するアルキル鎖として芳香環に結合していてもよい。また、例えばアミノベンゼンスルホン酸もしくはアルキルアミノベンゼンスルホン酸のような単環式の芳香族化合物を、2つ以上の芳香環を有する化合物とともにホルムアルデヒドで縮合させてもよい。
【0021】
N,N'−(スルホニルジ−4,1−フェニレン)ビス(1,2,3,4−テトラヒドロ−6−メチル−2,4−ジオキソピリミジン−5−スルホンアミド)の縮合物などを有機防縮剤として用いてもよい。
【0022】
負極電極材料中に含まれる有機防縮剤の含有量は、一般的な範囲であれば、有機防縮剤の作用を大きく左右するものではない。負極電極材料中に含まれる有機防縮剤の含有量は、例えば0.01質量%以上、1質量%以下が好ましく、0.02質量%以上、0.8質量%以下がより好ましく、0.05質量%以上、0.3質量%以下が更に好ましい。ここで、負極電極材料中に含まれる有機防縮剤の含有量とは、既化成の満充電状態の鉛蓄電池から後述の方法で採取した負極電極材料における含有量である。
【0023】
有機防縮剤中の硫黄元素の含有量は、3000μmol/gより大きければよいが、3500μmol/g以上が好ましく、4000μmol/g以上がより好ましく、6000μmol/g以上が特に好ましい。一方、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量を大きくするには限界がある。よって、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量は、10000μmol/g以下が好ましく、9000μmol/g以下がより好ましく、8000μmol/g以下が更に好ましい。なお、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量がXμmol/gであるとは、有機防縮剤の1g当たりに含まれる硫黄元素の含有量がXμmolであることをいう。
【0024】
繊維状物質としては、ガラス繊維、ポリマー繊維、カーボン繊維およびパルプ繊維よりなる群から選択される少なくとも1種が好ましく、中でもポリマー繊維が安定性の点で好ましい。ポリマー繊維を構成するポリマーは、耐酸性を有する限り、特に限定されないが、ポリオレフィン繊維、ポリエステル繊維、アクリル繊維などを挙げることができる。中でも、アクリル繊維が好ましい。アクリル繊維の材料としては、ポリアクリロニトリル、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリアクリル酸エステル(例えばポリアクリル酸メチル)、ポリメタクリル酸エステル(例えばポリメタクリル酸メチル)などが挙げられる。
【0025】
繊維状物質の平均繊維径は、例えば1μm以上、50μm以下が好ましく、平均繊維長は、例えば1mm以上、10mm以下が好ましい。これらの平均値は、後述するように、10本以上の繊維を任意に選択し、選択された繊維の拡大写真から求めることができる。
【0026】
容量を確保しながら電圧降下を抑制する効果を十分に得る観点から、負極電極材料中の繊維状物質の含有量(質量割合Cm)は、0.03質量%以上、0.3質量%以下が好ましい。また、負極電極材料中における繊維状物質の体積割合Cvは、0.03体積%以上、0.3体積%以下が好ましい。ここで、負極電極材料中に含まれる繊維状物質の含有量とは、既化成の満充電状態の鉛蓄電池の負極電極材料における含有量である。
【0027】
負極電極材料に、繊維状物質と有機防縮剤とを含ませる場合でも、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量が3000μmol/g以下では、電圧降下を抑制することは困難である。これは、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量が3000μmol/g以下では、充放電によって活物質粒子間で発生する応力を十分に抑制できないためであると考えられる。また、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量が3000μmol/gより大きい場合であっても、繊維状物質がなければ、電圧降下を抑制することは困難である。すなわち、硫黄元素の含有量が3000μmol/gより大きい有機防縮剤と繊維状物質とが相乗的に作用することで、電圧降下が抑制される。
【0028】
高率放電時の電圧降下を抑制する効果は、負極板の厚さが2mm以上である場合に顕著になる。厚さが2mm以上の負極板は、活物質の収縮による変形量が大きいことで、応力の発生によるクラックが生じやすい。このような負極板では、例えば繊維状物質による導電経路を確保する作用や、有機防縮剤による応力を抑制する作用が顕在化しやすいため、電圧降下を抑制する効果も顕在化しやすいものと考えられる。負極板の厚さは、3mm以上でもよく、4mm以上でもよい。負極板の厚さの上限は、特に限定されないが、8mm以下が好ましい。
【0029】
鉛蓄電池は、液式(ベント式)鉛蓄電池でもよく、制御弁式(密閉式)鉛蓄電池でもよい。ただし、厚さが2mm以上の負極板は、自動車用の鉛蓄電池よりも、より大型の鉛蓄電池に適している。大型の鉛蓄電池としては、例えば、据置型の無停電電源用の鉛蓄電池やフォークリフトのような産業車両用の鉛蓄電池が挙げられる。
【0030】
以下、本発明の実施形態に係る鉛蓄電池について構成要件ごとに説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
(負極板)
鉛蓄電池の負極板は、負極集電体と、負極電極材料とを具備する。負極電極材料は、負極集電体に保持されている。負極集電体は、鉛(Pb)または鉛合金の鋳造により形成してもよく、鉛または鉛合金シートを加工して形成してもよい。加工方法としては、エキスパンド加工や打ち抜き(パンチング)が挙げられる。
【0031】
負極集電体に用いられる鉛合金は、Pb−Sb系合金、Pb−Ca系合金、Pb−Ca−Sn系合金のいずれであってもよい。これらの鉛もしくは鉛合金は、更に、添加元素として、Ba、Ag、Al、Bi、As、Se、Cuなどからなる群より選択された少なくとも1種の元素を含んでもよい。負極集電体は、組成の異なる鉛合金層を有してもよく、鉛合金層は複数でもよい。
【0032】
負極電極材料は、酸化還元反応により容量を発現する負極活物質(鉛もしくは硫酸鉛)と、硫黄元素の含有量が3000μmol/gより大きい有機防縮剤と、繊維状物質とを含む。負極電極材料は、更に、カーボンブラックのような炭素質材料、硫酸バリウムなどを含んでもよく、必要に応じて、他の添加剤を含んでもよい。
【0033】
負極板は、負極集電体に、負極ペーストを充填し、熟成および乾燥することにより未化成の負極板を作製し、その後、未化成の負極板を化成することにより形成できる。未化成の負極板の熟成、乾燥は、室温より高温かつ高湿度で行うことが好ましい。負極ペーストは、鉛粉と有機防縮剤と各種添加剤に、水と硫酸を加えて練合することで調製すればよい。
【0034】
化成は、鉛蓄電池の電槽内の硫酸を含む電解液中に、未化成の負極板を含む極板群を浸漬させた状態で、極板群を充電することにより行うことができる。ただし、化成は、鉛蓄電池または極板群の組み立て前に行ってもよい。化成により、海綿状鉛が生成する。
【0035】
(正極板)
鉛蓄電池の正極板は、ペースト式、クラッド式などに分類できる。
ペースト式正極板は、正極集電体と、正極電極材料とを具備する。正極電極材料は、正極集電体に保持されている。正極集電体は、負極集電体と同様に形成すればよく、鉛または鉛合金の鋳造や、鉛または鉛合金シートの加工により形成することができる。
クラッド式正極は、複数の多孔質のチューブと、各チューブ内に挿入される芯金と、芯金が挿入されたチューブ内に充填される正極電極材料と、複数のチューブを連結する連座とを具備する。
【0036】
正極集電体に用いる鉛合金としては、耐食性および機械的強度の点で、Pb−Ca系合金、Pb−Ca−Sn系合金が好ましい。正極集電体は、組成の異なる鉛合金層を有してもよく、鉛合金層は複数でもよい。芯金には、Pb−Sb系合金を用いることが好ましい。
【0037】
正極電極材料は、酸化還元反応により容量を発現する正極活物質(酸化鉛もしくは硫酸鉛)を含む。正極電極材料は、必要に応じて、硫酸錫、鉛丹などの添加剤を含んでもよい。
【0038】
未化成のペースト式正極板は、負極板の場合に準じて、正極集電体に、正極ペーストを充填し、熟成および乾燥することにより得られる。正極ペーストは、鉛粉、添加剤、水、硫酸を練合することで調製すればよい。その後、未化成の正極板を化成する。クラッド式正極板は、芯金が挿入された多孔質なチューブに鉛粉またはスラリー状の鉛粉を充填し、複数のチューブを連座で結合することにより形成される。
【0039】
(電解液)
電解液は、硫酸を含む水溶液であり、必要に応じてゲル化させてもよい。ゲル化の程度は、特に限定されない。流動性を有するゾルからゲル状態の電解液を用いてもよく、流動性を有さないゲル状態の電解質を用いてもよい。
【0040】
(セパレータ)
セパレータには、微多孔膜、不織布、AGM(Absorbed glass mat)などが用いられる。液式鉛蓄電池には、通常、微多孔膜が用いられる。一方、制御弁式鉛蓄電池には、通常、電解液を保持するリテーナの機能を有するAGMが用いられる。
【0041】
微多孔膜は、例えば、超高分子量ポリエチレン、シリカ粉末およびオイルを含む組成物をシート状に押し出し成形した後、オイルを抽出して細孔を形成することにより得られる。AGMは、例えば平均繊維径が1μm以下のガラス繊維を主成分とする不織布である。
【0042】
次に、各物性の分析方法について説明する。
(1)負極電極材料の密度
負極電極材料の密度は化成後の負極電極材料のかさ密度の値を意味し、以下のようにして測定する。化成後の電池を満充電してから解体し、入手した負極板に、水洗と乾燥とを施すことにより負極板中の電解液を除く。次いで、負極板から負極電極材料を分離して、未粉砕の測定試料を入手する。測定容器に試料を投入し、真空排気した後、0.5〜0.55psiaの圧力で水銀を満たして、負極電極材料のかさ容積を測定し、測定試料の質量をかさ容積で除すことにより、負極電極材料のかさ密度を求める。なお、測定容器の容積から、水銀の注入容積を差し引いた容積をかさ容積とする。
【0043】
電池を満充電状態にするには、液式鉛蓄の電池の場合、25℃、水槽中で、5時間率電流で2.5V/セルに達するまで定電流充電を行った後、さらに5時間率電流で2時間、定電流充電を行う。また、制御弁式の鉛蓄電池の場合、25℃、気槽中で、5時間率電流で、2.23V/セルの定電流定電圧充電を行い、定電圧充電時の充電電流が1mCA以下になった時点で充電を終了する。
この明細書における5時間率電流は、電池公称容量を5時間で放電する電流値であり、例えば公称容量が30Ahの電池であれば、5時間率電流は6Aであり、1mCAは30mAである。
【0044】
(2)有機防縮剤の分析
まず、化成後に満充電した鉛蓄電池を分解し、負極板を取り出し、水洗により硫酸を除去し、乾燥する。次に、乾燥した負極板から負極電極材料(初期試料)を採取し、初期試料を下記方法で分析する。
【0045】
(2−1)負極電極材料中の有機防縮剤の定性
初期試料を1mol/LのNaOH水溶液に浸漬し、有機防縮剤を抽出する。次に、抽出された有機防縮剤を含むNaOH水溶液から不溶成分を濾過で取り除き、得られた濾液を透析により脱塩した後、濃縮し、乾燥する。脱塩は、濾液を透析チューブに入れて蒸留水中に浸すことにより行えばよい。これにより有機防縮剤の粉末試料が得られる。
【0046】
このようにして得た有機防縮剤の粉末試料を用いて測定した赤外分光スペクトル、さらに粉末試料を適当な溶媒で溶解し、紫外可視吸光度計で測定した紫外可視吸収スペクトルやNMRスペクトルなどから得た情報を組み合わせて用いて、有機防縮剤種を特定する。
【0047】
(2−2)負極電極材料中における有機防縮剤の含有量
上記(2−1)と同様に、有機防縮剤を含むNaOH水溶液の濾液を得た後、濾液の紫外可視吸収スペクトルを測定する。スペクトル強度と、予め作成した検量線とを用いて、負極電極材料中の有機防縮剤の含有量を定量することができる。
【0048】
有機防縮剤の含有量が未知の鉛蓄電池を入手して有機防縮剤の含有量を測定する際に、有機防縮剤の構造式の厳密な特定ができないために検量線に同一の有機防縮剤が使用できない場合には、当該電池の負極から抽出した有機防縮剤と、紫外可視吸収スペクトル、赤外分光スペクトル、およびNMRスペクトルなどが類似の形状を示す、別途入手可能な有機防縮剤を使用して検量線を作成することで、紫外可視吸収スペクトルを用いて有機防縮剤の含有量を測定する。
【0049】
(2−3)有機防縮剤中の硫黄元素の含有量
上記(2−1)と同様に、有機防縮剤の粉末試料を得た後、酸素燃焼フラスコ法によって、0.1gの有機防縮剤中の硫黄元素を硫酸に変換する。このとき、吸着液を入れたフラスコ内で粉末試料を燃焼させることで、硫酸イオンが吸着液に溶け込んだ溶出液が得られる。次に、トリン(thorin)を指示薬として、溶出液を過塩素酸バリウムで滴定することにより、0.1gの有機防縮剤中の硫黄元素の含有量(C1)を求める。次に、C1を10倍して1g当たりの有機防縮剤中の硫黄元素の含有量(μmol/g)を算出する。
【0050】
(3)繊維状物質の分析
水洗と乾燥とを施した負極電極材料10gを粉砕し、1:2硝酸(濃硝酸と水とを容積比で1:2に混合)50mLにより加熱下で溶解し、大過剰の過飽和酢酸アンモニウム水溶液を加えて撹拌し、硫酸鉛を完全に溶解させる。この溶液をグラスフィルターで濾過し、繊維状物質を濾集する。繊維状物質を洗浄、乾燥させた後に、その質量を測定し、繊維状物質の含有量を算出する。また、平均繊維長および平均繊維径は、得られた繊維状物質を光学顕微鏡で観察して求める。
【0051】
図1は、本発明の実施形態に係る鉛蓄電池の蓋を外した一例を模式的に示す斜視図である。
図2Aは、
図1の鉛蓄電池の正面図であり、
図2Bは、
図2AのII−II線による矢示断面図である。
鉛蓄電池1は、極板群11と電解液12とを収容する電槽10を具備する。極板群11は、それぞれ複数枚の負極板2および正極板3を、セパレータ4を介して積層することにより構成されている。ここでは、負極板2が、2つに折り畳まれたセパレータ4で包まれている状態を示すが、セパレータの形態は特に限定されない。
【0052】
複数の負極板2のそれぞれの上部には、上方に突出する集電用の耳部(図示せず)が設けられている。複数の正極板3のそれぞれの上部にも、上方に突出する集電用の耳部(図示せず)が設けられている。そして、負極板2の耳部同士は負極用ストラップ5aにより連結され一体化されている。同様に、正極板3の耳部同士も正極用ストラップ5bにより連結されて一体化されている。負極用ストラップ5aの上部には負極柱6aの下端部が固定され、正極用ストラップ5bの上部には正極柱6bの下端部が固定されている。
【0053】
以下、本発明を実施例および比較例に基づいて更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0054】
《実施例1》
(1)負極板の作製
鉛粉、水、希硫酸、硫酸バリウム、カーボンブラック、所定量の有機防縮剤、および所定量の繊維状物質を混合して、負極ペーストを得た。負極ペーストを、Pb−Sb系合金製の鋳造格子の網目部に充填し、熟成乾燥し、未化成の負極板を得た。未化成の負極板の厚さは、化成後に満充電した鉛蓄電池の負極板の厚さが3mmになるように設計した。また、化成後に満充電した鉛蓄電池の負極電極材料が0.1質量%のBaSO
4と0.2質量%のカーボンブラックを含むように負極ペーストを配合した。
【0055】
有機防縮剤は、化成後に満充電した鉛蓄電池の負極電極材料における有機防縮剤の含有量が0.1質量%になるように、負極ペーストに配合した。また、化成後に満充電した鉛蓄電池の負極電極材料の密度が3.0g/cm
3になるように、負極ペーストに加える水と希硫酸の量を調整した。
負極電極材料の密度の測定装置には、島津製作所製、自動ポロシメータ、オートポアIV9505を用い、前述の方法を用いて測定した。
【0056】
有機防縮剤には、スルホン酸基を導入したビスフェノールAのホルムアルデヒドによる縮合物(合成防縮剤)を用いた。ここでは、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量が5000μmol/gになるように、導入するスルホン酸基の量を制御した。
【0057】
繊維状物質には、アクリル繊維を用いた。繊維状物質は、既化成の満充電状態の負極電極材料における繊維状物質の含有量が0.1質量%になるように、負極ペーストに配合した。アクリル繊維の平均繊維長は3mmとした。なお、負極ペーストに配合した繊維状物質の形状は、既化成の負極電極材料においても保持される。
【0058】
(2)正極板の作製
鉛粉を含む正極ペーストを調製し、複数のPb−Sb系合金製の芯金がそれぞれ挿入されたガラス繊維製の複数のチューブに正極ペーストを充填し、樹脂製の連座でチューブの開口を閉じて、未化成の正極板を組み立てた。
【0059】
(3)鉛蓄電池の作製
未化成の負極板を、袋状のポリエチレン製の微多孔膜(セパレータ)に収容し、未化成の負極板4枚と未化成の正極板3枚とで極板群を形成した。
【0060】
極板群をポリプロピレン製の電槽に電解液とともに収容して、電槽内で化成を施し、2V、定格5時間率容量が165Ahである液式の鉛蓄電池とした。
【0061】
《比較例1》
負極電極材料に繊維状物質を含ませなかったこと以外、実施例1と同様に極板群を作製し、鉛蓄電池を組み立てた。
【0062】
[評価1]
実施例1および比較例1の鉛蓄電池に関し、30℃の水槽中で、41.3A×3時間の放電と、29.7A×5時間の充電との充放電サイクルを繰り返し、200サイクル経過毎に、165Aで100秒間の高率放電を行った。このとき、100秒目の放電電圧と開回路電圧(OCV)との差を、電圧降下として求めた。
表1および
図3に、充放電サイクル数と電圧降下との関係を示す。
【0064】
図3において、比較例1の鉛蓄電池では、200サイクルを超えると、電圧降下が大きくなり始め、1000サイクル目には、電圧降下が初期より50%近く大きくなっている。一方、実施例1の鉛蓄電池では、1000サイクル目でも、電圧降下がほとんど増加していない。このことから、繊維状物質が、電圧降下の抑制において重要な役割を果たしていることが理解できる。
【0065】
《実施例2》
有機防縮剤中の硫黄元素の含有量を4000μmol/gにするとともに、化成後に満充電した鉛蓄電池の負極電極材料の密度を2.3g/cm
3〜4.5g/cm
3の範囲で変化させたこと以外、実施例1と同様に、複数種の極板群を作製し、表2に示す鉛蓄電池4000A〜4000Gを組み立てた。鉛蓄電池4000A、4000Gは参考例である。
【0067】
《比較例2》
負極電極材料に繊維状物質を含ませなかったこと以外、実施例2と同様に、化成後に満充電した鉛蓄電池の負極電極材料の密度が2.3g/cm
3〜4.5g/cm
3の負極板を具備する複数種の極板群を作製し、表3に示す鉛蓄電池4000a〜4000gを組み立てた。
【0069】
[評価2]
実施例2および比較例2の鉛蓄電池に関し、評価1と同様の充放電サイクルを繰り返し、600サイクル経過後の高率放電時の電圧降下を求めた。
表4および
図4に、負極電極材料の密度と600サイクル目の電圧降下との関係を示す。
【0071】
図4において、実施例2の鉛蓄電池では、負極電極密度が2.5g/cm
3を下回る参考例を除いて、いずれも電圧降下が低く抑えられている。一方、比較例2の鉛蓄電池では、負極電極密度が4.0g/cm
3を上回る場合を除いて、いずれも電圧降下が大きくなっている。このことから、電圧降下を抑制する効果を得るためには、負極電極密度を2.5g/cm
3以上にすべきことが理解できる。また、負極電極密度が4.0g/cm
3を超えると、そもそも電圧降下の現象が生じにくいため、敢えて繊維状物質を用いる必要性がないことが理解できる。
【0072】
《比較例3》
合成有機防縮剤の硫黄元素の含有量を3000μmol/gに変更したこと以外、実施例2と同様に、化成後に満充電した鉛蓄電池の負極電極材料の密度が2.3g/cm
3〜4.5g/cm
3である複数種の極板群を作製し、表5に示す鉛蓄電池3000A〜3000Gを組み立てた。
【0074】
《実施例3》
合成有機防縮剤の硫黄元素の含有量を5000μmol/gに変更したこと以外、実施例2と同様に、化成後に満充電した鉛蓄電池の負極電極材料の密度が2.3g/cm
3〜4.5g/cm
3である複数種の極板群を作製し、表6に示す鉛蓄電池5000A〜5000Gを組み立てた。鉛蓄電池5000A、5000Gは参考例である。
【0076】
《実施例4》
合成有機防縮剤の硫黄元素の含有量を6000μmol/gに変更したこと以外、実施例2と同様に、化成後に満充電した鉛蓄電池の負極電極材料の密度が2.3g/cm
3〜4.5g/cm
3である複数種の極板群を作製し、表7に示す鉛蓄電池6000A〜6000Gを組み立てた。鉛蓄電池6000A、6000Gは参考例である。
【0078】
《実施例5》
合成有機防縮剤の硫黄元素の含有量を8000μmol/gに変更したこと以外、実施例2と同様に、化成後に満充電した鉛蓄電池の負極電極材料の密度が2.3g/cm
3〜4.5g/cm
3である複数種の極板群を作製し、表8に示す鉛蓄電池8000A〜8000Gを組み立てた。鉛蓄電池8000A、8000Gは参考例である。
【0080】
[評価3]
実施例2、3〜5および比較例3の鉛蓄電池に関し、評価1と同様の充放電サイクルを繰り返し、600サイクル経過後の高率放電時の電圧降下を求めた。
表9および
図5に、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量を変化させたときの、負極電極材料の密度と、600サイクル経過後の高率放電時の電圧降下との関係を示す。
【0082】
図5において、比較例3の鉛蓄電池では、負極電極材料の密度が2.3g/cm
3〜4.5g/cm
3の全範囲で電圧降下が大きくなっている。一方、実施例3〜5の鉛蓄電池では、負極電極密度が2.5g/cm
3を下回る参考例を除いて、いずれも電圧降下が低く抑えられている。このことから、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量を3000μmol/gより大きくすることが電圧降下の抑制において重要であり、硫黄元素の含有量が3000μmol/gの有機防縮剤では、繊維状物質を用いても電圧降下を抑制できないことが理解できる。
【0083】
《比較例4》
合成有機防縮剤の硫黄元素の含有量を3000μmol/g、4000μmol/g、6000μmol/gまたは8000μmol/gに変更し、化成後に満充電した鉛蓄電池の負極電極材料の密度が3.2g/cm
3になるようにしたこと以外、比較例1と同様に、繊維状物質を含まない負極板を具備する極板群を作製し、表10に示す鉛蓄電池3000d、4000d、5000d、6000dおよび8000dを組み立てた。なお、表10中、鉛蓄電池5000dは比較例1の鉛蓄電池の一つと同じであり、鉛蓄電池4000dは比較例2の鉛蓄電池の一つと同じである。
【0084】
《比較例5》
合成有機防縮剤を、リグニン(硫黄元素の含有量は600μmol/g)に変更し、化成後に満充電した鉛蓄電池の負極電極材料の密度が3.2g/cm
3になるようにしたこと以外、実施例1と同様に、繊維状物質を含む負極板を具備する極板群を作製し、鉛蓄電池600Dを組み立てた。
【0085】
《比較例6》
合成有機防縮剤を、リグニン(硫黄元素の含有量は600μmol/g)に変更し、化成後に満充電した鉛蓄電池の負極電極材料の密度が3.2g/cm
3になるようにしたこと以外、比較例1と同様に、繊維状物質を含まない負極板を具備する極板群を作製し、鉛蓄電池600dを組み立てた。
【0086】
[評価4]
比較例4〜6の鉛蓄電池に関し、評価1と同様の充放電サイクルを繰り返し、600サイクル経過後の高率放電時の電圧降下を求めた。表10に、比較例1、4〜6の鉛蓄電池の電圧降下を示す。
【0088】
表10より、負極電極材料が繊維状物質を含まない場合の電圧降下は、リグニンを用いる場合には生じず、合成有機防縮剤を用いる場合に特有の現象であることが理解できる。すなわち、合成有機防縮剤ではなく、リグニンを用いる場合には、繊維状物質の有無にかかわらず、電圧降下は小さくなっている。
【0089】
また、比較例4および比較例6の鉛蓄電池に関し、上記充放電サイクルの800サイクル目に得られた放電容量を相対値で表11に示す。表11には、実施例3の鉛蓄電池5000Dの800サイクル目の放電容量も示す。
【0091】
表11より、リグニンを用いる場合には、常温で充放電サイクルを繰り返す場合に容量低下が生じることがわかる。また、このような容量低下は、リグニンの代わりに合成有機防縮剤を用いることで抑制されることが理解できる。
【0092】
《実施例6》
有機防縮剤中の硫黄元素の含有量を4000μmol/gにするとともに、負極板の厚さを2mm〜6mmの範囲で変更したこと以外、実施例1と同様に、複数種の極板群を作製し、表12に示す鉛蓄電池4000X(2)〜4000X(6)を組み立てた。また、負極板の厚さに応じて、定格容量を変化させた。
【0093】
[評価5]
実施例6の鉛蓄電池に関し、評価1と同様の充放電サイクルを繰り返し、600サイクル経過後の高率放電時の電圧降下を求めた。表12に、実施例6の鉛蓄電池の電圧降下を、初期値に対する百分率(%)で示す。
【0095】
表12より、電圧降下を抑制する効果は、負極板の厚さを変化させた場合でも同様に得られることが理解できる。