【実施例】
【0020】
実施例として、マウスを用いた実験を行った。マウスは、体重約20−25g(4週齢)のddY系雄性マウス(日本エスエルシー株式会社より購入)を使用した。マウスの通常飼育は室温24±1℃、12時間毎の明暗サイクル(午前7時から午後7時,点灯)下で行い、8匹/1ゲージとした。飼料(MF(商品名)、オリエンタル酵母)及び水は自由に摂取させた。
【0021】
一部のマウスについては、Specific alternation of rhythm in temperature(SART)を施し、慢性ストレス状態にした。具体的には、室温24℃の飼育室(以下「常温飼育室」)と庫内温度4℃の動物飼育用チャンバー(以下「低温飼育室」)の両方にマウス飼育用ケージを用意し、毎日9時から16時までの間は1時間ごとにマウスを両ケージ間に移し変え、16時から翌朝9時までは4℃のチャンバー内で飼育するという環境温度変化に7日間曝すことによりストレスを加えた。実験当日の朝11時までSARTストレスの負荷方法に従って常温飼育室と低温室温室の入れ替えを行った。
【0022】
図1にSARTストレスの負荷方法についての経過図を示す。RoomAは常温飼育室で、RoomBは低温飼育室である。マウスはケージ毎両室間を移動させられる。図中のラインは飼育用ケージの移動を表している。またラインの折れ曲がり点に記載している数字は時刻である。毎日9時から16時までの1時間毎に常温飼育室(RoomA)と低温飼育室(RoomB)の間を入れ替えられたマウスは、16時から翌朝の9時まで低温飼育室(RoomB)に放置される。このような温度変化に7日間曝されること(SARTストレス)で、慢性ストレス状態を生み出している。SARTストレスを与えたマウスを「慢性ストレスマウス」と呼ぶ。
【0023】
ストレスを与えなかったマウスは、「非ストレスマウス」と呼ぶ。また、一部の非ストレスマウスには、
図1の低温飼育室RoomBに1時間放置することで、急性ストレスを与えた。このように急性ストレスを与えたマウスを、「急性ストレスマウス」と呼ぶ。なお、非ストレスマウスは、移動に伴うストレスの要素を除去するために、SARTストレスと同様のスケジュールで、ゲージ間の移動を行った。もちろん、この移動によっても温度によるストレスはないようにした。
【0024】
上記のように、慢性ストレスマウスと、急性ストレスマウスと、非ストレスマウスに対して、シリカモノリス(直径2.9mm長さ10mm,吸着材含有、ジーエルサイエンス社)で血液を採取し、GC/MS/TD(島津製作所:GC−2010、GCMS−Q2010Plus,OPTIC−4)を用いて分析を行った。
【0025】
図2には、結果を示す。横軸は時間(分:min)であり、縦軸は強度(無単位)である。cold1−1、cold2−1、cold3−1は急性ストレスマウスである。また、control2−1、control2−2、control3−1、control1−2はすべて非ストレスマウスである。
【0026】
ストレスを与えると、人ではコルチゾールが発現するとされているが、マウスはコルチゾールを生合成するために必要な酵素をほとんど持っていない。したがって、ストレスが与えられた際には、コルチゾールになるはずのコレステロール(Cholest−5−en−3−ol)が発現する。
【0027】
図2では、急性ストレスマウス3匹(cold1−1、cold2−1、cold3−1)のうち、cold1−1とcold2−1には、コレステロールが発現したが、cold3−1には発生しなかった。一方、非ストレスマウスについては、4匹中4匹ともほとんどコレステロールの発現は認められなかった。
【0028】
図3は、
図2の一部の区間を抜き出して拡大したものである。この部分のちょうど156mzに相等するピーク(
図3中に矢印で示した。)は、急性ストレスマウス(cold1−1、cold2−1、cold3−1)には、3匹とも発現し、非ストレスマウスには、発現しない物質が確認できた。そして、この部分に相当するのがTCIであることが確認された。
【0029】
すなわち、TCIは、急性ストレスマウスに確実に発現する物質であるので、ストレスマーカーとして利用することができる。
【0030】
TCIは唾液中からも検出することができるので、与える負荷によってどの程度のストレスが生じるかを時系列で観測することが容易である。
【0031】
図4には、急性ストレスマウスと慢性ストレスマウスの血液を分析した結果を示す。ここでは、TCIは四角で囲った156mzのピーク部分に観測される。急性ストレスマウスは、TCIが発現しているが、慢性ストレスマウスにはTCIが発現していなかった。
【0032】
SARTストレスを負荷したマウスは慢性ストレス状態にあり、その行動パターンは明らかに非ストレスマウスと異なることがすでに報告されている(”Anxiety−Like Behavior in Elevated Plus−Maze Test in Repeatedly Cold−Stressed Mice”,Taeko Hata etal,Jpn.J.Pharmacol.85,189−196(2001))。
【0033】
つまり、TCIの発現を観察することで、急性ストレスを受けているか否かがわかり、行動が異常であってTCIが消失していることを観察することで、慢性ストレス状態になっているか否かを判断することができる。
【0034】
このことを利用したストレス評価法について、より具体的に説明する。本発明に係るストレスマーカー(TCI)は、ヒトに対しても使用することができる。しかし、動物のストレス状態を知るのにより適している。
【0035】
まず、検査対象の行動に異常が見られるか否かを観察する。ここで行動異常か否かは、高架式十字迷路試験といった試験方法でかなり客観的に知ることが出来る。また、一箇所にじっとしていて、行動が停止気味もしくは緩慢になっている若しくは、同一行動を際限なく繰り返すといった観察結果であってもよい。もちろん、これ以外の他の方法を用いても良い。この工程は、検査対象の行動異常の有無を調べる工程と言って良い。
【0036】
次に検査対象の体液(血液採取が可能であれば血液が望ましい。)を採取する。そして、GC/MSで、TCIの発現を調べる。この工程は、検査対象にTCIが発現しているか否かを調べる工程といってよい。
【0037】
ここでTCIの発現には、GC/MSやLC/MS以外に、抗TCI抗体(モノクロナール抗体であってもよいし、ポリクロナール抗体であってもよい)を利用し、ELISA(Enzyme−Linked Immuno Sorbent Assay)で検出してもよい。また、EIA(Enzyme immunoassay)やRIA(Radioimmunoassay)を利用することができる。なお、抗TCI抗体は、公知の常法によって得られる。また、その他にTCIを特異的に検出できる方法を用いてもよい。
【0038】
その結果、行動異常が見られずに、TCIの発現が見られる場合は、急性ストレス状態にあると判断する。また、行動異常が見られずに、TCIの発現が見られない場合は、特にストレスを受けていない、つまりリラックスした状態であると判断できる。
【0039】
一方、行動異常が見られ、なお、TCIの発現が見られない場合は、慢性ストレス状態にあると判断できる。
【0040】
なお、検査対象の行動異常の有無を調べる工程はなくてもよい。TCIの発現が検知された時点で、少なくとも急性ストレス状態であると判断できるからである。
【0041】
以上のように、本発明に係るストレスマーカー(TCI)を利用したストレス評価方法は、急性ストレスの有無と、慢性ストレス状態になっているか否かの判断指針とすることができる。