特許第6756618号(P6756618)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6756618吸血性害虫卵の孵化阻害剤、吸血性害虫の殺虫組成物および吸血性害虫の殺虫方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6756618
(24)【登録日】2020年8月31日
(45)【発行日】2020年9月16日
(54)【発明の名称】吸血性害虫卵の孵化阻害剤、吸血性害虫の殺虫組成物および吸血性害虫の殺虫方法
(51)【国際特許分類】
   A01N 37/02 20060101AFI20200907BHJP
   A01P 7/04 20060101ALI20200907BHJP
   A01N 25/02 20060101ALI20200907BHJP
   A61P 33/14 20060101ALI20200907BHJP
   A61K 8/37 20060101ALI20200907BHJP
   A61Q 5/02 20060101ALI20200907BHJP
   A61K 31/23 20060101ALI20200907BHJP
【FI】
   A01N37/02
   A01P7/04
   A01N25/02
   A61P33/14
   A61K8/37
   A61Q5/02
   A61K31/23
【請求項の数】6
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2016-555396(P2016-555396)
(86)(22)【出願日】2015年10月22日
(86)【国際出願番号】JP2015079883
(87)【国際公開番号】WO2016063963
(87)【国際公開日】20160428
【審査請求日】2018年8月24日
(31)【優先権主張番号】特願2014-215298(P2014-215298)
(32)【優先日】2014年10月22日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000100539
【氏名又は名称】アース製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】日塔 彬
(72)【発明者】
【氏名】吉田 真也
【審査官】 伊佐地 公美
(56)【参考文献】
【文献】 特開平08−099807(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/117002(WO,A1)
【文献】 特表2005−529896(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/052354(WO,A1)
【文献】 特表2010−540457(JP,A)
【文献】 特表2004−535170(JP,A)
【文献】 特開2010−138130(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N
A01P
A61P
A61K
A61Q
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪酸残基およびアルコール残基を含む脂肪酸エステルであって、前記脂肪酸残基および前記アルコール残基のいずれもが分岐構造を有し、かつ、前記脂肪酸残基の炭素数が8〜9であり、前記アルコール残基の炭素数が前記脂肪酸残基の炭素数よりも1〜10多い脂肪酸エステルからなる吸血性害虫卵の孵化阻害剤。
【請求項2】
前記脂肪酸エステルが、イソノナン酸イソデシル、イソノナン酸イソトリデシルおよび2−エチルヘキサン酸2−へキシルデシルからなる群から選択される少なくとも1つである請求項1に記載の吸血性害虫卵の孵化阻害剤。
【請求項3】
前記吸血性害虫が、シラミ及びノミのうちの少なくとも一種である請求項1または請求項2に記載の吸血性害虫卵の孵化阻害剤。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の吸血性害虫卵の孵化阻害剤を含有する吸血性害虫の殺虫組成物。
【請求項5】
シリコーン油を含有する請求項4に記載の吸血性害虫の殺虫組成物。
【請求項6】
前記シリコーン油が、環状シリコーンである請求項5に記載の吸血性害虫の殺虫組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸血性害虫卵の孵化阻害剤、吸血性害虫の殺虫組成物および吸血性害虫の殺虫方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人間に寄生するシラミには、アタマジラミやコロモジラミ等のヒトジラミとケジラミが知られている。中でも、アタマジラミへの感染は近年増加しており、園児、児童等は集団生活によってその被害が著しく、またその家族への感染も報告されている。アタマジラミに吸血されると痒みを伴うだけでなく、外傷からの感染症やリンパ節の腫れや発熱等を生じることもある。
【0003】
また、シラミと同様に吸血性害虫に数えられるノミには、イヌやネコ等に寄生するイヌノミやネコノミが知られている。イヌノミやネコノミの成虫がイヌやネコ等の愛玩動物に寄生すると、愛玩動物に皮膚炎や貧血などを引き起こすだけでなく、飼い主にも刺咬被害を起こし、発赤や発疹等を生じさせ、激しい痒みを伴ったり、アトピー性皮膚炎などのアレルギーの原因となることがある。
さらに、近年トコジラミ被害が増大してきており、簡易宿泊施設のみならず、家庭においても旅行先から持ち帰ったり、購入した輸入家具から持ち込まれたり、人に対する吸血被害が起きており、吸血箇所に対する発疹や激しい痒み等が生じている。トコジラミは夜間に這い出てきて、吸血行動を行い、毎日産卵を行うことからトコジラミの被害は大きくなることが知られている。
【0004】
例えば、シラミやノミ等の吸血性害虫を駆除する場合には、ピレスロイド系殺虫剤などを有効成分としたシャンプー等を用いて毛髪や体毛を洗浄し、吸血性害虫の成虫を駆除する方法が知られている(例えば、特許文献1、2参照)。
しかし、このような殺虫剤に抵抗性を持つ個体が発生しており、抵抗性虫の占める割合が増加しているとの報告もある。
【0005】
一方、吸血性害虫の被害を防止するためには、成虫の駆除に加え、卵の駆除も重要である。毛髪中にシラミの卵が残存していたり、愛玩動物の体毛の中にノミの卵が残存していると、例えば毛髪と共に寝具などの上にシラミの卵が落下したり、愛玩動物の体毛からノミの卵が落下し、卵が成虫となった際にそこからさらなる感染が広がる恐れがある。また、殺虫剤の使用により成虫が駆除され、一時的に症状が治まったとしても、新たに孵化したシラミやノミにより再度被害を受けることになる。このような場合、殺虫剤の中断、再開を繰り返すことになり、薬剤抵抗性虫を増加させる原因ともなる。
【0006】
例えば、アタマジラミの卵の駆除には、(1)さらに強力な薬剤を使用する、(2)窒息効果を狙って溶剤等を使用する、(3)目の細かい櫛で梳き取る等の物理的な力で除去する等の手段が知られている。溶剤等を使用する手段として、例えば、ジメチコン(ジメチルポリシロキサン)等のシリコーン油を含有した殺虫殺卵製剤が提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】日本国特開平6−298628号公報
【特許文献2】日本国特開平10−81616号公報
【特許文献3】日本国特開昭54−5027号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、前記(1)の手段では、例えば薬剤をシャンプーに使用すると、人体に直接接することからその安全性に懸念が生じる。また前記(2)の手段では、殺卵効果は期待できるものの、シリコーン油は親水性の溶剤にほとんど溶解しないため、取扱いしづらく毛髪および頭皮全体に使用することが難しい等の問題がある。また前記(3)の手段ではすべての卵を除去することは困難である。
このように吸血性害虫の駆除において、成虫だけでなく卵を駆除することが重要であるが、有効成分としての化合物に殺虫作用と殺卵作用を兼備するものは少ない。通常、幼虫および成虫に及ぼす活性から卵に及ぼす活性を推測することはできず、また、卵への化合物の活性は成虫に比べて低い。これは卵の殻が耐久性を持つためであり、卵の内部にまで化合物が作用しにくいためと考えられる。
【0009】
そこで、本発明の目的は、ピレスロイド系などの殺虫剤を含まずに、取扱いが容易で、シラミやノミ等の吸血性害虫の卵を駆除できる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、特定の脂肪酸エステルに非常に有効な吸血性害虫の卵の孵化阻害効果、並びに吸血性害虫の卵孵化以降の幼虫ないし成虫の駆除効果が見られることを突き止め、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち本発明は、以下の(1)〜(7)によって達成される。
(1)脂肪酸残基およびアルコール残基を含む脂肪酸エステルであって、前記脂肪酸残基および前記アルコール残基のいずれもが分岐構造を有し、かつ、前記アルコール残基の炭素数が前記脂肪酸残基の炭素数よりも多い脂肪酸エステルからなる吸血性害虫卵の孵化阻害剤。
(2)前記脂肪酸エステルが、イソノナン酸イソデシル、イソノナン酸イソトリデシルおよび2−エチルヘキサン酸2−へキシルデシルからなる群から選択される少なくとも1つである前記(1)に記載の吸血性害虫卵の孵化阻害剤。
(3)前記吸血性害虫が、シラミ及びノミのうちの少なくとも一種である前記(1)または(2)に記載の吸血性害虫卵の孵化阻害剤。
(4)前記(1)〜(3)のいずれか1つに記載の吸血性害虫卵の孵化阻害剤を含有する吸血性害虫の殺虫組成物。
(5)シリコーン油を含有する前記(4)に記載の吸血性害虫の殺虫組成物。
(6)前記シリコーン油が、環状シリコーンである前記(5)に記載の吸血性害虫の殺虫組成物。
(7)前記(4)〜(6)のいずれか1つに記載の吸血性害虫の殺虫組成物を含む毛髪剤を用いて、毛髪又は体毛を洗浄することを含む吸血性害虫の殺虫方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤は、シラミやノミ等の吸血性害虫が卵から孵化することを阻害するので、効果的にシラミ及びノミの卵の駆除(殺卵)ができる。また、吸血性害虫の成虫の駆除にも有効であるため、本発明の孵化阻害剤を殺虫組成物に有効成分として含有させることで、吸血性害虫の卵だけでなくその幼虫や成虫に対する駆除にも有効である。
また、本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤はピレスロイド系などの殺虫成分を含まないため、人体に対して安全であるので、殺虫組成物をシャンプー、リンス剤などの毛髪剤に有効成分として含有させて使用した場合、安全で、手軽に、吸血性害虫の卵、その幼虫および成虫を駆除することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤、吸血性害虫の殺虫組成物および吸血性害虫の殺虫方法をさらに詳しく説明する。
なお、本発明において、「殺虫」という用語には害虫の幼虫や成虫だけでなくその卵を駆除(殺卵)することを含むものであり、「殺虫組成物」は「殺虫殺卵組成物」を、「殺虫方法」は「殺虫殺卵方法」を意味するものである。
【0014】
本発明において処理の対象となる吸血性害虫としては、例えば、シラミ、ノミ、ダニ等の生活のために血を吸う害虫が挙げられる。シラミとしては、アタマジラミ、ケジラミ、コロモジラミ、トコジラミ等のヒト吸血性シラミ類の他、イヌジラミ等のケモノジラミ科、ケモノハジラミ科の家畜やペットなどの恒温動物に寄生するシラミ類が挙げられる。また、ノミとしては、ネコノミ、イヌノミ、ヒトノミが挙げられる。本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤は、シラミおよびノミのうちの少なくとも1種を対象とすることが好ましい。
【0015】
(吸血性害虫卵の孵化阻害剤)
本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤は、脂肪酸残基およびアルコール残基を含む脂肪酸エステルであって、前記脂肪酸残基および前記アルコール残基のいずれもが分岐構造を有し、かつ、前記アルコール残基の炭素数が前記脂肪酸残基の炭素数よりも多い脂肪酸エステル(以下、「本発明の特定脂肪酸エステル」と言うことがある)からなることを特徴とする。
【0016】
本発明において、特定脂肪酸エステルにおけるアルコール残基の炭素数は脂肪酸残基の炭素数よりも多ければよく、具体的には、特定脂肪酸エステル中の脂肪酸残基の炭素数に対するアルコール残基の炭素数の割合が1.1以上であることが好ましい。また、アルコール残基の炭素数が脂肪酸残基の炭素数よりも1〜10程度多いものがより好ましい。
特定脂肪酸エステルにおける脂肪酸残基の炭素数は7〜13であることが好ましく、8〜9がより好ましい。
【0017】
また、本発明の特定脂肪酸エステルは、脂肪酸残基およびアルコール残基それぞれにおいて、末端から2つ目の炭素原子が第2級炭素原子または第3級炭素原子であることが好ましい。
【0018】
本発明の特定脂肪酸エステルは、具体的には、イソノナン酸イソデシル、イソノナン酸イソトリデシルおよび2−エチルヘキサン酸2−へキシルデシル等が挙げられ、1種を単独で用いても2種以上を混合して用いてもよい。中でも、イソノナン酸イソトリデシルおよび2−エチルヘキサン酸2−へキシルデシルが、シラミやノミの卵に対する殺卵効果が非常に高いため好ましい。さらに、イソノナン酸イソトリデシルは、低温でも固化しにくく、長期間に渡り製剤の保存安定性にも優れているため、特に好ましい。
【0019】
本発明の特定脂肪酸エステルにより吸血性害虫の孵化を阻害できる理由は定かではないが、本発明の特定脂肪酸エステルは、アルコール残基の炭素数が脂肪酸残基の炭素数よりも多く、アルコール部分が長鎖になるため卵殻への浸透性が高くなり、また、脂肪酸残基およびアルコール残基のいずれもが分岐構造を有しているため直鎖脂肪酸エステルにはない浸透性がある。よって吸血性害虫の卵やその幼虫ないし成虫に対して速やかに効力を発揮するものと推測される。一方、直鎖脂肪酸エステルや短鎖脂肪酸は卵表面への親和性、浸透性が低く、水等で卵表面から容易に洗い落とされてしまうため、人体に使用するような洗浄剤や水ですすぐ使用方法では、卵に対する駆除効力が出ない。
【0020】
また、本発明の特定脂肪酸エステルは、室温で粘性の低い液体であり、毛髪や体毛の全体に容易に処理することができる。また、保存時の安定性が高いことから、殺菌剤などの保存剤や、製剤安定化のための界面活性剤などを添加することなく、製剤化することも可能となることから、界面活性剤による刺激を抑えた製剤を得ることができる。さらに、本発明の特定脂肪酸エステルは卵殻への親和性は非常に高く、非常に強力かつ有効な吸血性害虫卵の孵化阻害効果を奏するものと推測される。また、吸血性害虫の卵孵化以降の幼虫ないしその成虫に対する駆除効果も良好である。
【0021】
(吸血性害虫の殺虫組成物)
本発明の吸血性害虫の殺虫組成物は、前記本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤を有効成分として含有することを特徴とする。本発明の吸血性害虫の殺虫組成物は、吸血性害虫の卵、或いは吸血性害虫の卵孵化以降の幼虫ないし成虫と接触させることにより、これらに対する駆除効果を発揮することができる。
【0022】
本発明の吸血性害虫の殺虫組成物における本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤の含有割合は、該組成物を適用する対象物(例えば、毛髪、体毛等)によって適宜決定すればよいが、毛束(長さ10cm、毛髪550〜600本相当)あたり、本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤として、例えば、20〜500mg、好ましくは50〜250mg程度を接触させるようにすればよい。毛束に対して本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤を、有効成分として20〜500mg程度となるように処理することで、毛束についた吸血性害虫の卵に充分な量の有効成分を接触させることができ、吸血性害虫の卵に対する孵化抑制効果を十分に発揮することができる。
【0023】
また、本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤を対象物に接触させる接触時間は、例えば、1分以上が好ましく、5分以上がより好ましく、10分以上がさらに好ましい。本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤を1分以上接触させることで、吸血性害虫の幼虫ないし成虫に充分な駆除効果が得られる。また、5分以上接触させることで、吸血性害虫の卵に対しても非常に高い駆除効果が得られる。さらに、10分以上接触させることで毛髪や体毛の根元に付着した卵など、製剤の届きにくい箇所にある吸血性害虫の卵に対しても充分な効果を得ることができる。また、接触時間の上限は特に限定されないが、例えば60分以下であり、40分以下がより好ましく、20分以下がさらに好ましい。
本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤を前記範囲の時間、吸血性害虫の卵、或いはその幼虫ないし成虫に接触させることで、本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤が対象物に付着した吸血性害虫の卵、或いはその幼虫ないし成虫に十分に作用し、十分な駆除効果を発揮することができる。
【0024】
本発明の吸血性害虫の殺虫組成物には、シリコーン油を含有することができる。本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤は、シリコーン油との相容性が良好であるため、これらを混合することにより、本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤の有する上記効果と、シリコーン油の有する成虫および卵を窒息させる効果とを併せ持つ、吸血性害虫の殺虫組成物を提供することができる。
【0025】
シリコーン油としては、例えば、ジメチルポリシロキサン(ジメチコン)、メチルフェニルポリシロキサン、メチルハイドロジェンポリシロキサン、トリシロキサン等の鎖状シリコーン、オクタメチルシクロテトラシロキサン、デカメチルシクロペンタシロキサン、ドデカメチルシクロヘキサシロキサン等の環状シリコーン、ジメチコノール等の変性シリコーン等が挙げられ、1種を単独でまたは2種以上を混合して用いることができる。中でも、本発明の効果の観点からは室温で液状のシリコーン油を用いることが好ましく、吸血性害虫の卵の孵化阻害効果と吸血性害虫の幼虫ないし成虫の殺虫効果の観点からはジメチコン、デカメチルシクロペンタシロキサンを用いることが好ましい。また、本発明の特定脂肪酸エステルは、長時間皮膚に付着した状態であると皮膚が過敏な人によっては刺激を感じる場合があるため、その場合は環状シリコーン、特にデカメチルシクロペンタシロキサンを用いることで、人体への刺激抑制効果が得られるため好ましい。
【0026】
本発明の吸血性害虫の殺虫組成物において、本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤とシリコーン油との比率は、吸血性害虫卵の孵化阻害剤100重量部に対してシリコーン油を1〜90重量部とすることが好ましく、4〜80重量部がより好ましい。吸血性害虫卵の孵化阻害剤100重量部に対してシリコーン油が4重量部以上であると、シリコーン油による吸血性害虫の成虫への殺虫効果を十分に得ることができ、50重量%以上であると、刺激抑制の面から好ましい。80重量部以下であると、シリコーン油の吸血性害虫の殺虫組成物に含有するその他の成分との相溶性を十分に確保できる。また、本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤はシリコーン油との相溶性が高いため、シリコーン油自体を溶剤として、吸血性害虫の殺虫組成物を本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤とシリコーン油のみからなる製剤としてもよい。
【0027】
本発明の吸血性害虫の殺虫組成物には、その他の成分として、人体に対して薬理学的に許容される各種成分を含むことができる。その他の成分として、例えば、溶剤、増粘剤(粘稠剤)、界面活性剤、香料等が挙げられる。
【0028】
溶剤は、本発明の吸血性害虫の殺虫組成物中の各成分を溶解させるために配合される。溶剤としては、例えば、水、水溶性溶剤(グリセリンなど)、アルコール系溶剤(メタノール、エタノールなど)、炭化水素系溶剤(流動パラフィンなど)などが挙げられる。
【0029】
増粘剤(粘稠剤)は、本発明の吸血性害虫の殺虫組成物に適度な粘度を与え、液ダレしにくく、処理の最中及び処理時間内にシラミの殺虫組成物が顔や衣類に液ダレし、付着することを防ぐ。増粘剤(粘稠剤)としては、例えば、無水ケイ酸、パルミチン酸デキストリン、(ベヘン酸/エイコサン二酸)グリセリル、ポリ(オキシエチレン・オキシプロピレン)メチルポリシロキサン共重合体などのオイル系増粘剤、カルボキシビニルポリマー、デキストリンなどの水系増粘剤が挙げられる。
【0030】
界面活性剤は、本発明の吸血性害虫の殺虫組成物による処理後の洗い流しにおいて、洗浄力を高めるために配合される。界面活性剤を使用することで吸血性害虫の殺虫組成物を洗い落とししやすくなるとともに、吸血性害虫の殺虫組成物に増粘(粘稠)効果を付与することもできる。界面活性剤としては、例えば、ポリソルベート、テトラオレイン酸ポリオキシエチレン(POE)ソルビット、ジイソステアリン酸ポリエチレングリコール(PEG)などが挙げられる。
【0031】
香料は、本発明の吸血性害虫の殺虫組成物への香りの付与、処理時に使用感を高めるための香りの付与を目的として配合される。香料を配合することにより、使用効果感を高めることができる。
【0032】
本発明の吸血性害虫の殺虫組成物は、通常、ヒトや動物の頭皮や皮膚に直接処理するなどして用いられる。例えば、ヒトや動物の毛髪、体毛等を水で濡らした後、吸血性害虫の殺虫組成物をそのままあるいは2倍量から50倍量の水で適宜希釈して該毛髪、体毛等及びその根元付近の皮膚に処理し、必要により適宜水で洗い流す等、通常のシャンプーのような毛髪処理剤(毛髪剤)の施用方法に準じて施用することができる。施用量は施用部位により異なるが、上記したように本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤として毛束(長さ10cm、毛髪550〜600本相当)あたり、本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤として、例えば、20〜500mg、好ましくは50〜250mg程度接触するようにすればよい。有効成分として、毛束に対して本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤として20〜500mg程度となるように使用されるのが効果的である。
【0033】
本発明の吸血性害虫の殺虫組成物は、その効果を最大限に発揮するために、例えばシャンプー組成物、リンス剤などの毛髪処理剤(毛髪剤)としての形態が好ましい。
毛髪処理剤としては、本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤、水、界面活性剤、各種添加剤、好適な形態としてさらにシリコーン油を含有することができる。
【0034】
毛髪剤における本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤の割合は、例えば、毛髪剤全体に対し、4〜80重量%が好ましい。毛髪剤中の本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤の含有量が前記範囲であると、吸血性害虫の卵、および吸血性害虫の幼虫ないし成虫の駆除に効果が得られる施用量を処理することができる。
【0035】
毛髪剤におけるシリコーン油の割合は、上記の本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤とシリコーン油との比率に従えばよいが、例えば、毛髪剤全体に対し4〜80重量%程度が好ましい。
【0036】
界面活性剤としては、例えば、アニオン性界面活性剤、両性界面活性剤等が挙げられる。
アニオン性界面活性剤としては、例えばステアリン酸ナトリウムやパルミチン酸トリエタノールアミン等の脂肪酸セッケン、アルキルエーテルカルボン酸及びその塩、アミノ酸と脂肪酸の縮合等のカルボン酸塩、アルキルスルホン酸、アルケンスルホン酸塩、脂肪酸エステルのスルホン酸塩、脂肪酸アミドのスルホン酸塩、アルキルスルホン酸塩とそのホルマリン縮合物のスルホン酸塩、アルキル硫酸エステル塩、第二級高級アルコール硫酸エステル塩、アルキル及びアリルエーテル硫酸エステル塩、脂肪酸エステルの硫酸エステル塩、脂肪酸アルキロールアミドの硫酸エステル塩、ロート油等の硫酸エステル塩類、アルキルリン酸塩、エーテルリン酸塩、アルキルアリルエーテルリン酸塩、アミドリン酸塩、N−アシルアミノ酸系活性剤等が挙げられる。
両性界面活性剤としては、例えば、ベタイン、アミノカルボン酸塩、イミダゾリン誘導体等が挙げられる。
界面活性剤の使用量は、例えば、毛髪剤全体に対し、1〜50重量%であり、1〜10重量%がさらに好ましい。
【0037】
各種添加剤としては、例えば、防腐剤、香料、色素、緩衝剤、pH調整剤、酸化防止剤、粘度調整剤、気泡安定剤、キレート化剤、コンディショニング剤等が挙げられ、これらは公知の成分の中から適宜使用すればよい。
【0038】
毛髪剤のpHは、例えば、4〜8、好ましくは5〜8である。毛髪剤のpHが上記範囲であれば、組成物の安定性が高く、人体に対する刺激がなく使用感が良好である。さらに、本発明の吸血性害虫卵の孵化阻害剤の活性を損なうことがない
【実施例】
【0039】
以下、本発明を実施例および比較例によりさらに説明するが、本発明は下記例に制限されない。
【0040】
(試験例1)
シラミの卵として、コロモジラミ(Pediculus humanus corporis)の卵を使用した。具体的には、実験の前日に毛髪束(長さ10cm、毛髪550〜600本程度)に対し、吸血直後のコロモジラミ成虫100頭前後を放ち、30℃、相対湿度(RH)50%の条件下、1日間産卵させた。その後、毛髪束から成虫のみを回収し、実験に供試するシラミ卵付きの毛髪を得た。なお、毛髪束にはシラミ卵が約10個付着していた。
下記表1に示す各種検体2.5mLをシャーレ(φ90mm)にとり、上記毛髪束を浸漬し、5分間放置した。続いて、毛髪束をメッシュ(目開き177μm)に移し、流水で洗い流し、水分を取り除いた後、清潔なろ紙を敷いたシャーレ(φ90mm)に移した。室温(30℃)で10日間放置し、10日後に目視観察を行い、孵化阻害率を調べた。
下記の計算式より求めた。コントロールは各検体の実施に応じて試験を行った。
孵化率(%)=試験検体の孵化数/コントロールの孵化率
孵化阻害率(%)=(1−試験検体の孵化率/コントロールの孵化率)×100
試験は各組成物に対して複数回(3〜7回)行い、孵化阻害率はその平均とする。
その結果を表1に併せて示す。
なお、以下の各検体において、前記各種化合物は医薬部外品規格または医薬品添加物規格に相当するものであり、市販品を用いた。
【0041】
【表1】
【0042】
表1の結果から、本発明の特定脂肪酸エステルであるイソノナン酸イソデシル、イソノナン酸イソトリデシルおよび2−エチルヘキサン酸2−へキシルデシル(検体1〜3)は孵化阻害率が50%以上であり、シラミ卵に対して強い孵化阻害効果を確認できた。
【0043】
(試験例2)
試験例1で用いた検体1〜18について、表2に示すジメチルポリシロキサン(ジメチコン)との相溶性について調べた。
ジメチコン:各種検体=4:50(重量比)とする混合物を調製し、室温(約25℃)〜60℃に加温し、スターラーで撹拌後、15分間静置した後の混合物の状態を目視にて観察し、相溶性を評価した。
外観上、混合物が溶解しているものを「均一:〇」、沈殿や不純物が確認されたものを「不均一:×」と評価した。結果を表2に示す。
【0044】
【表2】
【0045】
表2の結果から、本発明の特定脂肪酸エステルであるイソノナン酸イソデシル、イソノナン酸イソトリデシルおよび2−エチルヘキサン酸2−へキシルデシル(検体1〜3)は、ジメチコンと優れた相溶性を有することが確認された。さらに、イソノナン酸イソトリデシルはジメチコンと任意の割合で相溶性があり、いずれの粘度のジメチコンを使用した場合にも15分以上均一な状態を保つことを確認した。
【0046】
(試験例3)
試験例2においてジメチコンとの相溶性が確認された検体1〜3、5、9を用い、下記表3に示す処方に従い、各組成物(実施例1〜9、比較例1〜3)を調製した。
シラミの卵として、コロモジラミの卵を使用した。具体的には、実験の前日に毛髪束に対し、吸血直後のコロモジラミ成虫100頭前後を放ち、30℃、RH50%の条件下、1日間産卵させた。その後、毛髪束から成虫のみを回収し、実験に供試するシラミ卵付きの毛髪を得た。なお、毛髪束にはシラミ卵が約10個付着していた。
各組成物2.5mLをシャーレ(φ90mm)にとり、上記毛髪束を浸漬し、5分間放置した。続いて、毛髪束をメッシュ(目開き177μm)に移し、流水(50mL/秒で1分)で洗い流し、水分を取り除いた後、清潔なろ紙を敷いたシャーレ(φ90mm)に移した。シャーレをインキュベーター内(30℃)で10日間放置し、10日後に目視観察を行い、孵化阻害率を調べた。孵化阻害率は、
下記の計算式より求めた。コントロールは各検体の実施に応じて試験を行った。
孵化率(%)=試験検体の孵化数/コントロールの孵化率
孵化阻害率(%)=(1−試験検体の孵化率/コントロールの孵化率)×100
試験は各組成物に対して複数回(3〜12回)行い、孵化阻害率はその平均値とする。
結果を表4に示す。
【0047】
【表3】
【0048】
【表4】
【0049】
表4の結果から、本発明の特定脂肪酸エステルであるイソノナン酸イソデシル、イソノナン酸イソトリデシルおよび2−エチルヘキサン酸2−へキシルデシル(実施例1〜3)は、ジメチコンと併用した場合、強いシラミ卵の孵化阻害効果を有することがわかった。
【0050】
(試験例4)
試験例1でシラミ卵に対して強い孵化阻害効果が確認された検体1〜3を用いてシラミ成虫に対する殺虫効力を評価した。
下記表5に示す処方に従い、各組成物(実施例10〜16、比較例4〜7)を調製した。
【0051】
<24時間後致死率の測定>
各組成物2.5mLをシャーレ(φ90mm)に取り、そこにコロモジラミの雌成虫10頭を供し、5分間接触させた。続いて、供試虫をメッシュ(目開き177μm)に移し、流水(50mL/秒、1分間)で検体を洗い流した。供試虫を清潔なろ紙に移し、水気を取ってから清潔なろ紙を敷いたシャーレ(φ90mm)に移した。シャーレをインキュベーター内(30℃)に静置し、24時間後の致死数を観測した。致死率は下記の計算式より求めた。なお、比較例4は、シャーレにコロモジラミを供したもののみで同様に試験したものである。
致死率(%)=試験検体による致死数/供試虫数×100
試験は各検体に対して2反復実施し、致死率はその平均値とする。結果を表5に示す。
【0052】
<皮膚刺激性試験>
白色モルモット(Hartley系(日本エスエルシー株式会社より購入)、雄28〜30週齢)の左右背部を電気バリカンで除毛し、皮膚を露出させた。各組成物を1.2×1.2cmのリント布(ピップトウキョウ株式会社製)に一定量(50μL/cm)を含浸させ、5×6cmの大きさの密封性サージカルテープBlenderm(住友スリーエム社)で裏打ちし、パッチを作製し、皮膚表面(約150cm)に貼付し、さらに、伸縮性粘着テープ(エラテックス3号 2.5cm×5m、アルケア社)を白色モルモットの胴体に巻いてパッチを覆い、24時間閉塞貼付した。24時間後、パッチを除去し、その24時間後の皮膚反応を観察し、皮膚刺激性を評価した。
皮膚反応の評価は、大水疱を有する皮膚反応や強度紅斑の出た場合を「強い刺激性がある:××」、明らかな紅斑とともに水疱を有する皮膚反応が出た場合を「刺激性がある:×」、軽度の紅斑が見られたが実使用上の問題はないものを「弱い刺激性があり:△」、かすかな紅斑が出た(かすかな赤みが見られた)が実使用上は全く問題のないものを「ほとんど刺激性がない:〇」、外見上の変化がないものを「刺激性がない:◎」として評価した。結果を表5に示す。なお、表5中の「N.D.」は皮膚刺激性試験を未実施であることを示す。
【0053】
【表5】
【0054】
表5の結果から、本発明の特定脂肪酸エステルであるイソノナン酸イソデシル、イソノナン酸イソトリデシルおよび2−エチルヘキサン酸2−へキシルデシル(実施例10〜12)は、シラミ成虫に対する24時間後の致死率が80%以上であり、シラミ成虫に対しても強い防除効果を持つことを確認した。イソノナン酸イソトリデシルを有効成分として含有する実施例13〜17についても24時間後の致死率は100%であり、全てのコロモジラミを致死させることができた。
また、本発明の特定脂肪酸エステルは、流動イソパラフィンのような溶剤やデカメチルシクロペンタシロキサン等のシリコーン油と併用することにより、24時間後の致死率を確保しつつ、皮膚に対する刺激性を抑制できることがわかった。
【0055】
(試験例5)
ノミの卵として、ネコノミ(Ctenocephalides felis BOUCHE)の卵(産卵後24時間以内のもの)を使用した。
ガラスシャーレ(φ90mm)にネコノミ卵を20〜35個取り、イソノナン酸イソトリデシル500μLを滴下し、シャーレを傾けながらネコノミ卵を浸漬させた後、10分間静置した。その後、ろ紙を敷いたブフナー漏斗にネコノミ卵のみを移し、市販のシャンプー剤250μLを滴下し、馴染ませた。続いて、水1mLを滴下しながら吸引濾過を行い、シャンプー剤を洗い落とした。
洗浄したネコノミ卵を25℃、75%RHの条件下、3日間保管し、その後の孵化数を計数した。試験は5回行った。結果を表6に示す。
また、コントロールとして、イソノナン酸イソトリデシルを滴下せずに、シャンプー剤での洗浄処理のみを行った。具体的に、ろ紙を敷いたブフナー漏斗にネコノミ卵を20〜35個取り、市販のシャンプー剤250μLを滴下し、馴染ませた後、水1mLを滴下しながら吸引濾過を行い、シャンプー剤を洗い落とした。その後、洗浄したネコノミ卵を25℃、75%RHの条件下、3日間保管し、その後の孵化数を計数した。試験は5回行った。結果を表6に示す。
【0056】
得られた孵化数から、下記の計算式(1)、(2)により、孵化率及び孵化阻害率を算出した。結果をあわせて表6に示す。
孵化率(%)=(孵化数の合計数)/(供試したネコノミ卵の合計数)×100・・・(1)
孵化阻害率(%)=(1−試験検体の孵化率/コントロールの孵化率)×100・・・(2)
【0057】
【表6】
【0058】
表6の結果から、本発明の特定脂肪酸エステルであるイソノナン酸イソトリデシルは孵化阻害率が70.7%であり、ネコノミ卵に対して強い孵化阻害効果を確認できた。
【0059】
続いて、本発明に係るシラミ卵の孵化阻害剤を配合した毛髪剤の処方例(製剤例1〜22)を示す。
【0060】
【表7】
【0061】
【表8】
【0062】
【表9】
【0063】
【表10】
【0064】
【表11】
【0065】
【表12】
【0066】
【表13】
【0067】
【表14】
【0068】
【表15】
【0069】
【表16】
【0070】
【表17】
【0071】
【表18】
【0072】
【表19】
【0073】
【表20】
【0074】
【表21】
【0075】
【表22】
【0076】
【表23】
【0077】
【表24】
【0078】
【表25】
【0079】
【表26】
【0080】
【表27】
【0081】
【表28】
【0082】
本発明を詳細にまた特定の実施態様を参照して説明したが、本発明の精神と範囲を逸脱することなく様々な変更や修正を加えることができることは当業者にとって明らかである。本出願は、2014年10月22日出願の日本特許出願(特願2014−215298)に基づくものであり、その内容はここに参照として取り込まれる。