【文献】
Colan E.Hughes, P.Andrew Williams, and Kenneth D.M.Harris," ”CLASSC NMR”:An In-Situ NMR Strategy for Mapping the Time-Evolution of Crystallization Processes by Combined Liquid-State and Solid-State Measurements",Angewandte Chemie,2014年 8月18日,Vol.126, No.34,pp.9085-9089
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近時、試料の結晶化(Crystallization)の過程において、溶液NMR測定(Solution NMR (Nuclear Magnetic Resonance)Measurement)及び固体NMR測定(Solid-state NMR Measurement)を間欠的に繰り返し実行する時間分解NMR測定法(Time-Resolved NMR Measurement Method)が提案されている(非特許文献1を参照)。
【0003】
この測定法において、測定対象となるものは液体(液体試料)と固体(固体試料)とが混じり合っている試料である。ここで、液体とは、試料そのものが液体(高温で溶かしたポリマーなど)であるもの、及び、溶質が溶媒に溶解してできた溶液(砂糖を水で溶かした砂糖水など)を指す。結晶化の進展に伴って、溶液割合が減少し、固体割合が増加する。そのような変化を観測するために、複数の溶液測定過程と複数の固体測定過程とが実行される。一般に、溶液測定過程と固体測定過程とが交互に実行され、個々の溶液測定過程では、複数回の溶液NMR測定が実行され、個々の固体測定過程では、複数回の固体NMR測定が実行される。隣接する2つのNMR測定の間には、緩和遅延(Relaxation Delay)が設けられる。それは、静磁場中において、熱平衡状態の形成により、磁化(Magnetization)を回復させるための「待ち時間」である。
【0004】
NMR信号の観測にかかる時間は、待ち時間に対して十分短いことが多く、NMR測定のほとんどの時間は待ち時間で占められる。1回の溶液測定過程においては、例えば128回の溶液NMR測定が実行され、1つの溶液NMR測定あたり必要な待ち時間は例えば3秒である。その場合、1つの溶液NMRスペクトルを得るのに6.4分かかる。NMR測定を繰り返すのは、一般に、個々のNMR信号(具体的にはFID(Free Induction Decay)信号)はかなり微弱であり、多数のNMR信号を得て、それらを平均化してはじめて有意なNMR信号が得られるためである。一方、1回の固体測定過程においては、例えば256回の固体NMR測定が実行され、1つの固体NMR測定あたり必要な待ち時間は例えば9秒である。その場合、1つの固体NMRスペクトルを得るのに38.4分かかる。
【0005】
結局、溶液スペクトル及び固体スペクトルの両方を得るためには44.8分もかかる。その時間が実質的な時間分解能となる。つまり、44.8分ごとに、溶液の測定結果及び固体の測定結果が得られ、それらの測定結果から、溶液及び固体に対する定量解析、構造解析等が実行される。上記測定法は、例えば数時間あるいは数十時間にわたって、継続的に実行される。
【0006】
上記測定法において、例えば、溶液は
1Hと
13Cとを含み、固体も
1Hと
13Cとを含む。溶液NMR測定では、溶液中の
13Cに対するシングルパルス測定が実行される。すなわち、
13Cに対してシングルパルス(90°パルス)が照射され、その後にFID信号が観測される。固体中の
13Cの磁化の緩和時間は、溶液中の
13Cの磁化の緩和時間よりも非常に長いので、
13Cを励起した場合、固体中の
13CからのFID信号はほとんど検出されず、溶液中の
13CからのFID信号が支配的に検出される。一方、固体NMR測定では、CP(Cross Polarization)−MAS(Magic Angle Spinning)測定が実行される。すなわち、
1Hに対してシングルパルスが照射された上で、CP(Cross Polarization)を利用して、磁化が
1Hから
13Cへ移される。その後に
13CからのFID信号が観測される。溶液中においては分子運動のための双極子相互作用が平均化されてしまい、溶液中の
13CからのFID信号は観測されず、観測されるのは固体中の
13CからのFID信号となる。なお、MAS法は、試料を収容した容器を静磁場に対して所定角度(マジック角度)傾斜させた状態で、その容器を高速で回転させながら、NMR測定を行う方法である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記測定法は、いわゆるin situで、溶液変化と固体変化とを同時に観測できるものであるが、観測全体としてかなりの時間を要し、特に、時間分解能が低いという問題がある。化学反応や結晶化を詳細に観察するためにはあるいは速い反応や結晶化を観察するためには時間分解能を高めることが必要である。
【0009】
本発明の目的は、液体と固体とを含む試料に対するNMR測定において、時間分解能を高めることにある。あるいは、本発明の目的は、液体と固体とを含む試料に対するNMR測定において、磁化回復用の待ち時間を削減することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るNMR測定方法は、液体及び固体を含む試料に対して、溶液NMR測定及び固体NMR測定の内で一方を実行する第1測定工程と、前記試料に対して前記溶液NMR測定及び前記固体NMR測定の内で他方の測定を実行する第2測定工程と、を含み、前記第1測定工程では、前記第2測定工程の開始時において核Bの磁化が残るように、核AについてのNMR測定が実行され、前記第2測定工程では、前記核Bに残った磁化を利用することにより、核CについてのNMR測定が実行され、前記第1測定工程後の磁化回復用待ち時間なしに前記第1測定工程に続いて前記第2測定工程が実行され、又は、前記第1測定工程と同時進行で前記第2測定工程が実行される、ことを特徴とする。
【0011】
上記構成において、第1測定工程での観測対象がA核であり、第2測定工程での観測対象がC核である。核Cは、核Aと同じ核、核Bと同じ核、又は、核A及び核Bのいずれとも異なる核、である。ここにおいて、A,B及びCはそれぞれ核の種類を象徴する記号である。保存される核B磁化(巨視的磁化)は、第2測定工程において核Bを励起させる上での前提条件をなすものである。その磁化の方向は、典型的には、静磁場方向に平行な方向であるが、静磁場方向に直交する方向、あるいは、それ以外のいかなる方向であってもよい。
【0012】
上記構成によれば、第2測定工程において核Bの磁化が利用されることを前提として、第1測定工程において、第2測定工程の開始時に核Bの磁化が残るように(第2測定工程で利用する磁化が損なわれてしまわないようにあるいはその磁化が保存されるように)、核Aを観測対象としたNMR測定が実行される。その後、第2測定工程において、核Bの磁化を利用して、核Cを観測対象としたNMR測定が実行される。よって、第1測定工程と第2測定工程との間に磁化回復用の待ち時間を設ける必要がなくなる。つまり、第1測定工程の直後から第2測定工程を実行することが可能となり、あるいは、第1測定工程と同時進行で第2測定工程を実行することが可能となる。第2測定工程の実行後において磁化回復用の待ち時間が必要になるとしても、上記構成によれば、待ち時間全体を大幅に削減でき、条件次第では、従来例に比べて待ち時間全体を例えば半減又はそれ以下にすることができる。これにより、時間分解測定を行う場合に、時間分解能を高めることが可能となり、高速な化学反応や結晶化を観測することが可能となる。何らかの事情があれば、第1測定工程の実行完了後、若干のブランク時間をおいてから、第2測定工程の実行を開始するようにしてもよい。但し、そのブランク時間は従来において必要であった磁化回復用待ち時間よりも短い時間である。
【0013】
第1測定工程は、溶液NMR測定及び固体NMR測定の内の一方であり、第2測定工程は、溶液NMR測定及び固体NMR測定の内の他方である。固体と溶液の性質の違いを利用して、溶液中の観測対象核からのFID信号及び固体中の観測対象核からのFID信号が観測される。第1測定工程と第2測定工程において同じ核が観察対象となってもよい。その場合、第2測定工程において、核Bの磁化が核C(=核A)に移され、核CからのFID信号が観測されてもよい。その場合、例えば、核Aは
13Cであり、核Bは
1Hであり、核Cは
13Cである。あるいは、第2測定工程において、磁化が保存された核Bがそのまま観測対象核(つまり核C)となってもよい。その場合、例えば、核Aは
13Cであり、核Bは
1Hであり、核Cは
1Hである。あるいは、第2測定工程において、核Bの磁化が、核A及び核Bとは異なる核Cに移され、その上で核CからのFID信号が観測されてもよい。その場合、例えば、核Aは
13Cであり、核Bは
1Hであり、核Cは
15Nである。
【0014】
上記NMR測定方法は、望ましくは、化学反応過程又は結晶化過程を間欠的に観測する時間分解測定法であって、観測プロセスを繰り返し実行するものであり、前記観測プロセスは、磁化回復用待ち時間と、前記磁化回復用待ち時間に続く工程結合であって、前記第1測定工程及び前記第2測定工程からなる工程結合と、により構成される。隣接する2つの工程結合の間に磁化回復用待ち時間が設けられるとしても、個々の工程結合中には磁化回復用待ち時間が含まれないので、観測プロセスの実行に要する時間を短縮化でき、つまり、時間分解能を高められる。
【0015】
実施形態において、前記第1測定工程は、前記溶液中の前記核Aを観測対象とする前記溶液NMR測定工程であり、前記第2測定工程は、前記第1測定工程に続いて実行され、前記固体中の前記核Cを観測対象とする前記固体NMR測定工程である。第1測定工程に影響を与えない限りにおいて、第1測定工程の実行完了を待たずに第2測定工程の実行が開始されてもよい。それとは逆に、上記のように、第1測定工程と第2測定工程との間に若干のブランク時間を設けるようにしてもよい。実施形態において、前記固体NMR測定工程は、前記核Bの磁化を前記核Cに移動させる双極子相互作用を利用する磁化移動工程と、前記磁化移動工程後に前記核CからのFID信号を検出する検出工程と、を含む。磁化移動工程では、例えば、交差分極(CP)が利用される。本願明細書において、固体の概念には液晶が含まれる。液晶においても双極子相互作用を利用して磁化移動を行うことが可能である。
【0016】
本発明に係るNMR測定装置は、液体及び固体を含む試料を収容し、静磁場中に配置される試料容器と、前記試料に対してRF波を照射し、前記試料からのNMR信号を検出する測定手段と、前記測定手段に対して送信信号を供給し、前記測定手段からの受信信号を処理する送信受信手段と、前記送信受信手段が実行するパルスシーケンスを定める制御手段と、を含み、前記パルスシーケンスは第1サブシーケンス及び第2サブシーケンスを含み、前記第1サブシーケンスは、前記第2サブシーケンスの開始時において核Bの磁化が残るように、核AについてのNMR測定を実行するためのサブシーケンスであり、前記第2サブシーケンスは、前記核Bに残った磁化を利用することにより、核CについてのNMR測定を実行するサブシーケンスであり、前記第1サブシーケンス後の磁化回復用待ち時間なしに前記第1サブシーケンスに続いて前記第2サブシーケンスが実行され、又は、前記第1サブシーケンスと同時進行で前記第2サブシーケンスが実行される、ことを特徴とする。
【0017】
制御手段が、第1サブシーケンスと第2サブシーケンスとの間において待ち時間を削減できるか否かを自動的にチェックする機能を有していてもよい。また、制御手段が核Bの磁化が保存されるようにパルスシーケンスを構成又は再構成する機能を有していてもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、液体と固体とを含む試料に対するNMR測定において、時間分解能を高められる。あるいは、本発明によれば、液体と固体とを含む試料に対するNMR測定において、磁化回復用の待ち時間を削減できる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0021】
図1には本発明に係るNMR測定装置の概略的な構成がブロック図として示されている。このNMR測定装置は、試料における化学反応の過程、特に結晶化の過程を、in situで観測するものであり、時間分解測定法を実行するものである。試料は液体(液体試料)及び固体(固体試料)が混ざり合った混合試料である。一般に、試料は、初期状態において液体又は溶液である。
【0022】
図1に示された構成例において、制御コンピュータ10は、制御手段として機能し、
図1に示されている各構成の動作を制御する。制御コンピュータ10は、パーソナルコンピュータ、専用コンピュータ、その他の情報処理装置により構成される。制御コンピュータ10は、ユーザーにより入力された測定条件に従って、パルスシーケンスプログラム(命令列)を生成する機能を備えている。パルスシーケンスプログラムはパルスシーケンスを定義するプログラムであり、それを解釈することによって実際のパルスシーケンスが生成される。もちろん、ユーザーがパルスシーケンスを直接的に記述又は指定してもよい。
【0023】
後に詳述するように、結晶化過程を観測する一連の過程には、複数の特別な工程結合が含まれており、個々の工程結合は溶液測定工程及び固体測定工程からなる。時間軸上において隣接する2つの工程結合の間には磁化回復用待ち時間が設けられるが、個々の工程結合の中には、磁化回復用待ち時間が設けられていないか、又は、それが設けられていたとしてもその時間は従来において必要であった磁化回復用待ち時間よりも短い時間である。
【0024】
制御コンピュータ10が、パルスシーケンスに無用な待ち時間が含まれているか否かを自動的にチェックする機能を有していてもよい。あるいは、制御コンピュータ10が、後述する磁化保存条件を満たすようにパルスシーケンスを構成又は再構成する機能を有していてもよい。
【0025】
シーケンサ12は、パルスシーケンスプログラムに従ってパルスシーケンスを生成する。具体的には、シーケンサ12は、パルスシーケンスに従う送信信号(送信パルス列)が生成されるように、送信部14の動作を制御している。シーケンサ12は受信部28の動作も制御している。送信部14は信号発生回路、信号加算器、パワーアンプ等を有する電子回路である。送信信号はプローブ18へ送られている。送信部14及び受信部28は送信受信手段として機能する。
【0026】
プローブ18は測定手段として機能するものであり、それは、挿入部20及び基部22により構成されている。静磁場発生器16に形成されたボア16A内に挿入部20が挿入されている。挿入部20の下端部に基部22が設けられている。挿入部20の先端部分はプローブヘッドを構成しており、その内部には試料管24が回転可能に設けられている。試料管24は静磁場方向(z方向)に対して所定角度(マジック角)傾けられた状態で設けられている。符号26はドライブ用エアの導入経路を示している。プローブヘッド内において、ステーター(回転駆動部)によって試料管が回転自在に保持されており、ドライブ用のエアがステーターへ供給される。そのエアの力により試料管が回転駆動される。
【0027】
このように、本実施形態のNMR測定装置においてはMAS(Magic Angle Spinning)システムが構成されている。後述するように、固体測定時においてはCP(Cross Polarization)が利用されており、それも合わせて考慮するならば、本実施形態のNMR測定装置は、固体NMR測定の観点から見て、CP−MASシステムを構成している。もっとも、試料管を回転させないで固体NMR測定を行うことも可能であり、また、CP以外の手法を利用して固体NMR測定を行うことも可能である。
【0028】
プローブ18は、送信信号に基づいて試料に対してRF波を照射し、また、試料からのNMR信号(FID信号)を検出して受信信号を出力する。プローブ18内にはそのための電気回路が設けられている。その電気回路は、検出コイル、同調用コンデンサ、整合用コンデンサ等を含む。所定処理を経た試料(溶液)が試料管24の中に収容された上で、その試料管24がプローブヘッド内にセットされる。
【0029】
受信部28は、検波器、A/D変換器等を有する電子回路である。受信部28から出力されたデジタル受信信号が解析部30に送られている。解析部30は、第1期間ごとに第1期間内で得られた複数の溶液FID信号を加算処理(加算平均処理)し、その加算処理後のFID信号に対するFFT演算により例えば溶液スペクトルを生成する。同様に、解析部30は、第2期間ごとに第2期間内で得られた複数の固体FID信号を加算処理(加算平均処理)し、その加算処理後のFID信号に対するFFT演算により例えば固体スペクトルを生成する。第1期間と第2期間は同じであっても異なっていてもよい。第1期間ごとに得られる溶液スペクトルに基づいて溶液に対する定量解析、構造解析等が実行される。また、第2期間ごとに得られる固体スペクトルに基づいて固体に対する定量解析、構造解析等が実行される。典型的には、一定時間ごとに、溶液量及び固体量が解析され、それらの解析結果が時間軸上にプロットされる。
【0030】
上記NMR測定装置において実行されるNMR測定方法の説明に先立って、
図2に基づいて比較例を説明する。
【0031】
図2に示す比較例において、測定過程全体32は、複数の溶液測定過程34及び複数の固体測定過程36からなる。溶液測定過程34と固体測定過程36は交互に実行される。個々の溶液測定過程34には複数の溶液測定工程38が含まれる。同じく、個々の固体測定過程36には複数の固体測定工程42が含まれる。各溶液測定工程38の前には磁化回復用の待ち時間40が設けられている。同様に、各固体測定工程42の前にも磁化回復用の待ち時間44が設けられている。なお、各溶液測定過程34及び各固体測定過程36はそれぞれ加算平均期間として理解され得る。
【0032】
各溶液測定工程38では、第1パルスシーケンス46に従うパルス照射が実行される。第1パルスシーケンス46は、期間52において照射される90°パルス56を含む。このパルス56の照射により、溶液中の
13Cの磁化の方向が、z軸方向からz軸方向に直交する方向へ変化し、いわゆる横磁化が生じる。その後の検出期間54において、その横磁化が緩和する過程で生じるFID信号が検出される。固体中の
13Cの磁化の緩和時間は溶液中の
13Cの磁化の緩和時間よりも非常に長いので、検出期間54で検出されるFID信号は溶液中の
13CからのFID信号であるとみなせる。
【0033】
一方、各固体測定工程42では、第2パルスシーケンス48に従うパルス照射が実行される。第2パルスシーケンス48は、期間60で照射される90°パルス65、期間62で実行されるCP(CP用照射)66、及び、検出期間64で実行される
1Hデカップリング(デカップリング用照射)68を含む。90°パルス65の照射により
1Hで横磁化が生じ、その横磁化がCPによって
1Hから
13Cへ移される。その横磁化の緩和過程において生じるFID信号が検出される。溶液中においてはCPによる磁化移動は発生しないので、検出されるFID信号は固体中の
13CからのFID信号であるとみなせる。この比較例においては、測定過程全体32に多くの待ち時間40,44が含まれる。それが時間分解能を高められない要因となっている。
【0034】
次に実施形態に係る測定方法について説明する。
【0035】
図3には第1実施形態に係るNMR測定方法が示されている。測定過程全体70には複数の工程結合200が含まれる。各工程結合200は、第1測定工程に相当する溶液測定工程74と、第2測定工程に相当する固体測定工程76と、からなる。各工程結合200の前には、磁化回復用の待ち時間202が設けられている。但し、各工程結合200の中には、具体的には溶液測定工程74と固体測定工程76との間には、磁化回復用の待ち時間が設けられていない。溶液測定工程74では、次の固体測定工程76で利用する磁化が損なわれないようにNMR測定が実行されている。なお、測定過程全体70は時間軸上において連なった複数の観測プロセス(観測単位)204からなり、個々の観測プロセス204は、待ち時間202とそれに続く工程結合200とからなる。
【0036】
具体的に説明する。溶液測定工程74では第1パルスシーケンス(第1サブシーケンス)78に従うパルス列が照射される。第1パルスシーケンス78には、期間82において照射される90°パルス(πパルス、シングルパルス)が含まれる。期間82に続く検出期間84において、溶液中の
13CからのFID信号が検出される。この溶液測定工程74では、
1Hに対する照射は行われておらず、
1Hの磁化は、次の固体測定工程76の開始時まで維持される。図示の例において、期間84では、
1Hデカップリングは実施されていない。
【0037】
固体測定工程76では、第2パルスシーケンス(第2サブシーケンス)80に従うパルス列が照射される。第2パルスシーケンス80には、期間88で照射される90°パルス94と、期間90で実行されるCP(CP用照射)96と、検出期間92で実行される
1Hデカップリング(デカップリング用照射)98と、が含まれる。90°パルス94により
1Hで横磁化が生じ、その磁化がCPにより
1Hから
13Cへ移される。検出期間92では固体中の
13CからのFID信号が検出される。固体測定工程76は
1H−
13C間の双極子相互作用を利用するものであり、具体的には、上述したCP−MAS法に従う固体NMR測定が実行されている。
【0038】
第1実施形態においては、先の第1測定工程において、後の第2測定工程で利用する磁化(具体的には
1H磁化)が残るように、NMR測定が実行されているため、第1測定工程と第2測定工程との間に磁化回復用の待ち時間を設ける必要がないという利点を得られる。詳しくは、
図3に示されているように、第1パルスシーケンス78の直後から第2パルスシーケンス80が開始されており、それらの間に磁化回復用の待ち時間は存在していない。よって、その分だけNMR測定に要する時間を短縮化できる。測定過程全体70から見て、
図2に示した比較例よりも、総待ち時間を例えば半減することができる。換言すれば、比較例よりも、時間分解能を例えば2倍にできる。これにより比較例では測定できないような速い現象を測定することが可能となる。
【0039】
次に、
図4乃至
図8を用いて、第1実施形態についての幾つかの変形例を説明する。以下の各図において、
図3に示した要素と同様の要素には同一符号を付し、その説明を省略する。
【0040】
図4には第1変形例が示されている。第1パルスシーケンス78Aは
図3に示した第1パルスシーケンス78と同じであり、第2パルスシーケンス80Aは
図3に示した第2パルスシーケンス80と同じである。但し、第1パルスシーケンス78Aの完了前から第2パルスシーケンス80Aが開始されている。具体的には、検出期間84における最後の部分期間100が90°パルス94Aの照射期間とされており、部分的なシーケンス重複が生じている。その切り詰め分だけ工程結合の実行に要する時間を短縮できる。もっとも、部分期間100は一般にマイクロ秒オーダーの時間幅となるので、時間削減効果は僅かであるとも言える。
【0041】
図5には第2変形例が示されている。第1パルスシーケンス78Bは
図3に示した第1パルスシーケンス78と同じである。第2パルスシーケンス80Bは
図3に示したパルスシーケンス80から
1Hデカップリングを除いたものに相当する(符号102を参照)。このように、状況が許すならば、固体NMR測定工程において
1Hデカップリングを省略してもよい。
【0042】
図6には第3変形例が示されている。第1パルスシーケンス78Cは
図3に示した第1パルスシーケンス78に対してパルス列(パルス列照射)106を追加したものに相当する。第2パルスシーケンス80Cは
図3に示したパルスシーケンス80と同じである。パルス列照射106では、例えば、
図7に示すように、複数の180°パルスが照射される。
図7に示したものは例示に過ぎず、最終的に磁化が復元又は維持されるように、パルス列106が構成される。例えば90°パルスを4回照射してもよい。
【0043】
図8には第4変形例が示されている。第1パルスシーケンス78Dは、
図3に示した第1パルスシーケンス78に対して、90°パルス110及び
1Hデカップリング104を追加したものに相当する。第2パルスシーケンス80Dは
図3に示したパルスシーケンス80から90°パルスを除いたものに相当する。90°パルス110により、
1Hに横磁化が生じ、その横磁化が、
1Hデカップリング104を通じてのスピンロックにより、固体NMR測定工程の開始時まで維持される。固体NMR測定工程では、既に生じている(保存された)
1H横磁化がCPにより
13Cへ移され、固体中の
13CからのNMR信号が検出される。この第4変形例では、縦磁化ではなく横磁化が維持されているが、先の測定工程において後の測定工程で必要となる磁化が維持又は保存される点で、第1実施形態及びその第1乃至第3変形例と異なるものではない。
【0044】
第1実施形態において、第1測定工程(溶液測定工程)での観測対象を核Aと表現し、第2測定工程(固体測定工程)で利用する磁化を核B磁化と表現し、第2測定工程での観測対象を核Cと表現した場合、核Aと核Bは互いに異なり、核Bと核Cは互いに異なり、核Aと核Cが同じである。つまり、2つの測定工程での観察対象が同一である。もちろん、2つの測定工程での観測対象を異ならせてもよい。例えば、第2測定工程において、
1H−
15N間の双極子相互作用を利用するようにしてもよい。その場合、
15Nが核Cとなる。
【0045】
必要に応じて、第1パルスシーケンス78と第2パルスシーケンス80との間に若干のブランク時間を設けるようにしてもよい。但し、そのブランク時間は、磁化回復用の待ち時間ではなく、その時間よりも短い時間である。時間分解能をより高めるためにはそのようなブランク時間は設けない方がよい。
【0046】
次に
図9に基づいて第2実施形態について説明する。第2実施形態では、第1測定工程が固体測定工程116であり、第2測定工程が溶液測定工程118である。つまり、固体測定工程116が先に実行されており、その直後に溶液測定工程118が実行されている。第1実施形態と同様、工程結合を構成する2つの測定工程116,118の間に待ち時間は設けられていない。
【0047】
固体測定工程116では、DQF(Double-Quantum-Filter)法に従った測定が実行されている。具体的には、エキサイテーション(Excitation)120及びリコンバージョン(Reconversion)122を経た上で、90°パルス124が照射され、その後の検出期間126においてFID信号が検出されている。このDQF法によれば、照射対象核
1H以外の核の磁化を維持することが可能であり、つまり、溶液測定工程118の開始時において、
13Cの磁化を維持することが可能である。溶液測定工程118では90°パルス128が照射される。これにより
13Cにおいて横磁化が生じる。その磁化の緩和過程で生じるFID信号が検出期間132で検出される。検出期間132では
1Hデカップリング130も実行される。なお、
図9に示されている工程結合の前には、第1実施形態と同様に、磁化回復用の待ち時間が設けられる。磁化回復用の待ち時間と工程結合とからなる観測プロセスが繰り返し実行される。
【0048】
次に
図10に基づいて第3実施形態について説明する。この第3実施形態では、第1測定工程である固体測定工程142と、第2測定工程である溶液測定工程140と、が同時進行で実行されている。具体的には、上記第2実施形態と同様に、固体測定工程142では、DQF法に従うエキサイテーション120及びリコンバージョン122を経た上で、90°パルス124が照射され、その後の検出期間126においてFID信号が検出されている。DQF法によれば、照射対象核
1H以外の核に影響が及ばないため、溶液測定工程140において、90°パルス134が照射された上で、検出期間136でFID信号が検出される。なお、
図10に示す2つの測定工程140,142もそれら全体として工程結合と言い得る。工程結合の前には、第1及び第2実施形態と同様に、磁化回復用の待ち時間が設けられる。磁化回復用の待ち時間と工程結合とからなる観測プロセスが繰り返し実行される。
【0049】
図11には
図1に示したNMR測定装置において実行される信号処理が概念的に示されている。測定過程全体70には上記のように複数の工程結合が含まれ、個々の工程結合は溶液測定工程74と固体測定工程76とからなる。それらは時間的に連なって実行され、又は同時に実行される。記憶部150上には、各溶液測定工程74で得られたFID信号(デジタル受信情報)が順次格納される。それらはFID信号列152を構成する。同様に、記憶部150上には、各固体測定工程76で得られたFID信号(デジタル受信情報)が順次格納される。それらはFID信号列154を構成する。
【0050】
加算平均器156は、FID信号列152に対する加算平均処理を実行し、これにより、加算平均処理後のFID信号を生成する。それがFFT演算器160へ送られ、溶液スペクトルが生成される。同様に、加算平均器158は、FID信号列154に対する加算平均処理を実行し、これにより、加算平均処理後のFID信号を生成する。それがFFT演算器160へ送られ、固体スペクトルが生成される。
【0051】
一定時間間隔で得られる溶液スペクトル及び固体スペクトルがスペクトル解析器162において解析される。例えば、溶液量及び固体量が求められる。溶液中の物質構造や固体中の物質構造が解析されてもよい。時間軸上にそれらの解析結果がプロットされる。
【0052】
溶液用の加算平均処理及び固体用の加算平均処理において、通常、溶液と固体との間で、加算数は同一にされるが、加算数を異ならせてもよい。
図2に示した比較例においては、加算数つまり時間分解能が固定されていたが、本実施形態においては、加算数を任意に容易に可変でき、つまり、時間分解能(1つのスペクトルを得るまでの時間)を任意に容易に定めることが可能である。溶液スペクトル及び固体スペクトルの内容から加算数がフィードバック制御されてもよい。いずれにしても、本実施形態によれば、同じ条件の下であれば、比較例よりも待ち時間を大幅に削減できる。
【0053】
なお、
図11において、記憶部150、加算平均器156,158、FFT演算器160及びスペクトル解析器162は
図1に示された解析部30内に設けられる。その全部又は一部が制御コンピュータ10の機能として実現されてもよい。
【0054】
図12には
図1に示したNMR測定装置の動作例が示されている。S10ではユーザーにより測定条件が指定される。S12では測定条件に基づいて自動的にパルスシーケンスが生成される。そのパルスシーケンスは複数のサブシーケンスの組み合わせを含む。S14においては、パルスシーケンス中において、複数の磁化回復用待ち時間の中で省略可能なものがあるのか否かが判断される。特に先の工程において後工程で利用する磁化が保存されており、このため磁化回復用待ち時間を除外可能なものがあるか否かが判断される。省略可能な待ち時間がある場合、S16において、無駄な待ち時間が削減されたパルスシーケンスが自動的に再構成される。その後、S18においてパルスシーケンスに従ってNMR測定が実行される。
【0055】
図1に示した制御コンピュータ10に待ち時間チェックを行わせてもよい。あるいは、磁化保存条件が満たされるように、及び、最低限の待ち時間となるように、最初からパルスシーケンスが自動的に構成されるようにしてもよい。
【0056】
図13には、以上説明した複数の実施形態に関して観測対象核等が整理されている。第1測定方法は第1実施形態(
図3)、第1変形例〜第4変形例(
図4乃至
図8)に相当する。第2測定方法は、第2実施形態(
図9)に相当する。第3測定方法は第3実施形態(
図10)に相当する。第4測定方法は第1実施形態における更なる変形例に相当する(後述するように核Cが第三の核である点が第1実施形態と相違する)。符号164は第1測定工程及び第2測定工程の前後関係を示している。符号166は第1測定工程での観測対象核(核A)を示している。符号168は第2測定工程において利用するCPの関係(核B−核C)を示している。符号170は第2測定工程での観測対象核(核C)を示している。
【0057】
第1測定方法においては、第1測定工程で、
13C(核A)からのNMR信号が検出され、
1H(核B)の磁化が維持される。その後の第2測定工程で、
1H(核B)−
13C(核C)のCPが利用され、
13C(核C:核Aと同じ)からのNMR信号が検出される。第2測定方法においては、第1測定工程で、
1H(核A)からのNMR信号が検出され、
13C(核B)の磁化が維持される。その後の第2測定工程で、
13C(核C:核Bと同じ)からのNMR信号が検出される。第3測定方法においては、第1測定工程で、
1H(核A)からのNMR信号が検出され、
13C(核B)の磁化が維持される。第1測定工程と同時に実行される第2測定工程で、
13C(核C:核Bと同じ)からのNMR信号が検出される。第4測定方法においては、第1測定工程で、
13C(核A)からのNMR信号が検出され、
1H(核B)の磁化が維持される。その後の第2測定工程で、
1H(核B)−
15N(核C)のCPが利用され、
15N(核C)からのNMR信号が検出される。核Cが
31P等であってもよい。
【0058】
以上説明した各実施形態によれば、第2測定工程で利用する磁化を保存する条件の下で第1測定工程においてNMR測定が実行され、第2測定工程では、保存された磁化を利用してNMR測定が実行される。よって、測定全体として見て待ち時間を大幅に削減でき、時間分解能を高められる。化学反応や結晶化の過程において動的に変化する液体及び固体を高い時間分解能をもって観測することが可能となる。本技術は、物理化学の分野において物質及びその変化の解明に役立つものである。例えば、二次電池の開発、解析等において本技術を利用することが考えられる。溶媒に対する溶液NMR測定及び固体電極に対する固体NMR測定に本技術を適用してもよい。製薬等の分野において本技術を利用することも考えられる。